「カイリキー、陸の型! 次いで捌の型へ!
チャーレム! あなたは参の型!」
「狙って! はっぱカッター!」
「サイケ光線! グレッグルだ!」
スモモのカイリキーを先頭とする、パール達とギンガ団員らの戦闘は、混沌を極めていたと言っていい。
いつしかパールはニルルを引っ込めてピョコを、プラチナはエンペルトを引っ込めてガーメイルを繰り出している。
ニルルやエンペルトが撃破されたわけではない。疲れが溜まりそうだと見て途中で交代したのだ。
それだけ、長丁場の戦いになっているのということ。
「あわわ、私のグレッグルが……!」
「最後のポケモンですよね! 逃げてくだサーイ!
流石に手持ちが無くなれば、ボスカラスさんも見逃してくれマース!」
「ううぅ……申し訳ないデース……!」
何人もいるギンガ団の下っ端達、それら一人一人が一匹ずつポケモンを繰り出してくるため、パール達の計4匹よりも敵の数が多い。
複数のポケモンを出したところで、状況に合わせた指示が難しくもあり、力量の伴わないギンガ団下っ端が一匹ずつしかポケモンを出せないのは助かる話だ。
一方で、技量の伴うスモモがカイリキーだけでなくチャーレムも出して、敵数の多い戦況をやや押しているのは大きい。
「手持ちが無いなら下がって構わん!
ある限りは全力を投じろ! 借りた力に不誠実を果たすな!
ゴルバット、エアカッター! ドーミラーはガーメイルにサイケ光線を撃ち込め!」
「パール、大丈夫だよね!?」
「平気平気っ、怖がってなんていられないっ……!
ピョコ! 思いっきりかみくだけえっ!」
「――――z!!」
そんな中で、ゴルバットとドーミラーの二匹に的確に指示し、少しでも戦況に兵力を足しているギンガ団の"リーダー"たる男性の力量も光っている。
パールやプラチナにはまだ難しい、二体以上のポケモンを出して、己の指示で以ってその力を引き出すこと。
やはり只者ではない。スモモには及ばないというだけ。
ギンガ団員らの支援を受け、数で押す構図を保たんとするその中で、彼の存在はスモモにさえ予断を許さぬ状況であると感じさせているはずだ。
「――――z!」
「来ますよ! プラチナさん!
あなたのガーメイル!」
「ガーメイル、っ!」
それでも相手の個々の能力は、決して打ち破れぬほど高くない。
最も難敵たるギンガ団リーダーのドーミラーさえ、ピョコが噛み砕いて放り投げて戦闘不能に追い込んでいる。
こちらも無傷とはいかないが、こちらが敵勢を削り取る速度の方が早いはず。
そんな順調に進むはずの戦況をそうさせてくれないのが、敵勢奥地から"やみのはどう"を撃ってくるドンカラスの存在だ。
遠い位置からの悪の波動だったからこそ、ガーメイルも回避することが出来たのだが、そのせいで次の行動に移るのが遅れてしまう。
下っ端ギンガ団のグレッグルを撃破した勢いで、他のニャルマーへ撃ち込もうとしたサイケ光線が撃てないのだ。
さらにはそんなガーメイルに向け、ズバットによる強襲やスカンプーによるスモッグの狙撃が飛び、逃げ回るように飛ぶガーメイルの行動に制限がかかる。
躱しきれなかった攻撃によって受けるダメージもあるのだ。
"やみのはどう"のみならず、"シャドーボール"や"ナイトヘッド"といった、支援狙撃で以って場を乱すドンカラスが、パール達の順調を阻んでいる。
敵勢後衛からの攻撃ゆえ、直撃こそ免れるも容易ではないが、その回避を強いられた後に続く望ましくない展開が、戦いを長引かせる大きな一因だ。
「ピョコ狙って! ちゃんと当てるつもりでいくよ!」
「いいですね、パールさん……!」
パールの指示に応えてピョコが、ドンカラスへの葉っぱカッターを撃つ。
鋭い速度だ。相手は遠すぎるし、躱されてしまうのは仕方ない。
しかし、ドンカラスとて見くびっていては刺さる速度だ。回避しつつも舌打ち気味の表情は、追撃を阻まれる疎ましさを表している。
親分格のあれが好き勝手に出来なくなれば、それだけで随分と展開は変わるのだ。そして、こちらの最強格たるスモモのポケモン達の道は拓ける。
「カイリキー、チャーレム、打ち破りますよ!」
「――――z!」
「ガーメイルも! ぎんいろのかぜ!」
カイリキーがクロスチョップで、チャーレムが飛び膝蹴りでそれぞれ敵勢一匹を撃破し、ガーメイルも銀色の風でピョコを狙っていた敵を退ける。
着実な運びである。こちらの大駒で小兵を複数制し、自陣営に大きな被害を重ねることもなく。
怯みかけるもリーダーの号令に従って、再びポケモン達に攻撃を指示するギンガ団達だが、スモモのカイリキーもチャーレムも流石戦い慣れている。
恐るるに足らぬ攻撃は打撃で打ち返し、怖い攻撃は"みきり"や"まもり"で凌ぎ、ガーメイルもまた機敏な動きで狙撃を躱し切る。
「――――――z!!」
「えっ!?
プラッチ、ガーメイルに……!」
「ガーメイル! 来てる……」
この風向きは良くないと思ったのだろう。
執拗に自らへ牽制の葉っぱカッターを撃ち続けられていたドンカラスが、埒が明かぬとばかりに回避をやめ、一気にガーメイルの方へと飛来した。
葉っぱカッターを何発も浴び、羽毛の下の地肌まで斬りつけられつつだ。防御を捨てた特攻である。
飛行タイプに草タイプの当たりが強くないことを踏まえても、葉の一枚に目元を傷つけられるドンカラスは、並々ならぬリスクを覚悟しての行動に違いない。
「ぅぁ……!?」
「っ……! ガーメイル、戻って!」
パールが悲鳴じみた声を発するほど、ドンカラスの一撃は残忍だった。
突き出した嘴が直撃する瞬間、首をひねり抉るように敵を貫く"ドリルくちばし"が、躱そうとしたガーメイルの翅を一枚根元から引き千切ったのだ。
身内の片腕をもぎ取られるような光景に、パール以上に青ざめながらも、すぐにガーメイルをボールに戻したプラチナの判断は良かった。
頭が真っ白になってもおかしくない一幕には違いなかったはずなのだ。
「――――――――z!!」
「両者、参の型! 狙いはドンカラスです!」
俺様が一匹仕留めたぞ、さあお前達も続け、とばかりにいななくドンカラスを、スモモのカイリキーとチャーレムは逃さない。
わざわざ指揮官格が自陣まで飛び込んできてくれた好機、すぐさま後退したドンカラスに跳躍して迫るカイリキーのクロスチョップは鋭い。
あわやという所で躱すドンカラスだが、それもまた布石である。床を蹴って跳ぶチャーレムの攻撃を、ドンカラスは躱し切るに至れない。
痛烈な"とびひざげり"による直撃は、悪タイプでもあるドンカラスには激烈に効く一撃であろう。
「逃がしません! 漆の型……っ!?」
「え!?」
「スモモさ……」
げはっと息を吐いたドンカラスがぐらついた光景は、またとない撃破のチャンスだとスモモも息巻いていた。
だから、まさかこんな返しの刃が自らを狙っていたとは想像だにしなかった。
それはカイリキーとチャーレムがドンカラスに迫り、スモモを守れる立ち位置にいなかった隙を突いた、敵も味方も誰一人予想だにしなかった奇襲である。
いや、一匹だけ。ギンガ団員らの遥か後方より、矢のような速度で飛来したその存在を認識した瞬間、ドンカラスはほくそ笑んでいた。
今だ、引き付けるぞ、と同胞に訴えたあの鳴き声。やはり応えてくれたのだ。
ギンガ団員やそれらのポケモンという集団を、減速せずに垣間抜けたクロバットが、一気にスモモへ接近してその四枚翼のうち二枚の先端で斬りつけにかかる。
「はっ、ぐうっ……!」
スモモも流石は、トレーナーである以前に自身の鍛錬を怠らぬ少女だ。だからこそ、この程度で済んだとも言える。
咄嗟の横っ跳びでクロバットの翼による攻撃を躱したスモモの脇腹を、悪の強靭が深々と傷つけたのだ。
服が裂け、その下の柔肌がばっくりと割れ、ぶしっと噴き出した血を手で覆うスモモの指の間から、溢れる多量の血がどくどくと流れ止まらぬほど。
深すぎる傷は肋骨にまで届いて傷までつけたのか、血を多く失っていない今の段階でさえ、スモモの顔色と噴き出す脂汗はただちに深刻だ。
「――――z!!」
愕然の展開にカイリキーとチャーレムがスモモに振り返った瞬間、クロバットとドンカラスは既に次なる行動へ移っていた。
ピョコがすぐさま我が身を盾にパールを、ボールから飛び出してきたエンペルトがプラチナを守る中、両翼が狙い澄ましたのはチャーレムだ。
ドンカラスの悪の波動がチャーレムを背後から狙撃し、がはっと息を吐いたチャーレムの真正面から、羽ばたき放つ真空の刃で追い討ちだ。
エスパータイプを持つため悪の波動が充分に効くチャーレムに、その"エアスラッシュ"は痛烈な駄目押しであり、崩れ落ちないだけでもチャーレムは強い。
だが、それでも顔を上げてクロバットを睨みつけた矢先、飛来したクロバットの"つばさでうつ"攻撃により胸を×の字に斬りつけられて倒れる。
翼の尖った先端で敵を切り裂く、あのクロバットの"つばさでうつ"攻撃は、もはや打撃ではなく斬撃だ。
「い、いけない……!
チャーレム、戻って下さい……!」
「スモモさん……!」
「二人とも、あたしの後ろに!
大変な、ことにっ……!」
思わずスモモに駆け寄ったパールだったが、スモモは自らを案じられるより、二人のことを案じてやまなかった。
スモモのボールから、ルカリオが自分の意志で飛び出してきた。それは間違いなく、スモモの意志とは関係ない行動。
そして、バトルフィールドに立ちすくむカイリキーが四つの拳を握りしめ、わなわなと全身を震わす姿が既にある。
惨劇が幕を開ける予兆は確かにここにあった。
いや、チャーレムがクロバットに向けた眼差し。既にその一幕から、予兆と呼べるものはあったのかもしれない。
これから何が起こるのか、経験則で以って知るギンガ団員リーダーの焦燥感は生半可なものではない。
「く……! ドクロッグ、行け! 毒突きだ!」
既に繰り出していたドクロッグに発した指示は、傷ついて膝をつくスモモの方を向いているカイリキーを狙えというもの。
大幹部サターンの切り札ドクロッグの強さに憧れてか、これがリーダーの切り札だ。
借り物ではなく、自らの力で育てた個体であり、こうした悪の組織に荷担する男に従う立場でなければ、悪意無きポケモンバトルでも充分通用する強さである。
それほどの個体が、悪しきギンガ団の野望の尖兵としてはたらく現実もまた無情。
そして、背後からカイリキーに毒突きを直撃させたドクロッグが、微動だにせぬ巨人の腕一本で、頭をわしづかみにされる光景もまた無情。
きっとこのドクロッグは、振り返ったカイリキーの血走った眼差しを、生涯忘れることはないだろう。
最愛のトレーナーであり、何年にも渡って自らを育て上げてくれたスモモを傷つけられたカイリキーの胸中は?
捕まえたドクロッグを引き寄せ、その腹部に膝を突き刺し、げはっと唾と毒液を吐き出したドクロッグを、アッパーカットで天井まで殴り飛ばして。
落ちてきたそれを、容赦無き拳で殴り飛ばしたその後には、トレーナーであるリーダーの遥か後方でひくついたドクロッグの姿があるのみだ。
「ッ――――ルゥアアアアアアアアアアッ!!!」
よくもスモモを。よくも俺達の大切な人を。
ルカリオが、カイリキーが、ギンガ団とそれらを束ねるリーダー、そしてその後方に身を移して控えたドンカラスとクロバットを見据えて発した咆哮。
激情の中で残るかすかな理性は、それを同じ憎しみを持つ同胞と共有するために注ぎ込まれ、同時の怒声を発する目的を果たして役目を終えた。
後に残るのは、スモモを傷つけ得るすべての敵を殲滅せんという、野生的な殺意を取り戻した思念無き本能的な衝動のみ。
ギンガ団員達もそう。パールとプラチナでさえそう。
身の毛もよだつような、敵の血を望みやまぬほどの殺意を前に、全身がすくみ上がって脚が震え始めたほど。
この展開を予見していたドンカラスとクロバットのみが、ギンガ団員らの後方でぎらりと対抗眼力を光らせて。
傷ついた自らのために暴力的衝動に精神を堕としたルカリオとカイリキーに、スモモのみが哀しみに涙ぐみさえする。
もう、止められない。パールとプラチナが初めて目にする、一生目にする機会無き方がよかったはずの光景が、間もなく目の前に広がることとなる。
「やはり、何もかもが思い通りとはいかんな」
ギンガ団アジトの最奥点。
広く、薄暗い部屋に三つの捕獲ポッドがあり、それらに一匹ずつ――いや、一柱ずつのポケモンが囚われている。
ユクシー、アグノム、そしてエムリット。
衰弱しきったそれらは、常時強い電流を流されるかのような苦痛によって縛り付けられ、抗う力もなく苦しみ、震え、喘ぐのみ。
そんな牢獄めいた非情な一室、メインコンピューターを操作するアカギのそば、サターンはボスの独り言を黙って反芻する。
目的としていたものは間もなく手に入る。計画に一切の狂いは無い。
パールやプラチナ、スモモやシロナという邪魔者がこの拠点まで乗り込んできた展開は、アカギにとって何ら障害になっていなかったはずだ。
「シロナですか?」
「そうだ。
奴のことだ、もう少し逃げるのを躊躇うはずだと想定していた。
だが、奴は最速で逃げの一手を打ってみせた。
流石はチャンピオン……と言うよりも、流石はシロナだと言うべきなのだろうな」
アカギとサターン、そんな実力者に挟撃される形となったシロナは、一刻の迷いもなく敵から逃げるための戦い方を選んだ。
単なる我が身可愛さなのだろうか。
戦い始めるその瞬間、つまりその方針を固めたその瞬間、シロナが血が出るほど唇を噛み締めていた表情をサターンは見て確かめている。
どうして彼女がそんな顔をしていたのか、サターンだってわかっている。
「…………ボスはそのために、あの二人の子供をここまで放置したのですか?」
「ん?」
「マーズにかの少女へ情報を渡し、この舞台へと赴くように仕向ければシロナが釣れる、と。
若き芽を大切にしたがる彼女のことだ、無限の未来があるはずの子供がギンガ団に挑み、昏き闇に堕ちることを阻むため、彼女もここへ挑んでくるだろう、と。
そして、彼女らの護衛をトバリのジムリーダーに任せ、自身は私との関係を活かすことで別方面からギンガ団の狙いを突き崩そうとするだろう、と」
今日はすべてが、アカギ達にとって都合よく回っていた。
マーズから情報を得たパールは、関わりがあり所在の近いスモモに連絡を取り、その話はシロナにも届き。
報せを聞いたシロナはその時、実はこの街からかなり離れた場所にいたのだが、そうと聞けば夜通しの急ぐ足でトバリシティまで駆けつけて。
ギンガ団の目的を阻むため、パール達のことはスモモに任せ、自身は別方面から単身ギンガ団に挑むことを選び。
そんなシロナをアカギとサターンは、二人がかりで待ち構えて絶対に負けない布陣を敷くことが出来た。
こうなってしまった以上、最終的には撤退するしかないにせよ、敵の強大さを知ったシロナは、パール達が心配で堪らなくなっただろう。
だが、アカギやサターンを筆頭とする組織など、自身が倒れてはもはや止められる者もいないことを、シロナだってわかっている。
逃げるしかなかった。パール達を助けに行くことも出来ずだ。
苦渋の即時撤退にして、それでもなお深手を負ったシロナの判断は、決して間違ってなどいない。
そうしていなければ、深手どころか致命傷を負い、今頃は二度と立ち上がることの出来ない、変色した血を流した姿でこの地下に倒れていたであろうからだ。
「我々は、子供と言えど侮れぬ二人であると、何度もボスに報告してきました。
ですがボスは、あれを始末しないよう我々に指示を下していた。
……それはこの運命の日に、最も難敵たるシロナの行動を掌の上とするためだったのですか?」
パールはシロナと繋がりがある。スモモとも良い関係を築いている。
アカギは全て知っている。わざわざ調べたことではない。カンナギタウンでのパールとシロナの関係は見ればわかる。
そしてパールの人格を見れば、真摯なトバリのジムリーダーとは年も近く、気が合い良い関係になっているであろうとは推察できる。
それも、確信に近いものを得てだ。
「そうだ」
サターンは、アカギがこちら側で本当によかったと思う。
いつからパールという少女を、ギンガ団と関われる場所にいれば必ず挑んでくる、正義感の強い少女を、シロナを操る糸にしようと見立てていたのだろう。
あの二人の始末を推した自らの判断が、浅慮なものであったとはサターンも決して思ってはいない。
いつでも始末できたあの二人を泳がせて、肝心要のこの日に対抗勢力の動きを操作する駒とした、アカギの計略が何枚も上だったというだけだ。
その結果、最たる邪魔者であるシロナを逃がしこそしたものの、彼女の身体は今やもう、一日や二日では癒えぬ深刻な状況に陥っている。
「お前のドクロッグの毒は、シロナにどれほど効いていると見込める?」
「走れて逃げていた時点で、それなりに対策はしてきたのでしょう。
ただ、私のドクロッグの毒は"ばんのうごな"如きでそう簡単に快癒するものではありませんからね。
しばらくは適切な治療を受けて安静にしておくべき、と診断される程度には重症でしょうね」
「ならば、最大限の結果だ」
シロナの故郷カンナギタウンでは、怪我人や病人に効くカンポー薬の調合が出来るご老公も多い。
山を挟んだハクタイシティのように、市販で出回るほど日頃から作っているわけではないようだが、シロナも薬の入手がしやすい立場にはある。
長旅の多い彼女、常に故郷の薬は持ち歩いているのである。
ドクロッグの毒は本来、人が浴びれば即死もあり得るとされるほどの強力なものだ。
アカギと結託したサターンのドクロッグの強襲により、その毒の刃で斬りつけられたシロナ。
それが逃亡せしめたということは、あらかじめ毒に抗うための保険を自らの身に投与してきたということだろう。
それは、人間に手をかけることも厭わないであろう、悪の組織の本陣へと乗り込む身として当然の対策だろうか。
それともコウキという人物を信用しきれなかったゆえ、彼が敵に回った時への不本意な備えだったのだろうか。
考えたところで仕方のないことだ。
「これで明日は、シロナも万全の力で私を阻むことは出来ん。
この"あかいくさり"を手にした私をな」
少なくともアカギにとって、シロナがそうした対策を踏んでくることは想定内で、その上で毒が充分に効いているなら最善、という結論に至るらしい。
エムリット達を苦しめる機械、それによって力を集めるメインコンピューター上に、この世の神秘が降臨する。
赤い鎖とアカギが表現したとおりのものが、彼の手に収まって消えていく。
まるで超常的な物体が、彼自身の身体に取り込まれていくかのようにだ。
「ボスはこれから、真っ直ぐにテンガン山へ?」
「いや、クロバットやドンカラスに面倒を見させている、あの子供二人を一度見てくる。
流石に迎えにもいかぬでは、あの二匹もへそを曲げるかもしれんからな」
「私もお付き致しましょうか。
トバリのジムリーダーもいますよ」
「結構だ。
どうせそいつはクロバットかドンカラスが片付けているだろう」
シロナを逃がしたと確定するや否や、クロバットをパール達の方へ差し向けたアカギ。
その実力は、彼が一番よく知っている。スモモを手にかけることが出来るほどのものであるということも。
アジト内の出来事はモニターで確認することも出来るはずながら、アカギは確かめもせずしてスモモの無力化を確信している。
それだけあのクロバットの実力は、アカギも認めて疑わぬところなのだ。
「それに、敢えて一度はあの二人には顔を合わせたい。
お前は好きにしてくれ」
「……始末する予定は無いと?」
「脅威と判断すれば手を下す。
恐らくそうはなるまい」
顔を合わせたい、という含みある言葉に、サターンはアカギの真意を計りかねる。
もう充分利用させて貰ったあの二人を、わざわざ野放しにする必要はなさそうなのだが、始末するために行くというわけではないと聞こえた。
ボスのことだから意図はあるのだろうとは信頼するが、正直サターンは首をかしげたい。
「ボス」
「ん?」
「ボスが彼らを見過ごすことあらば……
始末は私がつけても構いませんか?」
もしかすると、ボスの深い真意には反しているかもしれない。
だが、サターンはあの二人に、現時点で脅威的でないとしたって、放置するのも無頓着な二人だと認識している。
ボスの許しが出るならば、抹消してしまうことこそ最善だと考える。
悲願を目前にした人間は、それが大きければ大きいほど、目的達成のためには良心すら顧みなくなっていく。
「結構だ」
別にその必要は無い、というニュアンスではなかった。
無表情で声色の変わらないアカギ。人工音声で仮面越しに語っていた時のサターン以上に、アカギの表情や声からは内心が読み取り難い。
だが、この"結構"は"構わないぞ"という意味で発せられている。
「よろしいのですね?」
「ギンガ団の利となるよう、あの二人を泳がせる段階はもう終わった。
あとはどうなろうと私には関係ない。
消してよろしい」
アカギはもう、この後パール達と顔を合わせた後であれば、あの二人がどうなろうと構わないと断言した。
泣こうが喚こうが、大怪我をしようが、最悪死に至れども。
何の感慨も無く人の死を促すも厭わぬ声とは、ここまで肌寒く聞こえるものだろうか。
「かしこまりました」
ギンガ団アジトは、入り口こそ二つあれど地下では繋がっている。
アカギはパール達がクロバットらと戦っているであろう方向へ、静かな足取りで歩いていく。
その後ろ姿を見送るサターンは、この暗室から出ていったボスを見届けると、囚われの三柱を一通り見渡す。
あとは好きにして構わないと言われている三柱。
もはや戦う力を取り戻すには時間を要すほど衰弱したそれらは、たとえ解放したとて脅威たり得ない。
哀れなそれらを見渡して、サターンの目は憐憫を抱くそれではなく、ただただ胸の内に抱く短い言葉に
「狂気だな」
正気の沙汰でないと感じたのは誰のことなのか。
このような設備を嬉々として作り上げたギンガ団か。
感情の気配一つ無く、人の死を促さんとさえするアカギか。
それとも、あるいは自分自身か。
この暗室は、私欲のためなら他者の命や尊厳さえ顧みぬ、おおよそ人の道を忘れた者達が作り上げたもの。まさしく悪意と狂気の象徴だ。
この世界は、いや、どんな世界も、いつか必ず自らの行いに報いが訪れるようになっている。
果たしてこのような道を歩き続けた果てに、自らを待つものは何だろう。
栄光か、虚無か、歓喜か、後悔か。
あるいは、想像だにしない破滅か。
サターンの目は何も見据えてはいない。この道の先に何が待ち構えているのか、彼にもわからないからだ。