黒い光に包まれる。38年前のあの時は死んでいたからか、何も感じずに異世界転生していたと思うが今回はなにか不思議な感覚に包まれた。
空中城塞に行く時のあの感覚がさらに深まったような感じだ。転移と転生は少し違うのだろうか……そこは分からないが。
一瞬とも数秒とも思う時間、暗闇に包まれ目を開くと俺たちは街の中でぽつりと立っていた。住宅街というわけでも見せな立ち並ぶわけでもない、普通の道。俺たちはある程度バラけており、歩道にロキシー、シルフィ、リリ、ララ。そして魔法陣の機構の方を注視していて四人とは少し離れていた俺、ナナホシ、虎、そしてエリスは車道の上に立っている。
案外田舎の方に飛ばされたんだろうか。向こうから車が一台来るのが見えるくらいであんまり交通量は……!
「……っ! 歩道の方に動いて!」
「エリス! シルフィの方に!」
「わ、分かったわ……!」
俺とナナホシ、虎が走り出したことを見たエリスが慌てて着いてくる。エリスが歩道に着いた5秒ほどあとに車が大きな音を立てて通り過ぎて行った。危うく来て早々にエリスとお釈迦になるところだった。危なすぎるだろ。
「ナナホシ!聞いてないぞ! あんな……鉄の塊が来るなんて!」
「車ね。だからどこに飛ぶのかをピンポイントで決定なんて出来ないの。いざとなったらルーデウスは魔術があるんだし……むしろ割食らってるのはこっちの方よ」
「……飛ぶ場所に法則はあるのか?」
「何となくはある。でもそれを説明してたら長いから」
まあ確かにいざとなれば風魔術で全力で自分を吹き飛ばせるし、そうなったら困るのはナナホシの方か。いや、それを抜きにしても普通に危ない。今度から転移直後は気をつけないとな。
そんな俺たちの会話を横目に皆キョロキョロと辺りを見回す。
「ここが……異世界ですか? 随分不思議な場所ですね。地面が変な色をしてますし、さっきの車?は何ですか?」
「これはアスファルトって言って移動しやすいように全部敷きつめてるの。砂の色は向こうと変わらないわ。車はここの人達が移動するための手段。この世界で一番普及している乗り物ね」
ロキシーの疑問に淡々と答えていくナナホシ。ララとリリは車の方に興味があるらしく、さっき車がとおりすぎて行った場所を眺めていた。
その様子を横目に隣でせっせとスマホを操作している虎にそれとなく話しかける。
『ここは何処だ? 車も通ってなくて田舎っぽいけど』
『ちょっと待て、今調べてる……分かった、仙台市の郊外だ。東北の中でも一番の大都市だぞ、ツイてる』
虎は俺たちとは少し離れて電話を始めた。
ここまで何も喋っていないシルフィとエリスの方に駆け寄る。
「今虎が情報収集中らしい。ちょっと待つことになるそうだ……俺たちの世界とはかなり違うよな、ほらあれとか俺たちの世界では無いものだしさ」
数十メートル先にある送電線を指さすとシルフィは少し困り顔で言った。
「そうだよね。この世界の人たちは……魔術がないから別のことを伸ばそうとしたのかな」
「ねえルーデウス、この世界に魔獣は居ないのかしら」
エリスも会話に入ってくる。
この世界には魔大陸も魔族も魔獣もいないからな……ムー大陸はあったのかもしれないけど。
「分からないけど、少なくともここは平和な所な気がする。シャリーアみたいに栄えてるところなのかもね」
そこで2人との会話は途切れた。そしてシルフィがこっちに来てからやけに元気がない。何かを思い詰めているようで少し心配だ。
少なくともこの世界の技術に驚愕してる……という感じではないな。
ロキシーとナナホシ、ララの会話が何となく聞こえている中、気まずい時間を過ごしていると電話が終わった虎がナナホシに耳打ちした。
ロキシーの発言を少し遮ってナナホシはスマホを掲げる。
「今飛行機のチケットが人数分取れたわ。これで一気に東京まで行くわよ」
「飛行機?」
俺のところから離れるようにシルフィがナナホシの方に行く。質問を受けて回答を始める。
「えっとね、車と同じくこの世界で使われる乗り物で、空を飛んで早く目的地まで行けるの」
『空を飛ぶ!?!?』
これには飛行機を知らない人全員が声を上げた。俺も何となく雰囲気で後半の「飛ぶ!?!?」だけ合わせておく。
その後は虎の電話していた相手が手配してくれたタクシー3つで空港まで向かい、運転手のおじいさんに怪訝な目をされながらも無事に到着した。
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〇田空港に着いたのはその約3時間後だった。リリは興奮しまくって疲れたからか飛行機では寝てしまった。虎はナナホシのPCでなにか作業をしているようだった。研究人間というのは本当らしい。
ロキシーは口をぽかんと開けてしまった。「空を浮いてます……浮いてます……」とボソボソって言っていた。正直俺としても、飛行機に乗ったのは小学生の時に家族旅行をした時以来だったので楽しかった。シルフィは飛行機で出された機内食に舌鼓を打っていた。
隣に座ったシルフィが「このお米には勝てないなあ……ルーデウスもこういうの好き?」と笑っていたので味わっていたのだろう。「めちゃくちゃ美味しい」と言っておいた。「シルフィの方が美味しいよ」というかどうかは一瞬迷ったが今日はやめておいた。夜のテンションのまま飛行機のトイレの中でプレイとか、そんな露出魔じみたことは趣味じゃない。
ララはナナホシとずっと喋っていた。何を喋っているかはあまり聞こえなかったが、まあ転移魔法陣とか飛行機のことだろうな。
というか、全体的に飛行機の乗り心地がすごく良かった。これもしかして高い金がかかる席なのだろうか。……ナナホシには後で出来る限り便宜を図ろう。
「食事がとても美味しかったです。この世界の文明が大きく発展していることも強く実感しました、でも驚いてばかりで少し疲れますね」
「そうですね、俺も少し疲れました」
気疲れというやつだろうか。向こうの世界では中々体験しない種類の疲れが頭の中に妙に残っている感じがする。俺が前世で仕事でもやってればこれ位のことは慣れっこなのかもしれないが、生憎サラリーマンをしたことはないからな。
それとナナホシと虎がずっと二人で話している。二人には偉い人物とのパイプがあるらしいからその人と何かを手配しているのだろうか。結局タクシーもその人がしてくれたっぽいしな。会う事があったら感謝しなくちゃいけない。
そんなことを思っていると広い通路だったところが更に開けた。恐らくここからが航空券を持っていない人でも利用できるスペースだろうか。
空港の構造なんて全く分からないから推測にはなるが。
「ねえルーデウス」
二人に集中していた意識がエリスの声によって引き戻される。
「あそこにいる二人、こっち……というかナナホシさんをずっと見てるわよ。話しかけてみる?」
エリスの視線の方に目をやると確かに男が二人いた。一人は帽子をかぶっている50代ほどの男。もう一人は背の高い40代くらいだ。あれ、何か見覚えがあるような……? いや、違う。見覚えどころの騒ぎじゃない。あの人は。
その40代の男が俺の視線に気づく。目が合った。10メートルほど向こうにいるその人は……いや、俺の前世の兄はこちらに駆け寄ってくる。
『ーーー!』
もはや頭の中では忘れてしまいたいと思っているその名前が俺の中で蘇る。小学生の時、PCをちょっと触れたくらいで天才だとか言っていた両親からよく聞いた名前だ。そしてイジメにあった時、男子からは嘲笑の、女子からは厭悪の目で見られながら呼ばれた忌々しい名前。
前世の中で、この兄だけは俺が完全に彼のことを拒絶したあの日まで兄としての『責任』を持って俺を立ち直らせようとしていた。親は……もう分からない。俺に同情や心配はしていたと思うがあの二人の感情なんて、あの頃の俺は感じ取ることすらしてなかった。
そんな堕落した俺にも分かる、真っ直ぐな目で見てくるお前が俺は大嫌いだった。その目は今でも変わってはいないらしい。
『兄……さん……』
大きな腕で抱きしめられる。そうか。今分かった。
俺が一回死ななければ手に入れられなかった物を、兄は最初から持っていた。だから眩しくて、疎ましかったのだ。
……俺は手に入れたぞ。幸せな生活を。俺は50年かけてお前と対等に話せるようにまで成長できただろうか。そんな思いを込めて、俺はだらしなく下がった腕を彼の体へと回した。
熱い男同士のハグを見る、エリスたちの目だけでなく周りの目が気になってきたので恥ずかしくなって手を放す。
すると、先ほど兄さんの隣にいた五十路の男が遅れてやってきた。
『七星さん、お帰りなさい。こちらが?』
『はい、私が以前言っていた方たちです。髪色が目立つ以外は言葉の通じない外国人で通るとは思いますが……』
周りを見ると濃いめの黄、赤、白、青、青、青。なるほど確かに目立つ。
出渋るのも良くないなと思い、俺も名乗りを上げる。
『一応私は日本語喋れます』
『と、いうことは貴方が例の?』
『はい。前世は……こちらの弟だったーーーと言います。今は向こうの世界でルーデウス・グレイラットの名前で生活しています』
『ルーデウス……』
兄さんが何を考えているかはよく分からない。俺が家に出向くつもりだったのだが、先手でやられたせいでサプライズも叶っていない。
俺にどういう感情を持っているのか、話し合う必要があるよな。
人の通りが多いところで立ち往生もなんだから、と近くのカフェへと案内された。人数の心配をしたら『人数については先に七星さんから聞いてますので承知してます』と言ってくれた。随分と気が利くイケオジだ。
『申し遅れました。私の名前は高山貞広と言います。弁護士としてナナホシさんのサポートをしてます。よろしくお願いします』
『あ、どうも。ありがとうございます』
差し出された名刺を受け取る。イッツジャパニーズカルチャー。さようなら、さりげなく奪われた俺の名刺バージン。
「あ、ロキシー。その黒いのは苦いけどいけるか?」
シルフィやエリスたちが次々と飲みなれた水なんかを選択する中、一人コーヒーに挑戦しようとしたロキシー。案の定苦々しい顔を浮かべている。
「香りは良いと思ったのですが……本当にこれ飲むんですか?」
「何なら目の前の高山さんが飲んでるし、嗜好品の類じゃないのか?」
そう言えば、この高山貞広さんは虎の父親らしい。あんま似てないな。虎はバツが悪そうに明後日の方向を見ているが。
「この人たち、誰?」
シルフィが俺に耳打ちをする。不安そうな顔だ。こんな異言語が飛び交う所ではそうなるのも仕方ない。
「こっちが虎のお父さん。ナナホシをこっちの世界で助けてたらしい。隣にいるのが……その知り合いだな」
「……へー」
うん。嘘は言ってないだろう。ララとリリはロキシーと話している。
エリスも何だかそわそわしている。やはり落ち着かないか。
『取り敢えずこの後はどうなさいますか? ーーーさん以外の方とは私は話せないのでよく相談して欲しいのですが……』
『すみません、今何時ですか?』
『今は……朝の10時ですね。向こうとこちらでは時間の流れが違うらしいので、少し混乱するかもしれませんが』
俺たちの予定は1泊2日だから、明日の夜に帰るとして約36時間の猶予があるわけか。
実家まで行こうと思っていたが兄さんと会えたからその分の時間は短縮される。取り敢えず兄さんと一対一で話す、という俺がこっちで果たしたい目標は今日中に達成したい。
それが出来たら明日は東京観光。こんな所でどうだろうか。
『まあ明日には帰ると聞いているのでそれまでは是非日本を楽しんでくださいね。私は別件の仕事があるので何かあったらナナホシさんを通じて言ってくれれば』
そう言いながらそそくさと帰りの準備をする虎父。やはり色々と忙しいベテラン弁護士なのだろうか。
何がどうなってナナホシと知り合ったのかは知らんが、ありがたい事だ。
『では、失礼します』
虎父はカフェを立ち去っていった。
「さて、どうするか……」
「結局どんな話になったんですか?」
「取り敢えず観光を楽しんで、だとさ。ナナホシに案内してもらってくれ」
「ルーデウスはどうするのよ」
エリスが訝しげな目で見てくる。
「取り敢えず魔力のことを調べに虎と研究所に行ってみるよ、あとこの人と話したいことが出来たし」
「分かった。じゃあ行こうか」
シルフィが皆に号令をかけてくれる。「また後でねー!」というリリの元気な声を聞きながら虎と兄さんの方に向き直る。
もちろん虎と研究所に行くなんて嘘だ。嘘をつくのは少々心苦しいが、前世のことを話す訳にもいかないからな。というか、多分この世界にも魔力はある。誰も見てない隙にこっそり指先から水を出せた。存在する魔力が少ない可能性はあるかもしれないが魔力は確実にある。
『兄さん。久しぶりです』
まずは俺の前世に向き直ろう。俺はそのために戻ってきたのだから。