ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第11話   VSズガイドス

 

 

「ズガイドス! 頭突きだ!」

 

「あわわわ、ピョコ逃げて~!」

 

 二足歩行で身軽そうな小柄な身体、走るのも速そうだとパールが見て感じたとおり、ピョコに駆け迫るズガイドスの動きは速い。

 初めて見るポケモンだが、ヒョウタが使う以上は岩タイプだろう。つまり硬そうに見えるあの頭は、岩のように硬い石頭と予想がつく。

 絶対、あれで頭突きされてはただじゃ済まない。避けての指示しか下せないパールだが、絶対当たるなという忠告としては的を射ていそうだ。

 

 ピョコもあれを受けてはまずいと感じているのか、躱す動きにも必死さがある。

 ちょうどピョコが躱した後方に岩が一つあり、それに頭からぶつかっていったズガイドスは、その岩石をぶっ壊してしまう。

 頭からぶつかったにも関わらず、自分が痛いという顔一つせず、すぐ振り返ってピョコの方へと再び突っ込んでいく。

 

「そうだズガイドス!

 反撃のチャンスを与えてはいけない!」

「えぇと、えぇと、こういう時は……!」

 

 ズガイドスはピョコを追い回している。足を止めさせたらすいとる攻撃が来るからだ。

 動きの鈍そうな姿のピョコだが、体当たりを攻撃手段にするだけあって足は遅くない。頭を突き出して突っ込んでくるズガイドスの攻撃を凌いでいる。

 しかし、一戦終えたばかりのピョコの体力が落ちてきたら、いずれぶつかられるのは時間の問題。逃げるばかりではじり貧だ。

 

「っ、ピョコ! あっちあっち!」

「――――!」

「むっ、仕掛けてくるか……!?

 構わないぞズガイドス! そのまま追い詰めろ!」

 

 パールが逃げる方向を指差して指定する。

 何らかの意図があるのは明らかだが、ヒョウタも警戒する想いを封じて、ここは敢えて突っ張った攻撃の継続を命じている。

 策が何であれ、とにかくあのナエトルに距離を稼がれて足を止めることはさせられない。この優先度の高さは揺るがない。

 

「そうそう! 次こっち!」

 

 ズガイドスに距離を詰められながらも走るピョコ。走る動線を指示するパール。

 やがて弧を描くように曲がって走ったピョコに、ズガイドスも駆け足で距離を詰めていく。

 追う側の当然として、相手が弧状に走れば同じようには走らず、常に相手へ真っ直ぐ走るものだ。それが、最短距離だから。

 逃げる側が曲線を描く走りをすれば、追い付かれやすく不利である。

 

「なるほど、岩石を障害物にするつもりか……!」

「ピョコ間に合え~!」

 

 しかしピョコは、追い付きつつあるズガイドスと自らの間に、大きめの岩がある場所へと滑り込む。

 ダッシュしているズガイドスはどう来る? 回り込んでくるか? それはそれで助走が削がれる。

 走り込んでの頭突きの威力は、回り込んできた時点である程度弱められる。

 

「甘く見ないで貰いたいな……!

 ズガイドス、そのまま突っ込め!」

「――――z!」

「ピョコ! 甲羅に入って!」

「――――ッ!」

 

 ズガイドスは回り込んだりしない。

 一枚岩に止まらず突っ込み、その岩石を粉砕した挙句、ぶっ壊した岩の向こうにいるピョコへ、さらに踏み込み頭突きをぶち当ててきた。

 砕けた岩がピョコの身体に襲いかかり、さらには勢いは半分でもズガイドスの頑丈な頭突きがさらに乗る。

 助走をつけての体当たりと、足し引きそこまで威力は変わらない。

 

 しかし、ピョコはズガイドスから見えない場所で、既に甲羅に手足と頭を引っ込めて防御態勢を作っていた。

 ズガイドスの強い頭突きを受けはしたものの、吹っ飛ばされつつ転がった先で、なんとかピョコは素早く引っ込めていたものを出す。

 距離は作れた。甲羅に入っても痛かったが、それでも最小限のダメージでだ。

 

「すいとる攻撃!」

「――――!」

 

「――――z……!」

「ズガイドス、追うんだ!

 立ち止まっちゃいけない場面だぞ!」

 

 足を止めての吸い取る攻撃を発したピョコに、体力を奪われるズガイドスは少し苦しい表情を浮かべた。

 だが、怯んでいる暇はない。追い込まねば延々とこれが続くのだ。

 鞭打つような指示でありながら的確で、ズガイドスも理解しいっそうの火を目に燃やし、再びピョコへと突っ込んでいく。

 今度は逃げ場がない。一度こちらが足を止めての攻撃を発揮した時点で、躱し続けるにも限度がある。

 

「ピョコっ、甲羅に……!」

「――――ッ、――――z!?」

 

 それしかなかっただろう。

 頭をぶつけられる寸前に、頭と手足を引っ込めて防御態勢を取るピョコ。

 しかし、障害物無しの勢いのあるズガイドスの頭突きは、パールと、そしてピョコ自身も想定していた以上の力強さだ。

 離れたパールの耳に響くほどの激突音に続き、バトルフィールドの端までピョコが突き飛ばされる一幕は、なんとか耐えられればと祈ったパールの希望を砕く。

 

「追い討ちだ! ズガイドス!」

 

「ピョコ……!」

「ッ…………、――――z!!」

 

 頭を出したピョコの表情はかなり苦しそうだったが、自らに向かい来るズガイドスを前に、身を震わせてもう一度すいとる攻撃を放つ。

 もう避ける体力も無いなら、せめて次のパッチにバトンを。

 指示されずとも、最後の力で少しでもズガイドスを弱らせようとするピョコの戦いは、すいとる攻撃に目を細くしたズガイドスが目前に至った時に終わった。

 

 ぎゅうっと目を閉じ顎を引いたピョコの額に、ズガイドスの頭突きががづんと激突だ。

 のけ反るようにして吹っ飛ばされ、地面に転がったピョコは、横倒れになってひくついていた。

 あんなピョコの姿は一度も見たことのなかったパールは、悲鳴も出せずにショックを受けた顔をしていたけれど。

 それでも、ぐっと気を持ち直してボールのスイッチを三度押ししたパールが、ピョコをボールの中へと戻らせた。

 傷ついた友達の収まったボールを両手で握りしめ、胸の内がじくじく痛む想いに耐え、パールは再びバトルフィールドのズガイドスを見る。

 

「強いね、君のナエトルは……!

 正直、二発耐えきられるとは思っていなかったよ!」

 

 ヒョウタにはズガイドスのパワフルな頭突きな二発当たれば、"からにこもる"ピョコでも二発で仕留められる見立てがあったようだ。

 パールには知り及べない次元の話だが、それは先鋒を務めたイワークの"にらみつける"攻撃から既に始まっていたことである。

 

 すいとる攻撃を受け続けて弱りながらも、鋭い眼光で睨み返してきたイワークの姿は、ピョコの精神に訴えかけるものがあったはずだ。

 どんなに弱った相手でも、闘志が萎えぬ限りは侮れないという、野生時代もあったピョコにその本能を思い返させる。

 それは、戦いに対する恐怖心の増幅とも言い換えられよう。

 びびれば腰が引け、踏ん張りが利かず、勇猛果敢に無心で戦えた時と比較しても、敵の攻撃で押し負ける局面も増えてしまう。

 そして、イワークの"にらみつける"眼光に植え付けられた本能的警戒心は、当のイワークを倒した後でも引きずるのだ。

 対ズガイドス戦においても、ピョコ本人も気付かぬうちに踏ん張りが弱い精神状態となり、それは防御態勢を固めても同様である。

 

 ヒョウタにとってのナエトルは、岩タイプの弱点を突く草タイプのポケモンで、最も手傷浅く仕留めたかった相手に他ならない。

 ズガイドスの強さだけではなく、次に繋がるイワークの補助も得て、結果すいとる攻撃を二発しか受けていない余力を残したズガイドスが今残っている。

 一体のポケモンで苦手な相手を仕留めるのではなく、繋いで不利な相手を効率的に仕留める。ジムリーダーの手腕である。

 しかし一方で、イワークの"いわおとし"他の攻撃を受けてなお、ズガイドスの頭突きを二度耐えたピョコのタフさは、ヒョウタの予想を上回ってもいる。

 導ける限りの最善を得たヒョウタとズガイドスだが、それでも理想的展開とは言い切れない。勝負はまだまだわからない展開だ。

 

「パッチ、お願い……!

 頑張って……!」

 

 残されたもう一人の友達が入ったボールのスイッチを三度押ししたパールが、コリンクのパッチを喚び出した。

 だが、祈るように声を絞り出したパールは、ただでさえの相性の悪さにズガイドスのあの強さに、勝利へのビジョンを見失いかけている。

 四本足でバトルフィールドに降り立ったパッチも、後方のパールの気力がすっかり弱くなっているのは、耳でも肌でも感じている。

 

「――――――――z!!」

 

 察したパッチが取った行動は、遠吠えする狼のように天井を見上げ、大きな鳴き声をあげる行動だ。

 パールが今まで聞いた中で、一番大きなその鳴き声は、しっかりしろとトレーナーに活を入れる、独り鬨の声に他ならない。

 思わぬほどの大きな鳴き声にパールが驚く中、振り返ったパッチの横顔と眼光は、私がまだいるんだと訴える眼差しである。

 あなたがそんなことでどうする、と、パッチの叱咤とも激励とも取れるその瞳に、パールも自分が今どんな顔をしていたかを気付かされたものだ。

 

「っ、っ……ごめん、パッチ!

 頑張ろう! 絶対に勝とうね!」

「――――z!」

 

「折れないか……! それでこそポケモントレーナーだよ!

 ズガイドス! 気を引き締め直して一気に畳みかけるぞ!」

「――――z!」

 

 さあ、第二ラウンドの幕開けだ。

 必殺の頭突きを最大の武器とするズガイドスは、パッチに向かって一直線。

 迎え撃つパッチも"いかく"する眼光をぎらりとズガイドスに向け、勢いのある突進めいた頭突きを、跳躍して敵を飛び越える形で回避する。

 駆けっこではピョコより少し速い程度のパッチだが、この身軽さと跳躍力は、ピョコには出せない大きな強みである。

 

「――――ッ!?」

「パッチ!?」

 

 だが、着地の瞬間にパッチが表情を歪め、痛いものを踏んでしまったかのように数歩の千鳥足。

 ふらつく仕草は反撃に転じる間を削ぐもので、頭突きを一度躱されたズガイドスが再びパッチに差し迫る。

 頭を突き出して突っ込んでくるズガイドスに、これもパッチは機敏な動きで回避したものの、目に見えて足が痛むかのようで跳躍を為せていない。

 サイドステップで頭突きを躱すようにしながら、一目散にズガイドスから離れる方へと駆けて振り返り、ひとまず仕切り直しの構えを取る。

 

「な、何かおかしいのはわかる、わかるんだけど……!」

 

「ズガイドス、逃がすな! 攻め立てろ!」

「――――z!」

 

 休ませる暇も与えぬかのように駆け迫ってくるズガイドスの頭突きを、パッチは何とか躱し続けている。

 パッチの機敏さなら、攻撃に転じず逃げに徹する限り、躱し続けることは困難ではない。

 だが、しばしばその中でズガイドスの攻撃を凌ぎ続ける中でありながら、パッチが痛そうな顔をするのは何故なのか。

 その都度、何か踏んだかのように足を上げるパッチの姿から、どうやらその原因は地面にあるとパールも察し始めている。

 

 緒戦で敗れたイワークが撒いていたものは、ピョコを睨みつけて精神的に揺さぶったことのみではない。

 地を這い暴れる中、イワークがフィールド各所にばら撒き、自重で地面に埋めて切っ先のみを小さく突き出させていたものが、それを踏んだ者を苦しめる。

 撒き菱のように、所々で踏めばじくりと足の裏を傷つける"ステルスロック"の所在は、それを間近で見ていたピョコと、仲間の技を知っているズガイドスだけ。

 目を凝らさねば見えぬほどの、小さな埋まった岩のトゲ。

 

ズガイドスに追い回されるパッチに注視する暇など無く、逃げ回る中で踏めばダメージは蓄積する。

 

「パッチ、頑張れえっ……!

 な、なんとかっ……体当たり!」

 

 異変の本質に気付きかけてはいながらも、解決策が閃かぬ中ではパールも状況を変える指示など出せない。

 しかし、防戦一方で逃げ回っているだけでは、そのうち走れなくなっていつかは捕まる、と考えて出した指示は的外れではないだろう。

 パッチもその意には同調したようで、ズガイドスの頭突きを躱してその側面に身を移す。

 助走は稼げないが、近い距離から頭を相手に突き出して、こちらも頭突きだとばかりに振り向いたズガイドスに体当たりをぶちかます。

 

「甘いな……! 苦し紛れだよ!」

「ッ、――――z!」

 

 パッチの体当たりに二歩よろめいたが踏ん張ったズガイドスは、すぐに前へと踏み出して、パッチの額に石頭を振り下ろす。

 ズガイドスは岩タイプだ。真っ向からの体当たりがよく効く相手ではない。

 振り下ろしの頭突きでパッチの額を打ち付けて、目の前に星が飛んでよろめくパッチを前に、ざざっと三歩ぶんすばやく退くズガイドス。

 そのまま助走をつけて頭突きの体当たりをぶちかますズガイドスが、ごづんとパールもぞっとするような激突音とともにパッチを突き飛ばした。

 

「ああぁっ……パッチ……!」

 

「…………っ、――――z……!」

 

 地面を転がり擦るようにして、ズガイドスから離れた位置に倒れたパッチ。

 音といい衝撃といい、勝負あったと思わずにいられない痛烈な一撃に倒れたパッチを見て、思わずパールはパッチのボールのスイッチを押しかける。

 だが、それを見受けたパッチは力強く前足で地面を踏みしめ、胸を持ち上げ天井を見上げると、再び大きな鳴き声を発してみせた。

 まだ戦える。人の言葉を発さずして、その意志ははっきり表明されている。

 

「ううぅ、パッチ……!

 でも、でも、どうしたら……!」

 

「見上げた根性だね……!

 ズガイドス、侮るな! 畳みかけるんだ!」

「――――z!」

 

 あの強烈な頭突きを受けてなお立ち上がり、ふはぁと荒い息を吐いてズガイドスを睨みつけるパッチに、ヒョウタは勝負を決めにかかる指示をズガイドスに。

 トレーナーであるパールが惑う今こそ好機に他ならない。このまま勝負を決めてしまうのが最善策だ。

 勝負は何が起こるかわからない。きっかけ一つ、パールかパッチが掴んでしまったら、この優勢もいつひっくり返されるかわからないのだ。

 

「あ……!?

 パッチ避けて! えぇと、あっち! ピョコの足跡がある方!」

「――――!?

 ッ――――!」

 

 だが、少しヒョウタにとって悪い方向へと展開は傾いたか。

 パッチが地面を転がって地面に刻んだ、うっすらとした擦り跡。

 そこに着想を得て何かを閃いたパッチは、パールに指示される方へと渾身の跳びを見せてズガイドスの頭突きを躱す。

 先の戦いでピョコが残していた無数の足跡に、パッチも上手に四本の足を収めきっている。

 

「むぅ……!」

 

「パッチ、大丈夫!? 痛くない!?」

「――――!」

「よかった……!

 でも、ここから……!」

 

 パッチの足を傷つけるものが何なのか、そしてそれがいつ配置されたものか、パールは未だに判然としていない。

 だけど、さっきの戦いでピョコは一度もパッチと同じ反応は見せなかった。

 つまり、少なくともピョコはその何かを踏んでいないのだ。

 それはピョコが、ステルスロックをばら撒くイワークの挙動を間近で見ていたからであり、しかしピョコにはパールには伝えるすべがなかったこと。

 さりとて未だバトルフィールドに残るピョコの足跡は、パールやピョコには見えぬ罠の無い場所を示す、かすかで確かなヒントに相違ない。

 

 土壇場でパールが閃き至ったその解答は、緒戦を戦い抜いたピョコが残したバトンを、拾い上げてここに繋ぐ役目を果たしている。

 パールの支えが、そしてもう一人の友達が残してくれたものを武器に、パッチはその眼差しに再び勝利を目指した火を宿す。

 

「パッチ、何とか凌いで……!

 多分、きっと、相手も弱ってるはずだから!」

 

「初心者だと思ってたらこれだ……!

 だが、それがいつまで続くかな!? ズガイドス、行け!」

 

 痛い所を突かれたヒョウタも、ズガイドスに早期決着を目指す指示。

 ピョコの足跡を使ってステルスロックの撒き場を躱す手段を導きだしたこともそうだが、同時にパールはナエトルVSズガイドスを思い出したと見える。

 つまり、すいとる攻撃を複数回受けて弱っている、ズガイドスの本質を。

 元気なズガイドスなら、そもそも先程のパッチの体当たりを受けてよろめきすらしない。ただの体当たりになど充分過ぎる耐性があるはずなのだから。

 あの時点でヒョウタは、決して余裕のある戦いではないと重く受け止めたからこそ、パールとコリンクが立ち直る時間など与えたくなかったのだ。

 

 ズガイドスとて重々承知、パッチに迫る頭を突き出しての突撃はいっそう速い。

 躱すパッチはズガイドスを飛び越え、足を延ばしてズガイドスの足跡を踏みしめる。

 気付いてしまえば応用すら見せるパッチである。だって、ズガイドスだって踏んでないから顔色一つ変えずに走れるんでしょうと。

 自由気ままに走れないのは不自由だが、器用に足を動かしてズガイドスとピョコの足跡を踏みしめるパッチは、さほど立ち回りに苦労していない。

 バトルフィールドの真ん中は、ステルスロックの位置を知るナエトルとズガイドスの足跡だらけだ。逆に避けろと言われた方がむしろ難しいほどに。

 

「体当たりじゃない、えぇと、えぇと……!」

 

「決めにかかれ、ズガイドス! 今だぞ!」

「――――z!」

 

 逃げ場を示したパールだが、有効な攻撃手段を導き出せない。体当たりの効果が薄い現実からは、もう目を逸らして希望を懸けられない。

 ヒョウタが見定めた付け入る隙はそこだ。

 ヒョウタも想像しなかったヒントを頼りに、ステルスロックの躱し方を与えたパールに時間を与えたら、またどんな新解答を導き出されることやらわからない。

 頭突きを一撃くらわせて弱らせはしたはず。コリンクの動きも最初よりは悪くなっている。追い立てる指示。

 

「ッ――――!」

「――――z!?」

 

 現にパッチは、迫るズガイドスの頭突きを派手な動きで躱すことが出来なかった。

 身を捻ってその頭突きを自らの横へ抜けるよう回避した程度であり、ブレーキの利くズガイドスが振り返った時に敵は間近。

 だが、至近距離の頭を振り上げての頭突きを下されるより早く、パッチは勢いよくズガイドスの尻尾の付け根に"かみつく"反撃を見せた。

 

「まずい……!

 ズガイドス、振りほどけ!」

「あ……!

 パッチ、背中に飛びついて!」

 

 一転、窮地に陥ったと悟ったのが、経験豊富なジムリーダーたるヒョウタの判断。

 しかし、パールもズガイドスの背後を取ったパッチの姿を見て、これは好機だと知るには充分だ。

 牙を持つポケモンの"かみつく"攻撃は、岩タイプのポケモンの表皮の奥にさえも強い圧と苦しみを与える本質を持つが、それは今のパールも知らぬこと。

 後ろを取ってしまえばあの石頭に晒されない、という事実を目の当たりにしたことの方が、よほど勝利への道筋を確信するに充分な事象であろう。

 

 噛みつかれた尻尾を振るって牙から免れようとしたズガイドスだが、パールの指示に従うパッチはすぐに牙を抜く。

 軽くなった尻尾を重いつもりで振るったズガイドスには肩透かし、しかし背中に飛びついてくるパッチ。

 絶対に頭突きされない場所にしがみついたパッチは、物理的に体当たりをかませない場所に陣取り、しかし攻撃手段は残っている。

 

「パッチ! 噛みついて!」

「――――z!」

 

「――――――――z!!!!」

「ズガイドス!?」

 

 肩と首の間にがぶりと噛みついたパッチの牙が、ズガイドスの硬い表皮の奥まで痛みを与えた。それは鋭くも鈍くもあり重いもの。

 例えるなら体内の骨を握りしめられるようなもので、激痛を覚えたズガイドスは暴れ悶える。

 何とかパッチを振り払おうと、半狂乱のようにぶんぶん体を振り回すズガイドスは、悲鳴に近い鳴き声をあげるほど悶絶する。

 

 

「ズガイドス、あれだ! 叩きつけてやれ!」

「ッ、ッ……――――z!」

 

 それでもヒョウタの指示を耳にして、かろうじて彼が指差した方向と意図を悟れるのは、流石ジムリーダーの切り札だ。

 凄まじい痛みを覚えながらも、背中にしがみついたパッチを背負うようにしながら、フィールドに乱立する岩の一つへ駆けていく。

 そして岩に自分からぶつかりに行く動きの果て、直前に体を回し、自分と岩の間にパッチを挟むようにしてそこへ叩きつけるのだ。

 

「ああぁぁ……!」

「よし、ズガイドス……!」

 

「…………ッ、ッ……!」

「…………!?

 ――――z、――――――――z!!」

 

 叩きつけられたその瞬間は、パッチもけはっと息を吐いて、その牙を抜いてしまったものだ。

 しかし、自分から離れようとしたズガイドスにしがみつく前足を離さず、かすれた息を一度吐いた口を、再び同じ場所へ噛みつく動きへ戻す。

 激痛から解放されたかと思った瞬間に、再び同じ痛みが突き立てられた衝撃は、一度免れたと感じた安堵が逆転するぶんいっそうズガイドスには衝撃的。

 

「な、なに……!?

 ズガイドス、振り払え! 地面に叩きつけてやれ!」

「ぱっ、パッチぃっ!!

 頑張れえっ!! 離しちゃだめえっ!!」

 

 片目を閉じるほど息が詰まっていながら、ズガイドスに食らい付くパッチ。

 ここで逃したらもう勝機は無いだろうと腹を括っている。

 その執念に驚愕しつつ、振りほどくための手段を唱えるヒョウタ。

 必死で低く跳んで後ろに倒れ、自分の体と地面にパッチを挟むようにして叩きつけるズガイドス。

 そしてパールは、もはやこの唯一の勝機と見えたこの局面、パッチを応援する叫び声を必死で届けることしか出来ない。

 

「――――z、――――――――z!!」

「ッ……! っ、ッ――――z!」

 

 それでも離さないパッチの牙が、いっそうズガイドスの首元近くに深く食い込み、噛み締められるズガイドスの悲鳴はいっそう大きくなる。

 ごろんごろんと地面をのたうつように悶え、幾度となくパッチを地面に擦りこするズガイドスと、牙と前足で必死に食らい付くパッチ。

 小さな体のポケモン同士が絡まって地面を転がる姿も、苦悶の絶叫を絶やさぬズガイドスの声が、いかに死闘であるかを物語っている。

 決意に満ちた牙と、それに捕らえられた獲物の壮絶な戦いを前に、パールは胸の前で両手を握りしめ、足が震えるのを止められない。

 あまりにも凄まじかった。開いた片目からパッチが漂わせる勝利への執念も、暴れるズガイドスの必死に歯を食いしばる表情もだ。

 

「――――z……!!

 ――――――――z……!」

 

「っ……よく頑張った!

 ズガイドス、戻れ……!」

 

 十数秒もの間、大暴れしていたズガイドスが、腹ばいになってヒョウタの方を見て、とうとう鳴き声の色を変えた。

 もう無理、これ以上耐えられない、今すぐ助けて。苦悶の表情で訴えるズガイドスに、ヒョウタは迷わずボールのスイッチを押した。

 降参の想いを受け入れられたズガイドスは、パッチの牙から解放され、光の粒になってボールへと戻っていく。

 

 目を背けたくなるほどの、それでいて目を逸らせない死闘だった。

 たった十数秒でもパールには、それが何十秒にも感じられたほどだっただろう。

 だが、ズガイドスがヒョウタのボールに収まったことで、それを目の当たりにしたパールの腰から力が抜けていく。

 その場にへたり込んでしまったパールは、未だばくばくと鳴る心臓に力の抜けた握り手を当て、はっはっと短い呼吸を繰り返すのみ。

 その終焉とともに半ばそのように呆然となってしまうほど、パールにとっても身がもたぬほどの戦いだったということだろう。

 

「……本当に、よく頑張ってくれた。

 屈したことは恥じゃない、相手が強かっただけだ」

 

 ボールの中でしょんぼりしているズガイドスに、ヒョウタは決して気休めではない労いの言葉を向けていた。

 鍛えられ、戦い慣れた、ジムリーダーの切り札が、音を上げギブアップするなど想像を絶する苦痛だったはず。ヒョウタもわかっているのだ。

 人間だって関節を捩じり上げられ、まして逃げられないとなってしまえば、大人でも泣いて許しを請うのである。

 どれだけ暴れても放してくれない、鋭い牙を首筋に突き立てられる苦しみなんて、想像しただけでぞっとするというものだ。

 

「か……勝ったの……?」

 

「……おめでとう!

 悔しいけれど、君とコリンクと、ナエトルの勝ちだ!」

 

「――――!」

 

 ズガイドスが屈したことで、ヒョウタの二体のポケモンは共に敗北だ。

 ヒョウタの敗北、そしてパールの勝利を意味する宣言を耳にしたパッチが、ぱあっと明るい表情になってパールに振り返る。

 鬼気迫る表情でズガイドスに牙を突き立てていたパッチが、無邪気な笑顔で駆け寄ってくる姿に、ようやくパールの表情も綻んだ。

 

 胸元に飛び込んでくるパッチを、腰に力が立てないパールは受け止めたが、体の芯がもたずそのまま後ろにこてんと倒されてしまう。

 だけど、ぎゅうっとパッチを抱きしめて。

 すぐそばで、やったよ、見てたよね、と嬉しそうな顔で笑うパッチの姿を前にすれば、パールの表情もまた笑顔で満開になる。

 

「やった……!

 やった、やったっ、やったあっ……!

 パッチ、ありがとう……! ほんとにっ、ほんとに頑張ってくれたね!」

「――――♪」

 

 あんなにも必死で食らい付いて頑張ってくれたパッチの姿が脳裏に蘇るにつれ、パールは感極まってちょっと泣いちゃいそう。

 頬ずりしてくれるパッチをいっそう強く抱きしめながら、体を起こして。

 すぐにピョコのボールを手に取り、スイッチを押してピョコもボールから出す。

 

「ピョコもありがとう……!

 二人のおかげで勝てたよおっ! 二人とも大好き! ほんとにありがとう!」

 

 戦後でひどく疲れていてもう戦えないピョコだって、パールにじゃれつく体力は残っている。

 自分のことを忘れず呼んでくれて、パッチと一緒に褒めてくれるパールの姿に、ピョコはパッチの顔を見た。

 やったな、という一言ぶんの疎通。そんなピョコの眼差しから気持ちを受け取ったパッチも、照れ臭く前足で顔をくしくしする。

 

 あとはもう、ピョコもパッチも二人でパールに身を寄り添わせるだけ。

 うんうん俺達頑張ったよ、私達頑張ったよ、もっと褒めて褒めてとパールの手が届きやすい場所に頭を持っていってすりすり。

 バトルフィールドではあんなにも頼もしくて心強かった、そんなピョコもパッチも戦いが終われば、子供のように無邪気にパールに甘えるばかりである。

 

「あははは……!

 私もう、絶対、一生、ピョコとパッチのこと大事にする……!

 ずっと、ずうっと一緒にいてね、二人とも……!」

「~~~~♪」

「――――♪」

 

 初めてのジム戦の勝利の中、ガッツポーズ一つ無く、頑張ってくれたポケモンを両手に抱きしめて、大好きという想いを伝えるパールの姿。

 二日連続で挑戦者に負けてしまった悔しさはあれど、ヒョウタにとっては頬が緩むほどの眺めだった。

 ごめんねヒョウタ、と、ボールの中から彼を見上げているズガイドスにも、ヒョウタは気持ちを察して、ボール越しの笑顔を返すのみ。

 未熟ながら、全身全霊を尽くして戦い抜いての勝利だからこそ、あれだけパールが喜んでいるのだとヒョウタにもわかる。

 けちなど一つもつくものか。負けたズガイドスが恥じることなど一切無いほど、あれはこの戦いの勝者を誇るに相応しいポケモントレーナーだ。

 

 何度だってヒョウタは思う。

 これだから、ジムリーダーはやめられない。

 余すことなく全力を尽くした真剣勝負以と比べてしまったら、趣味の炭坑遊びだって比較にならないのだ。

 だからみんな、ポケモントレーナーであることもやめられない。

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