墓地から実家までにそこまでの距離はない。実家は車で少し行ったところにある木造の家だ。祖父母の世代からずっと住んでいるらしいが、彼らは俺が小さい頃には他界していたので実際のところはよく分かってない。
あのトラック事故からは……確かこっちの世界では4年しか経ってないんだよな。記憶の断片、断片にある向こうの世界での光景が蘇っていく。そうだ。確かにこんな景色だった。車酔いなんて気にもならないくらい、車窓から変わっていく情景を食い入るように見る。思わず何か熱いものが込み上げてきた。
「ルディ?」
「……ん、何?」
シルフィに後ろから話しかけられる。彼女は薄く微笑んでいる。
「もう着いたよ。ほら、涙拭いて」
「涙? ……ああ、ごめん」
泣きそうになっていたことは自覚していたが、涙も出てたのか。少し気恥ずかしい気分になりながら車に備え付けられていたティッシュを取り出す。
こっちの世界のこと……大嫌いなはずだったが、いざ見てみるとこんなにも感傷的な気持ちになれるのか。
少し意外な気持ちにもなりながら、車から出る。その時にはもう俺以外の全員は家の中へ入ろうとしていた。
「ルディの家……木で出来てるんだね。こんな家なら向こうにもありそう」
「確かに。この世界でも木で出来てる建物は多いよ」
そんなことを話していると、兄さんがドアの鍵を開ける。
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「パパ! とっても柔らかい!」
家に入るなり早々リリは寝室の方に行ってしまった。羽毛布団の柔らかさに驚いてるらしい。
「騒ぎすぎたらダメよ! 物を壊しでもしたら大変なんだから」
「分かった!」
エリスがリリを諌めている声を聞きながら、俺は迷いもなく階段を上がっていく。忘れるわけもない。二階に上がって、2番目のドア。
『もう無いぞ』
背後からの声にビクリと身体が跳ねる。俺の少し後ろに兄さんが立っていた。俺がここに来たのを察して着いてきたのだろうか。
それにしても、『無い』のか。一気に肩の力が抜ける感覚がする。
『俺の物はどこに行ったんだ? ほら、フィギュアとか……』
『捨てた。大変だったんだぞ』
そう言って兄さんはスタスタと歩いてきて扉を開けた。かつては、俺の自室だった部屋。
間取りはもちろん変わらない。道路側にあったデカい窓もそのまま。しかし、俺の記憶にある姿はない。俺が漫画やラノベを置いてた本棚も、PCを置いていた机も、壁に掛けていたアニメキャラのタペストリーも。皆ない。1つ、大きな引き出しが隅にポツンとあるのみだ。
『まあ、そりゃそうだな』
思わず声が漏れた。兄さんにとっては、俺が死んだ時点であの部屋にあったものは全部屑同然だ。
「カップラーメンの食べさしに、ペットボトルにティッシュ。そりゃあもう片付けるのに2日はかかった」
兄さんが流暢に話し始める。
『大変だったろ、悪かった。それと、あの引き出しは?』
『重すぎて運べなかったからあのまま。アイツらに手伝ってもらうのも考えたけど、やめた』
思わず弟や妹の顔がチラつくが首を振ってそれをかき消す。
『そう。重すぎたからな』
兄さんは再び歩き始める。少し埃の被った床を何の表情も見せず、無言で歩く兄さんに俺も黙って着いていく。
そして、一番下の引き出しを開けた。
『これは……』
『ああ』
言葉が出てこない。これは俺が持っていたゲーム、フィギュア、漫画。埃を被っているため少し見栄えは悪いが俺はそんなことも気にせずその幾つかを手に取った。今見るからわかる、俺の土魔術で使うものとは段違いに精巧な出来のフィギュア。数こそ少なくなっているが、確かに俺がよく読んでいた漫画。一つ一つ、覚えている。
今しがた『無い』とか言ったばかりじゃないか。いや、でも『何も無い』とか『全部捨てた』とは言ってなかったな。
いやいや、そんな事はどうでもいい。よく残していたものだ。
『なんでこんなの残してたんだ? 兄さんからしたらゴミでしかないのに』
『いや、最初は捨てようと思っていたし、実際に売ったり捨てたりしたのも沢山あるけどな……』
兄さんは気恥しそうに頭を搔く。
『まあ、お前の大切にしてた物……形見みたいなものだからな。途中で思い直したんだよ。まあ、な』
あまり多くは語らず、と言った感じで兄さんは言葉を濁した。
その姿を見て俺もそれ以上、何かを言うのは野暮な気がして黙りこくる。
俺はその黙った調子のまま一際お気に入りだった深夜アニメのヒロインのフィギュアを手に取る。これはザノバに持って帰ろう。
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1階に戻るとシルフィやロキシー、エリスも含めた皆がテレビを見て歓談していた。
今しているのは……夕方のニュースだな。もうそんな時間か、と思いながら晩飯の心配が頭の中に浮かぶ。
今日一日怒涛の展開すぎて腹の虫のことなどすっかり頭になかったが、自分の部屋も、両親の墓も、前世のことも随分と色んなことを処理したせいで気がついたら腹が減った。
「晩飯は……」
「ああ、そうね。お金出すから惣菜でも買ってきてくれる? 」
俺の呟きにナナホシが1番に反応する。買い物か……向こうならともかく、こっちの世界で買い物なんてしたの何年前だ……?
こんな機会無いんだし、行くか。もうどんな物買ったらいいか、なんてよく分からないけど。
「そうだな。ってか、本当にありがとう。ナナホシ」
「恩は売れるだけ売っとかないと。後々何があるのか分からないし」
「なんか怖い」
それを聞いたナナホシがくすっと笑う。もう夕方で時間も遅くなり始めているし、子供たちはテレビに釘付けということでシルフィと二人で行くことになった。兄さんに近くのスーパーの場所を教えてもらったら、記憶の片隅にあったところなので多分行けるはずだ。
そう言えばこれ、買い物デートでは?
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俺は泥沼のルーデウス! 異世界転生して、色々あってこの世界に再び来た俺は今……
幼馴染で同級生で嫁のシルフィエットと共に買い物へ来ている!
『はい、これで買ってきて。出来るだけ早くしてね』
というナナホシの急かすような声を聞きながら玄関を出た俺たちは夕日をバックに、愛溢れるスーパーデートが、今……!
「へー、成程。こういうお金の仕組みは向こうとあんまり変わらないんだね」
そうブツブツ言いながらシルフィは手際よく籠に商品を入れていく。
「あのー、シルフィエットさん?」
「ルディはどうする? ナナホシのお金だからあんまりは使わないつもりだけど、必要なものあったら言ってね」
「う、うん」
この旅行で自分が元異世界人だと明かした。シルフィは「ルディはルディだ」と言ってくれた。その事はとても嬉しいことなのだが、あれ以降シルフィとの間に少しの距離を感じる。俺が元異世界人だとエリスは元々知っていた。ロキシーも何かあることは察されていた気がする。ララ、リリはあまり気にしていないらしい。
どうせならシルフィにこの場で言ってしまおうか。それとも、イチャイチャしまくってこっちの世界でもリア充を味わって愛を深めようか。そんなことを邪推していたがため、シルフィのテキパキとした動きに困惑してしまった。
やはり避けられているのか。出来るだけ話題を振られないようにしている気がする。
いや、ここはハッキリと言おう。ここで濁してはいけない。後々の問題を残してはいけない。俺は前世の清算に来たのだ。
そんなことを考えている間にも粛々と商品を選んでいるシルフィの横に立つ。
「うーん、これってどのくらいの価値なんだろう……分からないな」
「ねえ、シルフィ」
「ん、何か持ってきた? 昔好きだったものとかあった?」
「それは多分あるけど……そんな事はいいんだ」
時間帯が少し遅くなり人が少なくなってきたスーパー。人目も少ない。俺はシルフィに詰め寄った。
シルフィの耳がぴくりと動き、顔が横を向く。
「何か言いたい事があるなら、言って欲しい」
言う前から分かってはいたが、気まずい空気になる。シルフィは「えーっと」「うーん」と小さく言いながら言葉に詰まる様子だ。
「別に何か不満があったとしても、その根本の原因は俺にある。それで俺が怒ることなんて絶対にないし……むしろ俺が嫌われてないか心配だよ」
「ルディのことは大好きだし……大好きだけど……その……」
シルフィの顔が赤くなって、そのまま俺の目を見つめてくる。可愛い……じゃなくて。
「えっと、距離を置いてたのはごめん。ホントに身勝手な理由なんだ。その……嫉妬してた気がする」
嫉妬? 誰に? 何故? そう言葉が出そうになるが飲み込む。シルフィはそのまま言葉を続ける。
「昼間に言った通り、前世の記憶があるからと言ってルディはルディで、何かが変わる訳では無いよ。
でも元から前世のことを知ってたエリスとか、ルディがずっと住んでたこの世界やそこの人達とか。色んなものに対してモヤモヤしたものが残ってて……ルディは悪くないよ。ボクが勝手に……」
ゆっくりと言葉を紡ぐシルフィ。いつもの彼女は絶対に言わないような事だ。
時々思う。幼少期、ブエナ村でシルフィと遊んでいた頃。あの時シルフィに与え、シャリーアで再開した時には手放したと思っていた『シルフィの俺への依存』は未だ薄くシルフィの心に根を張っているのでは無いのか。
そんな思いを抱えながら、シルフィの頭の上に手を運ぶ。
「我慢させてしまってごめん」
「ううん、ボクが悪いんだよ」
ダメだな。原因を辿っていけばシルフィが今この感情に行き着いているのは俺のせいだ。でもシルフィは自分が悪い、と決して譲らないだろう。何か上手く言わねば。
「シルフィはなんて言うか……その……」
言葉に詰まる。シルフィが今一番俺に言って欲しいことってなんだろう。選択肢を間違ってしまった時のことを考えると余計に言葉が出ない。
『ルディのことは大好きだし……大好きだけど……』
シルフィがさっき言ったこと。嫉妬は……相手が自分の思う通りに動いてくれないからこそ、不安だからこそ生まれる感情だ。
それを取り除くためには。
「俺もシルフィのことは大好きだよ」
「え!? 突然……何?」
「そうやって照れる所とか、顔が赤くなる所とか! 家事も積極的にしてくれるし耳がたまにぴくんってなる所とか、勿論夜も可愛いし!」
「何言ってるの!? ここ外だよ!?」
「人間語がわかる人なんてここには居ないから大丈夫!」
そういう問題でもないな、と内心思いつつも思いの丈を吐き出す。
まあどうせ明日の夕方にはこの世界にはいないんだ。そこまで大声を出してるわけでも、周りに大勢人が居る訳でもないし。我に返って恥ずかしくなる前に畳みかけよう。
「シルフィのいい所とか可愛い所とか俺は沢山知ってる! 俺はシルフィと生きてきた人生は、この世界での思い出なんてとうに上回るほど幸せだと思ってる。こっちの世界の人生が全く楽しくなかった訳ではないし、俺の事を今でも考えてくれる人はこの世界にもいる。
でもシルフィといる時間はとても楽しいし、この生活を手放すなんて俺には考えられない!」
目を見て、しっかりと。いつも言っているような事だが、いつもとはまた違う言葉を。
「だから、大丈夫。嫉妬なんかしなくても十分なくらい俺はシルフィのことが大好きだから」
シルフィは蒸発するんじゃないかってくらい顔を赤くして照れながら、小さく「うん」と頷いた。
俺もちょっと恥ずかしくなってきた。
「……お、遅くなったらナナホシに怒られるから早く買い物済ませようか」
「そ、そうだね」
スーパーから出ると行く前に沈もうとしていた夕日は沈みきり、夜の帳は降りきっている。
これはナナホシに怒られるかもな。そう苦笑いして二人帰り道についた。ちょっとだけイチャイチャした。
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「遅い」
「ごめんって」
家に着くとナナホシは案の定仁王立ちで俺たちを出迎えてくれた。何となくエリスっぽいなとか思いつつ、ナナホシに謝罪する。
ロキシーは俺を見るなり挨拶をしてからスーパーの袋を手に取り、それを一つ一つ出しながら「成程、こんな料理が……」とボヤいていた。
ロキシーは旅とかしてたし、その土地の郷土料理みたいなものを食べた経験も多くありそうだな。これもその一環だろうか。
「パパ、おかえり!」
「ただいまー、リリ」
二人と少し話をしてから、キッチンの方を見ると兄さんやシルフィ、ロキシーたちが夕食の準備を整えている。
言葉は通じないが、まあ大丈夫か。上手くやるだろう。
『あれ? そういえば虎は?』
『ここに……』
その声に応じて後ろを振り返るとそこに虎がいた。あれ? 買い物行く前とは随分と様子が……なんだか疲れているみたいだ。
違和感の原因を考えていると続けてエリスもやって来る。
「ルーデウス!おかえり!」
「あ、ただいま。ねえエリス、虎何かあった?」
そう聞くとエリスは自信満々に答えてくれた。
「どうもこうも、ちょっと走りに付き合ってもらっただけよ」
「え?」
経緯はこうらしい。
俺とシルフィが家を出た直後、知らない言語のテレビを見るのもつまらなくなってきたエリスはランニングをしてくると伝える。
するとナナホシが「知らない街を一人で歩くのは危ない」と言ったことにより、誰がエリスと一緒に行くかという話になった。
ルーデウス、シルフィは不在。ロキシー、ララ、リリもこの街のことを知らないので除外。
兄さん、ナナホシ、虎のうちナナホシは研究データの打ち込み中。兄さんも家事をやっていた。ということで、唯一余った虎がエリスと共にランニングへ。
虎、これまで人並みより少し下程度の運動しかしてこず、インドアにこもりっぱなしだった男。エリスと共にランニングをしたらどうなるか。
まあ想像できるだろう。
という事でこの様子……ということらしい。
『よく死にそうになりながらとはいえ、着いてこれたな……』
『全力で走られたら流石に無理だけど……たまに止まって景色を見てくれてたからそれのお陰で』
未だ疲れが抜けない表情で座り込む虎を見て苦笑した。
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晩御飯も食べ終わり少しして、そろそろ寝ようかという話になった。
布団が足りないのではという話になったが、まあ何とかなった。ナナホシは泊まりだが、虎は明日は仕事があるらしくここで別れることになった。
これで一応今生の別れ……ではないが、暫くは会えないな。
『ナナホシのサポートをしてくれて、ありがとう。感謝してもしきれない』
『いや……最初は魔術のことから静香に教えてもらったんだ。感謝してるのはこちらも同じ』
『また、次は向こうの世界で』
明日の今頃には俺は向こうの世界に転移していることだろう。
今日は色んなことが起こった。車に轢かれそうになったことから始まり、兄さんと再会し、シルフィとロキシーに自分の秘密を明かした。
両親の墓参りにまで行った。これほど濃厚な1日も久しぶりだろう。
明日は……うん。自分の中で再び考えを整理し寝床に着いた。