ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第131話  シロナVSサターン

 

 

「決めるぞ、ドクロッグ!」

 

「シャドーボール……!」

 

 サターンの声、突き進むドクロッグ。

 シロナのロズレイドが撃つ高威力のシャドーボールを、毒針ではなく拳で真っ向から殴りつけ、力任せに粉砕するドクロッグの眼は血走っている。

 最強の敵、私達にとっての最大の宿敵。

 負けられない理由が過去最も大きい今、ドクロッグもまた生涯最高の闘志と共に、この難敵に立ち向かっている。

 

 シャドーボールを乗り越えて敵の懐へ飛び込んだドクロッグの、必殺"どくづき"がロズレイドの胸元に深く突き刺さる。

 げはっと息を吐くロズレイド、毒針を引き抜くドクロッグ。

 続けざまに逆の拳でロズレイドの顎を殴り上げ、これを決定打とする。

 シャドーボールによって受けた痛み、それを糧に繰り出す拳の一撃は、毒突きによりダウン寸前だったロズレイドにとどめを刺す"リベンジ"だ。

 

「ロズレイド、ありがとう……!」

 

 倒れたロズレイドをシロナがボールに戻す中、サターンはぐっとガッツポーズを見せていた。

 握りしめた拳を少しだけ振り下ろす、小さな、小さな所作である。

 サターン自身にも自覚はあった。ああ、やはり僕は抑えられない。

 シロナに勝てそうなんだ。追い詰めているんだ。沸き上がるこの想いだけはどうしようもない。

 

 ドクロッグがミカルゲを破り。

 交代したミノマダムはトリトドンを撃破し、ルカリオには敗れたけれど。

 代わって参じたユンゲラーがルカリオを打ち倒し、ミロカロスには敗北した末ながら。

 ドクロッグがミロカロスを、さらにはロズレイドを打ち破り、今ここに至っている。

 総数3対6など大きな問題ではない。サターンのポケモン達は、数が少ないだけにそれだけ強い育成とともに、高いレベルに至っている。

 シロナも手持ちの数だけで優位性など感じることもない、それだけの強さがサターンにはある。そしてそれは、今まさに戦況に表れているのだ。

 

「さあ、シロナ!

 最後のポケモンを出せ! かかってこい!」

「コウキ、あなた……」

「負けたっていくらでも言い訳は立つだろう!

 気負わず挑んでこいよ! 僕が勝って当然の勝負なんだからな!」

 

 誰にも聞かせてこなかった強い声、両手で指を動かして、かかってこいと訴える姿。

 ギンガ団幹部サターンの肩書きを捨て、幼馴染との決死の戦いにすべてを投じる彼の姿は、らしくないものなのだろうか。

 いいや、これが本来。シロナと勝負する時はいつだって熱くならずにいられなかった。

 大人になって、求められる振る舞いが増えて、無邪気に勝負事に臨める日々から遠ざかり、こんな自分をさらけ出す機会が一度も訪れてこなかっただけ。

 

 緩和しているとはいえ、シロナの身体にはドクロッグが打ち込んだ毒も残っている。

 ここに至るまでの中で、ギンガ団の精鋭らに数の暴力で襲われ、決して小さくないダメージもポケモン達に積み重なっているのだ。

 フェアでないことなどサターンが最も認めている。それでも勝ちたい。

 どんな形であれ、ずっと親友であったシロナと、互いに絶対に勝ちたいと強く想う勝負なんて、今後もう出来はしないのだ。

 サターンの目は、コウキの眼はそう訴えんとするかのようでさえあろう。

 

「……あたしは最強なんかじゃないわ。

 あたしに一番勝ってきたのは、あんたなのよ。

 あんたの勝って当たり前なんて、一度だって思ったことない!」

「そうだな、今日も僕は勝つつもりさ!

 ずるいって後から誹られてもしっかり誇るぞ!」

「あはは……!

 悪者ぶり、板につき過ぎよ……!」

 

 最後のボールを握りしめたシロナに、初めてサターンと対峙して笑う瞬間が訪れた。

 策を弄して、たった一人のトレーナーをあらゆる手段で追い詰めて、最後の美味しい勝利だけ自分の手で掬い取る。

 まともな大人が誇れようはずのない勝利じゃない。シロナの知るコウキはそんな人物じゃなかった。

 貫き通してきた悪の道を今なお装い、全力でかかってくるよう促そうとする旧友の本質を、シロナはどうしても感じ取れずにはいられないのだ。

 

 自分だけが不利な状況でなんてあるものか。

 ポケモンセンターを頼ることも出来ないお尋ね者の彼のポケモン達は、ギンガ団アジトでの戦いの傷を今でも引きずっている。

 シロナが背負っているハンデらしきものがあって、ようやく二人は対等の戦いを幕開けられたとも形容できるのだ。

 謙虚でも謙遜でもない、他ならぬシロナが一番よくわかっている。

 息切れし始めているドクロッグを見れば、コウキの切り札であるあの子がそんな弱い奴じゃなかったことぐらい、シロナが一番知っている。

 

「行くわよ、ガブリアス……!

 お願い、あたしを勝たせて!」

 

 シロナの切り札にして最強のパートナー。

 公式戦でも、非公式戦でも、他の5匹と比べても並みはずれて、数々の対戦相手を沈めてきた個体である。

 時には相性の不利も覆して、チャンピオンに挑むほどの実力者が繰り出すそれさえも打ち破ってきた相棒に、シロナはこの戦いのすべてを託した。

 

「知ってるよな、シロナ。

 僕のドクロッグが、お前のガブリアスに対するエースキラーなのを」

「ええ、嫌ってほど知ってる……!

 あなたのドクロッグの極められた"きけんよち"、何度思い返してもあたしが今まで見てきたすべてのポケモンの中で最強よ!」

 

「……だってさ、ドクロッグ。

 お前、最強だってチャンピオンに言われてるぞ」

「――――!」

 

 ガブリアスを睨みつける眼をしたまま、ドクロッグは身を震わせて、誇らしげに大きな声でいなないた。

 そしてガブリアスもまた、少し妬くような口の動きで苦笑しながらも、ドクロッグの喜びをかすかに祝うように頷いている。

 絶対に負けられない戦いなのに、目の前の敵を断固として叩き潰すべく挑むべき戦いであるはずなのに。

 胸を貸し合う好敵手らしく、ガブリアスとドクロッグは強い眼差しを突きつけ合いながら、小さく微笑み合う口元を見せてきた。

 

 グレッグルとフカマルだった頃から。

 グレッグルとガバイトになってからも。

 ドクロッグとガバイトになってもずっと。

 ドクロッグとガブリアスになってからだって、いつだって。

 何度も、何度も、直接ぶつかり合い、勝って、負けて、あいつにだけは次だって、次こそ勝ちたいと意識し合ってきた宿敵なのだ。

 人間同士の思想の衝突する闘争など、純真なポケモン達に関係あるものか。

 長く袂を分かち交わり合えずにいたライバルとの邂逅に、今日は俺が私が勝つんだと意気込む二匹に、己の戦いに正義や悪を定義する余念など無い。

 勝利を目指すという、本能からくる根幹を揺るがすものは何一つ無いのだ。

 

「頑張りましょう、ガブリアス!

 コウキにだけは、やっぱり絶対負けたくない!」

「――行くぞ、ドクロッグ!

 必ず、勝たせてやるからな!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 シロナとサターンの声に応じ、ガブリアスとドクロッグの発した雄叫びは、きっと相手がこれでなければ出ないであろうほど大きい。

 とりわけ、気合と共に突き進んだドクロッグに対し、その咆哮は"すなあらし"を起こすものでもあったガブリアス。

 開幕の一手、相手に攻勢の先手を許すことも厭わぬほど、ガブリアス達にとってこの"すなあらし"の効果は高い。

 よく知る相手だからこそ、砂嵐こそが勝利への絶対条件だとよくわかっている。

 

 ドクロッグもそれを読み切っているのだ。

 砂嵐を発動させることに初手を選んだガブリアスに接近し、打ち込むその一撃は単なる"どくづき"ではない。

 戦いが長引けば長引くほどその影響力を高める"どくどく"を孕む毒針の一撃は、掠っただけでもその猛毒を相手に沁み込ませる凶刃だ。

 フィールド全体を包む砂嵐の渦中に身を置くガブリアスが、早速"すながくれ"の力を以って相手の攻撃をはずしに躱そうが、この一撃だけは確実に当てる。

 攻撃先手を譲ってでも砂嵐を選んだガブリアスと同様に、この"どくどく"を選んだドクロッグにとっても、これは勝利のための必要手なのだ。

 

「ガブリアス!!」

「ドクロッグ、跳べ……! 跳べぇっ!」

 

 降り抜かれるガブリアスの"ドラゴンクロー"、一度で良いはずの指示を繰り返すサターン。

 自らも砂嵐の中に巻き込まれたシロナとサターン、共々最悪の視界の中で、かすかに見える相棒の影を頼りに声を張る。

 口の中に砂が入っても吐き出す意識すら芽生えない。一声に込められた次の行動への求心を、ガブリアスとドクロッグは応えんとするのみ。

 跳躍したドクロッグの脚に僅か掠める爪先、大きく動いたドクロッグの位置、離れた両者。

 砂嵐の中において、戦う者同士が距離を作れば位置関係の把握が困難となり、トレーナーの指示力に求められるものは遥かに高くなる。

 

「撃てえっ!」

「突っ込め、ドクロッグ!」

 

 ダメージの大きさよりも必中性を求め、"りゅうのいかり"を指示したシロナ。

 "かえんほうしゃ"ではなくそれが来るだろうと読み、受けても構わず真っ向からぶち抜けと命じるサターン。

 どちらも技の名など口にしない。手の内を自らの声で明かす愚など踏むものか。

 

「下がって! 迎えて!

 左から来る! 広く!」

「潜り込むんだ! もっとだ!

 打てば離れろ、必ず次が来る!」

 

 迫るドクロッグの"リベンジ"を跳び退がる形でいなすガブリアス、視界の悪い中で息を挟むように敵の側面から迫る足取りを見せるドクロッグ。

 相手の利き腕も利き足も知っているのだ、シロナの読みを信じて首を回し、敵を先読みした方向へ火炎放射を放つガブリアス。

 逃げもせず姿勢を低くして熱の下方に潜り込んで一気に迫るドクロッグが、相手の懐へ飛び込んで打ち込む"リベンジ"の一撃。

 身をひねって当たりを浅くしたガブリアス、しかし確かなダメージを与えた一方でドクロッグはヒットアンドアウェイの後退だ。

 反撃のドラゴンクローを強振したガブリアスの広く薙ぎ払う一撃を凌げたのは、その速い後退があってこそ。

 

「気合入れて! もっと!」

「――――――――z!!」

 

「ぐ……っ!

 ドクロッグ、悪手だと思い知らせてやれ! 僕は気にするな!」

「――――――――z!」

 

 吠えて低く跳び、両足で地面を踏み鳴らしたガブリアスの"じしん"そのものは、ガブリアスの行動はドクロッグの脅威たり得ない。

 サターンに育てられたドクロッグの格別の"きけんよち"は、自らを最も追い詰める技の感知力が群を抜いている。

 足を取る地面技も、対応し難く痛打を免れない飛行技も、受けてしまえば抗いようのない最大の弱点たるエスパー技も。

 相手の発動の瞬間をコンマ1秒以上早く察知して、凌ぎ、絶対に受けない。弱点を完全に克服する、チャンピオンですら最強と評した究極的特性。

 最大の宿敵が自らにとって相性の悪い相手だったドクロッグが、血の滲むような修練の果てに極め果たした最大の強みである。

 

「ガブリアス! 真っ向から!」

「ドクロッグ! 来るぞ!」

 

 揺れる大地は立つことすら覚束なくさせ、踏ん張りが利かず動けない相手に次の一撃を致命的なものとする"じしん"。

 平地を"ロッククライム"の如く爪を突き立て、四足歩行の如くして一気にガブリアスへ迫るドクロッグは、その揺れにより受ける影響を押さえ込む。

 シロナもサターンも膝をつかずにいられない中、揺れなど意にも介さぬかのような両者の距離がゼロになるその直前。

 ドラゴンクローを振り下ろしに対し、ドクロッグが両手の攻撃だったゆえに、互角のぶつかり合いとなったのだ。読み合える両者ゆえの拮抗であろう。

 

「行け!!」

「踏ん張りどころよ、ガブリアス!!」

 

 一歩片足を退けて、体勢を整える両者を後押しするのは強い声だ。

 ドクロッグが一手速く相手の懐に飛び込んで、繰り出す"リベンジ"の毒針はガブリアスの胸元を貫きかけている。

 身をひねって躱したガブリアスだが、胸を抉られなかったというだけで毒針の先端という凶刃に、胸元の肌を抉られるほどの痛手は負っている。

 それでも相手がここまで近付いてくれた好機、口を開いたガブリアスが一気に迫り、ドクロッグの肩口を"かみくだく"。

 

「ぶち抜け! 負けるな!」

「全力で、振り抜けえっ!」

 

 肩を抉る牙の痛みなど知るものか。相手の顔の位置を完全に捉えられている。

 ドクロッグが逆の腕の毒針を、ガブリアスのこめかみに頭蓋まで届く勢いで突き刺す。

 毒塗りのナイフで側頭部を全力で刺されるかのような一撃が生み出す威力の壮絶さは、ガブリアスがその牙を抜いてしまうほど。

 いや、自ら抜いたのだ。こう来ることはわかっていたかのように。そして、躱さなかった。

 そして相手から牙を抜いて生じた僅かな距離、近過ぎぬ敵を"きりさく"爪の一撃は、離れる暇を与えられなかったドクロッグの急所を抉る一撃と為す。

 よろめいて一歩二歩退がり、すぐに足に力を込めて跳ぶことで、一度ガブリアスから距離を作ったドクロッグは、その行動一つで立て直している。

 

 側頭部に風穴めいた傷を負って血を流すガブリアスも。

 毒袋を裂かれて血混じりの毒液を零すドクロッグも。

 本来ならば意識すら遠のくようなダメージと疲労に目の前をちかちかさせながら、砂嵐の向こうにいる相手を見据えて目を逸らさない。

 

「狙って! ガブリアス!!」

「恐れるな、ドクロッグ! お前は強いんだ!!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 勝たせてあげたい、勝たせて欲しい。

 負けさせたくない、負けたくない。

 シロナも、サターンも、ガブリアスも、ドクロッグも、その一心。

 砂が舞う中どれだけ口が渇こうが、声を張らずには、咆哮をあげずにはいられない。

 自らと相棒に活を入れんとする声高は、吹き荒れる砂嵐の中にあっても掠れない。

 災害のように燃え広がる"かえんほうしゃ"を発するガブリアスと、死さえ恐れぬかのようにそれを真っ向から乗り越えんとするドクロッグ。

 炎を突き破ってきたドクロッグの"リベンジ"の拳と毒針を腹部に受けるガブリアスが、ぎらついた眼差しを同様の目のドクロッグとぶつけ合う。

 

「バック! 撃てえっ!」

「跳べえっ! 引き裂け!」

「迎えて! 全力よ!」

 

 引き裂ける距離を捨て、三歩ぶん後退する跳びとともに"りゅうのいかり"を撃つガブリアス。

 接近すれば爪の反撃を繰り出してくるだろうという読みをはずされながらも、相手の技のダメージを最小限に抑える機転を指示に表すサターン。

 跳んだドクロッグが振り下ろすシザークロスを、ガブリアスは爪で受けるのではなく両手のドラゴンクローで打ち返す反撃へ転じる。

 重力をも味方に、さらには痛みを糧にした"リベンジ"めいた重みさえ加えたその一撃は、ガブリアスの両爪の迎撃を以ってしてイーブンの力比べである。

 

「ギガインパクト!!」

「な……!?」

 

「――――――――z!!」

 

 着地した瞬間のドクロッグを襲ったのは、いきり立つような咆哮とともに全身でぶつかってきたガブリアスだ。

 瞬時に最高速に至る速度で以っての如し突撃、さらには両翼を構え、激突の瞬間に振り向く両腕の全力を乗せた捨て身の一撃は、ドクロッグにも耐え難い。

 せめて腕と毒針を交差させて受け切るガードの構えを見せるも、ガブリアスの全力の一撃はドクロッグを大きく殴り飛ばすに至っている。

 吹っ飛ばされて背中から地面に叩きつけられ、転がるドクロッグの姿は戦闘不能を思わせるには充分なものだったはず。

 

「っ……!

 ドクロッグ!! 今しかないぞ!!」

「ッ、ッ~~~~……!

 ――――――――z!!」

 

 ああ、駄目だ。その声を聞いてしまったら。

 いつだって冷静なあなた、声に感情を表すことをしまいとするあなた。

 それでも私に負けて欲しくないと心から望んだ時、そんな必死な声を出してくれるじゃないか。きっと私だけが、私達だけが聞けるあなただけの声。

 意識さえ飛びそうだったそのさなかに飛び込んできたサターンの声は、かっとドクロッグの目を見開かせ、軋んでいた全身を跳ね起こさせる。

 すぐさま両足に力を込め、矢のようにガブリアスへ迫ったドクロッグの、"どくづき"でも"リベンジ"でもあるその一撃は。

 捨て身の一撃による反動で体勢不充分なガブリアスの腹部に深々と突き刺さり、今日一番のダメージで以ってシロナ達の賭けに報いを返す一刃と為す。

 

「く……っ、ガブリアス……!」

「ドクロッグ……!

 

 流し込まれる毒と刃のダメージにふらつきかけながらも爪を振るい、ドクロッグの顔面を切り裂きながら後ずさるガブリアス。

 額と鼻先から血を噴き出させつつ後退するドクロッグ。

 ぜえぜえと息切れする両者は、どれだけ目の前の光景がぼやけようとも、未だその眼から闘志を失っていない。

 勝ちたいのだ。そしてシロナを、コウキを負けさせたくないのだ。

 あれだけ声高に勝ちたいと訴えてくれた相棒に、勝利を届けたい。負けて膝をつく屈辱は味わわせたくない。

 気合の声をあげる余力も無いことは、砂嵐向こうの確かでない視界であろうと、誰よりシロナとサターンがよくわかっているけれど。

 

「っ、行けえっ! ガブリアス!」

「来るぞドクロッグ! 正念場だぞ!」

 

 距離がある故の常套手段、炎や竜の怒りによる遠距離攻撃ではなく、接近戦へと持ち込まんとするシロナ。

 まさしく勝負手だと感じながらも、その背水の陣めいた猛攻にも耐えうる僕のパートナーだと信じているコウキ。

 吠え声あげて爪を幾度も振り下ろすガブリアスと、短刀のように毒針を駆使して防ぎ、受けながら下がりつつも勝機を見逃さんとするドクロッグの姿がある。

 獰猛な獣のような眼で敵を見据えるガブリアスとドクロッグには、ただその眼では語れない理性的な、勝利を渇望する感情的な想いが未だ宿っている。

 

「今だ! 潜り込め!」

「ステップ! 撃って!

 すぐ来る! 構えて!」

「曲げろ! いっぱいに沈み込め!

 恐れず飛び込むんだ!」

「脚も使って! ここしかないの!」

 

 攻め込んでくるガブリアスの一瞬の隙も見逃さず、ここだというタイミングで反撃を促してくれるコウキ。

 それに応えて懐に飛び込んできた敵を、シロナの指示に応じて横っ跳びの回避行動で一瞬の間を作るガブリアス。

 火炎放射を放つガブリアスに、余力の無い今は真っ向から突き進むなと言ってくれるコウキに応えたドクロッグは、炎を躱してガブリアスの側面から迫る。

 炎を凌ぐ癖なのか身を沈めた接近を踏み込んでくるドクロッグの攻撃を、追い付かぬなら硬い膝で受けることも視野に入れろとシロナは言う。

 ドクロッグの突き出してきた毒針による一刺しを、切っ先ではなく刃の側面を蹴って凌ぐガブリアスの姿がある。

 

「まだだ追い込め! 追い込めるぞ、絶対に!!」

「頑張れガブリアス! あなたなら凌げるから!!」

 

 短い曲刃のような毒針を二刀流の如く、一気に前に出てガブリアスを幾度となく斬りつけんとするドクロッグの猛攻だ。

 ガブリアスが後ずさりながらそれを凌ぐ。剣とも盾ともなるその両翼を駆使してだ。

 最強であるチャンピオンの、最強の切り札である最強種ガブリアスを、コウキのドクロッグは後退を強いるほど追い詰めている。

 

「頑張れドクロッグ……!

 ミノマダムもユンゲラーも頑張ったんだ!

 お前も頑張れ! ガブリアスを倒してみせろ!!」

「――――――――z!!」

「頑張れえっ! ガブリアス!

 あなたは負けない! 信じてるからあっ!!」

「――――――――z!!」

 

 一秒に何度も響き渡るドクロッグの毒針とガブリアスの翼の激突音。

 コウキの声に応えるドクロッグの気合と、シロナの声に応えたガブリアスの咆哮がそれを呑み込むほど混ざり合い。

 息を継がずに連続していたドクロッグの攻撃が一瞬緩んだ隙を見逃さず、両腕の爪を振り下ろしたガブリアスの反撃が、やむを得ぬドクロッグの防御を強いる。

 今日一番の激突音が響き渡り、たまらず一歩退がるドクロッグと、上げ切らぬ頭で上目遣い気味に睨みつけるガブリアス。

 どちらも苦しい。相手も苦しい。息を入れる暇などない、この宿敵に一息も入れさせるものか。

 

「「――――――――z!」」

 

「行っけえええええっ! ガブリアス!!」

「勝つんだ! ドクロッグ!!」

 

 あの頃のように。幼かったあの日々のように。

 その裏に隠された指示の意図も無き、勝って欲しいという想い一つで発せられた声は、大人同士のそれではなかった。

 勝利を望む全身全霊を表した相棒に続き、そんな声を発さずにいられなかった練達の大人達の声は、きっとこの瞬間だけ、この上なく純真であったはず。

 

 どれだけ腕が立つトレーナーでも、腕が立つトレーナーだからこそ、やがて必ず辿り着いて謙遜無く口にすることだ。

 僕達は、私達は、最愛のポケットモンスター達に導かれてここにいる。

 

 吠え声をあげて突き進み合うガブリアスとドクロッグは、防御を捨てた爪と毒針を振り抜く一撃と共に交差した。

 ドクロッグの毒針の切っ先がガブリアスの喉元を裂き、ガブリアスの爪はドクロッグの両肩を深く抉り。

 距離の生じた両者が振り返り、その眼差しをぶつけ合う中、その傷口からは痛々しいほどの血がぶしっと噴き出すほどの深手である。

 

「シロナ……!

 僕は、僕の信じる道を貫いてきたんだ……!

 たとえ、君に共感されなくたって……」

「…………」

「僕はこの道を貫いてきたことに悔いはないぞ!

 目指したいものがあったからこそ、ここまで力を付けてこれたんだ!

 お前をここまで追い詰めたこの力を、お前に否定させはしない!」

 

「…………出来ない、わよ……」

 

 があっと強い声を発し、ドクロッグを強く威嚇するガブリアス。

 傷つけられた肩の深手があまりに深く、だらりと両腕が下がった姿で負けじの眼だけを返すドクロッグ。

 継戦能力はあるだろう。どちらにも。だが、もはや。

 

「お前の方が常に僕の上だと思うなよ……!

 ほんの少しのアヤ一つで、僕が勝っていた可能性だってあったんだ!

 お前にあと少しで勝てたぐらいの仲間達と一緒だからこそ、僕はこの道を進んでこられたんだからな!」

 

 シロナの目に映るのは、敵対するギンガ団幹部のそれではなく、幼い頃から親しんだ旧友の顔に他ならなかった。

 お前が勝って当たり前の勝負だ、って煽ってきたくせに。

 ボールを握りしめる手も、その逆の空いた手さえも握りしめ、わなわなと震わせて負け惜しみを言う。

 

 あたしはあんたに負けた時、そんなことはしなかったけど。

 悔しくて悔しくてたまらない想いを、言葉も発せず恨めしくあんたを睨みつけるばっかりだったっていうだけ。

 そんな自分だからこそ、負けてあれほど悔しいのにあんなに口が回るあんたのこと、あたしには無いものを持ってるライバルだなあって何度も思った。

 悪の組織の大物ぶれないあなたの姿を見ると、今でもやっぱりあなたは私の無二の親友だと見限れない。

 シロナは砂嵐の消えていく中ではっきりと見えてくる、コウキの姿を前にして涙を目に溜めずにはいられなかった。

 

「僕のポケモン達は、強いんだ……!」

 

 これ以上の戦いは、最愛のパートナーを無用に傷つけるだけだと、苦々しくも敗北を認めてドクロッグをボールに戻すコウキ。

 それだけの誇り高さがある人なのに、どうして道を違えなくてはならなかったのだろう。

 頼れる仲間達と共に、大きなことを成し遂げたくなった、それだけだったら共感すら抱けたはずなのに。

 歪んだ道の偉業を夢見た親友との、今やこのような形でぶつかり合うしかなかった縁の末路には、戦いの幕が降りるとともに哀しみこそが立つ。

 

「コウキ……

 あたし、あなたと、もっと胸を張れる舞台でぶつかり合いたかった……」

 

 私達は、いつまでも、子供だった頃のように、手を繋いでいることは出来なかったのだろうか。

 涙するシロナのくぐもった声を前に、サターンは天を仰ぎ、彼女を直視することが出来なかった。

 

 誰しもいつかは大人になる。歳月は、時に極めて残酷だ。

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