異世界での思い出。空中城塞で話していた時だ。
私と近くで椅子に腰かけているザノバ。あの時、ルーデウスはオルステッドとどこかの村を救いに行くとか言って居なかった。
「そういえばナナホシ殿。転移魔法陣見ましたぞ。もう私が届くような領域の魔法陣ではありませんな……悔しいですが。凄いです」
「いや、半分以上はペルギウス様で出来ているようなものよ。私もペルギウス様に教えてくれないとあそこまでは出来なかったわ」
「……凄いとかそんな次元じゃないですな。少なくとも今の時代であの魔法陣を書ける者は世界でも片手で数えられるかどうかと言ったところでしょう」
そんなに褒めちぎらないでほしい。褒められるのに慣れてない。
あの魔法陣も元の理論はペルギウスの受け売りだったんだって。
そんな他愛もない世間話をしていると、ザノバがふと思いついたように口火を切った。
「そう言えばナナホシ殿がいた世界ってどんな世界だったんですか?」
「え……そうだね……」
「別に嫌なら構いませんが」
「いや、そうではなくて。どう説明しようかなと。向こうの世界には魔術が使える生物はないの」
「ほう。それは興味深いですな。だからナナホシ殿は使えないのですか。魔力付与品や魔道具とかは?」
科学の概念の説明ってどうすればいいのだろうか。私からすれば現代科学もボタン一つで火を起こしたり、蛇口を捻るだけで水が出たりと魔法みたいなものだったが。
「どっちも無いわ。その代わり私たちの世界では『科学』と呼ばれていたものがあるの」
「科学……ですか。どういったもので?」
「例えば普通魔術を使う時って詠唱をするでしょ? でも科学が行うのは無詠唱魔術なの。でも無詠唱で使う代わりに、周りにその魔術を発動させるための道具を組み立てるの。回路って言ったりもするけど」
「……少し分かりませんな。道具というのは魔道具や魔法陣のようなものでは無いのですか?」
そっか。こっちの世界には回路なんかを構成する部品がそもそも存在しない。
その中で説明されても理解できるはずがない。
「例えば火。火を起こすにはルーデウスなら火魔術で一瞬。けど、科学の場合は火花を熱とかで生み出した後に、火になりやすい気体を燃やして火をつける。時間は同じく一瞬だけど、発動させるための手順が長いの」
「要は師匠のような無詠唱魔術を使っているように一見見えるけれども、魔術で言う射出速度設定や威力設定を全て外界に任せたもの……みたいなものですかな?」
……ザノバの方が説明が上手いかもしれない。負けた気分。
「まあそういうこと。それを積み重ねて先人たちの理論を元に新しい理論を見つけて……やってることは魔術と一緒かもね」
「じゃあ私のような人形狂いや師匠のような魔術の天才もいるわけですか?」
「天才なら向こうの世界でもどこにでもいるわよ。人形狂いはね……」
フィギュアなんかを集めまくってコレクションする人はいたが、ザノバが思ってるのはそういうのじゃない気がする。
ザノバに似た感じで何かに没頭してる人……
「何かに一生を捧げる人も沢山いたわ。それがゲームのようなものだったり、あるいは人形だったり」
「むむ……。やはり人間の本質は変わらんということですな!」
そう言うと彼は快活に笑った。
〜〜〜
あの後、あの係の人の上司のような人が来た。男の人が事情を説明すると上司も信じられないという顔で、他の人に何かを話に行った。
そこからはトントン話だ。そのまた上司らしい人が現れて、「まずは事情の把握を急ぐ」と言われて広い部屋に通された。
私は「この話はまだ回すとしても日本の超お偉いさんか、大使館の中まででお願いします」とだけ伝えると、柔らかそうなソファーへと一直線に飛び込んだ。
そして今。かなり時間が経っている気がする。しかし、出してくれたお茶菓子はとても美味しいのでどっちでもいい。
「う……っまあ……」
この表情は他人に見られてはいけないやつだ。きっと恍惚な顔で独り言をブツブツ言っている気持ち悪い姿になっているに違いない。
ああ。これ太るな。日本に戻ったら絶対お菓子食いまくって太るぞ。これは。運動しなければ。
その時ノックの音が響く。ドアが開くと身長が高めの男。おそらく50代くらいだろうか。かなりベテランの雰囲気を漂わせている。
横には先程の職員の人の上司の上司。
「失礼します……七星さんですか?」
「はい」
「私は日本大使館に常駐している弁護士で高山と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……?」
「七星さんは分かるでしょうがこの状況はかなりまずいです。警察に知られたら逮捕は免れないでしょう。まずは本人かどうか、様々なデータから検証させていただきます」
「はあ……」
思わず気の抜けた返事をしてしまう。この人は弁護士? 逮捕の可能性があるのは分かっていたが……私を守ってくれるということなのだろうか。
それに、本人認証ってどうするんだ? まだお母さんたちにまで私の事は知らされてないはずだが……。
そう思っていると高山さんは唐突に手袋をはめ始めた。
「まずはこれを頂きます」
そう言うと私が先程まで食べていたチョコレートの個包装の包みが持っていかれる。
ああそんな。もう食べてるからどっちでもいいけど。
それは高山さんの手からジップロックの中へと移される。
「指紋認証を警察の方で行います。貴方の指紋データを持ってるのは日本警察ですから少し時間はかかりますが」
え? 私の指紋データ持たれてるの? 日本警察に?
いや、捜査に使うためか。まあそりゃそうなのか?
あれ?
「さっき『警察に見つかったら即刻逮捕』って言ってませんでしたっけ?」
「私も伊達にこの業界いないので。コネってのがあるんですよ。ともかく貴方が本当に七星さんだった場合、私はあなたが日本に戻って安定した暮らしを取り戻せるようになるまで、精一杯のサポートをすることになります。重ねて、よろしくお願いします」
「はい……」
そう言うとにっこりと笑う。顔は怖いけど笑った顔は結構優しい。まだ契約も何もしてないけど、お金とかどうなるんだろ?
コネの力なんて聞くと少し悪いことした気分になるが、不法入国という本当に悪いことしてるから罪悪感はない。
一息ついたあと、高山さんは再び私に向き直る。
「さてと。まずは聞かせてもらいましょうか。貴方がトラック事故に遭ってからここまで何をしていたか……」
「ここは……正直に話した方がいいですよね」
「勿論……原さんは一旦外れて」
どうやら上司の上司は原さんと言うらしい。原さんは少しごねていたが、高山さんの強情に負けて最後は部屋から出ていった。
これで私と高山さんの二人。ここで嘘をついて後々得になるってことはまずないだろう。
「私は別の世界に行ったんです」
「いわゆるパラレルワールド……ということですか?」
「いや、そうではなく。高山さんってアニメ見ますか?アニメとか漫画とかの作品で魔法を使う作品ってあるじゃないですか。丸っきりああいう所へ行ったんです」
「ふむ。俄には……いや、話を続けてください」
まあ信じられないか。そりゃそうだ。高山さんの脳内にはきっとエ〇ス〇クトなんちゃらと叫ぶ青年が思い起こされていることだろう。私の中の魔法のイメージはもう『ルーデウスが一瞬で土魔術と水魔術と火魔術を使ってお湯を作り出す光景』で固定化されてしまった。
そこから私は三時間ほど、質問の受け答えをしながらも異世界での話をした。
最後、一応の形では高山さんは私の話を信じていた。
〜〜〜
大使館に最も近いホテルの一室。そこに私はいた。
一人用の部屋としては些か狭すぎる。広すぎるベッドに横たわり、今日一日のことを振り返った。朝ペルギウスに『今日はよろしくお願いします』と挨拶し、『私も願っているぞ、ナナホシよ』と言われたのがペルギウスと会話をした最後だったか。
昼には既に大使館に入っていたし、夕方には自分の異世界での話を過去のものとして語っていた。
何だか、少し悲しくなる。ホームシックというやつかもしれない。
つまり私は、こっちの世界にいたら向こうの世界にホームシックし、向こうの世界にいたらこっちの世界にホームシックするわけか。
「どこの面倒臭い輩だよ」
本当だ。思わず漏れ出た自分の声に共感してしまう。
……気分を変えようと立ち上がってみる。するとタイミングよく部屋のインターホンが鳴らされる。
高山さんだろうか。ホテルの職員の人だろうか。
「誰ですか?」
「早く開けてくれ! 見つからないうちに!」
ドア越しから聞こえたのは若い男の声だった。見つからないうちに? どういうことだ?
「名前を言ってください」
「高山虎! さっきまであんたと話してた弁護士の息子だ!」
高山さんが私の弁護士とはおそらく漏れてないはず。身元は保証されてるな。
いや、夜に男を部屋に入れるというのはダメだろう。何に追われているかは知らないがさっさとお帰り頂こう。
「すいませんが……」
「開けてくれ! 頼む!」
声を被せて頼み始めた。こんなやり取りしてる間にどっかに逃げればいいのに。
チェーンをかけて少しドアを開ける。
「開けてくれるか!?」
身長は高め。顔もどこか似ている。息子には間違いないか。
「変なことしたら親にチクリますからね」
「ああ、分かってるよ!」
一々声が騒がしい。
中に入れると直ぐに私の持っているノートについて聞かれた。多分高山さんに少し言ったのが漏れたか。
コネある敏腕弁護士も情報漏洩はダメでしょうよ。そう思ってたら、どうやらお父さんのパソコンを盗み見て知ったらしい。それをお父さんに知られて追われている途中だったとのこと。
「それで? ノートになにか興味が?」
「俺はこの近くの大学で研究をしてる一端の科学者だ。七星さんの書いたノートを見て向こうの世界について知ってみたい。特に魔力。興味があるんだ」
キラキラと輝く目で訴えかけられると辛い。
最初こそ拒んだが、結局私がノートを手に持っていることを条件に見せることを許可した。私ってこんなに流されやすかったっけ。