ナナホシ帰還物語   作:羅美

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兄として

『本当に息子の命を助けていただいてありがとうございます……!』

 

その言葉に私は頷くことしか出来なかった。信じられなかった。現実ではなかった。

来たのは何とかっていう高校生の両親。横にはその息子だろうと思われる、目を真っ赤にした高校生。

あの弟が身を呈して人命を助けたという。あいつはクズだ。私たちの兄弟構成は私、弟、弟、妹。次男があのクズだ。

しかしクズとはいえ弟だ。死を悲しまないわけではない。しかし、その死の衝撃は両親の死に直面したばかりからか、とても薄かった。

しかもあんな形で別れたわけだし。

 

命を賭して命を助けるというのはそうそうできることではない。私は素直に凄いと思った。

俺はこれでも彼を一番俯瞰して見ていたと思う。学生の時は何回も背中を押そうとしたし、成人してからも唯一実家暮らしの俺は辟易しながらも、クズと思いながらも彼の世話をした。アイツが引きこもった理由も同情できたからかもしれない。

彼に正しい道を歩ませてやれなかったことに俺はずっと罪悪感を感じてきた。三男は結婚し、娘が出来た。しかしクズがその娘を盗撮していたため、三男は彼のことを話そうともしなかった。妹は生理的嫌悪もあるのか、やはりクズのことを話そうとしなかった。

アイツに手を差し伸べることが出来たのは俺だけだったはずだ。

 

あの日。アイツが死んだ日。

密かに相談していた俺たちは葬式の後にアイツの部屋に突撃した。久しぶりに見た彼の体は大きく太っていて、なさけない姿だった。

三男がパソコンの画面を見た瞬間に激高し、バットでパソコンを壊した。日頃大人しい彼の激高は驚いたが、理由を知った後は当然だと思った。

そして家から追い出し、なにか達成感のようなものを弟と妹と共有していた時だ。アイツの訃報が入ったのは次の日の朝だった。

まだ起きたばかりで頭の回らない中、警察からの電話。思わず持っていた携帯を落とした。鈍い音で。

 

 

弟と妹の二人はアイツの死をどこか喜んでいた。もちろん言葉には出さなかったが、表情がそう言っていた。

アイツの葬式はひっそりと行われた。出席者も少なかった。一人、アイツのネットの知り合いだとか言うやつが来た気がする。

ともかく、二人の満足気な表情の横で俺は最悪の表情をしていただろう。

両親も、弟もいなくなった広い家で独りで酒を飲んでいる時ふと思った。思ってしまった。『アイツの人生はどれほど悲しく、寂しいものだったのだろう』と。

一度そう思ってしまうと俺は後悔の念に押しつぶされそうになった。もしかしたら俺は一人の人生を潰してしまったのかもしれない。そう思えてならないのだ。

 

〜〜〜

 

昨日黒木に会ってきた。異世界であれほど探していた二人の片割れ。

彼は驚き、泣いてくれた。彼は元来優しい性格だったからどこか責任を感じていたのかもしれない。あの時だってそうだ。私たちの共通の友達だからという理由だけで間に割ってくれていた。

彼の家に尋ねた時、外には雨が降っていた。彼は私を困惑の中招き入れてくれた。私はもちろん全てを話す。話した後、彼はさらなる困惑の表情をしていたが、無理もない。更に新事実としてアキ……篠原秋人はこちらに戻ってきてはいなかった。

ということは、異世界へ転生または転移している可能性が濃厚となる。『飛ばされた時間が違う』可能性は十分にある。それなら私が生きている間に……いや、やめよう。

 

あの後、両親は私の話を信じてくれた……いや、本当に信じてくれたのかの心の底は分からないが、信じるという言葉を貰った。

正直私に娘が出来て、その娘が龍神の話なんてし始めたら私なら信じない。そんな突拍子のない話あるわけないと一蹴するに決まっている。

しかし、二人は信じてくれた。そこに親心が介在していたのか、『戻ってきてくれたから取り敢えずは良い』という気持ちがあったのかは私には知りえないことだが。

 

 

今日はあの時の両親との再会とは別のベクトルで『覚悟』がいる日だ。

ルーデウスの兄弟……実家暮らしをしているのは兄と言っていたからルーデウスの兄か。その人に私の持っている封筒を渡す。今は休日の朝。家にいるだろう。詰問されるのは当たり前だろうが、それ以上に全く知らない人に一から異世界の話をするということに緊張する。相手は魔法なんて精々創作の中だけと思っている一般人だ。どう信じてもらおうか。

ルーデウスも中々酷なミッションを与えてくれたものだ。

やってきたのは茶色い屋根の二階建ての家。恐る恐るとインターホンを押す。

 

「はい」

 

中年ほどの男の声がした。意を決して。

 

「私ーーーーーーさんの知り合いなんです。話したいことがあります。開けていただけませんか?」

「……どうぞ」

 

十秒ほどの沈黙の後、玄関のドアが開かれた。あれ? 故人で印象最悪の弟の知り合いを家に軽々と招くとは……どういう事だ?

暫く玄関先での攻防が続くものだと思っていたが。

ドアから出てきたのはそこら辺に普通にいるような30、40代ほどの男だ。もう前世のルーデウスの顔の記憶にも薄いものの、明らかに前世の彼とは違った人生を送ってきたのだろう、と思える顔でもあった。男は少し投げやりに言い放つ。

 

「それで、ーーーーーーの知り合いが何故今更ここにいらしたんですか? ……アイツは死んだんですよ。知らないかもしれないですが」

「知ってます。その上でのお話なんです」

「まだあるって言うのか! さっさと帰ってくれ!」

 

怒気とまでは言わない、少し悲壮な声で怒鳴ってくる。男は自分の発言に気づくと口を噤んだ。

私は懐に忍ばせておいた封筒を取り出す。

 

「私の名前は七星静香といいます。ーーーーーーさんについて……この手紙を読んでいただきたいです」

「これは?」

「ーーーーーーさんが書いたものです。形としては遺書に近いものだと思います」

「遺書? アイツが? 交通事故で即死だ。手紙を書ける時間なんてなかったはずだ!」

「読んでもらえれば分かります」

 

グチグチと不満を垂れながらも、素直に封筒を開けて手紙を読もうとする。

何だかルーデウスみたいだ。

 

「……長いな。寒いし君がいいなら家に入りますか?」

「ありがとうございます」

 

〜〜〜〜

 

明らかに目の前の男は苛立っていた。ルーデウスの遺書の内容を想像してみる。『今までごめんなさい。今は異世界で楽しくやってます』って所だろうか。うん。突然死んだ弟がこんなの送ってきたら現実味が無さすぎて怒りが湧いてくるかもしれない。それ以上に困惑だろうが。

そう言えばこの人ってルーデウスの字を知ってるの?……知らないだろうな。

正直信じてくれるかも分からないし、ここは先手必勝だ。

 

読み終わったことを確認して即座に発言する。

 

「如何ですか?その……」

「ふざけるな! 貴方がどうやって私の弟の名前を知っただとか、何でこんなことをするのかとか、そんな事はどうでもいいが故人を弄ばないでくれ! 冒涜だぞ! アイツは事故で死んだんだ! それで終わりだ。それ以上も以下もない。帰ってくれ」

 

ヤバい。発言しようと思ったら一気にまくしたてられた。

私の元々のプランでは持ってきた魔石を見せて『こんな感じのものがある世界です。少し話を聞いていただけませんか?』というルートに持っていくつもりだった。

今更カバンから何かを取り出せる雰囲気ではない。

 

その時、視線の端にパソコンが目に入る。

やっぱりこの方法しかないのか?

 

「……黒木誠司の名前を知っていますか?」

「黒木……? 知らん」

「では七星静香という名前は?」

「だからそれはお前だろう! 早く荷物を纏めて出ていかないと警察呼ぶぞ」

「黒木誠司はーーーーーーさんが事故で助けた三人のうちの一人で唯一、事故の被害を免れた人です。事故当時名前を聞いたことがあると思いますが」

「三人のうちの……一人」

 

手紙の内容を思い出しているのか、記憶を思い出しているのかは分からないが何かを掴み始めているような感覚がする。

 

「七星静香の名前をそこのパソコンで調べて貰えませんか? 私の両親が作った私の捜索隊のホームページが見つかります。

そこのページに乗せられている写真は私と同じはずです」

 

まさか。と言いたげな表情でルーデウスの兄はキーボードを打ち始めた。もしかしたらもう彼も分かっているのかもしれない。

検索エンジンで『ななほし』まで打つと私の名前が出てくる。彼の息を飲む音が聞こえてくるようだった。

エンターキーが押され、出てきたのは。

 

「……」

「あの事故の日に私は行方不明になっています。私もーーーーーーさんと一緒に向こうの世界に飛ばされました。

そして私はこちらの世界に帰る方法を色んな人と協力して見つけ、戻ってきました」

「……アイツは?」

「多分書いてたと思いますが既に家庭を持っていますから。まだ確実ではなかった方法を使ってこちらに帰ろうとはしませんでした。

それにこちらに来ても向こうへ帰る方法は分かりませんし」

「事故……日付が一致……同一人物……」

 

ブツブツと呟き始めた。私の言っていることを聞く気になってくれたことを祈る。

そうしたら彼の中で合点が行ったらしい。彼が目を見開くと、その瞬間突然彼がボロボロ泣き始めた。頭が『?』マークを思い浮かべる。

 

「生きて……いたのか……っ。。あの日のことは。後悔してたんだ……俺にできたことは無いのかっ……って……あぁ。そうか……」

 

その後は私のことも気にせず言葉少なに泣いていた。

私は理解が追いつかない。ルーデウスの兄弟たちはルーデウスのことを嫌で追い出したのではなかったのか? ルーデウスは誰にも思われず、果てに事故で死んだのではなかったのか?

 

それはいつの間にか言葉に出ていた。

 

「なんでーーーーーーさんのことをそんなに思って泣いているのに追い出したんですか?」

「アイツはクズだ。けど俺の弟だったんだよ……。それだけだ。アイツのことは思い出したくもないけど俺の弟なんだ。死んだ弟が生きていると分かって喜ばない兄がどこにいると?」

 

そう言われて私は首を縦に降った。彼は私に向き直して頭を下げる。

先程の投げやりな雰囲気とも、怒ったものとも違った優しい顔だった。

 

「ありがとう。七星さん。これを届けてくれて……手紙は貰わせて頂きます。また後でゆっくり読むことにします。それに、さっきは突然怒鳴って申し訳ない」

「いえ……私の伝え方にも問題があったと思いますので……」

 

もう少しいい感じで締められるやり方もあった気がする。

『なんでこんな手紙を持っている?』と詰問されてそれを説得するつもりだった。が、今考えれば向こうの『ルーデウスは死んだ』という認識をしている意味を深く考えていなかった。

それに、彼がルーデウスのことを未だ後悔していたのは考えてもいなかった。

私も結構経験を積んだと思っていたが……客観的に物事を見ることを覚えないと。

 

「あ、そうだ。別に良いのですが、こんな物も貰ったんです」

 

私が懐から出したのはもう一つの封筒。

 

「なんだこれ…………援助ですか」

「別にいいんですが、念の為。私は両親にも会えましたし」

「そうですか。失礼なことをお聞きしますが、これからはどうするつもりなんですか? 学校に通ったら騒ぎになる気が……」

「高校は既に辞めてますし、学校は多分行かないですかね。向こうの世界に行くための方法を確立したいと思ってます」

 

そう言うと彼は目を見開いた。そうか。もうルーデウスには会えないみたいな雰囲気の話だったから。

 

「……そうだ。私の友達に科学者やってるのがいます。実験とかやるなら器具は必須でしょう……。仲が良い奴ですし器具をそこで使わせてくれるか交渉しておきましょうか」

「本当ですか!?」

「まあ本当に使わせてくれるかはわかりませんが」

 

そう言うと男は少し笑った。

そっか、援助とはこういう方向でもいいのか。

受けてもらえるというのならばありがたく貰っておくべきでは無いのか。実際に二つの世界を繋ぐことが出来た場合のことを考えると、この人とは連絡が取れる手段も持っておきたいし。

何はともあれかなりいい感じになったのだろうか。終わり良ければ何とやらで。

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