シンオウ地方のあらゆる地に混乱を招き、湖に眠っていた三柱を、人道にも悖る手段で捕えて利用せんとしたギンガ団。
それを率いる者とはいったい、どれほど血も涙もない人物なのだろう。
その答えが顔見知りであり、まして一度は敬意さえ抱いた人物であったこと自体、子供達にはショックな出来事だ。
「…………アカギさん」
「訊きたいことがある顔だな」
勿論ある。山ほどあるとも。
右腕を広げ、僕よりも前に出るなと態度で訴えるプラチナの腕に手をかけ、パールはプラチナと並ぶ半歩後ろの位置まで踏み込んでいる。
目の前の現実を信じたくないパールの横顔を確かめたプラチナの眼は、彼女にそんな顔をさせたアカギに対して一気に鋭くなる。
「アカギさんが、ギンガ団のボスっていうのは本当なんですか?」
「くどいな。
同じことを二度語ることを私は好まない」
「…………何が、したいんですか?」
部下を操り、三湖を荒らし、三柱を捕えて、ギンガ団は、ギンガ団を率いるアカギは何を目的としているのか。
単なる興味ではない。それが挫くべき悪意に満ちたものであるなら、戦う決意を固めてここまで来ているのだ。
まともな答えが返ってくるかどうかはわからない。だが、一触即発の空気が漂う中、問答の間にパールは自らの動揺を鎮めようとも努めている。
突然の邂逅で頭がぐちゃぐちゃ、そんな今のままではろくに戦えないかもしれない。それを懸念しているパールは思いの外冷静だ。
「カンナギタウンで語り継がれている、時間と空間を操るという二柱の神のことは覚えているか?
私はあの力を、我がものとするためにギンガ団を率いてきた」
無表情で淡々と語るアカギの口調には、嘘や隠し事の気配が無い。
パールの問いかけに、虚言を交えず応えている。
それは今や目的達成を目前とし、表沙汰にしてこなかった己や組織の真の目的を語ろうと、もはや問題にならぬという確信を含んでいる。
どんな情報でも、敵対勢力に渡せば少なからず不利を招くものだ。今のアカギは、それが自分の目的を遮る展開には繋がらない自信があるということだ。
「時間と空間を操るということは、この世界を意のままに操ることが出来るということだ。
言わば、新たな世界を作ることにも等しい。
この不完全な世界を一度無きものにして、私の望む完全なる世界を創造することが出来る」
「そんなこと……!」
「時を操るということは、過去の誤りを正すことが出来るということだ。
空間を操るということは、今ここに無いものに触れることが叶えられ、世界の全てに手を届かせられるということだ。
その力を手にするということは、世界を支配する力を得るにも等しい」
あまりにもスケールが大き過ぎる話を唐突に聞かされて、パールは思わず反論しそうになるも遮られる。
まるで世界征服だ。そんなこと、出来るものかって思ってしまう。
だが、アカギが連ねる言葉のリアリティは、不可能を可能にする力の実在をパールに突きつける。
圧倒されるように一歩退がるパールの前、プラチナは少し腰を落としてたじろがぬよう耐えている。
「……それで、自分の望む世界を創って何が望みなんですか」
「おかしな質問だな。
私の目的は、完全なる世界を創ることだ。
それが完成さえすれば、私の役目は終わりだ」
プラチナの問いかけに、変わらずアカギは無表情のままでこそありながら、その声色には僅かな嘲笑めいた意が含まれていた。
思想を理解し合えない、疎通の叶わぬ子供だとでも見限るかのように。
世界を創造した後に何が望みか? そんな問いかけをされること自体、君には理解できぬ思想のようだなと行間に語るかのようだ。
「………………アカギさんは……この世界が、不完全だって言うんですか?」
「やはり子供は愚かだな。
君は、自分自身が完全なる存在であると思うか?」
「それ、は……」
「君は、あのエムリット達とは何の関係もないのだろう?
それを哀れみ、助けようとする想いでここまで来たようだが、後悔する末路を辿ることになろうとは一度も考えなかったのか?
現に今、君達は私と対峙し、私が君達を叩きのめそうとすれば、這いつくばって倒れるしかない状況に身を置いている。
それは君達の愚かな感情が、君達を破滅に招いた証左そのものだ」
パールを突き刺すアカギの言葉が、嫌な胸の高鳴りでパールを苦しめる。
アカギの強さは知っている。一度、稽古をつけて貰った限りでも、とんでもなく格上のトレーナーだとは感じたのだ。
今の自分も、あの時の自分よりはずっと強くなっていると思うけれど。だけど。
これからそんな、自分が知る中でも最強クラスの敵と戦わねばならぬ状況を今一度認識すれば、パールの頬をつたう冷や汗も一筋で済まない。
「心という不完全なものが生み出す感情、優しさや哀れみといったものが、今まさに君達を追い詰めている。
そんな曖昧なものに突き動かされここまで来たことを、君達はこれから後悔するわけだが。
じきにわかるだろう。その後悔を以って、感情が人を支配するようなこの世界が、如何に不完全で愚かしいものかというのがな」
「か……っ、感情があるから不完全で愚かだなんて、そんなのおかしいです……!」
「ふむ?」
「私は、大好きなこの子達に、いっぱい幸せにして貰えてきました……!
感情があるこの世界が不完全なんて……それを、否定されたくありません!」
「わからんようだな。
言い返すほどには、これまでが余程に幸せであったと見える。
だが、これからそれを覆すほどの不幸を君は背負うことになるのだぞ?」
「か…………ま、負けません……っ!」
勝ちますよ、とはパールも言えなかった。言いかけて、言い切れなかった。
知る限りの実力のみならず、自分達を八つ裂きにする意を淡々と語るこの冷徹さが、パールの恐怖心を強く煽っている。
きっと、仮に今すぐ戦いが始まったとすれば、パールは腰が引けて全力を発揮できないだろう。
強い声を発する態度とは裏腹、かなり精神的な劣勢に立たされている。
「……あのクロバットは、アカギさんのポケモンですか」
「そうだ」
「どうしてスモモさんに、あんなことを」
「彼女はこの舞台に立つべき器ではない。
無粋な邪魔者は排除するだけだ」
プラチナの問いかけは、気圧されかけていたパールの心模様を一変させるには充分な回答をアカギから引き出した。
スモモに重傷を負わせたことを悪びれもせず、まして仮に彼女が命を落としていたとしても顧みもせぬ、冷血極まりない反応である。
プラチナもかっと頭に血が上ったが、パールのそれはプラチナの比ではない。
「アカギさん……!
まさか、ナタネさんを傷つけたっていうマニューラも……」
「私のポケモンだ。
よく想像だけで辿り着いたな」
「っ、どうして!?
ナタネさんも、スモモさんも、死んじゃっていたかもしれないんですよ!?」
「彼女らがどうなろうと私には関係ない」
たじろいでいた心模様は、あっという間に闘志に変わった。
障害になり得ると見れば、命を奪うことも厭わず、それを罪深き行為だと認めもしない。
パールとプラチナが想像する、悪の思想そのものだ。
こんな奴との勝負に負けるわけにはいかない、負けて野放しにすればもっと大変なことがいくらでも起こるだろう。
正義感と呼ぶには生ぬるい、悪に対する嫌悪感が二人の心を過去最も奮い立たせている。
「……あなたに新世界の創造なんてさせたら、僕達が大切にしているものも全部ぶち壊しにされそうですね」
「だろうな。
感情で動く君達が大切にするものなど、私の理想とする完全なる世界には不必要なものであろうとは想像に難くない。
跡形も無く消えて貰うのが最も望ましいな」
「パール……!」
「うん……!」
二人はボールを手に取って、並び立つ形でアカギと今再び対峙した。
絶対に、負けてはいけない相手だ。
この人物への敗北は、悔しさや悲しみを伴うただつらいだけに留まるものではなく、大切なもの全てを消し去られる絶望の未来にさえ繋がり得る。
自分達の尊厳、そして命や存在までもを懸けた戦いであることを認識したパールとプラチナは、過去最もの不屈の魂に火をつけて難敵と睨み合う。
「君達は所詮、私の障害にはなり得ないだろうと見立てている。
だが、仮に今ここで私を追い詰めるほどの力を見せつけるなら、念の為にここで葬り去ることも視野に入れるべきなのだろう。
なまじ中途半端に力を見せつければ、許された僅かな余生まで棒に振ることになるが、構わないという表情だな」
「っ……!」
「それもまた、愚かな感情が君達を破滅に導くという証明だ。
よろしい、そこまで退かぬというのなら――」
アカギがボールを手にした。戦いの始まりだ。
パールとプラチナは目を合わせ、確かに小さく頷き合った。
互いが恐怖心を胸に抱いていることも、それ以上に負けたくないと感じていることも、己の感情を鏡で覗いたかのように瞳を介して通じ合い。
ぐっとボールを押す二人の指は、勝利に対する意志に満ちていた。
「相手をしてやろう。
行くぞ、ドンカラス」
「ニルル! 絶対勝つよ!」
「エンペルト! 頼んだよ!」
2対1の構図。
そして姿を見せたドンカラスは、けほっと一度だけ咳き込んで身を浮かす。
スモモのポケモン達に受けたダメージがまだ残っているのだろう。見るからに万全ではない。
はじめから全てが有利だ。躓けぬ緒戦である。
「必要な指示だけ出す。
好きなように戦え」
「みずのはどう!」
「エンペルト、水鉄砲だ!」
テンガン山でアカギが見せた戦い方と同じ、ポケモン達の自己判断に委ねた戦い方だ。
この1対2でさえ、アカギは自分のポケモンの思考力を養う鍛錬の場に、通過点に過ぎぬ戦いにするかのよう。
必勝を切望するパール達の想いさえ相手にしないかのような振る舞いに、ニルルとエンペルトの最初の攻撃も力が入る。
特にエンペルトは、水鉄砲という指示に隠された"しおみず"を選び、傷ついた相手に大きなダメージを与える手法を選べている。抜かりはない。
恰幅のある容姿で素早そうには見えないドンカラスだが、単調な狙撃程度なら躱し切るだけの飛翔能力など当然のように持ち合わせている。
水の波動と塩水を回避して位置を変えると、いななくと同時に発する"あくのはどう"でまずニルルを狙い撃つ。
慌ててにゅるりんと身を滑らせてそれを躱すニルルだが、ドンカラスのしたたかな所は、ニルルが躱した悪の波動がそのままエンペルトに向かっている点。
敵を直線上に見据えられる場所に移り、一つ目のターゲットに技を回避されようとも二つ目のターゲットを狙える、そんな技の使い方が出来ている。
「――――z!!」
「ニルル!?」
エンペルトが両手で悪の波動を防いで耐える中、ドンカラスがくちばしを突き出してニルルへと襲い掛かる。
回避と移動の速度を上回る急加速を経て迫るドンカラスの攻撃を、身をよじって躱そうとしたニルルだが回避には至れず。
浅いが首の根元辺りを、直撃と同時に首をひねったドンカラスによるくちばしの一撃により、身の一部を抉られるという結果になる。
かなり痛いはずだ。それでも、傷は浅く済んでいる方である。
「エンペルト! なみのり行くよ!」
悪の波動を受けていた状態から持ち直したエンペルトは、両手を振り上げると同時に水の壁めいたものを足元から噴き上げさせる。
左右広く敵を逃がさぬ波の壁で敵へと迫る、回避を許さぬ攻撃だ。
ニルルを巻き込むことは免れないが、プラチナは一瞬パールの目を見て何かを示し合わせている。
うなずくパールの姿がある。きっと通じている。
「恐れるな」
「――――z!」
具体的な技の指示を出さないアカギ。
どうせ躱せないならそれなりの動きを取れ、そんな指示。
言わずもがなとばかりにドンカラスは、自ら迫る波に突っ込んでいく形で、その翼で以ってエンペルトを打ち据える。
鋼の翼でそれをガードすると同時、さらに波の高さを上げたエンペルトの力により、ドンカラスは多量の水を正面からぶつけられる形に。
痛みを伴いつつも、波の向こうに抜けたドンカラスは体勢を整えて、次の行動に移り始めている。
「ニルルいっけえっ! 狙い撃ち!」
翼が濡れたドンカラスの動きが鈍ったところに突き刺さるのは、ニルルが放った水の波動。
ニルルの方へと向き直っていたドンカラスは、翼を顔の前で交差させる形でそれを防ぎ、ある程度に留まったダメージに抑える。
それでも小さくないダメージはあったであろうに、ドンカラスはいななくや否や、すぐに真っ直ぐニルルへと飛来する。
くちばしを突き出す"ドリルくちばし"を警戒したニルルは身を逃すが、動いたニルルの元いた場所にぐっと両足で立ち留まったドンカラス。
降り抜く翼は至近距離で、思わず顎を引いて身を丸めたニルルの頭部を深く斬りつける。
一度見せたドリルくちばしでは捉えられまいとし、"つじぎり"の一撃に切り替えたドンカラス、そして自身の後方にはエンペルト。
狙撃をためらうエンペルトの姿があった。水鉄砲にせよ塩水にせよ、ドンカラスにそれを躱されるとニルルに当たってしまうからだ。
その躊躇を招く位置取りをさりげなく叶えていたドンカラスは、追撃を免れて再び飛び上がり、地に足を着けぬ戦いやすい体勢を取り戻す。
「ニルル頑張れえっ! 逃がしちゃ駄目!」
「ッ……、――――z!!」
ぐいっと顔を上げて頭上のドンカラスを見据えたニルルは、跳躍する形でドンカラスに飛びかかった。
"のしかかり"を意識したその飛びつきに、やや面食らいながらもドンカラスは身を逃す。
だが、逃げた先を見据えるニルルの口は、躱されることなど想定内と言わんばかりに水の波動による狙撃を叶えている。
アクアリングを彷彿とさせる水の波動の一撃はドンカラスに直撃し、溜まりきったダメージによりさしものドンカラスも空中姿勢が乱れている。
「プラッチ……!」
「エンペルト、撃てえっ!」
"しおみず"によるエンペルトの追撃は、辛うじて身を翻したドンカラスの右翼に当たった。
直撃とは言い難いが、傷付いたその体には痛烈に効いたはずだ。
苦悶の表情を浮かべるドンカラスだが、ふらつくように高度を下げながら、ぎらりと獲物を見据える眼差しをすぐに取り戻す。
「――――――――z!」
「うぁ……!? にっ、ニルルっ……!」
ドンカラスが吠えるような声とともに放つ、悪の波動がニルルに直撃だ。
ふらつくように頭の動きが力無く揺れるニルル、そしてドンカラスはその隙を見逃さない。
力を振り絞って一気にニルルへと襲い掛かると、床に体が擦りそうなほどの低空飛行で、ニルルのすぐそば横を通過していく。
その瞬間に、翼の振り抜きによる"つじぎり"でニルルの半身を深く斬り裂きつつだ。
「だ、駄目……! 戻って、ニルル!」
「エンペルト! 撃てえっ!」
「踏み切れ」
斬りつけられた瞬間に、ニルルの目から力が失われたことをすぐさま察し、パールがニルルをボールに戻す判断を下した。
プラチナがエンペルトに塩水を指示するが、アカギが発した指示は、地に足が着くほどの低空飛行をしているドンカラスに、地を蹴り急上昇しろというもの。
命じられたとおりの動きで、軌道をほぼ折るかのように急浮上したドンカラスは、勝負を決めたかったエンペルトの攻撃を躱し切るに至っている。
「ララ! こごえるかぜ!」
「ッ、――――z!」
「――――ッ!?」
追撃はやまない。
パールが次に繰り出したララは、出てくるや否やの凍える風でドンカラスを狙い撃つ。
ただでさえ翼を持つ者には効果の高い一撃にして、全身を氷結させることで機敏さを奪う副次効果も両立する技。
ダメージに加えてそれを受けるドンカラスの体勢が崩れ、しかし落ちまいと宙で踏ん張る姿がそこにある。
「エンペルト!」
「――――――――z!!」
ここしかない。
エンペルトが全力で発射した水鉄砲の類は、ダメージの蓄積したドンカラスにいっそう効く塩水ですらない。
あれほど素早い相手には当てることも難しいと見切り、撃つことを控えていた"ハイドロポンプ"だ。
多量にして高圧の水の砲撃は、逃れる翼の力を削がれていたドンカラスに直撃し、天井めがけて斜めに叩きつけるほど強烈。
それはもはや、カイリキーのような剛腕の拳で殴られるにも等しい、超高圧の決定打たる一撃としてドンカラスを捉えたはずだ。
「上出来だ、よくやった」
力無く床に落ちるだけとせず、辛うじて翼を動かして地面に叩きつけられる結果を防ごうとしたドンカラスを、アカギは未練なくボールに戻した。
元よりスモモのポケモン達との戦いを経て、ダメージが溜まっていたドンカラスなのだ。
まして1対2の状況、ここまで奮戦したのであればアカギも責めはしない。
むしろ、そんな相手一匹にニルルを撃破され、エンペルトに決して小さくないダメージを浴びせられたパール達の方が、精神的には後ずさらせられそうだ。
「なるほど、少しはやるようだな。
だが、傷一つ無く戦える私の次鋒を、君達はどう捌けるかな?」
「プラッチ、ここからだよ! ララも!」
「エンペルト、構えて! 勝負は始まったばかりだ!」
「「――――――――z!!」」
「仕留めてこい」
ひょいと下手の投げでボールを手放したアカギから放たれる第二の矢。
それは、ボールから姿を現すや否や一瞬たりとも地に足着けぬかのように、一気に地を蹴りエンペルトに迫った。
もはやそれが、何のポケモンであるのかさえパールやプラチナが視認できなかったほどの速度でだ。
咄嗟に鋼の翼を構えてガードしたエンペルトに、それが振り下ろした手刀めいた一撃が、金属をひび割れさせたような激しい音を認識するので精一杯だ。
「は……!?」
「プラッチ!?」
その一瞬の衝突の瞬間、アカギの繰り出したマニューラによる速攻の"かわらわり"が、エンペルトを急襲したことを辛うじて見て取れたパール。
そんなマニューラが怯んだエンペルトの脇を駆け抜けて、一気にプラチナへと迫った姿が何より、パールの背筋を凍らせた。
振り上げた爪。一歩後退したプラチナ。
腕で首元を含めた急所を守るかのように、本能的に構えたプラチナに振り下ろされた一撃は、両者の交錯する瞬間をパールの目の当たりにさせる。
スモモが傷つけられた光景を彷彿とさせる一幕に、パールの表情は一瞬で蒼白に染まる。
そして、そんなパールが次の思考を巡らせるより早く、そのマニューラは床を蹴ってパールの方へとまで迫っている。
ララがパールとマニューラの間に割り込んでくれなければ、身構える暇もなかったパールは命すら保証されていなかったかもしれない。
ララの振り上げた両の爪が、マニューラの振り抜く爪をがちんと弾き返し、ちっと舌打ちしたマニューラは一歩退がると跳躍する。
一度、アカギの前方に立ってララとエンペルトを見据えられる位置取りとなり、仕切り直しとばかりの立ち位置へと戻る。
「ぷ、プラッチ……!」
「やばい、かも……」
斬りつけられた所を手で押さえるプラチナ。それは首元の僅か下、鎖骨の辺り。
ニューラの爪は骨まで届いたか、瞬く間に顔を脂汗でいっぱいにしたプラチナが、傷口からぶしっと噴き出た血を指の間から流す。
決して敵を見据える目に力を失っていないプラチナだが、それほどまでに血が溢れる傷の深さは如何ばかりか。
傍目に見てもそうだと確信できるほどの傷を負ったプラチナの姿に、彼以上に血色を失った顔となるパールも無理は無い。
「まったく……お前は手がかかる奴だ」
「――――♪」
プラチナの血が付着した爪を舌で舐め、アカギを振り返るマニューラの表情は得意気ですらあった。
知能の高いマニューラだ。トレーナーへの直接攻撃が、どのような展開を招くかも知っているはず。
話が早くていいだろ、とにやつくその表情は、プラチナを傷つけられたことによって強い感情を抱く者達に対し、劇的なほど挑発的な表情にも他ならない。
プラチナのボールから、ピッピとケーシィは呼ばれることもなく飛び出してきた。
そして、既に戦場にいたエンペルトの表情もまた、出てきたピッピとケーシィと同様の色に染まり。
スモモを傷つけられたカイリキーとルカリオがそうであったように、そこにはもはやリミッターを失った三匹のポケモンの姿がある。
「ギャラドス、支援しろ」
「ギュアアアアアアアアアアッ!!」
パールも、プラチナでさえ一度も耳にしたことのない、エンペルトの凄まじい咆哮が響き渡る。
プラチナを傷つけた敵を断じて許すまじとするその声に、怯むどころか共感さえ覚えて、野生の獰猛な獣の如き殺意をむき出しにするのは二匹の身内。
ピッピとケーシィの不思議な力を操る能力が、まるで制御を失ったかのように大気すら歪ませ始める光景に、パールは恐怖すら抱いている。
プラチナが傷つけられたという、言葉にならぬショックに続いて、身内の側が敵よりも恐ろしく感じるほどのこの一幕。
流石にマニューラ一人では荷が重いとし、ギャラドスを出してきたアカギの巨大な手先を前にした慄きさえ、この恐怖には敵わない。
取り返しのつかないことになった。
きっとそれが、ここからさらにそれは加速していくようにしかパールには感じられない。
初めてパールは、許すべきでない何かに挑まんとした自分の信念にひびを入れられて、抜き差しならなくなった光景を前に立ちすくんでいた。
深手のプラチナ、憎しみに満ちた身内同然のポケモン達の気迫。
今までと同じ明日を迎えられなくなるやもしれぬ只ならぬ予感は、自分が傷つき倒れること以上の恐ろしく、悔恨すらも抱かせる。