ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第112話  二人の夜

 

 何事も無ければ、今日はトバリシティに到着し、一夜を過ごしていたはずのパールとプラチナ。

 だが、ギンガ団マーズとの遭遇、それに聞かされた話によって、トバリシティで一夜を過ごすことを敬遠するかのように、二人の足はソノオタウンに向いた。

 マーズの言っていることが事実なら、トバリシティは蛇の巣だ。

 悪のギンガ団のアジトがあるという時点で、そんな街で一晩を過ごすなんて、そわそわして眠れなくなるに決まっている。

 幾度となくギンガ団の任務を妨げようとしてきたパールとプラチナなのだ。逆恨みだろうが何だろうが、悪の組織に恨まれ、目を付けられている可能性は高い。

 

 ソノオタウンのポケモンセンターを宿に一夜を過ごすパールは、お風呂上がりの身体でベッドに座り、無言で天井を見上げていた。

 普段ならば、ナタネ辺りにでも夜の長電話をするような時間帯だ。

 そんな気が起きないパールというのは珍しい。それだけ、一人での考え事に耽らずにいられないのだ。

 心は決まっているだけに。自分の性格は自分が一番よくわかっている。

 

「――パール」

 

「……へっ?」

 

 そんなパールの部屋をノックするプラチナの声が、自分の世界に入り込んで悩んでいたパールの耳には、虚を突いたように届く形となる。

 同じ建物に泊まる二人とはいえ、夜にプラチナがパールの部屋を訪れるというのもまた、かなり珍しいことなのだ。

 それは普段プラチナが、パールはナタネさんと長電話しているだろうなと気を遣い、ちょっとお喋りしたく思ってもやめるようにしているからでもあるが。

 

 珍しい出来事に意外さを感じ、しかし今パールを悩ませていることを思えば、不思議なことでもないような気がして。

 パールは戸惑いより、今の悩みを共有できそうな親友の来訪に、少し足早で部屋の扉を開きに行く。

 

「もうお風呂上がったんだ?」

「わかる?」

「髪、乾いてないよ」

「え、そ、そう?

 見てわかるぐらい? もしかしてぺちゃっとしてる?」

「そんなことはないけど、雫ついてる」

 

 ドアを開けたパールの顔を前にして、観察力に秀でるプラチナの気付きは目ざといものだ。

 流石にポケモンの観察が本業である学者の卵。友達相手であったって、ちょっとしたことでもすぐ気付く。

 身だしなみにも若干行き届かないメンタルだった自分を自覚して、パールは気恥ずかしく誤魔化す笑いを浮かべるのみだ。

 

「…………あの、さ。

 大事な話があるんだけど……」

「な、なに? 入る?」

「いや……うちの部屋、おいでよ。

 流石に僕も、女の子がこれから寝るような部屋に入り込めないよ」

「あっ、響きがなんかスケベ」

「僕まだお風呂入ってないんだよ。

 これからパールが寝る部屋でゆっくりするのヤなんだよ」

 

 部屋に入ってすぐお風呂に入ったパール、シャワーを浴びるなら寝る前のプラチナ。

 入れるなら一秒でも早い方がいいパールと、寝る前にさっぱりしたいプラチナでは、入浴のタイミングは全く違うらしい。

 

 照れ臭く頬をかくプラチナに顔を近付けて、別に臭くないよ? と笑って励ましてくれるパールに、ちょっと体を後ろに傾けてどぎまぎするプラチナだけど。

 手前勝手な男の子なりの悩みなんて、今日は意識したくない。

 大事な話があるのだ。本当に、大事な話。

 

「……来てくれる?

 ほんとに、大事な話なんだ」

「うん、聞く聞く。

 ……もしかしたら私も聞いて欲しい話があるかもしんない」

「何それ、そこに"かも"が付くのおかしいでしょ」

「言うか言わないかは後から考えるのだ」

 

 ちょっと神妙な顔で大事な話を持ち掛けるプラチナに、パールは親愛なる親友の誘いを喜ぶかのように、仄暗く明るい表情で彼についていく。

 笑顔のパール。だけど陰がある。

 どんな悩みがあってそんな顔になっているのかは、プラチナだってわかっているだろう。

 二人はプラチナが泊まる部屋に向かう中、夜だし他の部屋の迷惑にならないよう静かな声で、他愛ない冗談を交わし合いながら歩いていく。

 

 二人とも、わかっている。明日は、きっと只ならぬ一日になる。

 その前夜、今はまだ傷一つ無い心と身体で語り合うことが出来ると保証された、掛け替え無いとさえ言える最後の夜。

 少なくともプラチナは、そう意識していた。

 

 

 

 

 

「えーと……その辺座ってよ。

 椅子、二つ無いからさ」

「お邪魔しまーす」

 

 ポケモンセンターの泊まり部屋は大抵が一人部屋なので、ベッドだけじゃなく椅子と机もあるものの、それが一つしか無い。

 人を連れ込む想定はされていないのである。一人用のベッドを椅子代わりに勧めたプラチナに、パールはちょっとおずおずしながら座らせて貰う。

 流石に今晩プラチナが寝るベッドである。皺をつけてしまうと良くないよね、とパールも気を遣うようだ。

 

「ん~と……じゃ、僕こっち座ろ」

「部屋主プラッチなんだからそんな気を遣う感じにしなくても」

「いや~、色々あるでしょ。色々と。

 僕をスケベ呼ばわりしたパールならわかってるはずだ」

「なるほど、実はプラッチは紳士だったのだな」

「実はって何。僕ふしだらじゃないからね」

 

 プラチナはパールと同様、ベッドに座った。

 パールとの間の距離が若干遠いが。間に二人ぐらい座れそう。

 彼なりに色々考えて距離感を作っているようだ。二人とも耳年増になってくるお年頃だし、流石に全然知識が無いわけではない。

 その上で、万に一つでも嫌らしい考えの持ち主だとは思われたくないので、念には念を入れた距離感を保つプラチナの努力はいじらしいものだ。

 好きな女の子に嫌われたくない男の子、いっぱい考えている。パールと笑い合って冗談を交わせている現状に、ほっとしているぐらいだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 座った二人、お互い言葉が出てこずに、短い沈黙の時間が生じた。

 大事な話があると言ったのはプラチナの方だ。パールは言葉が出てこない自分に、今は待ってみようという思考へシフトして無言を貫いてみる。

 その間、プラチナは最初の一言をよく考えて、発するのみ。

 ずっと黙り込んでしまって、痺れを切らしたパールに第一声を発させるほど、プラチナは頭の回転が鈍い少年ではない。

 

「……パール、どう?

 今日、寝れなくなりそうなんじゃない?」

「あ~、えぇと……そう、だねぇ……

 なかなか寝れない気がするなぁ……」

「明日のこと考えたら、怖いもんね」

 

 少しばつの悪そうな苦笑いを浮かべるパールだが、そんな顔する理由もプラチナはわかっている。

 そして、受け入れている。言い方を変えれば、諦めている。

 長い付き合いなのだ。パールの性格なんてわかっているし、未だにわかっていなかったらむしろプラチナの方が寝ぼけている。

 

「……あのぅ、プラッチ。

 明日のことなんだけど……」

「いいんだよ、僕だってもうとっくに覚悟してる。

 一人で勝手に行っておいでなんて言うわけないじゃん。

 ちゃんと、パールのことサポートするよ」

 

「あ、あははは……ごめんねぇ……」

「謝るぐらいなら最初からしないっ!」

「すいませんっ!」

 

 やはりパールは、ギンガ団アジトに乗り込んで、エムリット達を助けに行くのだという決意を固めている。

 いや、厳密に言えば今でも迷っているのは事実だろう。散々、プラチナを振り回してきた自覚はあるし、本当にいいのかなという呵責はあるはずだ。

 それでもどうせ、明日までにはやるぞの道に突っ走る結論が出るパールなのは明らかだ。パール自身よりプラチナの方がよくわかっていることである。

 だったらもう、さっさと今日のうちに結論を出させてもいい。これはこれで、問題解決を先送りにしないプラチナの賢いところである。

 

 パールに謝られたが、とりあえず叱っておく。敬礼ポーズで身を下げて謝るパールのリアクションも含め、すべて冗談の範疇だ。

 そういう子であることも含めて、親友でいたいと思っている。友達ってそういうものだ。好きが勝れば、目を瞑れることだって増えるとも。

 嬉しそうにではなく、恭しげに声を出さずに笑うパールも、こんな自分の我が儘を認めて微笑んでくれるプラチナには、親愛感情が膨らむばかりというものだ。

 

「……怖がらせない方がいいかもしれないとは思うけど、やっぱり大事なことだから言っておくよ。

 今までに挑んできたギンガ団との戦いとは、比べものにならないほど危険だよ。

 手段を選ばない奴らがひしめく根城に、こっちから乗り込んでいくんだから」

「うん……わかっ………………えぇと……」

「ふふっ、わかってる、って言っていいんだよ。

 わかってないつもりじゃないんでしょ?」

 

 わかってるくせに行くのか、なんて突っ込まれるのが怖くなって、わかってる、とは言えなくなるパールだ。

 案外頭の回転は早い方かもしれない。あるいは叱られ慣れ過ぎて、叱られ得る失言には敏感になってしまっただけかもしれないが。

 目を泳がせるパールを微笑み見守るプラチナの優しさは、人に心配をかける罪悪感も擁するパールの心を、優しく包み込んでくれるものだ。

 

「とにかく、覚悟を決めて挑まなきゃね。

 ぶっちゃけ、僕達が事前に出来ることなんてそれぐらいでしょ。

 ギンガ団のアジトがどんな場所なのか、敵がどれぐらいいるのかも全然わかんないんだしさ」

「……うん。それだけは、ちゃんとする。

 本当に、今までで一番危ないんだもんね」

 

 敵地の詳細も無く情報不足、今から具体的な現地での算段なんて立てられようはずもない。

 出来ることと言えば腹を決めることだけだ。子供らしい理屈ではあろう。

 とはいえ、恐怖を先んじて克服することに注力することも決して小さなことではないので、馬鹿には出来ない理屈でもあるのだが。

 覚悟や心構えの足りぬまま実戦に踏み込み、ちょっとのことで動揺して足元をガタガタにする、そんな未熟な心で死地に挑むなど問題外である。

 

「パール。

 シロナさんとスモモさんの電話番号、教えてくれないかな」

「え?」

「僕達二人だけで挑むなんてやっぱり無謀だよ。

 頼れる人に、ちゃんと協力して貰えるように頼もう」

 

 パールに連絡先を教えたシロナやスモモ、その連絡先を横から貰うのは、本来マナー違反だとプラチナだってわかっている。

 それでも、今回ばかりはそんな恥知らずを果たしてでも、連絡を取り合うべき相手だと彼も確信している。

 子供二人で挑むには、荷が勝ち過ぎる戦いだとわかっているのだ。

 

「わ、私が電話するよ?」

「パールは自分のことでいっぱいいっぱいでしょ。

 僕が連絡して、事情をしっかり説明しておくよ。

 なんて言ったって、僕はパールのマネージャーなんだから」

 

「……ふふっ、何それ。初めて聞いたんだけど」

「実際そうでしょ?」

「うん、そうだね。

 プラッチがいてくれなかったら、私ここまで来れてないかもしれないもんね」

 

 未熟なままにしていくつものジムを巡ってきたパールのそばで、色んなことを教えてきてくれたプラチナの姿が実在する。

 彼に教えて貰えたことの数々が、パールの果たしてきた成功の大きな一因となってきたことは、一度や二度ではないだろう。

 対ギンガ団の日々も含めるなら、それこそもっとそんな経験は増える。

 僕はパールのマネージャーだとジョークを発するプラチナの言葉は、言い得て妙だとパールが初耳にして納得するほどのものが充分にある。

 

「ちゃんとプラッチ、こうこうこういう理由で連絡先知ってるっていうの、伝えてよ?

 私が勝手に、たいした理由も無く人の連絡先教えるような子だって誤解されたら、プラッチのことビンタするかも?」

「わかってるってば、怖い怖い。

 なんかパールも暴力的なこと言うようになってきたね最近」

「それはプラッチの方が早かった気がする。

 なぐるとか言ってきて」

「あ、そう言えば多分まだ殴ってない。今やっとこ」

「やぶへび! ゆるさん!」

 

 元々手の届かない距離からプラチナがパールににじり寄ったところで、パールも同じだけ離れて自己防衛して。

 笑い合ったらポケッチを介して、プラチナの要望どおり、シロナとスモモの連絡先をプラチナに教えるパール。

 流石にジムリーダーやチャンピオンの連絡先という、私的にも公的にも軽視されがたい情報だとはパールもわかっているはずだ。

 それを預けられる相手だと彼女がプラチナを信頼している証拠である。

 最悪、どうして勝手に教えるのと件の二人に批難されたとて、きちんと謝る覚悟も固めた上でだ。パールにとってのプラチナは、それが出来る相手である。

 

「……後で僕から、シロナさんやスモモさんには連絡しておくよ。

 明日はトバリシティに向かって、詳しい話はそこでしよう。

 万全の状態で、可能な限りの情報を手に、挑もう」

「うん……ありがとう、プラッチ」

「いいんだよ、今さらなんだから。

 パールのワガママに振り回されるのも僕もう慣れてきてるから。

 ……そういうパールの正義感、僕けっこう好きだしさ」

 

 慣れてきてるから、と言ったところで、迷惑かけてる自覚のあるパールの表情が曇ったことを、プラチナは絶対に見逃さない。

 だから、無謀とも蛮勇とも言われるパールの正義感を、肯定する言葉を重ねて気に病まないよう勇気づける。

 

 本当に、無茶する子だ。そばにいて、苦労する。

 だけど、そんなパールだからこそ、否定すべきものから逃げないパールだからこそ、きっと僕は彼女のことが好きなんだとプラチナは結論付けている。

 賢しい理屈で不都合からほおっかむりするような大人より、賢くも純真さの残るプラチナからすれば、パールの方がずっと魅力的なのは確かなのだ。

 子供同士だから認められる純粋さというものが実在する。大人には認められなくなった、認められなくなって寂しくなる真っ白な心というものだ。

 

「明日は、頑張ろう。

 僕が、その、パールのことは……フォローしてみせるから」

 

「……うん」

 

 弱い子だ。プラッチ君も。守ってみせるから、ぐらいのことは言ってみせていい局面であろうに。

 いよいよとなれば、過去に口にしたはずのその言葉さえ、ここで改めて言うには勇気が足りなかったようだ。

 

 純真すぎる男の子というのも考えものである。

 なまじ賢いだけに、パールが今、自分に対して好感の目を向けてくれていることも、プラチナだってわかってしまっている。

 ワガママな自分を肯定し、それでもそばにいてくれるプラチナに対する、パールの心情など第三者目線で見ても明らかすぎるほどなんだから。

 そこに口説き文句めいたものを投げるのは少しずるいような気がして、そんな言葉を使えなくなるプラチナの気難しいこと気難しいこと。

 恋愛とは美しいもので、駆け引きなんて無粋だと無意識に考えてしまう、幼い恋心の複雑な想いはこの年頃特有のものだ。

 

「プラッチ、ありがと。

 頼りにさせてね?」

「あ……うん……」

 

 締め括るような言葉を口にしたプラチナの言を受け、パールはベッドから立ち上がった。

 不安こそ擁するも、親友の頼もしさに救われた色をも含むパールの笑顔を見上げ、プラチナは少し言葉が詰まる。

 言うべきことは全部言った。でも、今宵の彼女との別れが名残惜しくも感じて。

 果たしてパールがそこまで考えてくれているかどうかはわからないが、プラチナは、明日の夜もこうして元気な顔を合わせられる保証は無いと思っているのだ。

 

 ナタネは恐らくギンガ団の毒牙にかかり、何日も目覚めない大怪我を負った。

 自分か、あるいはパールが、明日そうなってしまったら?

 まだ話すべきことは無いか。今日のうちに話しておけることは他に無いか。

 部屋の出口に向かっていくパールの背を目で追うプラチナは、思わず立ち上がってパールに駆け寄っていた。

 

「っ、パール……!」

 

「へっ……ぷ、プラッチ?」

 

 ドアを開けたパールの手を、後ろから握るようにしたプラチナが、言葉だけでなく行動で引き留める。

 驚いて振り替えったパールの前には、さっきまでより近い位置で、思い詰めたようなプラチナの顔がある。 

 

「……………………ねえ、パール。

 ずっと、言おうとしてたことが、あって……

 き、聞いてくれる、かな……?」」

「え……な、な、なに?

 ずいずいされるとちょっとどきどきするよ……?」

 

 これは、もしかして、もしかしちゃうんだろうか。

 パールは騒がしいほどの胸の高鳴りを、無意識に握られぬ方の手で胸元をぎゅっとして抑えることで精いっぱい。

 この空気、この場面、プラッチに何を言われたら自分が一番嬉しいか、それをわかっている女の子である。

 顔が熱くなる自覚のあるパールは、自分と同じ顔の色をしているプラチナを前に、しどろもどろになりそうな目を泳がせぬよう、彼の顔を見つめていた。

 

「………………パール、さ。

 僕のことずっと、プラッチって呼んでるよね」

 

「……へ? ん? えっ?

 そ、そう、だね……? えぇと、うん、そうですね?」

 

 予想していたものとは違う、期待していたものとは違うプラッチの言葉。

 あれれ、おかしいな。色んな意味で覚悟を決めたはずなのだが。

 普通の意味で戸惑うパールが、普通の意味で目がきょろきょろする。意味わかんなくて。

 

「パール、よく聞いてね。

 今から、すごく大事なことを言うから」

「……あぃ?」

 

「僕、"プラチナ"っていう名前なんだよ。

 プラッチっていう名前じゃないからね」

 

「……ほほー」

「ほほー、じゃなくて」

 

 確かに、大事な話だった。それもすごく大事な話。

 出会って間もない頃の誤解から、ずっと、ずっと、ずーっと彼の本名を"プラッチ"だと思っていたパール。

 プラチナに対するあだ名でプラッチ、というわけではなかった。全くもって。

 長らくそうだと知りつつも、訂正してこなかったプラチナは、とうとうパールにこれを打ち明けた。なぜこのタイミングで。

 

「プラッチ」

「なに」

「プラッチ君」

「僕はプラチナだよ」

「プラッチさん」

「僕はプラチナですよ」

 

「えっ、え……えーと……

 それは冗談なのでしょうか? それともマジ?」

「マジだってば。

 僕プラチナだから。プラッチじゃないよ」

 

「……ぷふっ」

「あっ、何がおかしいの」

「いや、その……ぷっ、くふふふ……

 ごめん、ちょ、これ……ぷふふふふふ……!」

「まあ、今まで訂正してこなかったのは僕が悪いんだけどさ」

 

「くふふっ、えふっ、あはは……!

 ごめんプラッチ、我慢できな、っ……!

 あはっ、あはははははは……っ!」

 

 もう、可笑しい。可笑しくって可笑しくって、笑いが止まらなくなった。

 さっきまで、緊張感でいっぱいだったことも相まって、急にこんな馬鹿らしい話を真面目に聞いたら、可笑しくってたまらない。

 誤解しててごめんの流れじゃない。訂正してこなかった方もヘンだもの。

 明日のことや、プラッチに気苦労を背負わせていた心重さで気が重かったパールにしてみれば、半ば不意打ちで心が緩んで笑いが止まらない。

 

「あー、ウケてるねぇ。

 そんなに笑われるとは思ってなかったわけですけど」

「あはっ、あはははは……! だ、だってえ、っ……!

 私っ、ずっと、マジでプラッチのこと、そう思って、っ……!

 あはははははっ、もうだめっ、苦しい、お腹痛いぃっ!」

 

 手を離してくれたプラチナにより、両手が自由になったパールは、その両手でお腹を押さえて背中を丸くするぐらい。

 明日のことを思えば思うほど、張り詰めるほどに苦しかったのだ。

 そんな矢先、こんなよくわからない冗談めいた話を聞かされて、一気に気持ちが緩んだらもう止まらない。

 夜なので他の人の迷惑にならないよう声を抑えて笑おうとするパールだが、つぼに入ったように、声を出して笑わずにいられないようだ。

 

 これは良くない、迷惑になっちゃう、と、パールは扉を閉めてプラチナの部屋の中に一旦留まる。

 そのままずっと止まらぬ笑いを溢れさせるパールを、プラチナはほっとしたような顔で見守るのみ。

 やーっとこの誤解を解くことが出来た。引きずり過ぎて、いつ話そうかとも思っていたことがようやく解決した安堵感。

 そして、精神的に追い詰められた風だったパールの表情が、ようやく崩れてくれたことへの言い知れぬ安らぎ。

 パールが笑う時間は長かった。その時間を、プラチナはただただ穏やかな表情を心境で眺めるばかりだった。

 

「は~……笑った笑った、笑っちゃった。

 プラッチなんでずっと黙ってたのさぁ。

 もっと早く教えてくれてよかったでしょ」

「や~、なんかタイミングなくて……

 まあ別にプラッチって呼ばれるのもあだ名っぽくて不自由しなかったしさ」

 

 いやはや、もっともらしい返答で流しているが、プラチナも本当のところは話せないし話したくない。

 幼い頃からあだ名なんて貰ったことのないプラチナ、プラッチというあだ名っぽい呼び方で、パールと親しく接して貰えた初期はそれが嬉しかったのだ。

 だから早期の訂正が出来ず、やがては話すタイミングを逃して、ここまでずるずると。

 そんな真相まで明かしたら、余計に笑われそうだ。今度こそプラチナは耐えがたいほど恥ずかしく笑われることになっちゃう。話せません。

 

「え~、じゃあこれから私はプラッチをどう呼べばいいのさ。

 もうプラッチで馴染んじゃってるよ?」

「それはもうそのままでいいよ。

 僕ももうあだ名みたいな感じで馴染んじゃってる」

「そっか~、じゃあこれからもよろしくねプラッチ。

 いいでしょプラッチ? ね? プラッチ?」

「連呼されるのも、それはそれでヘンな気がしてくるなぁ」

「えへへへへ、プラッチはプラッチだもん。

 私の中では、ずっとね」

 

 明かしたところで、これまでの付き合いとこれからは何も変わらない。

 明日もまた、昨日までと変わらない二人の関係だ。

 求められるのは、大事なく明日を終えられるかどうか。

 ふにゃふにゃの顔で笑うパールを目の前に、親しみ慣れたこの関係が終わらないよう、プラチナは今一度改めて明日に向けての決意を固めんとする。

 

「シロナさんとスモモさんには僕が連絡しておくからさ。

 パールも、今日はナタネさんといつものようにお電話しておきなよ。

 明日のこと話してもいいし、話さなくてもいいからさ。

 なんだったら、心配かけたくないならシロナさん達には、ナタネさんにこの話はしないで下さいね、って言っておくよ?」

「ん~……いや、いいよ。

 ナタネさんに隠し事、あんまりしたくないからさ」

「怒られるかもしれないぞ?」

「あはは、それはそうかもだけど……」

 

 隠し事の一つや二つや三つ、別に親しい間柄であろうとあって構わないものだ。

 それでも秘密を作るのは、相手との信頼関係に瑕を作り得るものだと、潔癖に考えてしまうのもまた子供心。

 なんでもかんでも明け透けに話すことが誠意というのは厳密には誤りなのだが、それは今のパールには難しい話なのだろう。

 

「明日は本当に頑張ろう。僕も全力を尽くすから。

 パールのことは、絶対に僕が守ってみせるから」

「っ……う、うん。

 頼りにさせて、貰うね?」

 

 本当、人の心というのは読めないものだ。

 さっきはそんな歯の浮くような台詞、頭に浮かんでも口に出来なかったプラチナなのに。

 明日を生き延びる覚悟が強まれば強まるほど、彼女を守りたいという気持ちはずっと強くなって。

 何も考えず、無思考で発する言葉の最後に、自然とその言葉は発せられたのだ。

 

 パールがどきりとしたように身を揺るがす姿を前に、いま自分が言ったことにはっとしたプラチナも、ぼっと顔が赤くなったけど。

 すぐに、気持ちと背筋を正す。恥ずかしがることじゃない。本心なのだから。

 格好つけての言葉じゃないのだ。赤ら顔ながら、これが僕の本心だと胸を張るプラチナの姿が、今のパールには誰よりも頼もしい男の子として見えたはずだ。

 きっと、チャンピオンや、ジムリーダーよりも。ずっと長い時間、一緒に旅をしてきた、何度も我が儘な自分を助けてくれた、掛け替えの無い親友だ。

 困った時の自分を何度も支えてくれた実績を持つ親友の頼もしさは、ただその強さや賢さが名高い大人になんて絶対に負けない。

 

「ありがとう、プラッチ。

 ほんと言うと、すっごい不安だったんだ。

 プラッチのおかげで、なんだか勇気出てきた気がする」

「……そっか。

 今日はよく寝て、明日に備えようね」

「うん。

 プラッチ、ほんとにありがとうね。

 プラッチがそばにいてくれて、私ほんとによかった……!」

 

 不安を封じる作り笑顔ではなく、親愛感情に溢れた笑顔を浮かべるパールを前に、プラチナもまた救われる。

 大好きな親友の心の軽く出来たような気がすれば、ただそれだけで嬉しいものだ。

 パールがプラチナをそう感じるように、やはりプラチナにとってのパールも、代わりのいない唯一無二の人なのだ。

 

「おやすみ、パール。

 何度も言うけど、明日は本当に頑張ろうね」

「うん!」

 

 自分の部屋に戻っていくパールを見送ると、プラチナはすぐにポケッチに目を落とし、シロナやスモモへの連絡を始める。

 何を、どのように、どう筋道立てて話すかも決めてある。

 ギンガ団幹部からもたらされた情報の信憑性なるものを、自らがどう解釈したか、それを伝える言葉までもう紡ぎ上げているのだ。

 すべては明日、最善の形でギンガ団アジトと呼ばれる場所へと乗り込むため。

 すべては明日、パールをひしめく悪意から守り通すためだ。

 

 運命の日。

 遡ってパールが幼い頃からエムリットとの縁を結んでいたことも鑑みれば、ここしばらくのギンガ団との戦いの日々を抜きにしても、因縁深き敵との決戦だ。

 囚われたポケモン達を救うため。

 そして何より、それを心から果たしたい自分達の本心に従って。

 大人と呼ばれる二十歳への道、その半ばを僅かに過ぎた程度の年頃の少年少女は、たった二人で決意を固め、悪しき大人達に挑む決断を選んでいる。

 

 人生最大の戦いだ。

 二人がそう認識しているのと同様に、現実もまたその認識に一致する。

 パールとプラチナは確固たる想いと意志を胸に、明日の死闘から目を逸らさず、光ある未来を勝ち取るべくその想いを高める夜を過ごしていた。

 一人で眠る一室にあり、隣の部屋にいてくれる親友の存在に、心を支え合わせて貰いながら。

 一人じゃない。それが命さえ懸かるかという戦場に赴かんとする二人にとって、最大の救いであり心の拠り所だった。

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