ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第104話  ジュン

 

 誰にだって、子供だった頃がある。

 田舎村にて余生を過ごす老夫婦にも。

 最愛の娘が生まれ、今は落ち着いた日々を過ごす母親にも。

 そして、幼い頃にはいつか自分そんな風になるとは思いもしなかった、悪の組織に身を堕とした大人にもだ。

 

 パールのお母さん、アヤコは今のパールと同じくらいの年頃から成人するまでにかけて、ポケモンコンテストの参加者として活躍していた。

 彼女ははじめ、決して、わざわざ非凡と言われていたわけではない。

 初めてのリボン、ノーマルランク優勝者に授与されるそれを獲得するまで、実に一年以上かかった女の子だった。

 しかし、大好きなその道を貫いた彼女は、やがてハイランクコンテストの常連となり、マスターランクでの優勝戦での常連とまで上り詰めた。

 良縁に恵まれて引退するその時まで、最高峰のリボンをいくつも獲得し、当時を知るその業界の人々に、アヤコの名は良き思い出として刻まれている。

 

 きっと当時のアヤコを回想する人々は、もう一人の女の子を同時に思い出さずにはいられないはずだ。

 彼女の親友であり、幾度となくコンテストでは二人の独壇場の優勝争いを演じていた、認め合ったライバルと公表さえしていた同い年の女の子がいた。

 公式戦において、彼女がアヤコに勝利することは、ついぞ一度もなかったけれど。

 コンテストの舞台で対の位置に立ち合えば、絶対に負けないよといつも熱く火花を散らし合う二人の眼差しを、当時の観客は今でも思い出せるはず。

 

 二人は本当に親しかった。

 コンテストが終われば、一緒にご飯を食べに行って、お互いの駄目出しをし合う反省会なんてして。

 語り合うことが無くなれば、他愛も無い話でお喋りして、笑い合い、最後はまたいい勝負をしようと固く誓い合って帰路に着く。

 そんな二人が、コンテスト会場最寄りのカフェで目撃されることなど恒例の姿だったのだ。

 ぶつかり合うたびに互いのレベルを高め合い、切磋琢磨してコンテストに挑む先人を追い抜いて、燦然と活躍する二人の姿は多くの人々を魅了したものだ。

 大人達は、ライバルと共に成長する若き志に、無限の未来を想像して心躍らせ。

 幼い子供達は、大人相手でもコンテストで勝ち抜いていく二人のお姉さんの姿に、いつか僕も私もあんな風にと夢を抱く。

 決して二人は、常にコンテスト業界の中心人物であり続けたわけではない。二人を纏めて打ち破るスターも決して少なくない、競争の激しい厳しい世界。

 それでも、若き日のアヤコとその親友が共に輝いたその日々を、目で追い続けたファンもまた多い。

 群雄割拠の世界の中、無数のスター達の中にあり、並び立つ輝きを放つ一等星として、アヤコと彼女の親友は確かに煌めいていた。

 

 アヤコは"ジュン"と、ずっと親友でいられると思っていた。

 いつしか、ふとコンテスト会場で会うこともなくなって、電話してもはぐらかされることが多くなって。

 何がきっかけだったのかもわからぬまま疎遠になり、連絡も途絶え、今でも時々昔のことを思い出せば、いま何をしているんだろうとつい思い耽ってきた旧友。

 もしも再会できたなら、たくさん、たくさん話したいことがある。

 青春時代、最も多くの時間を共にした親友とは、生涯にかけて忘れられない特別な人。

 夫に巡り会え、愛娘に恵まれ、そんな二人と並べ立てても、特別な人だという意味のみにかけては、決して劣らないはずだ。

 

 あれから十年経ったって、大人の顔になって髪型を変えたって、アヤコはジュンの顔を見て確信することが出来たほどには、特別な親友だったのだ。

 悪の組織の幹部として暗躍するジュンのことを知ったその時、アヤコの胸が悲痛なほど締め上げられたことは想像に難くない。

 

 

 

 

 

「ジュン……お母さんの……」

 

 パールはアヤコに、ポケモンコンテストに挑んでいた昔日の話を幾度も聞いている。

 母親の言葉が娘にとって特別なものになり得ると知っていたアヤコは、娘の人生を狭めないために、あまり自分からその話をしてこなかった。

 だけどお母さんが今もポケモンコンテストを観るのが好きで、時には審査員に招かれるとあれば、やはり幼いパールもお母さんの過去に興味津々だ。

 せがまれ、昔話をするアヤコは、五年以上に渡るコンテストと関わり続けた現役時代の思い出を、愛娘に聞かせることもした。

 

 当然、ジュンの名前を出したことだってある。

 そしてパールも、子供心に、その名を思い出して語るアヤコの目が、楽しかった日々を懐かしむと同時、寂しさを抱いていたことも感じ取ってきた。

 今はもう会ってないんだけど、とは聞いていた。どうしているのかも今はもうわからない、とも聞いた。

 詮索しない、出来ないパールには、お母さんにとって大切な人だったんだなという印象しかない。

 だからこそ、強く記憶に残っているのだ。

 ギンガ団のジュピターをその名でお母さんが呼ぶことに、衝撃性を覚えるパールが茫然とするのは、決して母のショックにも劣ってはいない。

 

「……つくづくあなたは、私の人生の障害物そのものだわ。

 コンテストではあたしに一度も勝利を譲らなかったあなた、今はそんなあなたの娘があたしの邪魔をする。

 どこかで何とかして殺してやっていた方がよかったのかもねとさえ思うわ」

『どうしてそんなこと言うの!?

 私は、あなたのこと……』

「どれにしたって聞きたくないわ。

 親友? ライバル? それとも引き立て役?

 上から目線で来られても、事実を語られても、あたしは惨めにさせられるだけよ」

『ジュンちゃん……っ!』

 

 只ならぬほど歪んだ感情がそこにあることは、パールやプラチナにも、スズナにも、サターンにも聞くに明らかだった。

 聞くに耐えぬ卑屈と暴言にただただ不快感を覚えるプラチナ。

 あれほど想い案じていたはずの親友に罵倒され、母が悲しんでいることを声だけで感じ取れ、我が事のように胸が苦しくなるパール。

 性根からくる嫌悪感こそ抱きつつも、ただ冷静であらんと努め、静かにこの場を聞き守り徹するスズナ。

 ただ黙って、溢れる同志の感情に耳を貸すサターンは、己と同じ悪の道へ堕ちた同胞の言葉を、ともすれば共感を約束された予感すら抱いて沈黙する。

 

『ねえ、どうしてなの!?

 どうしてあなた、そんな風になってしまったの!?

 会えなくなってからの長い時間の中で、何があったの!?』

 

「別に、何も?

 あたしをこの道に進ませたきっかけが何かと言えば、あなたと過ごしたあの頃すでに芽吹いていたからね」

 

 へらっと自嘲気味に笑うジュピターの表情は、通話越しのアヤコの目には映っていない。

 だが、その声をかつて何度も聞き、親しんだその声からアヤコの耳は、目ほどに今のジュピターの様相を感じ取れてしまう。

 対話の余地も、歩み寄る余地も無い、そう表明しているジュピターの本懐は、耳を逸らしたいほどアヤコにとってつらい。

 

「あの頃から、あたしが陰口叩かれてたのは知ってるでしょう?

 あいつはバトルの方が上手い、トレーナーになった方が余程いいって。

 コーディネーターとしての才能は無いってさ」

『そんなこと!

 だってあなたは、ちゃんといくつものコンテストで優勝してみせた、誰にだって胸を張れるコーディネーターだったじゃない!

 無責任にあなたを評価して、あなたの気持ちも考えずに勝手なことを言う人をコンテストで負かして、見返せたって誇らしくもしてたでしょう!?』

「あははは、そうね。あれは本当に胸がすっとしたわ。

 思えばあたしって、あの頃から負けん気は強かったのよね」

 

 ほんの僅かな時間だが、過去を懐かしみ笑うジュピターの声は、その言動に不快感を覚えていたパールやプラチナを驚かせた。

 確かにこの瞬間だけだったけど、敵対する悪の組織の幹部から、人情的な不愉快でない人となりが垣間見えたからだ。

 だからと言って見直せやしないけれど、極悪非道の悪党だと思っていたこの人物でさえ、嘘の無いそんな表情と言葉を見せられるのかと感じずにはいられない。

 

「だけど、頂点を極められなかった。

 常に、あなたに阻まれて。

 あなたが相手でない時でも、誰かに敗れて。

 あたしが一度も、マスターランクのリボンを獲得できなかったことは知ってるでしょう?」

『それは……!』

「ふふ、結構よ。そんなあたしを、あなたは一度も哀れまなかった。

 何度も何度もあたしを負かして、たったの一度も勝たせてくれなかったくせにね。

 ……あなたに負けるたび、またか、またなのかって悔しくて仕方なかったけど、あなたのそういう所は好きだったわ。

 あなた、優しかったもの。それでも、叱咤と激励に徹してくれたでしょう?

 勝者に哀れまれるなんて、敗者にとっては屈辱以外の何ものでもないもの」

 

 二十歳にも至っていない当時のアヤコが、そんな難しい真理を既に理解していただろうとはジュピターも思っていない。

 ただ、親友だから。一緒に高め合える間柄が、アヤコにとっても温かくて、ずっとそばにいて欲しくて、エールを贈りたくて。

 そして、ごめんねと言われるよりも、頑張れかかってこいって言われた方が燃えるジュンの性格をよくわかっていて。

 だからジュピターも、あの日のアヤコのことは、理屈ではなく心から湧き出る素直な感情に従って、今でも嫌いになることが出来ない。

 自称するに等しく捻くれた今なお、好きだったという言葉を皮肉無しに告げられるほどには、やはりジュピターもアヤコを親友だと思っていたのだ。

 

「でもね、アヤコ。

 あたしは、一番になりたかった。それが、一番の目標だった。

 善戦や、敢闘を讃えられる惜敗じゃ、満足できないあたしの性分は知ってるでしょう?」

『ジュンちゃん……!』

「一つの道を極めようとすれば、辿り着くか、道半ばにして倒れるかしか無い。

 あたしはあたしの望んだ道の到達点に辿り着くまで、ずっと歩み続けられる強い心の持ち主じゃなかった。

 だって、あなたにはどうしたって勝てなかったから」

『あたしの、せいなの……?』

「ふふ、そうかもね。

 でも、あたしを負かしていたのはあなただけじゃない。

 別にあたしが一番になれなかったのは、あなただけのせいじゃないわ。

 そして、あなたは常にあたしを負かすため、正しく全力を尽くして、真摯にあたしとの勝負に臨んでくれていた。

 ……別に、気に病むことはないんじゃないかしらね」

 

 険の抜けた表情と声で語る女性の表情は、ギンガ団幹部ジュピターのそれではなく、アヤコの旧友ジュンのそれだったと形容して過言無い。

 同窓会で久しぶりに再会した大人同士は、語らうにつれ、互いの顔が徐々に若かりし頃のそれに見えてくることがあるという。よく聞く話だ。

 罵声と皮肉をばらまいて、敵対者の心を搔きむしる悪意を振り撒くことを得意とするジュピターが今、悔恨に陥りかけた旧友を救わんとさえする。

 ポケモン達が睨み合う中、一触即発が本質であるこの状況、誰も開戦への指示を発せないほど、今ここにはアヤコとジュンだけの世界がある。

 

「あたしは、コーディネーターとして一番になる道を追えなくなった。

 だから、トレーナーに転向したわ。

 あなたと会えば、また未練が目を覚ますかもしれないと思って、余所の地方に移ってジムを巡ったりしてね」

『……………………』

「でも、遅すぎたんでしょうね。

 あたしはもう、トレーナーとして大成し、頂点を追うことも叶わなかった。

 そりゃあそうよね。トレーナーとして強くなるため、幼い頃から努めてきた連中に、今さらのあたしが一番を目指せるほどこの世界もまた甘くはない。

 あなたの愛娘さん、トレーナーになって何ヶ月? 一年も経ってないでしょう?

 それが、今はこうして悪の組織たるあたし達に立ちはだかり、あたし達が脅威の一抹だと認識するほどに強くなっている。子供達の成長力って凄いのよ。

 あたしも、もっと早くコーディネーターとしての自分の才能を見限り、トレーナーに転向していれば違う未来があったのかなって思うほどにね」

『……でも、頑張ったんでしょう?

 あなたのことだもの、絶対、誰に話しても恥ずかしくないぐらいの結果は出してるでしょう……』

「それでも、ジムバッジ6つが限界よ。

 それが、清純なる世界での、トレーナーとしてのあたしの限界。

 トレーナーとしても、コーディネーターとしても、何者にもなれなかった中途半端な大人。

 それがあたしよ」

 

「…………それであなたは、悪の道に進んだとでも言うの?」

 

 聞き捨てならなかった。

 二人だけが語らう世界に、スズナは口を挟まずにいられなかった。

 陽気に自分と語らっていた時とは違う、低く、重く、怒りを秘めたその声に、そばのパールがびくりとしたほどだ。

 

「あなたは、ハクタイシティで全力のジムリーダーと渡り合えたほど、強いトレーナーとして大成しているはず。

 あなたをその境地に至らせたのが、悪の道に進んだことだとでも言いたいの?

 清純なる世界での限界、ってどういう意味なの?」

「別に、悪の道に進んだからといって、あたし自身が強くなったとは思ってないわ。

 手段を選ばないようになってから、お行儀のいい奴らの鼻っ柱をへし折れることは多くなったけどね。

「非道を正道にさえ含む輩の世界において、小悪党は巨悪に呑まれるのみよ。

 今のあなたが、悪の世界で頂点を極められるだなんて、その賢しい頭でまさか夢見てはいないでしょう?」

「ええ、ごもっとも。

 所詮、あたしはこの世界でも半端者よ。

 ボスには及ばず、サターンにも劣る。

 心配しなくても、あたしはこの道に進んだからといって、こちら側で頂点を極められるとは思っていない」

 

『だったら、やめてよ……!

 そんな世界で、ジュンちゃんは何を目指してるの……!?』

 

 シンオウ地方のことではないと言っても、ジムバッジを6つ集められるなら、どこの地方でも胸を張れるほどの実績だ。

 それだけの地力がジュピターにはあるのだ。悪人にならずとも。

 間違いなく、誇れるほどの、卑下するに値しないほどの、才なるものがジュピターにはあるはずと断言できる、それだけのことを彼女は成し遂げているのに。

 それにさえ届かず、道半ばにして夢路を断った者達を、ジムリーダーとして正しく見届けてきたスズナに、ジュピターの言は許容したくない。

 彼女が語った言葉の数々に、悪に身を堕とす大義と見做していいものは、やはり一つも無いはずなのだ。

 

「誰でも、一度は考えるものじゃない?

 昔に戻って、人生をやり直したいって。

 あたしはコーディネーターとしてではなく、最初からトレーナーを志していた自分を試してみたいわ」

 

「あなた……!?

 いや、あなた達、まさか……!」

 

「少々喋り過ぎではないかね、ジュピター」

「別にいいじゃないの。

 三湖を回るあたし達の意図なんて、そのうち誰かが勘付くわ。

 今のシンオウには、ポケモン学会の権威たるナナカマド博士もいるんだしね」

「まあな。

 もっとも、我々の真意が察されようが、今さら何も変わりはしまい」

 

 人生をやり直したい。

 幼い頃の自分に戻り、今よりわかる頭でよりよい人生を描きたい。

 誰しもが考え得る、ごく一般的な発想の一つに過ぎないそれを耳にした瞬間、スズナの顔色が一変する。

 

 まさか、ギンガ団の真意とは。

 口を滑らせた、いや、今さらそれを隠す時点でもないと明け透けに語ったジュピター。

 時を遡るなどという、絶対に叶えられないはずのことを現実的に夢見て語るかのような発言に、スズナは戦慄さえ覚えていた。

 リッシ湖、シンジ湖、そしてここ、エイチ湖。

 妄執さえ感じるほど強行的に、シンオウ三湖を襲撃するギンガ団の動向は、スズナに一つの仮説を抱かせるには充分だ。

 そしてそれは、一つ間違えば、この世界の理さえも歪め得る、恐ろしいほどの想定に他ならない。

 

「あたしは、あたしの望むもののためにギンガ団に与した。

 ただの一度の失敗も許されない、夢へと迫る旅路は確かにひりつく。

 だけどその果てにあるものが、手の届かないものだと思っていたあたしの希望であるなら、あいにく手段は選んでられないのよ」

 

 ジュピターの声と、表情と、そして眼差しが、アヤコと語らっていたジュンの色を失っていく。

 挑発的な口元の歪み、目的達成のためなら手段を選ばぬ目の開き、そして己の思想を理解し得ぬ者をただ蔑むかのような傲慢な声。

 鳥肌の立つパールとプラチナだ。恐怖や戦慄によるものではない。

 ほんの少し前までは、せめて人情的でさえあったジュピターが変貌しつつある様に、忘れかけていた悪の組織幹部への嫌悪感は倍ほどでさえある。

 

「ねえ、アヤコ?

 さっきあたし、言ったわよね?

 かつてはあなたがあたしの夢を阻み、今はあなたの子供があたしの夢を阻もうとしてる。

 あたしがこの子をどう思ってるか、あなたならわかるんじゃない?」

『ジュンちゃん!?

 待って、あなた、まさか……!』

「この子、どうしたって構わないわよね?

 ちょうどすぐそばに、落ちたら凍え死ぬほどの冷たい湖もあるわ」

『やめて!! 嘘でしょう!?

 パールは、私の……』

「悪いけど、容赦しようがないわねぇ。

 だってこの子、生かしておいたら何度だって邪魔してくるんだもの」

『いやあっ、やめてえっ!!

 私の大切な子なのよおっ!!

 何でもするから、あなたの言うことなら何でも聞くからあっ!!』

 

「グレイシア!」

「――――z!」

 

 もう我慢ならない。いや、一瞬で我慢ならなくなった。

 泣き叫ぶように愛娘の無事を乞う母親の声に、スズナは強い情念を込めて相棒の名を呼んだ。

 それに応えたスズナのグレイシアは、いななくような声とともに、両陣営が対峙する戦陣の中央に吹雪を巻き起こす。

 

 ジュピターとサターンを、そしてスズナ自身とパールとプラチナにまで身も凍えるような冷気の余波を浴びせるが、スズナはジュピターを睨みつけ動じない。

 ジムリーダーとしての矜持でぎりぎり耐えたが、あの腐り果てたジュピターを、グレイシアの冷凍ビームで狙撃したかったほどだ。

 大事な一人娘を喪わせることをちらつかせ、何も出来ない母親の心を引き裂く極悪人に対する、スズナの怒りは沸点を越えている。

 

「あんた、調子に乗り過ぎよ。

 昔馴染みとの語らいに耽り過ぎて、足元見失ってんじゃないの?」

「あらあら、怖いわねぇ。

 怒ればジムリーダー様、倍ほど強くなるのかしら?」

「さあ、どうかしら?

 どっちにしたってあんた、怒らせちゃいけない相手怒らせたわよ」

 

「…………お母さん」

『パール、お願い、逃げて!

 私、あなたに何かあったら……』

「お母さん!」

 

 大事な大事な一人娘と、もう二度と会えなくなる恐怖に囚われたアヤコの、パニック状態に近い声に、パールは強い声で今一度呼びかけた。

 敵を睨みつけるスズナと、難敵を目前としたサターンやジュピターの、張り詰めた空気を遮れる声ではない。所詮は子供の大声。

 だが、ただただ動揺する母の言葉を遮って、己が声を届けるだけの短い沈黙は作れた、強い、強い声だ。

 

「私、絶対に負けないよ。

 お母さんのことを泣かせようとする、あんな人のこと絶対に許せない……!」

『パール……!』

「絶対勝って、また電話するよ。

 …………心配かけて、ごめんなさい。お母さん」

 

 パールはポケッチを半ば叩くようなほど、強い手つきでぶちんと通話を断ち切った。

 乱暴な手つきには、彼女が口にしたとおりの、ジュピターに対する強い憤りが表れている。

 いかにパールが怒っているかなど、それに感応するニルルが、あの穏やかな性分のニルルが、敵を力強く睨んでいる目つきにも表れていると言えよう。

 元より負けられぬ戦い。それ以上に、許せない。

 

「パール。

 引き分けも、なし崩しも駄目だよ。

 あいつら、全力でぶちのめそう」

「……あはっ、プラッチらしくない」

「かもね。

 僕、今までで一番むかついてるかもしれない」

 

「あははは、みぃんな怒り心頭ね。

 そんなあんた達があたし達に敗れて這いつくばる姿なんて、たまらない見世物になりそうだわ」

「そうね、上空カメラからの全国放送ですもの。

 自分を笑いものにされる心配でもしておいた方がいいんじゃない?」

 

 パールも、プラチナも、そしてスズナも、火がついた闘志は雪の積もったエイチ湖でも冷めやらぬ。

 勝利しかない。ギンガ団の幹部を無力化して捕らえる完全勝利、それ以外に三人が目指すものはない。

 へらへらと挑発を続けるジュピターとて、対峙する者達が抱く凄まじい熱には、この寒空の下で汗を流すほど震えるものがある。特に、スズナに対してだ。

 

「久しぶりに本気で戦えそうな相手だな、ドクロッグ」

 

 ただ一人、この緊迫した開戦前の状況下、仮面の下では笑みすら浮かべて冷静な人物もいる。

 サターンだ。そしていかに憤慨に心を満たそうが、ジュピターへの憤りを隠せまいが、スズナが最も警戒する相手。

 あれが従えるドクロッグの強さは、間違いなく尋常なものではない。

 マキシのポケモンをなぎ倒した実績が、それそのものは充分に物語っているものの。

 対峙してみれば、野生の個体となんら変わらぬはずの風体ながら、異常な、異様な、強者の気質を纏っていることを意識せざるを得ない。

 

 まるで、チャンピオンの切り札と対峙した時のような戦慄がある。

 シロナとバトルした経験もあるスズナをして、あのドクロッグにはそれにも等しいものを感じずにいられないのだ。

 

「我らギンガ団、過去最強の客人と見做し、もてなそう。

 期待は裏切らぬ。そちらも、期待を裏切ってくれるなよ?」

「さあ、ドータクン。

 正義は勝つと信じる世間知らずに、現実の厳しさを教えてやりましょう」

 

「グレイシア! 加減を忘れなさい!

 あなたの全力、見せて頂戴ね!」

 

「エンペルト! 絶対に負けられない!

 あいつらだけは、絶対に許しちゃならない!」

「ニルル……!

 勝とうね、絶対に……!」

「「――――――――z!!」」

 

 ギンガ団の幹部二人が揃い踏み、味方は誰よりも頼もしいジムリーダー。

 そんな不安と頼もしさが両立されたこの場において、パールもプラチナも、そんなことは意識にもかけない。

 その心に刻み付けた、必勝以外を望まぬ気迫を、相応の強い声に乗せて相棒に訴えかけるのみ。

 それに呼応し、大きな声を発してくれる、スズナ以上に身近かつ頼もしい仲間達とともに、最年少の二人は改めて難敵を見据えるのだ。

 

 過去最強の敵との戦いだ。それも、対ジムリーダー以上の。

 そうだと理解した上で逃げなかった子供達の覚悟の強さは、きっと大人にも劣らない。

 果たして、それは結実に至るか。二人が培ってきた力が、信じる道を突き進み、叶えるに値するものかが問われる戦場だ。

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