ナナホシ帰還物語   作:羅美

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再会

魔法大学に在籍していた時。あの時は確かフィッ……シルフィエットがルーデウスと結婚した頃だ。

彼の家に備え付けのお風呂があることが羨ましく、通ったんだっけ。私も水で濡らしたタオルのようなもので体を拭くのが『清潔』になってしまうのは嫌だった。そこら辺は日本の女子高生の血が色濃く残っていたのだろう。

勿論彼に風呂上がりの裸姿なんか見られたくもなく、シルフィエットが家にいる時こっそりと入らせてもらっていた。

 

「ふう……ありがとう。やっぱりお風呂はいいわね」

「あ、ナナホシさん。昨日の晩の残りがあるんだけど、良かったら一緒にどう?」

 

彼女が笑顔でそう誘ってくる。女の私から見ても可愛い。手元には酒の入ったコップもあった。ルーデウスのお手製だろうか。

これを幼い頃から策略し、惚れさせたルーデウスは流石と言ったところだろう。それに時刻から考えてもなかなかいい時間だ。お言葉に甘えておこう。

シルフィエットが出したスープとサラダのようなメニューにパン。それを美味しく頂きながら世間話が進む。

精々魔法大学でのことだったり、彼女の惚気だったりするが。そんな話をしながらも何故か彼女は緊張しているように見えた。

そして意を決して。

 

「ねぇ……前ルディに同郷って言ってたのって何で? ナナホシさんって違う世界から来たんだよね?」

 

これを言うためか。流石に本人の許可もなしに彼の秘密をばらす訳にもいかないだろう。シルフィエットの声も弱々しい。

 

「ただ……同じ言語を話してて勘違いしただけよ」

「じゃあ何でルディはナナホシさんの言葉を話せるの? リニアたちに聞いた獣神語とは違ったし。魔神語は聞いたことがないけどナナホシさんって魔神語話せるの?」

 

酒に酔ってるのか、酔わせているのか。今日はとことん詰めるつもりらしい。

顔を赤くしながらもどこか不安な表情で私の目を見てくる。

 

「ここに来てからの遍歴的に喋れないことは……ないわ」

「そうなの? 魔神語ってどんな感じなの? 喋ってみてよ」

 

本当に挨拶レベルだけなら話せるが、ここで魔神語を素直に話したら『あの時の言葉とは違うなあ』となって、余計私がピンチになるのでは。

何だか段々追い込まれている気がするぞ。

 

『こんにちは。シルフィエットさん、私はナナホシ。日本から来た転生者です』

「へー。今のが魔神語?」

「う、うん。でも魔大陸の土地の事情からか、結構方言が激しいのよね。地域によっても微妙に変わると思うし……」

「へー、そうなんだ」

 

日本語を話す。魔大陸は広くて種族も多様だから方言も多様だということにしといた。

ルーデウスもこれくらいの誤魔化し、許してくれるだろう。

シルフィエットはさらに自分に酒を入れる。紅潮した頬と潤んだ瞳が訴えかけてくる。

 

「あのね……ボクずっと不安なんだ。魔法大学でルディと再会した時に『ルディはボクのこと覚えてないのかな?』って思ったし、今はルディと結婚できて幸せだけど……」

 

彼女は独白を始めた。ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

それを私は黙って聞いていた。

 

「あの日……ルディとナナホシさんが初めて会った時さ。最初はルディが怯えてて、『ルディがこんなに怯えるなんて余程何かあったんだ』みたいに思ってたんだよ。そしたら案の定ナナホシさん、ルディと知り合いでさー。ボクの知らない言語で話してた時……ルディの顔は強ばりながらも、懐かしいような、少し楽しそうな表情をしてたんだよ。その時にボクムッと来ちゃってさ。そんな時に『転移事件の犯人は私』なんて話されたら爆発しちゃって……ごめんね。別に転移事件の件は今はナナホシさんに対してなんとも思ってないんだよ。でも、なんかナナホシさんを見るとまた不安になっちゃうんだよね。『ルディを取られる』とまでは言わないよ。でも二人の間には一つの世界があるっていう感覚があるんだよ。それが羨ましいっていうか。妬いちゃうっていうか」

「そう……」

 

二人のラブラブっぷりは私も知ってる。しかし、シルフィエットというのは怖がりでルーデウスの影に隠れているような人物だと勝手に思っていた。酒の幇助があるとはいえ、こんなにもしっかりと話せるのか。

私のシルフィエットに対しての認識が変わった瞬間だった。

 

〜〜〜

 

いつかの日の朝のことだ。朝起きて、学校に行く準備をしていた。

机の上に置かれたパンと牛乳を流し込みながら、ニュースを見ていた。

そんな事をしているとお父さんが『今日は残業がないんだ』みたいなことを言っていた。お母さんは少し嬉しそうにしながら、『今日の夜はあなたの好きな秋刀魚にしようかな』なんて言っていた。

それを何となく聞きながら、『私、今日友達くるから。別に遅くなってもいいのに』と投げやりに言った。後半の方は少し小声だったと思う。

そうだ。確かお母さんが『何?アキくん? また来るの?』なんてからかってくる。私が彼を好きなことを知ってたから。

それを聞いたお父さんが『彼氏か!?』なんてまた嬉しそうにからかってきた。

違う。アキにはまだ何も言えてない。そう思いながら、『もう! ってか、お母さんまた秋刀魚なの? 先週もそうだったでしょ』なんて話を逸らそうとした。あの時、どんな感情だったのかなんて覚えてない。

 

学校が終わり、部活が終わり、いつもの3人で帰っていた時だ。季節は既に冬に差し掛かっており、雨が降っていることもあってか一層寒い日であった。

私が好きな茶髪の背の高い男。口論をした。彼が何か些細なことを言ったことが原因だったと思うが、詳しくは覚えていない。

もう一人の男……黒木は私たちの喧嘩を必死に仲裁していた。そう、確か『二人共お互いに謝って終わりでいいじゃねえか』みたいなことだ。それに対して彼も私も『こいつが』『あいつが』と互いに責任転嫁し合った。今となっては子供っぽかったと思う。

そこで視界の端に写った髭がボサボサで、髪もろくに手入れしてなく、眼鏡をかけた、デブの男。ジャージを着ていたか。

彼がルーデウスであったことを知った時には大層驚いた。

その男が何かを言ったその時だ。私の目の前にトラックが迫っていた。デブ男に押された私達はトラックの進行経路から外れた黒木の顔を見ていた。トラックが突っ込んでくる。痛みはなかった。しかし、恐怖があった。覚悟なんてない。

トラックに当たる寸前まで、私が思い浮かべていたのは朝の家族の顔だった。

 

 

 

 

「いや、本当に……帰ってきたんだって実感しました」

「まあ普通に日本で生きてても会わないような人物ですし、むしろそういう実感がないのでは?」

「いや、やっぱりありますよ」

「そうですか」

 

私は一般客に混じって飛行機で東京へと帰ってきた。そして、そこからまず会ったのは内閣総理大臣だった。

私も正直言っている意味が分からない。確か私が日本でいた頃、環境大臣をやっていた人だったか。

私の記憶より若干老けていたその男は私のその後について話してくれた。まず私は三日後、指定されたホテルの一室で家族と会えること。それからは前の通り生活することが可能であること。週刊誌等については高山さんが抑えることが出来るということ。しかし、噂の類については責任を負えないこと。

高山さんとは生活のサポートをしてくれること。至れり尽くせりな内容だった。

その日はまたもや高級そうなホテルで過ごした。

 

〜〜〜

 

都内にあるホテルの一室。高山さんは部屋の外で待つらしい。

私はドアの前に立っていた。心臓が高鳴る。深呼吸をする。

 

ノックをし、部屋に入る。

 

二人が待っている部屋まであと数歩。一歩一歩踏みしめる。

 

二人の姿が見えた。目が合う。

 

「静香……」

「お母さん……お父さん……」

 

会った時なんて言うか。考えてはいたが、上手く言葉が出ない。しかし、言葉がこぼれていた。嗚咽が出ていた。

 

「ごめん……ごめんなさい……会いたかった……! お母さん……お父さん……」

「静……香……! 静香……!」

 

お父さんは私の姿を確認したあと、椅子に座りひたすら私の名前を呼んでいた。お母さんは私の方に近づいてくる。その顔は少し怒ってるようにも見える。

私が困らせた。多少殴られたり、罵られたりしても仕方ない。

そう思っていた。

 

「静香……あなた……いや。よく……また……戻ってきて……ぁっ……うぅ……あああ!」

 

お母さんも途中で感極まったのか、大きな声を上げて号哭した。その声に私の涙腺はさらに弱まる。私とお母さんはお互い抱き合いながら声を上げた。こんなにも久しぶりに聞く肉親の声はが弱かっただろうか。

 

「お母さん……っあの時事故で……朝も……ごめんなさい……っ、」

「……っ……!あぁ……っ!」

 

ーーー

 

私達はどのくらい泣いただろうか。しかし、ホテルに入る前にはホテルの窓から真っ直ぐと差し込んでいた日光も、既に傾き始めていた。

改めて両親の顔を見た。お父さんは老けていた。黒髪の中に混じっていた白髪の割合は多くなっており、髭や雰囲気も少し年寄りっぽくなっていた。お母さんはあんまり変わっていなかった。しかし、少しやつれている。やつれが大きくて老いを目立たなくさせているのかは、分からない。

 

「本当によく戻ってきてくれたわ静香。本当に嬉しい……っ」

「静香がこの2年半、何をやっていたのか教えて欲しいんだ」

 

どうせ高山さんと総理大臣にまで知られているから二人も知っているのかと思っていた。私から話した方がいいと判断されたのか。

それとも知ってはいるが現実味が無さすぎて聞き直されているのか。

いや、どちらにしても変わらないな。

 

「別にふざけてる訳じゃないの。真剣に聞いて欲しいんだけど……」

『もちろん』

 

二人の息ぴったりの答えに安心して、私は話し始めた。この十五年間のことを。

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