「ふあぁ……」
小春日和。というのは晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天である。
春先ごろの暖かい日ではないので注意してほしいと、今から会う人が言っていたのを覚えている。
確か彼女と最初に会ったのもこんな晴れた日だったかしら。もちろんGBNとリアルでは晴天の価値というものが違ってくるのだが。
GBNの天気は自由に決められる。一説によればランダムだという話があるらしく、曇りと雨の日は著しく少ないとか。
リアルもそれだけ晴れの日が多ければいいけれど、冬は曇った中にあるこういう突き抜ける青い日が時々あるぐらいが気持ちがいい。
「まだかしら」
あの人も結構忙しい人だからなぁ。
そんな人から誘われたのだから小一時間待つこともいとわない。そうしたらきっと申し訳ないって気持ちでいっぱいになるのが彼女なのだけど。
広場の謎のオブジェクトを背に暇つぶしにSNSを開く。
ムスビはまたいつも通りお昼ご飯を添付している。今日はサラダチキンとトマトジュース。王道コンボだ。ネコビヨリが限界ツイートをしている。
フレンはいろんな人にリプを送り合っている。こいつ、いつも暇そうなのに軽率にリプを送るから実は忙しい人なのかもしれない。それはないか。さっきだってフォースネストで日向ぼっこしてたし。
ユーカリは……。あら、犬の画像。おっと、次はフェレットかしらね。
もしかしてペットショップにでも来ているのかしら。GBNにもテイムの機能があったことを思いだす。確か伝説上の生き物も、BCさえあればテイムできるって話だ。あの子のことだからきっとかわいい子がいいのかしら。
でも猫って言うよりも、あの子本人が子犬っぽいからやっぱりチワワを渡した方が喜ぶのかしら。
「かわいいわね……」
「あなたもですよ」
「え? うわっ!」
現れたのは黒い髪を頭の上で結ったお団子バケモノだった。
というのは冗談で、桃色の桜をモチーフにした着物を着飾った大和撫子。
その名もダイバーネーム『若女将』。またの名をハルマチ・ヒナノ。以前お世話になった旅館『春町旅館』の若女将である。
「何よ突然……」
「ふふ。私のちょっとした悪戯心ですよ」
柔らかく、春の木漏れ日のような笑顔を傾ける彼女はまさしく美少女だ。
「やめてほしいものね」
「今日はエンリさんの友人としてですから」
「はぁ……お誘い断ればよかったかしら」
「まぁまぁ」
とはいえ、彼女にお世話になっていたことは間違いないわけでして。
よくナツキの愚痴に付き合ってもらったっけ。懐かしい。
「では行きましょうか」
「どこに?」
「ガンプラスイミング大会にチケットです」
「なるほど。いいわよ」
そもそもガンプラスイミングってなんだって話だけど、グランダイブチャレンジがあるんだからそういうのがあっても間違いではないだろう。
GBN内では毎月行われているイベントの1つで、文字通りガンプラを泳がせて一番最初にゴールにたどり着いた機体が優勝というルールだ。伊達や酔狂でやっているようなイベントではないということが、これで分かる。
チャンプに負けて以来、ひそかに水中戦の練習をしていたりする。
目標はサブマリンマグナムを攻略できるような体捌きを会得すること。それにはガンプラスイミング大会を見ることも1つの勉強だ。
「って言ってもだいたい水中専用MSなのね」
「あとはあのラゴゥなどはダークホースと言われていますよ」
ラゴゥって地上戦用のモビルスーツじゃなかったかしら。
浮くの? それとも滑走。いや、水に入らないといけないと聞いたので、犬かき? 分からないけど、ラゴゥの犬かきか。……ユーカリが好きそうね。
「前に一緒に来てくださった方のことをお考えで?」
「な、なんで分かるのよ」
「そういう顔をなさっていたので」
そ、そうなの?
わたし、あまり感情が表に出ないと思っていたのだけど。
どうしてわかったのよ。と聞いてみたところ、答えが返ってきた。
「ユーカリさんのことを考えているときの顔が、以前来てくださったときの顔と同じだからですよ」
「…………」
あまりにも反論できない言葉だった。
確かに旅館に来たときはだいぶ浮かれていた。ユーカリとデート……じゃない。お出かけだと言って、それはもう前日から準備していたぐらいには。
でも好きな人のことを考えるのはいつだってそういうものだ。これは断言して言える。最近まで彼女も彼氏でさえもいたことがなかった発言ではあるのだけど。
「ユカリさんとはあの後お付き合いなされたと聞きました」
「耳ざとい事ね」
「アウトロー戦役の話を聞いていれば、嫌でも耳に入りますよ」
それはそうか。
あの戦役はかなり大規模にやらかしたから。
その後のラストワン事変もその上を行くやらかしだったけど、あれはわたしは関与してないし。結局詳細も知らないのだけど。
「まさかあのエンリさんが、とは思いましたね」
「なによ、文句あるの?」
「いえ、感慨深いな、と」
「……ふん」
何が感慨深いよ。義姉は1人で十分なのだけど。
多分、ユーカリと出会っていなければずっと1人で頑張って、1人で潰れていたと思う。
強くならなければならない。その気持ちは変わらないけれど、今はユーカリやムスビ、フレンが一緒にいてくれる。1人で背負わなくても、誰かが手伝ってくれる。それだけでわたしは強くなれたと感じた。
「以前よりいい顔をするようになりました」
「あんた、そんなことを言うために誘ったの?」
「違います。そんなあなたと刃を交えたいなと思いまして」
わたしを見るその顔は小春日和なんて柔らかいものではなく、極寒の冬に吹きすさぶ風の如き鋭く触れたものすべてを切り裂く刃物のような微笑みであった。
「あんたは変わらないようでなによりよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
別に褒めてないんだけど。
まぁ、このガンプラスイミング大会の間だけは休戦ね。
ちなみに大会はラゴゥの優勝で幕を下ろした。
ラゴゥは、それはもう素晴らしい犬かきで、最後の方は2人で完成度の高さに泣いていたことを覚えている。