甲龍歴445年。ある晴れた日のこと。
書斎で、日課である1/8スケールロキシー人形へ崇高の念を捧げていた時、事態は訪れた。
俺が御神体をくんかくんかしている最中、唐突に後ろにアルマンフィが現れたのだ。何事だ! 我は神事の最中であるぞ!
……いや、本当に何で来た?
「ルーデウス・グレイラット。ペルギウス様がお呼びだ。行くぞ」
何年経っても変わらない狐面に促され、断る訳にも行かないから腰をあげる。
「家族に出かけることを伝えておいてもいいか?」
「ああ」
家にいたシルフィにペルギウス様の空中城塞に行くことを伝え、アルマンフィと共にペルギウス様の御膳まで行く。
白い髪に白い髭を蓄えた、歴戦の戦士を思わせる風貌。そして先客もいるようだ。こちらも数々の死線をくぐり抜けてきた戦士で……
「オルステッド様!? 」
「ルーデウスも来ていたのか。随分と待たされていたと思っていたが、このためだったのだな」
オルステッド様と俺が同時にペルギウス様に招待されるとか中々ないぞ? 何の用件だろうか、ここ最近はペルギウス様関係のことはあまりしてないと思うが……
「オルステッド、ルーデウス・グレイラット、よく来てくれたな……出てこい!」
部屋の扉が大きく開かれる。中から出てきたのは男女のペア。男の方は……知らないな。見たことない、がなにか妙な親近感を覚える。女の方は見たことあるぞ。あれ? どこだっけ……
「何故ここにいる? ナナホシ」
オルステッド様が珍しく驚愕の面持ちを見せる。
というか、この人がナナホシ!? いや、ナナホシは何年も前……それこそ15年以上前にこの手で地球に送り届けたはず。
でも、確かにそう言われればナナホシに見える……というかナナホシだ。
「……久しぶりです。オルステッド。それにルーデウス」
「あ、ああ。久しぶりだねナナホシくん……」
本物のナナホシだ。声が変わってない。
どうも事態が飲み込めないぞ。ここにナナホシがいることがそもそも意味分からんし! その隣にいる男も意味分からんし!
ナナホシの隣にいる男……ナナ男くんは物珍しそうに俺やこちらをキョロキョロと見回している。ナナホシはそんなナナ男くんを少し諌めて、ペルギウス様に向かって一礼をする。
「ペルギウス様。お久しぶりです。ルーデウスとペルギウス様によって向こうの世界へと帰った私は、再び向こうの世界で転移魔法陣を構築し戻ってきました」
異世界から戻ってきた……? そして向こうで転移魔法陣を構築……? ますます意味がわからなくなってきたぞ。
ペルギウス様はその報告を別に驚くことも無く受け入れている。オルステッド様は何か考察をしているのか、熟考しているような素振りを見せる。
俺は色々と言いたいことを抑えて声を絞り出す。
「久しぶりだなナナホシ……それとその隣の人は誰だ?」
「気になるな」
ペルギウス様が後を追うようにナナホシを促す。ナナ男くんが体をびくりと震わせる。年齢としては……20代後半くらいだろうか。さっきの親近感は日本人かだったからなんだな。
「ああ……私の転移魔法陣の構築をかなり手伝ってくれた高山虎という科学者です。あ、えっと科学者というのは学者みたいなもので……」
「学者の卵か」
オルステッド様がそれを聞いて相槌を打つ。いつもの雰囲気とは明らかに違うオルステッド様が少し怖い。変な汗が出てきそう。
「ナナホシ、聞きたいことがある。どのような経緯でこちらの世界にやってきたのだ? 向こうの世界に魔力は存在しないと聞いていたが。
魔力なしで、魔法陣を操作する方法でも見つかったのか?」
そうだ。そもそもナナホシは魔力がゼロだったし、ましてや向こうの世界で魔力操作が出来るなんて……。
いや、鍵はナナ男か。わざわざこちらに連れてきたということは転移魔法陣の構築に多大な貢献をしたということだ。科学のアプローチから何か出来たのだろうか。
「端的に言うならば、魔力の正体は特殊な光でした」
そこから始まったナナホシの説明はこれまで誰もが疑問にも思っていなかった『魔力』のことを合理的に説明するものだった。
まずは魔力は光だという点。魔石等によって光は増幅され魔力は高まるということ。ナナホシのドライン病はこの光によって作用するものだということ。更にスクロールにこめられていた魔力を増幅して転移に必要なだけの魔力を貯めたということ。
ナナホシの話が一通り終わると、黙りこくっていた二人は揃って口を開く。
『面白い話だ』
「ナナホシはこの理論に基づいてこちらの世界へまた来たということは、一考の価値ありだな」
「無闇に信じるにはまだ早いが……」
ペルギウス様はこくこくと頷いている。俺は何を言ったらいいのかが分からず場に重い空気が流れる。
「と、取り敢えず俺の家に来て休むか……? ナナホシ……?」
「そうですね。それで宜しいでしょうか、ペルギウス様」
「それがいい。後、隣にいるタカヤマトラから何も聞いていないのだが……言語が通じないのか?」
その言葉を聞いたナナ男が体をびくりとさせる。本日二回目。
「はい。その通り彼は人間語を話せません」
「そうか……ぜひ話したいと思っていたが……」
残念そうにするペルギウス様を見て考える様子のナナホシ。その後、ナナホシが後日『ナナ男の言ってる事の通訳をして会話する』場を用意することを約束し、それにオルステッド様も参加すると言い、何やかんやで解散となった。
【家路を夕暮れの赤い陽に包まれながら歩く。横にあのナナホシがいるなんて数時間前まで思いもしなかった。】……なんてことにはならず、普通にアルマンフィによって元の部屋へと送還された。時刻は既に夕方へと傾いている。
「うわ……」
ロキシー人形を見て呆れたような苦笑いを出すナナホシ。神を侮辱するな……と言いたいところだが、隣のナナ男改めて虎も同じような反応を示してるので一旦黙っておく。
現代の若き科学者にはこの感性は分からんぜよ。知らんけど。
『まあ俺日本語話せるから……3人の間ではそれで行こう』
久々に声に出した日本語、少したどたどしくなった気がするが虎がまたもや体をびくりと震わせたから伝わったと思う。本日三回目。
『そ、そうか。貴方が静香が言ってた前世が向こうの世界の人でしたね……やばい、すっかり忘れてた』
静香……? あーなるほどね。そういう事か。
『ナナホシ、いい出会いしたな』
『……バカ! そんなんじゃないわよ別に……』
あ、これ照れ隠しじゃなくて本気で言ってる。
虎が明らかに悲しそうな顔をする。おいおい、何となく構図が見えてきたぞ。
『と、というか……あの明らかにヤバそうな二人はなんなんだ?』
虎が恐ろしいものを見たような顔で俺たちに問いかける。あれ? オルステッド様の呪いは虎に通じないと思うんだけど。
ペルギウス様にも怖がってたってことは何か本能的なものを感じとったんだろうか。
『うーん……あの二人はオルステッド様とペルギウス様って言って……簡単に言うなら俺の隣にいた片方が世界最強、もう片方はこの世界での生きる伝説……みたいな感じ?』
ナナホシの言ったことに首肯する。
『この世界って実はヤバい?』
『だから言ったじゃん、「危険が無いわけじゃない」って』
虎がまた怖がる。
虎はビビりなんだろうか。それともインドア志向の末に外の世界が怖くなったクチだろうか。
『まあ行こう、そろそろ俺の家族もみんな帰ってきてる頃だろうし』
『家族いるんですか?』
『ああ。今家に居るのは母と妻が三人と子供が二人、メイドが一人、ペットが一匹だな』
虎が驚くような、尊敬するような眼差しを向けてきて、それを見たナナホシが少し怪訝な顔をする。
『結局子供は何人いるの?』
『六人だな。一応孫もいる』
『へー……あ、そうだ。思い出した。あの手紙、お兄さんに渡しておいたわよ』
あの手紙……? 転移の前にナナホシに託したやつか!
……ろくな反応はされてないだろうな。そもそも異世界の話からして荒唐無稽だし、渡すだけ渡して怒鳴られたのかもしれない。ナナホシには悪いことをした。
『最初は色々言われたけど、結局泣いてたわよ。「何ができたことは無いのかって後悔してた」って言ってた』
おい嘘だろ? いや、あれは完全に俺が悪かったんだ。
アイツが謝ったり後悔したりする筋はないし、むしろアイツのことを無視して提案を一蹴したのは俺だったんだ。今なら分かる。あの時は全て俺が悪かった。
『……俺も行く』
『え?』
『俺も戻るよ。日本に。もう一回、腹を割って話すよ』
そう宣言し、俺は家族の待つリビングへと向かった。