ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第128話  ざわめく山の八合目で

 

 山は、標高が高くなるにつれて気温が低くなる。

 高峰を遠くから眺めた時、山頂付近だけが雪で白くなっていることは、絵画でもよく表されるとおり理に叶う現実だ。

 テンガン山とて例外ではなく、高所に行くにつれて寒くなり、麓が温かくとも山頂付近には雪が降っているということも多々ある。

 北国シンオウ地方のテンガン山はその傾向がやや極端であるが、ともかくこの山とて、登れば登るほど寒くなる傾向は当然の理に倣っている。

 

 それでいて、山頂が近付くにつれ、あれほど寒かった山道が少しずつ暖かくなっていることに、アカギはわざわざ驚かない。

 テンガン山の頂に鎮座する、神おわす聖地とも呼ばれし"槍の柱"。

 一度、アカギもそこに到達したことがあるが、そこは北国シンオウの初秋のように、人が過ごしやすい温かい空気に満ちていた。

 寒冷高山の特異点、肌で触れるのみで誰もがわかる、只ならぬ場所だ。

 そこに近付くにつれて気温が上昇することを、アカギは目的地が近付いている実感として得るのみである。

 

「…………む」

 

 落ち着きのある進み、ペースを乱さぬ進行であったアカギが、その手に異変を感じて立ち止まる。

 この先で目的を達成するため、我が手に宿した実体無きものが、アカギの意志とは関係なくその手から溢れ出しかけている。

 立ち止まって手の甲に目をやったアカギが見たのは、赤い鎖がざわざわとアカギの手から浮き出るように、制御が利かぬ様だった。

 

「煩わしいな……

 ここまで至って尚、抗おうというのか」

 

 ちっ、と苛立ち混じりの舌打ちを鳴らすアカギ。

 ユクシー、エムリット、アグノムを捕え、その三柱の力を搾り出すことで生み出した"あかいくさり"。

 それらの力を宿したものだけあり、今のアカギに従うことを潔しとしない"意志"と"感情"、それを形にするための"知識"を持つ存在なのはアカギも察している。

 殊ここに至れどもアカギの目的を阻もうと、彼の意志に反してアカギから離脱せんとする赤い鎖の挙動を、アカギは強い意志で以って制してしまう。

 赤い鎖のざわめくような震えはそれによって押さえつけられ、再びアカギの手中に収められて消えていく。

 

「……………………なるほど、侮れん。

 だが、私はそのような力には惑わされぬ」

 

 そして、この時起こった小さな異変さえも、アカギは決して軽視せず、その上で制御を果たしている。

 余計な感情は目的を達成するに際し、邪魔になるものでしかないというのがアカギの持論である。

 湖に落ちたパールという名の少女を憐憫から救い、それによって状況が悪化したことからも学んだこと。

 だからこそ彼は、全ての感情を捨て去ったかのように冷たい瞳と言動を普段から貫き、今やそれが彼の本質であるとまで至っている。

 そのように、自らを作り変えてきたのだ。感情を、捨て去ってきた。

 

 そんな彼が、赤い鎖のざわめきによって、煩わしいとまで口にして舌打ちするほどの苛立ちを覚えたことは、間違いなく鎖に込められた神の力の余波による。

 人は己の持つ感情を完全にゼロにすることは出来ない。アカギもそれ自体はわかっている。

 かすかに残っているそれを増幅させ、苛立ちという感情を呼び起こされたことを自覚し、再びそれを自らの意志で鎮めてしまうのだ。

 

 感情の神エムリットの力が残る鎖から溢れる、アカギを止めたいという感情より溢れたものさえ、アカギは明確な意志を以って退けている。

 再び歩き始めたアカギの足取りは、急ぎも遅れも、躊躇いも焦りも無い、これまでの彼の歩みと何ら変わらない。

 いっそう如何なる力を以ってしても触れられぬ虚空の如きアカギの精神は、かすかに残された三柱の力では、もはや揺らすことさえ出来なくなっている。

 

「――ボス!」

 

「マーズか。

 思ったよりも早く追い付いてきたな」

 

 山頂へと向かうアカギの後方から、二人のギンガ団員が追い付いてきた。

 声のみを聞き、振り返りもせず前へと進むアカマーズと、そしてそれに並ぶジュピターにも、これが我が組織のボスであると自ずと確信させてくれる。

 あのサターンの上に立つ存在などそうそういないはず、そうとさえ思うほど彼を信頼していた二人をして、この人物なら唯一確かにと感じるのだ。

 

「あなたが、あたし達のボスなのね?」

「ジュピターか。

 如何にもだ」

「アカギ、様……か……

 なるほどね、納得だわ」

 

 シンオウ地方において、ジムリーダーやチャンピオンという立場にあらずとも、腕の立つ孤高の存在として、一部では名高くもあったアカギだ。

 決して街並みの中で一度見かけた程度では、斯様な組織の首領としての風格など、わざわざ醸し出していなかったはずの人物である。

 それがどうだ。今、自分達の存在のみを声で認識し、振り返りもせず前へ進んでいくこの背中から滲み出るもの。

 そこには間近で目にするだけで、その意を遮らんとする者をはね退ける、絶対的な強者の気質が溢れでているではないか。

 

 首領の貫禄。サターンと比べても、桁外れの。

 マーズもジュピターも、自分達でも気付かぬうちに、アカギから距離を取るように、離れた後方をついて歩くのみの足運びとなる。

 胸に湧き出るのは畏れ多さなる感情か、それとも恐ろしさか。

 過剰に近付いてしまってこの人物の機嫌を損ねようものなら、破滅さえ思い浮かぶ重苦しいオーラは、歴戦のギンガ団幹部さえ寄せ付けない。

 今や二人は思うのだ。よくもまあサターンは、このような人物と接触し、自分達とのパイプ役を務め果たしてきたものだとさえ。

 

「見届けるか?」

 

 足を止めず、一度だけ振り返ったアカギの冷たい眼差しが二人にもたらす悪寒は、彼の背中から感じていたそれを遥かに凌駕する。

 ここまで来たのだ、私が宿願を叶えるその瞬間を見届けていくか、そのつもりならついて来い。

 たったそれだけの言葉に対し、マーズは息を詰まらせて、ジュピターも生唾を飲み込んで、言葉なく頷くことしか出来なかった。

 格の違いとは、まさにこのような時のためにあるような言葉だろう。

 

 槍の柱はそう遠くない。いよいよ近付きつつある。

 運命の時もまた目前なのだ。

 夢が叶うまであと少し、そんな時に感じる胸の高鳴りとは別に、マーズもジュピターも胸の奥がざわめいている。

 

 自分達には自分達の夢がある。だからギンガ団に与してきた。

 だが、この底の知れぬ人物が果たしたい夢とはいったい何なんだろう?

 そう思い至ればたちまちに、胸のざわめきは大きくなる。

 何か、とんでもないことが起こるような気がしてならずしてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 サターンは、アカギを追うことを道半ばでやめていた。

 為すべきことを為すためにだ。

 自分がいま果たすべきことは、アカギに追い付き彼の右腕として、その覇道を支えることではない。

 

 マーズとジュピターは邪魔者を退ければ、必ずアカギを追って山頂に向かい、やがては合流するはずだ。

 ボスの配下としてと言うよりも、ギンガ団の悲願が果たされる瞬間、自分達の夢が叶う瞬間に立ち合いたいという想いから。

 もしもこれ以上、アカギの道を妨げる想定外の何かが立ちはだかったとしても、それを退けるのはあの二人でいい。

 今すでに判然としている、最もアカギの目的達成を妨げる最大の障害物となり得るものがあるとすれば、それを退けるのが自分の役目だ。

 

 迎え撃つならここがいい。槍の柱を未だ遠きとする、テンガン山の六合目。

 自分が勝とうが負けようが、アカギを追える力だけは削ぎ落とせば、もはや彼女は山頂へは辿り着けなくなる。

 それだけは絶対に果たしてみせる。それで完全なるチェックメイトだ。

 そのためであれば、歴史的な瞬間に立ち会うことなど求めない。それがギンガ団に最も貢献してきた大幹部、サターンという人物である。

 

「コウキ……!」

 

「お疲れ、シロナ。

 ウォームアップと言うには少々重かっただろう」

 

 息を切らして山道を突き進んできたシロナとの邂逅に、サターンは努めての無表情で迎える体を取る。

 サターンが確信していたとおり、やはりシロナはあれだけのギンガ団員、準幹部とも呼べよう実力者達に多勢で攻められても、すべて打ち破ってここまで来た。

 それでも、あれは精鋭達だ。一人一人が個として強く、チャンピオンという相手だからこそ驕りも無く、万全の連携で以って迎え撃ったはず。

 それを撃破して来たのだから、流石はチャンピオンだと賞賛すべきなのだろう。

 

 だが、彼女のポケモン達が受けた決して小さくないダメージのこともまた、サターンは確信、あるいは信頼している。

 捨て石のように使わせて貰った部下達だが、彼らが敗北と共に遺したものは確実にある。

 無駄にはしない。そんな想いも確かにあった。

 

「……あんたのことを、許すことは出来ない。

 無事で済ませてあげられそうにないわ」

 

「…………」

 

 悪を憎む正義の眼差しと呼ぶには相応しくない、怨めしいほどの眼で坂の上に位置するサターンを見上げるシロナ。

 サターンは、言葉を返すことが出来なかった。敢えて無言を選んだのではない。

 パールを崖下に突き落とした時に、シロナがこちらに向けてきた激情を燃え盛る赤い炎のようだと例えるなら。

 静かな言葉とともに怨念にも似た憎しみを向けてくるシロナの姿には、燃え上がらずして佇めど、触れしものを一瞬で灰にする蒼き炎のよう。

 絶対に落とせない勝利のために、戦いに投じる自らの判断のみ曇らせぬことに徹し、負の感情を抑えることに徹する、そんなシロナが目の前にいる。

 

「シロナ、聞いてくれ。

 ……今の君には、信じ難いかもしれないが」

 

 本当は、語りかけるつもりはなかった。

 再会、そして最後の戦い。それだけに徹するつもりだった。

 だが、追い求めるべきはずの理念からはずれ、あるべきでない感情とその姿の親友を前に、サターンは自らを愚かだと認めつつも語りかけずにいられない。

 

「パールだったな。

 あの女の子は、死んでなんかいないはずだ。

 僕は、そうだと計算してあの一撃を放っている。

 彼女をこの舞台から追放することは果たさねばならなかったが、同時に彼女が助かる見込みを含めた上であの行動に踏み込んでいたよ」

 

 底無しの愚かしさだと自分でも思う。

 自分が、自分らしくない、ギンガ団のサターンらしくないこともコウキは自覚しているとも。

 相応しくない局面で思わず感傷的に――いや、感情的になってしまっている自分が、何故そうなっているのかも推察は立っている。

 

 山頂へ近付きつつあるアカギ、あの遠さからでも、アカギが手中に収めている赤い鎖が抗わんとした気配は、サターンのもとまで届いているのだ。

 感情の神め、とサターンは、内心ではその尋常ならぬ力を憎々しく思う。

 向き合いたくない感情というものが、彼の中にも確かにある。

 

「……何のつもり?」

「細かく多くは語らないよ。

 だが、僕はそれだけの策を組み立てるだけの能力がある。

 君にならわかるだろうし、信頼して貰えると思うがな」

 

 ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 今こんな所で、どうしてサターンじゃなくてコウキの顔になるんだ。

 装ったものでもない、演じたものでもない、表情の機微には乏しくたって、自分にだけは内なる感情をなんとなくわからせてくれるかすかな表情。

 自信家な発言はいつものことだ。本当に、昔から変わらない。幼い頃から親しかった親友の、あるがままの姿そのものだ。

 

「嘘よ」

「嘘じゃない」

「嘘よ、絶対……!」

「嘘じゃないんだ」

 

 悪の組織の幹部のままの姿でいてよ。

 容赦なく叩き潰すべき存在のままであってよ。

 苦しみに苛まれるあたしを心から案じて、その不安だけでもせめて取り除こうとする、そんな想いを隠せないあなたにならないでよ。

 

 わかってる。あなたは今までにあたしが見てきた何人もの優秀な人達の中でも、一番賢くて、一番計算高くて、追い付けないと今でも思ってる人。

 あなたが本心のままにそう言う以上、あなたはパールを本気で殺そうとしたわけじゃない、助かる道を見越した追放だったって信じざるを得ないじゃない。

 心からの想いでそう言っているあなたを、信じずにいられないあたしはどうすればいい?

 

「…………でも」

 

 十年来の親友だったのだ。

 訣別を決意した今でもなお、心の奥底では、本音を吐き出せば、あの日のように笑い合える間柄に戻りたいと思える掛け替え無き人。

 周知の大悪人の言葉を、ちょっと本気の言葉を向けられたからって信じるなんて、馬鹿な女だと笑われても断じて動じない。

 自分と、あの人。その間にしかわかり合え得ないものがあると、シロナは考えるまでもなく確信しているからこそ。

 

「絶対じゃ……っ、ないでしょう……!」

 

「っ……」

 

 涙を流して訴えるシロナに、抗いようもなく表情が歪んだサターンにも、確かに同じものがあるのだ。

 立ちはだかるなら叩き潰す覚悟はしてきた。ギンガ団最大の脅威ともなり得る彼女を、いよいよとなれば殺すことさえ厭わない決意さえしてここまで来た。

 泣かせて構わないと断じる決意など、そのずっとずっと前のことだ。

 それでも、親友であった者の涙は重い。想像していた彼女の血以上にだ。

 

 誰よりも、親よりも、今でも心の底から本心を語れば、立てるべきギンガ団のボスたるアカギよりも、コウキにとっては最も尊敬できる人物なのだ。

 強くて、気高くて、大人になって嫌な現実をいくつも山ほど知ってなお、高潔な理想を叶えんと今なお抗い続ける女性を、どうして心底嗤えようか。

 それが、憎しみの大義も矛先も失って、どうにもならぬ想いを溢れさせる、心をずたずたにされた女性に過ぎない姿を晒して。

 そうさせたのは他ならぬ自分だ。そして、彼女をこのような形でそこまで追い詰められるのも、きっと世界で自分だけだともわかっている。

 ギンガ団アジトでパールを言葉巧みに打ちのめし、あれほどまでの心を打ち砕いてやっても良心一つ痛まなかったのに、シロナだけは、彼女だけは――

 

 いや、無垢な少女をあれほど打ちのめしても平然としていた自分が、根本的におかしいのだ。

 つくづく、至ってはならぬ境地へと至りきってしまっていた己を顧みて、サターンは今一度無表情に立ち返る。

 

「そうかもな」

「あたし、あんたをぶちのめさなきゃいけないの……

 恨むわよ、本当に……絶対、許せない」

「……返す言葉もないさ」

 

 涙を拭うシロナが、ボールを手にする姿がある。

 為すべきことを。そう、あれほど望まぬ戦いに身を置きながら、精神を立て直して行動に移れる姿に、改めてサターンは敬意を禁じ得ない。

 

 僕達は大人になった。子供であったあの時から、何年もの時を経て。

 正しくないと知りながらの道を突き進んできて、今さら退けぬの繰り返しで尚も悪を貫くしかない自分。

 諦めたくなるような現実に何度も直面したはずでありながら、気高き道を迷いながらも歩み続け、今なお望まぬはずの戦いに使命を以って挑まんとする彼女。

 あれこそが大人だ。ポケモンバトルで強い彼女の姿だけを見て敬うだけの群衆になんて、彼女の魅力を知っているなどとは言わせない。

 子供だった自分が大人になって初めて気付く、かつては疎ましく感じることもあった大人達の偉大さ。

 そんな大人に自分達もなっていくことがどれだけ難しいことであるかを知れば知る程、立派な大人になった親友の姿は眩しくほど映る。

 

「――――シロナ!!」

 

 すべてを吐き出せ。感情的でさえあれ。

 恥じるべき大人になった自分に、失ってきた数々のものを今一度思い出させてくれる無二の親友を前に。

 決して誇れはしないけれど、この道を突き進んできた自分自身が培ってきたものを、二十数年の生涯をかけてきたものとして顕せ。

 今でも世界で一番尊敬する、茨の道の果てに強くて優しい大人になった幼馴染に対する償いは、これを以って最大限だ。

 僕の貫いてきた愚かな人生に、すべてを知った上で君の結論を導き出して欲しい。

 今さら罪を改めて、横を素通りさせるほどの道を進んできてなどいないからこそ、ぶつかり合うことでしか、傷付け合うことでしかそれを示せない。

 歩むべきだった美しき道はもう歩めない。因果応報とはこのことだ。

 

「勝って当然だなんて驕ってくれるなよ、チャンピオン!

 君に勝ち越しているのは僕の方だぞ!

 今日も勝つのはこの僕だ! かかって来い!」

 

「……ええ!

 行きましょう! ミカルゲ!!」

「やるぞ! ドクロッグ!!」

 

 果たしたい何かを果たすためには、勝利の他に道を続かせるすべのない戦い。

 それをサターンは、コウキは、かつて認め合ったライバルとの私闘と塗り替えて。

 シロナは眼差しに彼女本来の強き光を取り戻し、いま改めて目の前の敵を、乗り越えるべきにして相当に越え難き最大の壁と認識して。

 それはかつて、賭けるもの一つ無くたって、意地一つ以って負けたくない相手に全身全霊で挑み合ったかつての日々と、きっと何ら変わらないものだ。

 

 幾度となくぶつかり合い、一勝に打ち震え、一敗に夜も眠れなくなるほど悔しがったあの頃は、今や遠き過去であり取り戻せないもの。

 それでも、過去幾度のそれに似て。

 きっとお互いの人生の中で、最後の真剣勝負。

 互いにそれを確信し合う二人は今、同じ年の数だけ生きてきた双方の自らの全てを懸け、この戦いに臨んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マーズ。ジュピター。

 悪いがお前達は、この先の結末をそばで見ることは叶わない」

 

「え……」

 

 そばにいるだけで重圧を感じるボスがふと発した言葉に、マーズもジュピターも思わず息を呑んだ。

 貫禄がある者の発言は、すべての決定権を持つように感じられる。

 思わぬ何かが彼の神経に障り、自分達は彼の意志一つで叶えたい何かを、有無を言わせず断ち切られる。そうとさえ感じられたからだ。

 異を唱える言葉さえ出てこないのは、逆らったところで無駄な相手だと本能的にすら感じてやまぬからである。

 たとえジムリーダーを相手にしても、堂々と、あるいは飄々と戦ったこの二人がだ。

 

 だが、立ち止まったアカギの意図するところは、自らの意志で二人を切り捨てることではない。

 二人の後方を見据えるアカギは、ここに接近する存在を既に察している。

 その異常な慧眼にこそ遅れるものの、マーズもジュピターもアカギの見据える先を振り返り、迫る障害をその目で確かめるに至った。

 

「あーーーーーっ!

 見つけたぞギンガ団!!」

 

 でかい声だ。敵を見付けるなり、その気は無くても強い強い自己主張。

 一度はそれと戦ったジュピターは、うえっとうざったい顔を浮かべるばかり。

 どうやらジュピターのような大人にとって、ああいう子は鬱陶しいらしい。

 

「場違いが……

 わきまえを知らない子ね」

「ふふっ、そんなの見ればわかるじゃん」

 

 ここまでジュピターが露骨に嫌な顔をするのは珍しいもので、マーズも思わず笑ってしまう。じろ、と睨まれることにもなってしまったが。

 改めてマーズが声のした方を見れば、どこかで見覚えのある少年が駆けてくる姿が目に入る。

 

 ギンガ団と彼が衝突したのは、エイチ湖騒動の一度のみ。

 それでもマーズとジュピターは、彼のことを忘れずにいられた。

 破ること自体は容易な相手だったが、粗削りながらも腕の立つ少年ではあったという印象があったからだ。

 

「これ以上先には進ませねーぞ!

 お前らをこれ以上好き勝手にさせたら、大変なことになるらしいからな!」

 

「なんなのよ、あの語彙力のクソさは。

 あたし達の悲願叶えられし日に水を差すのが、あんな馬鹿な子なんてねぇ……」

「パールっていう子の幼馴染だっていう専らのウワサ」

「似てるわ。

 残念なぐらい忌々しいところまで」

 

 行動力の塊である少年、ダイヤは果たしてどこでこの決戦の日と舞台を知って駆けつけてきたのやら。

 ともかくとして、間もなくして槍の柱に到達するというところ、長き日々がついに報われる感慨すらあったジュピター達の前に現れた最後の義勇兵。

 アカギが自分達に何を求めるであろうことかなど知れたもので、ジュピターにしてみれば望むところであろう。

 

「二人で速やかに片付けて追ってこい。

 時間をかけるようでは、新たなる時代の始まりを見逃すぞ」

 

「ええ、仰せのままに」

「ごめんね少年、あたし達急いでるのよ。

 あんたに構ってるヒマ無いから、最初っから本気全開でボッコボコにさせて貰うわね」

 

 ダイヤを自らに手の届かない存在と認定し、アカギはこの場をジュピターとマーズに任せて進んでいく。

 こいつっ、と追いたいダイヤだが、既にボールを手にした二人のギンガ団幹部を前にすれば、やはり打ち破らぬ限りアカギを追えない。

 1対2の構図だ。それも、あんなに強かった二人を相手に。

 それでもダイヤに、物怖じするような気配は一切見られない。

 

「やるぞ! ゴンベ!

 あんな奴らぶっ飛ばして、さっさと親玉を追っかけるぞー!」

 

「わかってるわよね、ジュピター!

 いきましょ、バットン!」

「まあ、それがベストでしょうね。

 行っておいで、ドータクン……っ!?」

 

 ダイヤの繰り出したゴンベの前に並ぶのは、マーズのゴルバットとジュピターのドータクンだ。

 そして、もう一匹。

 ダイヤの後方から凄い速度で飛んできた一匹のポケモンは、ジュピターとマーズの足元めがけてサイケ光線を撃ってきた。

 はっとして立ち位置を離れ合うようにして躱したマーズとジュピターだが、動かなくても当たるものではなかったはず。

 かのポケモン、ガーメイルのトレーナーは、本当にポケモンの攻撃を人間に当てさせるような人物じゃない。

 

「挨拶代わりだ、ちょっと荒っぽいけどね……!

 2対2、これでイーブンだ……!」

「遅いぞプラッチぃ!

 根性出してでも急がなきゃって言ったのお前だぞー!」

「はいはい、これでもすごく頑張ってきたんだよ……!

 でも、追い付けた……!」

 

 ガーメイルと共にこの戦場へ駆け付けたプラチナは、先々行ってしまっていたダイヤを全力駆けで追って来たらしく、息が乱れている。

 顔色も悪い。トバリのギンガ団アジトで受けた傷は、まだ塞がっているはずがない。

 それでもギンガ団の野望を食い止めるため、入院していた病院から抜け出してまで、パール達にさえ黙ってここまで来た。

 ダイヤが誰からこの時と舞台を知ったのか、彼に助力を求めたのは誰か、その答えは今ここにある。

 

「あらあら、大丈夫なのかしら? お顔が真っ青よ?

 あたし達が何かしなくても勝手にくたばりそうじゃない」

「あたし達の強さ、知らないってことはないんじゃないの?

 そんなコンディションで、あたしとジュピターに挑む気なんだ?」

 

「結構しんどいよ……!

 お前達を倒したら、あとはダイヤに任せてゆっくり休もうかな……っ!」

「頑張れよプラッチ!

 きつくなってきたらすぐ下がるんだぞ!

 お前のことは、俺とみんなで絶対守ってやるからな!」

「頼りにさせて貰うからね!」

 

 じっとしていることなんか出来なかった少年達。

 子供は平気で、長い人生のうちのほんの短い時間にすべてを賭ける。一生のお願い、なんて言葉を軽々しく使う子供達のなんと多いことよ。

 ギンガ団の恐ろしい目的を阻むためにほんの僅かでも力になれるなら、明日のことなんてどうだっていいプラチナ。

 そして、一度は完膚無きまでに敗れた相手が待ち構えていることを知りながら、友の声に応えてこの場に馳せ参じたダイヤ。

 こいつらに敗れれば只では済まないことだって、向こう見ずなダイヤにだってわかっているはずだ。命懸けなのは百も承知だ。

 やっと夢が叶うという所まで至れたマーズとジュピターの足を止めたのは、そんな少年達の覚悟と意志に他ならない。

 

「せいぜい熱く燃えなさいな……!

 そんなもので、あたし達の目的が果たされる今日という日は決して覆らないわ!

 惨めに這いつくばって、ここまで来た自分達の愚かしさを悔いるがいい!」

「さあ、情熱見せてごらんなさい!

 それでもあたし達の方が遥かに強いわ! 思い知らせてあげる!」

 

 ジムリーダー達でさえ一目置く実力者、ギンガ団幹部の二人を同時に相手取るという、きっとこれまでの人生で最大の戦い。

 ダイヤとプラチナの、望む未来を勝ち取れるかを問う究極的な試練だ。

 神おわすと信じられしテンガン山の頂の膝元でもまた、決死の想いを賭して戦う者達の姿がここにある。

 輝かしき明日を目にすることが出来る者は何人いて、それは誰なのか。まさに、神のみぞ知るところだ。

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