ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第113話  トバリの陣

 

 

 その日の朝。

 

 トバリシティに根を張るギンガ団――社会貢献が世に認められた、トバリの民に愛されしギンガ団のビルに、一人の客人が訪れていた。

 恐らく彼女はシンオウ地方で最も有名な人物の一人であり、このギンガ団のオーナーと旧知の仲であることも身内には知られている。

 彼女の訪問に、話は聞いていますと滞り一つ無く、ビルへと招くギンガ団員。

 それに導かれ、気が急くような足でエレベーターに乗り込んだ彼女は、オーナーが待つ最上階の一室へと瞬く間に辿り着く。

 

「コウキ」

「おはよう、シロナ。

 待っていたよ」

 

 ギンガ団のオーナーであるコウキは、大企業の総取締役という立場であることを鑑みれば非常に若い。

 客人を、一般企業に例えるなら社長室に相当するこのオーナールームへ、客人を招けば相手が年上のことが多いのだ。

 年上相手に敬意を払った歓待がしやすいよう、応接間のような大きなテーブルとソファーを擁するこの部屋は、そんな確たる目的を持ってそうなっている。

 

 ただ、今日は年を同じくするコウキとシロナの対面であり、オーナーとしてのかしこまった態度はなりを潜めている。

 座りなよ、と気心知れた声をかけてくれるコウキに、シロナはありがとうと一言述べて、コウキより先にソファーに座る。

 子供の頃からよく知る相手とはいえ、二人とももう大人なのだ。

 お客様に先に腰を下ろして貰う癖がついているコウキ、その気遣いに礼を言うシロナ、幼い頃にはあり得なかったやりとりもすっかり板についたものだ。

 

「眠そうね」

「正直、目が痛い。殆ど徹夜になってしまった。

 うちの団員にも、それなりの残業手当を出してやらなきゃな」

「ごめんね。でも、本当にありがとう。

 あたしも、なりふり構わずあなたを頼る他なかった」

「ああ、構わないさ。

 君がそこまで必死になるほど、窮に迫るほどの事態だとは僕も感じている。

 まあ夜通し作業したうちの団員に申し訳なく思うなら、それも別に気にしなくていい。

 従業員である彼らは、僕の命令には従わなきゃいけないってだけの話だ。僕は偉いんだぞ?」

「ふふふ、あなたのそういうとこ、今でも好きよ」

 

 静かだが、情熱のある男性。

 不遜な言葉遣いをすることもあるが、それは全て冗談であると信頼できる、謙虚な幼馴染。

 そしてそんな本質が彼をここまで上り詰めさせたのだと疑いようのない、たゆまぬ努力の末に今の地位にある大人。

 敬愛し、ずっと友達でいさせて欲しい、そう思わせてくれる親友だ。

 

「悪のギンガ団のアジトの所在だったな。

 それを探すよう求められた立場として、正直なところ自信と不安は半々だ。

 トバリシティは僕達ギンガ団にとっては地元であり、庭のようなものだ。

 一方で、少なくとも地上にそのような場所があるはずがないことは、とうの昔に結論付けている。

 悪のギンガ団が跋扈し始めたあの頃から、既に何度もこの街を調査することは繰り返してきたからね」

「元々、悪のギンガ団がどれほど大胆不敵でも、あなた達と同じトバリシティに身を隠すという仮説は少し考えにくい部分もある。

 現にあなた達ほどこの街をよく知る大きな組織で以っても、その尻尾は掴めてこなかったのだから」

「だが、僕達もその仮説を捨てきってはいない。

 まさかそんなこをとするはずもあるまい、という思考の裏をかいてこそ、真実を隠しおおせるという理念もある。

 忌むべきギンガ団をシンオウ地方から排斥したい僕達としては、どんな可能性とて見落としたくはない」

 

 ギンガ団を名乗る悪党集団の行動が衆目に晒されるたび、同じ名を名乗る団体との関係を疑われ、記者会見も開いてきたコウキである。

 潔白を訴えるため、庶民にもわかる形で、しかし極力迷惑にならぬよう、街を捜索したことも一度や二度ではない。

 地上に悪のギンガ団のアジトなどとなり得る施設がないことは、断言してもいいだろう。

 

「あるなら地下だ。当然、僕達もその可能性は追ってきた。

 それが、今まで芽を吹いてこなかった。

 正直、行き詰まっていたからね。自信を持てと言われても難しいな」

「……結果は、良くなかった?」

「いや……約束は出来ないが、可能性は一つ突き止めてある。

 気は熟した、というところなのかもしれないな」

 

 シロナは昨晩、パールに連絡先を聞いたプラチナから電話を受け、事情を聞くとすぐにコウキに連絡した。

 ギンガ団のマーズがパールという少女に接触し、ギンガ団アジトの所在はトバリシティだと告げたことも含めてだ。

 何度も調査してきたであろうことは承知の上で、時間がないかもしれないことを強く推し、シロナはコウキにギンガ団の総力を挙げての再捜索を頼み込んだ。

 二つ返事で快諾してくれたコウキが、団員達と夜通しで徹してくれた甲斐あってなのか、僅かな成果があったことをコウキは匂わせる。

 

「元々、この街にギンガ団が潜んでいるのだと仮定すれば、地下しか無いという説は動かない。

 僕達もかつては、幾度も地下探索用の波動装置を使って、不自然な地下施設が無いかの調査は繰り返してきた。

 ただ、まあ……トバリの地層に関しては君も知っているだろう?」

「地下にも巨大な岩石が多く、それによって広い空洞がいくつもあったって地盤が沈まない。

 それがトバリシティの地層なのよね」

「空間の存在は探知できるよ。

 それこそ、怪しくも何ともない空洞が無限に、逆に言えば疑ってかかればいくらでも疑わしい空間など無限にある。

 それらすべてを、ギンガ団のアジトかもしれないとしらみ潰しに掘って進んだら、それこそこの地層でも耐えきれない地盤沈下だって起こるだろう。

 それなりの確信――いや、一定程度の疑念でいい。それが無いと手が出なかったんだ」

 

 それは確かに道理である。

 確証も無く、むやみやたらに地下を荒らせば、必ずどこかに歪みが生まれる。

 それこそ、地下への入り口の一つでも見付ければ話が大きく動くのだが、それを発見することもまた地上の捜査の目的であったのだ。

 それが結果に繋がってこなかった以上、暗礁に乗り上げていたというのが実状、というのがコウキの語る行間である。

 

「それでも、手を出せるきっかけを得られた?」

「中で、動きのある空洞が感知されたんだ。それも、多数の動きだ。

 確証は持てないが……それが、アジトに集ったギンガ団員達の動きなのだとすれば筋は通る」

「……今までには無かった動きなのね」

「それがギンガ団のアジトなのだとすれば、という前提だが、僕なりにも仮説を立ててみた。

 ――恐らく、これまではギンガ団アジトと呼ばれるものがこの街の地下にあったとて、わざわざ何人もの人が出入りはしてこなかったのだろう。

 そんなことが多々あれば、些細な目撃者を経て露呈する可能性もそれなりに高まるからな。

 元々これは、今回の話が立ち上がる前から考えていたことと掛け合わせた結論のようなものだがね」

「それが今は、あなた達の捜索の目に留まるほど、多くの悪党が集い、地下での動きが活発になっているということ?」

「君も言っていたことだ。

 ギンガ団は、捕らえた三柱の神の力を借りて、叶えたいことを今日叶えられるところにまで至っていると。

 だから君は、申し訳ないと思いつつも、僕達に捜索を急ぐように訴えたんだろう?」

 

 マーズがパールに伝えたこと。

 悪のギンガ団のアジトは、トバリシティの地下にあること。

 そして、パール達にそれを教えた日にとっての明日、つまり今日、ギンガ団がエムリット達を捕えて為したかったことは果たせるということ。

 

 あくまで、悪人の姦言だ。信頼に値するものではない。

 だが、もはや今日悪のギンガ団の目的が達成されるかもしれないという、不敵な発言を無視することは出来ないのだ。

 実際に三つの湖をあれほど衆目を恐れず、言い換えれば渇望的に襲撃し、湖に眠っていた神を、ならず者の手法で捕えたギンガ団。

 何を目指しているかなど想像もつかない。だからこそ恐ろしい。神の力という人の想像に及べぬやもしれぬものを手にして、果たして何を目指している?

 世界の在り方さえ変えてしまう、途轍もないことを起こしかねないのだ。絶対に阻止しなくてはならないという危機感を拭いようもない。

 

「目的の達成が目前であるなら、今さらアジトが見つかるリスクを踏んででも、総力を挙げて動き出すという可能性はあるんだ。

 叶えたいことさえ叶えてしまえば、隠れ家なんてもはや用済みという可能性は充分にある。

 見つかる可能性よりも迅速さ。あり得る話だ」

「…………」

「これによって本当にギンガ団のアジトを突き止められたとすれば、昨晩君が寄越してくれた要請は天啓に近いよ。

 昨晩という機に捜索していなければ、まだ間に合うのかもしれない今日のうちに仮説を立てることも出来なかった。

 ……一方で、その情報の大元はギンガ団幹部とやらの発言というのも些か不気味でもある。

 何らかの形で"囮"を用意して、僕達が足踏みしている間に、全く異なるどこかの拠点で赤い舌を出して目的達成に励んでいる可能性だってあるんだ。

 僕達が掴んだのは怨敵の尻尾なのか、それとも始めから切られていた尻尾なのか、仮説を信じて進むことが勇断なのか蛮勇なのかはわからない」

 

 手がかりを手にしていながら、話は簡単なものではないと訴えるコウキの表情は神妙だ。

 一晩のうちに、考え抜いてきたことを発する口。

 そして、一晩のうちに多くを考え抜いてきたのはシロナもそう。

 これは罠かもしれない、という懸念は当然、シロナにだってあったはずだ。

 コウキが話しているのは、手がかりが無かった過去とは違い、手がかりらしきものこそあれど、五里霧中には変わりないという確認に過ぎない。

 

「だが、ここまで来た以上はもはや行動を起こさぬのも愚の骨頂だ。

 警戒はしているさ。だが、ここで何もせずに静観を敢えて選び、それが後に英断だったと思えるビジョンも無い。

 何かが起これば、後悔だけが残るビジョンの方が際立つぐらいだ」

「ええ、あたしもそう思う。

 あたしに手伝えることがあるなら何でも言って頂戴。

 何だってするわ、あなたの頼みなら」

「ありがとう、頼もしいよ。

 悪の巣窟と化している可能性のある、只ならぬ危険性が想定されるような場所に、僕も部下を送り込むことは出来ない。

 向かうのは僕自身だ。シロナ、君も来てくれるか」

「勿論よ」

 

 シロナは、そのためにここへ来た。

 もしも、もしもコウキが何らかの手がかりを見付けてくれるなら、彼に寄り添える相棒として、あるいは手駒になったっていい。

 悪のギンガ団を憎み、正しき行いを積み重ねてきたギンガ団の威信に基づき、必ず何かを成し遂げんとしてくれる人物だと信頼しているからだ。

 そんな彼の信念に従える形であれば、極論チャンピオンが顎で使われる形になろうと構わないのだ。彼の言葉になら従える。

 

「疑いのある地下空間を起点とし、それに距離を近くする地下空間を繋いでいけば、ある一つの施設の地下深くに到達する。

 多くの人が出入りして、たとえその中に悪党どもが紛れていても、森の中の木のように決して目立たぬ場所だ。

 僕は、ここがギンガ団のアジトへの入り口があるとすれば得心がいく、と結論付け、昨晩無理を言って捜索の手を入れさせて貰った」

「それは?」

 

「トバリデパートだ。

 その地下倉庫を入念に調べさせて貰った結果、地下へと繋がる細い道を突き止めた」

 

 果たして、それは核心か。

 シロナの命運を問う長い一日、運命の日が、コウキの明かした道筋によって、真の意味で幕を開けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プラッチ、シロナさんへの連絡、どうだった?

 信じてくれてそうだった?」

「うん、必ず何かを掴んでみるって言ってくれてたよ。

 パールの言葉を信じてくれてるよ」

 

 ソノオタウンを朝早くに出発し、トバリシティに辿り着いたパール達。

 街の入り口でパールが気にしているのは、プラチナが電話してくれたというシロナの反応だ。

 自分の言葉を信じて貰えるか不安というより、敵の言葉から得た情報をシロナが受け取ってくれるのか、という不安の方が大きいのだろう。

 ギンガ団幹部の言葉を鵜呑みに出来ないことなど、パールのような子供にだってわかる話だということだ。

 

「スモモさんは……」

「待ってくれてるはずだよ。そう約束してくれた。

 あの人も、自分なりに探りは入れるって言ってくれて……あっ、ほら」

 

「パールさん、プラッチさん!

 お久しぶりです!」

 

 まずはスモモに、プラチナが連絡を入れてくれていたもう一人に会うため、トバリジムへ行こうとしていたパール達。

 だが、スモモは街に入ってすぐの所で、二人を待ってくれていた。

 大きく手を振り、ここにいますよと二人の名を呼んでくれるスモモを見て、パールはぱたぱたと駆け寄っていく。

 プラチナもそれに続く。複雑な顔をして。あぁそういえば僕の名前……

 

「ご無沙汰しております。

 お二人をお待ちしておりました」

「え? え~と……はいっ、その、あ~……

 きょ、今日はお世話に、なります?」

 

 たいへん礼儀正しく努めんとするきらいがあって、時々いき過ぎたほどのご丁寧さの挨拶をすることのあるスモモ、と言われる。

 もっともスモモとて、いつもいつもこうではないのだが。

 彼女なりに、過剰と思われるような挨拶をする時というのは、それなりの気概を込めてである。

 例えばそれは、ジムリーダーとして挑戦者に最大限の礼を尽くしたい時、など。では、今日は?

 

「はい、すいません。

 それよりもまず、スモモさんにお話ししたいことがございます」

「ん?

 はい、なんでしょうか?」

「僕はパールに、自分の名前がプラチナであることを明かしました。

 ですから今後は僕のことを、プラチナと呼んで下さって大丈夫です」

「あら、そうですか!

 これは大変失礼致しました、プラチナさん」

 

「え? なに?

 プラッチの本名、スモモさんは知ってたの?」

「うっ……そ、それは、その……

 なんか、色々あってさ……」

「え~、なんで私にだけ知らされてなかったわけ?

 親友なのに。なぜ私だけハミ出し者にされているんだい?」

「そ、それはほら、昨日も言ったじゃん?

 なんとなく、話すタイミングが無くってさ……

 べ、別に不自由しなかったんだしさ、勘弁してよ」

「まあ、私の中では今でもプラッチはプラッチだけどね~。

 な~んか引っかかるなぁ……」

 

 ちょっと程度に不信の目を向けてくるパールにプラチナはたじたじ。

 プラチナは、ナタネをはじめとし、パール以外の多くの人には自分の本名を教えている。

 というか、ナタネに知らせてある時点で、シンオウジムリーダーの女性陣が仲良しであることを後から思えば、少なくともその四名の全員は知っているだろう。

 ナタネはお喋りだし。

 しかも理由が理由だ。あんなの、ナタネがお喋りに話したくなって仕方がない理由であることも、プラチナだって自覚している。

 

「そうですかぁ~……もう教えちゃったんですねぇ~……

 もうトクベツなアダ名ってやつが定着しちゃって、隠しておく必要が無くなったっていうところですか?」

「勘弁して下さい、いじらないで下さい……

 今にして思えば僕マジで恥ずかしいことしてる……」

 

 プラチナに身を寄せて、ないしょ話でにまにまと語りかけてくるスモモ。

 プラチナは顔から火が出そうである。

 非常に礼儀正しいことで有名なスモモだが、やっぱり年頃の女の子である。明らかに色恋が絡んでいるこの話、ちょっとぐらいはつついて楽しみたくもなろう。

 

 そもそもプラチナが本名をパールに隠し通そうとしたこと自体、はじめは明確に意図あってのことだったのだ。

 プラチナは幼少の頃から、友達にあだ名らしきものをつけてもらったことがない。

 たまたまだが、そうだったのだ。プラチナ、という名前は、彼のこれまでの友達にあだ名を思い付かせにくいものだったのだろう。

 子供心のないものねだりだが、あだ名で親しく呼び合う友達を見て、僕もあだ名で呼ばれてみたいなぁと思ったこともあったそうな。

 

 きっかけこそ聞き間違いだったが、パールはプラチナを本名ではない名前で呼び、それが定着し、そのまま親しくなった。

 今ほどでなくたって、好感の持てる、仲良くしたくなる女の子に、思わぬ形であだ名めいたもので呼んで貰えて仲良しに。

 なんだか嬉しいじゃないの。捨てがたいほど楽しい毎日じゃないの。

 そんなわけでプラチナは、本名を明かすことによって、プラチナと呼ばれる"正しい形"に戻ってしまうのがなんだか嫌だったわけで。

 簡潔に言い換えると、パールにプラッチと呼ばれ続けたいから本名を教えてこなかったわけで。

 こんなの絶対パールに知られたくない。パール以外に知られてる時点でまあまあ恥ずかしいのに、ご本人に知られてしまった日にゃあ、もう。

 そこまで知ってるナタネからすれば、仲良しのスモモにもメリッサにもスズナにも、その詳細をきちんと伝えて見守りたくなるのも致し方あるまい。

 単なる野次馬遊びだけじゃなく、プラチナの希望を汲んで、みんな結束してプラチナをプラッチと呼ぶよう計らっているのだから節度もある。

 プラチナは、今まで色んな人に微笑ましく見守られてきたのだ。改めて考えるとプラチナはいっそう恥ずかしくなってしまうのだが。

 

「何こそこそ話してるんですか。

 また私だけハミ出しですか」

「ああ、いえいえ。作戦会議ですよ。

 プラチナさんからの電話を受けて、得られた情報とのすり合わせです」

 

 上手にかわすスモモさん。

 別に、一生バトルのことばっかり考えているジムリーダーではございません。

 オフの時には、同じ年頃と比べれば己を高めることに時間を費やす人物ではあるが、親しい先輩に巡り会えたこともあり、やはり今でも女の子なのだ。

 

「あたしもパールさん達からの連絡を受けて、自分なりに調べてみたんです。

 怪しい人が入っていく施設は無いか。妙な動きをしている人はいないか。

 恐れ入りますがジム生の皆様にも協力して貰って、昨晩はそれなりに動いてみたつもりです」

 

 そして、話を本題に移していく。

 遊びは終わりだ。この切り替えの早さも年長者らしい姿。

 悪のギンガ団という、野放しにしてはいけない者達を何とかしたい、その気持ちが根幹にあるからこそ、本題に移るや否やのスモモの表情も変わり映える。

 

「お伺いした限りですと、今日、ギンガ団が何らかの目的を達成しようとしているのであれば、それなりに動きもあるでしょうと見込みました。

 果たしてその推察が正解なのかはわかりませんが……あんな所にどうしてあんなに多くの人が何度も? という場所には一つ思い当たります。

 あたしは、その直感を追ってみたいと思っています」

 

 概ねのところは、スモモもコウキと似たようなことを言っている。

 限られた短い時間で、あるかどうかもわからないギンガ団のアジトを探す者達の思考は、おおよそ似通ってくるというところだろうか。

 もしも、万が一、こうした"ごもっともらしい"答えを"演じて"ぺらぺら語れる者がいたとしたら、相当に理屈の組み立てが上手いと言えるだろう。

 

「パールさん、プラチナさん。

 あたしはこれから、そこへ乗り込みます。

 未熟なジム生を伴って行くことなど決して許されない、悪の巣窟を彷彿とさせる危険な世界です。

 あたしはジムリーダーとして、無限の未来を担う若きトレーナーであるあなた達を、本来ついて来てはいけないと制すべき立場にあります」

 

 そう、安全の保証されない場所。

 容赦の無い悪党に敗北した時、辿る末路は暗黒世界。

 そこに子供二人を引き連れて挑むことなど、トレーナー達を導くことこそ本業のジムリーダーとして、あり得べからざることである。

 二人のことはこの身に代えても守る、と絶対的な決意を固め、現に守り通したナタネと同じことが出来なければ、それはジムリーダーの資格にも響くことだ。

 

「……一緒に、来てくれますか?

 共に、戦って下さいますか?」

「はいっ!」

「勿論です」

「ありがとうございます。

 あたし、誠心誠意、お二人の御心にお応えさせて頂きます」

 

 パール達を迎えた時のスモモが、ジムリーダーとして挑戦者を迎える時のように、お堅い挨拶だったのは何故なのか。

 プラチナが本名を明かしたことを伝えたことで、一度空気は切れたけれど。

 スモモははじめから、二人にこの言葉を向けようと思っていたからこそ、ひたむきな礼を尽くさんとその背筋を正していた。

 

 "あく"を打ち破る"かくとう"の精神の源泉とは何か。

 悪しき者には屈してならぬ、正しく在るべきものを守らんとする正義の心だ。

 スモモは、プラチナとパールという二人の少年少女に、そんな心が宿っていることを信頼している。

 それはきっと、来るなと言っても首を振るであろうほど、強い強いものだとだ。

 親しい三人の先輩ジムリーダー達が心の根底に持つその心。それを心から敬い、その本質と真髄を追及してきたスモモだからこそ眼を見ればわかる。

 ほら、二人は迷わず頷いてくれたじゃないか。それも、一瞬の迷いも無くだ。

 胸の前で握りしめた両の拳と、いつものように一礼するスモモの挙動には、慣れたその行動のみに留まらぬ、最大限の敬意が込められている。

 

 己の危険も顧みず、果たしたい何かに向かって突き進むこと。

 自己犠牲は美談だろうか。手放しで賞賛できるものだろうか。

 真の善意さえ偽善と嗤われ、叶わなかった信念など評価もされない、厳しい現実というものがこの世界には蔓延っている。

 そんな中でも悪意や屁理屈を退け、時に打ちのめされ、それでも正しき道を切り拓いていく過酷さと厳しさ、儘ならなさ、付き纏う耐え難き痛み。

 それを知れば知る程に、傷つくことを恐れず戦うことの尊さはわかるはずだ。

 

「トバリシティに親しむギンガ団、それが構える一つの倉庫。

 そこに、悪しきギンガ団が潜むアジトへの道筋があると、あたしは推察しています。

 ……いざ、参りましょう」

 

 出立の声を発するスモモの声が僅かに曇ったのは、彼女自身も否定したい邪推がそこにあったからだ。

 スモモはトバリシティの生まれ育ちだ。幼い頃から、トバリシティの発展に貢献してきたギンガ団への愛着は強い。

 確かにゲームコーナーの設立によって、少し柄の悪い人が街に増えたこともあった。何でもかんでもギンガ団の行動を肯定するほど妄信はしていない。

 だけど、確かに街の為に尽くさんとし続けてくれた大人達が集う、愛着があり地元の誇りでもある組織あるいは企業なのだ。

 そんなギンガ団が、各地で悪行をはたらきギンガ団の名を騙る連中と繋がりを持っているなど、推理以前に感情が否定したくなる。

 それだけスモモにとっても、いや、トバリシティの多くの人々にとって、街に根差したギンガ団とはそうした人々の集まりなのだ。

 スモモがジムリーダーに就任した日、この街の誇りあるジムの新たな門出だと、ギンガ団が祝ってくれた日の嬉しさなど、スモモは一日も忘れたことがない。

 

 そんなギンガ団の所有する建物の一つに、悪の気配を僅かにでも感じるスモモの、とげの刺さった胸中はパールにも僅かに感じられた。

 パールにはわかったのだ。彼女とて、地元に、シンジ湖に、只ならぬほどの、同じ町に住まう誰にも負けないほどの愛着を持つ少女。

 愛するそれに汚名がかかるやもしれぬ、隠しきれぬ不安が僅かに声に乗ったスモモに、私が同じ立場だったらというところまで心が辿り着く。

 感受性とは想像力だ。人に優しくなるためには、想像力が不可欠だ。

 

「スモモさん」

「え……」

 

 二人に背を向け、向かうべき場所に歩みだすと同時、パール達に見えぬ中で唇を噛み締めていたスモモ。

 後ろからその手を握り、スモモに呼びかけるパールに振り返る。

 自分よりも背の低い少女の顔を見下ろせば、そこには強くも儚く、年上を案じるパールの恭しい瞳がある。

 

「私達、間違ってませんよね?

 私も、プラッチも、スモモさんも」

 

 正しい道を進まんとすれば、必ずいつか成功と失敗を問われる。

 歩み続ける限り人は、どこまでだって不安と付き合っていかねばならない。

 自分の信念を信じようとしてくれる誰かがそばにいてくれることは、そんな時にどれほど頼もしく、温かく、救われるか。

 信じてきたものに裏切られる恐怖に駆られたスモモの心の暗い霧に、パールが手をかけ振り払おうとしてくれる。まして、年下がだ。

 

 ここまでされて、背筋を伸ばせなくてはどうするのだ。

 スモモは一度、ぎゅっと目をつぶり、ぱっと開いたその両眼には、自らの信念により心の靄を振り払った光を宿している。

 本当に、救いとは、いつだって、思わぬところからしか降ってこない。だからこそ世知辛い。だからこそ、巡り会えたその日は何よりも貴い。

 

「…………はい!

 信じて、突き進みましょう!」

「えへへ……!

 プラッチ、行こう! 頑張ろうね! それも、全力、全開で!」

「ああ!」

 

 三つの若き志は、決して絶えぬほどの熱き炎を宿し、死地と覚悟したその世界へ向けて歩を進める。

 苦難はあろう。それも、必ずだ。

 そう覚悟した上で、もう迷わぬと決めた三人は、何が起こっても折れぬ想いを胸に、清純なる世界を勝ち取るための戦いに乗り込んでいく。

 

 間もなく訪れる、トバリシティの日の光当たらぬ場所での苦闘。

 少女にとって、少年にとって、この日この時に関わりさえしなければ想像だにしなかったほど、後の人生すら一変するような世界へ。

 運命の日はいつ訪れるかわからない。訪れたとしても、それがそうであったことなど、後から思えばでしかわからない。

 そんな日が、それもこの日がそうであったとすぐに確信できるような一日が、いま始まる。

 パールとプラチナにとって、一生忘れられない一日がだ。

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