「
厨房から話しかける一誠の目の前に、カウンター席で座っているラーズ。
ロートレアモン騎竜学院の学生服を身に包んだままの状態で開店直後に現れ、
常連とばかり何時も座っている席に着くと一誠にとある騎士のことを告げた。
「というか、学校はどうした学校は」
「サボりよ。私の従者がここにいるのだからね」
「誰が従者だ。俺は認めてないぞ」
「世間がいずれ認めてくれるわ。こうしてあなたと会話しているところを平民が見ていればね」
しれっと真っ直ぐ一誠を見据えて言うラーズに、溜息を吐く一誠だった。
「出席日数が足りなくなって留年しても知らないぞ」
「大丈夫よ。教師の大半、弱みを握っているから」
「こいつ・・・・・悪魔だ」
大げさに恐れ戦くと、
「良く言われるわ」
本当に言われ慣れているようで、ラーズはそれだけ言ってこの店のドリンクを飲む。
「あら、美味しいわね」
「口に合ってなによりだ。それで、シルバー・ナイトってなんなんだ?」
「ええ、元は女性向けの小説に出てくる騎士で、どこの誰かの女子生徒が
アッシュ・ブレイクを
「へぇ、この世界にもファンクラブなんて概念があったんだ。それにあいつが―――くくくっ」
途端に喉の奥から小さく笑いだす。ラーズはどうしたのかしら?と小首を傾げれば、
一誠は理由を告げた。
「なに、あいつのファンクラブなんてできるんだなって思ったらつい笑った。
別にそれはアッシュブレイクに対する恋愛対象を抱いた集団でもない訳だろうに」
「そうとも限らないわよ?
竜騎士団の中でも高位に就くことが出来る他、王族との結婚も可能となれるの」
「つまり―――アッシュ・ブレイクが纏ったあの白銀の鎧が
いるからファンクラブが非公式ながらも結成されたと?」
「鋭いのね。ええ、そう言うことよ。そして、
パル、クー・フリンより巨大な深紅のドラゴンの目撃情報もちらほらと聞いているわ。それで
それはあなたのことよ?と目で訴えるラーズ。
対して一誠はラーズの話を聞きながらメモを取っていた。
新たな情報をレポートするためであろう。
「鎧を纏えて貴族になれるなら、俺の世界にいるあいつらも簡単に貴族になれるな」
「・・・・・どういうこと?」
「いや、こっちの話しだ。それで他に何か話はあるか?」
と、一誠はラーズに求めた。店の中にいる客は開店時から増えているのは確かだ。
だが、猫の店員がせっせと働いているため、
一誠は余裕ができるほどの時間が得られているのであった。
ラーズは思案顔でいると、思い出したかのように言いだす。
「ああ、そう言えば。ヴェロニカお姉様が一週間後、この街に来るわ」
「ヴェロニカが?またどうしてだ」
「アンサリヴァン市が襲撃されたからその慰問でしょうね」
「なるほどな。まあ、解決したのはアッシュ・ブレイクだし、俺たちは関係のない話しだな」
それはどうかしら?ラーズは厨房の奥へ消えていく一誠を見詰める。
アッシュ・ブレイクもそうだが、一誠もヴェロニカが放っておくが訳ないと踏んでいる。
なによりも面識あって聖竜騎士団団長と
戦わせられたのだ。一誠がここにいると知れば、ヴェロニカはこの店に訪れる可能性は低くない。
「そう言えば・・・・・あの無表情の団長との勝敗はどうなったのか聞いていないわ」
―――○♢○―――
一誠とラーズが話し合っていたその頃、アンサリヴァン市の市街地でリーラとヴィットーリアは
聖ダーラム広場に設けられた席に座って傍に買い物袋を置いていて――。
「なるほど、あなたの主はとても素晴らしいヒトだと感じます」
「はい、分かってもらえて嬉しいです。それにマキャベリ様もあなたの主としての振る舞いは
恐れ入ります。一誠様には無い魅力を感じざるを得ませんからね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
互いの主に対する想いを言葉にしてこっちも話し合っていた。このような話しを提案したのは
ヴィットーリアだった。一度、リーラと同じメイド(秘書)として互いの主の良さと悪さを
教え合いたいと思っていて、現在進行中、互いの主のことで花を咲かせたのだった。
「それにしても、一誠様は人王という立場でいらっしゃるようですが、王が違う世界、
この世界にいても大丈夫なのですか?」
「ええ、その点については問題ありません。毎日、元の世界に戻っては
人王としての務めを果たしておりますので」
「そうですか。私とマキャベリ様も異世界に訪れてみてみたいものです」
「いずれその時が来ます。楽しみにしていください」
スッとリーラは立ち上がって買い物袋を持った。
「話は店の中でもしましょう。これ以上、一誠様を待たせる訳にはいきません」
「そうですね。マキャベリ様もお待ちしておるでしょうし」
ヴィットーリオも買い物袋を持ちながら立ち上がった。しかし、そこへ第三者が現れた。
「そこのキミたち、ちょっといいかな?」
「「・・・・・」」
話しかける第三者へ振り向く。そこにいたのは金の長髪に赤い双眸の少年だった。
身に纏うのはアンサリヴァン騎竜学院の男子制服―――ギルフォード・ギルガメッシュがいた。
「何かご用でしょうか」
「綺麗な従者を見掛けてね、つい話しかけてしまった。お仕事中だったかな?」
「そうですが」
「じゃあ、主のご奉仕が終わったらどうだい、休憩を兼ねて俺とお茶を飲みに行かないかい?
お洒落な店を知っているんだ。そこで―――」
ギルフォードの話はそこで終わった。
「申し訳ございませんが、私共はあなた様とお話しする時間はございません」
リーラが自分たちを誘おうとしていることを理解し、拒否したからだ。
「さっきから見ていたけど、
三十分ぐらい座って話していたというのに俺とお茶をする時間はないのかい?
釣れないじゃないか」
「・・・・・先ほどから感じていた視線はあなたでしたか」
「あれ、気付いていたのかい?」
「あからさまです。獲物を狙う猛獣のようでした」
当然とばかりヴィットーリオがそう告げた。それに肩を竦めるやれやれと首を横に振る
ギルフォード。
「俺はそんな風に見ていなかったと思ったんだけどな・・・・・」
「因みにずっと私たちを付けていたことをお見通しですよ」
「・・・・・まさか、そこまで気付かれていたとは。
これでも気配を隠していたつもりだったんだけどね。―――流石と言うべきか」
意味深なことを言うギルフォードだった。それにはリーラの中で警告音が鳴り響いた。
今まで異世界で培ったメイドとしての第六感を―――。
目の前のギルフォードに最大限警戒して発する。
「元から私たちに接触する目的でしょうが、生憎、私たちはあなたと共にいるつもりはないです」
「三分だけでもダメかな?」
「一秒たりともあなたの為に使う気はございません」
一刀両断とばかりギルフォードの願いを斬り捨てた。これ以上ここに留まることは危険だと
判断したリーラはヴィットーリアにアイコンタクトで語った。
「(行きましょう)」
「(了解)」
「―――しょうがない。ちょっと強引だけど一緒に来てもらおう」
その時、ギルフォードの目が煌めいた。
「「っ・・・・・!?」」
自分の意思とは関係なく、足が勝手に一歩前に進んだ。
「これは・・・・・!」
「さあ、俺のもとにおいで。今からキミたち二人は俺のメイドだよ」
「ふざけないでください・・・・・!
私の主は一生涯、フランチェスカ・マキャベリ様ただ一人です・・・・・!」
「ああ、彼女もいずれ僕の力となってもらうよ」
ニコッと笑むギルフォード。リーラとヴィットーリアの意志を反するかのように身体が動く。
「あなたは一体・・・・・・!」
険しい表情でリーラは問うた。
「俺かい?俺は―――」
刹那、ギルフォードの肩に手を置く存在がいた。
「おいおい、止めておけって―――人のもんに手を出したらお前、死ぬぞ?」
「・・・・・」
ギルフォードは目を細め、尻目で見る。背後にいたのはギルフォードとミルガウスと接触した
青髪の少年だった。
「またキミか・・・・・僕の邪魔をしないでくれるかな?」
「一応、お前の為に言っているんだぜ?―――とんでもねぇ奴がお前を遠くから見ているが、
お前は気付いていないようだからな」
「・・・・・なに?」
怪訝に青髪の少年の発言に耳を傾けたその瞬間だった。全身に走る電流に似た感じが悪寒と成り、
ギルフォードは否が応でも冷や汗を流し始めた。
「ようやく気付いたようだな。俺も何となく感じる程度だが、お前は人一倍感じているはずだ。
―――この強烈な敵意と殺意を」
「・・・・・」
「そこのメイドたちにちょっとでも触れたら・・・・・お前、
腕をもぎ取られていたかもしれないぜ?それとだ。ついでに言えば、お前がどうなろうと、
俺にとっちゃ関係ないけどよ?この広場でお前の死体が転がってたら色々と大変だろう?」
ポンポンとギルフォードの肩を叩く青髪の少年。
「それとも、お前はそっちの志願者か?俺は構わないぜ?
転生者が一人減ったところでこの世界は変わらず未来永劫、回り、時が過ぎるだけなんだからな」
「・・・・・っ」
「この世界にとって俺たちはある意味よそ者だ。
よそ者はよそ者らしく、静かに平和に暮らせば儲けもんだ。まあ、派手に生かせてもらうけどな」
踵を返してギルフォードから離れる青髪の少年。
「んじゃ、警告したぜ。明日、生きていたら遊びに来てやるよ」
それだけ言い残し、人混みの中へ入って姿を暗ました。
そして残ったのはギルフォードと何らかの力で屈せられそうになっている
リーラとヴィットーリア。
「っ・・・・・」
ギルフォードも、広場から音もなく消え去った結果、
リーラとヴィットーリオの身体が自分の意志で動かせるようになった。
「さっきの二人の少年は・・・・・」
「・・・・・とにかく、戻りましょう。このことを報告せねば」
「・・・・・」
リーラの言葉に同意と頷く。
―――○♢○―――
「リーラ、ヴィットーリア」
ラブロック商店に戻るや否や、一誠に手を掴まれ、
奥に引きずり込まれるように連れて行かれると、とある一室で一誠に抱きしめられた。
「良かった・・・・・」
力強く抱きしめられた。ギルフォードに触れられそうになった華奢なリーラとヴィットーリアの
身体を。
「ご心配を掛けて申し訳ございません・・・・・」
「・・・・・」
「いいんだ。二人が無事で・・・・・まさか、あいつが二人を狙うとは思いもしなかった。
―――あいつ、殺してやるか・・・・・?」
ヴィットーリアは一誠から感じ始める怒気と殺意に冷や汗を流した。
そして、同時にこんなにも自分まで怒りを露わにしてくれる一誠に心から感謝した。
リーラは優しく細い腕を一誠の首の後ろに回して抱きしめた。
「いけません、一誠様。この世界の人間をあなた様の手に血で汚してはなりません」
「でも・・・・・」
「今回の件で、ああいう輩がいることは分かったことが知って幸いです。
これから対処を思案して行けばいいのです」
子供を窘めるように一誠の真紅の髪を撫でる。
すると、一誠から感じる殺意と怒りが徐々に和らいでいくのがヴィットーリアは感じた。
「一誠様。私は未来永劫、あなた様のメイドでございます。
同時にあなただけの―――愛しい女です」
「・・・・・」
「もしも、私はあの男の手に落ちた時、私は自害します。一誠様、その時は・・・・・」
リーラの言葉はそれ以上続かなかった。一誠がリーラを抱きしめたからだ。
「・・・・分かった・・・・・」
「はい、よろしくお願いします。一誠様・・・・・」
一誠とリーラの絆を目の当たりにしてヴィットーリアは思った。
この二人の絆は自分が思っていた以上に強く、そして結ばれている。互いが互いを求め、
愛し合っているんだと、この二人の間に割り込むことはもはや不可能だろう。
たとえ、どんな力を使ってでも・・・・・。そう思った直後だった。
―――どぉおおおおおおおおおおおおおん!
なにかが爆発したような衝撃と共に、一誠たちは愕然とした。
「なんだ・・・・・?」
店の中の一室から出て表に出た。店にいた客たちも驚愕した顔で、窓から外へ見ていた。
一誠たちがホールに現れたと同時に、
「失礼いたします!」
威勢良く扉を開け放ったのは、竜に騎乗する際に必ず着る
モスグリーンの服を身に包み、
二十代前半と思しき、快活な女性だった。肩先で切り揃えた髪型が、風になびいている。
「第一級宮廷郵便士、オルエッタ・ブランであります!貴殿をお迎えに参りました!」
「・・・・・迎え?」
明らかに顔を向けて視線の先にいるのは一誠。
郵便士とは手紙を届ける役割を持つ職業の一つだろう。
だが、一誠自身を迎えに来たとは一体どういうことなのだろうか?
「どうして俺を?」
「―――第一王女ヴェロニカ王女殿下が貴殿を召喚するよう命を受けました」
オルエッタの言葉に客たちが目を張り、リーラとヴィットーリアは
「なぜ?」と疑問を浮かべ首を傾げる。
「あの王女が?」
「はい、ですので私と共に来てくださいませ」
「・・・・・分かった。―――龍牙!」
一誠は徐に叫んだ。客が耳を抑えるほどの声量だった。
しばらくして、店の奥から一人の少年が姿を現した。
「なんでしょうか?」
「俺はフォーティン城に行く。俺がいない間に、リーラとヴィットーリアと共に店を頼んだ」
「お城に?そうですか。では、気を付けてくださいね?」
龍牙の言葉に頷き、一誠はオルエッタと共に店から出た。
店の外には一匹の
取り付けた鞍に乗ると、一誠に手を差し伸べた。その手を掴み
オルエッタの背後に騎乗した瞬間。
向かう先はロートレアモン騎士国首都フォンティーン。
「それじゃ、フォンティーン城へ行きます!―――いやっはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「・・・・・・え?」
「しっかり掴まってください!振り落とされても上手く受け止めますけどねぇっ!」
一部始終、豹変したオルエッタに一誠は動揺したのだった。
―――○♢○―――
―――どぉおおおおおおおおんっ!
一誠を乗せた
「イッセー殿、お付きになられました」
「お、おう・・・・・」
ドギマギに返事する。オルエッタの背中に身体を押し付けて、両腕を腹に回して
しがみ付いていた。まるでジェットコースターに乗っている気分だったと後日一誠は語った。
「あ、あの・・・・・?」
呆然とした余韻が残っているのか、一誠はオルエッタから離れることを忘れていた。
なので、オルエッタを背後から抱き締めている感じでしがみ付いているため、
今度はオルエッタがドギマギする番だった。背中から感じる心地良い温もりと逞しい腕に
抱きしめられる経験は生まれてこの方ない。いや、異性にこうされたこと自体がない。
初めての経験で心臓が破裂してしまうんではないかと鼓動が激しく動く。
「(あうあう・・・・・きゅ、急に恥ずかしくなってきた・・・・・!)」
見た目は自分より若い少年。年下相手にこんな動揺してしまう自分はどうしたのだろうか?
そう言えば、ここまで飛んでいる最中、一誠はオルエッタをしがみ付いていた。
この逞しい腕に抱きしめられて―――。
「・・・・・っ」
そこまで考え着いた時、オルエッタは顔を赤らめた。そして、少なからず一誠に対して
意識してしまう。
このまま、一誠に迫られたら自分は強く否定できる自信はあるのだろうか・・・・・。
そう思ったその時だった。
「イッセー」
「っ!?」
一誠とオルエッタのもとに清楚そうな金髪の女性が現れた。
その女性をオルエッタは知っていた。
―――ロートレアモン騎士国聖竜騎士団団長、ウルスラ・L・セルウィン。その人だった。
「お、ウルスラ。久し振りだな」
気を取り直した一誠はオルエッタから離れ、地面に着地した。
そして、ウルスラと握手を交わす。
「王女殿下が待っている。一緒に来て」
「了解。まったく、あの王女は俺を呼んでどうしたんだ?」
ウルスラと共に城の中へと赴く。と、一誠がクルリとオルエッタに振り返った。
「ここまで送ってくれてありがとうな」
「は、はい・・・・・」
オルエッタはそれだけしか言えず、ボーっと城の中へ行ってしまう一誠を見詰める。
それから一誠はウルスラに城の中へ案内され、とある部屋の扉の前に立たされた。
「ここは?」
「ヴェロニカ王女殿下の執務室です」
「俺一人で入れと?」
ウルスラは頷いた。一誠は心の中で怪訝な気持ちで扉にノックした。―――その直後だった。
扉が勢いよく開け放って不敵の笑みを浮かべる一人の女性が姿を現した。
「待っていたぞ、イッセー」
一誠を呼びだした張本人、ヴェロニカ・ロートレアモンだった。
そのまま部屋に招くのかと思いきや、部屋から出てきた。
「私と共に来い」
「え?俺を呼びだしたのは何なんだよ?」
「なに、ちょっとした盗賊をお前にしてもらおうと思っていたのだ。
その後、アンサリヴァン市に行く」
呼び出した理由は盗賊の捕縛。そして、その後アンサリヴァン市に行くとヴェロニカが言うと
一誠は反応した。
「ああ、お前がアンサリヴァン市に来ることを知っていたぞ」
「む?良く知っていたな」
「まあ、ラーズから聞いたし」
何気なく一誠は言った。
しかし、ヴェロニカは思わずがしゃりと鎧から音を立たせて一歩だけ下がった。
「ラーズ・・・・・だと?まさか・・・・・お前、ラーズグリーズとかいう少女と
会っているのか?」
「うん、そうだけど?それとシルヴィアもな。親しくさせてもらっている」
「・・・・・二人は元気か?」
「シルヴィアはともかく、ラーズは良く店に顔を出してくれるから元気だぞ。
なんか、俺を専属従者にしようとしているしな」
そこで溜息を零す。ヴェロニカは心の中で盛大に冷や汗を流していた。
ここ数年会っていない妹は、
前よりも増して悪い意味で成長しているのだと一誠の話を聞き実感したのだ。
「ラーズから、私のことを何か言っていなかったか?」
「いや、別に何も言っていないぞ?」
「そうか・・・・・ならいい。イッセー、ついてこい」
これ以上話はしないとヴェロニカは歩き出す。一誠はヴェロニカの後ろで歩き、
ウルスラは一誠の横に歩く。
―――○♢○―――
北方ゼファロス帝国の国境から十数キロ離れたところでは荒野が広がっていた。
その場所に荷台を引っ張っている馬を含め、数頭の馬に騎乗している男たちがいた。
ロートレアモン騎士国から不法入手した様々な品の中には竜綺華晶も含まれている。
竜が生息しないゼファロス帝国は龍の代わりに機械工学と竜綺華晶のでしか扱えない
組み合わせた魔導工学が発達している。
そのため竜綺華晶は魔導工学に必要不可欠な結晶なので、
それを得るためにはロートレアモン騎士国に
侵入し、息を潜めて結成している闇組織の間で高値で売られている竜綺華晶を入手し、
さらにそれをゼファロス帝国の上層部に受け渡せば相応の報酬金がもらえる。
現に騎士国から得た竜綺華晶を商人となりすましていた一団が目的の品を手に入れると
本性を露わにし、ゼファロス帝国へと一目散に馬で移動している。
今回も上手く竜綺華晶を手に入れた。
帰りも何も問題ないと男たちのなかで緊張が緩み警戒心を解いていた。
だが、それは真上から飛来した一筋の光によって強制的に変えられた。
男たちの目の前で激しく大地が抉れ、馬諸共、男たちは吹っ飛ばされた。
土煙で視界が遮られ、背中に指していたゼファロス帝国特有の機械兵器を手にしてながら
仲間に大声で確認する。しかし、返ってきたのは短い悲鳴だった。
立ち籠める煙で仲間は謎の敵に襲われているのだと気付くも―――。
ガシッ!
謎の敵に自分の後頭部を掴まれた。とてつもない握力で頭蓋骨が悲鳴を上げ、
次第に男の目が白目を剥き、
口から泡を吹きだして意識を失った。意識を失った男を無造作に放して、
意識を狩った―――少年は空を見上げた。
翼を広げた
白地に真紅のラインを織り交ぜた、壮麗な外装。各所に装備された、砲門の数々。
―――魔導艦シルヴァヌス。ヴェロニカ王女が、
ゼファロス帝国から亡命してきた科学者の一団を召し抱え、開発させた試作艦である。
「ほう、一瞬で方を付けるとはな。当然といえば当然だがやはり、
ウルスラを倒したことだけある。そう思わないか?グレンよ」
「はっ」
シルヴァヌスの操縦席の中央に腰を落として座っているヴェロニカとその隣に
返事をする影のように佇む美丈夫の男性。さらに反対側にはウルスラがいた。
そして、つまらなさそうにヴェロニカは息を漏らす。
「あれほどの実力を持っているにも拘らず、店を構えるなどと宝の持ち腐れではないか。
国家のために使ってもらいたいものだな。ウルスラ、お前はどう思う?」
「・・・・・私の副団長として、いてもらいたいです。彼のことを知れますので」
ウルスラはジッと地上にいる少年を見詰める。
その様子に全くだと頷くヴェロニカは途端に口の端を吊り上げた。
「・・・・・くくっ、そうだ。面白いことを考えたぞ」
「姫様。よからぬことを考えてはいけません」
「不純な考えではない。純粋な考えで言ったまでだ」
艦長の席ともいえる席から立ち上がってヴェロニカはシルヴァヌスを操縦している兵士に告げた。
「これより、賊共を収監した後にアンサリヴァンに向かう!」
―――○♢○―――
「と、言うわけだ。本体はしばらくヴェロニカと共にいる」
「あ、あの王女と一緒なんて・・・・・」
「イッセー、何時の間にそんなところにいるの?」
ラブロック商店に―――なんと、一誠がいた。しかし、一誠本人ではない。
一誠が魔法で作りだした分身体である。
「「・・・・・」」
マキャベリとヴィットーリアはマジマジと一誠を見詰める。
本当に一誠ではないのか?そう疑問を浮かべているのだった。
「どうした」
「・・・・・本当にイッセーではないのか?」
顎に手をやって一誠を見詰めながら呟く。外見こそ見間違うはずもなく一誠だ。
目の前に一誠と同じ姿形した者がいれば間違いなく一誠本人だと思ってしまう。
だが、一誠は言う。
「一誠であって一誠ではない。魔力で構築された存在だ。
だが、オリジナルと大して変わらず、オリジナルの記憶も共有している」
「興味深いな・・・・・異世界の魔法は。吾輩も使えたら楽しそうだ」
「んー、魔力がない人間じゃ魔法なんて使えない。
でも、魔法が付加された道具を使えば人の手で魔法は使える」
「ほう?異世界にそんな代物があるのか?」
マキャベリの問いに異世界メンバー全員が頷いた。
「ええ、あるわよ」
「魔法が使えない大人から老人まで、簡単に扱えますよ」
「ただ、それを使った犯罪が絶えないがな」
「ですが、火のない場所で火を熾す魔法。水のない場所で空気中の水分で水を作る魔法。
明かりの無い場所で光を発生させる魔法といった魔法の道具が数多く様々な形で
販売されています。この世界で言う竜綺華晶みたいなものですかね」
「中には戦闘用の魔法道具もある。
無論、龍牙が言った魔法道具も含めてそれらは使い捨てになるけどな」
と、マキャベリとヴィットーリアに告げた。
「―――と、話が反れたな。さっきも言った通り、
俺はヴェロニカとアンサリヴァン市に慰問と称して現れるまでここにいる」
「オリジナルの一誠は今どうしている?」
尋ねられ分身体の一誠は徐に瞑目した。オリジナルの一誠が今何をしているのかを探っている。
「・・・・・えーと、ドジなメイドと魔導艦の掃除をしている」
「ドジなメイド?なによそれ?」
怪訝に言葉を発するルクシャナを―――魔導艦シルヴァヌスにいる
オリジナルの一誠には知る由もなかった。
―――○♢○―――
「ちょ、プリムさんっ!?何の脈絡も無しでどうして掃除が増える!?」
「あーん!ごめんなさいですぅー!」
分身体の一誠の言っていた通り、一誠は魔導艦シルヴァヌスの艦内をとあるメイドの女性と
掃除をしていたわけなのだが・・・・・。メイド、プリムローズ・シェリーの手際が悪く、
なにもない場所で転んだり、皿を大量に割ったり、
バケツの水は廊下にぶちまけたり・・・・・と、散々な有り様だった。
こんな光景をリーラが見たら、一からメイドの基礎を叩きこみますと言うに違いない。
アンサリヴァン市に向かう魔導艦シルヴァヌスの中を過ごして早三日目。
一誠にとって異世界の魔導艦は実に興味深いものだった。一誠の世界にある物まで
設けられている。そのため、休憩時間になるとプリムに艦内をくまなく
探検気分で案内してもらう。
「・・・・・」
いま廊下を掃除している一誠とプリムラをジィーと
一誠を見詰める者―――ウルスラ・L・セルウィン。
ウルスラはこの三日間ずっと一誠を見続けている。興味の対象として、ウルスラを負かした
その力を計るため、正直・・・・・ウルスラはシルヴァヌスにいても暇でしか無い。
ヴェロニカを守る親衛隊は常に配備されていて、
シルヴァヌスを襲撃してくる物好きな敵もいない。
なので、ウルスラは一誠の監視と称して一誠を見ているのだった。
「よし・・・・・これで終わった」
「はい、お疲れ様です。それでは、厨房の方に参りましょう」
と、水の入ったバケツと掃除道具を持つプリム。それを見た途端に一誠は行動した。
「俺が持つ!」
また仕事を増やされたら敵わないと一誠は、金色の六対十二枚の翼を背中から生やし、
プリムから掃除道具を全て奪うように取ってプリムを横抱き(お姫様抱っこ)して厨房に赴いた。
「ひ、一人で歩けれますよっ!?」
プリムが顔に朱を散らすも、一誠は降ろす気はないと態度で言った。
「この三日間、お前という人を野放しにしたら面倒なことが起こると嫌というほど
分からせたからな。アンサリヴァン市に着くまで、仕事以外歩かせないからそのつもりで」
「そ、そんなぁ!」
なんとまぁ、奇妙な光景だった。どっちが年下で年上なのか、分からなくなった。
ウルスラは一誠が移動すると背後にピッタリとくっつくように歩を進める。
―――○♢○―――
「はぁ・・・・・疲れた」
「イッセー、お疲れ」
一誠が寝泊りしているシルヴァヌスのとある一室。その部屋のベッドに寝転がって、
横から顔を覗きこむオーフィスに労われる。
オーフィスは邪魔にならないようにずっと一誠の中でいた。
仕事が終えると表に出てこうして一誠に甘える。だが、そんな一時は呆気なく終わりを迎えた。
「イッセーくん!」
ノックも無しにプリムが入ってきた。なんだ?と気だるさに上半身を起こしたら、
「姫様がイッセーくんをお呼びなのです!」
「・・・・・で、どこに行けばいいんだ?」
「それが・・・・・」
「それが?」
「浴室なのです!今すぐご案内しますから!」
「・・・・・なんですと?」
基本、シルヴァヌスにいる兵士と従者の浴室はそれぞれ設けられた個室にある。
なら、王女であるヴェロニカの浴室はさぞかし大きいであろう。
当然、一誠がいる部屋にも浴室はある。
「さ、イッセーくん。姫様のご命令は絶対なのです!行きますよ!」
一誠の腕を強引に引っ張ると、部屋の中で駆けだすプリム。
「いや、そっちは壁だからな!?」
三日間のプリムに対する経験が発揮した。壁に激突するプリムの前に回り込み、
前を見ていないプリムを身体で受け止めた。
「前見て行かないと危ないだろうが」
「はう・・・・・ごめんなさい」
しゅんと落ち込むプリム。
「・・・・・まったく」
一誠は落ち込むプリムの頭に手を置いて撫でた。
「・・・・・え?」
「失敗は成功の元だ。何も失敗しても恥ずかしくないんだ。
何度も何度も失敗してそれから成功に導く糧としていけばいいんだ。
プリムは手際は悪くておっちょこちょいけど、優しくて何事も頑張ろうとしている良い女性だ」
「・・・・・」
「ほら、浴室へ行こう。プリム」
やんわりと優しく促す一誠。プリムは励ましに感動し、瞳を潤わせて一誠の手を握り締め、
今度こそ浴室へ案内した。
「ひゃんっ!」
「・・・・・どうして何もないところで転ぶんだろうか?」
「ドジっ子・・・・・」
―――○♢○―――
「いや、自分で脱げれるから離れてくれない?」
「ダメです!これは私たち侍従のお務めでもありますから!」
「―――もう、脱いだ」
「はやっ!?」
他人に脱がされるぐらいなら自分で脱ぐ、と一瞬で脱衣場に設えた衣服を入れるスペースに
畳んで入れて腰にタオルを巻いた全裸の一誠がいた。隣に全身でタオルを巻いた
オーフィスもいる。これにはプリムと脱衣場で待ちうけた四人のメイドは驚いた。加えて――。
「わぁ・・・・・」
「イッセーくんの身体・・・・・逞しい」
「鍛えられた体ってこんな感じなんだぁ・・・・・」
「・・・・・」
一誠の裸を見てメイドたちは凝視し始めた。
プリムも頬に朱を染めて恥ずかしがりながらも一誠の裸を視界に入れている。
対して一誠も自分の身体を凝視され気恥ずかしくなったのか、
オーフィスを抱えてさっさと浴室へと
移動した。左右にスライドして開かれる扉を潜り抜け、
下に降りるための階段に足を運んでいると、
「待っていたぞ。イッセー」
「・・・・・」
金色の湯が広々とした浴槽の中に溜まっている中で
一誠を呼びだしたヴェロニカ本人とウルスラが先に湯を浸かっていた。
「へぇ、綺麗な湯だな」
「異世界とやらにもないものか?」
「いや、あるぞ。ただ、艦の中で、しかもここまで広い浴室はないな。
殆どは家の中か温泉といって人が止まる時に利用する宿の中か外でしか無いんだ」
それから一誠とオーフィスは湯に入った。
「んー、いい湯だな」
そう言うなり、背中に六対十二枚の金色の翼を生やしだした。
「翼を出してどうしたのだ?」
「ああ、たまにこうして翼を出して手入れをするんだ」
「鳥みたいなことをするのだな」
ヴェロニカにそう言われ、一誠は苦笑を浮かべる。その間にオーフィスが翼に撫でる感じで、
タオルを使って振れ始めた。
「イッセー、気持ちいい?」
「ん、ありがとうな」
「我、イッセーの翼。好き」
オーフィスはバシャバシャと湯を翼に浴びせ、それから優しくタオルを使って吹き始めた。
慣れた手つきで翼を触れていく感じは、何時も一誠の翼を洗っている証拠だと思わせる。
そんな光景をウルスラはタオルで胸を隠して立ち上がり、一誠に近づく。
「私もいいですか?」
「ん、いいぞ」
「では・・・・・」
一誠の横で腰を落とし、そっと濡れたタオルで金色の翼の羽を撫でるように拭いた。
「・・・・・綺麗な翼。初めてなので、勝手が分かりません。
不手際があったら教えてください」
「あまり力を籠めないで撫でるように拭いてくれればいいさ」
それを聞いてコクリと首を縦に振ったウルスラ。力を籠めず、優しくタオル越しで翼を撫でる。
一誠の翼に触れているウルスラの姿にヴェロニカは口を開いた。
「どうだ、ウルスラ。イッセーの翼の感触は」
「とても柔らかくて温かいです。天日に干した布団よりいいです」
「まあ、俺の家族は俺の翼を布団代わりにして寝ることがあるからな」
「ん、イッセーの翼は心地良い。でも、イッセーと一緒に添い寝すると同じぐらい心地良い」
そう言うなりオーフィスはピッタリと一誠に密着した。
「我、ずっとイッセーの傍にいる」
「・・・・・」
翡翠の瞳をオーフィスに向けるウルスラ。
何故かとても羨ましがる自分がいて―――豊満な胸が一誠の腕に挟む形でウルスラは
一誠に抱きついた。
「イッセー」
「ウルスラ?」
「今夜、私も一緒に寝て良いでしょうか?この子が言うことがとても気になりますので」
ウルスラは一誠を見上げながら言った。それには一誠の瞳に当惑の色が浮かんだ。
一体、どうしたんだ?と―――。
―――○♢○―――
「それで、そのクレイモアを持ってきているヴェロニカさんまでいるんでしょうか?」
「なに、我が聖竜騎士団団長に不埒なことを少しでもすれば、
その首を刎ねてやろうと思ってな。私のことは気にせず安心して寝るがいい」
「・・・・・安心して眠れねぇ・・・・・」
ベッドに腰掛けている一誠、ゴロゴロとベッドに寝転がっているオーフィス。
淡い緑の寝間着のウルスラと蒼いネグリジェ姿のヴェロニカ。
ヴェロニカの手にはクレイモアが手にしている。
「イッセー、寝る」
「はいよ、お姫様」
金色の翼を展開して一誠が寝転がると、
オーフィスは自分の特等席だとばかり一誠の腹の上にうつ伏せになった。
「何時もそうやって寝ているのか?」
「そうだな、大抵こんな感じだ。ほらウルスラ。おいで」
「はい・・・・・」
一誠から招きの言葉を聞き、静かにゆっくりと金色の翼に手を触れ、
足を乗せた。その時、手足から感じる心地良い温もりが伝わってきた。
「あ・・・・・」
目の前に広がる緑溢れる森林と草原。その先に青い海と青い空。気持ち良い風が吹いて、
ウルスラの金の髪を靡かせる。そんな光景をウルスラは見てしまった。
もしかしたら、これがイッセー・D・スカーレットの心ではないかと思ってしまう。
―――何時しか、
「・・・・・すぅ」
ウルスラは金色の羽毛に身体を横たわらせては、一誠の腕を枕代わりにし、
一誠を抱き枕のように抱きついて寝息を立たせていた。その表情はとても安らかな寝顔だった。
ベッドの傍で佇むヴェロニカの視界には瞑目して寝息を立てている一誠が映り込む。
そして、ウルスラが寝ている反対側には開いた空間がある。
まるでヴェロニカのために空いてあるようにも思える。
「・・・・・ふん」
クレイモアを壁に掛けて、徐に一誠の隣で寝転がった。
「貴様の翼の寝心地とやらを計るためだ。これでダメだったら・・・・・」
それだけ言ってヴェロニカの蒼い瞳は、重たげに目蓋で覆い隠されていく。