ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第124話  霊峰テンガン山へ

 

 

「パール、大丈夫?

 足元に気を付けて。気がはやるのはわかるけど」

「平気で……あわわっ!?」

「ほーら、言わんこっちゃない」

 

 パールとシロナは、カンナギタウンの西より至る洞窟を進んでいた。

 この洞窟を北に進めばキッサキシティ方面に、西へ真っ直ぐ進めばハクタイシティ方面へ出る、そんな洞窟。

 シンオウ地方を二分する、南北に広く横たわる"テンガン山"の地下を進む二人は、先述のどちらの道も選ばず南下を選んでいる。

 人里を繋ぐために均された地面とは異なり、ほぼ自然そのままに残る天然トンネルは足場が悪く、凹凸や細かな斜面も多い。

 気を付けないと躓いたり足を滑らせることも多く、足取りが焦り気味で足を滑らせたパールの手を、シロナがとっさに握って支えている。

 

「早く行かなきゃっていう想いは私も強いわ。

 でも、それで焦って大きな怪我をしちゃ、大事なところで本末転倒よ」

「す、すみません、シロナさん……」

「は~い、深呼吸。

 吸って~、吐いて~♪

 ちゃんと落ち着いて出来るまで放してあげないわよ~?」

 

 シロナはパールの両手を握り、向かい合って目の前で深呼吸してみせる。

 パールも同じようにするまで逃がさないという主張だ。

 自分よりも背の高いお姉さんの優しい姿を見上げるパールは、それだけでも心の安らぎをもたらされ、落ち着いた深呼吸を言われるがままに。

 すぅ、はぁ、と、長い呼吸を五度繰り返したところで、シロナは手を離して微笑みかけてくれる。

 

「さっ、急ぎましょ」

「シロナさん、言ってることめちゃくちゃ」

「ゆっくり落ち着いて急ぐのよ。

 頑張りましょ♪」

 

 急がせてくるような、それでいて冷静さを失うなと主張するような。

 でこぼこ地面をひょいひょいっと、軽快に進んでいくシロナの足取りは、傍目から見れば遊んでいるようでさえある。

 それも、余裕のある歩みを意識するようにと、背中で語る一幕であろう。

 そんなシロナにリードされ、きちんと足元に気を付ければ、こんな山道を小気味よく進める運動神経で、パールも洞窟を進んでいくのだった。

 

 

 

 ギンガ団の野望を阻むために、アジトを離れたギンガ団首領のアカギを、共に追う決意を固めたパールとシロナ。

 二人は昨日のうちにやや急ぎ足でカンナギタウンへ向かい、そこで決戦前夜とも呼べよう最後の一夜を過ごした。

 トバリの死闘で疲れ切った心身は、ベッドに潜り込んだ二人をあっという間に深い眠りへ陥れるほどのもの。

 朝一番の出発を意識していた二人が、共々予定よりも一時間ほど目覚めが遅かった程には、やはりあの戦いが二人に残した傷跡は深い。

 見方によっては、それだけ深い深い眠りの上で、さらに寝坊するほどの休息が無ければ、今日はまともなコンディションでいられなかったかもしれない。

 寝坊を悔やんだパールだったが、むしろこれぐらいでいいと笑っていたシロナの態度は、そんな想いを前向きに孕んでいたと言える。

 

 今日は間違いなく、人生最大の戦いの日となる。

 少なくともシロナはそう確信していた。

 悲願を目前としたギンガ団と、それを率いるアカギの野望を打ち砕けるか否か、その最終決戦となる一日だ。

 

 シロナに言わせれば、アカギが今日向かった先とは、テンガン山の頂上に他ならない。

 拓かれてなどいないテンガン山の獣道を越え、その果てに辿り着くテンガン山の頂上は、シンオウ地方随一の特異点がある。

 それは、到底人の足でなど容易には通い難い場所にわざわざ造られたと思しき、神秘的な石柱と祭壇の残骸が鎮座する神殿遺跡めいた場所。

 "槍の柱"と呼ばれるそこは、シンオウ神話の中においても、最も畏れ含みに語られる聖地とさえ言われる。

 そこに一度でも訪れた者はみな、神話の主役、二柱の神の息遣い、言い知れぬ神々の気配を感じ取らずにはいられないと口にするのだ。

 場所が場所ゆえ、幾度も足を運んでの遺跡の研究は進められておらず、シンオウ地方で最も有名ながら、最も謎の多いとされる場所。

 神話に対する信仰心が強いシンオウの民にとって、神のお膝元と感じられてならぬその場所に、探りを入れることを憚りがちだという事情もある。

 神の怒りは恐ろしいのだ。いたずらな好奇心で神々の庭を踏み荒らすことは、シンオウ地方では推奨されぬことである。

 

 神の力に固執していたと見えるアカギが向かう場所がそこであることを、シロナはほぼ絶対視している。

 彼を追うならテンガン山の頂へ。迷いはなかった。

 そんなシロナに導かれ、パールも彼女と共に、槍の柱を目指している。

 立ち塞がる敵がいることは予想されている。ギンガ団の残党の中でも、腕の立つ者達が必ず山に陣取って、ボスへ迫る敵を退けんとするはずだ。

 マーズやジュピター、サターンといった幹部格も必ずそこに名を連ねるだろう。

 予想されるそれほどの難敵をいくつも乗り越え、その果てに最強の首魁、アカギの捕捉しその野望を阻止する。

 人生最大の戦いを予感しているのは、シロナだけではないはずだ。

 

 もたもたしていたら、アカギに辿り着くまでに彼が目的を達成し、阻止するために戦うという土俵にも上がれないかもしれない。

 焦るパールの気持ちはもっともであり、しかしながら無理をして、足を挫いてしまっては最後の最後で万全でなくなってしまう。

 ゆっくり落ち着いて急ぐ。まったく、馬鹿馬鹿しい響きだ。

 此度の最大の挑戦は、そんな無理難題にも聞こえるほどの命題さえ求められる、極めて厳しくか細い勝利への道を辿る旅路だということだ。

 

 

 

「冷えてきたけど大丈夫?

 寒くない?」

「へっちゃらです。

 ナタネさんに貰ったこの服、あったかいんですよ」

 

 洞窟内はしばしばの上り坂を経て、標高の高い場所へと進み行く。

 頂上に近付きつつあるということであるが、標高が上がれば気温は下がるのが定説だ。

 外気の入らぬ洞窟内であればそうはならないかもしれないが、生憎テンガン山は洞窟至るところに風の通り道があり、洞窟内でも外と気温が大差無い。

 頂を目指す道のりは、山肌を進もうが洞窟内を進もうが、その過酷さは変わらないということだ。

 滑落の恐れがない洞窟内、一方で落盤もあり得ないでもない、それがテンガン山の頂を目指す天然洞窟内。安全な登山などそうそう無い。

 

「昨日もナタネと電話したの?」

「や~、実はやってたんですけど、私が途中で寝ちゃいまして……

 朝になってからごめんなさい電話しました」

「顔真っ青で?」

「べ、別にそんなことは……」

「あるでしょ」

「うぐぅ」

 

 トバリの地下アジトでの激闘は相当な疲れだったようで、パールは恒例の夜話もそこそこに寝落ちしてしまったらしい。

 目が覚めてから、自分から電話したのに何してるんだ私、と凍り付いたものである。

 単に好きなだけじゃなく、尊敬してやまないから絶対嫌われたくない相手なので、失礼かましてしまうと本当に焦るのだ。

 顔面蒼白であったことなんて、シロナには見なくてもわかる話である。

 彼女が誰ぞに懐き過ぎているのはシロナも、スモモからスズナからメリッサから耳にタコが出来るほど聞いているのだから。

 

「叱られたんじゃないの?

 結構あの子、無茶するあなたのこと心配してるんだから」

「いや、そうでも……

 私が、シロナさんと頑張りたいですって言ったら、頑張れって言ってくれまして……」

「あぁ、それで安心して寝ちゃったのね。

 電話する前はびくびく、温かくエールを贈られて心があったかくなって、笑い話しながらすやすやって感じ?」

「……シロナさん、カンニングしてませんよねぇ?

 先にナタネさんに色々聞いてるんじゃないんですか?」

「聞かなくたってわかるわよ、あなたわかりやすいもの」

 

 あらゆることが容易に想像つくほどの単純猪突猛進っ子であることを改めて突きつけられると、パールも顔を真っ赤にするほど恥ずかしくなる。

 私ってそこまでわかりやすいかなぁ? じゃない。

 私ってそんなにわかりやすいんだ……とへこむ。

 パールにはそれぐらいわかりやすい幼馴染がいて、散々そいつのことなじってきたくせに、自分もそうだとなれば途端に笑えない話である。

 

「あなたはそれでいいのよ、真っ直ぐなままでいい。

 簡単にわかられちゃう子っていうのは、裏表が無いっていうことよ。

 それって、素敵なことなんだから」

「そうかなぁ……

 私はシロナさんみたいに、優しいけれどどこかミステリアスな、大人の女性の方がカッコいいと思うんだけどなぁ」

「えっ、あなたそんなのに憧れてるの?

 クールな感じがお好み?」

「そ、それは……まあ、諦めてますけどね?」

「よろしい、賢明よ。

 あなたには無理だわ」

「も~! そんなにはっきり言わなくたっていいじゃないですか~!」

 

 険の無い話を重ねつつも、軽快な足取りは止まらず、二人は順調に洞窟を進んでいる。

 果てに死闘が待つであろう戦場への道のりの中で、少々緊張感に欠けるとも言える空気だが、シロナは望んでそんな空気を作っている。

 どうせほんの僅かな気の緩みも許されない、息も詰まるほどの覚悟で挑まねばならぬ舞台は、やがて必ず訪れるだろう。

 今からずっと張り詰めていては、パールの心はそれまでに擦り切れてしまう。

 ぷんすか怒るパールをからかって笑うシロナは、この調子でいければ最も良い、という手応えを感じているはずだ。

 

「――――z!」

 

「ひゃ!?」

「おっと、流石にうるさくし過ぎちゃったかしら。

 ルカリオ、頼むわよ」

 

 とはいえ、声のよく響く洞窟内できゃぴきゃぴ騒いでいると、野生のポケモンがそれに気付いて寄ってくることも。

 寝てたのにうるさいぞ、とばかりに、やや不機嫌な声で威嚇してくるゴルバットが飛来してきた。

 苦手なコウモリに腰が引けるパールをよそに、シロナは冷静にルカリオを呼び出した。

 

「サイコキネシスよ。

 怪我させないようにね」

 

 野生のゴルバットなど相手にならぬとルカリオも自信があるようで、シロナの言葉に小さくうなずくのみ。

 両手を前に出してルカリオが発する波導がゴルバットを捕え、勢いよく飛来していたはずのゴルバットが空中でぴたっと止まる。

 そのまま、ルカリオが小さく動かすその手の動きに合わせ、ゴルバットは空中でくるくる。

 縦回転二回、横回転二回。なんだなんだ、どうなってるんだとゴルバットの目には明らかな動揺の色がある。

 その末にルカリオがふっと波導を打ち切れば、急に空中で自分を捕えていた力が失われたゴルバットは、慌て気味に翼をはためかせて落ちることを拒む。

 

 構えたルカリオの眼光は決して攻撃的ではないが、来るなら迎え撃つぞと格下を威嚇するものとして充分だ。

 こんな奴に挑んでも怪我するだけだ、とゴルバットも賢明に判断したようで、しぶしぶの顔ながらルカリオに背を向けて去っていく。

 本当に、怪我ひとつさせぬままにして退けてしまった。

 やはりチャンピオンのポケモン、野生のそれとは格が違うというところ。

 

「パール、かなりコウモリが苦手だったんじゃないの?

 聞いてた話ほど怖がらないようになってる?」

「あ~、まぁ……今は前ほどじゃないんですよ。

 ズバットやゴルバットだって、他のポケモン達と一緒で、普通のポケモン達だなぁって思うようになりましたし」

「あら」

「こないだギンガ団のアジトで――」

 

 頬をかいて、ちょっと気恥ずかしげに笑うパールである。

 シロナからすれば、余裕のある心持ちで返答するパールの姿に、ちょっと意外性を覚える姿だ。

 元々ナタネとも親しいシロナ、その辺りの聞き得る限りの参考からすると、ゴルバットの急襲に対してパールの反応がこの程度で済むのは少々イメージ外だ。

 てっきり、もう少し怖がって震えて縮こまるかと思っていたのだが。

 なんなら少しぐらいはハグしてあげて、心落ち着くまでぎゅっとしてあげる想定もしていたシロナだが、別にそれは必要ないらしい。

 

 パールが思い出して語るのは、先日ギンガ団アジトにてスモモのカイリキーやルカリオが大暴れした時のこと。

 スモモに深い傷をつけられた両者の怒り狂いぶりは壮絶で、敵対するポケモン達を軒並み叩きのめした。血祭りにあげたとさえ言っていい。

 当人らですら、スモモに諫められて頭が冷えれば、やり過ぎたと悔恨するほどのものであり、打ちのめされた側の凄惨さは語るにも身の毛がよだつ。

 いくら自分達の道を阻む者達だからといって、あそこまで傷つけられ、むせび泣くポケモン達の姿を見れば、敵ながら哀れになるというものだ。

 まして、ギンガ団員らの命令に従って戦ったというのに、逃げてしまった連中に見捨てられ、打ち捨てられたままの姿はいっそうというものである。

 

 翼を折られ、足も挫いたか、飛びも歩きも出来ず泣きながら這って逃げようとするゴルバットもその中にいた。

 それは幼い頃のトラウマからパールが恐れていた、ズバットやゴルバットと同じ、恐怖の象徴なのだろうか。

 痛い、助けて、殺されたくない、そう呻くような鳴き声とともに逃げる姿を見れば、あんなに怖かったコウモリでさえ手を差し伸べたくなる。

 きっとそれはパールに限った話じゃない。誰しもの童心の奥底に必ず眠っているはずの、傷ついた誰かを見れば助けたいと感じる普通の人情。

 今でもパールは、コウモリに急襲あるいは奇襲されると、他の何かに迫られるよりはびくっとする程度には、トラウマの残滓めいたものは残っている。

 だが、あの日垣間見てしまった、ゴルバットとて心あるポケモンに過ぎないという一幕により、怖がるしかない存在ではないとある程度は思えるようになった。

 

「思い出しちゃうと、あの子達大丈夫なのかなぁって考えちゃいます」

「そんなあなたに朗報よ。

 ちゃんとスモモにあの後の顛末とか聞いてるし、保護してくれた警察の人達にも伝えたから、ギンガ団のポケモン達もポケモンセンターに運ばれたみたい。

 スモモも自分のポケモンが、それだけのことを仕出かしちゃったのは気にしてるみたいで、その辺りの顛末は関係者さんに問い合わせてたみたい。

 特に後遺症が残った子もいなくて、みんな今はもう元気になったそうよ」

「ほんとですか? よかったぁ。

 あっ、シロナさんありがとうございます、わざわざ」

「いえいえ、お気になさらず。

 使い手のギンガ団と再会することはもう無いでしょうし、しばらくはポケモンセンターで面倒をみてくれるみたい。

 野生に逃がされるか、あるいは新しいトレーナーに巡り会えるかはわからないけど、今後はあの子達も幸せになれるといいわね」

 

 心無いトレーナーに所有されるポケモン達は不幸だ。

 その命令に従った末でも、その意に応えられなければあっさりと切り捨てられることもある。

 "やつあたり"の威力が高くなってしまうほど、むごい仕打ちに毎日見舞われることもある。

 純真なポケモン達は人をそう簡単には憎まず、自分と常にそばにいる人間に少しずつ愛着を深め、時が経てば経つほど懐いてくれるのに。

 その想いに応えられない、応えるつもりもない情に欠けた者達に保有されることの不幸さは言うに及ぶまい。

 誰かを好きになった時、その誰かに好かれもしないことの歯がゆさ、つらさは、人でも想像に難くあるまい。

 

「……アカギのポケモン達は、幸せそうなんだけどね。

 あいつ、意外と自分のポケモンには優しいから」

「そうなんですか?」

「でなきゃあそこまで強いポケモンは育てられないわよ。

 自分のポケモン達のことをよくわかっていて、何を伸ばせばバトルで強くなれるか、それが育成の肝だとさえ言える。

 その理屈からもあいつは自分のポケモン達のことをよくわかってるし、そもそもクロバットって、トレーナーに余程懐いたゴルバットしか進化できないのよ?」

 

 強いトレーナー=ポケモンに優しい、という等式は必ずしも成り立たないが、アカギと旧知の間柄にあるシロナは、アカギのことをそう評している。

 パールに語るために理屈をつけているが、人となりを見てそう思うのだろう。

 アカギが自分のポケモン達に笑いかける姿ひとつ見たこともないのに、そう思うのだから、シロナにはシロナなりに見えるものがあるということである。

 

「ポケモン達にも色々性格はあるからなぁ。

 あのクロバットも含め、アカギについていってる4匹のポケモン達は、アカギのことは結構好きみたい。

 ……それが、あの子達にとって幸せなことなのかはわからないけどね。

 あいつに従い続けた末に、あいつの求める目的の達成が、あの子達の幸せに繋がる保証なんて無いんだからさ」

 

「…………やっぱり、もっと急いだ方がよくないですか?

 アカギさんが目的を達成しちゃったら……」

 

 足を止めていない二人だが、話題がアカギのことに移るや否や、やはりパールも気が急いてくる。

 アカギが目的を達成することは、世界の破滅にさえ繋がることだという話は、シロナにだって伝えている。

 その上で、どうしてこの人はこんなに余裕のある足取りなんだろうと、パールにとっては不思議なほどだ。

 

「大丈夫よ。

 無理のないペースで進むことが大事。

 それでも必ず、あたし達はアカギ達に追い付けるからさ」

「えぇ……?」

「種も仕掛けもあるのよ。

 詳しくはナイショだけどね♪」

 

 口元に指を立てて秘密を作り、いたずらっぽく笑うシロナの態度は、緊急性の高そうな今の状況に相応しく見えない。

 だが、焦るパールの気持ちを落ち着かせる、余裕に満ちた見返り美人の姿にもまた違いない。

 前へ前へ少しでも速く、という気持ちが逆立ち始めていたパールも、首をかしげ気味ながら落ち着いた足取りを取り戻せる。

 それでいいの、とばかりに頷いたシロナは、再び前を向き、パールにとって無理のないペースを保って獣道を進みだす。

 

 内心、余裕に満ちているわけではなくたって。

 パールが想像しているであろうとおり、急ぐべき局面には違いない。

 それでもシロナは、自分とパールが苦難に直面したいざその時、万全の状態で挑めるためにベストを尽くさんとする。

 それが叶えられるための策として、このリスキーな舞台に乗り出してくれるよう、声をかけた"協力者"もいる。

 信頼できる協力者だ。実力も、人格も。

 しかし今日は、敵もまた強大。いかにその腕を信頼できる友人とて、果たして無事に故郷の土を踏める保証は無い。

 チャンピオンである自分でさえ、そうであるだけにだ。

 

 最後は、必ず自分がこの手で何とかするのだと、シロナは強く決意している。

 だから、無理を踏み越えないで欲しい。

 この死地への参戦を快く引き受けてくれた気高き友人が、帰らぬ人になるなんて耐えられない。

 

 自分一人だけですべてをどうにか出来る力があればいいのに。誰しも、一度は思うことだ。

 シロナはパールに見せぬ顔で唇を噛み締めながら、脳裏によぎりそうになった妄念を、首を振ってでもその未練を断ち切った。

 

「シロナさん?」

「気圧が低いのかな、ちょっと頭が痛いような気がしてね。

 無茶しちゃ駄目ってことよ、もっとゆっくりでもいいかもね」

 

 パールに問われ、首を振ってしまった自分の本心を誤魔化すシロナ。

 全知全能の力。そんなものを本気で望んではいけない。

 そんなものを本気で望んだアカギが、同じ穴の狢になることだけはしたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作為的な霧だな」

「遭難や滑落すら視野に入りますね」

 

 雪の積もったテンガン山の高峰に辿り着くまではまだ遠いはずだ。

 目的地である槍の柱を彼方に、アカギとサターンは霧に溢れた山道を進んでいた。

 

 視界の悪い山道ほど危険なものはない。

 濃霧を退けることは前進するためには必須であり、現にアカギはドンカラスに"きりばらい"をさせている。

 だが、振り払ったはずの霧は間もなくして、すぐに再び立ち込め始める。

 払ったはずの霧であっても、気候や環境次第ではまた立つことも珍しくないが、いくらなんでも再発生が早過ぎる。

 これでは霧を払って進み、すぐに立ち止まり、また霧を払って進むことの繰り返しだ。

 追っ手を想定するアカギ達にとって、この歩みの遅さは望ましくないし、ドンカラスに溜まる疲労も面白いものではない。

 

「この意識の混濁、間違いなく何らかの精神攻撃を受けていますね。

 何度も下調べしたはずの山頂への道のりを進んでいるはずなのに、言い知れぬ自信の及ばなさそのものが不自然です」

「お前がそう言うのであればそうなんだろうな」

 

 そして、霧に包まれた不安という言葉では片付かぬ、過剰な警戒心とも恐れとも言える不安が、冷静沈着なサターンの胸にさえざわついている。

 これを自身の心の弱さではなく、外敵からの何らかによるものと結論付ける程度には、サターンもまた精神力が強い。

 その一方で、そもそも何ら精神的な負担一つ感じていないアカギの態度は、自ら以上だとサターンも畏れを抱く。

 底の読めぬボスだとは何度も感じてきたものだが、つくづくこの冷徹な顔の人物は内面にすら、本当に感情を失っているのではないかと信じてしまう。

 

「だが、これ以上もたつくわけにはいかん。

 シロナは、必ず私達を追ってくる。

 お前のドクロッグの毒で、その身を蝕まれたままであろうともだ」

「存じています。

 やるぞ、ドクロッグ」

 

 サターンはアカギの腹心だ。

 具体的に指示されずとも、彼の言葉の行間を読み、果たすべきミッションを想起できる。

 ボールから出てきたドクロッグもまた、多くを語られずして自身の為すべきことを概ね理解できる程度には聡い。

 

「この霧を生み出す狼藉者を退ける。

 まずは、その所在を暴き出せ」

「――――♪」

 

 ほんの5メートル先も見えぬような濃霧の中にあって、ドクロッグは自信満々の笑みを浮かべて駆けだした。

 環境が環境だけに、前も見えぬまま突き進んでは滑落もあり得る危険な状況にも関わらず。

 そんな状況下であっても、自らに降りかかりえるリスクを容易に回避し、万全の行動が出来るドクロッグは、この状況を打破する適材だ。

 

 テンガン山を舞台とする、世界をも掌握し得る力の獲得を目指して進むアカギと、それを阻まんとする者達の戦いが幕を開ける。

 見敵に至らぬこの時から既に、戦いは始まっていたとも言い換えられよう。

 シンオウ地方、あるいは世界の行く末さえ左右する、歴史的な一日の始まりだ。

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