ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

127 / 160
第127話  凍えそうな雪山の空の下で

 

「……妙だな」

 

 サターンは、先行しているアカギを追う中で違和感を得ていた。

 よもやボスは駆けているのだろうか。走る自分がこれほど長く追い付けないのはおかしい。

 確かにスズナとのバトルで時間を取られ、先に進んでいたアカギとの間に距離が出来ているのは確かだ。

 だが、これまでの付き合いでわかっていることだってある。

 すべてが思惑どおりに運んでいて、想定外の事態も無い今、あのボスが急ぐように足を駆けさせているとは考えにくい。

 あれはそういう人物ではないのだ。今の泰然とした足取りで歩いているであろうことは、サターンにしてみれば確信を以って言えること。

 

 山頂への順路はわかっている。

 自分はアカギが歩いている道と同じものを辿っているはずで、向こうが歩いている以上、走っている自分はそろそろアカギの背中ぐらい見えていい頃だ。

 漠然と感じられる。何かがおかしい。追いつくにはまだ遠い予感がする。

 まるで自分が、知らず知らずのうちに遠回りしているような――

 

 サターンは、未だシロナ達が追ってきているであろう現状を踏まえても立ち止まった。

 前進をやめてしまえば、追っ手に辿り着かれて余計な交戦を経てしまう、そんな見え透いたリスクをわかっていても。

 敢えて立ち止まり、神経を研ぎ澄ませて周囲に目を配るサターンは、この違和感の解決こそが最優先だと正しく判断したようだ。

 

「……………………そこか!

 撃て! ミノマダム!!」

 

 そして、見付けた。

 辿るべきはずの道を辿っていなかった自分、そうさせた存在。

 己が瞳が当然のように正しく認識しているはずのものが、一度冷静に立ち止まって周囲を見渡せば、想定していた景色と異なるものであったこと。

 自分の目をおかしくさせていた何者かの存在――具体的には"あやしいひかり"で以って、正しくない景色を見せていた何者か。

 異変にはっきり気付いてしまえば、後方の空に浮かんでいた小さな存在に向けて、ミノマダムのラスターカノンを命じるのもサターンは早い。

 

「メリッサめ、伏兵を忍ばせていたか……!

 二の矢に翻弄されるとは僕もまだまだだな……!」

 

 ラスターカノンに撃墜された存在が、ダメージを受けて落ちていく姿を見届けるも、サターンは深追いしない。

 今一度周囲を見渡し、ここがテンガン山のどこであるかを景色から見定める。

 見知らぬ山でそんなことをしようとしても遭難するだけだ。だが、ギンガ団幹部としてサターンは、テンガンの登山ルートなど幾度と下見を繰り返してきた身。

 ゴーストタイプの資格に感覚を狂わされ、あわや登山ルートを大きく狂わされる直前であったが、気付きが早かったのは幸いだ。

 少し進路を修正すれば山頂には向かえるだろう。充分、ボスには追い付ける。

 

「コウキ!」

 

「ちっ……!

 まあ、想定内ではあるがな……!」

 

 大局的に見れば多少程度に時間稼ぎさせられた程度だが、一番の脅威に追い付かれる結果を招かれたとあれば、やはり面倒な邪魔入りだったと感じる。

 ギンガ団幹部サターンをあの名で呼ぶような人物は限られている。

 姿を視認されてしまうほどまで近付かれたとあれば、逃げて交戦を回避することはもはや現実的ではない。

 

「お気に入りの後輩トレーナーを引き連れて、格好いい所でも見せたいか?」

 

「つまらない!」

 

 パールと共に姿を見せたシロナを、正確の悪い冗談で挑発するサターンだが、それをシロナはたった一言で切り捨てる。

 余計な心理戦は無用、とはっきり表明する態度。

 そしてその裏には、かつて親しかった旧友が、敵対者をこんな下らない言葉で煽る悪党に成り下がったことを、未だ受け入れ難きほど嘆いている本心もある。

 きっとそれは、サターンにも伝わっているはずだ。

 

「悪いが、お前達とのんびり対話してたい気分じゃないのでね。

 ミノマダム! 撃ち抜け!」

「!?

 ……――――z!!」

 

「パール!」

「ひぃゎ、っ!?」

 

 サターンが腕を振るう仕草と共に、ミノマダムにラスターカノンの発射を命じた矛先は、紛れもなくシロナとパールの二人だった。

 さしものミノマダムでさえ、嘘、いいの? というためらいを一瞬覚え、シロナ達に向けての砲撃が僅かに遅れたほどだ。

 パールとシロナは各々が思わず躱す動きを踏み、二人の立ち位置は離れてしまう。

 強力なミノマダムのラスターカノンが雪面を抉り、着弾点から氷結晶を霧のように舞い上げる中、パールは殺される寸前だったとばかりに心臓ばくばくだ。

 

 トレーナーを直接狙うことも厭わぬ極悪人相手を覚悟して臨んだシロナの回避は機敏だったが、ミノマダムの躊躇いがなければ本当にパールは危なかった。

 越えざるべき一線を超えたサターンを前に、ぎりと歯を食いしばったシロナは、握りしめたボールのスイッチを力強く押す。

 彼女に先鋒として選ばれたルカリオが雪山に降り立ち、鼻息を鳴らしてサターンとミノマダムを睨みつける。

 まるで、シロナの怒りを波導で以って享受し、それを己が感情のようにさえ感じ取って怨敵を憎むかのようにだ。

 

「はははは、甘い、甘いぞシロナ!

 冷静さを失ってるな!」

 

「く……!」

 

 人の癇に障る高笑いと、大きく開いた目と口で嘲るサターンがシロナを挑発し、懐を叩いてミノマダム共々その姿を消す。

 懐のユンゲラーが入ったボールに指示を出し、自分とミノマダムを少し離れた場所までテレポートさせるのだ。

 だが、それはシロナ達の視界内から完全に逃げるための一手ではない。

 すぐにシロナが視野広く見回した時、30メートルほど離れた場所にサターンとミノマダムは立っている。

 

「パール、行くわよ!

 あなたのパートナーを!」

「は、はいっ!

 絶対勝つよ、ミーナっ!」

 

 ルカリオを前にしてサターンへと駆け迫るシロナ、そしてミーナと共にそれに従うパール。

 自慢の健脚でルカリオをも追い抜かし、一気にミノマダムへと迫るミーナの速度は、味方を置き去りにする勇猛なものだ。

 稼いだ距離をあっという間に無にしようとするミミロルのスピードには、サターンもたいしたものだと感心する想いである。

 

「勇敢だ。

 だが、愚かだな……!」

 

 サターンが胸元のボールを取り出してスイッチを押し、ユンゲラーを我が傍に喚び出すと同時、ミーナの飛び蹴りがミノマダムに突き刺さった。

 決して軽くはない一打だ。それでいい。敵の第一撃はこれで凌げた。

 ミーナに続いてサターンの方へと迫るルカリオは、狙うべきはミノマダムかユンゲラーか、一瞬の思索のうちに結論を出している。

 チャンピオンに育てられた優秀な個体だ。指示で己の判断を曲げられぬ限り、自己判断でベストな選択を下せるだけの勘も培われている。

 

「ユンゲラー! やれ!」

「――――!」

 

「!?

 ――――――――っz!!」

 

 これはまずい。本当にまずい。

 思わず駆け足を立ち止まらせたルカリオは、広げた両手からいっぱいの波導を発していた。

 スプーンを握る手のみならず、両手を前に突き出したユンゲラーが発した"サイコキネシス"の狙いは、自身でもミーナでもない。

 シロナなのかパールなのか、その力に捕らえられては為すすべない人間を狙ったものと察し、その波導で以って念力を妨げる。

 それによってユンゲラーの発した技はほぼ無効化されたものの、ルカリオもまた打つべき初撃を挫かれた形となる。

 

「あ、あんた……!」

 

「これで詰みだ。

 ミノマダム」

「っ…………!」

 

 冷たい声で言い放つサターンの指示に、コウキの頼みにミノマダムはまた僅かなためらいを挟みはしたものの。

 長らく、ずっと、たった三匹のサターンのポケモンとして、苦楽を共にしてきた間柄。彼の求めるところは名言されずとも概ね理解できる。

 

 だから、こんなことをしていいのだろうかとは思ったけれど。非道を貫く主の行為に、よく知るシロナが憤慨の眼差しを向けているけれど。

 それが我が道を突き進むコウキの望みなら。

 ミノマダムはぐっとその目に力を入れ、自らに近く、ルカリオから遠い、波導の妨害力の弱いミミロルを"サイコキネシス"で捕える。

 

「~~~~――――!?」

「ミーナ!?」

 

「そうだ、それでいいんだ」

 

 ミノマダムの念動力で身体を浮かされたミーナがじたばたする中、ミノマダムはサターンを振り返りる仕草で、最後の躊躇を表した。

 無表情でうなずいたサターンの返答を受け、ミノマダムはこの状況下、最も非情な選択を取る。

 自身のサイコキネシスで捕えたミーナの軽い身体を、弾丸のような速度である方向へと一気に発射する。

 それはまさしく、パールの胸元めがけてだ。

 

 パールにそれは躱せなかった。

 何歩分も後ろとはいえ、後方が崖である意識が彼女の頭にはあったからだ。

 真正面から自分にぶつけられようとしているミーナ、躱そうとしてやめたその躊躇。すべてが致命的だった。

 時を止められ、熟考する時間が彼女に与えられていたならば、もっとベストな選択も出来ていたのだろうか。

 

「はがぅ、っ……!!」

 

「パール!?」

 

 5.5kgのミーナの身体という大きな弾丸は、少女の細身では受け止め切れない痛烈な砲弾めいて、彼女の体を浮かせて後方まで吹っ飛ばす。

 逃げないことを咄嗟に選び抜き、その両腕でミーナを受け止め抱きしめた行為こそ、彼女なりに取れた唯一の行動か。

 そんな腕の力も失われそうなほどの衝撃に、胸の内側の骨が軋むような衝撃とともに、パールはミーナと共に死への一途を辿らせられることとなる。

 

 崖を踏み外すより更なる後方、地面の無い場所へ投げ出されたパールの全身。

 失われかけた腕の力を、渾身の想いで以って取り戻し、ぎゅっとミーナの全身を抱きしめたパールの目の前には、曇天の高き空だけがある。

 浮いた全身、それが空から一気に離れていくかのような絶望的光景。

 滑落した自らに、全身の痛みさえ忘れて頭が真っ白になったパールは、そのまま奈落へと真っ逆さまに落ちていくのみだ。

 

「安心しろ、ミノマダム。

 お前一人を悪者になんてさせはしないさ」

 

 人一人を殺してしまったのではないかと身を震わせるミノマダムに、サターンは膝をついてその頭を撫でた。

 悪事に手を染める自分を裏切らず、ずっと従い続けてくれたこの子だが、その性根は優しくも幼いことをサターンはわかっている。

 ユンゲラーのこともだ。これでよかったのか、と自らに眼差しを送るユンゲラーに、サターンは一度の目配せと頷きを以って安堵をもたらそうとする。

 果たしてそこにどんな真意があったのか、ミノマダムにもユンゲラーにもわからない。

 だが、誰よりも信頼するコウキの言葉を信頼し、その目に再び前へと向かっていく光を取り戻す。

 

 思わずパールの投げ出された崖の方へと駆けていったシロナには、断崖下の山林に消えていったパールの姿が一切見届けられなかった。

 ほんの少し前までそばにいた女の子が、悲鳴ひとつ上げられず、この世から消え失せてしまったかのような感覚。

 そして彼女とは二度と再会できない、彼女もまた家族との再会は叶わない。

 その実感を突きつける崖下の光景に、一瞬でシロナの胸の内に真っ青な炎が燃え盛る。

 

 山林を見下ろしていた首を振り上げ、ばさりと踊った長髪に遮られず空を仰いだシロナの顔を想像し、さしものサターンも背筋がざわついたものだ。

 長い付き合いなのだ。彼女の性格は知り尽くしている。世間のイメージに反して、情熱家であり、さらに言えば激情をも宿し得る性格であることも。

 今が、最も危ない。

 

「コウ、キ……!」

 

「さあ! 邪魔者はたった一人だ!

 お前達とて数に任せれば圧し潰せるだろう! 恐れずかかれ!」

 

 声を上げて手を掲げたサターンが指令を下したのは、長らく連れ添って来た自分のポケモン達ではない。

 ユンゲラーに言葉無くテレポートを指示し、シロナの視界内から脱出すると同時、周囲に潜伏していたギンガ団員達が群がってくる。

 

 アカギを先頭にテンガン山を進んでいたのはサターン達幹部だけではない。

 ギンガ団の中でも有力な、それこそ幹部に名を連ねることこそ叶わずも、その実力は三幹部に準じる実力者達。

 追撃者に対応するために、各方面から自分達に追随する形で山を登らせていた部下達に向け、サターンはアカギを追う中で通信機を叩いていたのだ。

 自分の位置を知らせ、ここへ集うようにと。

 下っ端どもとは格の違うこの尖兵らは、シロナほどの実力者が相手でも、数さえ積めば相応の傷を残せるであろうと見込める人材達である。

 

「……ルカリオ。

 コウキがどこに逃げたかはわかるわよね」

「――――!」

「ぶち破るわ。

 こんな奴らに構ってる暇なんてない……!」

 

 ルカリオが波導の力を以って、サターンの行方をかろうじて探れることを確かめたシロナ。

 続いて一気に自分のボールすべてのスイッチを押し、6匹のポケモン達を喚び出した。

 集まってきたギンガ団員達の数はそれ以上だ。それも、すべてが自分のポケモンを全部出して、多勢に無勢の形でシロナを圧殺せんとしている。

 ギンガ団員らも腹を決めている。いかに多勢とて相手はあのシロナ。

 シンオウ地方最強のトレーナーを前に、総勢9人がなりふり構わず全力で叩き潰そうとする図式は、さながらシロナへの歪んだ敬意とも取れようか。

 

「怯むな! 行くぞ!」

「ボスの宿願は目の前だ!

 我々の全霊を尽くし、最大の障害を打ち破る!」

 

「っ……!!

 あんた達、絶対に、絶対に許さないわ!!」

 

 未来ある子供の命を奪ってでも、身勝手な欲望を叶えようとする絶対悪への憎しみを、シロナは山を揺らすほどの声に発していた。

 よその国から集わせた、言葉足らずのギンガ団下っ端とは一線を画す、はっきりした言葉遣いのギンガ団員達も、その声だけで肝が痺れるほど。

 だが、傭兵じみた集め方をされたギンガ団員下っ端を、教育、洗脳してきた地方生え抜きのギンガ団員らは、闘志を萎えさせることはない。

 サターンに、ジュピターに、マーズに、そして顔も名も知らぬボスに心酔し、ここまで従って来たエリート達なのだ。

 相手がチャンピオンであろうと、その全力を以って立ち向かうのみ。

 たとえここで自分達が敗れようと――そうなることが濃厚であっても、己らの断行が組織の最終目的の成就、その礎になることを妄信してだ。

 

「っ、恐れることはない!

 すべてはギンガ団のために!」

「すべてはボスの為にだ!

 ここで朽ちようが、我らの悲願は果たされるのだ!」

 

 果たしてその戦いは、何を結ぶのか。

 怒れる最強に敗れた末に己が破滅を結ぶとしても、自らが見届けられない世界に理想が築かれると信じて。

 また、たとえこの戦いに勝ったとしても、喪われた命との再会は果たせないことをもはや受け入れざるを得ず。

 勝者の存在が約束されない、敗北者だけが残ることが確実な戦いと形容して相違ない。

 

 決して普段のバトルでは出ない声、吠えるような声で相棒達への指示を発するシロナの形相は、広く敬われる美しきチャンピオンの姿ではなかった。

 それが象徴するかのように繰り広げられ始めた死闘、そして次々と無残に倒れる彼女の敵対者達。

 多くのトレーナー達が純真な目で臨む、ポケモンバトルと呼ばれるそれとはかけ離れた、血生臭いほどの戦いしかそこにはない。

 ポケモン達は兵器ではない。そうであってはならないのだ。

 親しみ深くあった少女の命を奪われ、涙目になりながらも戦いに身を投じるシロナの姿は、まるで戦争に自ら身を投じる民間兵。

 それも、復讐のために傷つくことをも厭わない狂人の部類だ。

 

 深すぎる悲しみの連鎖が生み出す争いは、その後に何一つ遺さない。

 あるとしても、こんなことをもう繰り返してはならぬという、はなからわかりきっている反省と悔恨のみ。

 たとえ双方の陣営が、どれだけもっともらしい大儀や信念を掲げようともその事実は変わらないのだ。

 血で血を洗う戦争の最も恐ろしくおぞましいこととは、戦う者達がその当然すら見失ってしまうことにある。シロナでさえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落差は20メートル以上あった。

 落下先は森の中。木々の枝は太いものならず細いものでさえ、そんな高所から落ちてきた少女の体を粉砕する凶器。

 中でも上向きの枝に至っては、人体を貫き引き裂く刃とさえ言える。

 まず助からない。いや、絶対に助からないとさえ断定して良いほどだ。

 

「い……いた、ぁ……」

 

 そんな中でパールが殆ど外傷無く、生存しているのはまさに奇跡的な出来事だった。

 ミーナを抱いていた腕の力を失い、仰向けに倒れて途切れ途切れの呼吸を繰り返しているが、それでも生きている。

 立ち上がることはおろか、激痛に見舞われる全身をひくつかせるばかりで、打った後頭部に手を添えることさえ出来ないけれど。

 苦痛とそれによる涙目、身体が正しいはたらきを為すほどには、怪我人にして健全な様相とさえ言えるほどの生存劇である。

 

「あ……ありが、とう……

 あなた、もしかして……」

 

「…………♪」

 

 身体を起こすことも出来ないパールだが、なんとか首に力を入れ、仰向けのまま真上を向くようにして、その先に倒れているポケモンを見つめていた。

 しぼんで横たわる一匹のフワンテは、細い片手を震わせながら上げ、僕やったよと照れ臭そうに、そして誇らしげに笑っている。

 そのままぱたりと手を降ろす程度には、すべての力を使い果たしたのだろう。

 掛け値無く、まさに命の恩人であるそのフワンテに、パールはぎしぎしに痛む全身に力を入れ、胸を下にするとフワンテに這ってでも近付いていく。

 

 あの遥か高い場所から突き落とされた時、パールは本当にここが人生の終わりだと思った。

 そんな彼女を救ったのが、パール達を迎え撃つ直前のサターンに撃墜された、このフワンテだったのだ。

 空へ投げ出されたパールを見るや否や、ラスターカノンのダメージも残る中で彼女の下へと滑り込み、力いっぱい体を膨らませて。

 落下速度を得たパールの全身を受け止めると、必死で浮力を絞り出し、少しでも彼女の落下速度を抑えられるよう精一杯頑張って。

 木々の枝を折りながら、枝先に傷つけられながら、仕舞いには地面とパールの間に挟まれる形で潰されて。

 それでもパールに、すぐには立ち上がれもしないほどの全身への衝撃があったのだから、フワンテへのダメージなど計り知れたものではない。

 かろうじてパールの命を助けると引き換えに、あるいは彼女を死に至らしめるほどのダメージを、半分以上フワンテが肩代わりする形と相成ったのだ。

 

「み、ミーナ……お願い、できる……?」

「――――z!!」

 

 今はフワンテに這い寄ることで精いっぱいのパールは、具体的な言葉を選ぶ余裕もないまま、ミーナに一つのお願いをする。

 流石にパールとも長い付き合いだ。ミーナはその意を正しく汲んで、彼女の鞄から傷薬を取り出して持ってくる。

 パールが一番傷薬を使った相手はミーナであることが、その意を汲む早さにここで繋がったとも言えるかもしれない。

 

 立ち上がれもしないまま、パールはミーナから傷薬を受け取ると、そのフワンテに傷薬を吹きつけた。

 沁みるためひくひくと震えたフワンテだが、身体が反応しているならまだ死は遠いところにあるはずだ。

 痛くて震えるフワンテの姿は痛々しいが、それに胸を痛めるパールとは裏腹に、フワンテもここで命を失ったりはしないだろう。

 腹這いのまま両手を伸ばし、フワンテを自らの方へと抱き寄せると、パールは一番楽な姿勢である仰向けになり、その胸元に優しくフワンテを包み込む。

 

「ありがとう……

 あなた、こんな時でも私達のそばにいてくれたんだね……」

 

「…………♪」

 

 忘れるものか。だって、私が心に決めていた6人目の友達だ。

 サターンはこのフワンテを、メリッサが放った最後の一兵だと錯覚したようだが、そうではない。

 かつて谷間の発電所でパールに助けられて以来、棲みかを巣立ってシンオウ地方を漂い、パールを見付け、見失い、それを繰り返してきたフワンテである。

 そして此度、パール達に先んじて単身サターンを目にすれば、彼を前に進ませないことがパールの助けになるはずだと信じ。

 明らかに自身を遥かに上回る実力を持つ怖い相手に、勇気を振り絞って妖しい光で攪乱し。

 撃ち落とされてなお命の危機に瀕したパールを救うため、その身を呈してくれたのだ。

 

 ぎゅっと抱きしめたくなる想いで胸がいっぱいになりながら、パールは傷ついたフワンテを優しく抱くに留めていた。

 無理にでも腕に力を入れたかったぐらいの想いでありながら、慮る気持ちが勝ったのは正しい判断だ。

 

「ねぇ、ミーナ……」

「――――z!」

 

 ミーナはパールに目を向けられて呼ばれれば、具体的に何がして欲しいかを聞かずして行動に移ってくれる。

 動けないパールに代わり、彼女の鞄からモンスターボールを持ってきて。

 空っぽのそれは、いま最もパールが求めていたそれそのものだ。

 

「ありがとう、ミーナ」

「――――♪」

 

「……ねえ、いいかな?

 私、あなたとこれからも一緒にいたいよ」

「…………♪」

 

 長らく、先送りにしていたことだ。

 今のフワンテはもう、自分の力で動ける状態ではない。こんな場所に置いてなんかいけるものか。

 そんな事情もあっただろう。だが、今のパールには関係ない。

 あなたを助けたい、なんて言葉じゃない。あなたと一緒にいたいという想いの丈を、息もしづらいお腹に力を入れて、はっきり、優しく告げるのみ。

 フワンテもまたパールの胸の中で、いつかは自分もそうなりたかったんだとばかりに、柔らかく微笑んだ目で、小さく頷くように体を縦に揺らしていた。

 

 パールがボールでフワンテの体をこつんとすれば、胸の内に抱いていたものがボールの中に入っていく。

 一つも揺れない無抵抗のボールがかちりと音を立て、パールのモンスターボールを安住の我が家と受け入れたフワンテ。

 6人目、心に決めていた最後の友達が入ったボールを、パールは胸いっぱいの想いで両手に握りしめていた。

 

「……あはは、寒いね。

 服、めちゃくちゃになっちゃったし……」

 

 全身が痛くて体を起こすことも出来ない中、パールは苦痛とは異なる震えで身体をぶるりとさせていた。

 フワンテがクッションになってくれたとはいえ、骨が軋むかのような、筋肉が裂けたかのような全身の痛みは少女にはきつい。

 そして、ここもまたかすかに雪が残る高山の寒冷地。

 落ちてくる中、フワンテの体では防ぎきれなかった枝先に幾度となく引っかけてきたパールのコートは、もはや召し物としての体を為していない。

 引き裂かれ、綿が溢れ、袖の片方は既に果実から剥がれた皮のように、彼女の腕から離れて地面に降りているほど。

 もしもパールが立ち上がれれば、もはやこのコートは役目を終えたように、彼女の体から剥がれ落ちてしまうだろう。

 穴だらけで肌の一部を隠してくれる程度でしかない死んだ防寒着は、この寒空の下で人を襲う冷たい風から、今や少女を守る力が残っていないのだ。

 

 ミーナの方を向いて寒さを口にしたパールだったが、鞄の中から次々と彼女のポケモン達が飛び出してきた。

 パッチがそのお腹で吹き晒しのパールの脚を包み込んで。

 ララは鋭い爪でパールを傷つけないよう、コートの袖が剥がれたパールの右半身に寄り添って。

 濡れた身体ではパールを温められないニルルは、野生のポケモン達が寄ってこないよう周りを見渡して。

 そしてミーナはふかふかの全身で、そっとパールの胸の上に乗っかると、両手をパールの頬に添えて温めようとする。

 ここで寝てしまえば凍え死ぬほどの中、寄り添ってくれる友達の温もりが、パールの心も体も温めてくれる。

 

「……ありがとう、みんな。

 ちょっと休んだら、すぐ行こうね」

 

 何度だって思ってことだ。

 本当に、素敵な友達に恵まれてきたのが私なんだなって。

 感情に素直が過ぎるパールだからその目がうるっとしそうになるが、今は泣いて安らいでいられるような状況でもないから。

 くしっと空いている方の手で目を拭ったら、大きく息を吸って、吐いて、立ち上がれる自分を目指して気持ちを入れ直す。

 

「ピョコ、力を貸してね?

 私、たぶん走るのしんどいから……」

 

 パールの顔に鼻を擦り寄せられそうなほど近くで、彼女のことを見守ってくれている一番のパートナー。

 自分が何を求められているか、言われるまでもなく理解しているピョコは、声も無くパールの眼差しに対して頷いた。

 戦い続けることを選んだ少女と、彼女をずっと、ずっと支え続けることを、今よりずっと前から決意してきた相棒だ。

 

 しんしんと雪が降りる寒空の下、打ちのめされても、傷ついても、人生最大の戦いに身を投じる決意を固めてきた魂の炎は消えない。

 支えてくれる仲間達の温かさに心を癒されながら、空を見上げるパールの眼は、やがては戦場に舞い戻らんとする戦乙女のものへと戻っていく。

 何度だって立ち上がるべきだ。勝利があるとすればその先だ。

 幾度もの苦闘の中、どれほど打ちのめされても不屈の姿で立ち上がってきた仲間達が、それをパールに教えてきてくれたはず。

 パールもまた、かつてそんな姿を見せてくれたみんなの背中を追うように、立ち上がらんとすることに迷い一つ無い。

 トレーナーとはポケモン達を育てる者達のことを呼ぶ。そして多くの場合、逆もまた然りである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。