ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

114 / 160
第114話  ギンガ団アジト

 

「よかった、塞がれてはいないようだな。

 さあ、シロナ。行こうか」

 

 トバリデパートの地下倉庫。

 商品を保管するための倉庫に過ぎず、そこに別の使い途があろうとは、誰も長らく疑ってこなかった。

 だが、長らく動かされてこなかった棚を動かし、その裏の壁を暗い中で手探りすれば、鉄壁の繋ぎ目の窪みに小さな出っ張りを確かめられる。

 それを押すでなく、指をかけてぐっと引くことにより、引き戸のように壁の一部が開いて、人一人が通れるような小さな穴が開くのだ。

 昨晩、コウキ達ギンガ団の捜索の結果ようやく見つけた、か細くも確かな悪のギンガ団の地下世界への手がかりである。

 

「コウキさん、シロナさん……

 お二人の実力は存じておりますが、何卒お気を付けて……」

「ああ、ありがとう」

「ご協力、感謝するわ」

 

 デパートの責任者に見送られ、二人はその穴に潜り込んでいく。

 細いパイプのような道を這って進んで行けば、間もなくしてそれを抜け、広い地下アジトらしき場所へと到達だ。

 狭い中を潜り抜けるのは短時間でも窮屈で、立って両手を伸ばせる場所に着けば、シロナはすぐにうーんと身体を伸ばす。

 

 よく出来た地下施設の通路のような場所で、電気も通っていて蛍光灯で照らされた明るい道だ。

 辿り着いてみれば、やはりいかにも地下に潜伏する組織のアジトと見るには充分である。

 こつ、こつ、と二人の足音が静かな中に響く道、いつどこから敵の急襲があっても困らぬよう、シロナも神経を尖らせている。

 

「……よく見つけたわね、こんな場所」

「運には恵まれていた。

 見つけたのは僕自身だ。きっと、他の団員があの地下倉庫を探っていても、これは見つけられなかったかもしれない」

「そうなんだ?」

 

「そもそもこうした一般の企業の施設を、僕達のような法的機関でも無い組織が、ここまで腹の奥まで探るような調査はハードルが高いんだ。

 元より懇ろにさせて貰っているデパートのオーナーに、無理を言って夜間の立ち入りを許可して貰ってさ。

 ついでに、搬出・搬入の多い荷物はあるか、長く動かしていない資材はあるか、なんてことまで尋ねさせて貰ってるんだよ。

 そんなわざわざ企業が情報を流出するようなこと、誰だって好んでやりたがるはずがない。

 僕自身が赴いて交渉して、それでも渋い顔をされて承諾を得ての調査だよ。

 まあ、結果が出たからデパートのオーナーには舌を巻いて貰えたけどね。

 それも含めて、僕自身が踏み込んだこの場所に、この大きな手掛かりがあったっていうのはツイてると思ってる」

 

 敵の気配を特に感じない、静寂の通路を進む中で、二人は小声で対話する。

 トバリシティにおけるコウキの人徳と人脈は本当に確かだ。

 当人も無理を押したと自覚する要求を、デパートのオーナーに認めさせている時点で明白である。

 とりわけこのデパートは、コウキ達ギンガ団が街を発展させた過程で出来た街の名物ということで、コウキにとって縁浅からぬものなのも幸いだっただろう。

 本来ならば門前払いするような要望も、ギンガ団オーナーが言うならな、と渋々でも認めさせたのは、街を発展させたコウキの実績と地位あってこそのものだ。

 

「このデパートの人達は、悪のギンガ団とはグルなのかしら?」

「どうだろうな、可能性は否定できないけれど。

 ただ、デパートのオーナーとは付き合いも長いし、少しやかましい人だけどおおらかで人は悪くないしな……

 人の内面はわからないけど、悪事に関与するタイプには見えない、と、僕は思ってる。信じたい、とも言うけどね」

「まあ、構造上デパートの関係者じゃなくたって利用できる地下通路ではあるものね。

 元々人の出入りは多いし、人の流れに紛れて倉庫に向かえば、一般人でも利用できてしまうわ。

 セキュリティも、ある程度の手を込めばどうにかなるものね」

「倉庫の扉のロックなんて、相手が強い技術を持っている犯罪組織であることを加味すれば、どうとでもなってしまいそうだからね。

 ……もちろん、デパートの関係者の中に間者が紛れ込んでいたっていう可能性も充分にあるけどね」

 

 デパートの地下にここへの道があった時点で、デパート関係者に悪のギンガ団員が紛れ込んでいる可能性はどうしても睨みたくなる。

 トバリの民に、そんな奴がいるとは信じたくなさそうなコウキの態度には、シロナもこれ以上を追及することをやめにする。

 もしろ途中から、デパートの関係者にそんな奴がいなくたって成立する話だ、という論調に移しているぐらい。

 シビアな話をしようと思えば、いくらでも出来るにも関わらずだ。

 嫌な現実を望んでいないコウキを慮る程度には、シロナにとってコウキは大切な友人である。

 

「栓無いこと話しても仕方ないわよね。

 それよりコウキ、随分と静かね。敵の気配が無いわ」

「そうだな。

 もっとも、どこで敵が飛び出してくるかもわからないし、待ち構える敵がいるとするならその力量も未知数だ。

 何せ、敵の根城真っ只中と見えるには充分の伏魔殿だからね」

 

 ここが悪のギンガ団のアジト、すなわち敵の総本山だとするならば、幹部級の敵が待ち構えていてもおかしくないとコウキは言っている。

 踏み込んだ以上は蛇の道だ。敵の胃袋の中に飛び込むも同然。

 マーズやジュピターをはじめとする、シンオウ全土で正義を翻弄したほどの実力者さえ、ここには潜んでいるかもしれない。

 いかにチャンピオンと、それに匹敵する実力者という最強めいた二人の組み合わせでも、決して油断できない魔境である。

 

「シロナ」

「なに?」

「僕は必ず、討つべき敵を討つ覚悟でここに足を踏み入れている。

 君もそうだろう?」

「ええ、勿論よ」

 

「だが、迫真の危機を感じたなら、君とて逃げることを意識して欲しい。

 本当に、どんな敵が待っているかわからないからね。

 正義に殉じることをも厭わない君だと知っている身としては、君は……」

 

「こぉら」

「いたっ……」

 

 要約すれば、想定外の危機的状況に追い込まれることあらば、命を大事にして欲しいというコウキの言葉。

 シロナはぴんとコウキの額を指ではじき、黙らせる。

 不意打ちに片目を閉じてたじろぐコウキの前、頬を少し膨らませて不機嫌そうな顔を敢えて見せつつも、シロナは顔の力を抜いて微笑みを浮かべる。

 

「水臭いこと言いっこなしよ。

 あたしはあなたを信頼して、共に再び戦えれば、誰にだって負けない最高のパートナーとしてここまで来た。

 挑む時に、負けることを考える人がいる? そんなの、もしも追い詰められた時に初めて考えるぐらいでいいわ」

「…………」

「あたしは逃げないわ。あなたのためでもあるんだから。

 あなたが半生を費やして大きくした、街の誇りとも言えるギンガ団の名を穢そうとする悪党がこの先にいるかもしれない。

 あたしがそいつらを許せない一番の理由って、きっとそれなんだから。

 絶対に、負けたくないし、逃げるなんてもっと嫌よ」

 

「……そうか」

 

 コウキは元々、あまり感情を顔に出す方ではない。

 だが、シロナの言葉はやはり嬉しくて、彼にしては柔らかすぎるほど頬を緩め、笑った。

 今この時ばかりは、幼少の頃に無邪気に笑い合ったあの頃のように、互いに心を触れ合わせることさえ快く思う、親友同士の掛け値無い顔合わせがある。

 

「強くて、頼もしくて、かっこいい。

 僕は本当に、いい幼馴染に恵まれていたんだな」

「あたしも一緒よ。

 あなたのためなら何でも出来ると思える友達なんて、ほんとあなた以外に殆どいないんだから」

 

 やがて待ち受けるであろう、悪の巣窟の奥地における厳しい戦い。

 それを控える中、二人は胸に抱く不安を上塗りするかのように、親しく幸せなやり取りで蓋をする。

 

 こんな風に笑い合えるのも、これが最後になるかもしれない。

 死地に飛び込むというのはそういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイリキー! 漆の型!」

 

 方やシロナやコウキが物静かな地下通路を進む中、片や別なるトバリの地下通路では、トバリ最強クラスのトレーナーが先陣を切って大暴れだ。

 壁面を整った金属で誂えた幅広の地下通路、巨躯のカイリキーが立ちはだかる悪の手先をなぎ倒していく。

 何人ものギンガ団員が、個々一匹ずつ合わせて何匹ものポケモンを同時にカイリキーに差し向けるが、四本腕のカイリキーはものともしない。

 迫り来る敵を次々と、掴んで、投げて、殴り飛ばして、生半可な実力の持ち主では接近戦を仕掛けること自体、愚かであることを見せつけ続けている。

 

「こんなの反則デース!

 侵入者というだけならまだしも、ジムリーダーなんて聞いてまセーン!」

「しかも超本気デース!

 こんなのお借りしたポケモンではどうにもなりまセーン!」

 

「相手が退がってますよ!

 パールさん、プラチナさん、一気に進みましょう!」

「頼もしい~……!

 本気のスモモさん超かっこいいよぉ……!」

「僕のエンペルトやパールのニルルに出来ることが殆ど無いよね……!」

 

 本気を出したナタネのポケモンが、炎さえ扱うギンガ団幹部ジュピターのスカタンクとさえ対等に渡り合っていたのと同じように。

 やはり本気を出したスモモもまた、シンオウトップクラスの実力者たることを、短い時間で証明している。

 一目でわかる悪のギンガ団員、異国より雇われた片言混じりの者達が逃げ惑う姿からも、雑兵が束になっても敵う相手ではない。

 

 トバリシティに根差す、悪とは無縁とされるギンガ団。

 それが所有する倉庫のうち、近年はあまり使われていない物置と化したものが一つある。

 トバリデパートが建てられた頃は、それと供託する形で支援し合うことの多かった倉庫らしいが、双方大きくなって供託の必要がほぼ無くなったのが現代。

 両者の良好な関係を築き上げたきっかけとして、取り壊すのも寂しいと、用途の少なくなった現在でもひっそりと佇んでいた倉庫なのだ。

 多少なりとも機会があれば活用もされたようだが、ギンガ団も本部のそばに倉庫を新たに作った今、やはりその使用頻度は低かった。

 

 せいぜい定期的な棚卸が行われる時しか、ギンガ団さえ深くは関わらないこの倉庫、悪の組織のアジトへの入り口を作るにはうってつけだったのかもしれない。

 スモモは昨晩、眠い目を押して、トバリシティいっぱいを歩き、ルカリオと共に怪しい場所が無いかを調べ回っていた。

 所々で地面に手を当てて放つルカリオの波導により、この街のどこかに悪しき者が潜伏する空間が無いかを、何時間もかけて調べ渡っていたのだ。

 理屈は昨晩、コウキ率いるギンガ団がしていたこととほぼ同じである。

 そしてコウキの言葉を借りるなら、計画の大詰めになってアジトで悪党どもの行動が活発になったためか、ルカリオの波導にもそれが引っかかった。

 それが感じられた唯一の場所が、古びたギンガ団倉庫だったということだ。

 

 はっきり言って今回スモモは、パール達と共にギンガ団の所有する施設に忍び込んでいる。

 褒められた行動ではないし、確信が無ければそんなことは絶対にしていないだろう。

 道理を弁えたその性格と、この機を逃せば次など無いかもしれないという決断を迫られた中、葛藤たるものもあったはずだ。

 だが、結果的に忍び込んだ倉庫の中で、コウキ達が見つけたものと同じように、隠し扉を見付けてしまったらもう迷わない。

 そしてその細い道を抜け、広い地下道に出て間もなくすれば、侵入者にぎょっとしたギンガ団員達による熱烈な歓迎が間もなく。

 悪しき者達のアジトであると半ば確定した中、もはや引き退がるという選択肢は三人にはない。

 

「ええい、退がるな!

 ギンガ団の悲願が果たされるのは目前だぞ!

 ここまで来て、湧いて出たような窮地に躓いてたまるか!」

「リーダー……!」

「行け! フーディン!

 サイコキネシスだ!」

 

 しかし、駆け進む中で立ち塞がるのは、やはり有象無象の雇われギンガ団員ばかりではない。

 身に纏うものこそ下っ端と同じものながら、饒舌な言葉遣いで団員を囃し立て、繰り出したフーディンにスモモのカイリキーを狙い撃たせる。

 使う技も強力だ。我が身の地力を戦う力の源泉とする格闘タイプにとって、不可思議な力であるエスパータイプの技はよく刺さる。

 敵の身体を捕えて操るその力により、巨岩をぶつけられても踏ん張る屈強なカイリキーの身体が浮かせられ、スモモの方へと投げ飛ばされる。

 

「伍の型……!」

「ッ――――!」

 

「ニルルっ、撃てぇーっ!」

「エンペルト、ぶちかましてやれ!」

 

 突然の奇襲にも機敏な反応で、スモモは素早い横っ跳びでカイリキーの巨体をぶつけられる大怪我を免れている。

 指示も的確。叩きつけられた瞬間に受け身を取り、すぐに立ち上がることを示唆し、次なる行動まで指定するスモモの指示にカイリキーも従えている。

 その間に、ニルルの泥爆弾がフーディンに直撃し、怯んだフーディンに接近したエンペルトのメタルクローが、物理防御に秀でないフーディンを殴り飛ばす。

 

「く……!

 フーディン、もう一度だ! カイリキーを狙え!」

「ッ、ッ……!」

 

「無駄です!

 さあ、パールさん、プラチナさん!」

「ニルルっ、もういっぱぁつ!」

 

 あの二連撃を受けてなお倒れなかっただけでも、フーディンのレベルが高いことは伺える一幕だ。

 三匹の強敵を前に、倒れる前に少しでも一番厄介で強そうなカイリキーにダメージを。誰だってそうする場面だろう。

 だが、"みきり"を構えてサイコキネシスの念動力が自らを捕える瞬間を見切ったカイリキーは、交差させた四本の腕を一気に振り抜く。

 見えない力も捉えさえすれば対処できるのだ。フーディンの力をその力強い腕の振るいで打ち放ったカイリキーに、フーディンの攻撃は無効化されている。

 行動一つ潰されて逃げ足も踏めぬフーディンに、強烈な泥爆弾がもう一撃当たればもうたまらない。

 壁まで吹っ飛ばされたフーディンは力尽き、戦う限りは手放さぬ両手のスプーンも、からんからんと音を立てて床に転がった。

 

「ひえええ……!

 リーダーでさえ瞬殺なんて……!」

「や、やっぱりどうにもなりまセーン!

 これ以上戦えるはずがありまセーン!」

「く、っ……!

 逃げるなお前達! 総力を挙げて挑まねばどうにもならんのだぞ!」

 

 下っ端ギンガ団員にリーダーと呼ばれているこの男性、幹部格ではなさそうだが、彼が駄目ならもう、と下っ端が感じるほどには見上げられているのだろう。

 現にあのタフなフーディンのレベルは高く、恐らくパールやプラチナとて、一対一でこの男のポケモンよやり合うならそれなりに苦戦しそうだ。

 短時間でフーディンを撃破することは出来たが、ほぼ3対1の状況だったからというのも考慮すべき実状である。

 フーディンをボールに戻し、次なるポケモンを繰り出そうとする姿からも、これだけの劣勢で一歩も退かぬ胆力と自信も持ち合わせている。

 

「もう無理デース! おしまいデース!」

「一蓮托生なんて出来まセーン! 勘弁デース!」

「お前達! 逃げるんじゃない!

 数で押すしか……」

 

 しかし継戦の意を揺るがさぬリーダーの発破も虚しく、下っ端達は逃げていく。

 彼とて部下に慕われ、頼りにされる実力者であろうが、本気のジムリーダーを前にしたこの苦境には、頼れる兄貴分の言葉にも身を寄せられない。

 やはり寄せ集めの烏合の衆なのだ。心が折れれば、どんなに普段頼りにしていた仲間がいても、あっという間に瓦解する集団戦力に過ぎない。

 

「――――――――――――――――z!!」

 

「ヒ……!?」

「ハゥ、ッ!?」

 

「ひゎっ!?

 ぷ、プラッチ、スモモさん……!」

「わかってる、これは只者じゃない!」

「いよいよ、真打登場というところなのかもしれませんね……!」

 

 部下を引き留められぬリーダーが無力感にさえ苛まれる中、突然その通路に響き渡ったいななきは、その場にいる全員の背筋を凍らせた。

 闇の深淵より響くような、低く、おぞましい何者かの声は、獰猛なポケモンの"いかく"にも匹敵するほど、耳にしたものの心臓をわしづかみにする。

 すくみ上がるギンガ団員らの一方、パール達とて身を震わせ、ここまで容易に敵を討ち破ってきた展開、その終幕を確信せざるを得なかった。

 

「おお……!」

 

「――――z!」

「えっ、ちょ……ぎゃーっ!?」

 

 ギンガ団のリーダーが歓喜に近い声とともに迎えたのは、一匹のドンカラスだ。

 それは逃げ惑っていたところで足を止めたギンガ団下っ端の一人に向かって突き進み、その足の爪で肩をずばりと斬りつけた。

 来た方向からして、間違いなくギンガ団側のポケモンであるはずなのに。

 一切の迷い無く人間の肌を傷つける残忍さをその行動一つで見せつけ、ましてそれが味方への攻撃だとすれば尚更だ。

 

「ぜ、絶対私達の味方じゃないよね!?

 なのに……!」

「悪の組織の手先って感じがするよ……!

 ちゃんと仕事しない部下はこうなるんだ、ってことでしょ!」

 

「――――」

「さあ、戦えお前達!

 逃げ道は無いんだぞ! どのみち同じことだ!」

「うぐぐぐ……! 仕方ありまセーン!」

「逃げても殺されてしまうかもしれまセーン!

 こうなれば、やるだけやってやるしかありまセーン!」

 

 ギンガ団員達の後方に羽ばたいて陣取るドンカラスは、まるで団員の人間さえ自らの配下と見るかの如く、威嚇的な鳴き声を発して睨みを利かせている。

 戦わずして逃げるならばこうなる、という脅しを効かせられた下っ端達は、次々にポケモンを繰り出して、無謀の戦いへ身を投じざるを得ない。

 肩を傷つけられて血を流すギンガ団員でさえ、恐怖のあまりに立ち上がらざるを得ず、ポケモンを繰り出して臨戦対戦へと入る。

 大の大人が痛みと恐怖で涙目になって自分達に向き合う姿には、パール達ですら思わず哀れみを抱くほどだ。

 

「……許すわけにはいきません」

 

 ぽつりとつぶやくようでいて、はっきりとパールとプラチナにも聞こえた小声。

 大きな声でなくたって、その声に込められたむき出しの感情は、聞き逃しようもないほど声に現れるほど強かったのだ。

 味方の怒りにぞくっとして、思わずスモモを振り返った二人が、眉間に皺を寄せて歯を食いしばるスモモの形相に再びぞくっとしたほどだ。

 

「パールさん、プラチナさん、どうかお力を……!

 あたし達は、絶対に負けるわけには参りません!」

「――はいっ!

 あんな奴に、絶対負けたくないです!」

「打ち破りましょう……!」

 

 パールも、プラチナも、ギンガ団員達やそれらが繰り出したポケモン達より、その後方に羽ばたくドンカラスを見据えて。

 悪の象徴。意に沿わぬ者なら味方とて傷つけるをも厭わぬ、利己の権現にして悪意の塊。

 二人にとって、決して屈したくない存在が目の前にある。

 

 くく、と嘴の端を上げるようにして嘲笑するドンカラスは、人とポケモンの壁を立てて余裕を崩さない。

 敵陣に飛び込んだパール達にとって、これが最初にして大きな関門だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「大層なゲートね。

 いかにもこの先に、何か待ち受けていそうだっていう感じだわ」

 

 地下通路を進んできたシロナとコウキの前にあったのは、半円状のゲートを鋼の扉で閉じたような開閉式の入り口だ。

 その脇には、扉を開くためと思しきスイッチもある。これを押せば開くのだろうとは、電灯のスイッチのように明らかに察せる。

 そこに歩み寄り、スイッチに手をかけるコウキは、それを押す前に一度手を止めた。

 スイッチに触れたまま、押さずシロナに一度振り返る。

 

「引き返すなら、今のうちだぞ」

「なんちゃって?」

「……ふふ、僕がそんな言葉遣いをするわけないだろ」

「冗談やめてよね、あたしだって少しは怖いのに、笑っちゃうじゃない。

 さあ、迷わずに」

「……………………ああ」

 

 コウキは寂しげに微笑んで、そのスイッチを押した。

 それが、友人の背を押すものでもなく、不安を共有する仲間を励ますためのものでもなかったことに、シロナは一瞬気付きかけてはいたけれど。

 目の前でゲートが開く光景に、思考は一瞬で次なる情報で塗り重ねられ、一秒でも早く気付くべきことに気付く機会は失われてしまった。

 

 それは、本当に、少しでも早く気付くべきことだったのだ。

 ここに踏み込む前に、という意味ではない。だとすれば、もっと良かったとしても。

 つらい現実というものは、気付くのが遅くなればなるほどに、心に刻みつけられる傷は深くなるものなのだから。

 

「待っていたぞ」

 

「っ……!?」

 

 ゲートが開いてシロナの前方に広がっていた光景は、巨大なモニターを背面に構える、半円状の大きなテーブルだ。

 広い一室に、只ならぬ地位を持つ者が構えるに相応しい形状のテーブル。

 ここに座す者は相応の存在だとその光景だけで物語る広い空間で、シロナ達の来訪を待ち構えていた人物がいる。

 そのテーブルの中心の傍ら、椅子から立ち上がったその男性は、シロナにとっても顔馴染みだ。

 

「アカギ、あなた……!」

「期待通りだ。

 さしものチャンピオンも、私情に振り回されるようでは傀儡だな」

 

 ここがギンガ団の重鎮の王室であろうというのは、直感的に気付けること。

 そして、その王座に腰かけていたアカギの発言は、敵地に乗り込んだシロナの行動と正義を評価するものとはかけ離れている。

 シロナがここで邂逅せし人物に対し、その正体を悟るには充分なものが、ここには揃い過ぎていた。

 

「……あなたは、ギンガ団の何?」

「最高指導者だ」

「……………………そう、なのね」

 

 尋ねる前からわかっていた解答。

 このアカギこそが、ギンガ団のボスだったという事実。

 そこから導き出さざるを得ない一つの結論から、とうとう目を逸らせなくなったシロナは、自らの後ろで無言でいたコウキに振り返る。

 

 ギンガ団の設立に際し、アカギが深く関わっているのは周知の事実だ。

 ゆえにコウキは、人付き合いを好まないアカギと縁を認め合う、数少ない人物の一人。

 アカギが悪の組織の首魁であると判然とするこの状況、彼が一言も発さない、動揺の色も見せないというのはおかしい。

 

 コウキに振り返ったシロナの目に映る、冷ややかで、しかし僅かに哀しみを帯びたコウキの眼。

 そして、彼が壁のスイッチを押し、今くぐってきたゲートを閉じ、開かぬようにした行動が全てを物語っている。

 策謀に踊らされ、最強の敵が待つ敵地の中心におびき寄せられた哀れな蝶から、退路を剥奪するその行動の残酷さは計り知れない。

 

「……あなたも、そうなのね」

「……だから、引き返すなら今のうちだと言っただろう」

 

「サターン、いくぞ」

「ええ、ボスの仰せのままに」

 

 正義と悪。

 袂を分かつことを余儀なくされた二人の惜別の間すら、アカギの指示は許さない。

 アカギとサターンがスイッチを押したモンスターボールから、クロバットが、ドクロッグが姿を現す。

 涙目にさえなりながらも、敵地に乗り込んだその手に握りしめたボールのスイッチを押すシロナもまた、戦うための仲間を呼び出すのみ。

 

 シロナが繰り出したのはガブリアス、そしてミロカロス。

 とりわけ、彼女にとって一番のパートナーであるガブリアスを呼び出すその仕草を、これほどの悲しみに満ちた想いで果たすことは、後にも先にも無いだろう。

 

「ガブリアスでいいのか?」

「……あたしのベストパートナーよ。

 どんな苦境も、この子と一緒に切り抜けてきた」

「お前のガブリアスは、僕のドクロッグにだけは勝てない。

 わかっているんだよな?」

「…………そうは、ならない!」

 

 幼い頃からよく知る仲、ポケモントレーナーとして腕を高め合った間柄。

 コウキは、サターンはシロナの手の内を全て知っている。シロナもだ。

 時を経て、互いにバトルし合わなくなった今でも、お互いのバトルスタイルの根底にあるものを誰よりも知る者同士、その延長線上にあるものは推して知れる。

 それだけシロナとコウキは、他の誰よりも、家族同士以上に、互いの懐を知り合える無二の親友だったのだから。

 

 それを、過去のものにはしたくなかった。

 だから、きっと、気付けなかったのだろう。気付きたくなかった。

 確定した今、追い詰められてなお戦える力を持つからこそ逃げてきたシロナを、アカギが私情に振り回された傀儡と皮肉したこと。

 シロナは、一抹も後悔などしていない。信ずるべき誰かを信じて何が悪い。

 裏切られてなどいない。信じるというのはそういうことだ。

 

「葬るぞ、クロバット」

「ドクロッグ、容赦は要らない。

 八つ裂きにするぞ」

 

 味方無き敵地の中枢。

 それも、一対一でも勝ち切れるかどうかわからぬ相手を、二人同時に相手取る駄目詰まり。

 さながら挟み撃ちにされる中、シロナは一度目を閉じて、開いた目には渾身の闘志を宿していた。

 悪を挫き、正義が志す勝利を勝ち取らんとする、初志を取り戻した彼女の眼差しは、もはや傷つけられた女性のそれではない。

 チャンピオンまで上り詰めた人物の強き精神は、人生最大級の心の傷を負うほどの苦境の中において、何ら色褪せぬほど燦然と輝いている。

 

 彼女がここまで辿り着いたのは、ギンガ団の掌の上での出来事だ。

 それを、ただそれだけの結末にせぬために。

 結果的にシロナはこの後、その想いを結実することになる。

 只ならぬ犠牲の上にだ。やはり、無傷で切り抜けられる苦境ではなかったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。