一誠の竜騎士物語   作:ダーク・シリウス

29 / 37
Episode29

()

 

まだ暑さを残してはいるが、風には幾分、秋の涼やかな気配が忍び込んでいる。

そよ風に前髪を揺らしているのは眉目秀麗、つややかな黒髪を背中で束ねた、

貴公子風の少年だった。

 

その長身に纏っているのは騎竜学院の制服だが、まるで貴族が好む衣装さながら、

細部には改良が施されている。学院都市アンサリヴァンを一望できる丘の頂上に、

貴公子はのんびりと仰向けに寝転んでいた。

 

傍らには聖竜(マエストロ)が寝そべって、気持ち良さそうに日向ぼっこをしている。

威風堂々とした聖竜(マエストロ)だが、どこか不気味なドラゴンでもあった。

黄玉(トパーズ)色の瞳、羊のごとき巻き角。

 

風にたなびくたてがみは、漆黒である

極めつけは、額の中央に嵌めこまれた黒水晶だった。まるで第三の目に見える。

のどかな風景の中、その黒だけが、一幅の絵画に垂らされたインクのように浮いていた。

 

「おぉい、オスカー!」

 

そのとき―――メイド服を着た少女が、面倒くさそうに丘を登ってきた。

一歩踏み出す度に、銀色に輝くポニーテールが左右に揺れる。メイド服には、

黒の装飾がふんだんに施されている。一般的なメイド服の概念を打ち破っているかのように、

とにかく黒い。スカートの丈は短く、活発的な印象を与える。

 

もっとも、このメイドの最たる特徴といえば、黒の衣装でもなければ。

銀髪のポニーテールでもなかった。その左目を、黒革製の眼帯で覆い隠しているのだ。

そのせいで、メイドの美貌は独特の凄みを感じさせる。

 

「ほらよ、お前が欲しがっていた資料だ」

 

とてもメイドとは思えない、乱暴な口ぶりだった。もしも、この場にリーラがいれば、

メイドとしての態度、素振り、言葉づかいを徹底的に一から施しと言う名の―――。

 

「ご苦労、セレス」

 

文書の束を受け取ると、オスカーと呼ばれた貴公子は目を通し始めた。

 

「・・・・・ほう。ザカライアスがエーコに興味を示しているだと?

どうやら、あれがアヴァロン聖竜皇家の末裔であることに気付いたようだな」

 

「歳は食ってもシェブロン王だからな。奴の情報網は侮れんぞ、オスカー?」

 

セレスの言葉を黙殺すると、オスカーは別の文章に目を通す。

 

「ふふん、ユリエルも本格的に動き出したようだな。

最近では、ロートレアモン騎士王家の次女をたらしこんだそうじゃないか」

 

「本国では、その噂で持ちきりだそうだ。

ユリエルが恋人の存在を認めたのは初めてのことだしな。

一部の貴族令嬢たちは、あのユリエルが売り女にたぶらかされたと憤っているらしいが」

 

「ふふっ。なんといっても、相手は〈魔性の妖花(ディアボリック・ベラドンナ)〉こと

カサンドラ・ロートレアモンだからね。

ロートレアモン家の五姉妹・・・・・粒ぞろいの宝石たちの中で唯一、

彼女だけは異端だ。ハッキリ言って、あれは魔女だよ」

 

「とはいえ、あのユリエルのことだ。カサンドラに飼い慣らされるとは思えんし、

ザカライアスにアヴァロンの娘を渡すつもりもないだろう」

 

「だけどね、セレス。僕はザカライアスにもユリエルにも、エーコを渡すつもりはないよ」

 

「勿論」とオスカーは立ち上がって言い切った。

 

「異世界のドラゴン、イッセー・D・スカーレットもね」

 

文書の中に含まれた名前を口にする。

 

「覚醒したエーコ、異世界のドラゴンがこの世界に存在する今、世界は大きく揺れている。

今後、世界がどうなるかは・・・・・僕だって予想もつかない」

 

深刻な言葉とは対照的に、オスカーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「だけど、僕にはトリスタンがいる。最高の相棒(パル)がね。

たとて父や兄を敵に回すことになっても、お前は僕についてきてくれるかい?」

 

聖竜(マエストロ)トリスタンは威勢良く、天を貫くような雄叫びをあげた。

 

「セレス。お前もついてきてくれるか?」

 

残念ながら、セレスのノリはトリスタンほど良くなかった。

ポニーテールを揺らすと、ぷいっと横を向いてしまったのだ。

 

「おいおい、それはないだろう・・・・・セレス」

 

セレスはそっぽ向いたまま、不機嫌そうに呟いた。

 

「ま、落ちこぼれ同士。仲良くしてやらんこともないがな」

 

「それでいい」

 

オスカーは苦笑すると、トリスタンにひらりと跳び乗った。

トリスタンの巨大に合うような騎乗具は存在しない。必然的に、

オスカーはトリスタンの頭部に直立騎乗する事になる。トリスタンの額で、

漆黒の水晶がギラリと輝いた。透き通る蒼天に向けて、オスカーは朗々と叫んだ。

 

「我が名はオスカー・ブレイスフォード――――――シェブロン王になる男だ!」

 

―――○♢○―――

 

 

処女宮(ヴァルゴ)の月も、いよいよ下旬に差し掛かっている。

二ヵ月に及ぶ夏休みだったが、残すはあと十日ほど。

そろそろ帰省していた学院生が領に戻ってくる時期でもあった。

 

『・・・・・』

 

聖ダーラム広場の近くに建てられた建物、ラブロック商店に呆然と異世界から戻ってきた

アッシュ達が隔離された一室で静かに腰を下ろしていた。

 

「戻ってきたんだな・・・・・」

 

「ああ、異世界は凄く楽しかったな・・・・・」

 

「まだ、十日もある・・・・・」

 

「残り三日ぐらいは異世界にいたかったな」

 

揃って溜息を吐く。王宮に戻ったヴェロニカ、グレン、ウルスラも、

学院に戻ったミラベル、ユニス。

それぞれ異世界で過ごした思い出を胸に秘めて再びこの世界に過ごすことになる。

 

「私、老後は異世界で住みたいわ」

 

「うむ、私もそうしよう。まだまだ、私達が知らないものがたくさんある」

 

ラーズとレベッカがもう既に老後のことを語った。気が早過ぎるではないかと思うが、

気持ちは分からなくはなかった。

 

「なんか、何時も通りに戻った感じね」

 

「うん、そうだね」

 

『・・・・・はぁ・・・・・』

 

異世界に戻っても、あの体験は直ぐに忘れるわけもない。

思い返す度にもう一度見てみたい、行ってみたい、触れてみたい、

食べてみたいと言う気持ちが込み上がるのも無理もないだろう。

 

「あんま、溜息を吐くと商売しているこっちは困るんだが?」

 

そんなアッシュ達の前に一誠が現れた。背中に生やす十二枚の翼、両手、

頭にできたての料理を乗せて。

一誠の言葉にラーズが口を開いた。

 

「だって、イッセーの世界はとても刺激的だったのよ?まだ夏休みが十日もあるっていうのに、

この世界に戻って残りの夏休みを過ごすなんて・・・・・暇でしょうがないわ」

 

ラーズの言葉はアッシュ達の思っていた気持ちだと、ラーズ以外の面々が一斉に頷いた。

それに苦笑し、一誠が言う。

 

「どうせ、残り三日まではあの世界にいたいと思っているだろうが、

あんまり長居させるわけにもいかないからな。お前らの居場所は異世界じゃなくて、

ここだ。今はな」

 

数々の料理をテーブルに置きだしながら発する。

 

「今はって?」

 

「今のお前らは学生だろう?学校を卒業すれば、お前らは自由に生きるんだ。

お前らの人生はお前らが決め、生きろってことさ。異世界で住みたいならそうすればいい」

 

「なるほど・・・・・そういうことね」

 

この世界じゃ満足、充実を味わうことはあまりないかもしれない。

あの異世界にある一部を体験、見聞をしてしまったから。

 

「じゃあ、予約させてもらうわ。卒業したら、私はイッセーの異世界で住む」

 

「・・・・・は?」

 

「王位なんてどうでもよくなったわよ。私はイッセーの世界でイッセーと一緒に住む。

あなたといると、楽しいことがあって暇がなさそうだもの」

 

小さく笑んで真っ直ぐ一誠に発するラーズだった。

 

「いいわよね?私の人生なのだから、

私がどう生きようが私の個人の自由、勝手でしょう?」

 

一誠は嘆息した。

 

「俺は何も指摘はしない。ラーズの自由だ」

 

「ふふっ。ええ、私の自由にさせてもらうわ」

 

ラーズの進路という名の人生は決まった。その時、

 

「そうだ、イッセー」

 

レベッカが急に厳しい口調で、イッセーを見据えた。

 

「来月には大仕事が待っている」

 

「大仕事?」

 

「うむ。異世界から来たイッセーには知らないだろう。

来月は天秤宮(ライブラ)の月で、その月に行う天秤(ライブラ)の騎竜際、

同時にアンサリヴァン騎竜学院が、今年で創立五百周年を迎える。

厳密には、来月の創立記念日にな」

 

耳を傾けうんうんと首を短く縦に振って相槌をする一誠。

 

「イッセー。今年は『天秤宮(ライブラ)の騎竜際』を『アンサリヴァンの五百年祭』と名を改め、

盛大に執り行うことが決まっている。

こうした歴史的瞬間に生徒会長として立ち会えることを、私は誇りに思う」

 

「うん、そうだろう。だけどさ」

 

「なんだ?」

 

「そもそも、天秤宮(ライブラ)の騎竜際ってなんなんだ?」

 

そう訊ねた一誠だったが、生憎レベッカから答えを聞くことはできなかった。

 

ドォォオオオオオオオンッ!

 

理由は店の外から聞こえた何かが落ちたような音が聞こえたからだ。

 

「・・・・・この感じ、久し振りだな」

 

扉に顔を向けたと同時に店の扉が開け放たれた。

 

「第一級宮廷郵便士のオルエッタ・ブランです!

イッセー・D・スカーレット様はおりますでしょうか!」

 

「はいはい、俺はここだ」

 

一誠はスタスタと、オルエッタのもとへと歩み寄った。続いてシルヴィアとラーズもだ。

オルエッタは一誠を視界に入れると、頬を赤くさせながら一通の手紙を突き出してきた。

 

騎士王(パラディン)からの直筆の手紙をお届に参りました」

 

「父上がイッセーに・・・・・?」

 

「なんだか、あんまり関わりたくないようなこと書かれていないわよね?」

 

左右から不審な気持ちを抱く二人に挟まれるも、

一誠は手紙に書かれた文字に目を通していた。

次第に怪訝な面持ちと成り、最後は首を傾げた。

 

「イッセー、父上は何て送ってきたのだ?」

 

「オズワルド・・・・・というより、ゼファロス帝国の皇帝からだな」

 

「ゼファロス皇帝・・・・・ですって?」

 

「ああ、簡潔に言えば―――第六皇女である娘と婚約の契りを求めている」

 

手紙の内容を発した一誠だった。が、場の空気が凍り、静まり返った。その後、

 

「「はああああああああああああああっ!?」」

 

シルヴィアとラーズが「ふざけるな!」とばかり叫んだ。

一誠は一誠でオルエッタに問うた。

 

「これ、オズワルドの元にも届いているんだよな?」

 

「は、はいそうです。ですが、イッセー様たちは夏季休暇の間に届いてしまったもので、

渡すにも渡せれず、ずっと届けれなかったのですよ。ヴェロニカ王女殿下が

イッセー様が帰ってきているということで、

急ぎこのお手紙を届けに参った所存でございます」

 

「あー、悪いことをしたな。ゼファロスの皇帝は随分と待たせただろうに」

 

「いえ、こちら側から夏季休暇を利用して、

異世界に帰ってしまったとシェブロン帝国へお届けにまいりましたので

大丈夫ではないかと」

 

オルエッタはそう言う。一誠は手紙の内容を復唱して、「うーん」と悩み出す。

 

「イッセー。ゼファロス帝国の第六王女と婚約なんて・・・・・しないわよね?」

 

ラーズが絶対零度が籠った瞳を一誠に向け出す。

シルヴィアはシルヴィアで、不安げに一誠を見つめる。

一誠は苦笑し、口を開いた。

 

「婚約なんてする気はない。まだ顔も名前も知らないし、

互いのことも知らないのに結婚なんて、こっちから願い下げだ」

 

「・・・・・そう」

 

「まあ、同じ王族だったらラーズやシルヴィアなら話は別だがな。

俺のことも知っているし、逆に二人のことも知っているからさ」

 

「「・・・・・っ」」

 

その意味は自分たちとならば婚約の契りを結んでもいいということ。

一誠の口から真っ直ぐ言われ、シルヴィアは顔を紅潮させ、ラーズは若干瞳を潤わせた。

 

「んじゃ、ゼファロス帝国に行って婚約を断わりに行ってくるかな」

 

分身を一人作った後、オルエッタの頭を撫で「

ご苦労さま、ありがとうな」と述べて北へと飛翔して行った。

 

―――○♢○―――

 

北方ゼファロス帝国の帝都。時間を掛けて辿り着いた一誠は

真っ先に皇帝がいる城へと入らず上空をグルグルと回ってゼファロス帝国を、

街を眉間に皺を寄せて腕で鼻を塞いで見据えていた。

その理由は工場から排出される煤煙が、傘の如く帝都を覆い

大気汚染を増大させているからだ。

 

そして、ここが一大工業都市であることを主張するかのように、各種工場や建設現場、

製鉄所などから漏れてくる騒音は、朝から晩までひっきりなしに続く。

大規模な遺跡『ゾノ=トーンの方舟』が発掘されて以来、

超古代文明の叡智を手にしたゼファロス帝国の産業革命は、

こうして今も続いているのだ。しかし、帝都の淀んだ空が暗示を示しているように、

この機械帝国の未来は、決して明るいとはいえなかった。

 

一誠が一瞬で帝都に舞い降りた瞬間に理解した。

国内における貧富の差は、開くばかりである。

莫大な富を享受できるのは、王侯貴族と紳士階級のみ。

彼らは実に帝国民の五%に過ぎない。富裕層の下には、およそ二十%の中流階級。

 

そして残る七十五%は、貧層と病苦によって疲弊した労働者階級である。

特に産業革命の影響で、大気汚染は深刻さを増していた。

呼吸器に疾患を抱える帝都民は、もはや珍しくもなんともないが、

適切な治療を受けることができるのは富裕層に限られている。

 

治療費を支払えない弱者たちは、医療の恩恵を受けることなく、ただ死にゆくのみ。

・・・・・この悲惨な状況を前にして、皇帝は何をしているのか――――?

一誠はそう疑問を浮かべずにはいられなかった。

 

「あ、あなた・・・・・!」

 

不意に悲痛な声が一誠の耳に入った。一誠はその声の主の方へ視線を振り向けると、

今しがた中年の男性が倒れたのだろう。うつ伏せで苦痛の表情を浮かばせて、

心臓を掴むような感じで服を固く握りしめていた。

その傍には男性の妻なのだろう中年の女性が跪いて、涙を流していた。

 

「・・・・・」

 

歩き続ける人々は気付いているにも拘わらず、

関わらないよう視線を逸らし前に進むばかり。

他人の事より自分のことで精一杯なのが現状。

といったどころか。一誠は自分の手を見下ろし、それから歩を進め出した。

 

「―――大丈夫か?」

 

「え・・・・・」

 

「いま、治してやる」

 

病を患っているであろう倒れた中年男性の背中に触れる。

手が発光し、中年男性の身体に水の波紋のように何度も広がり光り続けた。

しばらくして、一誠は手を離す。―――と、中年男性の顔から苦痛の色が消え、

ムクリと体を起こした。

 

「・・・・・これは」

 

「気分はどうだ?」

 

「あ、ああ・・・・・痛みが無くなった。それどころか、病気が治ったような感じがする」

 

それを聞いて一誠は笑みを浮かべた。一人の命が救えたことに安心したと。

中年女性はそんな一誠に信じられないような顔で話しかけた。

 

「あ、あなたは一体・・・・・」

 

「ただの通りすがりの平民さ」

 

立ち上がり、夫婦から離れようとした。

 

「あ、あんたちょっといいか・・・・・?」

 

一人の男性に声を掛けられた。とても豊かな環境で生きているとは思えないほど、

質素な服装に裸足の男性。

その傍には小さな少女が体を震わせていた。

 

「いま、その人の病気を治したのか・・・・・?」

 

「そうだ。でも、この環境の中で生活を続けたらまた―――」

 

「―――じゃ、じゃあ!俺の娘の病も治してくれねぇか!?」

 

男性が必至な表情で一誠の肩を掴んだので、最後まで言い切れなかった。

 

「治療する金が無く、母親もそのせいで死に、

娘も重い病気で苦しんでいるんだ!頼む!お願いだ!」

 

頭を地面に押し付けて土下座をする男性。

そんな言動に道歩く帝都の民たちの中で立ち止まってみている者が現れるようになった。

一誠はこれからすることは、この国から離れなくなりそうだ・・・・・と心中、

溜息を吐きながらも、助けられる命があるならば、助けようと思い。

男性の娘の頭に優しく触れて、

 

「分かった」

 

治癒の力を使った。少女は見る見るうちに体の震えが無くなった。

男性はその様子を見て娘の顔を覗き込んだ。

 

「さ、寒くないか・・・・・?」

 

「うん、寒くないよ。息もしやすくなった!」

 

娘は笑みを浮かべ、一誠に感謝の言葉を述べた。

それから男性も何度もお辞儀をするのだった。

 

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 

「どういたしまして。それじゃあな」

 

「うん!またね!」

 

また会おうと、少女に言われる一誠。少女と男性は手を繋ぎ合い、

笑みを浮かべてどこかへと行ってしまった

様子を見た一誠は、辺りを見渡す。

 

『・・・・・』

 

貧相と病苦の帝都民たちが遠巻きで一誠を見つめている。

その視線を一身に浴びた一誠は―――手を招いた。

 

「病気を患っている奴はこっちに来い。時間が許す限り全員、治療費無しで治してやる」

 

その言葉に、帝都民は顔を見合わせ、一人、また一人と一誠に歩み寄ったのであった。

 

―――○♢○―――

 

一体、これで何人目なのだろうかと、一誠は病を患っている帝都民の病を既に作業的な感じて、治しながら考えていた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

だが、治す度に言われる感謝の言葉は一誠の心を温かくする。

まだまだ頑張ろうと無料で病を治してくれると言う話を聞き付け、

指示をしたわけでもなく、並んでいる帝都民を見据える。

 

七十五%の貧層と病苦の帝都民の数は伊達ではない。

国の領土の大きさによって人の数も変動する。地道に治癒を繰り返していけば、

一週間どころか、何年も掛かってしまう。

だが、その前に一誠自身が疲れ切ってしまうであろう。

 

「(俺が一万人もいれば、あっという間だろうにな)」

 

時間と疲労を考慮して、心中で嘆息する。だが、そんな時だった。

 

「おい、貴様」

 

厳しい声と共に、一誠の横から帝都の警備隊が現れた。

その隊長と思しき中年の男性が口を開いた。

 

「金を払わずに病を治してくれる人間がいると報告があったがお前のことだな?」

 

「それがどうした?それがいけないことだとこの国のルールにあるのか?」

 

「帝都の者ではないな?さては、どこかの国のスパイか?」

 

隊長の言葉に一誠は溜息を吐いた。

 

「スパイがこんなところでのんびりと警備員と話していると訳がないと思うが・・・・・」

 

「ふん、それもそうだな。だが・・・・・お前のやっていることは帝都を騒がしている。

我々と共に来てもらおうか」

 

あっという間に一誠は警備隊に囲まれる。

 

「まだ治していない患者がいるんだけど?」

 

「その者達は治療施設でしてもらえば良い」

 

「その治療をする金がないから病苦な人達が増え続けているのはお前らだって

理解しているはずだ。お前らの家族も、その中に入っているんじゃないか?」

 

一誠の言葉は的を得ているのか、警備隊が纏う気配が一瞬だけ変わった。

 

「連れてこいよ。すでに俺は百人以上の人の病を治している。

一人、二人も増えようが変わらないさ」

 

『・・・・・』

 

警備隊は思わず顔を見合わせた。病気で苦しんでいる家族がいるのだろう。

一誠の言葉はとても魅力的で、助かるかもしれないと中には

声を殺して言う警備員が現れるようになった。

 

「貴様の身分が証明されれば、それは可能となるがな」

 

「身分か・・・・・あっ、あった」

 

懐から一通の手紙を取り出して、隊長に渡した。

その手紙は一誠宛の手紙で名前にオズワルド・ロートレアモン、

この国の皇帝であるオルトフォンⅧ世の名が記されていた。

その二つの名を見て隊長は目を見開いた。その反応に一誠はトドメとばかり発した。

 

「俺はイッセー・D・スカーレットだ。

この度、皇帝の娘である第六王女との婚約の件でこの国にやってきた。

クラウス・ヴィターハウゼンって貴族に聞けば分かると思うぞ」

 

ヴァン=デンハル辺境伯クラウス。

その名が挙がったことで隊長は真偽を確かめるべく同僚に言った。

 

「直ぐにクラウス様に確認をするんだ」

 

 

―――一時間後。

 

 

一誠は一人の長身の男性に抱きしめられた。その傍には豪華絢爛な馬車が一台。

その男性こそがクラウス・ヴィターハウゼンその人だ。

久しく会う友人のように接するクラウスに警備隊は、

一誠が皇帝の客人だと知り、内心が畏怖の念を抱いた。

先ほどの言動に一誠が告げれば、皇帝は即座に警備隊を解雇し、最悪、極刑を命ずるだろう。

 

「それにしても、どうしてキミがこの国(ゼファロス帝国)に来たんだい?」

 

「第六王女と婚約の話をな」

 

「・・・・・その話は本当なのかい?」

 

「マジだ。でも、断わりに行くんだ」

 

その言葉に、この場にいる全員が度肝を抜いた。

王にはなれなくても、王侯貴族の地位が得られる。

それを棒に振るうなど、よほどのバカなのか、それとも、無欲なのかと耳を疑ってしまう。

クラウスは信じられないものを見る目になり、一誠に問うた。

 

「なぜ、そうしようとするんだ?キミは王族になれるんだよ?」

 

「今の立場で十分だ。ロートレアモン騎士国のアンサリヴァン市で

『ラブロック商店』って店を開いているんだ。良かったら顔を出しに来てくれ。

もてなすぞ。ああ、そうだ。ついでにこれを渡そう」

 

一誠が空間を歪ませ、箱を取り出した。それを「ん」とクラウスに手渡す。

 

「・・・・・これは?」

 

「ただのお菓子だ。後で食べてくれ。―――さてと」

 

警備隊に振り向く。警備隊は緊張の面持ちで一誠の発言を耳に入れる。

 

「これで証明できたか?」

 

「え、ええ・・・・・クラウス様のご友人であることも」

 

「友人と言うか、ベオウルフを直してやったら親しくなった知り合いだがな」

 

「なにを言う。友人でいいじゃないか。僕では不満かな?」

 

そう言われ、一誠は溜息混じりに口を開いた。

 

「不満と言うか、俺は別に友達が欲しいとは思っていないだけだ。

まあ、仲良く接する事ができればそれでいいんだ」

 

「ならば、僕と君は今日から友人だ。よろしく頼むよ」

 

若干一方的な言い方だが、一誠は半分は聞き流し、クラウスに訊ねた。

 

「皇帝がいる城まで送ってくれるか?」

 

「僕も城までは入れないが門の前までなら」

 

「じゃあ、先に馬車の中へ乗ってくれ。俺はやることがある」

 

言うが早いか―――一誠の全身が光に包まれ、頭上に金色の環、

金色の長髪、翡翠と蒼のオッドアイ、背中に十二枚の金色の翼の姿と成り、

ゼファロス帝国の上空へ空高く飛んで、大きく翼を広げた。

 

「・・・・・あの辺りでいいか」

 

徐に手を天に翳した。手の平に光が断続的に収束し、

光は輪後光と金色の六対十に枚の翼が生えた巨大な十字架へと具現化し帝都の中心部、

そこにある広場の噴水に投げやり如く投げ放って、突き刺した直後。

 

カッ!とゼファロス帝国を包んでしまうぐらい巨大な金色の翼が神々しい輝きを放ち、

上空を照らし、地上を照らす。大気汚染で汚れた空気、淀んだ空が浄化され、

空に青空が―――。

 

地上にいる帝都民は神々しい光を浴びた時、自身に患っている病が光を

浴び続けていくうちに直ってしまった。

それは建物の中にいる帝都民にも影響が及んでいた。突き刺さった噴水は、

あろうことか壊れず十字架と一体化と成り、黄金色の水を湧き続けるのだ。

その光景を見て、良い仕事をしたとクラウスの目の前、地上に降り立って―――。

 

『・・・・・』

 

「んじゃ、城の案内よろしく」

 

唖然と開いた口が塞がらないでいるクラウスと帝都警備隊に朗からな口調で促した。

 

―――○♢○―――

 

―――帝都の中央区画、ライヘンベルガー宮殿。竿立ちとなった一角獣を思わせる、

壮厳な歴史的建造物にクラウスと一誠を乗せた馬車が停止していた。

 

「ここがオルトフォンⅧ世がお住まわれている宮殿だよ」

 

「へー、立派だな。当然だろうけど」

 

「しかし、キミは皇帝と会う約束をしているのかい?じゃないと中に入れないけど」

 

「こうして手紙を寄こしてきたんだ。俺が来ることを予想しているはずだと思うが」

 

馬車から一誠は降りた。

 

「まあ、皇帝より皇女と会ってくるわ」

 

すると、一誠の姿が急に見えなくなった。

クラウスはギョッと馬車から飛び出て辺りを見渡すも、一誠の姿は見当たらない。

 

 

 

クラウスと別れ、一誠は王宮の中を歩き回っていた。

しかも、向こうからやってくる兵士、侍従の横を通り過ぎても一誠が見えていない、

存在に気付いていないように素通りで通り過ぎていく。

 

「透明人間になった俺の姿なんて、例え熱赤外線カメラでも捉えることはできないさ」

 

一誠の身体に宿る透明なドラゴン、ステルスの力を発動中である一誠に誰が

見つけられると言うのだろうか。

体温は感じさせず、気配も姿も、体臭すらも無。

壁に向かって歩く一誠の妨げになるものは―――(無機物)を軽く通る一誠には存在しない。

そんな感じでどんどん好き勝手に城の中を歩き回って、

部屋の中を侵入していると、一誠はとある部屋の中で足を停めた。

 

「・・・・・」

 

金色のロングヘアで、瞳は翠の少女だ。年は十代半ばと言ったところだろうか。

その少女がいる部屋は山積みになっている大量の本に散乱している盤上ゲームらしきもの。

今は盤上ゲームを一人でつまらなさそうに駒を進めていた。そんな少女を見て一誠は、

 

「よう」

 

「っ!?」

 

声を掛けた。少女は突然の声に体を激しく跳ね上がらせ、

信じられない物を見る目で一誠を見上げた。

 

「な、なんだ貴様は!?一体どこから入ってきた!?」

 

「まーまー、落ち付け。お菓子食べてな」

 

少女の前で握った拳を開くと、シュークリームがあった。

少女の口に有無を言わさず突っ込んだ。

 

「むがっ!?・・・・・む?」

 

抗議をしようとしたが、シュークリームの甘さが口の中に伝わったことで、

少女は一先ずお菓子の味を堪能し始める。

 

「どうだ?」

 

「・・・・・まあ、悪くない味であるな」

 

「ははっ。まだまだあるぞ」

 

背後に手を回すと、山盛りのシュークリームが少女の前に。

 

「食べながら話を聞いてくれ。お前をどうこうする気はない」

 

「・・・・・」

 

一誠の言葉に無言でシュークリームに手を伸ばす。

その行動は勝手に言ってみろとばかりで、態度であった。

 

「この国の皇帝が俺と第六皇女との婚約を求めてきたんだ」

 

「な、なんだと・・・・・?」

 

少女は唖然とした面持ちで一誠を見つめる。少女は顔を俯き、手をギュッと握りしめ、

 

「父上め・・・・・妾の意志など、無いのと当然のように

身勝手に妾の人生を決めつけおって・・・・・」

 

口惜しいと少女は怒気すらも孕ませて発したのだった。

その言葉に一誠は目を丸くしてこの目の前の少女の正体を理解した。

 

「まさか・・・・・お前が第六皇女なのか?」

 

「・・・・・いかにもじゃ」

 

少女は重々しく名乗り上げた。

 

「妾はアンネゲルト・ラーラー・ヴァルプルガ・ゼファロス。

ゼファロス帝国第六皇女である。お前の結婚相手であるぞ」

 

「―――――」

 

こんなあっさりと婚約相手と出会うとは・・・・・。

少女、アンネゲルトは不機嫌そうに一誠に問うた。

 

「貴様はどこの貴族のドラ息子だ?」

 

「貴族じゃない」

 

「なんだと?ならば、お前は紳士階級の者か?」

 

「それでもない。俺は店を開いている平民だよ」

 

アンネゲルトは信じられないと一誠を見続けた。アンネゲルトの言う通り、

皇族と結婚できるのは貴族のみ、それも階級が高い位の。

だが、自身の婚約相手は最低も最低―――平民だ。

 

「くふっ。くふふふふ・・・・・・!よもや、妾の存在価値がこの程度だと父上は

そう計ったようだな。妾の結婚相手は平民だとは・・・・・どこまでも父上は

妾の意思を無視すると言うのだ・・・・・!」

 

盤上ゲームを怒り任せに持ち上げて、壁に叩きつけた。

アンネゲルトの顔には怒りと悲しみが混じっていて、

 

「おのれ父上よ、妾の存在は一体何だと言うのだ!?

妾は父上の政略結婚の道具ではないぞ!妾には意志がある、

心もある、命もある!父上の娘とは言え、この妾の人生を都合よく

決めつけられるほど父上は神になったつもりか!」

 

自分の人生に怒るアンネゲルト。

だが、その怒りは―――一誠がアンネゲルトの頭に放った手刀で終わった。

 

「落ち付け、話はまだある」

 

「うぐ・・・・・続きだと・・・・・?」

 

「婚約相手がお前とは驚いたが、俺は今回の婚約を断わりに来たんだ。

なんにも知らない婚約相手と結婚なんて、勝手に決められたことを俺は

素直に応じるつもりはない」

 

婚約を断わる。その言葉がアンネゲルトの心を落ち着かせた。

 

「・・・・・婚約相手が妾だと知ってからそう言ったのだろう?」

 

「というか、ゼファロス帝国の内情すら知らなかった俺だぞ?

それに、俺は今の立場で十分なんだ」

 

「ほう・・・・・今の立場とはな?妾に申してみよ」

 

一誠は自分で指した。

 

「俺は異世界じゃ王の立場だ」

 

「・・・・・異世界?」

 

「おう、違う世界から来た人間―――いや、ドラゴンだ」

 

背中から真紅の翼、腰から真紅の尾、頭に十本の真紅の角を生やした

一誠にアンネゲルトは驚愕の色を浮かばせた。

 

「な、なんだと・・・・・っ!?」

 

「これで、信じてくれるか?」

 

アンネゲルトは何度も首を縦に振った。目の前で見せられた現実を目の当たりにされては、

受け入れるしかないだろう。

 

「・・・・・触ってもよいか?」

 

「いいぞ、なんならこれで触るか?」

 

ドラゴンの翼が無くなったかと思えば、金色の十二枚の翼が出てきた。

アンネゲルトはその翼に驚愕しながらも、驚嘆の面持ちで恐る恐ると翼に触れた。

 

「・・・・・」

 

フワフワとした羽毛。自室にある天蓋付きのベッドより安らげそうな感触に、

無意識で口元を緩ますアンネゲルトだった。

 

「不思議だ・・・・・妾は人見知りで人と接するのが苦手なのに、

何故か貴様とは接せれる」

 

「だったら、こんなことされてもか?」

 

二つの翼がアンネゲルトの体を包み、胡坐を掻く一誠の足に乗せられた。

背中から感じる一誠の温もりに

頭を撫でられながら何とも言えない心地好さを感じるアンネゲルト。

 

「うむ・・・・・心地が良い・・・・・」

 

「気に入ってくれてなによりだ」

 

それから静寂が二人を包み、静かな空間で時間を過ごす。

 

「・・・・・そう言えば、貴様の名前を聞いていなかったな。名はなんという?」

 

「イッセー・D・スカーレットだ」

 

「イッセー・D・スカーレット・・・・・どこに住んでいる?」

 

「アンサリヴァン市の聖ダーラム広場にあるラブロック商店っていう店だ」

 

アンサリヴァン・・・・・アンネゲルトは襲いかかる眠気の最中、心中で呟く。

 

「アンネゲルト、お前の存在意義はある。価値だってちゃんとあるさ。

お前の人生はお前のもの。どう生きようが、アンネゲルトの自由だ。

親に反抗して当たり前、当然だ。なんなら家出をして

この大陸を見聞してくればどうだ?」

 

「・・・・・」

 

「眠そうだな」

 

一誠は翼から羽を抜いてアンネゲルトの手に握らせる。

 

「ささやかだけど、俺からのプレゼントだ」

 

「・・・・・」

 

「しばらくの間、傍にいるよ。―――お休み、良い夢を」

 

微笑みと共に送られたその言葉を最後にアンネゲルトの意識は途切れ、

目の前が真っ暗となった。

 

「―――――はっ!」

 

意識が戻ったアンネゲルトはバッと起き上がった。辺りを見渡せば、

一誠の姿が見当たらない。

だが、手の中にある金色の羽が一誠がいたと言う証を残していた。

 

「・・・・・イッセー・D・スカーレット・・・・・」

 

不思議な者だとアンネゲルトの心の中でしっかりと残っていた。

 

「くふふ・・・・・妾の人生は妾のもの・・・・・確かにその通りだ」

 

意味深に笑み、天蓋を見上げる。

 

「この家に妾の味方などおらん。ましてや、このまま過ごせばあの愚かな父上のことだ。

妾をどこぞのドラ息子と結婚させるだろう」

 

不意に微笑む一誠の顔が脳裏に過った。

 

「・・・・・まあ、あの者ならばマシと言うものだ。

ここより、異世界とやらに移り住んで快適な日々を暮らすのも一興」

 

そうと決まればと、アンネゲルトは開始した。

 

「今日から妾はゼファロスの名を捨てる!妾は―――アンネゲルト!

それ以上でもそれ以下でもないわ!この妾の人生を縛る家など、妾から出て行ってやるぞ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。