リビングに出ていくと既に学校から帰ってきたロキシーたちが料理を運んでいた。
「あ、おかえりルディ」
シルフィが俺に笑いかけてくる。
「ただいま。実は相談っていうかお願いなんだけど……」
「本当にごめんなさい。今日泊めさせてもらってもいいかしら?」
俺の発言を遮るようにナナホシが割って入る。
ナナホシの顔を見たエリスが少し不思議そうな顔をする。そう言えばエリスとナナホシって前も殆ど関わっていなかったし、分からなくても不思議じゃないな。俺も初め分からなかったのは現代の化粧品の力だと思っておく。
「ナナホシ!? え? 本当に!?」
「……久しぶり」
シルフィがはしゃぎ始める。あれ、シルフィとナナホシもこんなに仲良かったっけ? 俺の予想としては教師であるロキシーが一番反応するのだと思っていた。シルフィを見てか、予想に反してロキシーは嬉しそうにするだけに留まっていた。
ララとリリは『この人誰?』みたいな顔でこっちを見てくる。
「あ、ごめんね。勿論泊まってもらって……いいよね?」
シルフィがロキシーとエリスに目をやると二人とも頷き返す。シルフィは「ご飯も食べる?」と嬉々としてご飯をよそってる。
旧友を連れてきたとはいえ、今の時間にお客さんを連れてきて多少なり眉をひそめられると思っていたが安心だ。
「もしかしてナナホシさんってこの世界の人間族より寿命が長かったりするんですか?」
そう言いながらロキシーが近づいてくる。
「いや、そんなことは無いと思うけど……」
「あれ、そうなんですね。あれから15年くらいは経っていると思うのにあまり外見に変化がないですから……羨ましいです」
おいおい、ロキシーもいつまでも可愛い顔だろうよ。
「私、椅子出してきますね。その後ろの方は誰ですか?」
ナナホシの後ろで辺りを見回してる虎がやはり気になるらしい。
「そうよ、なにか怯えてるみたいで」
エリスが間に割って入る。多分不思議なだけだと思うけどなあ。別にここにオルステッド様とかがいる訳では無いし。
「この人は……私の向こうの世界の友人なの。図々しいとは思うけど一緒に泊めてもらっても良いかしら」
「そうなんですね。ロキシーと言いますよろしくお願いします」
ロキシーが頭を下げる。直後、ナナホシから言葉が通じない旨を伝えられ少し残念そうな顔をしたロキシーは椅子を取りに行った。
リーリャさんはナナホシに一礼するだけで他に何か言うことは無かった。ナナホシはたまに風呂入りに来てたし、リーリャさんも知ってるはずなんだけどなあ。
夕食を家族で囲みながら、ナナホシのことを改めて紹介した。
ララとリリにとっては初対面に等しい人だな。何ならナナホシが転移した時、リリはまだ生まれてすらなかった。
俺のラノア魔法大学時代の学友だったこと。別の世界からやってきた人で、15年ほど前にその世界に帰っていったこと。そしてまた帰ってきたこと。そこら辺のことを簡単に説明した。
ララが結構興味津々な目でナナホシを見ていたが、リリは「ふーん」みたいな感じだ。まあリリは召喚とかより魔道具だもんな。
「そう言えば結局向こうの世界で何年経ってたんだ?」
「大体4年。こっちでは16年経ってるらしいし時間の見積もりは大体4倍くらいかしら」
『俺とお前がこの世界に生まれる時間が違ったのは何故だ?』
『まだ家族に異世界のこと隠してるの? ルーデウス。うーん、まあ……私はこの世界では老いなかったからなにか別の物質に10年間私が変換されてたとしても分からないよね……とは思ってる』
『ふーん』
なんかもうちょっと詳しい考察は行ってるんだろうが、ここでわざわざ話すようなことでもないらしい。
俺の話をじっくり聞いてるの分かってるぞ、虎。さっき『友人』って言われたのが少し嬉しいけど悲しいのも何となく分かってるんだぞ。
「何、その言語。聞いたことないんだけど」
ララがポツリと漏らす。そう言えば、この場にいる人間は(虎以外)全員人間語話せるし、エリスは獣神語と魔神語、ロキシーは魔神語話せるのか。あれ?そう言えば言語の誤魔化しってどうするんだ? 何の気なしに使っちゃったんだが。
「私の故郷の言語よ。前にルーデウスに教えたの。覚えててくれてるみたい」
「ふーん」
おお! その手があったか!
「そう言えばナナホシさんの世界って魔力がないんですよね?どうやってこちらに?」
「魔力がない世界!?」
今度はロキシーの質問にリリが食いついた。それに対してナナホシがさっきペルギウス様にしたような回答を繰り返す。
そんな感じで楽しく夕食の時間は過ぎていった。そしてそれが終わろうと言う頃。
「ナナホシっていつまでこっちにいるの?」
シルフィが質問する。
「転移魔法陣の作り方自体は全て記録してきて、こちらでも作れるようにしたから帰ろうと思えば一日あれば帰れると思う。明日昔の知り合いに会いに行って、夜には帰る。もういつでも来れるし」
「そうなんだ。もうちょっと居てくれてもいいのに」
シルフィが残念そうに声を漏らす。
「あ、そうだ。ルーデウスも見る? 転移魔法陣の記録」
「え? 別にいいよ。俺も何となく覚えてる……し……!」
ナナホシがバッグから出してきたのはパソコンだった。こちらの世界に来てウン十年時折思い出してきたパソコン。いつかの日、俺に希望を与えたパソコンが。いつかの日、引きこもりの俺に現実を突きつけてきたパソコンが。
「っていうか、なんか薄くない!?」
『ああ、ルーデウスの時代はまだデスクトップ型が主流だったっけ? 覚えてないけど』
失礼な。2010年型の立派なパソコンだったし、ノート型も存在してた。けど、ここまでは薄くなかった。絶対。
「技術の進化ってすげえんだな」
「何それ?」
エリスが寄ってくる。この世界ではなかなか見ない形状を不思議そうに見てる。
「パソコンっていう向こうの世界での魔法みたいなもの。まあこちらでは見ないものよね」
「そんなものがあるのね」
随分と興味があるらしい。パソコンをカフェで触る戦士インテリ……エリスにも案外向いてるかもしれないぞ。
それから前世では触ったことの無いようなソフトに保存されてある転移魔法陣の詳細な記録を見せてもらい、ナナホシの凄さを再認識する。
これを記憶があるとは言え、向こうの世界でやってきたんだもんな。尋常ではない。
しかも……これ昔のとは少し違う気がする。さらに改良しているのか。
一通り、片付けが終わり一段落した所でナナホシが俺の背中を軽く叩いてくる。あ、そうか。言っとかないと。
「一つ知らせたいことがあるんだけど……」
そう言うとみんなの視線が一様に俺の所へ集まる。
「ナナホシが帰る時、俺も向こうの世界に行ってこようと思うんだ。ちょっと向こうの世界で魔力について検証したいことがあって」
もちろん嘘だ。『前世の兄に会いに行く』は流石に言えない。
それを聞いたララが真っ先に手を上げる。
「私も行く! ナナホシさんの世界、興味ある!」
「ダメですララ。ルディはお仕事に行くのです」
そんなララをロキシーが真っ先に諌めてくれる。何か、別の家族に会いに行くために嘘をついてることに罪悪感が湧いてきた。
「えー、行きたいのに」
「私も行く!」
今度はリリが名乗りをあげる。いつもの仕事だと危険だし、そういう意味でもすぐに駄々は収まるのだが、今回ばかりは違うらしい。
もしかしてララには俺が嘘を言ってるとバレてるのだろうか。いや、そんな訳。
「ダメだよ、見送ってあげないと」
「……」
「そうですよ。我儘言っちゃいけません」
「……」
「うん。ルーデウスが困ってるわ」
「……」
「そっかあ。残念。ごめんなさい」
「……」
「えー、行きたかったのにー」
「……」
俺の様子を見てナナホシは少しニヤついてる。ちょっと性格悪くなっただろ、ナナホシ。
まあいいよ。このやり取りを聞かされて騙すのは俺の良心が痛む。
『ナナホシ。魔力を持っている人間が魔力のない世界に行くことで弊害はあると思うか?』
『え! ルーデウスさんこちらに来るんですか!?』
虎が驚いているのをナナホシが止める。
『元々人間族は魔力が少なかった。でも人間族は普通に暮らしてたんだから私みたいになることは多分ないと思う。心配なのは文明の差と人の多さのギャップが一種のトラウマみたいにならないか……かしら』
それくらいならどうにかなるだろ、多分。社会科体験ということで自分とは違う世界を見てるのもいいかもしれない。
『……変な場所に飛ばされたら日本に行けるかな』
『その点は大丈夫。日本の東北から関東のどこかには転移できるはず』
『……お前って本当にすげえんだな』
『まあね』
『日本案内任せてもいいか?』
『まあちょっとくらいなら』
『ありがとう』
ララの名前を呼んで再び皆の注目が俺に集まったところで話す。
「ララ。パパはやらなきゃいけないことがある。けど、その仕事が終わってからとかナナホシに案内してもらうということなら、着いてきてもいいぞ」
「本当!?」
「ズルい!」
「リリもいいよ」
リリが怒っているので諌める。二人は満面の笑みを浮かべるが、ちゃんと「今回だけ」と釘も刺しておく。
オルステッド様と危険なところに行くこともあるからな。そこはちゃんと教えないといけない。
「皆も来る?」
「ララとリリが行くなら私も行きます」
と、ロキシー。
「私も行きたいな、興味あるし」
と、シルフィ。
「私は……その世界にも剣ってあるの? 鍛錬はするつもりだから」
「あるはあるし、それなりに流派もあるけど、この世界の剣士と比べると天と地の差があると思う……そもそも闘気の概念すらないし」
「それなら、ルーデウスくらいの剣の腕の人がいるってこと?」
「どうだろう、剣だけで言うならルーデウスより強いと思うけど……」
「ふうん。まあいいわ! それなら私も行く!」
エリスの同行も決まった。
「私は奥様のお世話があるので御遠慮致します」
と、リーリャ。
こうして俺たちの日本行きが決まった。その日はナナホシにはシルフィの部屋で寝てもらって虎は俺の部屋で寝てもらうようにした。
虎を『ナナホシと同じ部屋で寝たかっただろ』と小突いてみたが、そこまでの反応は得られなかったので少し残念だ。曰く、研究室で寝ることはよくあるから一緒に寝ることは別によくある……だと。