昼過ぎになった頃。粗方の話も終え、兄さんも俺も話疲れてきたということになり一旦カフェから出ようという話になった。
心の中からふつふつと、何となく湧き上がる高揚感を密かに胸にしまいながら兄さんの隣を一歩一歩歩いていく。
『ふう……ちょっとトイレ行ってくる』
『分かった。じゃあそこで座っとく』
近くにあるベンチを指差しながら兄さんの背中を見る。そう言えば話しててトイレなんて気にしてなかったな、と気づきつつ腰掛ける。
「ルディ」
聞きなれた可愛い声が耳朶を響かせる。反射的に振り返ると、そこにいたのはシルフィ。彼女の顔は強ばっており、声も心做しか震えているようにみえる。細い手が俺の肩に乗った。
「ど、どうしたの? あれ? ナナホシたちもどこに……」
「ルディってさ」
今度は力強く俺の名前を呼ぶ。
「この世界に来たことあるよね?」
「……ナナホシから聞いたの?」
俺の"YES"としか捉えられない答えにシルフィの顔が曇った。顔が伏せられ、顔を見ることが出来なくなってしまう。
……ナナホシからとは聞いたがナナホシはそんなことをひけらかして言うような奴じゃない。そして俺が転生者だと知っているエリス。彼女も同じく言うようなことはしない。大方ロキシーかララあたりが気づいたのだろうか。
そしてシルフィが代表として俺に聞きに来た、ってところか?重い空気が流れて俺もシルフィも黙ってしまう。
『ごめんごめん、待たせたな! ……え?』
その明らかに違う雰囲気が流れているところに兄さんがトイレから帰ってくる。
『どうしたんだ……?』
『……ああ』
俺のところに耳打ちしてくる。それに対しても上手く言葉を返せない。
「その人は……こっちの世界での友達?」
「……兄だ」
「お兄さん?」
シルフィの顔がさらに困惑色に染められる。目元は涙で少し濡れて、声も誤魔化せないほどに震えていた。
彼女の手が固く握り締められて俺の服に皺ができる。それを見たシルフィが「ごめんっ」と手を離す。
俺がこの世界にいた事もバレ、隣の男が俺の(元)兄であることも知られた。
これ以上隠し通すことは不可能だ。今のシルフィに前世のことを話したら、どう思われるだろうか。『今まで騙された』とか『嘘をつかれた』とかで幻滅されてしまうだろうか。
「黙っててごめん。俺は……この世界で前世を過ごしていたんだ」
かと言って、これ以上嘘を上塗りするなんてことはしない。正直に告白した。
「そんな大事なことを……どうして黙ってたの?」
詰問口調ではあるが少しの嗚咽のせいで怒っているようには聞こえない。だが、俺の行為に対して怒りを感じているだろう。
『……ちょっとタバコ吸ってくる』
空気に耐えられなくなってきた兄さんが再び俺たちの元から離れる。ってか、兄さんタバコなんてやってたっけ。
もしかしたら適当なことを言っただけかもしれない。離れていく兄さんの背中を見てから、シルフィの方に改めて向き直る。
通行人は痴話喧嘩をしている外国人を見るような目でこちらを見てくるが直ぐに背ける。まあ半分くらい合ってるけど。
「俺は前世の俺のことが嫌いだったんだ。理由と言うべき理由は正直それしかない。
別に誰かに命令されたわけでも、自分の中で何か使命感を持っていたわけでもなく、俺は俺のことが嫌いだったから言ってこなかったんだ」
「そっか」
シルフィの顔が少しびっくりしたようなものになり、また暗くなった。ただ出ていた涙は引っ込み気味になり声だけが涕泣の跡を残している。
「本当にごめん」
「……ルディは、なんで自分の前世のことが嫌いなの?」
「俺は……いや、さっき言ったようにあの男の人は俺の前世の兄で。
前世の俺はあの人や親、その他たくさんの人を困らせてきたクズ野郎だったんだ。過去のトラウマのせいで家から出ることもろくにしなくなって、全てが怖くなって、それを免罪符にして毎日がただ過ぎるのを待ってた」
これも兄さんに言わせたら『違う』のだろうが、俺の考えをありのままに口にした。シルフィはまた「そっか」なんて呟きながら俺に何を言おうか迷っている。
「ルディ。正直に言うとね、ボクはルディからその話を聞きたかったな。
さっき泣いたのも、何て言うか、昔に抱いてた小さな疑問が線になって結ばれたような感じになって。それと同時にさっきロキシーと話してた時に『ルディはまだボクのことを信頼しきってくれてないのかな』って思ってたのも思い出しちゃって」
そんな訳が無い。シルフィ、ロキシー、エリス、子供たち、全員に俺の全権を移譲してもいいくらいには信頼してるつもりだ。
……とか考えても説得力はないか。
「別に、ルディの前世がどんなものであってもルディはルディだから。
ボクと結婚してくれたのも、家族のために体を張ってくれたのも今ここにいるルディでしょ?」
「うん」
そうだ。それだけは嘘偽りなんて無い。俺は大きく頷いた。
「なら、ボクはルディが前世の記憶を持っていても前世で何をしていても変わらないよ」
「シルフィ……ありがとう」
シルフィは俺のことを受け止めてくれた。そう言えば、エリスが俺とオルステッドとの会話を聞いた時も同じような反応をしていた気がする。
これまで俺は前世のことを重く受け止めていたのだろうか。今考えるべきは『ルーデウス』であって『前世の男』ではないのだろうか。
シルフィの顔が明るくなる。薄く笑顔を残しながら、次はすぐ分かるくらい怒った顔になった。
「でもね、ルディ。やっぱりボクたちにそのことを黙ってたのは少し悲しいな」
「それはごめん……後、ロキシーにも同じように前世のことを伝えようと思う」
それを聞いたシルフィが頭上にハテナを浮かべる。
「あれ? 子供たちは一先ずいいとしても、エリスは?」
あ。
「えっとですね……実はエリスは……その……知ってまして……俺の、前世のことを」
「え!? そんな素振り全く分からなかった……」
シルフィの顔がまた下を向き始めようとしたので必死に止めにかかる。
「いや! エリスはオルステッド様と俺が話してた会話を聞いてて! 決して意図してエリスだけ……というわけではないから!
もちろんシルフィやロキシーにこれまで言ってこなかったことは本当に申し訳ないと思っているんですが! いや、本当に……来るべき時が来たらエリスだけでなく、二人や子供たちにも……ね? 言おうとしてたんだけど、中々そう言う機会に恵まれず……」
いや、本当に恣意的にやってた訳では無い。俺の言い訳じみた弁解を聞いてシルフィの口から笑みがこぼれる。
「ふふ、分かったよ。『意図してない』ならロキシーにも伝えてあげて。
ボクと一緒にナナホシのところに戻って、そこからロキシーと別のところに行ったらいいから」
もうどうせならロキシーたち全員にまとめて言った方が効率がいいのでは無いのか……そう思ったが直ぐにその考えは捨てた。
それは違う。『元々の目的』を思い出せ。これは前世の清算だ。まとめて? 効率的に? そんなのは違う。
「分かった。でも、前世の兄のところにちょっと寄っていくよ」
「あ、そうだよね。待たせちゃったかな」
「……可愛い」
「え!?」
心配そうに、可愛い挙動をするシルフィを目の保養にしながら、俺は胸の中で一つ決意を固めた。
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「話というのは何でしょうか、ルディ」
兄さんに一言、二言伝えた後俺たちはナナホシたちの元へ戻った。エリスの俺を見る目は『言ったの!? 言わないの!?』みたいなことを言ってた気がする。頷いて返したら笑っていた。
ナナホシは対照的に心配そうにしていた。シルフィの少し赤い目も見たのだろう。察しているようだった。
ロキシー……彼女はどう思っているだろうか。ロキシーはとても頭がいい。洞察力にも優れているし、もしかしたら俺のことも既に気づいているのかもしれない。ナナホシに、シルフィたちと近辺を散歩でもしてくれと頼みロキシーと二人きりになった。
「ロキシー。もう20年ほど前に俺の父親……パウロが死にました」
「はい」
迷宮の奥底で、満足した生活を送っていた俺に対して叩きつけられた残酷な現実。
そして塞ぎ込んだ俺をロキシーが助けてくれた、俺の人生でも五指には入るであろう出来事。
「その時に俺がした話を、覚えていますか?」
「……覚えていますよ」
『これはある男の話です』から始まり俺の前世の後悔を、彼女に伝えたのだ。あの話はあくまでもフィクションだという体だった。
あの時は大切な人を失った悲しみが自分の前世を思い起こしていたから。
「結論から言ってしまうと、その親不孝で駄目な人間の話は俺のことだったんです」
「……」
ロキシーが黙りこくる。返答に困ることを言ってしまっているよな。
暫く待っていると満を持してロキシーが口を開く。
「どういう……ことですか?」
「え?」
「え? ……だって別にパウロさんはお葬式……がまともに出来なかったのは仕方ありませんでしたし。
というか、ゼニスさんはまだ生きてますよ」
……あっそうか。あの時は『両親の葬式にも出ずに親類に追い出され……』と言ったんだったっけ。
前世だという前説明をするのをすっかり頭から抜けていた。
「あ、あの話は俺の前世の話だったんです。そして俺は前世をこの世界で過ごしていました」
周りをぐるりと見回す。行き交う人々、あらゆる騒音に目に入ってくる大量の情報。俺もかつてはここに混ざっていたのだ。いや、混ざりきれてはなかったか。
ロキシーは合点がいったと手を打つ。
「そういうことですか、すいません」
「いや俺の説明不足です」
少し気まずい空気になったのをかき消すように言葉を続ける。
「まあともかく、俺はこの世界でクズ野郎として生きていた前世の記憶があるんです。
もうロキシーと出会って何十年にもなりますけど今まで黙っててすみませんでした!」
低頭した俺を見たロキシーが慌てたような声を出した後、俺の背中を優しく叩く。
「ルディ、頭を上げてください。
ルディの前世がどんなものだったのか、詳しいところは知りません。
それはもしかすると今のルディとは全くの別人なのかもしれません。でも、私たちは過去に生きてもいないですし
ルディの前世を知っているわけでもないです。私が知っているのは幼い頃から聡明で賢いルーデウス・グレイラットという人間ですから」
……皆言うことは同じなんだな。シルフィには前世のことを黙っていたと強く認識をさせてしまったから悪い事をしたと思うがシルフィも、ロキシーも、エリスも。全員言うことは同じだ。
『前世のことではなく、ルーデウスが大事なのだ』と。俺はその気持ちに応えられているだろうか。
こうやって、半分は自分の心の整理のためにこっちの世界に帰ってきて自分のことを打ち明けて。独りよがりではないだろうか。
「それに前世のことを黙っていたことですが……」
「あ、はい」
ロキシーが思い出したように話を続ける。
「何も思わない訳では無いですが、それを責めたり恨んだりするつもりは毛頭ありません。
それにルディは自分から言ってくれましたし。私がこの世界に来てからなんとなく抱えていたモヤモヤも晴れました」
笑顔で俺に笑いかけてくる青髪の美少女。さっき『独りよがり』だ何だと思ったが、その優しさにもう少しだけ甘えても良いだろうか。
「ロキシー。思ったことを率直に言ってくださって構いません。
両親の葬式にも出れず、親類に叩き出された男。新天地で幸せな生活を送ることが出来ています。その男は故郷に帰ってきました。
男は、何をするべきだと思いますか?」
俺の問いを聞いた彼女は微笑む。20年前のあの日と変わらぬ優しさで。
「両親のお墓に行けばいいと思います」
時刻は昼過ぎ。家は首都の近県にあり、親の墓もそこにあるはずだ。今から行けば夕方頃には墓参りも含めて済ませられるだろう。
「一緒に行ってくれますか?」
「勿論です。というか、元々はルディの帰郷ですよ。ルディの行くままに着いていきます」
この頼もしさに俺はずっと頼りきりだ。
「……あ。こういうことは聞くものではないかもしれませんが、ルディは前世は何歳で……その、死んだんですか?」
「34ですね」
「34……34!? じゃあ前世の年齢とルディの年齢を足すと同い歳ですか!?」
「あはは、そうですよ」
「そ、そうですか。同い歳ですか」
「どうしましたか、急に照れて」