ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第100話  氷山を突き崩せ

 

「さぁ~、燃えてくるわ!

 あなたも氷ポケモンの使い手だったってことだもんね!

 この勝負は絶対に負けられないわ!」

「あははっ、スズナさんはそれで燃えちゃうんですね……!」

「さあユキノオー! お手並み拝見よ!

 まずははっぱカッター!」

 

 ニューラは悪ポケモンであると同時に氷ポケモンだ。

 氷ポケモンを愛してやまぬスズナにとって、熱い挑戦者だと見初めたパールが、氷ポケモンを繰り出してきたというのは、無性に燃える展開らしい。

 指示の中で技の名前を口にしないことも多いジムリーダーでありながら、葉っぱカッターを唱えてしまうのはもテンションが上がっている証拠。

 

 ユキノオーが腕を振るって放つ、葉っぱカッターの数々が、パールのニューラ、ララに差し向けられる。

 ミーナと同様に身のこなしが軽いララだが、ミーナとの最大の違いはその爪だ。

 素早いステップで飛来するカッターを躱すも、何枚も飛んでくる刃を全て回避しきることは難しい。躱しきれない数枚は、振り抜いた爪ではじき飛ばす。

 パールもびっくり。特撮のヒーローなんかがやってのける、敵の銃弾を武器で弾き返すような芸当を果たすララだ。

 スズナも同様、やるわねと口の端を上げ、ユキノオーもまた腰を低くして、こいつ出来るなとばかりに鼻息を鳴らす。

 

「…………」

 

「っ……うん、ララ! 絶対勝とうね!

 今度は攻めるよ! きりさく攻撃!」

「――――!」

 

 爪をぺろりと舐めながら、挑発的な仕草でユキノオーに睨みを利かせつつ、ララは自ら攻勢に移ることをしない。

 ちらりとパールを振り返り、指示はまだかと待ってくれている。

 トレーナーの視点と指示を借りず、独力の自己判断だけで勝てるような相手ではないと、ララもまたこの強敵を認めている証左だ。

 そしてパールの指示を貰った瞬間、笑みとともに頷いて駆けだすララの本懐は、きっとパールにも伝わったはず。

 私が勝つんじゃない、私達で勝つんだ。パールも、ララも、同じ想いを胸に、ユキノオーという大敵に挑まんとする。

 

「ユキノオー、わかるわね!?」

「――――z!!」

 

 さあ、スズナも本領発揮である。

 迫るニューラに対し、自らの指示を言葉によっては悟らせない。

 手始めに葉っぱカッターを放つユキノオー。そして次の行動も、相手の出方次第で概ねパターンを決めている。

 

「ララもっと速く! いっけえっ!」

 

 最高速とも思えるほどの駆け足でユキノオーに迫っていたララが、自らを傷つける葉っぱカッターを躱し、打ちはじいて一気にユキノオーに迫る。

 触れられるまで2メートルの距離からさらに加速し、ユキノオーの剛腕による反撃を浴びる隙もなく、その脇腹を切り裂いて離れる。

 一気にユキノオー後方位置まで駆け抜けていくララに対し、ユキノオーが振り返るのも反撃も早い。

 

 吠えたユキノオーは振り向きざまに、足元を掬い上げるかのような腕の振り上げにより雪なだれを放つ。

 生じた多量の雪が津波のような勢いで、広く高い壁と化してララを押し潰さんとする。

 ララは振り返りもせず離れ駆ける一方だ。充分離れたようにさえ感じてもなお離れる。

 そして後方から迫るものの冷たい気配を感じるや否や、さらに踏み切って前に飛び込むように転がっていく。

 ここまでしてようやく、広範囲かつ遠方まで届き、敵を逃がさぬ雪なだれの射程外に逃れ、己が後方で山積みとなった雪から無傷で逃れられるのだ。

 

「ララ来てるよ! 立って立って!」

「!!」

「――――z!」

 

 危ない危ない、と流石に嘆息していたララだったが、パールの声とともに跳ね起きるように立った直後、雪の山をばこんと突き破ってユキノオーが迫ってきた。

 追撃しろというスズナの指示は無かった。ユキノオーが自己判断で駆けている。

 巨躯にして大股、ユキノオーとてピョコと同様、その気になれば敵への接近速度も相応だ。

 自らが振り撒いた雪の上を歩くことで、どかどかと鳴るはずの足音も消して迫ったユキノオーが、ララを殴りつけようとその腕を振るう。

 一発、二発と振り抜かれた腕を、かがんで躱し、ジャンプしユキノオーを飛び越えて敵後方まで身を逃がすララの素軽さは見事であろう。

 だが振り返りざまに振り抜いた腕から撃つ数枚の葉っぱカッターは、空中で軌道を変えられぬララへと次々に飛来する。

 二枚の葉っぱをばちばちと爪ではじいた後、身を縮めて爪を構えて防御態勢を取るララを、残りの葉っぱカッターは容赦なく斬りつける。

 

「返して!」

「ッ――――!」

 

 宙空で傷つけられるさ中にあったララの耳に、パールの短くも強い声が届いた。

 着地して立て直してから次の行動か? いや、そんな悠長な戦い方でこの難敵を仕留められるものか。

 傷つけられる痛みに片目を閉じていたララも、そうだその通りだと即座に悟り、顔の間で交差していた両腕を一気に前方へ振り抜いた。

 宙の彼女が発した"こごえるかぜ"は、着地した瞬間のララを狙おうと一歩前に踏み出しかけていたユキノオーに、ダメージを与えつつその足を止めさせる。

 

「いいわ! ぶっ飛ばせ!」

「――――z!!」

「ララーっ! もう一回跳んでえっ! 頑張ってえっ!」

 

 動きを遮断させられたその瞬間、次の一手に迷う間さえ補って、スズナが最適解を伝えてくれるのだ。

 前方離れた位置で着地したララ目がけ、豪快な腕の振り上げと共に雪なだれを放つユキノオー。

 傷を受けて、反撃までして、不完全な体勢で着地したララは、両足を下にした着地を叶えただけでも上出来だ。

 すぐさま高く跳ぶなど難しいほど膝が痺れている。それでも跳ぶしかない。

 歯を食いしばって無茶振りに応えて跳ぶララは、前方から迫る豪雪の津波を飛び越えて、またも窮地を逸する身のこなしを披露する。

 

「っ、叩きつけて! 思いっきり!」

「――――z!」

 

「まずい……!」

 

 そんな中でもララが跳躍によって描いた放物線は、しっかり自らがユキノオーに頭上から襲いかかれる軌道を描いていた。

 そうだと悟ったパールの指示は、今ここで湧くとは思っていなかった好機に、閃き任せに発した一声だ。

 ララは嬉しかっただろう。脚が痛い中でも全力で跳び、さらには次なる一手に繋がるよう計らった自らの意を、しっかりパールは汲んでくれたのだ。

 

 ララを見上げたユキノオーは、咄嗟に両腕を上に構え、迫るララの攻撃に対して防御態勢を取っていた。

 だが、両腕を振り上げてユキノオーに向けて高みから迫るララが、その両爪を振り下ろす一撃はユキノオーが思う以上に痛烈だ。

 霜と氷晶を纏う体毛に包まれたユキノオーの両腕が、纏う氷を全て砕かれたかのように氷の粒を煌めき散らせる。

 そしてその一撃は、ユキノオーの頑強な腕にも相当なダメージを与えたか、頭を殴る結果こそ防いだもののユキノオーの腰が深く沈むほど痛烈さを顕す。

 

「ぶっ飛ばせ! 頑張れえっ!」

 

 スズナもわかっている。あれが氷ポケモンであるユキノオーには痛烈である、ニューラの"メタルクロー"の一撃であることぐらい。

 それに腕を打ちのめされた直後、殴り返すことが過酷であることも。

 それでも痛打に怯みかけていたユキノオーに発された指示は、今はその無理を押さねばならぬ時なのだと、ユキノオーに勇気を与えてくれる。

 戦う者達は積極性と暴勇を、リターンとリスクを常に天秤にかけねばならない中にある。

 この場における殴り返しは、蛮勇ではなく果敢の一撃だと確信したユキノオーは、目前に着地したララを容赦なく殴り飛ばした。

 

「ララ……!」

 

「ッ、ッ……!」

 

 ユキノオーの"ウッドハンマー"は強烈だ。

 咄嗟に爪を前に交差させて構え、殴られるに際して後ろ跳びしたララも、一気に腕全体が熱くなるほどの痛烈さに表情を歪めている。

 首を引いて背を丸め、背中から地面に倒れる痛さからは免れたものの、両足で着地してずざぁと後方に退がった末、膝に溜まる重みと痺れがきつい。

 一度は片膝を着いたララだが、爪を構えて伏せた目、相手の方から表情の見えぬララは、くはぁと苦しげな息を吐きつつその眼は燃えている。

 

「――――z!」

「ララ!?」

 

「根性すごいわ、あの子……!

 ユキノオー! あなたも!」

「ッ――――、――――――z!!」

 

 殴り飛ばされた自分に対し、心配そうな声を発するパールの不安を払拭すべく、ララは両腕を振り抜いてユキノオーに凍える風を放っていた。

 心配するよりも指示をくれとばかりに、一瞬ながらも強い眼差しをパールに向けているララの闘志には、パールも生唾を飲むほどの気迫がある。

 目の当たりにさせられるスズナも、痛めた腕で相手を殴り、さらに腕を痛めてひと呼吸置きたいユキノオーにも、優しく出来なくなってしまう。

 敵も味方も休む暇無きこの勝負だ。ユキノオーもまた苦しい中で、スズナが訴える行間から真意を受け取り、望むところだと咆哮と共に凍える風を放つ。

 双方の放つ凍える風はぶつかり合い、纏まりの無い冷たい風はバトルフィールド全域へと拡散し、両者戦場から距離のあるトレーナー両名の肌まで届いた。

 

「ひぅ゙、っ……!?

 痛っ、た……!」

「んっ、ゔ……!!

 ユキノ、オー……!」

 

 一瞬で耳がきんとして痛むような感覚に、思わず引きつった顔で両手で耳を覆ったパール。

 肌の露出の多い体でそれを浴びた結果、冷水を頭からかぶったような全身が凍えるような渦中に放り込まれるスズナは、拳と歯を食いしばって目を見開いて。

 余波だけでこの壮絶さ、バトルフィールドでこんなものの本流に晒されるララとユキノオーは、どれほど過酷な中で気力を振り絞っているのだろう。

 己の身が浴びた苦痛を介し、いま最も頑張っている味方の痛みとガッツを想起して、私だって負けてられるかと即座に気力を立て直すパールとスズナで。

 よく似た二人だ。体をどれだけ凍らされようが、魂に宿った火は鎮まることを知らない。

 

「っ、ララ! もう一回いこう!

 大丈夫、ララならやれるよ!」

 

「ユキノオー! 素晴らしい挑戦者揃いよね!

 勝って、今までで一番胸を張りましょう!」

 

 シンプルなエールだ。

 だが、自分のポケモンの強さを心から信じているトレーナーのその言葉は、単なる気休めになど留まるまい。

 敵が強いと実感するたび、それに比例して勝てるかどうかの自信に陰りが、不安が心に芽生えるのは余程の哲人でも無い限り免れない。

 あなたは強い、勝てる器だと、心からの想いで発してくれる誰かの声がもたらす勇気は、自らの鍛錬により築き上げてきた自信によるものにさえ比肩する。

 互いに発し合っていた凍える風が収まり、片時も敵から目を切れぬ中、ララとユキノオーが相棒に振り返ってうなずく仕草は、決して無駄な動きではない。

 これほど自分を信じてくれる誰かの実在への認識が、冷気に親しんだ体の奥底にある、熱きものを呼び覚ましてくれるのだから。燃えてくる。

 

「ユキノオー! 全力全開!」

 

「ララ……っ!」

「――――z!」

 

 駆け迫るララに対し、迎え撃つユキノオーが発したのは、葉っぱカッターではなく雪なだれだ。

 傷ついた腕では威力が劣るか、あるいは力を溜める暇が無かったか、その雪の壁めいた波は僅かにスケールを落としている。

 だが駆ける真正面から回避しようのない雪崩の一撃は、パールも最適解たる指示を一瞬では下せない。

 ならば問われるのは自分の地力なのだ。果敢な己の判断で、怯まず雪崩に突っ込んでいくララは、生き埋め覚悟でそれを浴びる形となった。

 

「ユキノオー……!」

「――――!」

 

 ララが雪崩に生き埋めにされていく後ろ姿を見届けるだけだったパールは、きっと生きた心地がしないほどぞっとしたはずだ。

 それでも足を止めなかったララの判断を信じ、自分の胸元をぎゅっと右手で握り、目の前のバトルフィールドから目を逸らさない。

 ララがアクションを見せるなら、必ず自分なりの最速で力を貸せるように。

 かつて自分のポケモンが傷つくたびに狼狽えていた、トレーナーと呼ぶには幼い、ただの女の子の姿はそこに無い。

 

「――――ッ、――――――z!」

 

 自らを押し潰した雪を掘り進み、積もった雪から飛び出すように跳躍したララは、高い位置からユキノオーに凍える風を放って敵の出鼻を挫く。

 氷ポケモンは氷技に強い。だが、草タイプ複合のユキノオーに限っては、氷技の凍える風はやはり、受けて涼しい技ではない。

 パールにまだ戦える自分の姿を見せつけるララの動きが、着地までユキノオーの反撃を許さない間を作ることまで成功している。

 

「っ、でんこうせっか!」

 

「ユキノオー、構えて!」

 

 勝利に向けての構想を組み立てながら発するパールの指示に、ララは応えて今最速の足でユキノオーに迫る。

 メタルクローの一撃を警戒して腕を構えるユキノオーへ、矢か弾丸のような勢いで迫るララに、スズナも勝利への道筋を構想しているだろう。

 どれだけ相手の構想を崩せるか。切り札であろうメタルクローを如何に凌ぐか、それが出来るスズナとユキノオーを如何に乗り越えるか。

 相手の読みを超えること。どんな勝負でも求められる能力だ。

 

「ん……!?」

 

 ユキノオーの構えた腕に、爪を突き出しメタルクローで貫きにかかるような動きを見せていたララは、直前その爪を引っ込めて腰を振り上げる。

 パールの指示が意図するところはメタルクローじゃない。ララとて、それでいいのかとは一瞬疑いそうになった。

 それでも信じて、勢い任せの蹴りでユキノオーの腕を蹴るようにして、打撃を与えつつヒット&アウェイの形で再び距離を作る。

 ミーナの跳び蹴りのようにユキノオーの氷結体毛へ重いダメージを与えられる一撃ではない。与えたダメージも決して大きくはあるまい。

 

「ララもう一回! 決めるよ!」

 

「く……! 雪なだれ!」

 

 メタルクローを防ぐ、至近距離のニューラをウッドハンマーで殴り返す、そう想定していた流れを空白にされたスズナとユキノオー。

 手の届かない位置から一気に再び迫るララへ、迎え撃てる技はこれしかない。ここで葉っぱカッターでは弱すぎる。

 だが、これはスズナが望んだ展開に撃つ技ではないのだ。

 半ば"撃たされた"形で已む無く選ばされた行動は、決して最悪ではなくとも、劣勢に陥るほつれの始まりにもなり得る。それを知るからスズナの表情も苦い。

 

 決めるよ、の一言が意味するところは、ララも理解しているのだ。

 爪を後ろに下げ、自分が一番速く走れるフォーム、しかしそれは攻撃に移り難い、移動速度だけに特化した駆け方でもある。

 言うなれば自らの速度上昇にのみ全力を投じ、攻撃技たり得ない"こうそくいどう"にも言い換えられる挙動。

 それでいい。振り上げた腕で雪なだれを起こすユキノオーに、気付けばその眼前まで一瞬で迫るほどの速度で駆けたララは、ユキノオーの懐に潜り込む。

 そして雪なだれを起こした瞬間のユキノオーの股下を、這うほど身を低くして滑るようにくぐり、大技を発した直後のユキノオーの背後に回り込む形となる。

 

 ユキノオーが発生させた雪なだれは、交戦するララとユキノオーの姿を、パールに見えなくさせる時間を作っていたはず。

 それでもパールは、ララがユキノオーの下をくぐる姿だけはぎりぎり見届けたのだ。

 回り込んだララに攻撃を指示するパールの声に、ララもまた、自分を目で追い切れずして正しい指示を出してくれるトレーナーの頼もしさを実感する。

 

 立ち上がりざまに振り抜いた後ろ手の爪で、ユキノオーの足を後ろから斬りつけたララ。

 "決めるよ"の一言が合図だった、敵の虚を突き、確実な当たりを重視する"だましうち"。一撃は、巨体を支えるユキノオーの脚には痛烈だ。

 体が傾きそうになる。だが、後ろに傾きかけた自らの体をいっそ利用し、振り返りざまに腕を振るうユキノオーの判断も速い。

 脚を切り裂かれたのだ。自ずとユキノオーの腕の一振りは、低い位置を薙ぎ払うウッドハンマーとなる。

 だからララも、高めの跳躍含みでユキノオーから離れる動きをいち早く叶え、受ければ終わりの一撃を無傷で凌ぎ果たす。

 脚を傷つけられた瞬間、反撃に転じたユキノオーの判断も早かったが、ララの判断と読み、そして行動がユキノオーを上回っている。

 

「思いっきり、いっけえっ!」

 

 ララが嬉しかったのは、自分が地を蹴り回避行動を取ったのとほぼ同時、パールがそう叫んでくれたこと。

 もう迷いは無い。着地する前の極めて短い時間の中で、次の一手を確定させて貰えた。

 自分なら躱せると信じて、先んじたとどめの一撃の指示を発してくれたパールの信頼に、応えたくて仕方ない。

 ほら、目の前にはウッドハンマーを空振って、傷ついた脚でバランスを崩しかけ、踏ん張ることに注力する無防備なユキノオー。

 そしてその胸元には、パッチが体毛を食らい毟ったユキノオーの体皮。

 それを的と見定めたララの瞬発力は、迷い一つ無き直進は、もはやユキノオーに回避も防御も叶えさせやしない。

 

 鋭い爪を突き出して、我が身ごと突っ込んでいくララのメタルクローの一刺しは、矢は矢でもバリスタのそれの如く重く、速く、鋭い。

 我が身を守るもの一枚も纏わぬユキノオーの胸元へのそんな一撃は、まさしく急所に当たったという表現がよく似合う。

 ララの突進めいた重みも浴びせられ、後方にぐらりと傾き倒れそうになりながら、ユキノオーは踏ん張ったものの、そこまで。

 持ち直してララを両手で掴むよりも早く、爪を引き抜いたララは、逆の爪を振り上げながら跳び、もう一撃のメタルクローで再びユキノオーの胸を裂く。

 後方に宙返りして離れるララの爪が描いた軌跡は、まるで美しい三日月のような形を描き、ユキノオーにこれ以上ない追い討ちを加えたのだ。

 

「ユキノオー……!」

 

 切り裂かれた胸を押さえ、膝をついて崩れたユキノオーは、ララを睨みつける眼と顔を落とさなかった。

 まだまだだ、と気迫を発するユキノオーにララも身構えるが、スズナは既にユキノオーのボールのスイッチに手をかけている。

 確かに戦い続けることは出来るだろう。命を削りながら、ならば。

 そこまで追い込まれるほどの傷を負わされた時点で、これ以上の戦いを強いられないスズナからすれば、勝負はついたと断じざるを得ないのだ。

 

 指示を求める目を向けてくるユキノオーに、スズナは無言でボールを見せ、あなたはここまでということをはっきり表明した。

 無念とばかりに一度目を落としたユキノオーだが、再び目を上げ、小さく頷いた。スズナの判断なら従う、と。

 きっと悔しいだろうに、あのニューラに一矢でも報いたいであろうに、この意を汲んで応えてくれるユキノオーに、スズナは無言でボールのスイッチを押す。

 ユキノオーが戻っていったボールを握りしめ、手の中のそれを見つめたスズナは、最大限の賛辞と労いを小さく微笑む表情に表していた。

 

「大丈夫よ、ユキノオー。

 あなたが手繰り寄せてくれた勝利への道筋、あたしが導いてみせるから」

 

 2対4の状況から、ルクシオとミミロルを打ち破り、あのニューラにだって充分なダメージを与えたユキノオーだ。

 勝負をイーブンにかなり近付けた活躍である。無念そうにボールに戻っていったユキノオーだが、己を恥じる必要などない。

 冷静からここまで持ってきてくれたユキノオーに対するスズナの言葉の使い方には、しっかりその意も含まれているのである。

 

 一方、パールのすぐそばでおすわりして戦況を見守っていたパッチとミーナは、ユキノオーの撃破を見届けるや否や、手と前足でハイタッチ。

 ただ身内が勝っただけでなく、ララが私達の仇を取ってくれた、というのも含めて非常に嬉しそう。

 パッチもミーナもララも女の子である。女子組の結束力や流石流石。

 敵の撃破にほっとしたように一息吐いて、しかしすぐにパールに近い位置まで戻ってきて、スズナに向き合うためパール達に背を向けるララ。

 そんな中で、ちらっと得意げな顔を作り、パール達に振り返って爪を光らせるララの表情には、彼女の熱い情熱がよく顕れている。

 前足で足元を二度叩くパッチも、ぱちぱちと拍手するように手を鳴らすミーナも、ララの勝利に対する賞賛を惜しまない。

 

「……ララ、まだいける?」

「――――!」

 

 しかし、パールも浮かれず冷静だ。

 肩を上下させているララの姿からも、息切れが隠せぬほど疲弊しているのは明白である。

 とにかくウッドハンマーの一撃が、小柄で打たれ強くないララにとっては、特に効いていたはずであろう。

 他にも数々の技を受けていたララ、その消耗と疲弊は無視できる程度のものであるはずがない。

 

 だけど、ララは大きく首を下げ、絶対に伝わるように頷いてみせた。

 まだ戦える、いや、戦いたい。

 可か不可か、そんな問いを越えた熱意に満ちた返答を受ければ、パールも今ここで彼女を休ませてはいけないと確信を得ただろう。

 自分の手持ちになってから日が浅く、バトルで負けたことがまだ無いララは、その限界を見極めるのが今は難しい友達だ。慎重になりたくもなる。

 ララにも限界はあるはずだ。だが、それは今じゃない。そう信じさせようとしてくれるララの姿に、パールの回答は一つしかない。

 

「パール! 追い詰めた気にでもなってるかしら!?

 傷だらけのその子と一緒に、2対1なんて甘いわよ!」

「うっ……!

 だ、大丈夫です! ララはまだ戦えますから!

 この子なら、スズナさんの最後のポケモンだって倒せるかもですよ!」

「へぇ~、あたし舐められてるわね!

 満身創痍の相手に、二連勝を許すようなジムリーダーだと思われてるんだ!」

「そっ、そうじゃないけど……」

 

「スズナさん、楽しんでるなぁ……」

 

 客観的な立場から、観客席から見守るプラチナには、今の流れというものがパールよりもよく見えている。

 あのユキノオーの強さ、恐らくスズナの切り札だったのだろうとは、プラチナ目線でも想像してやまないところ。

 流石に次に出てくるスズナのポケモンが、ユキノオー以上の化け物なんていうことは無いだろう、とは思う。

 二体残しでユキノオーを撃破できたパールが、いよいよ勝ちが見えてきたという中にあることは、プラチナ目線では強く感じられる局面である。

 まあ、強いゲンガーに次いでムウマージを出してきたメリッサ、強いトリデプスの後にハガネールを出してきたトウガンの前例もあるから、気は抜けないが。

 勝負はまだまだわからない。ただ、天秤はパールに傾いているはず。

 

 そういう展開を示唆してパールをびびらせようとするスズナの口撃は、いかにも狼狽え、強がりと透けた強がりを発するパールによく効いていると見える。

 相手を好調の波に乗らせない心理戦というものもあるが、多分スズナさんはパールをおたおたさせるのが楽しいだけなんだろうな、とプラチナは感じる。

 どうにもこの場では年長者ながら、いたずらっぽさが隠れないジムリーダーさんだ。ナタネの親友だそうだが、あの人よりは攻めっ気が強そうである。

 

「氷ポケモンのエキスパートとして、あなたのニューラには負けられないわ!

 さあ、行くわよ! あたし達の底力、見せてあげる!」

 

 最後のポケモンが収められたボールのスイッチを押したスズナに応じ、バトルフィールドにスズナの勝敗を懸けた主将が降臨する。

 あなたのニューラには負けられない。そんなスズナの発言の意図が、そのポケモンの姿を見ればパールにも伝わったはずだ。

 何せスズナが最後に繰り出したのは、ララと同じ個体であるニューラだったからだ。

 

「っ、ララ……!」

「――――z!」

「うん、勝とう……!

 あなただったら、絶対できるよ!」

 

「ふふっ、気合充分ね!

 やっぱりニューラ同士の戦いじゃ、熱くならざるを得ないでしょ!

 さあニューラ! 勝ちにいくわよ!」

「――――z!」

 

 ニューラとニューラの激突だ。

 後ろにもう一人を控えるパールと、後が無いスズナとでは状況も違う。

 ダメージの残るララと、無傷の全力を発揮できるスズナのニューラとでも状況は違うだろう。

 そんな冷静で客観的な判断は、トレーナー同士の都合でしかないのだ。

 同種と対峙したララとニューラが睨み合う眼差しは、相棒の勝利のために勝利を目指す、それ以外の雑念を一切抱えてなどいない。

 

 傷ついたこの身体で果たせる限りの全力を。

 

 傷ついたこの敵を退け、続く敵もまた屠り、声高に勝利宣言を掲げるために。

 

 同種を前にした二匹のニューラが胸に抱く勝利への渇望は、優れた個体がいずれなのかを比べるような、意地めいたものを超越したところにある。

 観戦席のプラチナが意識せざるを得ない、ニューラ同士の戦いとなればどう転ぶのだろう、という第三者の興味など、戦場の者達の意識とはかけ離れたもの。

 息切れしながらも爪を構えるララに対し、ここから私が巻き返すんだとより強い眼で爪先を光らせるスズナのニューラの姿が、何よりもそれを物語る。

 

 完全に大勢決した勝負でもない限り、あるいはそうであってもさえ、勝負というものは最後までわからないものだ。

 それをまさしく、パールとスズナは、味方のニューラから、そして敵のニューラの姿から、それを痛感しているはず。

 奇しくも同じポケモンを扱う者同士だからこそ浮き彫りになる大詰めに、バトルフィールドを中心に渦巻く両陣営の意識は混沌とする。

 そんな不可避の空気を退け、如何に勝利へとその手を紡ぎ上げられるか。

 それが問われる副将VS大将の図。

 キッサキジムの戦いは、かつてパールが経験したどの激戦とも異なる特殊な構図の中、いよいよ終盤戦へと雪崩れ込む運びとなっていた。

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