「すいません! 遅くなりました!」
昼下がりのクロガネジム。
ジムの最奥、四角錘の上部を切り取ったかのような祭壇状のオブジェクトは、ジムリーダーが挑戦者を待ち構える、椅子の形をしていない玉座のようなもの。
今朝はそこにいなかった、ヒョウタの姿が今は在る。
息を切らして汗を流し、走ってここまで来たパールは、この場所でヒョウタの姿を目にしたことで、いよいよジムリーダーとの勝負だと身が入る。
「来たね、パール君。
思ったよりも時間をかけてきたようだけど、準備は万端かな?」
「はいっ、イメトレばっちりです!
勝ちたいですから!」
「うん、いい心構えだ。
それじゃあ、バトルフィールドに移ろうか」
気合充分、大きな声で意志表明するパールとは対照的に、落ち着いた口調でヒョウタは返答する。
壇上から降りてきたヒョウタは、ジムの奥へとパールを導いていく。
扉一枚隔てて広い通路を進み、もう一枚の扉を開いた向こうには、ジムリーダーが挑戦者を迎え撃つバトルフィールドが広がっていた。
「わぁ~、広い……!
本格的にジムリーダーさんと戦うんだなぁって雰囲気ありますね……!」
「これがクロガネジムのバトルフィールドだよ。
日によって、散らばっている岩の位置や形状も変えられるんだ。
オブジェクトを利用した戦い方がしたいなら、それも選択肢の一つだからね」
長方形の広大なフィールドは、大小さまざまな石や砂を散りばめた砂地敷きで、所々に壁になりそうな大きな岩や、あるいは座れそうな大きさの岩もある。
岩タイプのポケモン使いであるヒョウタが構える、クロガネジムのバトルフィールドは、岩石を前面に押し出した趣のようだ。
日によって岩の位置や形状が変わるのは、一度負けた挑戦者が再びヒョウタに挑むに際し、戦場環境は毎回変わるので前と同じ戦いとはいかない、ということ。
手の内を晒し続けた上で何度でも挑まれる、そんなジムリーダー側にとってのハンデを補う、ホームグラウンド側のささやかな強みというものだろう。
勝負の前に、ヒョウタがパールにジム戦のルールを説明する。
まず、使用ポケモンの数はジムリーダー側が指定する。
本来、今回の場合は三体のようだが、パールが二体しかポケモンを所持していないため、それに合わせてヒョウタの側も二体に合わせてくれた。
合わせてくれない場合もあるそうだが、バッジ未所持か少数のトレーナーに対しては、ジムリーダー側も融通を利かせてくれやすいようだ。
挑戦者側のポケモンの数を縛るのは、そうしないとバッジの所持数によって加減を選ばなくてはならないジム側が、調整が難しくなってしまうからだそうな。
長方形のバトルフィールドの両端には、トレーナーが立つ少し高さのあるステージがある。
バトルが始まると、トレーナーはそのステージから動いてはいけない。
一箇所から動けないので、トレーナー目線では死角になってしまう場所も生じそうだ。
バトル前には下見をしても構わないので、ルールを説明されたパールは、バトルフィールド内に一度踏み込み、ざっと全容を確認する。
あの岩になら、ピョコやパッチの体なら身を隠せそう、だとか、色んなことを考える。
「熱心だね。
やっぱり一度で勝ちたいかい?」
「あはは……一回で勝ちます、なんて言えるほど自信は無いですけど……
やっぱり後悔しないぐらいは、全力を出し尽くして戦いたいですから」
「うん、いいね。
僕も燃えてくるよ」
入念にバトルフィールドを確かめるパールは、ヒョウタに問われて笑ってみせるが、頬をかきながら弱気の返事である。
炭坑で軽くプレッシャーをかけられて、格上相手の挑戦だと強く認識して、すっかり緊張してしまっているようだ。
元々バトルに自信がある性格でもなし、ちょっと強い圧をかけ過ぎたかな、とヒョウタも思わなくはない。
しかし、一生懸命バトルフィールドを観察するパールの姿からは、重圧に負けじと良い結果を導き出そうとする、ひたむきな挑戦者の姿を感じられる。
元々、一発勝負なんて何が起こるかわからないのだ。
格下と見做された者が大物食いを果たしたポケモンバトルなんて、今も昔も枚挙に暇が無い。
ポケモンバトルにおいて最も重要とされる相性差だが、それすらもひっくり返した逆転劇なんて、各地で幾度となく起こってきたことだ。
だからジムリーダーにとって、諦めない挑戦者は怖い。
そして、この一戦に全力を投じんとするパールの姿は、どんなに追い詰められても簡単には諦めないトレーナーだろうとヒョウタに思わせる。
迎え撃つ甲斐のある挑戦者じゃないか。これだからジムリーダーはやめられない。
忙しくて、自分の時間を取られるジムリーダー業だけど、時にひたむきな挑戦者達との全力の真剣勝負が出来ることは、多忙を補って余る魅力である。
「僕は昨日、負けているからね。
流石に二日連続で負けたくはないな。
そう簡単に破らせるつもりはないから、君も全力でかかってくるんだよ?」
「うっ……わ、わかりました……!」
言うと怯むだろうな、と思いつつ、ヒョウタも負けじの精神を表明した。
予想通りパールはびくついているが、すぐに、自分だって負けませんよという目を取り戻す。
決意を固めた両者はバトルフィールドの両エリアに移り、先鋒のポケモンが収まっているモンスターボールをその手に持つ。
右手で手慣れてボールを持つヒョウタと、ぎゅっと両手でボールを握りしめるパール。
仕草一つで場数の差が明らかな両者。
格上の順当な勝利か、初心者上がりの幼き志の番狂わせか、戦いの結末はそのいずれか。それを象徴する戦前光景である。
「さあ、始めよう!
君のポケモンがどれほどのものか、見せて貰うよ!」
「はいっ!」
「行くぞ! イワーク!」
「ピョコ! 任せるよ!」
ヒョウタとパールが先鋒のボールのスイッチを三度押しし、ほぼ同時にお互いのポケモンがバトルフィールドに降臨する。
小さなピョコが見上げるほど、大きな全容のイワークが敵を見下ろす姿が戦場に現れる。
ジムリーダーの育てた強いイワークが、鋭い眼差しでピョコを見下ろす姿には、パールの方がびくびくしてしまうほどの迫力だ。
肝心のピョコは、ざりざり前足で地面をひっかいて、さあ来い負けないぞとふんすと鼻息を鳴らしているが。
自分が戦うわけじゃないパールがびびっていてはよろしくない。パールもすぐに自分でそう気付き、ぱちんと両手で顔を挟むように叩いて気合を入れ直す。
「やはり草タイプのナエトルで来るよな……!
イワーク! いつものとおりで行くぞ!」
「――――z!」
「ピョコ! すいとる攻撃!
相手に近付き過ぎないように慎重にね!」
「――――z!」
まずイワークは、かなり大振りに尻尾を振り上げて、ピョコを叩き潰すかのように振り下ろしてきた。
かなり威力のありそうな攻撃だが、挙動が大きく振り上げてからの溜めも大きく、振り下ろされる前に躱すことさえ容易な一撃だ。
跳ぶようにして後ろに退がったピョコの前で、轟音を立てて地面に叩きつけられたイワークの尾が、砂と岩石を炸裂させる。
頭を下げて片目を閉じるピョコにも、少し痛い砂粒がびすびすと当たっている。
舞い上がった砂煙が晴れつつある向こう側、目を細めて顎を引くイワークの姿が見える。
ピョコとイワークの間、大気が陽炎のように揺れつつピョコの方へと向かうかのような流動。
敵の攻撃を躱してすかさず、ピョコは冷静にすいとる攻撃を発揮している。
よしっ、と拳を握りしめつつも、パールはひとまずの良い流れに浮き足立たないよう、努めてバトルフィールドを見つめる目に力を入れる。
「岩タイプに効く技をよくわかっているね……!
だが、まだまだだ! イワーク、よく狙っていけ!」
「――――z!」
「ピョコ、来るよ! よく見て!」
体力を吸い取られて弱る自らに活を入れるかのようにイワークが吠え、地を這うようにして頭からピョコへとぶつかってこようとする。
真っ直ぐではなく僅かに迂回し、ゆるやかな弧を描くような体当たりだ。
すいとる攻撃の吸収流動を振り払うような動きなのだろうか。あるいは単なる直線軌道よりも、避けを少し難しくする動きだろうか。
巨体の割には速く、しかしピョコは斜め前に突き進むかのような動きで、当たれば突き飛ばされそうな攻撃を回避するに至る。
勢い余ってなのか、体当たりを躱されたイワークが、バトルフィールドに乱立する岩のうち一つに頭からぶつかっていく。
大きな岩が砕けるほどの頭突きめいた体当たりは、激突の瞬間に鈍い音を出し、パールが二重の意味で身を縮ませる。
イワークの方こそ痛そう、とも、あれがもし当たっていたら、とも、どちらの意味でもぞっとする。
対してピョコは、すぐにイワークの頭部に向き直り、再びすいとる攻撃を発揮しようと身を震わせかけていた。
「だめ! ピョコ!
甲羅に入って! 防御!」
「――――!? ――――ッ!」
「へぇ……!
びくびくしてるように見えてよく見てるじゃないか!」
しかし、そんな中でもピョコが見落としていたものを、パールが補い指示を出す。
岩にぶつかりそれを砕いたイワークは、その瞬間に頭を振り上げ、割れた岩石を高所へと放り投げていたのだ。
同時に尻尾でも、違う位置に転がっている岩を跳ね上げている。
それらが降り注ぐ先はどこか。すいとる攻撃を放つに際しては、一度足を止めねばならないピョコの位置に他ならない。
初動をわかりにくく凝られた"いわおとし"に晒される中、自己判断よりパールの声を信じ、ピョコは甲羅の中に手足と頭を引っ込めた。
次の瞬間に降り注ぐ岩は、ピョコの周囲と彼自身へ降り注ぎ、そのうちいくつかがピョコの甲羅にがすがす当たる。
当たるたびに甲羅が傷つくような音がしてパールが胸の前でぎゅっと両手を握る。甲羅の中ではピョコも歯を食いしばって耐えている。
ようやく岩の降り注ぎがおさまった時、ピョコは素早く手足を出すのだが。
「だめだめだめ! もう一回……」
「――――!」
甲羅に入って、という言葉を最後まで聞かなくても、パールの声でピョコは再び、即座に甲羅の中にこもる。
岩落としを放ってすかさず体当たりに向かっていたイワークの攻撃は、今からではもう躱せないほど迫っていたからだ。
守備を固めたピョコに激突するイワークの一撃は、小さなピョコを吹っ飛ばし、バトルフィールドの端まで転がしてしまう。
「ピョコ……!」
「イワーク、すぐに来るぞ!
苦しいだろうけど、ただじゃ負けないところを見せてやれ!」
ピョコが心配になる光景に心臓ばくばくのパールだが、イワークから離れた位置で手足と顔を出したピョコは、ぷるぷる頭を振るって再び前を向く。
体を震わせ、すいとる攻撃を発揮して、大丈夫だよと態度でパールに伝える。
相性の問題で痛烈に効く攻撃を受け、苦しむ表情を見せるイワークだが、頭を上げて離れた位置からピョコを見下ろし、鋭い眼差しで"にらみつける"。
先の岩落としでもそうだが、ヒョウタははじめからずっと、具体的な技名を口にした指示を出していない。
漠然とした言葉ばかりを使い、パールやピョコに何が来るかを知らせないのだ。それでも何を指示されているかを、イワークだけが理解している。
「まだ行けるか……!?
よし、イワーク! ぶつけていけ!」
「――――z!」
「ピョコ、来るよ!
えっとっ、か、躱してっ!」
「――――z!」
基本的にパールは指示の出し方が優秀ではない。迷いもある。
ピョコだって、躱せと言われなくたって自分で勝手に躱すとも。当たれば痛い攻撃なんだから、躱せる状況なら自己判断で凌ぐ。
意味の無い指示も出すパールだ。それでも、迷いかけつつ一秒でも早く何か伝えてピョコを助けなきゃ、という意志は垣間見える。
いかにも初心者、しかし伸びていきそうな子だともヒョウタに思わせる姿だ。
「ピョコ後ろ! 尻尾が来てるよ!」
イワークの体当たりを躱したピョコだが、続けざまに尾を振ったイワークが、それでピョコを打ち据えようと狙っていたようだ。
パールの指示で気付いたピョコは、甲羅に入ってその一撃を受けて耐える。
弧の小さなスイングだったため、"たたきつける"ほどの威力の無い、普通の体当たり相当の威力で済んだだろうか。
しかし再び殴り飛ばされたピョコは、今度はあまり敵から離れていない場所で顔と手足を出し、さすがに少し苦しそうな顔だ。
「頑張れピョコー! 相手も弱ってるよ!」
「――――z!」
殴り飛ばされた場所が相手から離れておらず、足を止めてのすいとる攻撃が少し怖い位置取りだ。
それでも今は攻め所だと訴えるパールの声を信じ、ピョコはすいとる攻撃を再行使する。
決して本来の威力が高い技ではない。だが、イワークにとって三度目にもなるその攻撃は、耐えきれず呻き声をあげさせるほど効いている。
「ここまでだな……!
よくやった! イワーク!」
頭を上げて再び攻撃に移ろうとはしているイワークだが、それが苦し紛れで力無く、相手に躱され届かぬ攻撃になることをヒョウタは見極めていた。
もう充分な戦闘不能だ。戦わせ続けても、大きな傷一つ負わせられずに、イワークが傷ついていくだけだろう。
ボールのスイッチを三度押ししてイワークを帰還させるヒョウタの行動は、緒戦がパールとピョコの勝利で飾られたことを表している。
「やった……!
ピョコっ、やったね!」
「――――♪」
「相性で押されるのは予想していたよ。
出来ればもう少し弱らせたかったけど、そうはさせてくれなかったね……!」
自分の扱うポケモンのタイプが公開情報であるがゆえ、ヒョウタとて自分のポケモンが苦手とするタイプ相手の戦い方は、いくつも用意してきているのだ。
イワーク一体でナエトルを撃破するのは難しいだろうという、厳しい見解も併せ持っている。
ゆえにこそ、もう少しピョコの体力を削りたかったところだ。
思惑を100%叶えられなかったのは、それなりにパールがピョコを導いたことによる差分とも言える。初心者丸出しでも侮れたものじゃない。
「だけど、次は同じように行くかな……!?
さあ、行くぞ! ズガイドス!」
次鋒、あるいは大将の収められているボールのスイッチを三度押しして、切り札の一体をバトルフィールドに喚び出すヒョウタ。
決して大きな体ではないが、見るからに石頭で二足歩行のその姿は、突進力と攻撃力を想像させるもの。
ヒョウタが挑発的に言う言葉は虚勢ではあるまい。一筋縄ではいかない相手だと、パールもピョコも見るからに感じ取れている。
「頑張ってね、ピョコ……!」
「――――z!」
漠然とした指示でも何でもない言葉だが、負けたくないという強い感情だけはピョコにもよく伝わっただろう。
鳴き声を発して応えたピョコは、背中で意志を語り果たしていた。
掴んだ一勝。しかし勝負はこれからだ。
目の前のズガイドスが、今まで戦ってきたすべてのポケモン達の中でも強い相手であると、ピョコは本能的に感じ取っていた。