ナナホシ帰還物語   作:羅美

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一部本当に少しだけ血の描写があります。


仮説

「これは……凄いわ……」

 

ルーデウスの兄の口添えにより、無事にコネによって研究室の端を借りることが出来た。

研究『室』とは言うがかなり大きめで、使える機器の種類も数多い。私の研究……要は現実世界での魔力の確認とその実用化にこれらの機器を全て使うのか……と聞かれれば多分使わないし、使えないだろう。それほどの多さだった。

どうやらこの部屋を統括している責任者はルーデウスの兄の中学の時からの親友らしく、これくらいなら幾らでも出来るということらしい。

少し悪いなと思いつつ、私は横に目をやった。

 

「それで、何で虎が着いてきてるの?」

「静香が一人でこの器具たちを使いこなせると思っているなら帰る。俺は小さい時から触ってたからな。ここら辺は全部完璧だぞ。後研究のアドバイスとか……」

「ぐ……っ。まあいいわ、確かに私一人では無理だし」

 

虎はお父さんの日本帰国にこっそり着いてきたらしい。同じ便で来たのだろうか。わざわざ金を払って日本に着いてくるとはなんとも殊勝なことである。

 

「ってか虎って歳いくつ?」

「26だぞ」

「ああ、私の方が年上ね。良かった」

「は!?」

 

26の大人が父親の移動に着いてきて、虎たちにとっては要監視人物に勝手に近づいて、こうやって話してるのって恐らくアウトだろうな。

確かに虎の力がないと実験が進みそうにないのは確かだ。26と言えばまだまだ若いと言われる歳だが、何となく心強い感じもする。年齢が実績に比例しないことはルーデウスを考えると火を見るより明らかだろう。

もう既に別のことをしていたルーデウスの兄の親友を確認して、私たちは話を進めた。

 

~〜〜

 

「それじゃあ静香……早速だが実験の取りかかりは? まずは魔力を見つけないとならないだろう?」

「それは既に考えてる。これで何とかしたいなって」

「魔石か……」

 

正確に言うと魔力結晶。さらに別に魔石も持ってきている。魔石の性質としては魔力を通すと光る。もちろん現在は光っておらず、ただの綺麗な石か、宝石のレプリカ程度のものだが。これが光る状況を探し出すことを第一の手段とする。

これが光るとこの世界でも理論的には魔術を発動できる、というわけだ。

 

「さらにもう一つ」

「何だこれは?」

「スクロール。もしかしたらこれが一番使えるかも」

 

魔法陣の形を記す巻物のようなもの。これに関しては実物もあり、実際に魔法が発動できるものをもちろん持ってきているし、さらに言えば私も書ける。魔法陣の法則性については私がよく知っている。

こちらの世界に持ってきたのは治癒魔術と土・水・火・風それぞれの初級魔法のスクロール。全て二枚ずつだ。

この研究を想定して持ってきた訳ではなく、あくまでも遠い島だったりに飛ばされた場合のことを想定したものだったが、好都合だ。

 

「取り敢えずこの世界で魔法は発動できるのか。それを確かめる必要があるわ」

「そうだな……でもここは東京だ。今の説明を聞くに、発動させたら警察がやってくると思うが」

「広い公園でもダメ?」

「ダメだな。土が突然隆起したり水が飛んだりするのは……人の目もあるしな。どういうふうになるのか俺も分からんし何とも言えん」

 

確かにそうだ。深夜でも防犯カメラという目がどこにあるか分からない。警察が来ても私たちなら有耶無耶にはなりそうだが、余計な労力は使いたくない。それに警察が来たら間違いなく高山さんが対応してくれることになるだろうし、虎にとっても不都合だろう。

 

「じゃあ怪我してみる? そこら辺で転んでみたりして」

 

少し冗談っぽく言ったつもりだったのだが。

 

「……やるか」

「え? 本当に言ってるの?」

「それしか方法はないだろう……と言っても小さく傷をつける程度だが。まずはこの世界で魔術が発動できる。それは『この世界に向こうの世界での魔力に相当するものがある』というのことの反証になるだろう」

「それは、そうだけど」

「動物実験でもいいが、やはり魔術を受ける感覚ってのが分からないままじゃ俺もイマイチ実験に乗り切れないしな。魔術の原理はその後にいくらでも考察できる」

 

そう言って虎はそばにあった観察なんかに使われる小型のナイフを持ち出して小さく指を切った。

魔術なんかなくても寝たら治るような傷だ。薄く血が指先に流れる。そして治癒魔術のスクロールを一枚、取り出した。

 

「ほんとに大丈夫?」

「もう切ったんだからとやかく言わないでくれ、どうやって発動するんだ? さっさとやらないと傷が塞がれる」

「え? あっ……えっと……確か……これでいいはず」

 

私は魔力結晶を取り出す。その中に内包されている魔力を使ってスクロールを発動させようと試みるのだ。

 

瞬間、淡く緑色の光と共に虎の指に何かが作用する。慌てて私は視界の端にあった魔石を彼の指の近くに持っていった。

これまで無色だった魔石も緑色に光り出す。決して透過しているわけではない。明らかに魔石から発された光だ。

すぐに魔石は無色へと戻り、スクロールも色を失った。その時間は二秒か、五秒か。

彼のペースに呑まれながらもしっかりとその光景を目に焼き付けた私は放心しながらもゆっくりと言葉を紡ぐ。脳の中で反芻しながら。

 

「あった……こっちにも生み出せる」

「マジで治った……」

 

これまで信じてなかったような口振りだがまあ文句は言えない。魔術の存在なんて実感しようも無いものだし。

目の前で起こらないと人は中々納得しないし。

 

「と、取り敢えず魔術が発動できたってことは魔力がこの世界にあるってことでいいのよね?」

「そ……うだな。俄には信じられんが」

「何よそれ」

「いや、すまん。……魔術か……」

 

何か自身に語りかけているしている虎を放っておいて私は魔石をふと手に取ってみる。

とりあえず片っ端の化学物質と反応させていくしかないな。やはりその為に虎は必要か。必ず作れる。希望が見えた私は静かに拳を固めた。

きっと時間はかかるだろう。もしかしたら、何年、何十年といった月日がかかるのかもしれない。それでも、私はやるのだ。

 

 

 

 

 

 

「却下だな。ただ魔石とぶつけるだけで魔力が出ておかしな力が発動するならとうに魔術はこの世界で確立されてるはずだ」

 

私の提案を虎はコンマ3秒で却下した。真顔で。

 

「何でよ、先人たちは魔力を知らなかったんだから魔術が分からなくても仕方ないと思うけど」

「これまでこの世に何万人の科学者がいたと思っている。それより……魔力に関しては仮説を考えついた」

「え? もう?」

 

それはいくら何でも天才すぎなのでは無いだろうか。その言葉を飲み込み、虎の言葉に耳を傾ける。

 

「俺の仮説は『魔力というのは分子の振動である』ということだ」

「え?」

 

分子の振動?

 

「詳しい原理は分からんが、魔術を発動させるにはそれ相応の分子の振動をさせる必要があるというのが俺の仮説だ」

 

そこから虎による持論発表会が行われた。纏めてみるとこうだ。

例えば火魔術は空気中の分子を激しく振動させて熱を生みだして発動される。治癒魔術は人体へ振動を届けることで体内の細胞やらの動きを活発化させて発動される……と言った具合に全ての魔術というのは分子の振動によって成り立っている。

その振動のマニュアル書が所謂『詠唱』で、声を出すことで空気に震えを起こす。

我々が魔法を使えない理由については、向こうの世界では空気中に我々の世界とは違う何らかの物質が含まれている可能性があるから。

その物質に分子の振動を調整する……みたいな役割があるのだと予想する。そのためこちらの世界で詠唱をしても少なくとも視認できる大きさの魔術が発動することは無い。

私の病……ドライン病については、その未知の物質が耐性がないと毒になる物質であるからと考えられる。

その物質への耐性は代を重ねる毎についていった。だからその病は根絶した。

その物質が何かってのは分からないが、私が持ってきたスクロールを解析すれば魔術の仕組みというのはあらかた分かるはず。

 

そんな感じのことだ。私は流暢に喋り始める虎に困惑しつつも、中々説得力のある仮説に唸る。

確かにそうかもしれない。それに、この仮説が合っているならばこちらの世界と向こうの世界を繋ぐことも遠い夢の話ではないのかもしれない。

そう思った。


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