ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第134話  やりのはしら

 

 

「これが神の力か。

 やはり大いなる力というものは、制御が容易ではないのだな」

 

 槍の柱の祭壇に姿を現し並び立つ二柱。

 時空の神、ディアルガ。

 空間の神、パルキア。

 多少の距離こそありながら、真っ向それに対峙するアカギの姿など、荘厳なる神の前では小さくすらある。

 

 咆哮一つで人間一人など消し飛ばしてしまうのではないか、それほどの気迫を持つ二柱の神は、アカギを見下ろしてぐるると喉を鳴らすのみ。

 間違いなく怒りに満ちているのに。神の力を我が物とせんとするアカギを、攻撃することに躊躇いなど抱きようはずもないのに。

 それはアカギの周囲にらせん状に渦巻き、彼を守るように宙に浮く"あかいくさり"が原因だ。

 

「三湖の精、ユクシー、エムリット、アグノムは、世界をも揺るがす力を持つお前達が道を過ちし時、それを鎮める使命を司っている。

 この赤い鎖は、その力を吸い出したものだ。

 これによって力を抑制されたお前達は、鎖を支配する私に抗うことは出来ない」

 

 長年に渡ってシンオウ地方の神話を解き明かしてきたアカギは、敢えてその理屈をディアルガとパルキアに説いている。

 自身の功績を誇るためではなく、立場をはっきりとさせるための意図。

 それが、人の身にありながら神の力を手にせんとする自らに対し、神々がいっそうの怒りを覚えることも見越してだ。

 

 赤い鎖が発する磁場めいたものは、ディアルガとパルキアの肉体と力を縛りつける強いものであり、二柱はともに身動きのとれぬ状況にある。

 苦痛を伴うそれは神々を震わせ、同時に行き場の無い激しい怒りが、抑えきれぬ神の絶大なる力を溢れさせているのだ。

 それは今、シロナやプラチナが体感しているように、テンガン山の上層に並々ならぬ影響を及ぼしており。

 時が経つにつれ、その範囲は広がっていき、やがてはテンガン山全土に、さらにはシンオウ地方全体へ、さらには世界へ広がっていくだろう。

 時の流れが、空間の有り様が、あるべき形で成り立たぬ状況が世界中に広がればどうなるか。

 それを、アカギは知っている。

 

「さあ、怒りのままに力を振りかざせ、ディアルガよ。

 あり得べからざる時の流れは、不完全な世界を朽ちさせ、一新された世界を育む。

 抑えられぬ感情と苦しみに身を任せ、私の望むままにその力をかざすのだ」

 

 時が極限まで加速すれば、命あるものは老いて絶え、形あるものは朽ち果て、世界中のもの全ては今ある姿ではいられなくなる。

 時が究極的に逆戻りすれば、今この世界にあるものの殆どは失われ、人類はおろか古代の生物さえしていなかった、まっさらな新世界が再び始まる。

 ディアルガの力の暴走は、今ここにある世界の滅亡に直結するものだ。

 

「パルキアよ、神の力を利用しようとする私が憎いか?

 不完全なるこの世界の根幹を支える理の最たる空間を、その力で以って滅裂と為せ。

 その憎悪を糧に、この世界を摂理そのものからまず改めるのだ」

 

 当然のように繋がっていた世界がそうでなくなれば、たとえ大気や光や音、形無きものさえあるべき形を保てなくなる。

 空間の断裂とは、大地や大陸のような大いなるものを破壊するに留まらず、海も、空も、すべての破壊を叶える絶対的な力。

 そんな力の影響が世界に及べば、既存の世界は崩れ去り、後には理の破綻した八つ裂きの世界しか残らない。

 

 ディアルガとパルキアの力が共に暴走した時、訪れるのは創世記ではない。

 世界の崩壊。それが、新世界が生まれるために必要不可欠な第一段階。

 不完全なこの世界を改めることを目的と説くアカギは今、目覚めさせた神の力で以って明確に、この世界の滅亡の引き金を引こうとしている。

 その結末において、自らの足が降り立つ場所さえをも求めてなどいないのだ。

 

「さあ、赤い鎖よ。神々を誂えろ。

 持て余す力を閉じた世界に自ら封じ、ただこの世界を見守る身分を気取っていた傲慢な神を、為すべきことを為す、正しき力の行使者へと。

 この世界を一掃し、新世界の礎とする破壊者へとだ」

 

 赤い鎖が禍々しい色の光を放ち、ディアルガとパルキアに同じ色、血走るような苦痛をばりばりと与える。

 怒りのままに力を行使すれば、赤い鎖に守られたアカギを傷つけること叶わぬまま、世界を崩壊に導いてしまうとわかっているディアルガとパルキアも。

 全身の内側を八つ裂きにされるような苦痛に歯を食いしばり、アカギを憎む想いを努めて封じ、自らの力を抑制せんと耐えるものの。

 自身の崩壊をも思わせる絶大な苦痛に、本能的に力が溢れ、それをもたらすアカギに対する怒りは膨らむ一方だ。

 

 たとえどれだけ理性を以って自らを律しようとも、溢れ出る感情そのものだけはどうしようもない。

 溢れる力、増幅する怒り、制御できぬ時間と空間を狂わせる力は、山の揺れがいっそう大きくなることからも明らかなように、もはや留まることを知らない。

 空が裂け、その空間の裂け目に吸い込まれる大気が地上に嵐のような風を渦巻かせ、乱れた時の流れが上天に雲をあり得ぬ速度で生成し。

 さらに進む時の流れが、空に留まれない雲を雨と雹に変え、水と氷が同時に降り注ぐ異常気象をも起こさせる。

 赤い鎖に守られしアカギの周囲を除き、揺れる大地も荒れる空も、まさしく世界崩壊を告げる兆候を顕していた。

 

「…………」

 

「ピョコ!!」

「――――――――z!!」

 

 終わりの始まりを特等席で見上げるアカギは、目的の達成を確信していただろう。

 まさか、ここに水を差す者が現れようとは想像だにしなかったほどに。いや、わざわざ想像などしたくなかったであろうほどに。

 それでも幼き少女がパートナーの名を呼ぶより一瞬早く、その接近に気付く程度には、感無量たるはずの中でなおアカギは冷静であった。

 

 振り返った先、崖を駆け上がってきたドダイトスが四本の足で地面を踏み鳴らし、槍の柱全域を大きく揺らした。

 激しい揺れだ。本来ならば立っていることも出来ないほどの。

 赤い鎖、神の力さえも退ける力を持つそれに守られているせいか、アカギの足元の揺れは小さく、彼は足を一歩退けて膝を曲げる程度。

 もはや今の自らにとって脅威たり得ない神に背を向け、アカギはドダイトスと、その背に跨る少女に真正面から向き直った。

 

「……来てしまったのだな」

 

「アカギさん、っ……!」

 

 アカギははっきりと、忌々しいものが来たと表情を歪めた。

 神の力の暴走は始まっている。もう止まらないはずだ。今さらどんな邪魔者が割って入ろうとしようが、後に待つ結末は変わらない。

 ましてシロナにもはっきりと劣る、実力及ばぬ小さな少女がこの場に至って、何を変えられようというのか。

 

 アカギは、ただそう楽観的に考えられないのだ。

 チャンピオンですら辿り着く運命に恵まれなかった歴史的瞬間に、代わって姿を現した存在がいるだけでも特異点に他ならない。

 ましてそれが、三湖の精の一角と縁深き少女という肩書きを意識すれば、ここに彼女が現れたことに一厘の脅威性をも意識するというものだ。

 

「すべてはもう手遅れだ。

 わざわざ絶望を拝むためにここまで来たというのなら歓迎しよう。

 この歴史的瞬間を見届ける証人がいるというのも、悪くはないかもしれないな」

「っ……

 もう、止められないんですか……!?」

「試しに私の命を奪ってみるか?

 たとえそれを果たしたとしても、もはや結末は変わらない。

 私の意志を遂行するこの赤い鎖がここにある限り、神々の暴走はもはや止められない」

 

「……ピョコっ!」

「――――――――z!!」

 

 世界が終わりに向かっていることはパールにも感じられている。残された時間がもう殆ど無いことも。

 一縷の希望を懸け、ピョコに請うパールの声が、葉っぱカッターを放たせる。

 狙うはアカギ、厳密には彼の囲う赤い鎖だ。

 神々を狂わせるのがあの赤い鎖だというのなら、それを破壊すればと狙い撃たれた十数枚の葉っぱカッターは、アカギを傷つけることなく鎖のみを打ち据える。

 

 激しい衝突音はあった。金属を金属で斬りつけたかのような。

 傷一つ、いや、こぼれや揺れ一つ無く佇む赤い鎖の佇まいが、それの破壊の不可能さを物語るのみだ。

 絶大なる神の力にも耐え、アカギを護る赤い鎖は、一介のポケモンの力では、あるいは兵器を持ち出そうと破壊できるものではない。

 

「ピョコ、もう一回……!」

「無駄な足掻きだ。この鎖は、君達に破壊できる代物ではない。

 私の意志で以ってしか、そのはたらきを止めることはない。

 そして、そんなこともあり得ない」

 

 力ずくでアカギそのものをねじ伏せても何の意味も無い。

 赤い鎖をどうにかしない限り、今も刻一刻と進んでいる世界の崩壊を止めることは出来ない。

 歪む空と引き裂かれる大地を脇に、只ならぬ焦燥感と共にピョコに攻撃を懇願するパール。

 応えて再び葉っぱカッターを先程以上に撃ち込むピョコだが、結果は何一つ変わらない。

 

「あ、アカギさんっ……!」

「聞こえんな。

 君の言葉に、私の意志を揺るがす力はない」

「ううぅぅ……!」

 

 もはやアカギの心変わりの他、この状況を改めるすべは無い。

 訴えても響かない。まるで手応えがない。

 びしばしと周囲の空間がひび割れて、加速する時の流れに石柱が風化を始めて上の方から砂に変わっていく。

 破滅の迫る現実だけがそばにある中で、手も足も出ないパールはピョコの上で両手を握りしめ、涙目だけで抗議することしか出来ない。

 そんなもので、アカギの心が揺さぶられるはずがないことを、冷徹な表情のアカギと対峙する彼女自身が誰よりもわかっていながらだ。

 

「世界と共に朽ちていくといい。

 その目で、終わりを見届けなが……」

 

『――――パール!!』

「え……っ!?」

 

 どうすれば、どうすれば、嫌だ嫌だ嫌だこのまま世界の終わりなんて。

 八方塞がりの想いのあまり、パールがぎゅうと目をつぶり神に祈るが如く、うつむいた瞬間のことだ。

 彼女の脳裏に響き渡る、記憶には新しく、しかし古くから知る友人のように懐かしみのある、不思議な声。

 そしてパールは、その声の主を知っている。思わず空を見上げたパールの挙動は、空の彼方から呼びかけた誰かに応えるかのようだ。

 

「く……! やはり……!」

 

「あなたは……」

 

 空高くから光の尾を引き、勢いよく流星のように降りてきた、あるいは落ちてきた小さな存在。

 自由自在に飛行する力を行使するのもつらい、傷つき疲弊した身体で、パールの目の前へと重力に身を任せるような速度で降りてきて。

 力を振り絞ってパールの目の前で止まったエムリットは、肩に力も入らぬだらりとした腕と血まみれの身体で、掠れた呼吸を繰り返す姿である。

 

『……ありがとう、パール。

 あなたがここまで辿り着いてくれてよかった。

 本当にもう、私達も、諦めかけていたんだけど……』

 

「ぬうううぅぅ……!」

 

 脳裏に語りかけるテレパシーのような力で、パールに言葉を伝えるエムリット。

 アカギにエムリットを止めることは出来ない。ドンカラスやマニューラを繰り出そうにも、赤い鎖の外側に味方を出すことが出来ないのだ。

 赤い鎖に守られていない範囲下にあれば、神の怒りは真っ直ぐにそこへ向き、見るも無残な形に変えられてしまうだろう。

 絶対安全圏にいるはずのアカギが今、破壊の余波に満ちたこの世界下で、エムリットを止めるための武力を放つことが出来ない。

 

『あなたの気持ちを、いっぱいにして……!

 この世界に壊れて欲しくない想いを、あなたにそう思わせてくれる思い出を、胸いっぱいに……!

 明日もまたこの世界を歩んでいきたいっていう"感情"を、私に、私の力に……!』

 

「っ……お願い、助けて……!

 私、まだ、みんなとこの世界で一緒にいたい!」

 

「やめろ! エムリット!

 この不完全な世界を創り返る二度と無い契機なのだ!

 幼い感情に従ってそれを棒に振る愚などあってはならぬ!」

 

 アカギもこの一幕が、確定したはずの未来が変わり始めている分岐点だと感じていたのだろう。

 だが、心いっぱいにこの世界の救済を願うパールの"感情"を受け止めたエムリットの全身が、はじめは淡く、そしてすぐに強く輝き始める。

 この世界に滅びて欲しくないという強い感情。誰しも持ち得るものだ。

 だが、それが目前に迫っている現実を目の当たりにし、絶望感すら抱くパールが抱くその想いは、漠然とした同心の誰よりも間違いなく強い。

 

 そして、そうでなくともだ。

 一生、死ぬまで、ずっとそばにいて欲しいという六人の仲間達と、明日も、来月も、一年後も、ずっと、ずっと一緒にいたいと誰より願う少女。

 何の見返りも必要ない、ただこの世界を喪いたくない。

 無垢な祈りを切実に抱くパールの感情の強さはきっと、他の誰とも比べ物になりようもあるまい。

 

『――――同胞よ! 今一度、私達に給われし使命を!

 創造主の偉大なる力がこの世界を揺るがせし時、それを律し、あるべき正しき世界を導く"誓い"を!

 そしてそれを望む命あるもの達の"情念"に応え、私達の使命を叶え果たす"叡智"を!』

 

「ならぬ! 考え直せ!

 争いに満ちたこの世界を幾千年に渡り見届けてきたお前達に、その愚かしき世界がわからぬというのか!」

 

 誓いという形で固められた揺るがぬ"意志"を。

 世界の破滅など望みもしない多くの命の"感情"を。

 そしてその望みを叶えるための"知識"を。

 パールだけでなく、アカギにさえ伝わるほどの念で強く唱えたエムリットに応え、空の彼方からユクシーとアグノムも降りてくる。

 いずれもやはり、アカギのポケモン達によって受けた傷により八つ裂きの体だ。

 それでも脂汗に満ちた身体で力強い眼のアグノムと、開きこそしない目でも眉間に込められた強い力で、眼光にも匹敵してその意志を表すユクシーの姿がある。

 

『……パール。私が過ごすシンジ湖のそばに、あなたのような子がいてくれて本当によかった。

 湖を愛してくれる温かい心に触れ続ける中で、あなたの優しい感情はなんて心地いいんだろうってずっと思ってた。

 あなたの想いにだったら、私は全てを懸けて応えられる……!』

 

「あなた……」

 

『私、感情の神様なの。だから、信じられない人には力が貸せないんだ。

 そんな気まぐれさん、たぶん神様失格だよね』

 

 振り返ったエムリットは、ぺろっと舌を出して自嘲気味ですらあった。

 感情次第で自分の乗り気が変わる、そんな主張も言い換えれば、乗った時にはどんな時よりも全力で臨めるということ。

 あなたの感情をこの一身に受けて生み出せる力は、私が思う以上のものをもたらしてくれるということを、照れ隠し気味に伝えているのだ。

 

『神様と赤い鎖は、私達が何とかする。

 あとは、あなたが頑張る番だからね』

「…………」

『信じてるよ、パール……!

 この世界を間違いだらけだっていう間違った信念の靄を、あなたが必ず打ち払ってくれるって……!』

 

 エムリットがユクシーとアグノムに、パールの強い感情を受け取ったことで回復したなけなしの力の一部を分け与える。

 一戦も出来ぬコンディションであった三湖の精が、かろうじての力を取り戻し、ディアルガとパルキアの周囲を取り囲んだ。

 次の瞬間、三湖の精が発する念波は、パールがずきっと頭を押さえるほど強い。

 

 パールも、アカギも、直感的に感じている。

 エムリット達が、ディアルガとパルキアに語りかけている。

 力を暴走させる神に対し、向ける言葉は説得か、懇願か、叱責か。あるいは三者三様にすべてか。

 それぞれが真っ直ぐに神々を見据える瞳に、訴えかけるその声を受け止めたか、歯を食いしばっていたディアルガとパルキアの目が穏やかになっていく。

 そして何よりそれに伴い、アカギを囲う赤い鎖にびしりとヒビが入ったことこそ、逆風に満ちた世界の存続に光が差し始めた吉兆だ。

 

「く……そんな、馬鹿な……!」

 

 今一度、ぎろりとアカギを睨みつけたディアルガとパルキアは、不届きな人間に対する怒りを忘れてなどいないことを示している。

 だが、怒りに任せて力を振るえば世界を滅ぼしてしまうことを説かれたことに応じ、苦々しくもそれを呑み込んだかのように。

 そしてエムリット達が自分の力を搾り出すことで作られた赤い鎖を破壊しつつあることで、苦しみから解放され。

 舌打ち一つするような表情こそ浮かべたものの、生じた空間の裂け目に自ら身を呑ませ、その場から姿を消していく。

 

 そして、ディアルガと、パルキアが、この世界から再び姿を消してしまうと同時。

 アカギを囲うていた赤い鎖は、激しい音を立てて粉々に砕け散ったのだ。

 それに伴い、荒れた空は徐々に静まりはじめ、所々の空間の裂け目は閉じ始め。

 槍の柱に満ち溢れていた世界崩壊の予兆は瞬く間に終息し、静かな無風たる世界を取り戻す。

 テンガン山全体に広がっていた異変も、追って次第に同じ収束へ向かうだろう。

 

「…………最後の最後で、邪魔をされたか」

 

 神々を取り巻くエムリット達に向き、呼びかけていたアカギの背中は、まるで目前の夢を打ち砕かれ茫然としているかのようにパールには映った。

 だが、違う。パールがそう感じるのもすぐのこと。

 無風、穏やかな大気の流れ、静かなる聖地。

 遮るもの一つ無い静謐な世界だからこそ、アカギの背中から漂う激情めいたものさえ、パールには肌がちりつくほど感ぜられてならない。

 

「私が間違っていた。今、認識を改めよう。

 お前は、私の夢を遮る最大の障害そのものだ」

 

 パールを振り返ったアカギの表情は、今までの無表情と変わらぬものでありながら、その眼に宿る激しい怒りを隠しおおせていない。

 触れ合える距離にあれば、今にでも殴りつけてきそうな激情に満ちた大人の表情は、パールがぞっとするほど恐ろしいものだ。

 誰よりも頼もしいピョコの背中に跨る中であっても、その恐怖心は抑えられようはずがない。

 

「っ、っ……ピョコ……」

「――――!?」

「……危なくなったら、助けてね?」

 

 それでもパールは、震えそうな手でぐっとピョコのボールを握ってスイッチを押した。

 お尻の下にあったピョコがボールの中に戻り、宙に浮いた中で足を伸ばしたパールが、その両足で地面に降り立つ。

 冷徹の奥に殺意めいたものさえ宿す大人を前に、今にも体が、いや、現に体が震えもするパール。

 それでも彼女は、今、そうすることを選んでいる。

 

「……………………アカギさん」

 

 ずっと追いかけてきた人。顔も名も知らず憧れてきた人。

 シンジ湖で溺れて沈むはずだった自分を助けてくれた恩人その人であり、同時に、この世界の破滅を招かんとした絶対的な敵。

 間もなくして傷つけ合う戦いが始まることは、パールとて直感的に感じているはずだ。

 それでもきっと、今が、言葉を交わせる最後の機会なのだ。

 

 彼と言う人間像を、パールは一言で言い表すことなど出来ようはずもない。

 どれだけ今は憎むべき敵であろうと、あの日の出来事が無かったら今の自分は無かったことを、パールは心の奥底でわかっている。

 ポケモントレーナーとなることを夢見て、旅立つこともなかった。

 ピョコやパッチ、ニルルやミーナ、ララやフワンテと出会うこともなかったのだ。彼女はそれを、認めている。

 

 ある一人の大人にとっては、取るに足らないある一日の出来事。

 ある一人の少女にとっては、それが人生すら変えるきっかけになった出来事。

 交わり合いようもなさそうな生まれ育ちの二人が、遥か昔のたった一度のかすかな繋がりを経て今、パールとアカギはテンガン山の頂にて対峙している。

 時を司る神も、空間を司る神も関与していない、極めて数奇な小さな縁が、神と世界をも揺るがすこの聖地と境地にて至り再び巡り会っているのだ。

 

 アカギは確かに言っていた。今こそが、歴史的な瞬間であると。

 きっとそれは、この状況を言い表す言葉として最も適切ではない。しかし、ある意味ではそうした言葉以上に重い意味を持つ再会だ。

 たった一度の縁が結び付けた、世界の行く末をも左右する聖戦で二人が対峙するこの現実は、運命が導いた邂逅と言い表して何ら過言ではない。

 運命的であるが故に歴史的なのか、それとも歴史的であるが故に後から運命的だったと史実に記されるのか。

 どちらでもあるからこそ、二人の縁は遡れば遡るほどに、運命的であり歴史的でもあろう。

 その出会いが、シンオウ地方のみならず世界の行く末をも左右するものであればあるほどに、尚更だ。

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