『このクラスで現在OAAが最下位の生徒はーーー佐倉愛里だ』
ありえない。
『・・・けど、正直に言えば・・・・・・300ポイントを失うのは致命的だ』
気持ち悪い。
『俺は、お前を退学になんてさせたくない・・・賛成には入れられない』
ふざけないでよ。
『波瑠加ちゃんーーー!』
・・・嫌だ。
寮に戻り、着替えもせず部屋の隅で蹲っていた。外は既に闇に染まっている。
9月の半ばとはいえ、陽が沈むのはまだ遅い。
これからは、日を追うごとに闇の
もう、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
残酷に刻み続ける秒針の音、時折空間を響かせる通知の音、嘲笑うように奏でる虫時雨。
どれもこれも聞こえるはずなのに、何一つ聴こえてはこない。
さっきから教室での発言が頭の中を掻きむしる。
クラスメイトへの嫌悪が止まらない。
意味が分からない。
訳が分からない。
あの時の光景が鮮明に蘇るのに解像度はひたすらに荒い。
充血しきった瞳は泣くことさえ許してはくれない。
どうして。どうして。
櫛田さんより愛里を切り捨てることを選んだクラスメイトに対する憎悪、誰も助けてはくれなかった仲間への失望、理不尽なほどに実力主義を執行する学校への激動。そして何より、何よりも・・・
なんで私は愛里を助けてあげられなかったのだろう。
愛里に投票してしまった自分に心底反吐が出る。
ふと、記憶が蘇る。
『自分が大切な友達だと認めた人くらいは守りたい、かな』
いつだったか誰かにそんな事を言った気がする。あれは、誰に言ったのだったけ。
よくもまあ私はそんなことを言えたもんだ。守れる実力なんて無いくせに。
『もし大切な友達が退学することになったら・・・その後も平気で笑っていられる?』
これも、誰かに言っていた。
あの時、私はどんな感情で話したんだっけ。
「ははっ・・・・・・」
たまらず、声が出る。
まったく・・・笑ってしまう。
無力な自分に、笑ってしまう。
友情なんてものは簡単に崩壊する。櫛田さんが暴走し、醜い学級崩壊、絆の脆さ、信頼の
自分たちのグループも例外ではないということは分かっていたはずなのに。
久しぶりに仲良くできる友達ができたと思っていたのに、とんだ勘違いをしてしまった。
ずっと動かないでいたからだろうか。意味の無い思考に囚われる。
果たして友達とは一体なんなのだろうか。
ゆきむー、みやっち、きよぽん
彼らは友達だったのだろうか。少なくとも私はもうそうは思えない。
私と彼らは違う。
彼らは合理的な思考の持ち主だ。だからこそ愛里を退学に追いやる。
私だって理解できている。この学校は完全実力主義の世界だ。能力の無い人間は爪弾きにされてしまう。
能力の優劣を付けるのは非常に難しい。だからこそ、数値化されている指標。OAAを参考にすることによって、白黒を付ける。その結果、クラスの貢献度が一番低い生徒、佐倉愛里が選ばれた。
言葉にしてみればとても簡単で理解がしやすい。
誰もが分かる最善の選択。
だからこそ選べる。
しかし、合理的思考は果たして正解なのだろうか。
問題を簡略化して整えることによって全体を俯瞰して見る。
そうやって出来た理論に筋道が通っているのならばそれが説得力をもって正解となる。
完璧で、完全で、非の打ち所がない合理主義的理性主義の完成だ。
詰まるところ、合理的な思想を持つ者はロジックだとか、理論だとか理屈という大きな証明を掲げ、武器とするのだ。
たる人物は、きよぽんだ。
綾小路清隆。彼は理屈も理論も完璧で否定材料をすべて潰す能力が突出している。
櫛田さんへの攻防は正に完成されていた。
その合理的思考に恐怖さえ覚えるほどに。
私は、きよぽんとはクラスの中でも少なくない時間を共に過ごしてきた人物だ。同じグループに所属し、仲がいい友達として、いろんな事を共有し分かち合ってきたと思う。
けれど、時間を進むにつれ、彼のことが理解できなくなっていたのも事実だ。
鈍感と思いきや、あまりにも敏感で、何も考えてないように見えて思考が深く読めないことが多い。
軽井沢さんの件でもそうだった。
私も、口では誰と付き合おうが自由と斜に構えていたが、やっぱり本当は愛里と付き合ってほしかった。
何かあるということには気づいてはいたが、それが何であるかは理解が及ばない。あまりにも、無慈悲な合理的理由を持ち合わせているとしか思えない。それがなんであるかはまるで分からないけれど、軽井沢さんに同情すら覚える。
まるで、化け物。
合理的思考の化け物。
一見、合理的回答は正解かのように思える。
けれど、本当にそうなのだろうか。
いや、違う。合理的思考には大切なものが欠けている。
その思考は問題の棚上げに過ぎない。
ロジックも、理論も、理屈も、合理も、証明も、全て、理解できない不安定な要素を考慮していない。
人を数値で見てしまうのは、図り切れないから、正解がないから、正しそうな回答に理由を付けて、それが答えだと思考を放棄しているに過ぎない。
私たちにはあるはずだ。
理性を保っていたとしても理解できない感情が。
理論と理屈を捏ねても導き出せない心が。
考え考えつくしても答えが出ない関係性が。
説明のつかない何かが私たちにはあるはずなんだ。
勝手に分かりやすい数字で実力を判断するな。
私たちはそんな簡単では無いはずだ。
言葉では言い表せないーーー理想がーーー
暗い部屋の中にスマホが光った。
僅かに残された理性で画面を覗き込む。
そこにはゆきむーとみやっちからのメッセージが表示されていた。けれど、とても読む気にはならなかった。
ふと、OAAを起動する。
何かの間違いではないのかと、きっとこれは夢なのだと。
ありえもしない希望にすがって、生徒達の情報を見る。
スクロールをしながら、だんだん息が上がってきた。寒くもないのに体ががたがたと震える。
そこには昨日まであった親友の名前が消えていた。
「あい・・・り・・・」
もう、出し尽くしたと思われた涙が溢れてくる。
愛里が私の中でこんなにも大きな存在になっていた。それを自覚するのがあまりにも遅すぎた。いや、満場一致特別試験で、愛里と会えなくなって初めて自覚したのだ。
自分の事ですら何もわかっちゃいない。
同情も偽善も欺瞞もいらない。戻ってきてほしい。
人と関わらないようにしてきた私が、人と関わるようになってからから気づいた。
大切なものが。
それはとても脆く、触れてしまえば壊れそうなもの。
『・・・私の最後の我儘を聞いて』
彼女は強かった。
私の助けもいらないほどに強く成長していた。
けれど、足りなかった。
あそこで否定できるほど、愛里は強くはなかった。
ーーーその事実があまりにも残酷だった。
『またね!』
二人きりの教室で彼女は私のことを心配していた。
愛里の本物の欠片に触れる。彼女の言葉は暖かい。
特別試験での裁きでまた一つ彼女は成長していたのだ。
こんなやり方で人は成長できると思っているのだろうか。成長できたとしてもそれは果たして人間と呼べるのか。
否定したかった。
本物があるのだと信じたかった。
私は弱い。彼女の犠牲を受け入れた自分が許せない。堀北さんのような強さが私にもあれば。
ーーーこんな、理屈ばかりの世界で、私も実力主義の学校に染まったのだろう。
特別試験を終えて、この時間になってからやっと気づいた。
「うっ・・・」
ーーーどうやら私は、もうダメみたいだ。
自由を好む足は、泥の中に深く沈んている。