ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

123 / 160
第123話  未来へ

 

 

 精も根も尽き果てた足取りで、パールはギンガ団のアジトから生還した。

 墓の下から奇跡的に蘇ったかのような、そんな一日。

 日差しを浴びた時のパールは、死にも瀕した記憶から腰を抜かすように座り込み、えぐえぐと涙を流すばかりだった。

 

 トバリシティの顔役の一人でもあるスモモが、さらにプラチナまでもがピョコに担がれ、血まみれの姿を人目に晒したことで街は騒然となった。

 確たる何かが無い限り、思い切った行動に踏み込めない警察とて、二人の証言を受ければ重い腰を上げざるを得ない。

 パールがアジトから出るために歩いていた通路、ギンガ団の連中と交戦し、傷ついたポケモンが見捨てられて喘いでいたあの場所。

 そこへ到達する頃に、ちょうど踏み込んできた大人達に鉢合わせする形となり、パールは半ば保護される形で地上へ還る形と相成った。

 大人達に囲まれて、ようやく安心できる世界に帰ってきたところで泣く少女を前に、どれほど恐ろしい世界を味わってきたのかと大人でも身が震えたものだ。

 

 パールに目立った外傷は無かった。

 彼女が大人達に保護されて向かったのは、何よりもまずポケモンセンターだ。

 自分のことを、プラチナのことを、大切な人の命を守るため、己の命すら顧みぬ覚悟で巨悪に立ち向かってくれたポケモン達。

 ポケモンセンターに辿り着き、ボールを渡し、彼ら彼女らの傷が癒えるのを待つパールは、待合いの椅子に腰かけるや否や、呆然と天井を見上げるのみとなる。

 もう、余力ひとつ残っていなかったのだ。心が擦り減り過ぎている。

 敬愛するスモモやプラチナの深手、アカギに明かされた真実、サターンに浴びせられた精神を削り取る言葉の数々、何度も直面した絶望。

 半ば廃人のような姿に声をかけてくれる大人に、小さな口の動きとか細い声で、大丈夫ですと応えるだけで精一杯だ。

 その姿を見て、大丈夫そうだと思える者など一人もいないだろう。

 

 疲弊した心身で、今にもその辺りにでも倒れて気を失ってしまいたいところ、まだ寝ちゃだめだという使命感だけでパールは意識を繋いでいた。

 元気になったみんなに、すぐに、可能な限り一番早く、言いたい言葉が沢山ある。

 好意であったり、謝罪であったり、そして何よりも感謝であったり。

 今はまだ、意識を失ってはいけない。その一念で、パールは気を抜けばふっと飛びそうな意識を、ぎりぎりのところで保っていたのが実状だ。

 

 実際の時間にしても、彼女の中での感覚でしても、パールのポケモン達が完全に癒されるまでの時間はかなり長かった。

 それだけ、疲れもダメージも尋常では無かったのだ。ポケモンセンターによる治療や回復とて、それに比例して相応の時間というものがかかる。

 しかし、実際に永かった上にそれ以上に感じられたその長時間をパールは耐え、自分の名を呼ぶポケモンセンターのお姉さんの声に気付けば立ち上がる。

 一度目の呼ばれは聞き逃しかけたほどでさえあった。それではっとしかけたところ、二度目呼ばれたところで、目覚めたように大声で返事して。

 もつれる脚で少し躓きそうになりながら、早足でボールを受け取りに行く。

 

 葉っぱ、雷、水滴、ピンクと黒のハート、そんなシールが貼られた五つのボールを受け取ったパールだったが。

 本来、みんなをボールから出して顔を合わせるのは、ポケモンセンターを出てからだ。

 だけど、我慢できなかった子が一人だけボールから飛び出してきて、パールのそばに降り立った。

 どうしても、早くパールの前に元気な姿が見せたくて。

 賢い彼女だ、ポケモンセンター内で勝手に出てくるのはよくないとわかっている。それでも、我慢できなかったのだ。

 

「パッチ……!」

 

「~~~~~~~~♪」

 

「ああぁぁ~~~……!

 パッチっ、パッチぃっ……! ううぅぅ……」

 

 一度は本当に、永遠の別れを信じざるを得なくなった友達が、いま再びこうして笑いかけてくれる姿。

 膝を着いてパッチに抱きつき、顔を涙でいっぱいにするパールが嗚咽する姿。

 詳しい事情を知らない周りの人にも、只ならぬ事があったことも伝わるだろう。

 

 パッチもまた、あの世へ旅立つ寸前だった自分がパールをどれほど悲しませたかを痛感し、叶えたい何かを果たしきったと同時に心残りを覚えた身。

 一秒でも早く、元気になったみんなを迎えたかったパールと同様に。

 あなたの悲しむ結末にならなかった自分を一秒でも早くはっきり見せたい、そんな想いでパッチはパールの前に姿を見せたのだった。

 

 

 

 

 

 ギンガ団の地下アジトにおいて、パッチの命の灯は本当に消える寸前だった。

 何の誇張でもなく、意識を失った彼女はその後、失い過ぎた血と身体を蝕む毒で、二度と目覚めぬままとなるはずだったのだ。

 もうすぐ冷たくなっていくパッチの体にしがみつき、現実を拒絶するように泣き叫んでいたパールに、その悲劇を退けるすべなど無かったはずだった。

 

 そんなパールだったからこそ、そばでエムリットを捕えていたカプセルが割れた音など、意識することも出来なかった。

 彼女のそばに立つピョコだけが振り向けば、自身を縛りつけていた機械を、なけなしの力で内から破壊したエムリットが、パール達へと近付いてくる。

 目にも尻尾にも手足にも力は無く、かろうじての浮遊の力を振り絞り、よれよれと、ふよふよと。

 害意はおろか、慈しむ想いをその全身から醸し出すエムリットの姿に、ピョコは身構えすらしなかった。

 

『――――パール。

 ねぇ、パール……聞いて……』

 

 泣きわめいていた声も枯れ、荒い息に嗚咽を混ぜていたパールは、後ろから聞こえたその声に、光を失った目で振り返る。

 幼い子供が涙で顔をいっぱいにして、この世の希望を失った表情は、感情に敏感なエムリットでなくとも胸が痛くなる姿そのものだ。

 いかにこの少女にとって、このレントラーが大切で、掛け替え無くて、喪えばその後の人生に取り返しのつかぬ闇を落とす、希望そのものであったのか。

 その命が目の前で失われんとしていること、そしてパールの心が死んでしまうことを、エムリットはどうしても避けたかった。

 

『大丈夫だよ……私が、なんとかしてみせる……

 あなたの大切なお友達……必ず、助けてみせるから……』

 

 エムリットは、事切れたように眠るパッチの前へと身を移し、パッチの額の前で両手を握りしめる。

 祈るように、願うように、そして、絶対に叶えんとするかのように。

 ぎゅっと両手を強く合わせ、カプセルに閉じ込められたままエムリットの行動を見守るユクシーとアグノムに、力を貸して欲しいと請うかのように目を送る。

 

『私達を助けるために、危険を顧みずにここまで来てくれたあなたを――

 いや、あなた達を……!

 このまま、二度と立ち上がれない結末になんて導かせない!』

 

 自分には、死に瀕する者の命さえ救う"いやしのねがい"を果たせるという知識。

 たとえそれが己の命を削り得るものであると知りながら、一切の躊躇いもなく救いたい命を救わんとする意志。

 何に代えてもそれを遂げたいと、胸の奥から湧き上がる感情。

 カプセルに閉じ込められたままのユクシーとアグノムも、己の力だけでは足りぬエムリットに、消耗した自らの心身の力を振り絞って余力を添えている。

 合わせた両手に淡い光が生じさせるエムリットは、汗の滲む額の下で、じっとパッチを見つめる眼を開いている。

 

『……あなたは、こんな所でいなくなっちゃいけないんだよ。

 パールだけじゃない、あなたの友達も、みんなそう。

 元気になったあなたと触れ合って、遊んで、もっと、もっと一緒に過ごしたいって思ってる。

 だから、だから……』

 

「――――――――z!!」

「パッチ……パッチ、っ……!」

 

 喪われかけた命に呼びかけるエムリットの声を後押しするかのように、ピョコが、パールが大切な友達の名を呼んでいた。

 大きな声で、あるいは搾り出すような声で。

 それに応えるかのように、強い光を放つエムリットの力がパッチの全身を包み込み、今も血を流す深い傷を塞いでいく。

 

『お願い、帰ってきて……!

 あなたにとっても、一番大切なひと達の、そばに……!』

 

 エムリットの光とパッチを包み込む光は、そばにいるピョコにすらそれが見えなくなるほどで、それでいて眩しくなかった。

 優しく、何者をも傷付けない、希望と救いに満ちた光だ。

 それがゆっくりと消えていき、エムリットの身体が発する淡い光だけが暗い地下室を照らす中、パッチの身体は傷一つ無い綺麗な姿になっていた。

 

『……もう大丈夫だよ、パール。

 この子は、命を失ってなんかいない。

 疲れてて、すぐには目覚めないかもしれないけど、目を覚ます頃には元気になってるはずだよ』

 

「ぇ…………」

 

『ごめんね、もっと、もっと、いっぱい伝えたいことがあるんだけど……

 私ももう、これ以上は駄目みたい……』

 

「「ッ――――――――z!!」」

 

 すべての力を失ったかのように、身を浮かせていたエムリットの身体がぐらつくのと同時、ユクシーとアグノムもカプセルを破壊して自らを解放する。

 パッチがサターンやドクロックとの戦いの中で、ギンガ団アジトの電力を吸い上げ、施設内のエネルギーを枯渇させたことがもたらす影響は小さくなかった。

 ユクシーとエムリットとアグノムを捕えていた機械は完全に停止し、それを苦しめ拘束する力が失われていたのだ。

 すでに戦いようもないほど弱っていたエムリット達が、こうしてなけなしの力を振り絞り、カプセルを内から破壊できたのはそのおかげ。

 小さな体で床に倒れ込んだエムリットに、暗い中で淡く光を放つユクシーとアグノムが寄り添い、二人で抱くようにして身を浮かす。

 

『大丈夫、いつかまた会える。

 私達の方から、必ずまたあなた達に会いに行く。

 だから今は、あなたを守り抜くために戦い抜いてくれたみんなを、安全な所まで連れて行ってあげて』

 

 ユクシーとアグノムに支えられたエムリットは、かろうじての言葉を紡ぎ上げた。

 今のパールに、自分達の安否を気遣う余裕なんてないのはわかっている。

 だけど、日常に戻ればきっとこの子は、力無く去っていった自分達を案じてしまうであろうことも知っている。

 シンジ湖を何度も訪れたパールを、幼い頃から見続けてきたエムリットだからわかる少女の心根だ。

 

『ありがとう、パール。

 あなたが、あなた達が私達を助けてくれたこと、私達は決して忘れない』

 

 そう言ってエムリットは、ユクシーやアグノムとともに消えていった。

 容易には人の目に確かめること叶わぬ、本来の形へ。

 そして自分達を救わんとしてくれた少女と、その意志に応えて戦い抜いた勇者達に、奇跡とも呼べるものをもたらしてだ。

 

 開きかけていたロストタワーの門は、あわやのところで閉じられたのだ。

 正義感に突き動かされ、死地に飛び込んだパールへの報いだと言わんばかりに襲いかかった、数々の闇と絶望の果てにあったもの。

 絶望の詰まった箱を自ら開けたパールは、その底に残っていた僅かなる希望に救われ、すべてを失う結末を免れていた。

 捨てる神あれば拾う神ありだ。

 

 

 

 

 

「パール……っ!」

 

「あ……シロナさ、んっ……!?」

 

 パールはポケモンセンターから出ると、街角のちょっとした広場で自分のポケモン達を出して、みんなの姿を眺めていた。

 何と言ってもあれだけの出来事の後、みんなの中心にいるのはパッチである。

 進化というセンセーショナルな節目を迎えたというのもあるが、何せ奇跡一つ起きなきゃ本当に死んでいたほど頑張った彼女である。

 もうもみくちゃ。頑張ったな~、パールを守ってくれたな~、いいとこ見せたな~、と他の四人に囲まれすり寄られぺちぺちされて大変。

 肉体言語風ヒロインインタビューである。暑苦しいほど群がられて苦しいパッチも、照れ臭げにしながら困っていた。

 そんなみんなの姿を眺めて、ほろりとパールが涙を流すのも、この日常を目に出来る幸福ゆえ。

 ちょっと泣き虫すぎるきらいはあるが、感慨を得るほどには今日が激動過ぎたので、致し方ない側面は無いでもない。

 

「大丈夫……!?

 ごめんね、私が力になれなくて……!

 情けないチャンピオンで、本当にごめんなさい……!」

「ふぐぐぐ……く、くるちい……

 し、しろなさん、いきが、できないぃぃ……」

 

 そんなパールだが、実はポケモンセンターを出るに際し、シロナに電話を入れていた。

 電話をかけたい相手自体は、プラチナやらスモモやら他にも沢山いたのだが、最初に電話をかけた相手はシロナだったようだ。

 パール目線、ドクロッグの毒針に貫かれたという話をサターンから聞かされたことにより、最も安否不明だった親愛対象がシロナだったのである。

 結果的にその電話は、パールにとっては、プラチナとスモモの安否を纏めて知る結果にも繋がったので、たまたま一番いい選択肢だったのだが。

 

 実際に毒突きを掠めさせられ、深手を負って毒まで流し込まれたシロナだったのだが、今はパールに会うや否や、彼女を抱きしめ悔恨の言葉を連ねている。

 普通に元気そうである。いや、実際はある程度中和したとはいえ、我が身に残る毒でそれなりにつらい身なのだが。

 無事でいてくれたパールを力強く抱きしめ、胸でパールを窒息させようとする腕の力だけは元気いっぱいである。

 カンナギタウン育ちのシロナ、サターンが想定していたとおり、万一毒で死なぬよう対策してきたことも流石であり、深手の止血も長旅の経験か自力でお見事。

 苦し過ぎてぺちぺちシロナの背中を叩き、放して下さいと訴えるパールをなかなか解放しない程度には、思ったよりも元気そう。チャンピオンってすごい。

 

 アカギとサターンの二人を同時に相手取る形となったシロナだったが、どうにか逃亡は果たせた末、自力で病院に到達していたようだ。

 あらかじめ服用していた漢方薬によって毒による病死こそ免れていたものの、そのまま放置では何日も立てなくなってしまう。

 明日以降を見据えるシロナは、病院でドクロッグの毒に対して有効な血清を打って貰い、とりあえず安心というところまで立て直す。

 そして丁度そんな折、その病院にスモモやらプラチナが続けざまに担ぎ込まれてくるのだから、シロナも気が気でなかっただろう。

 

 まずやはりシロナもそんな二人の安否を気に掛けるものであるが、医者から二人が命に別状がないことを聞かせて貰えれば、そこはひとまずほっとする。

 だが、病院に辿り着く頃には意識朦朧だったプラチナとは異なり、近況をシロナに伝えてくれたスモモの言葉は、シロナをぞっとさせたものだ。

 パールは一人、未だギンガ団のアジトに残って戦っている。果たして無事なのだろうか。

 シロナだって何度もパールに電話をかけたくなったものだが、かけにくい。

 電話したその瞬間が、パールが敵との交戦真っ只中であれば、勝てるはずの勝負をも落とすノイズにもなり得かねないし。

 そもそもの話、絶対にその存在がばれてはならないギンガ団地下アジト、電波など遮断しているかもしれないし。

 何よりも、電話をかけてパールが出てくれなかったら、それってとうに死んでしまった後かもしれない、とさえ想定させられるのだから指が凍る。

 シロナは結局、自分からパールに発信することは出来なかった。

 彼女の最善を願うのであれば、何もしない方が正解であると踏み止まってだ。

 

 自分から何一つ出来ず、待つことしか出来ないというのもつらい。

 シロナの感じていた無力感は、チャンピオンという立場にある彼女をして、覆しようもない挫折に近いものですらあった。

 耐えて、耐えて、待っていた末、パールからの着信が入った時のシロナときたら、ただそれだけで涙腺が緩みそうになったものだ。

 憔悴したパールの声を聞き、彼女の所在を聞き、安全な場所に帰り着いた事実を聞いた時の、シロナの安堵は例えようもない。

 それに際し、シロナも自らの持つ情報、スモモやプラチナが命に別状がなかったことを告げて、パールにも同等の安堵を返していた。

 声だけで涙ぐんでいたことが明らかなパールと比べれば、似た感情を電話越しの声に表さぬ程度には、シロナはやはり大人なのだろう。

 ただ、純真な子供が、親友や敬愛する人の無事を知って鼻をすする声に、ちょっとシロナも貰い泣きしそうにはなったのだが。

 たとえ何歳になったって、感情を完全に制御して、抑え封じ込めることなんて出来はしないということだ。

 

 そうしてパールの所在を知れたシロナが、すぐさま彼女のそばへ駆け付けて、その姿を見るやいの一番に抱きしめて今に至っている。

 強い、強い、ぎゅ~。胸に彼女の顔をうずめ込んで、力いっぱいのぎゅ~。

 本当に、無事でいてくれてよかった。言葉に出来ない安堵があった。

 パールからすれば、いま窒息して死んじゃいそうな気もしたのだが、それもご愛嬌というところである。

 

「本当に、ごめんね……

 あたし、何も出来なかったわ」

「そんなこと……」

 

 落ち着いた二人は、パールのポケモン達を遠目に見守る場所で並び座り、ギンガ団アジトでの戦いを思い返す会話を始めていた。

 シロナはアカギやサターンを止められず、退けられてしまったチャンピオン。

 パールもまた、自分だけじゃなくパッチまでもが命の危機に瀕した。

 明るい内容にはなり得ない。

 

「あ……でもっ、シロナさんっ。

 私、パッチやミーナと一緒にギンガ団幹部のサターンを倒しましたよ!

 最後は逃げられちゃったけど、私の友達すごいでしょ!」

「本当? あれ、けっこう強いのよ?

 私も見たけど、只者じゃないわ。勝っちゃうなんてすごいじゃない」

「えへへへ、でもそれだって、きっとシロナさんがあいつのポケモンを、何匹か倒してくれてたからでしょ?

 シロナさん、何も出来なかったなんてことないですよ。

 シロナさんのおかげで、私達は助かったんですよっ」

 

「…………あはは。

 そっか……そうなんだ……」

「だから、えぇと……

 し、シロナさん、元気出して、欲しいなあって……わっ?」

 

 シロナは今度こそ、パールの安否を確かめられたその時以上に泣きそうになる。

 目に涙を溜めたシロナの表情にパールもあわあわする。

 シロナはなけなしの意地として、パールの頭を撫で、案じてくれる年下に対し、年上らしい行動を演じるので精一杯だった。

 

 実際、シロナが成し遂げたことは決して無意味なことではない。

 サターンは、パールとの戦いでミノマダムを出してこなかった。シロナとの戦いで破られて、戦う力が無かったからだ。

 ドクロッグだけでなく、その後ろにもミノマダムが戦力として控えていたとすれば、本当にパールには助かる道は無かっただろう。

 あまりにドクロッグがサターンの切り札として目立つが、あのミノマダムとてサターンの強兵の一角として、何ら恥じぬ実力を持っているのだから。

 アカギとサターン、そんな最強格の二人を相手にして、毒まで体に打ち込まれながら遂げた戦果は、パールの命を救った遠因として確かなものだ。

 

 パールはサターンの言葉の数々、シロナに毒を打ち込んでやったというその主張からも、シロナとサターンに交戦した瞬間があったのは知っているのだ。

 サターンの手持ちにミノマダムがいることだって、リッシ湖の一件で知っている。

 それだけの情報から、シロナのおかげでサターンの札がドクロッグ一枚だけであったのだと、パールはちゃんと推察しているのだ。

 無力感に打ちひしがれるシロナを案じ、きちんと自分が知っていることを頼りに、そんなことはないんだと言葉を紡いでくれるパール。

 何が最強のチャンピオンだ。導くべき子供が精一杯、傷ついた自分を癒そうとしてくれることは、傷に塩を塗られるより痛い。

 その一方で、ただの年下と見ていた少女を、こんなにも優しくて強さのある子供だと尊ぶ感性もシロナは持ち合わせている。

 敬意を感ずるべき相手には迷いなく感ずる。それも大人のあるべき姿。

 シロナの目を潤ませた最も大きな要因は、眩しい純心を前にしたことの方がよほど大きかったとさえ言えるかもしれない。

 

「……シロナさん、毒は大丈夫なんですか?

 サターンが、シロナさんにドクロッグの毒を刺したって言ってましたけど……」

「ええ、大丈夫。

 これでも伊達にチャンピオンやってないわ。

 ちゃんと対策して行ったし、アフターケアも万全よ」

 

 パールの問いに、シロナは握り拳で胸を叩いて応じた。

 目尻を拭い、元気で明るいお姉さんの表情で笑うシロナの姿は、パールをほっとさせるには充分なものには違いない。

 これ以上、この優しい子を心配させてなるものかというシロナの意地は、しっかり実を結んでいる。

 

「じゃあ、シロナさん……

 きっとシロナさんは、ギンガ団を止めに次の戦いに挑むんですよね?」

「ええ、勿論よ。

 このまま指をくわえて、あいつらの野望を見過ごすわけにはいかないからね」

 

 しかし、次の瞬間には嫌な予感もする。

 確認するようなパールの言葉。なんだか次に紡がれる言葉に予想がつく気がして。

 らしく、普段どおりに返答する中、シロナはざわつく胸の奥の感情を顔に出さぬ努めを果たしている。

 だが、それはパールがシロナの望まぬ言葉を発することを、遮ることには繋がらない。

 

「あの……私も、一緒に行っちゃダメですか?」

 

「…………大人達に任せなさい。

 あなたも、怖い想いをしたでしょう?

 今度は助からないかもしれないのよ」

 

 ほら、やっぱり。

 ギンガ団の野望を止めるために、シロナに協力を仰いできた子なのだ。

 今回だって恐ろしい想いをしたはず、だから少しは怖がって立ち止まってくれないかと淡く期待したのだが、やはりそうはいかないらしい。

 こういう子なのだ。ナタネやスズナから聞く限りの話で、嫌というほど知っていることである。

 

「でも、あいつらを放っておいたら、世界がめちゃくちゃにされてしまうんですよ。

 黙って待ってて、あいつらを止められなかったら、私達だって今までのようにはいられなくなっちゃうかもしれない。

 だったら私、大好きなみんなとずっと一緒にいるために、最後までそのための力になりたいですよ……」

 

 あぁ、もう駄目だ。とうに腹が据わっている。

 それも、ただの感情論や正義感に任せた主張でなく、理屈の上でもしっかりしている。

 巨悪に挑むということは、己の命さえもを危ぶめ得るということ。そんなことはやめておきなさい、と周りがそう言う最大の根拠はそれ。

 だが、ギンガ団の野望を食い止められなければ、どのみち世界は今の形を失いかねない。

 そうなってしまう時の恐ろしさと、挑んで破滅することの恐ろしさは、とどのつまりは同等だ。

 非道を厭わぬ悪に挑むことを引き留めるための、最も有力な理屈は今のパールに通用しようがない。

 

 自分達が危ないことをしなくたって、大人が必ずなんとかしてくれる。

 そうパールに信じさせてあげられない自分達の責なのだ。

 短くも濃密なパールの主張に、シロナは抗う言葉を紡ぐすべがない。

 どんなにシロナが屁理屈を作ろうが、決してパールはそんな言葉を使わないであろうが、大人なんかに任せられませんと言われれば鶴の一声である。

 ギンガ団の暗躍と、その悲願成就の目前たるここまで彼らを止められなかった大人達に、パールを思い留まらせる言葉など紡ぎようがないのだ。

 

「……わかったわ。

 でも、最後に一つだけ確認させて。

 あなたのポケモン達は、あなたのその決断に乗る覚悟がある?

 それだけ、ちゃんと確かめてからじゃないと駄目よ」

「わ、わかってます……

 戦うのは、みんなですもんね……」

「ほら、行っておいで。

 怖くてイヤだっていう子は、絶対に連れていっちゃ駄目よ」

 

 観念したシロナは、パールに最後の念だけを押した。

 あわよくばパールのポケモン達が、彼女のそれについていくのは怖いと躊躇ってくれて、彼女を引き留めることを期待してのものだろうか。

 そうはならないだろうなとシロナは半ば確信している。だって、今までが既にそうじゃなかったのだから。

 これから自分のポケモン達に、苦しい戦いに挑むことをお願いするため、おずおずとした足取りで近付くパールの背中に、そんな不安も杞憂だとさえ言いたい。

 シロナが求めたのは、パールの翻意ではなく、彼女の通すべき筋のみだ。

 パールの要望に快く応えてくれるであろう仲間達を確信し、彼女が何の後ろめたさもなく、望んだ道へと歩むための道を、いっそシロナは作ろうとしている。

 

 何が何でもパールを止めるためなら、豊富な大人の語彙力を以って論破すべきなのだろう。

 だが、理屈は感情を潰せない。それが通用するのは、理屈の正当性こどが感情が導く求心力を上回ると、そう信じてくれる大人だけだ。

 パールはそうじゃないし、そもそも理屈の上でさえ、自分が戦おうが戦うまいがギンガ団を止められなければ私達は破滅だという主張は理に叶っている。

 私達が何とかするから待っていて、と、これまでの実績で語れない大人にパールを黙らせる理屈なんて作りようが無いのだ。シロナに限ったことじゃない。

 勝てぬ口喧嘩を時間の無駄だと断ずるのも――はじめから負けを認めるのがいかに苦々しいものであろうと、引き下がるべき時は引き下がること。

 大人とは、そうあるべきなのだ。

 

 しゃがみこんで、五人の仲間達に何かを訴えかけるパールの後ろ姿。

 そんな彼女に笑顔で鼻を鳴らし、自らの頼もしさを主張するレントラー。

 水くさいよ、とばかりに身を揺らして頷くトリトドン。

 誰にそんな弱気で頼んでるのさ、とパールの腕をばしんと叩くミミロル。

 胸を張った立ち姿で、静かな眼差しで彼女の覚悟ごと受け入れるニューラ。

 そして、自分の方を見たパールと目を合わせ、挙動一つ無くその微笑みで以って彼女の意志を肯定するドダイトス。

 

 きっと、そんな仲間達と共に歩んできたからこそ、恐るべき相手にも守るべきものを守るために立ち向かえる、今のパールの姿があるのだ。

 人を形作るのは縁と出会いだ。自己完結した孤独な世界で形作られる人格は、最後の最後で自分のことしか考えない。

 自身だけでなく、自身を取り巻く世界そのものの安寧と幸福を祈り、願い、そのための行動に移らんとする尊ぶべき志は、人類が獲得し得る最大の財産だ。

 ポケモントレーナー達にとって、いつかそれを握りしめさせてくれ得る身近な存在とは、言葉の通じ合える人だけではない。

 自分達のことを心から愛し、可愛がり、優しくしてくれる人に応えんとする純真さに溢れた、ポケットモンスター達もまたそれに匹敵する隣人にして縁の象徴。

 心傷ついた大人達が道を踏み外し、非道に手を染めることもある世界、見落とすべきでないはずの出会いはこの世界にはいっそう溢れているはずだ。

 

 いつだって、忘れそうになる真理がある。

 自分の幸せは自分で掴み取るしかない。戦うことが必要な時さえある。

 だが、独りで戦い抜くようなの強さを、一時的でなくずっとずっと保ち続けられるほど、人間というものは強くない。

 迷える自分が信じる何かを肯定してくれる誰かが、いつか、必ず、必要なのだ。

 シロナはパールとその仲間達の姿を眺める中、ずっと自分を支え続けてくれたポケモン達のことを、いま改めて思い馳せずにはいられなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。