ナナホシ帰還物語   作:羅美

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清算

「兄さん、久しぶりです」

俺は目線の先にいる、前世の兄を見据える。俺が死んだ時に兄は37。今が2022年で事故から10年経っているから歳は47くらいか。そう考えると大層な歳だ。年相応に老けた見た目をしているがまだまだ健康なのだろう。しかし前世の時の俺が見ていた兄と俺が見ている兄はなんだか違う。

よく見ると少し髪が薄い気はするが、馬鹿にしてはいけない。いずれ通る道だ。

ともかく都合よく周りが客がいない、経営が心配になる昼時のカフェで俺たちは話を始める。

 

虎は俺たちの雰囲気を感じとってかシルフィ達が去ってからすぐに席を外してくれた。多分暫くすれば戻ってくるだろう。

「本当に久しぶりだ。俺にとっては10年ぶりで……」

「俺にとっては38年ぶり、あの日以来です」

 

俺がトマトのように潰されたあの日。全ての転換点はあそこだった。

兄は俺が死んだ後、どう思っていたのだろうか。ルーデウスとして転生したばかりの頃は『ざまあみろ』だとか『最期の最期に人様の役に立てたなら本望だろう』みたいな事を勝手に思われているのだと考えていた。そんな偏った考え方をしていたのは、この世界が怖く見えていたから。

途中から……いや、パウロが死んだあたりからだろうか。親類が死ぬ事の恐ろしさを知って、『あの兄もこんな気持ちだったのだろうか』と脳裏に過った。

まだ何も知らない小さな子供からすれば厳しい父親がこの世で一番怖いように、狭い世界でしか物事を見れなかった俺にとって兄は足枷でしかなかった。平凡ではあるが成功した人生を送っていた兄が疎ましかった。

 

「まずはあの頃の色んな……数々の俺の言動を謝らせてください」

「いや……あの時は俺も周りが見えてなかったんだ。俺こそ悪かった」

互いに頭を下げ合う。兄も事務的ではない、本心からの謝罪だった。ナナホシの言っていたことが本当なのだと実感し、悪い気持ちになる。

「後、敬語は辞めてくれ。お前に敬語を使われるのはなんだかむず痒いから」

「じゃあ……ホントに申し訳ない。兄さん」

「はは、それも少ししっくり来ないな」

恥ずかしくなって手元にあるコーヒーカップに手を伸ばす。俺も、タメ口はタメ口でもこんなに好意的なやり取りを兄とできるなんて思っていなかった。

「兄さんもこの10年、元気そうでよかった」

「そうだな……でも、お前が死んだ頃は痩せてしまってな。お前の死がトラウマみたいになってたんだ」

「そんな」

 

やはり、彼はお人好しというべきか、優しいというべきか。穀潰しの死で悲しむだけじゃなく自分の体を壊すなんてダメだ。

「アイツらはお前の葬式の時、むしろせいせいした顔をしていたよ」

「それが当然の反応だ。俺みたいな穀潰し、居ない方がよかったに決まってる」

死んだ方がいい……とまでは思わないが前世の俺みたいな奴がいても今の俺は良い感情を持てないだろう。それは一種の同族嫌悪なのかもしれない。

話を聞くに、兄は俺の死を防いでやれなかったことを後悔してるのだろう。元を辿れば俺を家から追い出したことを。

そして『自分はなにかしてやれなかったのか』と自分を責めている。でも、更に元を辿ればああなったのは俺が引き篭ったからだ。

 

「兄さん。俺は今幸せだ。決して自分を責めないで欲しい。時間がある時にはこっちにも遊びに来るし、こうやって話もしたい。だから……」

「お前、一つ勘違いしてるぞ」

「は?」

突然強く語調で返されたので声が漏れた。何を? 勘違い?

兄は持っていたカップをコトリと机に置いてこちらを見ながら言ってくる。

「俺は確かに自分を責めてた。そしてそれを辞めろというーーーの心情も分かってるつもりだ。

でもーーーがああなってた事に対しても否定はしないでくれ。あれは元々いじめが原因だ、言い方は悪いが振り返ってみれば、あの時点でお前が精神病んで自殺したとしても俺は不思議じゃなかったと思ってる。

そして俺がお前に対してあれこれ言ってたのも、立ち直らせようとしてたのも、お前の死を悲しんだのも当然の事なんだ。むしろ無視決め込んで嫌ってたアイツらがおかしい」

もしかして酔ってるじゃないのか、そう思うほどのテンション。熱が籠った声で真昼間のカフェで心情を吐露する兄。そして俺ではなく、社会的に遥かにまともな弟と妹を責めているような口調。

それを俺は静かに聞いている。

「お前が引き篭ってた経緯も知らずに前世のお前を見ると、そりゃクズだったよ。

飯は食いまくるし、ずっとパソコンしてるし、やろうとしたことはすぐに投げ出す男だよ。

でも根は正義感があって、人の盾になれる奴だ。空回りしてしまったのは経験のなさからだ。一つの失敗で一つの人生を棒に振ったんだ。どれだけ不憫なんだって思ったよ。その過程を知ってるから俺はお前を助けようとした。

それはずっとお前を見てきた家族だからだ。アイツらはその過程を見て見ぬふりして勝手に嫌ってたから、ーーーは父さん達のことを完全に拒絶してたから、俺しかお前を助けることは出来ないって思ったんだ。

確かにお前を追い出したばかりの頃はアイツらに触発されてスッキリとした気持ちになってたよ。でも、違うんだ。根本的な解決になんてなってない」

「だから。あの二人が俺を害悪扱いしたのも、父さん達が俺に何も言えなくなったのも全ては俺の行動からだ。自業自得だ。兄さんがなにか負い目を感じる必要は無い」

 

 

「たとえ、自業自得であっても家族だったり、親友だったり、大切な人が困っていたら助けようとするだろ。俺は失敗してしまったけど……

ーーーはあの青髪の子が自分の罪に押しつぶされて、泣きそうになっている時、『自業自得』だと言って何もしないのか?」

「……っ」

それを言ってしまっては言葉が出なくなってしまう。ロキシーのことを引き合いに出すなんて、ズルいじゃないか。

「確かにお前のしたことは間違ってたのかもしれないし、立ち直れる機会もあったのかもしれない。そこはお前の罪だ。

でも俺の罪もあった。それをわかって欲しい」

話は終わった、そう言わんばかりに兄貴はカップに入っていたコーヒーを一気に飲む。兄の言ってることは正論なのかもしれない。

でも俺の中ではやはり俺だけが悪かったという気持ちがある。しかし、俺はそもそも前世の清算をするためにここに来た。兄の気持ちを聞けて、整理ができたならそれでいいんじゃないだろうか。

 

「分かった……そう言えば前世の俺と兄さんの関係は最悪だったよな」

俺の言うことが分からないからか、首を傾げる兄。

「なら今後はあの時はできなかった、兄弟らしく友好な関係を築かないか? 俺の今の名前はルーデウス・グレイラット。

今後はこう呼んで欲しいんだ」

席を立ち、兄の前に手を差し出す。目を白黒させた兄は

「ルーデウス、だな。でも俺はいつまでもーーーの兄であることに変わりはない。

その生まれ変わりであるルーデウスの、兄のような存在にもなりたい。それでもいいか?」

「もちろん。好都合なことに向こうの世界に兄は居ないんだ」

兄は俺の手を堅く握る。

 

「じゃあ……ルーデウスがこれまでどんな人生を送ってきたのか。教えてくれ。どんな風に幸せを掴んだのか」

「それは少し長くなるな。さて、どこから話そうか……」

俺の向こうの世界での人生。辛いことや苦しいこともあった。でも何故か、振り返ってみると自然と笑みがこぼれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

少し時間が戻ってナナホシの案内に従って皆が街の散策を始めた頃。立ち並ぶビル群と人々も珍しいもののはずなのだが、それには目もくれずに

シルフィは皆の方向を向いた。

「ねえ、ルディの様子に違和感があったことに皆気づいてるでしょ?」

ナナホシはまさか、と思い彼女の方へ振り返る。シルフィの雰囲気はいつもの柔らかいものではなかった。

 

「まあ……突然訳も分からない男の人と抱きしめ合うのはおかしかったですね」

「確かにそれはおかしかったけど……何かの縁があったんじゃないの?」

「そんなにパパ、おかしかったっけ?」

3人が口々に考えを言い合う。確かにこの世界の知り合いなんてナナホシと虎以外いないはずのルーデウスが突然、知らない男と抱き合うのはおかしい。かと言って何故あの男とルーデウスが抱き合う程の仲なのか。前世なんて考えが思いつかず、シルフィの投げかけた問いに明確な答えが出せない。

「私は白ママの言うことわかるよ。なんでパパは車の通る道を即座に判別できたのかってことでしょ」

ララが見通すようにポツリと呟く。

 

ロキシー、リリ、そしてナナホシまでもがララの言ったことを理解し息を飲んだ。

そうだ。こっちの世界に転移した直後車道にいたナナホシ、虎、ルーデウス、エリス。ここの世界の産まれであるナナホシと虎はともかく、ルーデウスまでもが転移直後に歩道へと駆け出した。そして状況が飲み込めずにその場に立っていたエリスに、ルーデウスは歩道にいるシルフィの方に行けと指示を出したのだ。

ルーデウスはこの世界に来たことがないはず。あれ? ならば……

「ルディは、過去にこの世界に来たことがあるってことですか?」

「ルディはこの世界にある沢山のことにあんまり驚いてなかった。それはまだ『子供たちの手前我慢してた』で説明できたんだ。

でも車の時の行動だけは、そうじゃないと説明できないと思う」

ロキシーの推測をシルフィが肯定する。ナナホシの心臓が高鳴る。

 

「でも……ルディが何をしていたのか、私たちの知らない時間があるとは……」

「そう。そこが問題なんだよ。ボクたちがルディのしている行動を知らない唯一の期間はルディとエリスが別れてからルディのラノア魔法大学入学まで。でも、その時はルディとナナホシはまだ会っていないし、そもそも転移魔法陣のアレコレについても全く知らなかったはずなんだ」

全員の視線がナナホシに集まる。前世のことをルーデウスの許可なしに話す……それはダメだ。

前世のことはルーデウスの口から話さないとダメだ。ナナホシ自身が導いたルーデウスの前世の清算を邪魔することは許されない。

 

「待ってください。ナナホシに会っている、会ってないの問題の前に私は一度や二度この高い建物たちや飛行機を見たところで慣れる自信はないのですが……」

「つまりパパは長い間この世界に居たってこと?」

ロキシーの疑問とララの応えがルーデウスの行動の意味へ、王手をかける。

冷や汗が垂れるナナホシは自分を見てくるエリスの視線に気づいた。エリスは、何かを知っているようだった。

 

「でもこの世界で2日進んだら向こうでは8日くらい進むんだよね? ロキシーが言うほど長く向こうの世界の人達がルディを見かけなかった時期なんてないと思う」

「……ルーデウスに直接聞いてみたらいいんじゃない? 私たちがこんな所で考えても真相は分からないわ」

「私もそれがいいと思う」

推理で謎を解こうとするシルフィに真っ向から対立するように、エリスが意見する。リリは正直話が掴めなくなってきて確実性が高いエリスの話に乗っかっただけではあるが。

「……ルディがこれまでボクたちに内緒にしてきた事なんだ。なにか理由はあるんだと思う。

確かにここで色々と考えるのは野暮なのかもしれない。ナナホシは……」

 

シルフィは不安になっていた。ルーデウスの車の件の際、『ルディはこの世界に来たことがあるんじゃないのか』という思いが頭に浮かび、次に『何故そんな大きなことを内緒にしていたのか』ということを考えた。

シルフィの立場からすれば考えても答えが出るはずのない問題だ。それがより不安を増幅させ、ルーデウスに疑問を聞くことも怖くなっていた。

ナナホシはシルフィの刺すような目線を避けてしまう。

 

「なら、私がルディに聞きましょう」

ナナホシが話す事はないだろうと考えたロキシーが名乗りをあげる。ロキシーが聞いてくれるなら楽だ。でも、でも。

「ごめん。ロキシー。ボクが直接聞いてもいいかな?」

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