目の前のルーデウスは私の話を真剣に聞いている。あの地での思い出の一つだ。
ペルギウスの空中城塞にてベットで寝転んでいる私と近くで椅子に腰かけているルーデウス。確か、あれは二人とも使う機会のない日本語を使っての会話だった。
「ーーつまりね、魔力というのはこの世界で生きるために必要なエネルギーのようなものにあたるわけでしょ?」
「まあエネルギーってよりは地球で言う酸素みたいなものに近いのかもしれないな」
「……で、この世界の生物……特に人族は元々持っている魔力量が少なかった。言い換えれば魔力を生成できる何らかの力だったり器官だったりが発達していなかったわけよ。それが何らかのきっかけで魔力が多くなっていき、それは遺伝していき、今の状態になった。そう考えるのが自然だと思うのよね」
それを聞くとルーデウスは少し得意そうな顔で呟く。
「でも、ルーシーとかララとかには俺の魔力量は遺伝してないぞ?」
「あなたの場合は例外でしょ。なんて言うのかな、ルーデウスという名の容器に入れられる魔力量は決まってたけど、無理やり容積を広げたおかげで魔力量は増えた……みたいな」
「その元々の容器の大きさが才能であって、遺伝するところか」
少し納得したような表情を見せる。
たまにペルギウスに会うためか、私に会うためか彼はここにやってくる。こうやって聞いてくれるだけでも私の思考が整理されていく感覚がある。こういうのは、なかなか味わえないものだ。
「じゃあ、元いた世界の魔力ってどうなんだろうな」
ポツリと漏らした。
「この世界はエネルギー保存の法則とかも含めた物理法則は私の知る限り適用されてる。だから魔力が何たるかを科学的に説明することは出来ると思う。それが何かのエネルギーなのか、原子の働きなのかは私には想像しようがないけど」
「さっきの話を聞く限り、この世界の人間……というか生物と向こうの世界の生物に何か決定的な違いがありそうだよな」
まあそれはそうだろう。私たちの世界では魔力の動かし方なんて知らない。
「……ルーデウスって無詠唱と詠唱の時で魔力の動かし方って変わったりするの?」
そこから彼の力説で魔術の詳しいところが語られた。もしかしたらペルギウスに聞くより分かりやすかったかもしれない。
魔術を発動するための魔力の動かし方は決まっていて、「術の生成→サイズ設定→射出速度設定→発動」とすることで魔術を発動できるのだとか。
無詠唱というのはそれを自分の意志で(といっても、ルーデウスの場合はほぼ感覚で)行うものらしい。
「でも無詠唱や詠唱短縮ができないと、この魔力の動かし方は分からないらしかったな。ロキシー先生とかシルフィに聞いた時は少し分かる、と言っていて他の奴らは分からないと言っていたし。うん……そうだな……」
彼の顔が分かりやすく崩れかける。
「……はい。まあともかく、向こうの世界で魔力に似たものを操作することは不可能ではないってことかもね」
「その場合だと人為的に魔術を起こすことは可能ってことになるよな」
「うん。まあ向こうの世界に魔力がある前提だけどね」
今の研究には何の実にもならない雑談だが、自分の知っていることを対等に話せる存在というのは心が弾むものだ。
〜〜〜
高山さんが日本警察に手を回し、指紋認証の結果が出るまでの三日間。虎と名乗った青年は夕方に毎日私の部屋へとやってきた。
最初の方は身構えたが、三日目になると案外楽しくなってきた。やはり自分の秘密を共有出来る仲というのは心地よく感じるものかもしれない。
彼は発言の節々が雑だし、敬語を知らない礼儀知らずではあるが、悪い人ではないらしい。
「ふうむ……やはり七星のここまでの話を聞くと魔力というのは何かのエネルギーだと思えてくるな」
それに、私の発言を一瞬で理解してくる。さすが現役科学者……関係あるのか?
「私もその線が強いと思ってます。しかし、私が十二年の間に観察した範囲ではこの世界と物理法則が変わっているところはありませんでした。その全く同じ物理法則の中に『魔力』という全てをひっくり返す存在が存在し得るのかどうか……いや。私も本格的に大学なんかで科学を学んだことがないので何とも言えないですが」
「何が言いたい?」
「この世界にも魔力は存在するのではないかと考えています。私たちが魔術を使えないのは、そのために体が発達してないからとも考えます」
「でもそれが証明できないと意味は無い」
「それを証明したいと思っています」
ペルギウスと転移魔法陣と研究している時から心の中では決めていた。私は科学者になりたい。
トラックに轢かれる以前も理科は好きだった。それだけでは、理由としては弱かったが。私が今言った『魔力はこちらの世界でも存在する』ということを証明したいという気持ちが私の夢を科学者にしたのだ。
「まあいい。取り敢えず気になるのはこの詠唱だな。『汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに』と唱えれば水の玉を飛ばせるのだろう? 異世界とこっちが全く同じ世界で生物の進化の仕方だけが違うとしても、これで水の玉が出る意味がわからん」
「私が思うに、詠唱というのは機械で言う回路だと思います。私が知る限りの詠唱は全て記録してきましたが……見てください。一応の法則性は見えてきません?」
「……分かった。まあそこは要研究対象だな。お前の最終目的はなんだ?」
「最終目的……?」
たとえこの世界で魔力の存在が証明でき、活用できるようになったとして。
それで何が出来るというのか。そんなの決まってるじゃないか。
脳裏に向こうにいる人たちの顔が浮かぶ。ペルギウス、ザノバ、クリフ、シルフィエット、エリス、ロキシー、ルーデウス。
「向こうの世界とこちらを繋げます」
「よし分かった。俺の研究も一旦終わって退屈してたところなんだ。俺でよければ手伝う。面白そうだしな」
彼は座っていた椅子からおもむろに立ち上がり、部屋を出ようとする。時計を見ると既に時刻は18時を回っていた。
「えっと、分かりました。私は日本に帰るのですがそれでもいいなら。よろしくお願いします。高山さん」
「ああ、別に俺のことは下で呼んでくれてもいいぞ」
「え? 分かりました。じゃあ虎?」
「よし決まりだ。俺もそうするからな」
「え?」
私に発言権を与える暇もなく、向こうが手を差し出してくる。何をすればいいのかは察したが、なんか妙に恥ずかしい。
躊躇いながら私も手を差し出す。握手なんて、向こうでも沢山してきたはずなんだが。
手が握られていると、ドアからノックの音がした。咄嗟に虎から手を離す。
「失礼致します……ん? 虎! そこに居たのか馬鹿者が!」
「やっべ。静香さん、また今度」
あ。静香さん?
気づいた時には虎は部屋から飛び出していた。
「すいません。うちのが……それは置いといて。朗報があるんです。日本警察の知り合いの鑑定によると貴方と七星さんの指紋の一致が確認できました」
「本当ですか!?」
先程の違和感は遠に消え去っていた。
ということは、帰れるということだろうか?
日本には家族もいるし、友達もいる。時が経っているとはいえ少しくらいはみんなと話したいものだ。
「帰還についてはまだ目処は経っていませんが、近いうちに出来ると思います。扱いとしては……恐らく国家機密事項としてだと思いますが」
「それはやっぱり私が逮捕されるべき存在だからですか?」
「それもありますが、この現代でほぼ唯一と言っていい別の世界から来た可能性のある人間だからです。総理大臣にもうすぐ話が行くはずです」
は?総理?
「高山さんって……」
「まあ取り敢えず今日は遅いので明日また来ます。現状を喜んでいきましょう」
まあどっちでもいいか。