ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第102話  エイチ湖

 

 

「はい、これがグレイシャバッジよ。

 おめでとう! これで7つ目のバッジなのよね!」

「えへへへ、ありがとうございます~」

 

「よかったね、パール。

 本当、来るところまで来たね」

「うん、あと少し!

 すっごい浮かれそうだけど、まだまだ気合入れて頑張っていくよ!」

 

 スズナからジムリーダーに勝った証であるバッジを受け取ったパールは、片手で収まる小さなそれを、ぎゅっと両手で握りしめていた。

 いよいよ、あと一つ集めればポケモンリーグに挑戦という所まで来たのだ。

 とうとうここまで、という想いが、バッジを収めた手に込められているというところだろう。

 プラチナにも祝福して貰えて、力の入る手だけじゃなく心まで温かくなるパールは、普段以上の明るい笑顔である。

 

「ナタネが目覚めたらすぐに教えてあげなきゃね。

 7番目のあたしに勝てるって、実は結構すごいことなのよ?

 あたしを7番目か8番目に残したトレーナーの夢、けっこう砕いちゃうんだから」

「そ、そうなんですか?

 そういう言い方しちゃうとスズナさんってドリームブレイカーですね……」

「キッサキジムはシンオウ地方最北端だし、通りがかりで寄れる地理じゃないからね。

 来ようと思ったらあのテンガン山を越えてこなきゃいけないしさ。

 地元の生まれでもない限り、あたしとのバトルが最後の方になる人が割と多いのよ。

 あたしは手加減の少ないバトルで目いっぱいやれる機会も多いってわけだから、他のジムのみんなよりお得な気もしてるけどね」

 

 挑戦者の持つジムバッジの数によって加減を変えるジムリーダーだが、スズナを後回しにして泣きを見るトレーナーは結構多いらしい。

 もっとも、7人目8人目のジムリーダーを担当する者達といえば、どこの誰もがトレーナー達にとってはとびきりの強敵になってしまうのだが。

 地理的な関係で後回しにされることの多いスズナだから、後回しにしてしまった彼女の強さにトラウマを刻み付けられる者も多くなる、というのが実態である。

 おかげで結果的に、スズナというジムリーダーは本当に強かったという、草の根俗説が上がることも多いそうな。

 

「ともかく、あと1つでリーグ挑戦ね。

 ナタネから聞いた限りだと、本当に右も左もわからない感じの子だったみたいだけど、それが今やこんなに強いトレーナーになっちゃって。

 本当、あたしも年下の子達に追い抜かれないよう気が抜けないわ」

「むむむ、ナタネさん私のことそんな風に言ってたんですか」

「あら、違うの?」

「いや~、違わないです。

 思い出すと恥ずかしいなぁって思うぐらい」

 

 バトルで思わぬ展開に遭遇したら、追い詰められかけでもしたら、わたわた、あわあわ、どったばた。

 色々な経験を積んできて、今はもうそんな自分を激戦の中でも晒すことは少なくなったものの、あの頃の慌てる頻度は相当なもの。

 未熟だったことを恥ずかしがると言うよりも、当時の情けない自分の振る舞いを思い出すに、なんだかむずむずするというところなのだろう。

 

「事実だったならいいじゃないの。

 あたしだって最初は弱かったのよ?」

「や、まあ……別にそれは……」

「ははあ、なるほど。

 ナタネとか強いジムリーダーとのバトルで、慌てふためいてた自分のことが恥ずかしい的な?

 そうかそうか、ナタネからも結構その辺聞いてるわよ~?」

「わ~やめてやめて!

 それが恥ずかしいんですよ~!

 もうナタネさん、そんなことまでぺらぺら話してたなんて~!」

 

 今はパールも、ナタネがいつか目覚めることを確信しているスズナに触れたおかげか、ナタネのことを思い出しても暗い気分になっていない。

 本当に、ナタネが深い傷を負って昏睡状態と知ってからしばらくは、あの人のことを思い出すだけで、心配で心配で気が沈むばかりだったのだけど。

 こうしてナタネのいないところで、あの人のお喋りっぷりをなじるぐらいには、パールもポジティブな未来を信じられるようになっているようだ。

 

「連絡先、交換しない?

 ナタネと三人でグループトークもしてみたいしさ」

「はいっ、ぜひぜひ!

 えぇと、私の連絡さ……っ、いだっ!?!?」

 

 ああやっぱり連絡先交換するんだ、と、プラチナからしてみれば確信していた未来にそのまま繋がった。

 これにてパール、シンオウ地方の女性ジムリーダー全員との連絡先交換コンプリートである。

 一介のポケモントレーナーが、ジムリーダーの半数と個人的な親密さを持ってしまうなんて、こんな女の子は今後もそうそう現れまい。

 

 だが、連絡先を交換しようとした矢先、楽しい気分を唐突に打ち砕く激痛が、パールを内から貫いた。

 思わずその手で右手で頭を横をぐっと押すパール。

 あれだけ楽しそうにしていた目の前の可愛らしい後輩トレーナーが、一瞬で苦痛に満ちた表情に豹変したことにスズナも動揺する。

 

「ど、どうしたの?

 頭……?」

 

「パール、頭痛……?

 また……?」

「きょ、今日の、きっつい……!

 あたま、割れそう……っ……!?」

 

 ここ数日、不規則なタイミングでパールを苛んでいる頭痛は、この時かつてないほどのものとしてパールを苦しめていた。

 普段のパールなら片手で頭を押さえて、大丈夫、そのうちおさまるからと、苦い笑顔を作って強がりを言っていただろう。

 

 だが、今日の頭痛は違う。この苦しみへの表現力が豊富でないパールだから、頭が割れそうという月並みな表現になっているが。

 たまらず両手で頭を抱え込んで、背中を丸めて呻きだすパールの様相からも、その苦しみは尋常ではない。

 まるで頭の中にまで忍び込んだ万力が、脳をぎちぎちと締め上げるかのような、吐き気さえ覚えるような壮絶な痛みである。

 気丈なパールがそれを演じる余裕も無いほど、足先で地面をかりかりして悶える姿には、思わずプラチナも彼女の後ろから肩を持って寄り添ってしまう。

 

「そ、そんなに!?

 パール、大丈夫なの!?」

「ゔうぅぅ……っ……!

 だ、だいじょうぶじゃ、ない、かも……!」

「相当ひどそうね……!

 病院に行きましょ! いい所知って……っ!?」

 

 スズナが急患の電話をかけようと、ポケッチを取り出したところ、まさにそのタイミングで着信が入った。

 スズナにとってはまさに、最悪なほど間が悪く感じられる着信である。

 無視してぶちっと切って、病院に電話したい衝動をどうにか堪えて、ポケッチを操作して通話状態にする。

 

「もしもし、ごめん、後にして!

 今こっち取り込み中……」

『え……っ、じゃ、じゃあ要件だけ……!

 スズナさん、来ました! エイチ湖です!』

「はああぁぁ!?

 こんな時にっ……!」

 

 これは、スズナも感情的な声を返さずにいられない内容だ。

 急ぎの用だと取り込み中の相手にも伝わる、必要最低限の言葉を用いた通話は、傍からそれを聞くプラチナには内容を理解しづらいものだろう。

 だが、直感的にプラチナには、その内容を概ね想像できていた。

 エイチ湖に何かが来て、スズナにそれを急いで伝える内容。それはもしや。

 

「っ、っ……わかった、すぐ行くわ……!

 とりあえず、ベストを尽くしておいて!」

『お願いします!』

 

 それだけ言って、スズナはすぐに通話を切った。

 急いでいるというのもあるが、彼女なりに機転も利かせている。

 この内容、あまりパールに聞かせたいものではないからだ。

 リッシ湖、シンジ湖での"前科"があるパールは、きっとこの内容を理解したら食い付いてくる。

 だからスズナは、それが相手の口から溢れる前に話を打ち切っている。

 

「……ごめん、あたし急用が出来たわ。

 パール、心配だけどあたしもう行かなきゃいけないの。

 ジムの入り口で受付をやってる人に、病院の場所を聞いて行きなさい。

 そんなにひどい頭痛なら、何か危ない病気かもしれないんだからね」

 

「す、スズナさんっ……今の、電話ってもしかして……」

 

「…………エイチ湖のそばで、ちょっと雪崩があってね。

 近隣の野生ポケモン達の生活にも影響が出るし、早急に対処しなきゃいけないのよ。

 あたしはジムリーダーであると同時に、そういうことが起こったら協力しなきゃいけない立場だからさ」

 

 だが、もう手遅れかもしれない。

 パールが勘付いている気配を感じ取ったスズナは、とっさに作り話を練り上げて嘘をついた。

 目に見えて苦しんでいる中でも、涙目の顔を上げてスズナに問いかけるパールに真実を言えば、きっと彼女は暴走する。

 出会って間もない相手でも、親友のナタネと共に正義感のみで突き進んだ彼女の過去を知るスズナをして、それは確信できる展開なのだ。

 

「いい? 絶対に病院に行くのよ?

 そういうのって、甘く見たらどうなるか本当にわからないんだからね」

「スズナさん……っ」

「いいわね!? 絶対よ!

 お姉さんの言うこと、ちゃんと聞いてよね!」

 

 笑顔を作ってパールの肩をぽんと叩く、そんなスズナから垣間見える必死さ。

 病院に行けというのは半分が真意。もう半分の真意は、来るなの一言。

 余裕を無くしている今のスズナは、ジム戦でパールを翻弄していた時のような、相手を掌の上に乗せる技量に著しく欠ける。

 精一杯の、あなたが心配するようなことは何も起こってないよ、という態度を作り、スズナは走り始めジムから飛び出していった。

 

 残されたパールとプラチナは、果たしてスズナの思うとおりに動いてくれるだろうか。

 そんな気がしないからこそ、スズナはあれだけ必死だった。

 子供だからって察しが悪いとは限らない。むしろ子供は敏感だ。

 

「っ……パール、病院に……」

「私、行かないよ……!

 エイチ湖に行くよ……!」

「ああっ、もう!

 そんな状態でもまだ言うの!?」

「ぜったい、ギンガ団でしょ……!

 プラッチもそう思わない!?」

「思うけど!」

 

 やはり、誤魔化しきれるものではなかったようだ。

 三湖の2つがギンガ団の襲撃を受けた事実を鑑みて、エイチ湖の警備が強化されているのも二人は見てきている。

 そしてスズナという、シンオウ最強クラスのトレーナーに、エイチ湖に何かが来ましたという急ぎの電話。

 これだけ推理要素が揃っていたら、気付かないふりをする方が難しいぐらいだろう。

 

「ピョコも、ニルルもいるんだから……!

 私達にだって、出来ることは絶対あるはずだよ……!」

「ああぁ、もう……っ!

 どーせ言っても無駄なんだろうな……!」

 

 両手で頭を押さえる手を離せない中でも、背を丸めたままとてプラチナの顔を見上げて言うパールは、過去に幾度か見た、言う事聞かないモードの彼女である。

 この寒い北国で汗を流すパールは、脂汗が出るほどの頭痛に苦しんでいるのが見て取れるというのに。

 それでも行くって言い出して、しかも絶対に折れない顔。

 こうなってしまったらもう駄目だ。嫌というほどプラチナも知っている。

 

「……パール、一つだけ約束して!

 僕よりも前には絶対に出ないこと! これだけ守れる!?」

「っ……わ、わかった……」

「絶対だよ! 破ったら、えぇと……」

 

 せめてパールを、少しでも守りやすいように妥協案。

 絶対にこの約束を破らせないよう、太い釘を刺したいプラチナだが、脅し文句に困るところ。

 約束破ったら絶交だからね、は何となく使いたくない。以前それをやって、自分もなんだかつらかったし。

 

「…………なぐる!」

「えっ!?

 ど、どこを……?」

「えぇ~っと……お、お腹?」

「そ、それは流石に、ちょっと……」

「うるさい! パールが約束破らなきゃいいだけでしょ!」

 

 どうやらパールはプラチナより前に出たら、腹パンされることが決定したらしい。

 若干引いているパールだが、そもそも彼女が我が儘言うのが発端なのであって。

 なんで僕がそんな目で見られなきゃいけないんだと、プラチナは顔を真っ赤にして声を荒げるばかり。

 

「あーもう、行くよ!

 パール走れるんだよね!? 置いていくよ!」

「あっ……ま、待ってぇプラッチ~!」

 

 時間が無駄な会話になってきたので、プラチナの方から率先して駆けだし、痛む頭を帽子ごと手で押さえたパールが追走する。

 変な約束を作ってしまった、これでパールがもし約束破ってきたら僕どうしたらいいんだのプラチナ。

 殴るしかないのかなぁと思うと気が滅入る。そんなことしたがる子じゃない。

 いよいよとなると突っ走ってしまう自分の性分は生憎わかっているため、気は付けるけど万一うっかり前に出ちゃったら覚悟しようと腹を括るパール。

 覚悟の決め方を間違っている。明らかに。

 

 そう、二人の推測どおり、ギンガ団という悪党のひしめくエイチ湖に、これから乗り込む局面だというのに。

 どうにも悩むところがずれている二人である。

 何度もこんなことばかりしてきたせいで、妙な胆力が身についてしまっているようだ。良いことなのやら悪い傾向なのやらよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュピター、首尾はどうだ?」

『現状、想定外の展開は無いわ。

 あとはマーズがどれだけ早くミッションを片付けてくれるかが肝よ』

 

「何かあればすぐに伝えろ。

 お前は能力が高いぶん、傍からは自信と傲慢の見分けがつかず気にかかる。

 説教臭いがしくじれないミッションだ、隙を見せるなよ」

『ええ、わかってるわ。

 あたしは大丈夫よ、あんたはもっと他の所に目を配ってくれて結構よ。

 上司を楽させるのも部下の務め、気苦労はかけさせないわ』

「助かる」

 

 リッシ湖やシンジ湖に続き、いつかギンガ団がこのエイチ湖にも乗り込んでくることを想定し、湖の防衛を日頃から固めていたキッサキシティの警察団。

 苦い話だが、今やエイチ湖はギンガ団に占拠されていると言って差し支えない状況だ。

 守るべき領地を一度制圧され、それを奪還するために再侵攻している戦況、というのが警察陣営から見た苦々しい実状である。

 

 警察陣営の名誉のために語るなら、決して彼らとて頼りない武力の持ち主ではない。

 今回ばかりは、ギンガ団が強過ぎるのだ。

 警察の防衛線が堅固であることは想定していたのか、率いるギンガ団員の数は警察総員を遥かに上回る兵力を揃えており。

 それらに貸し与えるポケモンも相当な大盤振る舞いをしたようで、今回のギンガ団は末端構成員からして、個々が戦力としてやや強い。

 そこに、ギンガ団幹部たるマーズ、ジュピター、サターンという最強格の将格が揃い踏みだ。

 間違いなく、ギンガ団は過去最大級の戦力を終結させ、この一大決戦に臨んでいる。

 急襲、そして数の暴力を含めた勢いに任せ、湖を防衛せんとする警察を撃退することに、多くの時間はかからなかったようだ。

 

「マーズ、まだか!

 私やジュピターが耐えているとはいえ、そう時間は無いぞ!」

『わかってる……! だけどコイツ強いのよ!

 負けはしないけど、早期捕獲は難しいわ!』

「泣き言はいい、とにかく急げ!

 大役を任せているのは承知している!

 だが、警察に増援が来たらいよいよ長くはもたんぞ!」

『ええ、わかってるわよ……!

 やるしかないってわかってるわ!』

 

 一方で、占拠したエイチ湖を自陣として守り通そうとするギンガ団にも、さほど余裕を感じられる状況ではない。

 猛襲によって一度は陣を確保したものの、警察の真骨頂はその執念だ。

 無理押しなギンガ団の構成に退けられる中、その実警察が捕縛したギンガ団員の数は、警察陣営の戦闘不能者よりずっと少ない。

 何が何でも最後には勝たねばならぬ警察、強固な結束力を持つ組織としての連携力は、長い継戦能力を保つ地力に秀でている。

 反撃の猛攻を加え続ける警察が、今も少しずつギンガ団員を押さえ込み、巻き返す流れを引き寄せていることは確かな事実である。

 所詮は幹部達を除けば、余所の地方からかき集めてきた烏合の衆たる、エイチ湖襲撃のギンガ団員連中だ。

 はじめは勢いに押されて退かされた警察とて、戦いが長引けば長引くほど、最終的な勝者となるのは間違いない話だ。

 

 ギンガ団側の総指揮官であるサターンは、仮面の奥から発する合成音声で、無線を介してジュピターや部下に指示を発している。

 エイチ湖中心の洞穴を擁する小さな島、そこに陣取って全方位の戦況を見極めつつ、現状の優勢を出来る限り長く保てるよう采配している立場。

 洞穴の中ではマーズが、このエイチ湖を襲撃した目的そのものである、ある存在の捕獲に単身挑んでいる。

 そこに邪魔者が入らぬよう、最後の防衛線を張る立ち位置であると同時、サターンは戦闘要員としての辣腕を振るえず指揮に徹するしかない。

 この役目が出来るのは、ギンガ団のブレーンであるサターンしかいないのだ。

 ジュピターという最強格の兵が、再び攻めてくる警察を退けるための頼みの綱のようなもの。

 戦力の三本柱のうち二柱を、警察への対抗力として機能させられない中、サターンもこの"時間稼ぎ"には限界を感じざるを得ない。

 マーズが目的を達成してくれるまで、邪魔者を退け続けて粘り通せるかどうか。それがサターンの背負った重い責務である。

 

『――――む!』

 

「キッサキジムの連中か!?」

『いいえ、違う。

 そうではないが……まあ、あなたに伝えるほどの話ではないでしょうね』

「……お前がそう言うなら信じるぞ。

 下手を打つなよ」

『ええ、問題なく解決するわ。

 あんたは全体の把握に務めておいて頂戴』

 

 通信機の向こう側で、ジュピターのもとに何らかの異変が起こったことを感じ取ればサターンも敏感だ。

 指揮官を代わりに務めてくれる誰かさえいるなら、自分が戦力として動くことにより、もっとやりようがあるというのに。

 儘ならぬものだ。人の上に立つ者の苦悩であり、それを果たせる人材や人物の少ない組織は、こうした正念場で本当に苦しい。

 

「運命は我々に味方するか、否か――

 ここがまさに、分水嶺だな」

 

 今のギンガ団には、勝利と敗北、その可能性がどちらも等しくあった。

 この任務を達成できなければ、長きに渡って目指してきた宿願も潰えるだろう。すべてが水泡に帰す。

 過去と未来を含む歴史が、ギンガ団の目指すそれを、あってはならぬものだと断ずるなら、運命がギンガ団を敗北に導くだろうとサターンは考える。

 その時はそれまでだ。ギンガ団の目的は、果たされてはならないものだと天意に拒まれたものだと受け入れる他あるまい。

 

 だが、もしも果たされるなら。

 ここが運命の分岐点であると、サターンは静かな独り言に強く含めている。

 シンオウ地方のみならず、世界をも揺るがすその宿願は、辿り着いたその日、多くの死者さえ生み出しかねない、呪われるべき到達点へと至るための道。

 この日天命に支持されて、その道を征くことを許されたなら、もうサターンは鬼門さえ恐れず突き進むことを厭うまい。

 彼にとっても、この戦いはそれほどまでに、強い覚悟で臨む大一番なのだ。

 

 無線を握り、ジュピター以外の配下にも指令を発し、劣勢に陥っていない戦況を保つための知恵と発破を与え続けるサターン。

 勝っても負けても、その先にあるのは修羅の道か、滅びの一途のいずれかでしかない。

 合成音声に隠されたサターンの声の奥にある、破滅的な思想など、従わせられるギンガ団員の耳には決して届かないだろう。

 いつの世も駒は道化だ。想像だにしない激動に呑み込まれつつあることを、知らされもせずただ踊らされるのみ。

 悪の組織の手先になどなるものではない、ということだ。社会のためにではない。己のためにもだ。

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたぞ!

 お前がギンガ団の幹部だな!」

 

「へぇ~、随分やるじゃない。

 ザコとはいえ、うちの部下を蹴散らしてここまでくるなんて」

 

 この混戦模様の戦場の中にあって、"変わり種"を目にしていたジュピター。

 目にした瞬間に思わず漏らした声が、サターンの耳にも届いてしまい、少々の心配をかけてしまったのだが。

 目をつけたこと自体は賢明であったとジュピターは感じる。それだけ、その動きは無視し難いものだったからだ。

 

 その名をダイヤモンドという少年は、相棒のゴウカザルとともに、ギンガ団の下っ端どもを次々と打ち倒し、ジュピターを見付けるや否や突っ走って迫る。

 子供であることは侮るべき根拠にはなり得ない。

 むしろ警察の連携とは独立した動き、つまりは独力でジュピターに迫り、打ち倒すべきと見定めて挑まんとする鼻の良さは、いっそ厄介な部類でさえある。

 

「お調子に乗ってここまで来るのはいいけど、喧嘩売る相手を間違ってるわよ。

 あなた如きのお子様が、あたしをどうこう出来るとお考え?」

「お前なんかに負けるか!

 シンオウ地方を荒らし回ってるギンガ団だろ!

 そんな奴ら、俺と俺のポケモン達がぶっ飛ばしてやる!」

 

 正義感に満ちた少年であることは瞳を見るからに明らかで、その言動もまた短絡なほど単純で、かつ真っ直ぐ。

 警察が子供を兵力として受け入れるはずがないので、本当に誰の力も借りず、正義感だけで単身ここまで乗り込んできたのだろう。

 我が傍に常に置くスカタンクを一瞥するジュピターに、スカタンクもまた、任せろこんな奴さっさと片付けてやると頷いている。

 どうやら、戦いは避けられないようだ。

 

「随分と生意気な子ね。

 まあ、ここまで乗り込んでくる力量はあるんでしょうから、打ち倒してやるべき相手には違いないんでしょうね」

「いくぞ、ゴウカザル!

 スカタンクなんて、ボッコボコにしてやるぞ!」

「会話の出来ないガキ、か。

 まあ、躾け甲斐はあるわ」

 

 ダイヤと対峙するジュピターは、静かな語り口に隠した心の奥底、その実内心穏やかではなかった。

 自分の敗北や失敗、挫折を想像だにしていないダイヤのこの能天気な態度。

 ジュピターにとって、最も癇に障る相手である。

 

「スカタンク、遊んであげなさい。

 あなた一匹で充分よ」

 

 ジュピター対ダイヤ。ギンガ団の尖兵と警察が激しく各地でぶつかり合う中、やや特異点じみて生じた一騎打ち。

 自身が敗北すれば、自陣営の指揮低下にも繋がることは明白であり、本来ジュピターにとっては避けたいはずの一戦だ。

 それでもジュピターが、部下を呼んでこの少年の相手を任せること、ひいては自身の力を温存することを選ばなかったことにはそれなりの理由がある。

 彼女は世間知らずの子供が一番嫌いだ。

 任せられた仕事、戦況の維持というミッションの優先度を下げてでも、この少年を心折れるほど打ちのめしたいという衝動からジュピターは逃れられない。

 

「さあ、見せてみなさいよ、あなたのゴウカザルの実力を。

 ギンガ団幹部の力、あなたが泣きたくなるほど見せてあげるわ」

 

 落ち着き払った態度の奥底、苛立ちに満ちた本性たるジュピター。

 挑むダイヤは、そんなジュピターに一矢報いられる若武者たり得る少年か。

 それが問われる一騎打ちだ。死闘となることは免れない。

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