ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第130話  神々の眠るその聖地で

 

 

「くっそー! ムクホーク、戻れ!」

「大丈夫、落ち着いて……!

 勝てる目は充分あるはず!」

「ああ! わかってるってばよ!」

 

 3匹目のポケモンを撃破されたダイヤの声には、戦力半ばの焦りが表れて始めている。

 冷静さを失わないよう促すプラチナの掛け声は、浮き足立ちがちなダイヤのパートナーとして非常に噛み合っている。

 現にそんなプラチナの声を受けて、ダイヤはしっかりと冷静さを取り戻していた。

 次のポケモンに何を選ぶか、恐らく今日最も難しいこの局面で、冷静でいられることはきっと大きい。

 

「ドータクンがあと少し粘ってくれていればね……!

 思った以上にやるわ、こいつら……!」

「まさか臆病風吹かれてんじゃないでしょうね!

 あんたにだってスカタンクがいるでしょ! 最強なんでしょ、そいつは!」

「はっ、勿論よ……!

 こんなガキどもに後れを取るあたしのスカタンクじゃないわ!」

「巻き返していくわよ!

 これ以上、あたしのポケモン達を舐められてたまるもんですか!」

 

 対するマーズとジュピターも、決して優勢の流れの中にあるとは言えなかった。

 ジュピターは既に最後の一匹であるスカタンクを繰り出しており、マーズもゴルバットを破られてヘルガーを出している。

 こちらは元が少数精鋭であることもあり、残り3匹という数の上ではかなり切羽詰まった状況と言える。

 個の能力が高いポケモン達を使役するマーズ達だからこそ逆転の目を一切疑っていないが、余裕でいられる戦況でもないのだ。

 

 ダイヤの先鋒、ゴンベは最初に倒されてしまったが、"きあいパンチ"といった強力な攻撃でドータクンにダメージを積むなどよく頑張ったものだ。

 その甲斐もあり、続いて出てきたブイゼルや、プラチナのガーメイルによる集中攻撃で以って、ジュピターのドータクンを撃破することが出来た。

 続いてジュピターがゴルバットを出してきたことにより、マーズとジュピターはゴルバット二匹でダイヤ達を迎え撃つ形に。

 飛翔能力を持つ上に素早いそれら二匹の連携攻撃は激しく、ガーメイルとブイゼルが続けざまに打ち破られることになる。

 だが、ガーメイルに代わってプラチナが出したケーシィの奮戦、そしてブイゼルに代わってダイヤが出したムクホークがその仇を討つに至る。

 相性の上でも良いケーシィの念力攻撃や、空中戦で後れを取らないムクホークが、まずはマーズのゴルバットを撃破して。

 それに代わって登場したマーズのヘルガーによる猛攻を凌ぎつつ、ジュピターのゴルバットを仕留めることにも成功したのである。

 

 この段階でエースであるスカタンクを出さざるを得なくなったジュピターだが、その表情に焦りは無かった。

 一匹で三匹ぶんにも相当すると豪語できるほど、手塩にかけて育て上げてきた自慢のスカタンクである。

 その期待に応えるように、スカタンクはヘルガーと共にあっさりとムクホークを撃破し、どうだとダイヤ達にも実力を見せ示した。

 追い詰め始めたつもりになってくれるな、と言葉無く語るその姿は、やはりギンガ団幹部の切り札として相応しい貫禄を持つ。

 そして、次のポケモンを迫られるダイヤが、短い時間で考え抜いて選んだ一匹は、勢いを取り戻しつつあるジュピター達には意外なものだっただろう。

 

「いくぞ、ロゼリア!

 怯むなよ、お前なら出来るから!」

 

「はぁ……!?」

「甘く見られてる気がするチョイスよねぇ……!

 考えあってのことでなんでしょうけど……!」

 

 共々"かえんほうしゃ"の使い手であるスカタンクとヘルガーを相手に、草ポケモンを繰り出す冒険心。

 かなり苦しい選択だ。ダイヤの残り三匹のポケモンのうち、他の二匹のうち片方も炎の技には弱いため、そちらも選択肢としては厳しい。

 残るもう一匹は炎を凌げるが、ダイヤにとってはそれが切り札とも呼べる一匹。勝利のためには出すタイミングが非常に問われる。

 敢えてそれを選ぶことをせず、ここで選んだロゼリアだ。意図はある。

 

「ダイヤ……!」

「お前のケーシィも限界近いだろ……!

 でも、やってやろうぜ! 俺達の自慢のポケモンだ!

 援護がっつり頼むからな!」

「……そうだね!

 ケーシィ、光の壁!」

 

 ヘルガーの"かみくだく"攻撃やスカタンクの"つじぎり"といった、致命的な攻撃だけは避けつつここまできたケーシィだが、ここまで無傷なはずがない。

 "あくのはどう"といった回避困難な技の、直撃こそ免れつつも浅い当たりでも痛烈な攻撃を数々受け、まさに限界間近のコンディションである。

 それでも力を振り絞って、仲間への致命打となる火炎放射のダメージを抑えるべく、光の壁を今一度展開だ。

 相手は悪ポケモン二匹。どのみち自分の念力は、攻撃手段として機能しない。

 

「関係ないわ!

 スカタンク、焼き払いなさい!」

「ブルー、お構いなしよ! 決めにかかるわ!」

 

「ロゼリアーっ! 行けえっ!」

 

 たとえ光の壁で以ってその威力を半減させられようが、草ポケモンのロゼリナへの抜群性を思えば、プラスマイナスゼロの高威力。

 構わず自分のポケモン達の使い慣れた技を命じるマーズとジュピターに応え、ヘルガーとスカタンクが力強い炎を吐きだす。

 真っ向からヘルガー達に突き進んでいくロゼリアにだ。あまりにも無謀とも見えよう猪突猛進。

 二匹ぶんの火炎放射を一気に浴び、光の壁で熱こそ抑えられながらも全身焼かれながら前へと突き進むロゼリア。

 ダイヤも表情を歪めて拳を握りしめている。これしかないんだ。

 負けられない戦いの中、ロゼリアが敵に一矢報いるための、ダイヤが必死で知恵を搾った唯一策なのだ。

 

「ブルー!? あいつっ、まだ……!」

 

「ぶちかませえっ!!」

「っ、っ……!

 ――――――――z!」

 

 容易に焼かれてしまう葉の刃を飛ばす得意技も、溜めが必要で撃つ前にとどめを刺されてしまうソーラービームも、決して通用しないこの局面。

 丸焼きにされながらも体一つで炎の中を突き進んで抜けたロゼリアは、かっとその目を見開いて。

 花弁の多くが焼け落ちた両手の花から、双手の太い毒針を突き出させ、危機を察したヘルガーを逃がさずそれを打ち込んでいくのだ。

 火傷まみれになった身体で、"からげんき"の気合とともに。

 太く長い毒針は、凶器として突き出されたアイスピックのように、実に獰猛な一撃としてヘルガーに二本突き刺さる。

 

「ガ……ッ……!」

「ブルーっ、負けないで!

 あんたはそんな奴に負ける子じゃあない!!」

 

「ロゼリアぁっ! もう一撃だあっ!」

 

 筋肉を裂き骨にまで届くかのように深く突き刺された針、それも毒を纏うそれがもたらす痛みは絶大だ。

 それでもマーズの声に応えるべく、怯みかけた精神を闘志で上塗りすると、首を振るってロゼリアを頭で殴ると同時に身を振るって毒針から逃れる。

 ロゼリアにもダイヤの声は届いている。頑張れって言ってくれてる。それが嬉しい、こんな怪物みたいな奴との戦いで頼りにして貰えるんだもの。

 よろめきかけた足をそうさせず、ぐっと前へと踏み込む足とともに、ロゼリアが放つ針の"どくづき"は、身を捻ったヘルガーの肩に直撃してさらなる痛打。

 

「ッ、グ……!

 グルァァァッ!!」

 

 ブルー、と自分の名を再び呼んだマーズの声に、気丈なそれの裏に隠しきれていない彼女の不安を、このヘルガーは感じ取れてやまない。

 何年も彼女と一緒にいるのだ。わかってしまう。不安にさせてしまっている。

 冗談じゃねえ、俺のご主人を不安にさせるな、お前も俺も。

 夢を目前とするマーズの道に立ちはだかる者を打ち砕くべく、傷から流れる血では流しきれぬ毒に蝕まれた肉体で、ヘルガーは荒々しい吠え声を発する。

 その口でロゼリアを捉え、その牙で以って"かみくだき"、力強く振り上げるや否や、頭を振り下ろすと同時に地面に投げつけ叩きつけるのだ。

 

「ロゼリア、っ……!」

 

「まだだ! ケーシィ!」

「スカタンク!」

 

 抜け目ない奴がいるのだ。ロゼリアの撃破と同時に、流石にべはっと息を吐いて苦しそうにした姿を見せたヘルガー。

 その隙を突くかのように、その側面へと突然テレポートで現れたケーシィが既に拳を引いている。

 プラチナの声とジュピターの声は殆ど同時だった。ジュピターがよく読んでいた。

 はっとしたヘルガーが振り向いたところに、ケーシィがドレインパンチの一撃を叩き込む寸前であったその局面。

 矢のような速度で迫ったスカタンクの"つじぎり"が、攻撃寸前で守るも躱すもする余裕が無かったケーシィに、一種のカウンターじみた致命撃で捉えたのだ。

 

「っ……ごめんよ、ケーシィ……!」

 

「後でいいんだよプラッチ!

 ヘラクロス! ヘルガーをぶっ飛ばせえっ!」

 

「ブルー!?」

 

 正真正銘の瀕死に至らされたロゼリアをボールに戻すのと、次のポケモンを出すのがほぼ同時だったダイヤ。

 ケーシィの拳はヘルガーに届かなかったが、スカタンクを引き付け、ヘルガーの意識を惹くという意味では充分すぎる役目を果たしていた。

 休まる暇も無いままに、突き進んできたヘラクロスが振り下ろした角は、ヘルガーの脳天をぶん殴って顎から地面に崩れ落ちさせる決定打。

 怪力自慢のヘラクロスなりの"かわらわり"は、ヒットの瞬間にヘルガーの意識を飛ばしかけ、地面に叩き伏せる形で完全に意識を失わせるほどのもの。

 

「く……っ……!

 あたしの子達を、よくもここまで……!」

 

「俺だって後でロゼリアにはいっぱい謝らなきゃいけないかんな……!

 なんでも言うこと百個聞いてあげるつもりだよ!

 今は勝つぞ! でないと、みんなが報われないだろ!」

「……うん、っ……!」

 

 ケーシィを引っ込めて、次のポケモンが入ったボールのスイッチを押そうとしながらダイヤに応えたプラチナ。

 目の前の光景が歪んだ。脚がふらつきそうになった。意識が飛びそうになる。

 ギンガ団のアジトで深い傷を負い、その治療も済んでいない身で病院を飛び出し、ここまで走ってきた少年の身体にも限界は近付いているのだ。

 

 失血による意識の朦朧、気分の悪さは死さえ近付いているのではないかという恐怖を抱かせるには充分なものだ。

 駄目だ絶対、こんな所で怖がって立ち止まれるものか。

 ここまで来た意味を無にしてはならない。勝ち取れ、何かを。

 たとえ倒れて二度と立ち上がれなくなったとしても、そうなってしまうのはこの勝利をもぎ取ってからだ。

 

「プラッチ……!?」

「はっ……はあっ……………………ぁ……?」

 

 マーズがブニャットを繰り出した。

 ヘルガーよりもケーシィの方がボールに戻されるのが早く、ブニャットの方がプラチナの次のポケモンが出てくるより早い。

 元々最悪なコンディションでここまで来たプラチナが、いよいよ倒れてしまうのではないかとダイヤが不安な表情で振り返ったその目線の先。

 真っ青な顔で、重いまぶたを閉じぬように耐えているプラチナの、死相さえ匂わせる姿にはダイヤも背筋が寒くなったものだ。

 

「…………あはっ」

 

 だが、プラチナは。

 ジュピターやマーズの方を向いていたその目の先――彼女らの後方にあった、風景のような山の景観の一角に、特異点をふと見つけてしまった瞬間だった。

 本当に、意識が飛びかけていたその時に。

 そんな折にまさか、あんなものを見ることが出来るんだったら、もはやこれは天啓ですらあるんじゃないかって思う。

 心を奮い立たせて勝てって、神様に応援されているような気さえする。

 

「っ……ピッピ! やるぞ!

 僕達の全身全霊、見せてやるんだ!」

「――――z!」

 

「おおぅ、プラッチ……!

 なんか知らないけどすっげぇ燃えてるな! 頼もしいぞっ!」

「当たり前だろ……!

 こんなところで、倒れてなんていられるか……!」

 

 崖を駆け上がるドダイトスの姿が見えたのだ。

 "ロッククライム"さながらに、無茶なルートで、しかし最速で、山頂を目指そうとする勇猛なる姿。

 遠くて小さなその実影を眺める限り、その背中に誰かが乗っている姿までは見確かめることは出来なかったけど。

 必ずいる。あの子はいる。不屈の、負けない、どんな苦境にも立ち向かう、その姿をずっとこの目で追ってきたあの子が。

 きっと自分と同じぐらい血を失っていても、意識を失わぬ限りは前に進むであろうと信じられる親友の姿を目にすれば、自分だけが膝をついていられるものか。

 

 僕の限界はきっとまだ先にある。必ずそうさせる。意地でもだ。

 若く、幼く、迸る、今こそすべてとはっきり腹を括った少年にとって、明日や大人になった後のことなんて関係ない。

 いま果たしたいことを果たせるならば、死んだって構わないと本気で思えるのは、恐怖を乗り越えた子供達の特権だ。

 

「何を勝てるつもりでいるのよ、フラフラのくせに……!

 あたしのスカタンクを、そんな安っぽい根性だけで乗り越えられると思うな!」

「ニャムちー、行くわよ……!

 負けられないのは自分達だけじゃないってこと、思い知らせてやりましょう!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 正真正銘、自分達がご主人にとって最後の札。

 自分が力尽きればマーズが、ジュピターが敗北してしまうのだ。

 負けさせてたまるものが。長い夢を、清純なる世界から自ら離れて、遮二無二追いかけてきた私達の大事なご主人を。

 ブニャットとスカタンクが発する咆哮めいた長い鳴き声は、絶対に勝ちたい想いで立ちはだかる少年達に、決して劣らぬ気迫に満ちていた。

 

「ヘラクロス、やるぞ!

 最後まで絶対に気を抜くなよ!」

「ピッピ、僕達の戦いだ……!

 あんな奴らに、譲っちゃいけないんだ!」

 

 熟達のトレーナー二人を前にして、何年もキャリアで劣る少年達の放つ声は、経験の差を感じさせぬに値する。

 たとえ5年以上の先輩トレーナーを相手にしたとて、強くなるため一途に努力してきた道のりは、その差を決して逆転不能なものとはしない。

 それがポケモンバトルというものだ。大人のトレーナーを子供が真っ当に打ち破ってきた数々の歴史は、単に才の言葉で片付けられるものではない。

 

 どんな世界でもそう。強い者が勝つのではない、勝った者が強いと定義されるのだ。

 戦前の格下と格上、先輩と後輩など勝負の世界では何の価値も無い。

 子供の頃に大人に勝ったことがあり、大人になってから子供に負けたことのあるマーズとジュピターこそ、それをよく知っているはずだ。

 

 ギンガ団幹部という敵対勢力の無力化のために。

 意地と、そして何年も追いかけてきた夢の続きを追うために。

 プラチナとダイヤ、マーズとジュピター、確かに負けられぬという想いの強さに上下も貴賤も無い。

 それでも必ず、やがては勝者と敗者に分かれて、夢潰える者と光ある未来へと進める者に分かれる。それが闘争というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……醜い疼きだ」

 

 シロナとサターンが、プラチナやダイヤとマーズやジュピターが、迸る想いと共に戦いの火花を散らす中、その戦場から離れた山頂は静謐だ。

 下界の民草が意志や感情の対立により諍いやしがらみに縛られど、神の世界はそれに繋がりを持たない。

 テンガン山の山頂、"やりのはしら"を目前とする中で、八合目の喧騒など異世界の出来事のように意識もしないアカギの態度はそれに近いものがある。

 

 今のアカギを害するものは、その手に取り込んだ赤い鎖のざわめきだ。

 不動の意志で以って押さえ込んだそれも、聖地に近付くにつれて抑えが利かなくなりつつある。

 偉大なる神を手中に収めんとする自らに対し、支配されることを拒む神の意志がアカギを拒絶しているのかのような、赤い鎖の激しいざわめき。

 私情を考察に含めぬアカギは、極めて冷徹にその一説を否認する。

 そうではない。このざわめきは、自らがすべてを掌握せんとする目的を阻まんとする、第三者の介入によるものだ。

 

「煩わしいが、やはり退けずして神への道は開かぬか」

 

 槍の柱に一歩目を踏み込んだその瞬間、彼の手に宿る赤い鎖は、全方位に赤い波動を発するかのように震えた。

 それはまさに、その鎖を生み出すために捕らえた、ユクシーとエムリットとアグノムの力が溢れ出たもの。

 そしてアカギの頭上に輪をかいて姿を現したのは、無法なる手段で自らから力を吸い上げた人間を見下ろす、三柱の姿である。

 

「その存在を容易には確かめられぬがゆえ、神という過大な称号を人に授かった程度の小さな存在。

 所詮は私の果たさんとする目的のために利用された矮小な生き物に過ぎぬというのに。

 それでも尚、私の邪魔をするというのだな」

 

 アカギがボールを手にするまでもなく、三柱を黙らせるなら我々だと飛び出してくる、ドンカラスとマニューラの姿がある。

 赤い鎖を利用して、槍の柱に眠る真の神の力を掌握し、この世界を望むままに創り変えようとするアカギを阻む三つの存在。

 ユクシーも、エムリットも、アグノムも、奪われた力を取り戻す暇も無かった万全ではない状態で、何としてもアカギを食い止めるべくここへ現れた。

 勝算の有無など関係ない。絶対に叶えさせるわけにはいかない。

 我々の愛したシンオウ地方を、歪んだ野望であり得べからざる形に書き換えられることなど、我が身を犠牲にしようとも阻まねばならぬ悪行だ。

 

「よろしい、かかってくるがいい。

 無力に朽ち、我が悲願叶えられしその日を眺めるだけの傍観者になる覚悟が出来たならな」

 

 挑発的な言葉を発する程度には、かすかにアカギもその煩わしさに"感情"的になっていると言える。

 それだけ、神がもたらす余波は大きいのだ。完全に感情を捨て去ったと豪語するアカギに、言行不一致を強いる程度には。

 だが、それで格好がついたとは断じて言い難い。それで得られるものなど、本当に得たいものとは到底かけ離れている。

 所詮この世界は、勝者のみが望むものを叶え、敗者は望まぬものを受け入れさせられるしかない。それが闘争というものだ。

 賭けられたものが大きければ大きいほど、その現実は残酷である。

 

「マニューラ、クロバット。

 容赦は不要だ、血祭りに上げろ」

 

 感情を司る神は、神敵に情をもたらすこと叶わず。

 意志を司る神は、歪んだ意志を改めさせること叶わず。

 知識を司る神は、もはや知識など必要とせず前に進むだけで夢叶えられし者から、剥奪するべきものを定めることすら叶わず。

 

 人が神を超える瞬間は、刻一刻と迫っている。

 それは、これまで何百年も平穏であった、言う人に言わせればユートピアとさえ評じられたシンオウ地方が。

 たった一人の人間の望みにより、希望無きディストピアへと変わる瞬間へのカウントダウンにも等しい。

 終わりの始まりを阻む存在は、未だアカギの前に存在していなかった。

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