「よくやった、ミノマダム!
胸を張って休め!」
サターンが戦闘不能になったミノマダムをボールに戻す。
対峙するシロナのルカリオは余力充分という顔で、手元に残るポケモンはたったの二匹。
少数精鋭、三匹のポケモンしか所持しないサターンは、一兵撃破されるたび窮地に追い込まれる急激さが尋常のものではないはずだ。
それでもサターンがその目に宿す、さあここからだという炎に偽り無し。
チャンピオンのポケモン6体相手に、彼は本気で勝ちにいっている。
「行くぞ、ユンゲラー!
久しぶりの実戦だ、存分に暴れてやれ!」
「…………!
いいの? コウキ……!
その子が倒れたら、あんた本当に逃げ場無くなるのよ!?」
「構いやしないさ、君との最後のバトルなんだ!
明日のことなど関係ない!」
ドクロッグがシロナの先鋒であったミカルゲを撃破し。
代わり登場したシロナのトリトドンに、サターンは迷いなくドクロッグを引っ込めて、ミノマダムを繰り出して。
息の長い戦い方を得意とする者同士、辛抱強い戦いの果てに、サターンのミノマダムがシロナのトリトドンを破り。
トリトドンに代わって参戦したルカリオが、ミノマダムを撃破した直後というのがこの戦況だ。
確かにサターンも残り2匹だが、シロナも残り4匹だ。
互いに戦力は交戦開始時点から見て3分の2。
手持ちの絶対数が勝っていても、決してシロナにしてみれば、楽観視できる戦況の移ろいではないと言える状況でもある。
そんなことは、誰よりもシロナがわかっているのだ。相手の強さを知っているからだ。
「さあユンゲラー! 戦い方はわかっているな!?
虚仮にしてやれ!」
「ルカリオ、波導を全開に!
見失わないことに全身全霊を!」
付き合いの長い二人なのだ。お互いのことは、お互いのポケモンのことは、その手の内まで知り尽くしている。
それこそユンゲラーがケーシィだった頃からシロナも、ルカリオがリオルだった頃からサターンもだ。
テレポートを駆使した自らの位置の急変と回避で敵を翻弄するユンゲラーと、飛び道具よりもやはりその物理的な攻撃で以って致命撃を打つルカリオ。
瞬間移動、さらにもう一度、その素早い移動で如何な攻撃の直撃を躱すユンゲラーを捉えるため、駆けつつルカリオも全身から発する波導で敵の動きを読む。
「甘いな! その程度で僕のユンゲラーを捕まえられると思うか!」
「必ず追い付く!
そうよね、ルカリオ!」
二人のトレーナーに、自分のポケモンに対する言葉による指示は無かった。
迫るルカリオから逃れるため、テレポートで以って位置を変え、やや遠方か、あるいは一瞬でルカリオの後方離れに身を移すユンゲラー。
目でも直感でも追い切れぬそれを、ルカリオは波導の揺らぎを感じ取り、何よりも自らの直感と気配を読む力で行く先を追い。
敵が離れた場所に移ったと思えば"はどうだん"を撃ち、回避せんとテレポートしたユンゲラーに掠らせてダメージを積んでいく。
必ず当たるほどの技だと言われる波導弾を、かろうじて掠める程度に抑えるほどには、ユンゲラーの素早い動きも特筆点であろう。
「勝つぞ! ユンゲラー!」
「――――z!」
当然ユンゲラーも、敵を撃てる機会を見逃すことはない。
電撃砲めいた光線を撃つ"チャージビーム"でルカリオを狙い撃ち、こちらも機敏な相手の動きにより、掠める程度で大きなダメージを与えられまいが。
撃つに際して溜め込んだエネルギーの一部を自らに取り返し、次やその次の一撃の威力を高めるための力として蓄える、長期戦を意識した戦い方だ。
持久戦を得意としないとされるユンゲラーが選ぶ戦法としては、一般的には愚の骨頂。
撃たれ弱いユンゲラーを、卓越した機動力で補った高い回避力で長期戦にも対応できるよう育て上げた、サターンだからこそ取れる戦法である。
「そんな戦い方まで編み出してるのね……!
何年もやり合ってなかったらわからないことだらけだわ……!」
「僕もそうさ、君のトリトドンがストーンエッジを使うとは思わなかった!
さあ来い、もっと見せろ! すべて打ち破れる僕のポケモン達だ!」
二人とも達人の域だ。たとえ初見の相手でも、繰り出してきたポケモンの姿を見れば、"あり得る"敵の手の内はすべて識っている。
ユンゲラーがチャージビームを撃ち得ることなんてシロナは知っているとも。トリトドンがストーンエッジを使い得ることなんてサターンは知っているとも。
耐久力に秀でないユンゲラーが、積み技を駆使して長期戦に持ち込んでくるという一般論からはずれた戦い方。
保守的で打点に秀でないトリトドンに、堅実な戦い方を好むシロナがストーンエッジという博打技を教えているという事実。
互いに深く知り合っていればいるほどに、深い知識の裏をかく卓越者同士の虚を突く技選びは、互いに感心すら抱き合えるほど熱くなる。
どちらもこの日この戦いがあることなど、想像だにしなかったかつてのうちから、交わり合わぬ各々の道の中で編み出してきた新たな戦い方。
この日のためだけに考えてきたものではないからこそ、双方ともに、知らぬ間でもライバルが高みを目指していたことに血が沸いてしょうがない。
「ルカリオ、もっと!
あたしにもわかる、次は右よ!」
「ユンゲラー、甘いぞ!
僕の指示を待つな、僕さえも裏切れ!
欺くことが最優先だ、あとは僕が勝利に導いてやる!」
ルカリオの位置、視線、意識の向ける方向、それを意識したユンゲラーによるテレポート移動。
敵の虚を突いた位置への自己転送を繰り返すユンゲラーの動きを、ルカリオを見て、先読みしたシロナの指示がルカリオを導く。
それによって敵の出現地点を察したルカリオの速い行動が、ユンゲラーに"ボーンラッシュ"の連撃を浴びせかける結果を叶えている。
ユンゲラーはスプーンを構え、一撃をそれで防ぐも続く二撃を痛烈に受け、痛みに耐えて離れた場所へ自らをテレポートさせて追撃を逃れている。
「撃て!!」
強いサターンの声が、痛みに腰を曲げかけていたユンゲラーの姿勢を正し、チャージビームを撃たせるに至っている。
それだけの力があるのだ。信頼するトレーナーの、今が撃つべき時だと促すその強い声には。
ユンゲラーの移動先を瞬時には見極められず、しかし振り返った直後のルカリオを襲うチャージビームの威力は、先程までのそれを上回っているではないか。
「そんなに強いユンゲラーなのに、未だに進化させずにいるのね……!」
「たとえ一瞬でも僕のポケモンを人に預けてたまるものか……!
僕のユンゲラーだ! この世界で唯一にして無二、僕だけのな!」
「わかるわ、きっとあたしがあなたでも同じことを言う!」
「さあ、勝つぞユンゲラー!
お前が世界一だ! 今でもずっと信じているぞ!」
ボーンラッシュに受けた痛みも忘れられる。ユンゲラーの眼に炎が宿る。
ケーシィだったあの日、幼かった頃のサターンに、"世界最強のユンゲラー"を目指して頑張るぞと言われたことは一度も忘れたことはない。
最強たる存在にもっと近付くためにフーディンに進化しようとすれば、どんな手順が必要なのかを知ったその時からは尚更だ。
ずっと僕だけのパートナーでいて欲しいと訴え、力を求めるべきこの道に進んで尚、それを貫き続けてくれた友人に報いを。
ルカリオが撃つ"はどうだん"を、サターンに一度も教えられたこともない"みきる"目で以って回避したユンゲラーの姿には、サターンすらも驚嘆を禁じ得ない。
「ユンゲラー……!」
「ルカリオ、次が来る!
全方位に……」
「――――――――z!」
テレポートで自らの位置を移し、砲撃点を紛らわせたと思えば放つのは"サイケこうせん"だ。
躱し切れなかったルカリオが両腕でガードするも、二度のチャージビームを経て高まったその威力は、ルカリオが後ずさるには充分な重いダメージが明白。
波導で以って念動力に抗うすべに長じるルカリオに、決定力に秀でる"サイコキネシス"を使わなかったことも正しく。
自身がまだまだ未熟だった時、ようやく大きな決定打ともなり得るその技を習得した時、心からコウキが喜んでくれたあの技をここで使ったことも。
お前が僕にとって世界一だと言ってくれるサターンに対する、ユンゲラーの熱い想いが発した一撃の象徴だ。
常に冷静沈着にサターンを支えてきたユンゲラーが発した、情熱に満ちた声は決してらしいものでなくたって、咎めぬサターンにはそれが伝わっている。
「……あなたは、そこまでして何を目指したいのよ。
アカギが果たそうとしていることが、あなたの望む未来に繋がってるの?」
「……………………さあな。
感情も何も無い、虚無の世界に僕も呑み込まれるかもしれない。
僕の愛するポケモン達も、共に」
防御のための交差していた腕を振り払い、サイケ光線を凌ぎきるルカリオ。
その眼差しに貫かれ、次の動きに迷うユンゲラー。睨み合う。
動けない両者の中、刹那の戦いに自分達の指示が介する余地が無い中で、シロナとサターンは想いの丈を交わし合う。
どちらかが動くまで互いに動けないルカリオとユンゲラーだ。
行けと言われれば動くだろう。それよりも言葉のやりとりを望んだシロナの切なる想いを、サターンも裏切れず思うがままを返すのみ。
「それが、あなたの望む未来なの……!?
こんなにも、あなたに尽くそうとする子達を巻き込んでまで!?」
「よく話したつもりだよ、この子達とも。
やろう、って言ってくれたと僕は感じ取っている。
この子達のせいにするつもりはない、すべて僕のエゴだ」
「そこまでして何を果たしたいのよ!?
あなたの望む世界が、結末が、そこにあるの!?」
「あるさ」
シロナが声を荒げる理由はわかる。
アカギがその野望を叶えてしまえば、この世界はきっとすべてが一変する。
当たり前のように享受していた幸福も、ありふれたささやかな満たされし日々も、失われてしまうかもしれない。
このユンゲラーと、ドクロッグと、ミノマダムと――たった三匹の、幼少の頃から連れ添った家族達との、温かい日々もその先には決して保証されないのだ。
それを喪ってしまう可能性を本当に追っていいのかと、我が事のように訴えるシロナの主張は、サターンにとって軽々しく斬り捨てられたものではない。
シロナが言うならば。幼い頃から僕達の絆を見守り続けてくれた、その関係を尊び続けてくれていた彼女だからこそだ。
「……大きなことを、果たしたいんだ。
例えようもない、かつては想像だにしなかった、大きなことを」
「そんなものは浪漫じゃない!!
あなたはもう大人でしょう!?
子供みたいなことをもう言っちゃいけないのよ!」
「諦めきれないんだ……!
何者でもないまま、老いて朽ちていくことはしたくない……!」
「誰でもそんなことを思うことはあるわよ!
平凡なまま死んでいく無意味な人生でありたくない!
この世界に自分が在った証明を歴史に刻みつけたい!
それはただ平穏を望んだ人々を巻き込んでまで叶えようとしてはいけないことなのよ!」
「……それを顧みれば、何も成し遂げられはしない」
「っ……あなたは、っ……!
もう、とっくにっ、たくさん成し遂げてきたじゃないのよおっ!!」
目に涙を浮かべて叫ぶシロナの姿が、サターンの胸を焼くほど痛くさせる。
多くの言葉を語らずしてわかってくれる親友だ。本当に、掛け替えない。
僕は、私は、何のためにこの世界に生まれてきたのだろう。
平凡な日々を送り続ける中で、本当にこれでいいのだろうかと思うことは誰にでもある。
健全な青少年の日々を歩み、いつか誰かと結婚して、子供に恵まれ、家族を作り、平凡に幸せな日々を歩み、老後を過ごし、やがて安らかにこの世を去る。
きっとそれでも、自分はそれなりに幸せなのだろうとは誰にだって信じられる。
だけど、もっと、何か出来るんじゃないか。本気を出せば、全力で何かに臨んだら、もっと大きなことが出来るんじゃないか。
大人達に勧められる平凡な幸せに身を委ねる二十歳以降ではなく、自分の力で未だ想像だに出来ない、胸躍るような自分だけの道を突き進みたい。
誰しも一度は思い描き得る、幼くも情熱に満ちた、そこには誰一人口を挟む余地も資格も無い、命の数だけ燦然と煌めく意志の輝き。
大人になるにつれ、己を取り巻く忙しい社会の中で忘れていく、敢えて世に出ない幼心の情熱は、かつて子供だった大人が否定する権利のないものだ。
それでもあなたは、コウキは、清純なるギンガ団を率いるオーナーとして、大きなことを成し遂げてきたじゃないか。
それよりも大きなことを成し遂げたいのか、この世を破滅に導き得るものにさえ手を出したいというのか。
シロナも既に計り知っているだろう。コウキが表のギンガ団を運営していたことも、所詮はその裏でアカギの力となるためであったことを。
それでも、たとえ偽りの善行でも、トバリシティで子供達に憧れられる人物の第一位になった、誇らしくて尊敬の想いを以って見つめられる幼馴染が。
すべてを捨て去ってでも、アカギに与していることがシロナには耐えられない。
「……君は子供の頃から、チャンピオンになるんだって言ってただろう。
大きなことを果たしたいっていう、僕の気持ちだけでもわかってくれないのか」
「応援できない……!
多くの人が、掛け替えのないものを失う!」
「わかっている。それでも、果たしたい」
「どうして止まれないの……!」
「止まれるはずもない!
僕はそのために、ここまで来た!
失われるものなど顧みられようものか!」
強い声は拒絶であり、否定であり、相容れない想いの表明であり、シロナの目からいっそうの涙を溢れさせるものであっても。
サターンは、コウキは、今やもう戻れない場所まで到達しているのだ。
後悔でもない、良心の呵責でもない。どんな犠牲も顧みずに追うのだと、男が一度決めたことは、果たされるか潰えるかまで絶対に止まらない。
「……世界が大きく変われば必ず、僕達の目に届こうが届くまいが、誰かがその恩恵や悪しき影響を受けるんだ。
大いなる何かが果たさんとする時に、名も知らぬ誰かの犠牲までをも顧みて大願は成し遂げられはしない。
僕はもう、立ち止まらないと決めたんだ」
ユンゲラーは動かない。
幼少の頃から知る友人の言葉を耳にし、その想いを反芻する。
賢いユンゲラーには、それが必ずしも正しい思想でないこともわかっている。
それでも、幼い頃から自分にだけ、自分達にだけ成し遂げたい何かがあった少年心を知るユンゲラーは、情念を以ってそれを否定しない。
世界でたった一人の偉業を成し遂げたいと願った、そんな想いを捨てぬまま大人になった友人の想いを、単に愚かだと斬り捨てることはどうしてもしたくない。
そのためだけに自分達が育てられてきたのではないと、絶対に信じられる人だから。彼から感じ取ってきた愛情は、絶対に本物だったから。
ルカリオは動かない。
他者の感情に他種族よりも遥かに感応するルカリオは、シロナの感情の揺らぎを感ずれば感ずるほど先手を取れない。
目の前のサターンの言葉が、思想が、間違ったものだとわかっていても。
シロナが迷っている以上、この戦いに勝利は無い。彼女の迷いが晴れるのを只々待つ。
そして、シロナはこの過ちを突き進む友人を、正しい想いで糾弾し戦い抜くことが出来る人物だと、信じているからこそルカリオは待っている。
「……傷つけられたナタネやスモモもそうだっていうの?
あるべき避けられぬ犠牲だったっていうの?」
「対立する以上は尚更だ」
「あなたの、ドクロッグやユンゲラーやミノマダムとの繋がりも、その大願の末に失われてもいいの?」
「今、ここにある。
どんなものにも必ず終わりはある。
ここにそれがあったという事実は、誰に認められずとも変わらない。
……僕と、この子達との絆は永遠だ。信じている」
血を流した友人の姿を思い浮かべてシロナは、静かな怒りをこめて。
それに対するコウキの冷たい返答にいっそうの怒りを得て。
そして、彼が最も重んじてきた仲間達との絆さえをも切り捨てるのかと強い声で問いかけて。
そして、それを問われた時にどう返すのか、彼があらかじめ用意してきたであろうという言葉を受けて。
やはり、彼は今でも変わらないのだ。幼い頃から肩を並べてきたあの頃から。
まかり間違っても、口喧嘩に勝つためなんかに、自分にずっとついてきてくれた仲間達との絆に対し、喪われても構わないとは絶対に口にしない。
口が達者な親友の裏側、決して口にしたくない言葉を発さぬためには周到な旧友の真相に思い至れるのは、きっとシロナをおいて他にはいないのだ。
「ルカリオ!」
「ユンゲラー!」
「「――――――――z!」」
今か今かと待ち望んでいた、迷えるご主人達のその声。
単なる力比べで勝敗をつけるだけでは足りない想いを、嫌というほどわかるからこそ、その想いが最も高まった時にこそ力になりたい。
負けたくないんだろう、シロナ。貫きたいんだろう、コウキ。
そのためだったら俺達はなんだってやってやる、お前のためだもんな。
ルカリオとコウキが吠えるその声には、信頼するご主人にだけではなく、敵対する旧知の友にさえ伝わる激情が溢れている。
「途絶えさせるわ、あなたの夢!
あなたを、後悔させたくない!」
「やってみせろよ、シロナ! 僕達は強い!
力でねじ伏せられて当然だと思うなよ、チャンピオン!」
悪を挫くため、その尖兵を屈服させんと。
己が野望を遮る邪魔者を排斥せんと。
ただそれだけの言葉で表すには難い、シロナとコウキの衝突がそこにあった。
負けたくない相手。ずっと、ずっとそうだった。
何度バトルしたって、毎回そう思い臨み、負ければ悔しくて眠れなくて、勝てばその日の他の何よりも嬉しかった相手。
あの日のように、勝ち負けそのものに一喜一憂できた純真な日々はもう無い。
大人同士の喧嘩は、傷付け合うだけで何も生み出さないのだ。
それを知るシロナも心もまた、戦う仲間達の身体と同じく血を流した。