「大丈夫?」
「あ、ありがと、プラッチ……」
謎の二人との戦いで、正確には謎の二人が繰り出したズバットにびっくりさせられ、腰砕け状態で座り込んでいたパールに、プラチナが手を差し伸べてくれる。
手を握ったら引っ張って貰えて、パールは立ち上がるに至る。
ぱっぱっとお尻の砂を払うパールは、手を差し伸べてくれた割に今さらどぎまぎしているプラチナのことになんて気付きもしない。
柔らかい手に触れて初めて、うわ僕女の子の手なんか握っちゃった、と少し顔を赤くしかけているプラチナたるや、なかなか初々しいものである。
「さっきの人、なんだったの?」
「あー、えぇと……僕達もよくわからないんだよ。
っていうか初めて見る人達だし。あんなヘンな格好した知り合いいないし」
「ひどい言い草。
でも共感しちゃう」
「ねぇ。ワルい奴らだよね」
"ギンガ団"と名乗っていた怪しい男達だが、いったいどういう連中なのかはプラチナもナナカマド博士もよく知らない。
どちらにしたって、目的のためにプラチナを痛めつけるぞと言ってナナカマド博士を脅迫するような奴らなので、パールもプラチナもすっかり悪者認定。
そうなっちゃうと子供って特にだが、敵視した相手に対する言い草が随分と容赦なくなるものだ。
まあしょうがない。特にプラチナなんて脅された当事者だ。
「えーと、パールはどうしたの?
これから204番道路に行くとこだった感じ?」
「ああ、うん、これからハクタイシティに行こうと思ってたとこ。
クロガネジムに挑戦して勝ってきたの。次の目標はハクタイジム」
「へぇ、ジム戦に勝ったんだ。凄いじゃんか」
「ふへへへ、もっと褒めて」
胸を張って鼻を鳴らすパール。褒められるとご機嫌、わかりやすい性格。
うちのトレーナーは調子のいい性格だなぁ、とピョコがふへっと笑ってあさっての方向を向いている。パールに見えない角度で。
さっきまでズバットにびびって腰抜かしてたのに、というのを思い返すピョコ目線では、お調子に乗ったパールの姿がなんだか可笑しい。
「ウム、パール君。
ハクタイシティに向かうというのであれば、うちの助手と一緒にどうかね」
「えっ!?」
「えっ、でもプラッチはナナカマド博士の助手じゃ?」
「プラッチ……?
ウム、構わんよ。
元々私も、彼をそばに付かせ過ぎて、あまり自由な時間を与えられなくて考えものだったところだ」
プラチナをプラッチと呼ぶパールの発言に、一瞬の引っかかりを覚えたナナカマド博士だが、あだ名か何かだと思ってそのまま話を続ける。
訂正されなかった。パールの中では未だプラチナ君じゃなくてプラッチ君。
「僕は大丈夫ですよ、博士。
博士と一緒にいられると勉強できることも多いですし」
「それは、いつでも私のそばに戻ってきてくれればいくらでも作れる時間だ。
君も私のそばではたらくだけでなく、外を歩いて身内以外のポケモン達に接する時間を作った方がいい。
これはいいきっかけだと思う」
「そ、そうなんですかね?」
「君がそばにいてくれねば手が足りなくなるかもしれんが、私一人でも出来ることを進めておくとしよう。
様々な経験を積み、知識を深めてきた君が帰ってきてからなら、それも取り戻せるだろう。
パール君に同行してあげなさい」
博士なりに考えがあるようで、ナナカマド博士はプラチナに、パールの旅に付き添うことを強く推す。
君の力は私にとって必要だが、それでもだという言い方を含めているのは、お払い箱ではないことを強調する目的あってのこと。
寡黙で口数の少ない人とされるナナカマド博士だが、相手を万一にも傷つけないために紡ぐ言葉は惜しまない。こんな時は饒舌になってくれる人だ。
「パール君、どうかね。
君は真剣にポケモンリーグを目指していると見える。
知識が豊富でポケモンバトルの腕が立つ彼に、色々教えて貰いながら旅をするのはいい経験になるだろう。
君にとっても、悪い話ではないと思う」
「それは嬉しいですけど、なんかちょっと申し訳ないな……」
「ハクタイシティへ向かう道のりの中では、"荒れた抜け道"と呼ばれる洞窟を抜けねばならない。
見たところ随分とズバットが苦手なようだが、ズバットの生息率が高い荒れた抜け道を一人で進めるかね?」
「プラッチ! よろしく!」
「あははは……」
遠慮気味だったパールだが、ナナカマド博士に急所を突かれて一瞬で心変わり。
ズバットの多発する洞窟を一人で歩くなんてイヤ。プラッチが一緒にいてくれるならその方がいい。
素直なパールに苦笑いのプラチナだが、ねぇ俺のこと忘れてな~い? とピョコが溜め息をついている。
ズバットなんて、俺とパッチがいくらでも撃退するのに、という感情ぷくぷく。まあパールが余程ズバット嫌いなのはわかるので、理解はする。大人なピョコ。
「プラチナ。
ハクタイシティまでとは言わず、好きなだけパール君と旅をしてくるといい。
頃合いと見たら、好きな時に帰ってきて……」
「あっ……博士、博士、ちょっと……」
「ウム?」
見識を広めるための旅として、ナナカマド博士はプラチナに、ハクタイシティまでに限らず好きなだけ旅をしてきなさいと告げる。
しかし、あるキーワードに反応したプラチナは、いそいそっとナナカマド博士に駆け寄って、何やらひそひそ。
「……僕の名前、パールに教えないままでいいですよ。
プラッチって、なんかあだ名みたいになってて別にそんなに悪くもないかなって……」
「ウム……?
ウム、わかった」
「プラッチ?」
「あぁ、何でもないよ!
ちょっとお仕事の話してただけ!」
どうやらプラチナ、同じ年頃の女の子であるパールとお友達になった上に、あだ名呼びのような関係になっているのが満更でもなくなっているらしい。
いま本名のプラチナの名を教えたら、ごめんずっと勘違いしてた、なんて言われて、謝られた上にプラチナ呼びに戻されるかもしれない。
これからしばらく一緒に行動することになれば尚更、もう少し仲良くなっていきたいな、と思っているプラチナは、妙なところで敏感になっている模様。
プラチナは、パールよりも思春期を迎えるのが少し早かったようだ。
傍目には何を拘っているんだと思われるようなことにも、ついつい繊細に深く考えてしまうお年頃とナナカマド博士にだけはわかる。
一方パールは、一瞬だけプラチナという彼の本名を耳にしたが、彼女の頭ではプラッチで一度インプットされているので、あまり耳に残らなかったようだ。
一度焼き付いたワードは、さりげなく程度にでは周りが正しても、先入観のせいで聞き違いかなと思って頭に刻まれなかったりする。
すっかり間違えて覚えて定着しているため、きちんと本腰入れて修正しないとパールは永遠に気付かないかもしれない。
「えぇと、それじゃあ、しばらくよろしく」
「うん、プラッチ! これからよろしく!」
握手を求めるパールの姿を前に、プラチナは照れ臭く手を差し出して握った。
無表情のナナカマド博士だが、内心では微笑ましく見守っていたものだ。
優秀なだけじゃなく、頑張り屋さんの助手なのだ。ナナカマド博士にとっては、可愛い可愛い愛弟子のようなもの。
こうして同い年の友達が出来て、嬉しそうにはにかむ笑いをパールに見せるプラチナの姿は、ナナカマド博士の親心のようなものをくすぐっていた。
さて、二人でコトブキシティを出発した二人。
ハクタイシティを目指す道のり、204番道路を歩くうちは、まあまあ楽しくお喋りしながら進んでいたものなのだが。
道中にはポケモントレーナー達が何人かいて、時々勝負を挑まれたりもして。
その都度相手をするのはパールであり、ピョコとパッチは次々と勝利を収めてくれたものである。
何せパールは、今やクロガネジムを攻略したポケモントレーナーである。
勝利に貢献したピョコとパッチは相応に強く、地元周りでのびやかにポケモンを育てているぐらいのトレーナー達には、なかなか負けない強さがある。
パールも自信がついたのか、指示の声にも張りがあって迷いも無い。
勝負を挑まれ、圧勝気味の返り討ちの連続だ。何のかんのでパールも彼女のポケモン達も、草の根バトルで胸を張れるほどには成長している。
勝った相手に強いねって言われれば、実はクロガネジムでも勝ったんだよ、と自慢げにバッジを見せるパールの姿がその都度見られたりも。
それでいっそう、凄いなって言われたら、パールもてれてれするのである。
最初はそんなパールの姿を無邪気で可愛いなと思っていたプラチナだが、何度も見過ぎて印象が少し変わり、おだてに弱いだけの子なんだなとわかってきたり。
せっかく異性として悪しからず見られていたっていうのに、いつの間にか俗物を見る目で見られていることに、おだてに弱いパールは全く気付いていなかった。
些か残念な子。でも、変に異性と見られ過ぎてぎくしゃくするよりは、友達らしい付き合いがしやすいだろうし、これはこれでいいのかもしれない。
「み゙ゃ~っ!?
またズバット~!?!?」
「――――z!」
そして、プラチナから見たパールへの印象を変える事象がもう一つ。
件の荒れた抜け道に入ってからというものの、あれだけポケモンバトルのたびに活気付いていたパールは何処へ。
びくびく、おどおど、いつズバットが出てくるかと怯え気味で、しかも付き合いの浅い男の子のプラチナにはしがみつくことも出来ない。
流石にあれは、親しみきったダイヤ相手じゃなきゃパールも出来ないことだ。
で、ズバットが出てきたら即発狂である。そういう彼女だとわかっているピョコなので、パールよりも先にズバットに気付いて速攻の体当たりで撃退。
頼れる自分の姿をちょっとは思い出して貰いたくて、ピョコも少々張り切り気味。
「ううぅ、洞窟きらい……!
プラッチ、絶対離れちゃイヤだよ……! 置いていかないでよ!?」
「本当にズバットが苦手なんだね……」
「だって、昔さぁ――」
背中を丸めてぷるぷる震えながら歩くパールは、道すがら、どうしてここまでズバットを苦手になったのかをプラチナに話して気を紛らわせる。
とにかく、ズバットが苦手で苦手でしょうがないことだけはわかって欲しい。
やっぱり自分のこんな姿を見せるのは少し恥ずかしいし、でも自分じゃどうしようもないし、そんな怖がるほどのもの? なんて軽視されたくはない。
「そっか、大変だったんだね。
死んじゃうかって思うほどの目に遭ったなら仕方ないよね」
「ほんとにほんとに、もうね。プラッチわかってくれる?」
「うん、覚えておく。
どうしても駄目なん……」
「はうぇあっ!?
また出たあああっ!?」
「ひゃっ!?」
それにしてもナナカマド博士の仰っていたとおり、ズバットの生息率の高い洞窟である。
プラチナと話している最中にでも、近付いてきたズバットの姿を見るや否や、パールは悲鳴じみた声を上げてばたばた遠ざかる方へ足を回す。
パールのリアクションにプラチナがびっくりさせられてしまうのだが。
ズバット自体は、たいそう張り切ってくれているピョコがあっさり撃退してくれるので、問題自体は起こらない。
「ご、ごめんプラッチ……まあ私、こんな感じなのです……」
「わ、わかった、わかったよ、しょんぼりしないで?
とりあえず震えてる足、なんとかしよう?」
「ううぅぅ……すごいみっともない……」
すっかりパールは意気消沈。ズバットは怖いし、プラチナに恥ずかしいところを見せまくるし。
洞窟の外と中か、昼か夜か、それでパールの顔は本当に180度変わってしまうのだ。要はズバットの出る時間帯か、環境か、それだけの話だが。
闇の中では輝けず、光を浴びてこそその純白の美しさが魅力となる真珠のよう、とでも言えば例えになるだろうか。美化し過ぎな比喩とも言う。
少なくとも、パールにとってはそんな自分は望ましいものでなく、何とかズバット恐怖症は克服したいという想いも強いのも事実である。
とはいえ、まだまだそれを果たすには時間がかかりそうだ。
「一人でここ抜けるの、パールには無理だったんじゃないかなぁ」
「あぁもうそんなの絶対むり。
そのうち腰抜かして歩けなくなって泣く」
「…………」
「あっあっ、ご、ごめんピョコ……
そうだね、ピョコやパッチもいてく……」
駄目駄目、もう拗ねた。パールったら俺達のこと忘れ過ぎ。
ぷいっとパールから顔を逸らすピョコの姿が、ざくーとパールの胸にぶっ刺さる。
ずっと頑張ってくれてるピョコに、凄く失礼なことを言っていたことにやっと気付いたパールは大へこみである。
「ごめんピョコ~! 怒らないで~!」
「――――(ぷいっ)」
「やだやだ機嫌直して~!
ピョコがいてくれないと私こんなとこ無理だよ~!」
「あの~、あんまり騒ぐとズバットが……
あっ、ほら来ちゃった」
「いや~~~!? ピョコ助けて~!」
跪いてピョコに抱きつくようにして、拗ねて見捨てるようなことはしないでと哀願するパールである。
パールがやかましいと野生のポケモン達も、興味を持つか、うるせぇなと機嫌を悪くして寄ってくる。
飛来するズバットの姿を見るや否や、ピョコの後ろに小さく丸まって隠れるようにして、助けての気持ちを全力で表すパールである。
どんなにパールが小さくなろうが、もっと小さなピョコの後ろに隠れ切れるわけがないのに。本当に、すぐパニックを起こすんだから。
しょうがないなもう、と駆けだすピョコは、あっさりズバットを体当たりで退けて、ふんすと鼻息を鳴らして自己アピール。
今までごめんなさい、と、両手をすりすりしながら頭を垂れるパールの姿は、詫びと媚びを共に隠さぬ懇願姿勢。
ダメダメっぷりが半端ない。後から思い出して、他ならぬパール自身がたいそうへこみそうな姿であろう。
「プラッチ、私いっつもいっつもこんなんじゃないからね……?」
「わ、わかってるわかってる……ズバットがいる所だけだよね?」
無様を晒し過ぎて、消えちゃいたいぐらい恥ずかしいパールは、自己フォローの言葉をプラチナに伝えておかずにいられないらしい。
立たせてあげるために彼女の手を握り、引き上げるプラチナも、最初手をつないだ時のようなときめきも特に無かった。
それどころじゃないっぽいので。立ってしょんぼり、歩きだしてもびくびく、そんなパールにどきどきしている場合じゃないもの。心配の方が勝ち過ぎる。
ピョコ一人でもどんな野生のポケモンも退けられてしまうし、彼もなんだか張り切っているようだし、プラチナは自分のポケモンを敢えて出してこなかった。
だけどこの辺りからプラチナは、ポッチャマをボールの中から出し、彼女の後ろを歩かせて、少しでも安心できるように配慮してくれる。
パールにいい所を見せたいピョコを気遣ってしばらく傍観者でいて、パールの怖がりようを見れば判断を改め、彼女の安心を優先した布陣を作る。
気遣いの出来るプラチナだ。ナナカマド博士が信頼する助手、聡明かつ柔軟で優しい男の子である。