アンサリヴァン騎竜学院では、いよいよ後期課程が始まる。
実家に帰省していた学院生が戻っていたことで、夏休みの間はやや寂しげだった学院都市も、
今では活気を取り戻している。そんな午後、一誠は朗らかに笑った。
「ミラベルは人気だな。ラブレターを貰うなんてさ」
「ラブレター?」
「恋文のことだ」
聖ダーラム広場の一角にある建物、ラブロック商店にてアッシュ、エーコ、シルヴィア、
ラーズ、コゼット、レベッカ、ルッカ、キーラ、
ミラベル、ユニスといつものメンバーが昼食を食べに来ていた。
「もう・・・・・からかわないでください」
「別にからかっていないぞ?ミラベルは王女だが、可愛い女性だ。
男子どもがラブレターを送りたがる気持ちは分からなくはない。
な、アッシュ・ブレイク」
「どうしてそこで俺に振るんだ!?」
「同じ男としての意見を聞こうと思ったまでだが?」
小首を傾げる一誠。ミラベルは一誠の発言でポッと頬を染めた。
「因みに、ラブレターをもらったことがある奴は他にいるか?」
『・・・・・』
顔を見合わせる女性メンバー。だが、手を挙げる者はいなかった。
「意外だな。全員が全員、可憐で美人なのに」
「それゆえに、高貴な身分だから渡すにも渡す度胸がなかったんじゃない?
ミラベルお姉様は威厳とかそう言うの振る舞っていないしね」
ラーズの発言に一誠は納得の面持ちを浮かべる。
「俺もミラベルにラブレターを出してみるかな。その時の反応、見てみたいし」
「め、迷惑です・・・・・」
「くくくっ、弄び甲斐がありそうだな」
新しい玩具が見つけたと、ミラベルを愉快に笑みを浮かべた時だった。
レベッカが手を上げ口を開いた。
「イッセーの学生時代に恋文を貰っていたか?」
「ん?いや、俺は一度死んだから学校は中退したし、ラブレターなんて貰ったことはないぞ」
「その時の女生徒たちの見る目が無いのね」
「でも、チョコレートは結構もらったな」
チョコレート・・・・・?アッシュ達は小首を傾げる。
「何でチョコレートを貰うんだ?」
「異世界の行事、一種の祭りみたいなもんだ。二月十四日にな、
好きな人や敬愛している人、尊敬している人に女性から
男性に手作りチョコレートを渡すんだよ」
『っ!?』
「それは男女の愛の誓いの日とされている。
逆にバレンタインデーの一ヶ月後、三月十四日はホワイトデー。
主に男性がチョコレートを作ってくれた女性に感謝の印として様々な形で返礼する」
この世界には無いイベント。異世界はそんなことをするのかとアッシュ達は感嘆する。
そして、一誠の住んでいる異世界、日本でバレンタインデー、
ホワイトデーをしていることを知った女性メンバーは
「(好きな人に送る・・・・・)」
「(だ、男女の愛の誓い・・・・・!)」
「(チョコレートを送ると、自分が好意を抱いているって事も知ってもらえる・・・・・)」
と、心中・・・・・乙女心が燃えあがっていた。
「まあ、バレンタインデー時、恋愛感情を伴わない男性に対し、
日頃の感謝の気持ちを込めて、またはホワイトデーの返礼を期待して
贈るチョコレートのことを義理チョコってのもあるけどな」
後から説明を付け加えた一誠の言葉はあんまり意味がなかったのかもしれない。
「・・・・・イッセー、質問」
「なんだ、キーラ」
「それってその月日に拘わらず、別の日でもチョコレートを渡したらどうなる?」
「それはただ『食べさせてくれる』としか認識しないだろうな」
その答えにキーラは残念そうに頭を垂らした。一誠はミラベルに問うた。
「この世界にそんなイベントはないのか?」
「ええ、ないわよ」
「んじゃ、騎士国全体でその習慣を作ればいいだけじゃん。
オズワルドも、娘からもらったチョコレートに喜んでくれると思うぞ?」
『・・・・・』
習慣を作る。アンサリヴァン騎竜学院にも様々な行事がある。
それを学院に関わらず、ロートレアモン騎士国全体がバレンタインデーという習慣を
定着させていけば―――いつしか当然のように
バレンタインデーもホワイトデーもするようになる。
「それ、良いアイディアね」
「まあ、俺から言うより娘のお前たちから言えばオズワルドは騎士国全土に
告げてくれるはずだ。まっ、バレンタインデーとホワイトデーをする月日を
決めるのは任せるよ」
それだけ言い残して一誠はいなくなった。直ぐにラーズはミラベルに進言した。
「ねえ、お姉様。学院でもバレンタインデーを行いませんか?」
「ほ、本気で言っているのですか・・・・・?五百年祭の準備もしなくてはいけませんよ?」
「今すぐと言っておりませんわ。いつかやりましょうと言いたいのです。
お姉様だって異世界の風習、文化には興味ありましょう?」
「それは・・・・・そうですが・・・・・」
ラーズに言いくるめられそうになる。だが、結局は―――。
「分かりました・・・・・バレンタインデーとホワイトデーの習慣を
「ふふっ、ありがとうございます♪」
楽しみが増えたとラーズは笑みを浮かべる。
「良かったなアッシュ。エーコからチョコレートが貰えるぞ」
「なっ・・・・・!」
「な、なんで私がアッシュにチョコレートを渡さないといけないのよ!?」
「おや、アヴァロンの騎士とアヴァロン聖竜皇家・・・・・当然のことではないのかな?」
意味深なことを言いながら意地の悪い笑みを浮かべるレベッカ。
確かにある意味当然のことかもしれない。
感謝の印として義理チョコを渡すのもあながち間違っていない。
渡すのはチョコなので、本命か義理なのか、男性に渡す女性次第。
エーコは竜族とは言え、少女だ。アッシュにチョコを渡すのは必然的ともいえよう。
カランカラン・・・・・。
ラブロック商店の扉が来訪客が現れた合図を鳴らす。
アッシュ達は気にもせずにテーブルに置かれている料理を食べるのであった。
来客を出迎えるべく、足を運ぶ一誠の視界に意外な人物が店の中にいた。
全身を覆うフード付きのマントに足元には大きな鞄が置かれている。
絶え絶えに息をし、ようやくこの場所に辿り着いたとばかりの雰囲気をする。
「・・・・・」
まさか・・・・・と一誠は唖然とした。その人物を知っているからだ。
周囲に気を配ると誰も気にせずに舌鼓をし、カップルが笑顔を浮かべ、
料理を食べることに夢中になっている。
「良くきたな」
そう来客に声を掛けた。頭をすっぽりと覆うフードで顔が見えないが口元が緩ましていた。
「かなり大変な思いをした。・・・・・腹も空いた」
「分かった。すぐに用意しよう」
来訪者を翼で横抱きに抱えて、鞄を手にして店の奥へと姿を消す。
―――○♢○―――
客が誰もたちいることはできない一室に用意された料理を恥じらいもなく、
次々と口の中へ運ぶ。
そんな少女を一誠の他にラブロック商店に住んでいるメンバーが見ていた。
「イッセー、あいつ誰なの?」
「ゼファロス帝国の第六皇女だ」
あっさりと正体を明かした。皇女・・・・つまり女と言うことで
いつの間に出会っていたのかとルクシャナは不機嫌そうな面持ちになる。
「あなた、また女を作ったの?」
「断わったぞ。あいつの父親からあの子と結婚してほしいと手紙で送られていたから、
こっちから断わった」
「け、結婚!?」
「うむ、そうであるぞ」
粗方食べ終わり、満足したと一息をついた人物は頭を覆うフードを取り払った。
金色のロングヘアで、瞳が翠の少女。
アンネゲルト・ラーラー・ヴァルプルガ・ゼファロス。ゼファロス帝国第六皇女であった。
「だが、今の妾はただのアンネゲルト。すでに王位を返却し、
ゼファロスの名も捨てた。故に妾は平民よ」
「俺が去った後に家から出たと言うわけか」
「妾の人生は妾のものだと、教えられたからな。だから自ら出てきたのだ」
その後は苦労の連続だった・・・・・とアンネゲルトは深く溜息を吐いた。
「んで、おまえはこれからどうするんだよ?」
「うむ、そのことでな。お前に相談があるのだ。妾をここに住まわせてほしい」
「・・・・・この店でか?」
「妾は皇族ではないし、金も限りがある。妾の知り合いといえば、
お前か他の国の王侯貴族。
だが、この国にいることをゼファロス帝国に知らされたくないから
王侯貴族に頼ることはしたくない。だとすれば、妾の存在、顔を割れていない場所と
言えるのは平民が住む町である。この町の平民どもは妾のことなど一切知らないだろう。
まあ、竜を育成している学院に顔見知り程度の王侯貴族がいるだろうがな」
アンネゲルトの推測もとい予想はあながち間違っていない。
一誠自身もアンネゲルトの発言に納得していた。
そして、この店にきたということは先ほど言った通り、身寄りのない自分はこの店に、
一誠に頼って来た。困っている者に救いの手を―――と一誠は口を開いた。
「理由は分かった。アンネゲルトの人生だ。ここに住みたいなら住めばいい。
断わる理由も、追い出す理由もないからな。ただし、働かず者は食うべからず。
アンネゲルトも働いてもらうぞ?」
「妾ができることならば、やろう」
―――ニヤリと一誠は途端に笑みを浮かべた。
指を弾いた瞬間にリーラが音もなく一誠の隣に現れた。
「―――――」
リーラの耳元で声を殺して何かを伝えている。
リーラは「かしこまりました」と一誠にお辞儀をしてアンネゲルトに近づいた。
「では早速です。簡単な仕事をしてもらいますので仕事の制服に着替えてもらいます」
「・・・・・変な服を着させてほしくはないぞ?」
「大丈夫です。きっと可愛らしいですよ。その前に清潔もしなくてはなりませんね」
アンネゲルトを横抱きに抱えてあっという間にどこかへと
連れて行かれてしまった。ルクシャナが訊ねた。
「イッセー、リーラになんて言ったの?」
「あの仕事服を着させてくれって言っただけだ」
「あの仕事服・・・・・?」
何の仕事服なのだろうかとルクシャナは小首を傾げる。
その仕事服を見られたのは三十分後であった。
「い、いらっしゃいませにゃ・・・・・・」
「ぬおっ!?な、なんでここにいるんだぁっ!?」
学校をサボって店に訪れたランサー。
驚愕するがプリティーな姿のアンネゲルトにいたく興奮、鼻息を荒くする。
頭に猫耳のカチューシャ、身に包む紺色の服のスカートの裾に白いフリル、
紺色の服の上に身につけたフリルが付いている白いエプロン。
そのエプロンに猫の足跡のマークがあって、小柄で猫耳のカチューシャを付けている
アンネゲルトはまさしく小猫みたいであった。
金色のロングヘアをツインテールに結び直されて、
手足は猫の手の手袋のようなものを付けている。
「(ロリキャット、キタァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!)」
ランサー、多幸感極まる。
「あ、あの・・・・・」
「うんうん!お持ち帰りして良いんだよね!?」
「な、なんだと!?」
「さーさー、お兄さんと一緒に―――!」
「行かせるか、バカが」
ゴンッ!とランサーの頭を強く叩き床に叩き伏せた一誠。
「お、お前・・・・・仮にも客に対してその行動は・・・・・」
「ああ、こんな変態は客ではないから問題ない。変質者だ」
「ちっがーうっ!」
ガバッ!と殴られたにも拘らず、ランサーは起き上がって抗議した。
「アンネゲルト、こういうロリコン野郎がいるから気をつけろよ。
さっきの反応で良く分かっただろう」
「・・・・・分かった。気を付けよう」
「いやいや、ちょっと待てって。俺はロリコンじゃないんだ。
―――猫の姿をした小さな少女が愛くるしいあまりに幸せを感じてしまうだけなんだよ」
「人はそれをロリコンと呼ぶことを知らないのか?
って、お前みたいな奴はもう一人知っているんだがな」
脳裏に浮かべるスキンヘッドの友人。今頃どうしているのかと思っていると、
「ていうか、どうしてこの子がいるんだよ・・・・・」
「家出したんだって」
「家出!?そんなことを原作じゃあしなかったはずなのにどうしてだ!?」
ランサーの知っている知識では有り得ないことだと愕然する。
一誠はさらりと言った。
「ゼファロス帝国の皇帝がさ、俺と彼女と婚約を結んでほしいと手紙で送られたから、
皇帝に謁見しに行った最中に出会ったんだよ。そんで、色々と話しをして―――今に至っる」
「こ、婚約ぅっ!?おい、その婚約を俺と代わってくれ!」
「アホ言え。もう断った。それに、アンネゲルトは皇族の王位と返上して、
親子の縁を絶縁したんだぞ」
「ナッ、ナンデストーッ!?」
今回のランサーは驚くことばかり。だが、一誠は鬱陶しいそうにランサーに告げた。
「それで、お前は食べに来たのか?」
「あっ、ああ・・・・・それもあるけどお前に訊きたいことがあるんだ」
「そう言うことなら座りながら訊こう」
ランサーを空いている席に座らせて改めて訊ねる一誠にランサーは答えた。
「オスカーって奴ともう接触したか?」
「ああ。したぞ。誰にも言っていないけど、あいつ・・・・・女だろう?」
一誠の訊ねにランサーは頬をポリポリと掻いて首肯する。
「そこまで見破っていたか。まあ、そうだ。
んで、この後のことでちょいと相談があるんだけど」
「なんだ?」
「まー、先の話になるけど、ミラベルにアヴァロンの魔導艦を譲ってと言うか、
貸してほしいんだ」
どうしてそうする必要があると、怪訝に小首を傾げてしまう一誠だった。
「今でも自由に調べさせてやっているんだが」
「それでもだ。あと、アーニャちゃんに操縦させてほしい」
「アーニャ?アヴドーチャの妹に?」
「そうだ。それだけはなんとしてでもイベントに欠かせないことなんだ」
・・・・・。ランサーの真面目な顔を見て一誠は問うた。
「あの魔導艦の持ち主はどこの誰なのか分かっているんだな?」
「アヴァロン聖竜皇家の末裔たるエーコとそのアヴァロンの騎士のアッシュが主に使われる。
あの二人にとってあの魔導艦が必要不可欠な船になるんだよ。この先の話しだと」
「・・・・・」
嘘をつくような男ではないと、一誠は夏休み期間でランサーを知っているつもりでいる。
転生者と名乗るからには全て鵜呑みする事は出来ないものの―――。
「わかった、まずはミラベルにあの魔導艦を譲ればいいんだな?」
「正確に言えば、触れさせることができるぐらいの範囲だけどな。
ま、自由に調べさせてもらっているなら安心した」
ランサーは店のメニュー表を一目で見て言った。
「何でもいい。肉料理を頼む」
―――○♢○―――
―――ジュリアス舘の二階、会議室。
「面子も揃ったことだし、今日の任務について説明しよう」
レベッカは厳粛な表情を浮かべると、一同の顔を見回した。
「諸君も知っての通り、五百年祭では長距離走も行われる。
コースは『
今日は我々の手で、フィアナの森の各ポイントに、獣除けの魔香炉を設置する」
そんな仕事も生徒会役員の任務だったとは知らず、アッシュと一誠は意外に思った。
「なお。作業は四つのチームに別れて行う。生徒会役員は選りすぐりの精鋭集団とはいえ、
森の中にはバジリスクをはじめ、危険な獣も少なからず―――」
「話している最中に失礼ですけど、それは心配する必要はないんじゃないですか?」
ラーズが短く挙手する。その発言にレベッカは疑問を浮かべた。
「どうしてだ?」
「それぞれのチームにイッセーの力で護衛してもらえば、
どんな猛獣だろうと追い払ってくれるわ」
『・・・・・』
一誠に一誠の視線が向けられた。確かに・・・・・と一誠とラーズ意外の面々が納得した。
「イッセー、頼めれるか?」
「頼まれた。が―――」
言葉を切り、視線をとある人物に向けた。
「ギルフォードのチームには必要ないだろう」
―――○♢○―――
Aチーム シルヴィア、ルッカ、エーコ、 Bチーム キーラ、ラーズ、
Cチーム ギルフォード、アッシュ、 Dチーム レベッカ、一誠。
と、くじでチームが決まり、CチームとDチーム以外のチームに一誠の魔法で創り上げた
一誠の分身が護衛と付き添うことになった。フィアナの森は、
学院都市アンサリヴァンの北西に広がる森林地帯である。
実技の授業や学院行事等で訪れる機会も多く、学院生には馴染みの深い森だった。
「よし、あそこに下りてくれ」
両翼を生やす一誠の首にしがみ付きながら、一誠はレベッカが指示した森の南西部に着陸する。
天蓋のように密集する枝が途切れて、ちょっとした広場となっている。
「うん、イッセーだとあっという間に辿りついたな」
「当然だろう」
手に提げたバックには、三個の魔香炉が収まっている。
見た目は一般的な香炉と大差ないが、本体には竜綺華晶が埋め込まれている。
森の中に設置すれば
ただし竜族には何の影響も及ぼさないので、野外での騎竜競技には必須のアイテムといえた。
「迷子になるなよ、イッセー」
レベッカが悪戯っぽく注意してきたので、一誠は苦笑した。
「俺がそうなると思うか?俺よりレベッカが迷子になるか心配だ。
まあ、どんなに深い森の中でも―――」
徐にレベッカの燃えるような赤い髪の揉み上げを触れた。
「俺と同じ赤くて綺麗なこの髪を伸ばすレベッカを見失うわけがない」
「そっ、そうか」
レベッカにしては珍しく、ほんの少し言葉を詰まらせた。
こほん、と咳払いを一つ挟むと、くるりと一誠に背を向けてしまう。
「キミは意外と、口の上手い男なんだな。それとも天然なのか・・・・・」
「本心から言ったんだが?」
「―――――」
一誠の言葉に何も反応せず、森林道に沿って歩きだした。
森のあちこちでは、野鳥が鳴いている。頭上から降り注ぐのは、秋の木濡れ日。
こんな日はサツマイモを焼いて皆と食べる時期だな。
この世界でも、あっちの世界でもそうしようか―――。
「どうした、イッセー。考え事か?」
「―――うん?」
一誠は我に返った。前方を歩いていたはずのレベッカが、
何時の間にか真横に並んで、一誠の顔を覗きこんでいるのだ。顔と顔の距離が近過ぎて、
一誠の視界にレベッカの柳眉が、翠の瞳が、鼻が、潤っている唇が入った。
「ああ、秋の季節だと思ってな。焼きいもでもしようかと思っていた」
「焼いも?なんだ、食べ物か?」
「まあ、女性が好む食べ物だな。ちょっと熱いけど甘くて美味しい、
エーコが人一倍食べそうな焼いて食べるいもだ」
「ほう、そういう食べ物があるのだな。
てっきり、私を使ってイケナイ妄想にでもふけっているのかと思ったぞ」
レベッカが突拍子もないことを言う。一誠はキョトンとして―――ポンと手を叩いた。
「なるほど、そう言う妄想をレベッカは俺にしたかったのか?」
「・・・・・」
逆にイケナイことをして欲しかったのかと一誠はレベッカに言うのだから―――。
レベッカは驚愕した面持ちで思わず顔を赤く染めた。
「キ、キミと言う奴は・・・・・私にそう言うなんて破廉恥だぞ・・・・・?」
「最初に破廉恥なことを言ったのはレベッカだぞ?
くくく、レベッカも一人の女と言うことだ」
「どういうことだ・・・・・?」
疑問をぶつけられ、一誠は答えた。
「周りから尊敬され、敬意を払われ、高嶺の花の存在のレベッカだ。
一人の女としての喜びと言うか、普通の女として接せられたことがないから
寂しくて憂いているんじゃないか?特に異性にだ」
「―――――っ」
ドキリとレベッカの鼓動が一際大きく跳ね上がった。
表情に出していないが、図星であった。
「その上、レベッカは貴族で、
だからレベッカより下な奴らは必然的に失礼のない言動、仕草をする。
敬う接し方もしてしまう」
「・・・・・それはイッセーが人王となった直後にも体験したことか?」
一誠が肩を竦めながら発する。
「王は民の代表、象徴だ。仕方のないことだ。だけど、それも当然のことだ。
それは相手に敬意を抱いている証拠だからだ。暴君な王は敬意なんて抱く訳がない」
「・・・・・」
「と、話が若干反れたな。まあ、レベッカは一人の女としての接し方をされたい
羨望があるってことだ。それを俺は言いたかった」
朗らかに微笑む一誠。対して自分が抱いていた気持ちを良い当てた一誠から、
恥ずかしげに顔を逸らしたレベッカだった。
「・・・・・仮にだ」
「ん?」
「仮に、私が誰かに一人の女として接してもらいたい、かっ・・・・・可愛い、
などと言われたいと思うのは、やはりおかしいのだろうか?
誰もが、私を凄いとか、カッコいいとか、強いとか言われているのにだ」
顔を逸らしたまま、意を決して一誠に質問した。尻目で一誠を見ると、
呆れ顔で一誠に軽くデコピンされた。
「アホ」
「なっ・・・・・」
「レベッカはレベッカだ。レベッカと言う一人の女がそう思っても、
誰がおかしいと思う?当たり前の思いだろうが。皆に頼られよう、
皆の代表として、
レベッカが勇ますぎて、今のレベッカがいるんだ。もっと肩の力を抜けよ」
ポンポンとレベッカの肩を叩く。
「夏休みで俺の世界に過ごしたあの時のレベッカのようにな。
あの時のレベッカは年相応の少女で、可愛かったぞ」
「―――――!?」
レベッカはハッと息を呑むと、頬を薔薇色に染めた。
「公私混合。学校にいる間は凛々しく勇ましい生徒会長として、
俺の店にいる時だけ間は一人の少女、レベッカとして過ごせばいい。
簡単なことだろう?俺もそうしているし、他の皆もそうしていることだ。
この国の王、オズワルドもな」
ははは、と一誠は笑う。―――と、一誠は徐に顔を森の奥へ向けた。
「イッセー・・・・・?」
不思議そうに小首を傾げたレベッカだったが、
一誠がどうして顔を森の奥へと向けたのか理由が分かった。
砂袋を引きずっているかのような、不気味な音がしたからだ。
その音は次第にこっちに近づいて―――ふたつに枝分かれした鎌首と共に姿を現した巨大な蛇。
「へぇー、こんな生き物がいるんだ」
小さく笑んで、双頭の蛇を好奇心に見据える。双頭の蛇は細長い舌を何度も出して
一誠とレベッカの体温を感知し、獲物を見つけたとばかり目を妖しく煌めかせる。
「よし、狩って食べよう」
「た、食べるのか?」
「蛇って食べられるんだ。俺が美味しく調理すれば問題ない。
毒抜きもしないといけないけどな」
捕食しようとしている双頭の蛇に、
一誠があっという間に蛇の頭へ拳を叩きつけて命を狩った。
「捕獲完了」
「・・・・・」
やはり、イッセーは強い。レベッカは小さく口角を上げた。
『レベッカは一人の女としての接し方をされたい羨望があるってことだ』
不意に、一誠がレベッカに対して言った言葉が脳裏に浮かんだ。
「イッセー・・・・・」
「なんだ?」
返事をしてレベッカに振り返る一誠にもじもじと恥じらいながらも、
レベッカの目は真剣そのものだった。
「イッセーから見て私は・・・・・可愛いか?」
一誠から返ってきた言葉は―――レベッカが訊きたかった言葉であった。
「当たり前だ。レベッカは魅力的で可愛い女だ」
―――――ドクン。
胸が高鳴る。レベッカの身体は何時の間にか一誠に抱きつき、
「お願いだ。もう一度、言ってくれないか?」
一誠にそうお願いしていた。すると、自分の背中に温もりが感じた。
ギュッと優しく一誠の胸に抱かれて、
「レベッカは可愛いよ。綺麗な花のようにな」
耳元で囁かれた。レベッカの身体はいつにも増して熱かった。
特に心臓の鼓動が早く、一誠に気付かれはしないかと内心ドギマギ。
いつしか、レベッカも一誠の背中に両腕を回してさらに密着する。
「・・・・・ありがとう、イッセー。そんなことをいってくれたのは、キミが初めてだ」
「どういたしまして」
なんとも仲睦まじい雰囲気と光景はあっという間に終わった。
森林道のほうから、ずしん、ずしん・・・・・と、聞き慣れた足音が聞こえてきたのだ。
この森に生息する、どんな獣よりも大きな足音である。
一誠はその足音と対象の気を感じ取り、苦笑を浮かべる。
「残念だ。休憩時間は終わりのようだ」
「そうだな。こんな男女が人気のない森の中で抱き合っているところをみれば、
シルヴィア王女やルッカが勘違いしてしまうだろう」
「なら、次の機会にこの続きをするか?」
それを聞いたレベッカはキョトンとした。しばらくして、フッ、と漏らした。
「その続きが私は一人の女にされているのかな?」
「さぁー、どうだろうな?」
二人は互いに微笑みあって、歩み始める。
自然と二人は手を繋ぎ合って森の中へと進んでいく。
―――○♢○―――
「ん、これで最後だな」
「ご苦労だったな。イッセー」
一誠は足元の設置ポイントに、三個目の魔香炉を置いた。内蔵された竜綺華晶が発動する。
竜綺華晶が発光した以外、特に変化は感じられないが、
これでコースの付近に危険な獣が現れることはないだろう。
人間には殆ど知覚できないのだが、危険な野獣だけを不快にさせる匂いが漂っているのだ。
「大丈夫か?」
「特に嫌な匂いはしないな」
「そうか。ドラゴンであるキミでも匂わないようだな。せっかくだから、休んでいくか?」
そう言って、レベッカは燃えるような赤毛を風になびかせた。
密集した樹木の隙間からは―――ルビニア湖が覗いている。水面に陽射しが降り注ぎ、
煌めいている様子は、巨大な鏡のようだ。
「いや、気になる気配が感じるからそっちに行きたい」
「気になる気配?私たちの他に誰かがいるのか?」
レベッカが一誠に問いかけた瞬間、一陣の風が森を吹き抜けたかと思うと、
白い布切れらしき物体がレベッカの顔面にぺたりと張り付いた。
「・・・・・なんだ?」
自分の顔を覆う布を取り払って、怪訝な面持ちとなったレベッカ。
一誠の視界から見ても、それは女性用の下着だった。絹地の光沢には高級感がある。
貴族のお嬢様が穿いていそうだな・・・・・と、一誠は思った。
それ以前に、どうしてこんなものが風に運ばれてきたのだろう?
「きゃああああああああああああああああっ!」
直後、絹を裂くような悲鳴が一誠とレベッカの耳に届き、森に広がる。
一誠はその理由を気付いた。
「あー、アッシュとギルフォードが出くわしたみたいだな」
「誰とだ?」
「―――オスカーだよ」
それを聞いた途端に、レベッカは湖へと駈け出したので一誠も続く。
「イッセー、これから見ることは―――」
「分かっている。誰にも言わないさ」
「・・・・・助かる」
何時の間にかオスカーの正体を気付いたのだろう、
とレベッカは思うが今は優先すべきことは―――。
触発しそうなこの場を何とか収めることであった。湖に身体を沈め、
身体を隠す美貌の貴公子ことオスカーブレイスフォードがいて、
オスカーを守ろうとオスカーの声に駆け付けたトリスタンに睨まれる
アッシュとギルフォード。
「両者!そこから動くな!」
茂みから抜け出たレベッカの一喝に視線を一身に浴びた。
「か、会長!」
「取り敢えず、アッシュとギルフォードは目を閉じていろ。今すぐにだ」
「は、はい!」
レベッカから感じるオーラに畏怖したアッシュが固く目を閉じた。
対してギルフォードは目を開けたままだった。
「ギルフォード、お前もだ」
「いや、こいつの場合はこうした方が良い」
と、一誠が問答無用と目を妖しく煌めかした。ギルフォードに光が浴びると、
その場で停止した。
そんなギルフォードに歩み寄り、地面とキスする形で蹴り転がす。
「これで問題ない」
それからアッシュの襟を掴んで茂みの奥へと連行した。
「着替え終わったら声を掛けてくれ」
「ああ、分かった」
あっという間に一誠が事を進めてくれたおかげで、レベッカはオスカーに振り返る。
「立っていいぞ。イッセーが見張ってくれるからな」
「・・・・・」
「大丈夫だ。イッセーはお前が思うような男ではない」
オスカーは警戒を解かないまま立ち上がる。胸の前で両腕を交差をしていた。
本来、男である以上あるはずがない双丘があった。身体は湖の水で濡れ、
滑らかに湖へと流れ落ち、艶めいていた。
レベッカは靴を履いたまま湖に入り、オスカーの身体にタオルを巻いた。
それから数分後。きちんと制服を着用し、髪を後ろで束ねたオスカーは、隣にレベッカ、
対面する形で座るアッシュ、一誠、ギルフォードと佇んでいた。
「はあ・・・・・とうとう、私以外の生徒にもバレてしまったか。
イッセーはとっくの昔に気付いていたようだしな」
「な、なんだって・・・・・!?くそっ!まさかレベッカに引き続き、
アッシュ・ブレイクにイッセー・D・スカーレット、
それと見知らぬ男子生徒にまでバレてしまうとは・・・・・なんと不覚!」
「俺の名前はギルフォード・ギルガメッシュだ。よろしくオスカー」
自己紹介するギルフォードだが、オスカーの耳には届いていなかった。
自分の正体、本来の性別を知られてしまったことに頭がいっぱいであった。
「いやいや、こんなところで水浴びしている方が悪いだろう?」
「仕方ないだろう!男子寮の共同浴場を使うわけにはいかないし!」
それも当然だと、アッシュと一誠は納得した。
「じゃあ、お前は何時もここで身体を洗っていたのか?」
「・・・・・そういうことだ」
「だけど、そこまで守り通したい秘密なら、レベッカに協力してもらえば良いんじゃないか?
生徒会長の権限で女子寮の共同浴場を貸し切りにさせてもらうとかさ」
一誠の指摘にレベッカはポンと手を叩いた。
「ふむ、その手があったな。深夜にでもオスカーが女子寮の共同風呂に入れば、
ここの湖で身体を洗うこともなくなるわけか。
だが、そう連日連夜は流石に貸し切りはできないな」
「んじゃ、俺の店の風呂で良ければ貸すよ。
男子風呂と女子風呂とちゃんと分けて設けているから問題なし」
「ほう、イッセーの店の風呂か。どんな風なのか気になるな。
オスカーと共々、入りに行かせてもらうかな」
「料金は店の料理を食べてくれたらでいいよー」
とんとん拍子でオスカーの入浴の問題は解決した。
「にしても、オスカーの完璧な男装には参ったな。一見、本当に男子生徒かと思ったぞ。
警戒心なさすぎだがな。男二人に裸体を拝ませてしまうなんてさ」
「う、うるさい!セレスは食材の買い出しに行かせているし、
まさかここまで誰かが来るとは思いもしなかったんだ!
僕だってこんなところで水浴びなんてしたくないんだよ!
キミの提案には乗らせてもらう!よろしく!」
と、喚き散らしてオスカーは最後にお辞儀をした。
「セレスって?」
「僕のメイドだよ」
「いたんだ、んで、肝心なところで抜けてるんだな、お前」
「ええい、うるさいうるさい!こうなったら三人纏めて死ね!さもなくば―――!」
オスカーは爛々と瞳を光らせると、
「嫁に来い!」」
「誰がだ?まさか、俺たち三人とか言うなよ?
仮にそうだったらお前のことビッチオスカーと一生呼ぶぞ」
「・・・・・ビッチ?」
怪訝に目を細めたオスカーに一誠はオスカーの耳元で意味を教えた。
すると、オスカーの顔に見る見るうちに真っ赤になった。
「分かったか?」
「わ・・・・・わかっ・・・・・た・・・・・」
「嫁にしたいなら一人にしとけよ?後は誠心誠意、
秘密を漏らさぬよう頼むしかないがな。んで、アッシュ・ブレイク」
「なんだ・・・・・?」
「魔香炉、全部設置したか?」
その質問にコクリと首を縦に振るアッシュだった。
「んじゃ、俺たちは帰るとするか。何時までもここにいるわけにもいかないしな」
金色の両翼を展開してレベッカを翼に包むと、アッシュとギルフォードの襟を掴んで浮遊する。
「ああ、俺の店はラブロック商店だ。聖ダーラム広場の一角に開いているからな」
それだけ言い残して一誠は空へと飛翔する。
アッシュの叫びやギルフォードの文句の声が遠のく中で。
それを見送るオスカーは溜息混じりに苦笑する。