ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第103話  ジュピター

 

 

「……騒ぎが大きくなってきたな」

 

 エイチ湖上空にヘリが三機飛ぶ姿に、サターンはその顔を隠す白面を整える。

 メディアが動きが事件に追い付いた。恐らくヘリからは地上の様子を撮影しているのだろう。

 全国のお茶の間にこの事件が報道される展開そのものは、サターンにとっても想定済みだったことだ。

 万が一にもこの時点で素顔を報道されぬよう、どんなはずみでも仮面がはずれないよう入念に整えること自体は、サターンにとってたいした苦労ではない。

 

 しかし、メディアの動きがここまで追い付いているというのは悪い展開だ。

 元より湖に張り込んでいる警察との衝突はともかく、事件発生から後発でヘリを出動させたメディアがここに来るまでに、それなりの時間が経っている。

 エイチ湖中心の洞穴内で、任務に全力を尽くしているマーズからは未だ、完遂の通信が入ってこない。

 早くミッションを達成して撤退しなくては、良くない展開が待っている。

 この時間経過そのものに僅かな焦りを覚えるサターンも、推奨されるべき行為でないと理解しつつ、通信機に向けて小声を発する。

 

「マーズ、首尾はどうだ」

『あと少しよ……!

 悪いわね、なるべく急ぐから……!』

「外は問題ない。私がいる限り、決して不都合は起こさせん。

 お前にとって最善のペースでしっかり果たしてくれればいい」

『頼もしいわ、よろしくね……!』

 

 洞穴の中では、難敵相手にマーズが単身でミッションに挑んでいる。

 荷の重い仕事だとは思っている。サターンもリッシ湖では単身で、今の彼女と同じようなミッションに挑んでいた身だ。

 はっきりとマーズよりもトレーナーとして格上のサターンでも、あのミッションでは手を焼いた。

 シンジ湖ではマーズとジュピター、二人で似たようなミッションに挑んで最善の結末を掴ませたが、今回は状況的に人手がこれで限界なのだ。

 

 時間がかかってしまうのは仕方がない。想定内だ。しかし、苦しい。

 急かす通信を入れることは現場で苦心するマーズに対する得策ではないが、それをせずにはいられぬほど、サターンも内心では焦燥感がある。

 それでも通信上のやりとりでは、お前は焦らずミッションを達成することが重要だと、ただ急かすだけに留まらぬ言葉を使うようサターンも配慮している。

 その上で、マーズも空気を読んで急ぐべきであることは察してくれているはずだ。両者の間にはそれなりの信頼関係があり、行間にもそれはある。

 

「さて……覚悟はしていたがここからだな」

 

 時間がかかると何が不都合なのか。

 警察連中よりもずっとずっと強い、こちらの敷いた最大限の布陣を、根底からひっくり返しかねない最強の存在がここに駆けつけてくる。

 当然、想定はしていたことだ。だが、いざ直面すると腹を決めざるを得ない強敵。

 エイチ湖の湖面を、一本道のように凍らせながらここへと迫る一匹のポケモンと、そのトレーナーと思しき存在の姿が見えた時がサターンの正念場の始まりだ。

 

「流石は氷のエキスパートだ。

 ただの靴でもスケート競技に出られそうな巧さだな」

 

「気持ち悪い声……!

 あんたがギンガ団のボスって奴なのかしら?」

「生憎、そんな畏れ多い称号は賜っていない。

 あくまで幹部の一人だよ。ジムリーダー様をお相手するには少々の名不足だ」

 

 己が進む湖面を凍らせ、トレーナーであるスズナも走れる道を作りながら、湖中心の島まで浮遊して到達したユキメノコ。

 ブレードも無い靴で、純なる氷の道を滑ってここまで駆けつけたスズナの足使いには、サターンも冗談口で迎え入れるのみ。

 

 湖周辺の下っ端連中など、彼女の前では壁役にもならなかったのだろう。

 時間をかければかけるだけ、こんな強いトレーナーが事件終結のために駆け付けてくるであろうと、サターンだってわかっていたのだ。

 想定内にして忌むべき展開。合成音声で感情の程を露呈させぬサターンながら、覚悟はしていたが嫌な展開に至ってしまったというのが本懐である。

 本気を出したジムリーダーは、チャンピオンにさえ匹敵する最強クラスの敵であると、サターンは実感を持って知っている身だ。

 

「あなた達の狙いは"ユクシー"ね?

 洞穴の中では、お仲間さんが奮戦中かしら?」

「道を空けろとでも言いたげだが、意味の無い問答は省かせて貰いたいな。

 それに対して、私が首を縦に振るはずが無いのはご存じだろう?」

「ええ、ごもっとも。

 力ずくでもそこを通して貰うまでよ」

「話が早くてよろしい。

 ではミノマダム、相手をしてやってくれ」

 

 サターンのそばにはユンゲラーが立っている。

 ユキメノコと共に身構えていたスズナだが、サターンが繰り出したのは"ゴミのミノ"を見に纏うミノマダムだ。

 あのユンゲラーは戦闘要員ではなく、いよいよとなれば撤退に力を発揮するための要員なのだろう。

 それをバトルに出さぬ真意を察したスズナは、ユキメノコと共にミノマダムとの戦いに挑む心構えに移る。

 

「正真正銘、本気のジムリーダー様とのお手合わせとは誉れ高いことだ。

 勝たせて貰うぞ。自慢になるからな」

「……あんた、マキシさんを打ちのめした辣腕の幹部よね。

 悪いけど、仇討ちだから。ただで済むと思わないで頂戴」

「さて、どうかな?

 勝って当然だと思われたジムリーダー様の傲慢を打ち破るのも一興だ」

 

 ポケモンリーグを目指す者達に、バッジを懸けた一騎打ちを迎え撃つジムリーダー達は、いずれも全力ではない。

 本気を出した彼ら彼女らは、シンオウ地方ではチャンピオンや四天王と並び、十指の席を競い合うトップトレーナー達だ。

 確かにこれに勝利できるなら自慢になるだろう。だが、それはあくまでこんな舞台ではなく、正義と悪意がぶつかり合うことのない公式戦でこそでもある。

 

 今のスズナと同様に、全力で悪党を止めようと挑んだマキシ。

 それを打ち破ったとされる白面のギンガ団幹部の実力はスズナも聞き及ぶところだ。

 スズナ側の不本意含みながらも実力を認め合う者同士、間違いなく今のシンオウ地方において、最上級の実力者同士のぶつかり合いであろう。

 

「いくわよ、ユキメノコ!

 絶対に負けられないわ!」

「ミノマダム、華舞台だぞ。

 お前の実力を、過去最強の相手に見せつけてやれ」

 

 情熱のこもった鬨の声、合成音声越しの静かな発破。

 温度差のあるトレーナー両者の声ながら、双方が内心に燃え滾らせる必勝への想いは何ら燻ってなどいない。

 悪を挫かんとするスズナと信念を貫き通さんとするサターンの戦いは、上空カメラにその様相を全国に報じられる中で幕を開けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっ!? ダイヤ!?」

 

「あらあら、今日は生意気な乱入者の多い日ね。

 子供ばっかり来るんだから」

 

 一方、スズナとサターンが衝突したその瞬間から僅か遅れたタイミングで、パールとプラチナもエイチ湖に到達していた。

 二人が直面したのはジュピターだ。かつて戦場たる舞台で直面した強敵を前に、二人の緊張感は一気に高まったことだろう。

 

 だが、それ以上にパール達を驚かせたのは、ジュピターの前で立ちすくむダイヤの姿である。

 今やもう、ジュピターを前に繰り出したポケモンの姿もなく、スカタンクを従えたジュピターに為すすべなく立ちすくむだけの彼がそこにいたのだ。

 無力感を漂わせるその後ろ姿には、せっかちで向こう見ずな彼の面影は無く、思わず彼の前にプラチナが、彼を守るために躍り出るのも已む無きほど。

 

「――"ガキども"が来たわ。どうすればいい?」

『……ちょうどいい、退がってこい。

 こちらも洒落にならん』

「了解」

 

 パールとプラチナの姿を見るや否や、ジュピターは冷静に通信機に口元を近付け、静かながら確かにサターンへキーワードを伝える。

 ガキども、とジュピターが表現するのは、シンジ湖でその成長目覚ましさを彼女らの前に晒した、パールとプラチナの二人を短く表すキーワード。

 強敵だとはジュピターも認識しているのだ。サターンへの最重要報告内容として、キーワードとして定義しているほどに。

 対するサターンの応答も神妙で、今すでにスズナとの交戦中である中で、慎重な指示を返すほど。

 たとえお前でも一人でそれらを相手取るのは得策ではあるまい、というサターンの指令に、ジュピターもまた異論無き即答を返すのみである。

 

「だ、ダイヤ!?

 なんでこんなとこに……」

「…………」

 

「よかったわねぇ、男の子。

 救援が来てくれたおかげで、あたし引き下がらざるをえなくなっちゃった。

 そこの二人が来てくれなかったら、今頃あなたなぶり殺しよ?」

 

 ダイヤを気遣うパールだが、短い通信を終えた直後のジュピターは、普段の調子を取り戻した言葉を発してくる。

 今しがた、スカタンク一匹でダイヤのポケモンすべてをなぎ倒したばかりのジュピターに、敗者が意地を以って返せる言葉など一つも無い。

 惨敗の直後であるダイヤは、その現実に打ちのめされて言葉も無いかのように、パールの言葉にも返事を見せられずにいる。

 

「雑魚はお帰りなさい。

 あなたのポケモンがどれだけ強かろうが、親のあなたがそんな能無しではね。

 あなたなんかより、そこの二人の方がよっぽど怖いっていうものだわ」

「お前……!」

「それじゃ、あたしは本陣まで撤退させて貰うわ。

 来たけりゃ来なさい、地獄を見たいならね」

 

 ジュピターはスカタンクをボールに引っ込めると同時、ゴルバットをボールから出して、その足で自らの両肩を掴ませる。

 翼ある身内に、エイチ湖中心の島まで自らを運ばせる動きだ。

 去っていくその背を、パール達は今のところ見送ることしか出来ない。

 

「く……!

 パール、追いかけるよ……!」

 

「ダイヤ、どうしたの!? 何があったの!?

 怪我とか……」

 

 去っていくジュピターの行く先から目を逸らさないプラチナにとって、怪我一つ無い姿のダイヤは案じる相手ではない。

 だが、パールはダイヤに強く呼びかけずにはいられなかった。

 敗北感に打ちのめされ、言葉無くそこに立ちすくむだけの彼の姿は、幼馴染のダイヤがパールに見せたことのない、沈黙という形で傷付いた姿を晒すものだ。

 あまつさえ、彼の両肩を持って揺さぶるパールに、やりきれないようにその手をぱしんと払う、幼いダイヤの挙動だけがそこにある。

 

「いた、っ……!?」

 

「…………パール、行ってくれないか。

 あいつら、とんでもないことをしようとしてる」

「だ、ダイヤ……?」

「聞こえるんだ、あいつらが捕まえたポケモンが苦しんでる、すごくつらそうな声……

 俺、何も出来なかった……俺が弱いせいで、何も……」

 

 今までに聞いたことのない、弱くて、消えそうなダイヤの声だ。

 あまつさえ、八つ当たり気味にパールの手を払いのけて。

 どんな時でもせっかちで、多少の困難にぶつかったって、負けるかこなくそと突っ走る声をあげていた幼馴染の今の姿。

 それに衝撃性すら感じるパールに留まらず、プラチナですら彼なりに知るダイヤの人物像から、今の態度がらしからぬことは切に感じ取れるはずだ。

 

「……頼むよ、パール。

 あいつらのこと、止めてくれ。俺には、なんにも出来なかったけど……」

「――ニルル!」

 

 湖の中心に向かって去っていったジュピターを追うべく、湖面を走れる波乗り使いのニルルを繰り出すパール。

 それを見受けてプラチナも、無言でエンペルトをボールから出している。

 急ぐべきと察する中、ダイヤを案じるパールを急かすこともせず、黙って取るべき手段だけ取るプラチナは、冷静かつその慮りは普段どおりだ。

 

「任せて! 私とプラッチが、何とかしてみせる!

 ダイヤも頑張ってくれてたんだよね! ありがとう、後は任せて!」

「…………頼む」

 

 弱い声、しかし意志ごもって強く請う声を発したダイヤの声に応じ、パールはニルルに跳び乗った。

 彼女の意志に応えるかの如く、ニルルはすぐに湖面へと乗り出し、湖中心に臨める島へと向かっていく。

 遅れて、既に湖面に背中を浮かせていたエンペルトの背に飛び乗ったプラチナも、ダイヤを振り返って一度彼を案じたというものだ。

 自らを一瞥し、敵地の真ん中に参じていくパールとプラチナの後ろ姿を目で追うダイヤは、やはり立ちすくむままにしていたのみ。

 

「…………ごめんな、みんな。

 俺、もっと強くなるから……今よりずっと、絶対に……」

 

 5匹のポケモン達とともに、ジムバッジを既に7つ集めてきたダイヤ。

 順風満帆にこれまで旅を進めてきたはずの彼は、ジュピターのスカタンク1匹に、5匹すべてを撃破されたのだ。

 相手が悪かったのは確かだろう。それだけ、ジュピターのスカタンクは強いのだ。

 しかし、これまで苦難あれど成功を勝ち取り続けてきた少年にとって、これはあまりにも重い挫折と敗北である。

 ポケモン達は強いけれどあなたは能無し。打ちひしがれている中でジュピターに投げつけられた言葉は、ダイヤにとってあまりにも重い。

 

 パールとプラチナにこの先のことを頼み、任せ、悔しさで涙すら浮かぶ目でエイチ湖を去るダイヤ。

 一生、忘れ得ぬほどの屈辱だろう。傷付いて戦えなくなったポケモン達の痛みと比較しても、決して負けないほどの心の傷。

 誰しも大きな壁にぶつかって、立ち直ることさえ危ぶまれるほどの挫折を感じることはある。ダイヤにとっては、まさにこの日がそれだった。

 

 

 

 

 

「いぅ゙……っ!?」

「パール、また……!?」

「へっ、平気いぃぃ、っ……!

 今は、根性で我慢するべき時なのだ、っ……!」

 

 背上で再びの唐突な頭痛に見舞われたパールの悲鳴に、ニルルも思わず案じて減速した。

 プラチナを乗せたエンペルトがニルルを一度"追い抜いて"、ニルルの速度に合わせて湖面を並走するスピードに落とす。

 この位置関係、あとで揉めそうだが、それはさておいて。

 

「……そんな状態で本当に戦えるの?

 絶対、行き着く先では激闘だよ」

「大丈夫……!

 めちゃくちゃ、頑張る……っ!」

 

 左手で頭を押さえながら、ニルルの背中の甲羅を握る手に右手にぎゅうと力を入れるパールは、頭痛に負けず顔を上げている。

 行く先をはっきりと見据え、退かない魂を表すその姿は、やはり今からでも帰ろうとプラチナが提案しても聞きやしないだろう。

 つくづく心配させてくるばかりの親友だ。もう慣れた。プラチナは、絶対に守るという決意を強く固め、不安をそれで上塗りするのみである。

 

 だが、そんな折に、パールのポケッチが着信音を鳴る。

 このタイミングで、とパールも苦い顔でポケッチを見るが、着信相手の名前を見た瞬間さぁっと血の気が引く。

 ニルルの甲羅を握る手をぐいっと引き、それに応えてニルルが湖面上で前進速度を落として止まる。

 あれだけ勢い任せに行こう行こうのパールがニルルを止めたことに、エンペルトとプラチナもUターンする形でパールの正面位置に止まる。

 

「パール?」

「ご、ごめん……ちょ、ちょっとだけ待ってね……?」

 

 頭痛は今でもずきずきと響いている。

 だが、それにまして今のパールは着信音を鳴らし続けるポケッチを恐れている。

 無視できない相手だ。ふと上空を見上げるパール。

 ヘリが飛ぶこの状況、きっとあのヘリから撮影された光景が、今は全国に生中継されているんだろうと察し取れた。

 つまり今、自分がどこにいて、何をしているのか、家でお母さんがテレビを見ていたとしたら、それも筒抜けであろうということ。

 

 鳴り続けるポケッチの音が、既にパールの耳には、一番怒られたくない人の怒号に聞こえてならない。

 恐怖心いっぱいの心持ちで、パールはポケッチのスイッチを押す。

 

「も、もしもし……」

 

『パール!! あなた、また……!』

 

 ポケッチから開口一番の荒げた声が発されたのを聞いて、プラチナもすべてを察したというものだ。

 このタイミングでお母さんからの着信とは。これはもしかすると、パールを止めてくれるんじゃないかという淡い期待がすぐに立つ。

 

「ご、ごめんなさ……」

『それはいいから!

 ごめんなさいするぐらいなら、今すぐそこから引き返しなさい!

 テレビで見てるのよ!?』

「ううぅぅ~~~……!

 そ、それはっ……出来ないんだけどっ……!」

『でしょうね!

 あなた、そういう時に絶対に言うこと聞かない子だからね!

 本当に、帰ってきたら覚えてなさいよ!』

 

 あっさりプラチナの期待は裏切られた。

 流石はお母さん、パールの性格はよくわかっているようで。

 止めても無駄なのをよくご存じである。時間の無駄なのでその話はもう終わった。

 

『…………パール、そのまま、通話したままの状態にしておいて。

 あなたが行くならもう止めないから、それだけお願い』

「えっ……お、お母さん?」

『いいから、お願い……!』

「……わ、わかった」

 

 真意のわからぬ頼みごとをされたパールは、どうして、と問いかけようとしたのだが、お母さんは強い声で回答すら遮るかのようでいて。

 パールはうなずく返事をするのみだ。逆らわない。

 これ以上怒られずに済むのであれば、相手の言うことには絶対服従である。子供なりに世渡り上手。

 

「パール、大じょ……」

「…………、………………!」

 

 改めて、行こうとニルルを促すパールに、プラチナは今一度改めて大丈夫かと問いかけようとしたが。

 だめだめ、余計なこと言わないでとパールはぱたぱた手を振ってプラチナを黙らせる。

 ええそうですとも、頭痛ひどいですよ、でもお母さんに聞こえるようそれを言うのはやめてのジェスチャーである。

 我が儘な上に注文の多い子だ。心底、溜め息の出るプラチナである。

 

「……行くよ、エンペルト!」

「ニルルっ、行こう!」

 

 お母さんに言われたとおり、ポケッチの着信を切らないままにして。

 エンペルトとニルルが、プラチナとパールがエイチ湖の中心の島に向かって突き進む。

 そこに、ギンガ団の幹部が待っていると知った上でだ。腹はもう、決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくやった、ミノマダム。

 充分、胸を張れるほどの活躍だったぞ」

 

 リッシ湖中心の島では、サターンがミノマダムをボールに戻していた。

 対するスズナが構えているのは、既に傷付いたグレイシアだ。すなわち、ユキメノコは撃破された後である。

 ミノマダムは、本気のジムリーダーが繰り出すユキメノコを打ち破り、その上で新たに出されたグレイシアにすら一定のダメージを与えて引っ込められたのだ。

 サターンの言う言葉は何ら過言無く、ミノマダムが自慢できるほどの功績を正当に讃えるものである。

 氷タイプに有利な鋼タイプだったからとはいえ、これは確かに誉れに値するだけのものを残した戦いぶりであっただろう。

 

「次はそのユンゲラーかしら?」

「いや、こちらも切り札を出そう。

 任せるぞ、ドクロッグ」

 

 新たにドクロッグを繰り出してきたサターンに、スズナも肌がちりつくほどの感覚を覚えていた。

 この白面のギンガ団幹部が、マキシのポケモン達をこのドクロッグ一匹で完封してみせたという話はあまりにも有名である。

 切り札と称したのは真実なのだろう。彼女のそばに一度身を下げたグレイシアも、対峙してすぐに全身の毛を逆立てるほど、これは強敵だと身構えている。

 

「がっかりさせてくれるなよ?

 一矢も報いられぬでは、ジムリーダーとはこんなものかと失望するばかりだからな」

「上等……っ!?」

 

「悪いけど、そんなクリーンな一騎打ちに興味は無いわ!

 ドータクン、サイコキネシスよ!」

「グレイシア!

 身を逃がして!」

 

 サターンとの一騎打ちに集中していたスズナだったが、槍入れしてきた存在の気配を察し、自らとグレイシアの位置をずらしてサイコキネシスを回避する。

 対象を捉えれば操ってしまうサイコキネシスは、人もポケモンもそれに囚われれば致命的な技だ。

 免れたスズナとグレイシアは、サターンのそばにゴルバットと共に降り立ったジュピターが、ドータクンを従えた姿と対峙する。

 

「どうかしら、サターン。

 やっぱりジムリーダーは強敵?」

「お前よりは強い」

「つまり、洒落にならないほどの強敵ってことね」

 

 ジュピターのプライドを傷つける言葉を進んで使うサターンだが、それは彼女に今の緊急性を的確に伝えるものとして最適だからだ。

 同時に、サターンのプライドを守るためのものでもあるのだが。

 それほどの相手なのだ、と断言するほどでなければ、これに苦戦している自分がジュピターに舐められかねない。

 それも組織のナンバー2には重要なことなのだ。

 ジュピターは正しくそう解釈してくれたようだし、逆に言えばサターンも、それだけ理解の良い彼女でなければ幹部として信頼していない。

 

「2対1で妥当?」

「不本意だが妥当だ。

 失敗できない任務だからな」

「見境ないわね、悪党連中は。

 だったらこちらも……」

 

「ニルルっ、みずのはどう!」

「エンペルト! ハイドロポンプ!」

 

「おっと……」

 

 島に上陸し、ここまで自分達を乗せてきてくれたパートナーと共に駆けてきた二人は、その推参を主張するかのように技を撃たせていた。

 離れた場所からの狙撃だ。サターンのドクロッグも、ジュピターのドータクンも、ハイドロポンプと水の波動を容易に躱す。

 技の出所に注目するギンガ団幹部の二人、そして振り返ったスズナの目が、幼くも勇敢な二人の姿を捉えていた。

 

「あなた達……!?」

 

「一転、2対3か……

 マーズはまだなのかしら」

「問題にはならん。

 お前が一人ぶんのはたらきをしてくれるなら、私が二人分のはたらきをすれば帳尻が合うだろう」

「相変わらずの自信家ぶりね……頼もしいけど」

 

 あれだけ来るなと念を押したのに馳せ参じたパールの姿に、スズナは驚愕半分、諦観半分の想いだ。

 あんな子だとはナタネからも聞いていたから。こうなることも予想しなくはなかった。帰れと言っても無駄なのだろう。

 ギンガ団幹部二人と対峙する、スズナにとっても苦しくなり始めた状況だ。

 何も出来ない子供達ではない。救援である、と認識を改めて、スズナは改めて敵の方を向く。

 

「ゔあ、っ!?」

 

 だが、ここに来て過去最も頭を鋭く貫く痛みに見舞われたパールが、思わず両手で頭を抱え込む。

 ギンガ団幹部を二人も前にした状況、相手から目を逸らすことこそしなかったけれど。

 そうでなければ今すぐ膝をついて、背中と頭を丸めてうずくまりたいほどの唐突な激痛は、パールに悲鳴をあげさせるほど凄まじいものだった。

 

「あらあら……?

 様子が変ね、あの子……」

「…………ふむ。

 もしや、これのせいか?」

 

 サターンは、自らの懐にちらりと目線を落とした。

 そこには意図あって彼がここに持ち込んだ、とあるポケモンが囚われたギンガボールが二つ入っている。

 頭痛に見舞われる挙動のパールを見て、その原因が何なのか、サターンには心当たりがあるようだ。

 

「パール……!」

「へい、きいぃぃ゙っ……!

 ぜったい、だいじょうぶっ……!」

 

 寒空の下での脂汗、潤んだ瞳に眉間の皺、尋常でない頭痛に喘ぎ苦しんでいるパールを目の当たりにするプラチナは気が気でない。

 着信はそのままのはずだ。お母さんの耳にも、今のパールの異常は伝わっているはず。

 パールが頭痛を訴えていたことを知っているスズナも、一度だけパールを案じて振り返ったが、すぐに目線を敵の方へと向け直す。

 

「頑張りなさい! 来た以上はやるしかないのよ!

 あなたが選んだ道でしょう! 根性見せなさい!」

「っ……はい゙っ……!」

 

「どうやら、やるようだな。

 ジュピター、油断するなよ? トレーナーがあの調子でも、ポケモン達の動きが鈍るわけではないからな」

「わかってるわよ。

 どうやら万全でない舐めたコンディションで来てるようだし、後悔させてやりましょう」

 

 サターンのドクロッグ、ジュピターのドータクン。

 スズナのグレイシア、パールのトリトドン、プラチナのエンペルト。

 2対3の変則的な多人数バトル。数の上では有利でも、スズナをはじめパール達には一切の予断を許されない状況だ。

 たった一匹で、本気のマキシのポケモン達を叩きのめしたと言われる名高きドクロッグの存在は、とりわけそんな空気を強く漂わせている。

 

『――"ジュン"ちゃん!』

 

「…………!?」

 

 だが、いよいよ戦いが始まるというその時、思わぬ第三者の声が場に響き渡る。

 声の主は、パールのポケッチの向こう側だ。

 そして、割り込んだその声に最も動揺したのはジュピターである。

 

『あなた、ジュンちゃんでしょう!?

 どうしてそんな所にいるの!? あなた、ギンガ団なの!?』

 

「ジュピター、お前のことか?」

「ちっ……!」

 

 ジュピターも、サターンも、マーズも、その名はギンガ団の幹部としてのコードネームに過ぎない。

 彼ら彼女ら、当然親から賜った本当の名前というものがある。悪の組織に属する中、名乗ることはもう無くなっていただけだ。

 しかし、その過去と顔を知る者と直面することあらば、その名を呼ばれることもある。

 ジュピターの本名を呼ぶ人物が、ポケッチの向こう側の自分のお母さんであることに、パールは頭を押さえたまま手首を見上げるほど驚きだ。

 

『私よ、アヤコ!

 お願いジュンちゃん! そんなことはもうやめて!』

 

「……あんたは、こんな所でもあたしの邪魔をするのね。

 つくづく、忌々しいわ……!」

 

 過去は、捨てても、忘れようとしても、決して無くならない。

 ギンガ団に身を置いたあの日から、過去と決別し、風貌を変えるため、髪の色や形まで変えたジュピターだ。かつてよりも歳月が経ち、顔も変わったはず。

 今や彼女が、ジュンと呼ばれた少女と同一人物であろうとは、わかる者など殆どいなかったはずなのに。

 

 それでも、幼い頃から知り合っていたライバルの直感は、テレビ越しに見てもジュピターの正体を言い当ててみせたのだ。

 縁は断ち切れない。忘れようとしても、ある日突然繋がる。

 悪の道へと進むようになったきっかけの一つ、苦い過去を回想せずにはいられぬジュピターは、隠しようもないほどの不快感に表情を歪めていた。

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