フタバタウンで生まれ育ったパール。
彼女は三歳の時、シンジ湖のほとりで遊んでいた。
野生のポケモンが生息する草むらから離れた、子供達だけで遊んでいても大丈夫だとされる場所でだ。
花が咲く場所にちょこんと座り、最近花で編んだ髪飾りの作り方を覚えたばかりのパールは、お母さんにあげる何かを作るために一生懸命だった。
拙かったし、完成まで至れたとしても、小奇麗なものにはならなかったかもしれない。
それでもお母さんを喜ばせたくて、あるいは自慢したくて、周りも見ずに、せっせと花と茎を編んでいたパールの、無邪気な姿がそこにあった。
本来シンジ湖周辺には生息しないはずのズバットが、彼女の気配に気付いて近付いてきた。
そのズバットにとっては、野生のポケモン達とは何か気配が違う人の匂いを感じ、何だろうと接近して確かめようとしただけだったのだが。
近付いてくる羽の音に振り向いたパールは、牙をちらつかせるズバットの接近に恐怖し、さっきまで作っていたものも放り投げて逃げ出した。
小さなズバットとて、幼い子供から見れば充分に大きいのだ。子供と大人では、天井の高さが全く違って見えるのと同じように。
ズバットは、驚かせてしまったことを申し訳なく思い、パールにごめんよと気持ちを伝えるために彼女を追った。
決して攻撃的な想いで迫ったわけではない。ズバットも、当時は若く、あるいは幼かったのだ。
そんなズバットが追いかけてくる姿に、その真意をパールが悟れるはずもなく。
追い付かれちゃったら噛みつかれて大怪我をする、その恐怖から半泣きで逃げるパールは、自分が行く先さえよく見えていなかった。
湖の岸から足を滑らせたパールが落水したことにより、ズバットは本当にまずいと思ってご主人のそばへと急いで戻った。
そのズバットのトレーナーは、只ならぬ態度で自分をある方向へと導かんとするズバットに応え、湖のほとりへ向かっていく。
現場に辿り着いたその人物の見下ろす先には、波紋が広がる湖面しかなかった。
泳げぬ少女はもがけど、足掻けど、じたばたすればするほど沈む一方で、既に足のつかぬ水面下へとその身を沈めていたのだ。
そんな湖面を見て、事情を察して湖へと飛び込んだ彼の聡明さが無ければ、間違いなくパールは命を落としていただろう。
息が出来ない苦しみの中、パールは齢三歳にして死に瀕する実感を得ていた。
薄れゆく意識、もう助からない現実、涙も湖に溶けていく。
飲んだ水で身体が奥から冷やされ、鼻から入った水による痛みも感じられなくなり、最後の空気も大きな泡にして吐き出してしまって。
その日、彼女が最後に感じ取れたものは、沈みゆく自らの身体を誰かがぎゅっと抱きしめ、息が出来る水の上まで引き上げてくれたことのみ。
とうに虚ろな目になっていた彼女は、自身を救い上げてくれた誰かの顔も視認できぬまま、ぐっと胸を押された力で水を吐き、意識を失ってしまった。
その後、目覚めた時には大人達が自分を囲み、愛娘が助かったことに涙して抱きしめてくれるお母さんの温かさを得る時まで、彼女の記憶は失われている。
そうなってようやく、死なるものさえ意識した恐怖に大泣きし、大人達の胸を撫で下ろさせたのが、その日のパールの顛末である。
パールに残された強い記憶は、ズバットに襲われ、逃げて、湖に落ちて、名も知らぬ誰かに助けて貰えたこと。
死さえ意識したきっかけを作ったコウモリに対し、トラウマめいた恐怖心が芽生えたのも。
あの日、自分を助けてくれた命の恩人に、どうしても再会してお礼が言いたいとやがて思うようになったことも。
そのためにチャンピオンを目指そうと、トレーナーになろうと志したことも。
パールの人生の半分以上を形作ったのは、間違いなくあの日の出来事だったのだ。
もしもあの日、あんなことが起こらなかったとして、今の自分がどんな人生を、どんな考え方で生きていたかなんて、今やパールには想像も出来ない。
特段の苦手意識も。
生涯をかけてでも追い求め、惜しみないほどの感謝の想いを伝えたいと強く感じる恩人への想いも。
そのために歩みだした旅路の中で出会えた、掛け替え無き家族とも言えよう最愛のポケモン達との日々も。
すべてのはじまりとなったのが、その日だったと言って過言無い。
「意識が混濁していて、覚えていないのだろうな。
あの日、君を湖から救ったのは私だ。
恩を感じて私の道を阻むことをやめて貰えれば最も有り難いが、今さらそうはいかんのだろうな」
ずっと、追い求めていた人。
シンジ湖に沈みゆく自らの命を救ってくれた恩人。
その人に会うために、シンオウ地方のチャンピオンという、一等級の有名人となることを目指してきたパール。
インタビューでも受けられるようになれば、テレビを通してあの日自分を助けてくれた人へと呼びかけるんだと、強く決意していた幼心。
その必要はもはや無くなったのだと意味する、目前に見上げるアカギの発する言葉が、パールの思考をほぼ停止状態へと陥れる。
「あ……………………アカギ、さんが…………?」
「あの日、君が湖に落ちたきっかけを作ったのは、恐らく私のズバットなのだろう。
今はクロバットに進化し、私の切り札となっている個体だがな。
面影からも感じ取れるものはあるのか、どうやら君の顔にも覚えがあるらしい」
「ひ……!?」
アカギの言葉に反応するかのように、アカギのクロバットがボールから飛び出し、彼の後ろに姿を現した。
長い羽はそのシルエットを大きく見せるもので、そしてパールは幼心からくるコウモリへのトラウマに、短い悲鳴をあげて後ずさる。
穏やかに羽を動かして宙に身を浮かせるクロバットは、じっとパールの目を見つめるも、感慨めいたものを匂わせる表情は見せない。
だが、こうして改めてボールから出てきて、直接パールの顔を見ようとした態度からも、彼女に対して何らかの思うところがあろうことは明白だ。
「あの日、私はシンジ湖に眠ると言われる幻のポケモン、エムリットの手がかりを求めるため、このズバットとともに湖を調べていた。
だが、湖に落ちた誰かという事実に気付いてしまった私は、衝動に駆られて君を救ってしまった。
そんな衝動に、感情に身を任せた行動が、その後の私の調査に大きな遅れを招いてしまったのだから、あれは重要な教訓でもあった。
捨てるべきだと思っていた感情とは、やはりそうだったのだなと確信するには充分だったからな」
ぶわりと脂汗めいたものを噴かせ、はっはっと短い呼吸を繰り返し、まばたき一つ出来ないパールは言葉も発せない。
トラウマのコウモリの中でも最上位にあたるクロバットを前にして、しかもアカギの紡ぐ言葉に頭が追い付かず、思考も殆ど不充分で。
かろうじてアカギの言葉を耳にして、半数した末に数秒遅れて意味を理解し、その時にはアカギの次の言葉が始まっている。
頭が真っ白なパールは、待ちもせずに次々に投げつけられる言葉を、スポンジのように吸収していく一方だ。
そこには、認めたくない現実をどうにか思考能力で以って退けたり、別解で凌ぐ抵抗力は無い。
追いかけていた夢、世界一の恩人だと信じていた人物が、いま目の前にいる憎むべき敵に他ならぬという事実を無防備に受け入れさせられること。
それは純真な夢が穢れにより塗り潰され、心に毒とも言えよう黒い異物を流し込まれるにも等しいことだ。
「君を助けたことにより、フタバタウンは君の証言から、ズバットが君を湖に落としたという事実を認識した。
子供が湖に落ちて溺れかけたという事実だけでも、大人達は安全面で不備があったと強く反省したのだろうな。
君が生きていようが死んでいようが、それが周知されたなら、湖を見回る大人達が増えていた事実にそう変わりはなかっただろうとは思う」
クロバットへの恐怖心から身を縮めているパールが、自分の胸元を、服だけじゃなく肌まで指を突き立てるほど握りしめるのは何故か。
言い知れぬ痛みがある。身体がはっきりと訴えかけてくる苦痛だ。
信じていたもの、尊敬していた人物が、最も憎むべき存在であったとゆっくり認識するにつれ、吐き気さえ覚えるほどの苦しみが胸を渦巻いている。
心臓を握りしめられて、ぎゅうとねじられるかのようなこの苦しみは、精神的に過剰とも言えようストレスによる、逃れようも無い痛みに他ならない。
「だが、日中のシンジ湖に本来生息しないズバットの存在が、異なる者が湖を嗅ぎ回っていると大人達に認識させるにも充分だったのだろうな。
あまつさえ、それが子供達への恐怖を与える存在たり得るものでもあろうと感じれば、フタバタウンの者達の警邏の目もいっそうに強くなる。
あれ以来シンジ湖の周辺は、フタバタウンの有志はおろか警察まで定期的な巡回をするようになり、余所者が立ち入れる環境では無くなった。
私は君を助けたことにより、シンジ湖の、エムリットの調査を進めることが困難になってしまったというわけだ」
自分の命を助けてくれた、その行為には高潔ささえ感じていた命の恩人。
それが今、目の前にいて。
自分を助けたことを後悔しているとさえ断言し、さらにはそれを、パールには理解できぬ思想を深める重要なきっかけになったとさえ名言している。
金色の思い出は錆の色に染まり、信じていた何かは崩れ落ち、心は闇の奥底まで吸い込まれていくかのよう。
頭が真っ白という表現には収まるまい。毒に侵されて真っ黒に染め上げられていく心の苦しみに、パールは足腰をふらつかせてさえいる。
「君を助けたことを恩に着せるつもりはない。
むしろ、私が君に感謝すべきなのだろうな。
君は、私に重要な教訓を授けてくれた人物に他ならない。
この場を借りて改めて、私の糧となってくれたことに感謝の意を示そう」
「よ…………よく……わからない、です……」
違う、違う、絶対に間違っている。
憎むべき悪、スモモやプラチナを傷つけるポケモンを操り、我が目的のためにはそうした血が流れることさえ顧みぬ極悪人。
そんな大人が目の前にいて、自分に感謝の意を告げる。
何をどう考えても理に合わぬ現実を前に、パールはようやく搾り出すような声を発することが出来た。
アカギはクロバットをボールに戻し、今一度パールと一対一の形で向き合う。
堂として胸を張って敵対者を見下す大人と、腰が引けて今にも座り込んでしまいそうな少女。
ギンガ団の野望を打ち砕かんとしてここまで踏み込んできた、正義感に溢れた少女の姿はもはや失せ、追い詰められた無力な少女の姿だけがそこにある。
現にパールは、頼れる誰かに呼びかけることも忘れ、ボールに手を伸ばすという発想さえ今は失っているのだ。
「理解して貰えなくても構わない。
だが、確かにあるのは君という存在そのものが、私をこの道へと迷い無く歩みだす大きな一因となったという事実だけだ。
君のおかげで、私はこの信念を貫く意義を貫き、今こうして大願の成就を目前とするところまで至れているのだからな」
「わ、私……が……?」
「あとは、綺麗に失せてくれ。
君のことは、きっと忘れない。
新世界を築き上げるに際しては、君は私の思想に反する愚かな反乱分子であると同時に、礎と呼ぶには値ある少女でもあったと数奇に記憶しよう」
そう言ってアカギはパールに背を向け、このアジトから去るための道への歩みを始めていく。
置き去りにされるパールはもはや、前にも後ろにも進めない心模様だ。
アカギを追うことも出来ず、しかし、引き返すことも出来ず。
揺るがぬ信念を貫いて、それが苦境ありし道だとさえも覚悟して突き進めば、想像以上の壁にぶち当たった時、人は身動きが取れなくなる。
目の前にも壁、一歩後ろにも壁の袋小路。信念を貫けば貫くほど、伏魔殿の奥底で道を失えば、奈落の底で身動きが取れなくなる。取り返しのつかない暗黒だ。
「君はエムリットを、ユクシーを、アグノムを救いにきたのだな。
私にはもう、あれらは必要ない。今さらあれらが解放されたとしても、今や私の障害にはなり得ない。
君が引き取って貰えるなら、処分する手間が省けるというものだ」
歩く力を失ったパールに、アカギは立ち止まって振り返り、彼女に最後の言葉を手向けていた。
目に見えて、思考力を失っている少女。
そんな今のパールに対して言葉を向ければ、拝聴の想いの信者の耳にも勝り、それは心の奥底まで浸透する言葉とさえなり得る。
抗う力を持たぬ心は、すべての言葉を無防備に心へと沁み込ませてしまう。もはや、催眠術にも近いメカニズム。
アカギの言葉に、ここへ足を踏み入れた当初の目的を思い返させられたパールの心は、何の疑問も無くその言葉に一心を支配されてしまう。
「あちらへ進めばエムリット達を捕獲してある地下施設へと通じている。
あとは、好きにすることだ」
「あっ…………あ、っ……………………」
去っていくアカギの後ろ姿に、パールは何らかの反論をしようとしたのだろう。
だけど、言葉が紡げない。考える力を失った少女には、自身の想いを相手に伝えるための言葉さえ作れない。
いや、その想いすら形になっていないのだ。
かすかに残っていた、敵をこのまま見逃してはいけないという想いの残滓が、未完成の言葉を口から発させる程度というところである。
アカギが目の前からいなくなり、遠く離れたその時になって、ようやくパールは足を動かすことが出来た。
それは、歩きだすためにではない。よろよろと身をふらつかせ、壁面に背中を預けるためにだ。
今にも力を砕けて座り込みそうな腰を辛うじて支え、天井を仰ぎ、ゼロにも等しかった思考能力に今一度の火を灯す。
何のためにここに来たのか。エムリットを助けるためじゃないのか。
頭にこびりついて然るべきはずのアカギのことさえ頭からは締め出され、パールはそれ一心に染まった頭で前を向く。
そうして踏み出した第一歩は、確かに前進の意志こそ孕みつつ、傍から見ればよろよろと道に迷うように進む足取りにしか見えないほど。
「……………………行かなきゃ」
少しずつ、その一歩一歩は、加速を得る。
よろつくような歩みから、普通に歩けるような速度になり、やがては駆け足に。
しかし、かつて何度もギンガ団に挑む日々のように、確固たる意志を叶えんとするための、跳びのある勢いに満ちた走りではない。
茫然自失となる一歩手前、取るべき行動という旗印を辛うじて得たことで、身体をそれに従わせているだけに過ぎなかった。
パールの頬をつたうものを、彼女は拭うことすらしていなかった。
涙を流している自覚すらなかったのだ。
何年も、何年も、大切にしてきたものを打ち壊されたことで、心にさえもひびが入った今の彼女は、忘我と言うにも等しい心持ちで駆けている。
傷ついた心が癒されるには時間が必要だ。そんな時間すら与えられていない今のパールは、壊れかけの心のまま死地に向かっている。
パールが自分の指し示した方へと走り抜けていく姿を、アカギは振り返りもせずその足音で察していた。
愚かな娘だ、と小さく呟いたアカギは、パールの行く先で何が待っているかを知っている。
感情に愚直な彼女が辿るであろう末路を想定したアカギは、憐憫の一つも感じ得ぬまま、次なる目的地へと歩み続けていくのみだった。
「ここが……?」
見たこともないような機械が並ぶ異質な光景を目の当たりにし続けるも、一本道のそれをパールは進み続けてきた。
突き当たりに見えたのは、半円状の大きなゲートであり、左右に開く機械式の扉であると見える。
どうやって開ければ、という疑問が解決されるのも早く、ゲートの脇にあるスイッチに手を伸ばすパール。
スイッチ一つで開いたゲートの向こう側は、薄暗く広い一室だった。
一目見れば明白であった。
エムリットと、ユクシーと、アグノムが、カプセル状の特殊な機械に囚われている。
思わず駆け寄ったパールの前で、三柱のポケモン達は、いずれも苦しみの中にあるのが一目瞭然だった。
尻尾を引きつらせるエムリット、身体を震わせるアグノム、ぎゅっと目を閉じているユクシー。
愛嬌のある姿をしたそれらが苦痛に喘ぐ姿は、見ているだけで胸を締め付けられるかのような想いに駆られるというものだ。
「待っててね……何とか、するから……!」
この部屋の奥にもう一つ、パールの目を引く大きな機械がある。
恐らくエムリット達を捕えている三つの機械の操作を司ると見える、大きなスーパーコンピューター。
その前に立ったパールは、無数のスイッチやレバーのある巨大な機械を前にして、一度は立ち往生するばかりの後ろ姿となる。
初めて見るこんな機械の操作方法が、パールにわかるはずもない。
だが、一つ一つのスイッチやレバーのそばに書いてある文字を読み、どこかにエムリット達を解放するための手がかりがないか熱心に探し求め始める。
出来るか出来ないかじゃない、何とかしてあげたいのだ。
間違った操作をして状況が悪化するかもしれない、そんな恐怖にも駆られながら、薄暗い部屋で必死にその目で手探りする。
そんな彼女の後方で、音がした。
この部屋の入り口であったゲートが閉まる音だ。
はっとして振り返ったパールは、誰かがゲートを操作したのだという事実に青ざめ、思わず身構える。
ここは敵地だ。邪魔をするギンガ団員が現れてもおかしくない。
「いつもながら、ボスの考えはわからない。
お前のような、役目の済んだ邪魔者を今なお放置することもそうだが、この三柱を解放することさえ容認する。
念のため、目的が果たされるその時まで捕らえておいた方が、万に一つの都合の悪い展開をも防ぎ得ると私は思うのだが」
「ぁ……」
そして、パールが目にした敵の姿というのは、想定され得る中でも最悪のものだった。
ただのギンガ団員なら一番よかった。
ギンガ団幹部たるマーズやジュピターであれば最悪の次に悪い。
それさえ上回ったこれ以上無いほどの現実とは、仮面をはずした青い髪の、ギンガ団幹部の出で立ちをした一人の男性だ。
パールは表のギンガ団のオーナーと呼ばれるコウキの顔を良く知らない。
たとえば有名な大企業の社長であろうと、故郷から遠く離れた地で活躍する有名人の顔を知らぬことなど、子供にとってはよくある話だ。
だが、初めて見た顔であっても、人工音声を介さず初めて聞くその声であっても、仮面に付随するウィッグに隠れていたその髪を初めて見たとしても。
彼が悪のギンガ団においての何者であるのかは、パールにさえも直感的に理解することが出来た。
このような場所に単身現れる、下っ端どもとは違う幹部服の男性など、パールの知る限りでは一人しかいない。
それが、自分の知らない別の幹部であってくれればと思わず脳裏によぎるほどには、そのたった一人は今のパールが会いたくない怨敵だ。
「リッシ湖でも、エイチ湖でも、お前には感心させられたものだ。
素顔で対面するのは初めてだったな。
ギンガ団の最高幹部を仰せ預かるサターンだ。冥途の土産にはなるだろう」
ニルルとララは戦闘不能、ピョコはプラチナを助けるためにここにはいない。
パッチとミーナだけが、たった二人だけの戦う力しかないパールにとって、その現実はあまりにも重い。
マキシを、スズナを、本気を出したはずのジムリーダーと相手に、相棒ドクロッグと共に対等以上に渡り合っていた大幹部が目の前にいる。
そしてこの部屋のゲートが閉じられてしまい、逃げ道を失った籠の中に囚われたパールを襲うのは、自分一人でこれに立ち向かわなねばならぬという現実だ。
どんな時も、自分よりも強い相手にさえ、恐怖心を押さえ込んで果敢に立ち向かっていたはずの少女は今、一歩でも敵から離れんと震え後ずさるばかりだった。
冥途の土産。子供でも意味の分かる言葉だ。
あまつさえ万全の戦える状態でない今、最強にして最恐の敵と袋小路で対峙するパールの恐怖は言葉では言い表せない。
足が震え、身をすくませ、今にも泣きだしそうな怯えを表情に表すパールを前に、サターンはふっと笑うのみだった。
冷徹で、残虐ささえ匂わせる笑みだ。仮面をはずしたサターンの姿は、かつて対峙した表情の読めぬ姿より、何倍も恐ろしくパールの目に映っていた。