五百年祭の準備に追われながらも、着々と事を運んで時が過ぎ去った。
かくして―――
初日から三日間までは、各種目の予選が行われる。
学院内の競技場には、学院都市の住民だけではなく、外部からの多くの観客が詰めかけていた。
VIP席には、
騎士国内の王侯貴族がずらりと顔をそろえている。
でっぷりと太った身体が今では長身痩躯と痩せたオズワルドの両脇には、
第一王女のヴェロニカと、第三王女にして学院長のミラベル。
ずっとシェブロン王国に留学していた、第二王女・カサンドラ・ロートレアモン。
その四人の背後に護衛として影のように佇んでいる親衛隊長のグレン、
聖竜騎士団団長のウルスラの姿もあった。
アンサリヴァンの市長をはじめ、学院都市の有力者たちも、当然の如く観戦に訪れている。
カサンドラの隣席には、シェブロン王国の第三王子、ユリエルの姿が、
その隣には第一王子の姿があった。カサンドラとは親しげな様子で語り合っている。
二人が恋人同士であることは、世間にもとっくに知れ渡っていた。
「ユリエルとカサンドラか・・・・・本当に曲者同士だな」
アリーナの選手控室で、オスカーはボソリと独り言を漏らした。
戸口に控えていたセレスが、ピクリと反応する。
「ビビっているのか、オスカー?」
オスカーは心外とばかりに、にやりと嗤った。
「いくらユリエルでも、この五百年祭で何かを仕掛けてくるとは思えない。
せいぜい、僕の強さを見せつけてやるさ」
―――○♢○―――
一時間の休憩を挟んで、午後からいよいよ
アリーナの中央には、全ての出場者が集まっていた。
会長のレベッカ、副会長のオスカー、風紀委員のシルヴィア、書記のルッカ、
会計のギルフォード、そして、庶務のアッシュに一誠、
正式な生徒会ではないがキーラ、ラーズ。
さらに
友人である
それぞれの
白銀の毛並みを持つ
エーコと
これから抽選会を行い、対戦相手を決める。トーナメント形式である。
第一試合、第二試合と進め勝者が、騎竜祭の最終日―――五日後の決勝に進むことができる。
ただし、出場者の数が奇数なためでシードがあり、
必然的に誰かと戦うこともなく決勝戦に出れるのであった。
決勝はバトルロワイヤルを行うことになるが、三日前に発表されたばかりだった。
観客たちの熱狂ぶりは凄まじく、声援が飛び交っている。
「レベッカ様ぁあああああああああああ!クー・フリ――――――――――――ン!」
この種の祭典では、裏方に回ってばかりだったレベッカが出場すると言うことで、
レベッカのファンは真紅のシャツと横断幕で武装して、声を振り絞っている。
「シルヴィア殿下ぁあああああっ!ランスロットぉおおおおおっ!」
「ラーズ殿下ぁああああああっ!アグラヴェイィィィイイイインッ!」
騎士国の王女だけあって、シルヴィアとラーズへの声援も負けていない。
観客席の一方が真紅なら、他方は蒼氷色に染まり切っている。
「我らがルッカ・サーリネン!キーラ・ブラヴァ・ヘンクリセン!エクブラッドの星よ!
ガウェインとガレスを駆る者よ!」
紅と蒼が乱舞する中、ルッカとキーラの名を呼ぶ声も白熱している。
族長を筆頭に、エクブラッド人たちが応援団を結成しているのだ。
当のルッカとキーラは、もじもじと恥ずかしそうにしているのだが。
「きゃあああああああっ!
「相変わらずお美しいですわ!」
「トリスタンも何て神々しいのかしら!」
小鳥がさえずるような声は、オスカー・ブレイスフォードへの声援だった。
「ギル様ぁぁあああああああああああ!」
こちらもギルフォードへの声援が送られていた。対象的にアッシュとランサー、
マックスへの声援は、殆ど聞こえていない。
そんな声を聞きながら自分もそうだろう、と一誠は思っていたのだが―――。
「イッセーッ!がんばれー!」
聞き馴染んだ声が聞こえてくる。
内心嬉しく思いながら尻目で見ると―――その目が驚愕の色を浮かべた。
予想以上で、予想以外の人数が『優勝はイッセーだッ!』と書かれた横断幕を高々に
異世界にいるはずの者たちが掲げていたのだ。外部からの観客、学院都市の住民、
レベッカとシルヴィアとラーズ、ルッカとキーラの応援団が大半の競技場の席を
埋め尽くしているならば、残りの大半は異世界から来た一誠の応援団が詰めていた。
「・・・・・」
唖然とその光景を見ているうちに一誠の顔は赤くなって前に向いた。
「あ、あれはいくらなんでも恥ずかしすぎるって・・・・・」
「うん、その気持ち分かる」
「あたしたちも恥ずかしい」
ルッカとキーラが一誠の口から洩れた言葉を拾って同情する。
「それでは、これより抽選会を開始する!」
レベッカが勇ましく宣言するなり、静寂が訪れた。一誠たちの前方には、
猫脚の丸テーブルと、移動式の黒板が設置されている。丸テーブルの上には、
くじの入った箱が置かれていた。黒板の脇には、一人の女子生徒が白いチョークを手に、
緊張した面持ちで控えている。レベッカを筆頭に、順々にくじを引いて行く。
その都度。女子生徒がトーナメント表に名前を掻きこんでく。
やがて、トーナメント表が完成する。ひときわ大きな歓声が沸き起こった。
「―――好都合」
一誠は嬉しそうに笑みを浮かべ、トーナメント表を見つめた。
1ギルフォード・ギルガメッシュVSイッセー・Dスカーレット
2ランサーVSアッシュ・ブレイク
3オスカー・ブレイスフォードVSマクシミリアン・ラッセル
4シルヴィア・ロートレアモンVSルッカ・サーリネン
5レベッカ・ランドールVSラーズグリーズ・ロートレアモン
シード キーラ・ブラヴァ・ヘンクリセン
「オスカー。負けんなよ?」
「君こそ、負けたらその場で僕の嫁となってもらうからね」
「はは、面白い冗談だ。バトルロワイヤルで潰すし甲斐をなくさせんなよ」
「ふっ。いってくれる」
オスカーは鼻先で笑うと、颯爽と踵を返した。
―――○♢○―――
抽選会が終わって間もなく、第一試合の幕が切って落とされた。
「こうして対峙すんのは・・・・・俺の店に来て以来だったか?」
「そうだね。お前に殴られた時の痛みはまだ覚えているよ」
「一生覚えて感じていろ」
既に
一誠は未だにドラゴンを競技場に出していない。
「それで、いつまでドラゴンを出さないんだ?もしかして、君自身で戦うと言うのかい?」
「それでもいいけど?でも、それじゃルール違反だからな。ちょっと待っていろ」
空を見上げる一誠の視界に空間が歪み出して穴が開いた。
その穴から―――全長百メートルはあろう真紅の身体のドラゴンが現れ、競技場に顕現した。
『すまないな、一誠』
「大丈夫だ。問題ない」
跳躍して真紅のドラゴンの頭部に乗った。
「暴れよう、ガイア」
『無論だ。誰が上なのかはっきりさせようではないか』
一誠と喋る真紅のドラゴン、ガイア。そのとき、試合開始の鐘が鳴り響いた。
先に動いたのはギルフォードとアーサー。上空に飛翔した。
高度五十メートルのあたりで、ピタリと制止する。
「やれ、アーサー!」
主の指示に従い、アーサーの口内から火炎球を吐きだした。
さらにギルフォード自身の魔力を放って火炎球をさらに巨大化させた。
一誠とガイアがいる競技場がまるで降ってくる隕石のように。
当たれば、観客席にいる人々にも甚大な被害が被るのはまず間違いないだろう。
だが、それは一誠とガイアが何もしなければの話だ。
一誠の右手に黒い光が黒い籠手へと具現化しつつ装着する。
それを迫りくる火炎球に向かって伸ばしたら―――黒い魔力が巨大な腕、
手と具現化して火炎球を受け止め、握りつぶして無効化した。
「こんなもんじゃないだろう?真っ直ぐ来い」
一誠の周囲の空間が歪み、巨大な鎖が飛び出してきて、
意思を持っているかのような動きでアーサーに襲いかかる。
「そんな鎖―――粉砕してくれる!顕現せよ、我が宝剣―――
ギルフォードの手に一つの剣が発現して握りしめて迫りくる鎖を薙ぎ払うように
振るって鎖を粉砕した。
空いた手は真っ直ぐ一誠とガイアに向ける。
「
とギルフォードが発した直後に金色の鎖が地上にいる一誠たちの周囲の空間から飛び出してきて、
ガイアの身体に巻きついた。だが、ガイアが呆気なくその鎖を引き千切って上空に飛翔する。
『我の身体を縛るなど、言語道断!いけ、一誠!』
「ああ」
アーサーの頭部に起立状態で佇んでいるギルフォードへガイアの頭部から跳躍して向かった。
「エマヌ・エリシュ!」
「んなもん効くかよ!」
迫りくるギルフォードの攻撃に、突如開いた空間に吸いこまれて無効化された。
その空間の穴が閉じると一誠の姿が見当たらない。
どこにいると辺りに視線を向けると上空から一誠が降ってきた。
剣を突き出そうとするギルフォードの腕を、
剣の斬撃を紙一重でかわしながら掴んでアーサーの頭部に乗って一誠は対峙した。
「放せ!」
「そう言って素直に話すバカはいると思うか?チェックメイトだ」
「なんだと!?」
刹那。遥か上空から真紅の光が降ってきた。
その光はガイアの魔力による攻撃だと気付くギルフォードがアーサーに
「避けろ!」と指示を下す。
「させるか!」
ドンッ!
徐に足を上げて、アーサーの頭部におもっきり突き刺した。
その衝撃にアーサーの頭が下に垂れてしまい、
一誠とギルフォードは転落した。そんな二人と擦れ違うように
真紅の光がギルフォードのパルを呑みこんだ。
「聞くけど、お前って空飛べるか?」
「なにを―――!」
「いや、いつまでもお前とひっつくのはごめんだしさ。
飛べれるなら離れようと思ったまでだ」
言葉通り、一誠はギルフォードから離れ、攻撃態勢に入った。
「お前の負けだ。転生者だろうが、俺は絶対に負けない」
「なんだと!?俺は、俺は最強の力を手に入れている男なんだぞ。
永遠の命、不死の身体、最強の魔力だって、無尽蔵の体力だって全てお前の上をいく!
俺は―――最強の人間なんだぞ!」
「最強は所詮最強に過ぎない。最強は絶対に負けないなんて有り得ないんだ。
魔王だってそうだろう?」
金色の十二枚の翼を背中から生やした一誠。
十二枚の翼をギルフォードの四肢に巻き付け自由を奪い。
「魔王は勇者に破れてしまう。闇は光に負けて逆もそうなってしまうのが
王道的なことなんだ。だとすれば、最強なんて所詮は強さを極めた程度だってことだな。
ビガッ!ガガガガガガガガガガッ!
金色の翼から迸る雷が、ギルフォードの直撃する。
「ああああああああああああああああっ!?」
「永遠の命だろうが、不死の身体だろうが、痛覚までもがないわけがない。
それをお前に一度あの時に教えたはずなんだがな」
翼を解いた瞬間に、ギルフォードへ突貫して深く、
足を腹部に突き刺してそのまま競技場へと落ちた。
「お前が自分のことを最強と言うんなら―――その最強は俺に破れ、弱者になり下がったな」
「こ、この野郎・・・・・!」
まだ足掻こうと手を伸ばすギルフォードに、一誠は手の平を突き付けた。
「終わりだ」
ギルフォードの視界に光が迸った様子を目の当たりにした時だった。
途轍もない衝撃が身体全体に襲い、あっという間に背中から競技場に落ちた
ギルフォードの横に満身創痍のアーサーが墜落した。
一拍して、一誠とガイアが競技場に現れたことで―――。
「第一試合の勝者はイッセー・D・スカーレット!パルの名はガイア!」
アリーナの中央に着陸した一誠たちを迎えたのは、審判の朗々とした宣言であった。
だが、一誠の攻撃で闘技場は修理しないといけない状態となってしまい。
第二試合、第三、第四、第五試合は明日に繰り越しとなった。
―――○♢○―――
翌朝。五百年祭の四日目が幕を開ける。
残念ながら、闘技場上空は灰色の雲に覆われて、太陽も隠れがちだったが、
そんな天一誠はラブロック商店メンバーと一般観客席で腰を下ろし、
第二試合が行われた様子を見ていた。ランサーとアッシュ、エーコペアの試合―――。
アーサーのパルが体勢を低くしてその場でぐるりと駒のように回りだした。
そうなると長い尻尾は遠心力によって増した勢いがアッシュとエーコを乗せる
アッシュの指示になんとか鞭のようにしなる尾から
避けたものの、まるで水の中で泳いでいるかのように
ランサーのパルは競技場の地面を腹ばいで
しかし、回避され擦れ違う瞬間にランサーがパルから降りて曲芸の如く、
エーコの背後に飛び乗っては無造作に
アッシュも蹴り落として自分のパルに再び飛び乗ってみせたのであった。
「あらら・・・・・アヴァロンの皇女とその騎士が呆気なく負けちゃったな。
しょうがないっちゃあしょうがない」
「ふん、情けない」
続いて予選第三試合、オスカーとマックスの試合―――。
だが、呆気なくマックスはオスカーの前に破れてしまった。
奮戦したが、同じ
第四試合のルッカとシルヴィアの試合では、シルヴィアとランスロットが優位に立っていたが、
後半でルッカが切り札として密かに準備していた騎竜演舞を使い、
シルヴィアに攻撃を仕掛けるも
ランスロットの主に対する想いによって、シルヴィアをルッカの背後に転移魔法で
移動させ―――この好機を逃さないシルヴィアはガレスからルッカを落竜させたことで、
シルヴィアの勝利と朗々と告げられたのだった。そして第五試合レベッカとラーズの試合―――。
「はぁ・・・・・化け物染みた・・・・・強さですわね・・・・・」
「化け物とは心外だぞ?それはイッセーに言うことだと思わないか?」
「・・・・・あーあー、あなたとじゃなければ、
決勝戦でイッセーと戦えたのに残念ですわ。降参します。
命がいくらあっても足りないんですもの。アグラヴェインもこれ以上は動けないですし」
「因みにキミの願いはなんだったのかい?」
「決まっています。イッセーに婚約を求めることですよ」
レベッカに破れたラーズ。
こうして
決勝進出を決めた。そして五百年祭は着々と進み、四日目の夜が訪れた。
学院都市アンサリヴァンの街は、いつになく賑わっている。
街の明かりはいつまでも煌々と輝き、不夜城と化したようだ。
規律正しいことで有名な騎士国内の街としては、異例の事態である。
一壁の外には、シェブロン王国の魔導艦クラウ・ソラスが停泊していた。
あのザカライアスⅢ世が、五百年祭の最終日を目当てにアンサリヴァンを訪れた―――その一報は、
またたく間に市内を駆け巡った。首都フォンティーンを襲った巨竜襲撃事件の後、
ザカライアスⅢ世は
そんな国際情勢の中、ザカライアスⅢ世が五百年祭を見物しに来たことで、
騎士国民が安堵したのは言うまでもない。街の灯りが消えるまでには、
まだまだ時間が掛かりそうだ。
―――○♢○―――
魔導艦クラウ・ソラスの艦内―――謁見室。王座には、
ザカライアスⅢ世が泰然として着いている。
髪も髭も真っ白で、いつお迎えが来ても不思議はなさそうな老人だが、
その双眸は爛々と輝き、生への執着を表している。
室内には、シェブロン王家が誇る王室親衛隊をはじめ、
外務大臣などの政府要人がずらりと並んでいた。
さらには、第一から第二十までの王妃までが参列を許されている。
いわゆる王妃団である。シェブロン王国において、王妃団は一種のアイドル的存在だ。
その序列を決めるのは、なんと国民投票だった。特に上位二十名の王妃は、
各種祭典への列席を許される。その結果、二十一番目以降の王妃は日々、
栄えある上位枠を獲得すべく、水面下で熾烈な争いを繰り広げているという・・・・・。
香水の匂いにむせかえりそうな光景だったが、その中で異彩を放っている一団があった。
騎士国のヴェロニカ・ロートレアモン第一王女と、その親衛隊である。
ヴェロニカの親衛隊は総勢七名。親衛隊長のグレン・マクガイアをはじめ、
一流の
ザカライアスⅢ世がなぜ、わざわざヴェロニカに護衛を依頼したのか―――その理由は、
目の前に跪いている貴公子が知っていた。礼装していたオスカー・ブレイスフォードは、
御前にも拘わらず飄々として、お決まりの文句を口にした。
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう―――」
年老いた王は、むすっとして答えた。
「心にもない挨拶は不要じゃ。そのふてぶてしい面構え、ユリエルに勝るとも劣らんわ」
「滅相もないことです。あの兄上と比べられては、私など凡人ですよ」
突然、ザカライアス三世は腹を抱えて笑った。
「
ヴェロニカ王女に護衛を依頼したのか。お前は分かっていないと見える」
「御心配には及びません、陛下。確かに僕がその気になれば、
この場にトリスタンを召喚し、陛下を玉座ごと踏み潰すことも可能でしょう」
ざわっ・・・・・と、周囲がどよめく。王室親衛隊の中には、
剣の柄に手を掛けていた者もいた。
それでも、オスカーは何ら臆することなく、堂々と宣言した。
「ですが、僕は卑劣漢ではありません。シェブロン王家の名に恥じぬよう、
正々堂々と王位を譲り受ける―――それが僕の理想です」
「ふん。余はそなたの大言壮語を聞くために、わざわざ呼び寄せたのではないぞ」
「では、一体どのようなご用件で?この後僕はとある店の料理を食べに
行きたいので手短にご説明を求めます」
さっさと話をしろと紫の双眸に籠めてザカライアスⅢ世を見据える。
「・・・・・余も老いた。愛馬を駆り、王家に伝わる宝剣ティル・ナ・ノーグを振るった
青年時代が懐かしい。余はもう一度、あの宝剣を自在に扱えるようになりたいのじゃ」
悲しげに呟くと、ザカライアスⅢ世は真横に視線を巡らせた。そこには、鞘に収められた巨剣が、
専用の台座に立てかけられている。―――いつかは、僕もあの剣を・・・・・!
密かに決意を漲らせるオスカーに、ザカライアスⅢ世は冷然と告げた。
「そのためにも、余には―――異世界から来たドラゴンの力が必要じゃ」
「・・・・・」
異世界から来たドラゴン―――つまりはイッセーのこと?
エーコの、アヴァロン聖竜皇の生き血ではないのか?
思っていた想像が違ったため、思わず眉根を寄せたオスカー。
「イッセー・D・スカーレットとやらを余に献上するがいい。
騎竜学院に通うそなたらな、容易いじゃろうて」
「・・・・・お言葉ですが陛下、彼はドラゴンであるため人間である
僕の手では流石に困難です。ドラゴン相手に素手で戦えと言っているようなことですが」
「ふん。ならば、騎竜学院長のミラベル王女に頼べばいい。
異世界のドラゴンをここに来させるようにな。
期限は明日の夕方―――余がアンサリヴァンに滞在しているまでじゃ」
その瞬間、オスカーの脳裏には様々な思いがよぎった。ザカライアスⅢほどの人物が、
わざわざアンサリヴァンを訪れた―――いくら「アンサリヴァンの五百年祭」が
大規模な祭典とはいえ、それは騎士国内での話である。
シェブロン王にとっては、隣国の地方都市で開催中の小さなお祭りに過ぎない。
シェブロン王がアンサリヴァンを訪問した真の目的とは、騎竜競技の観戦などではなく、
まだオスカーが知らない一誠の力―――。
「かしこまりました」
一瞬の沈黙を挟んで、オスカーは深々と頭を下げた。
―――○♢○―――
その夜、ギルフォードを除いた生徒会役員たちは打ち合わせのため、
ラブロック商店に集まっていた。
「おかわり!」
「にゃっ!もう食べたのですか?」
「そうよ、ほら、早く次のお肉を持って来なさい!」
「か、かしこまりましたにゃ・・・・・」
店員の猫が半ば唖然、呆れて店の奥へと姿を消した。
その様子を見ていた一誠がアッシュに告げた。
「アッシュ・ブレイク、結構な値段となっているが代金払えるか?」
エーコが食べ続けている料理の総計の値段を見てアッシュの顔が青ざめた。
「・・・・・エーコ、もうそのぐらいにしてくれ。
それ以上食べたらクレープを買う金すら無くなる」
「なんですって!?ちょっとアンタ、もっと安くしなさいよ!
あたしのクレープが食べられないじゃない!」
「なあ、アッシュ・ブレイク。こいつの角を切り取ってルッカとキーラの調合薬にしていいか?
アヴァロン聖竜皇の角だ。さぞかし、凄い効果の薬ができそうなきがするんだ~♪」
何時の間にか手にしていた刃物を見せびらかし、
エーコの頭を掴んでアッシュに訊ねる一誠だった。その目は決して笑ってはいなかった。
「ちょっ、ストップストップ!ちゃんと金を払うからそんなことしないでくれ!」
「そ、そうよ!私にそんなことしたら踏み潰すからね!」
「その前に、お前の角を握り潰して良いんだが?」
言っている事とやっていることをする一誠。頭ではなく両の手を握りしめ、
エーコの角にグリグリと擦るように拳をねじり回せば―――。
「ぎゃあああああ!痛い痛いっ!やめて!止めてぇえええええ!」
あまりの痛さにじたばたと暴れ出すエーコ。
しばらくして―――角を抑えてテーブルに突っ伏すエーコの姿が一同の視界に映るのであった。
「・・・・・鬼だな」
「シルヴィア、体験してみる?」
「・・・・・っ!」
ブンブンと激しく首を横に振るシルヴィア。
あんな光景を見たら誰も味わいたくない痛覚がするだろう。
「―――それにしても、あの小さな体のどこに、あれだけの食材が収まるのかしら?」
エーコの食べっぷりを前に、学院長のミラベルが不思議そうに呟く。
常日頃、学院行事には殆ど口を出さないミラベルだが、今夜に限っては出席しているのだった。
「物理学的に考えて、不可能だわ・・・・・」
「し、仕方ありませんよ、姉上。なんといっても、エーコは竜族なのですから。
食事だって、一日五回も決まっていますし・・・・・」
「エーコの腹の中が気になるならアンジェラに訊けばいいんじゃないか?」
みらべるにおずおずと最初に話しかけたのは、シルヴィアである。
冷徹な姉には苦手意識を抱いているらしく、どことなく他人行儀な接し方だった。
「学院長、今日はお忙しいところありがとうございます」
相手がだれであろうと堂々と話しかけたのは、レベッカだった。
それからレベッカは一同の顔をぐるりと見渡すと、こほんと咳払いをした。
「この四日間、実行委員としてよく頑張ってくれた。おかげで市民の間でも大評判だし、
新聞社や雑誌社からは取材の依頼が殺到している」
良い仕事をしているぞ、と満面の笑みを浮かべるレベッカ。
「生徒会長として、誇らしく思う。明日さえ乗り切れば、五百年祭は大成功だ。
そのためにも、油断は禁物といえる。早速だが、明日のスケジュールの再確認しておこう」
手もとの小冊子に視線を走らせると、レベッカは言葉を続けた。
「午前中は
重量別格格闘戦の決勝が開催される。昼食タイムを挟んで、午後からはいよいよ
「邪魔するぞ」
その瞬間、厳然とした声がレベッカを遮った。続けざま、
がしゃり・・・・・と金属的な音が聞こえる。
その声と音を聞いて、一誠は声がした方へ顔を向けた。
案の定、現れたのはヴェロニカ・ロートレアモン第一王女だった。その背後には親衛隊長のグレン・マクガイアと聖竜騎士団団長のウルスラ・L・セルウィンが控えている。
どちらも、一誠にとってはこうして間近で会うのは久し振りだった。
「久し振り、三人とも。夏休み以来だな」
「ああ、そうだな。イッセー・D・スカーレット」
「おう。グレンとウルスラも久し振り」
朗らかに挨拶をした時だった。ウルスラが我慢ならないと一誠に抱きついたのだ。
「はい、お久しぶりです。あなたの戦いぶりを見ていて、
またあなたと戦いたい気持ちが湧きあがりました・・・・・この後、
よろしければいいですか?」
「ん、いいぞ。全力で戦おうか」
「はい―――」
咲いた花のように笑うウルスラ。
「「「むぅ・・・・・」」」
ラーズ、ルッカ、キーラが小さく唸る。シルヴィアに至っても
不機嫌そうな面持ちをしていた。
ヴェロニカが加わり、会議は再開された。
「さて、この五百年祭には、
多くの王侯貴族が観戦に訪れているが、明日は国賓クラスの要人が来賓席を
埋め尽くすことになる。
言うまでもないな。シェブロン王国からは、
第一王子とユリエル第三王子が初日から観戦されているが、
明日からはザカライアスⅢ世陛下もお越しになる。無論、厳重な警備体制が必要となるぞ」
この世界の住民であるアッシュ達は緊迫な状況となるだろうが、
異世界から来た一誠や他の皆たちにとっては今さらなこと―――と、
どうでもいいとしか抱かないだろう。
「ん、ヴェロニカ」
「なんだ?」
「ヴェロニカも来賓の一人なんだろ?警備のことに関してはグレンと
ウルスラに頼めば安心じゃないか?
せっかく決勝戦に出場するシルヴィアを見守ればいいのに」
「イ、イッセー・・・・・?」
シルヴィアの顔に当惑の色が浮かぶ。だが、ちょっぴり嬉しかった。
自分のために気を使ってくれているそんな一誠に―――。
「そうね。大体、ヴェロニカ姉様だって来賓の一人・・・・・。
たまには綺麗なドレスでも着て、父上の隣でお姫様らしく振る舞ってみたらどうかしら?
そんなことだから、男の一人も寄りつこうとしないのだわ」
一誠に共感したミラベルが皮肉を言う。
当然、その皮肉に反応しない訳がないヴェロニカだった。
「なんだと・・・・・?」
たちまち、ヴェロニカの顔色が変わった。
「その減らず口、学院長に就任しても相変わらずのようだな・・・・・」
「事実を、ありのままに申しただけです」
ヴェロニカの殺気を真っ向から浴びせられても、ミラベルは顔色をひとつ変えない。
突然、予期もせぬ姉妹喧嘩が始まったので、一誠は目をパチクリとした。
いや、一誠だけではない。誰もがポカンとして、
バチバチと火花を散らすヴェロニカとミラベルの様子を窺っている。
「(あれ、仲悪かったっけ?)」
二人の仲の善し悪しを内心、小首を傾げて思っていれば、
第一王女と第三王女の言い合いが続きだす。
「やはり、脳から胸に至るまで筋肉で構成されている人に、
姉様に寄りつく男なんてこの世にいないのかもしれませんわね。
いつでもどこでも女らしくない鎧を着込んでいるから、
周りは恐怖で怯えているばかりで・・・・・そろそろ歳が三十に近づいている
姉様が熟しすぎたトマトのようになってしまうのも時間の問題ですわね」
「なんだと・・・・・!?」
がしゃりと鎧を鳴らし、ヴェロニカは立ち上がる。
腰に提げていた大剣をすらり抜くと、ミラベルに突き付けた。
「ふっ。すぐに力に訴える性格も、相変わらずですね。ユニス、私の剣を」
ミラベルも立ち上がると、ユニスからレイピアを受け取った。
ユニスは主人の身を案じる素振りすら見せず、淡々とミラベルの命に従うだけだ。
第一王女と第三王女が、互いの武器を構える。一触即発の空気。
二人の王女が喧嘩しようとしてもグレンやウルスラは慣れているのだろう。
グレンはむっつりと押し黙ったまま、扉の脇で直立不動を続けているし、
ウルスラは一誠の隣にちゃっかりと座って手を握っている。
「貴様の墓に刻む碑文―――考えておくがいい、ミラベル!」
「淑女の嗜みを教えてさしあげるわ、この筋肉魔人!」
両者の気合が迸り、熾烈な剣闘が始まる。力で押すヴェロニカに対し、
ミラベルは流麗な剣さばきで受け流す。そして目にも止まらぬ突きを披露する。
まるで演舞だ。
「意外だな、ミラベルが戦えるなんて。学者一筋じゃなかったっけ?」
「ミラベル姉様は、ひとたびレイピアを構えれば、一流の剣士に勝るとも劣らない」
「人は見掛けによらないと言うことを目の当たりにした」
だがしかし、とばっちりは受けたくないとばかり、
店の空間と隔離された個室にいる客以外の殆どが我先と蜘蛛の子が散るように店から
出てしまっていた。店員の猫が
「お、お客様!御代金をー!」と焦った声が時折聞こえてくる。
「ええい、小賢しい!」
ヴェロニカがやや苛立った様子で、豪快にクレイモアを振るった。
真正面から受けたが最後、ミラベルのレイピアなど一瞬で折れるだろう。
「力押しなど通じません!」
もちろん、ミラベルもそれは分かっているようだ。ヴェロニカの斬撃に対し、
わざと斜めに角度をつけることで、圧力を見事に分散させている。
まるで、力の流れが目に見えているような戦いぶりだった。
ある意味、学者らしい剣さばきといえた。
「にゃ~・・・・・店長、個室にいるお客様以外のお客様が皆、
代金を払わずに出て行ってしまいましたにゃ・・・・・」
しょんぼりと、耳をたらし、つぶらな瞳は悲しみの感情の色を浮かべ、
哀愁を漂わせる猫の店員が一誠に報告してきた。
「ああ、分かっている。大丈夫だ。払ってもらう奴が目の前にいるからな」
猫の店員の頭を撫でて―――一誠は笑顔を浮かべたまま立ち上がった。
そして、剣闘しているヴェロニカとミラベルに近寄り―――。
ゴンッ!
「「~~~~~っ!?」」
二人の頭を無造作に掴んでヴェロニカとミラベルの額をぶつけあった。
そんなことした一誠にアッシュ達は開いた口が塞がらなかった。
王女同士の決闘を下手に介入するのは無礼に当たるので手をこまねいていたアッシュ達だったが、
一誠はそんな無礼なことを、それも二人の王女の頭を手加減無しでぶつけあったのだ。
頭を抱えてあまりの痛さに蹲っているヴェロニカとミラベルは一誠に声を掛けた。
「な、何をするの・・・・・・!?」
「お、おのれ・・・・・!」
「お前ら、誰の店で武器を振るって喧嘩しているのかなー?」
「「っ!?」」
ハッ!と二人は目を見開いた。そして、恐る恐る一誠の顔を覗き込んだ。
ギラギラと金色の双眸が怒りに満ち溢れていて、真紅の長髪が激しく揺れるほど
全身から真紅のオーラが迸っている。それはまるでキレていると表しているかのようだった。
「武器まで使って店の中で喧嘩するわ、お前らのせいで客が怯えて逃げ出してしまうわ、
店の物を壊すわ・・・・・お前ら、営業妨害をしたいのか?」
と、今まで聞いたことがないぐらい一誠の声音は低かった。
何時の間にか生えていた真紅の尾が何度も床を叩いて苛立ちを伝えている。
「ま、待て・・・・・そもそもミラベルが私を愚弄したのだぞ!?」
「さ、最初に剣を抜いたのは姉様よ・・・・・・?」
私は悪くないと、弁解するが。
「―――――あ?結局、悪口に理性が絶えずに剣を抜いたヴェロニカさんに、
ヴェロニカさんに皮肉を言って応戦したミラベルさん?
なにを言っているのかなー?HAHAHAHA!」
「「うっ・・・・・!?」」
とうとう頭部に十の角が生え出した。
アッシュ達はガクガクブルブルと一誠の怒りに怯えきっている。
あのレベッカでさえ、冷や汗が出ているのであった。
「二人とも、逃げてしまった客の食べた料金および、
店の物の弁償・・・・・しっかり払ってもらうからな。それとミラベルさん。
お前はしばらく聖遺物を触れるの禁止だ。それとヴェロニカさん。
お前は最終日、鎧姿で闘技場に現れるな。―――ミラベルの言う通り、
淑女の嗜みとしてドレス姿で来い」
「「なっ!?それは―――!」」
「いいな?もし、俺の言う通りにできなかったら―――この国を異世界から
ドラゴンを呼び出して滅ぼすからな」
有無を言わせないほど二人に圧力を掛ける。押し潰されそうな感覚を二人は感じ、
皮肉にもドラゴンによって騎士国を滅ぼすと言われては二人はただ黙って従う他なかった。
その時、アッシュ達は一誠に対して思ったことが一致した。
『(イッセー、恐るべし・・・・・)』