ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第136話  最終決戦① 先鋒

 

 

「ドンカラス、ゆっくりとだぞ」

 

「ニルルっ、撃ってくるよ!

 こっちも撃ち返して!」

「――――z!」

 

 ずんぐりとした体型のドンカラスだが、やはりアカギに育てられた強い個体、飛行速度は種本来のそれとは一線を画している。

 バトルフィールドの上空を旋回飛行しながら、地上に向けて"あくのはどう"を放つドンカラスと、上空に向けて"みずのはどう"を撃つニルル。

 軟体で地表を滑るニルルの回避行動も存外機敏であり、悪の波動の直撃を受けることなく凌げている。

 一方で、高所にて素早いドンカラスもまた、水の波動の直撃を受けていない。

 余波が多少程度のダメージと消耗をお互いにもたらしているが、決着へ繋がるには程遠い削り合いだ。

 

「ゲームメイカーはお前だ。わかっているな」

 

 アカギは具体的な指示を出さない。今のところ、ドンカラスに戦い方まで一任している。

 空を飛べないニルルに対し、少しずつ高度を下げながら、敵との距離を縮めて悪の波動を繰り返すドンカラス。

 近付けば近付くほど相手への攻撃は当てやすくなり、逆も然り。

 自分だけが空を飛べるドンカラスは、一筋縄では狩れぬ獲物を用心深く追い詰めるように、安全圏をなるべく確保しつつ的確に相手を弱らせる立ち回りだ。

 放たれる悪の波動を凌ぎながら、なんとか水の波動を撃ち返すニルルだが、相手のペースであることに危機感は感じている。

 

「――――z!」

 

「ッ、っ~~~~!」

「ニルルっ、しっかり……!?

 来るよ、次がきっと強いやつ!」

 

 ある程度まで高度を下げたところで、ドンカラスは攻撃手段を"ナイトヘッド"に切り替えた。

 相手の魂を揺さぶる霊的な力で、恐ろしい幻覚を見せることにより精神的なダメージを刻み付ける技。

 自身が八つ裂きにされたかのような幻覚的な痛み、加えて傷つけられたパールの絹を裂くような悲鳴を耳にする幻覚は、心身ともにニルルを苦しめる。

 現実とは異なるものだと心を強く保ち、ぎっとドンカラスを睨み返して水の波動を撃つニルルの反撃は、ドンカラスの想像よりも立ち直りが早い。

 

 ニルルに向けて飛来していたドンカラスは身をひねって躱そうとするも、その右翼を水の波動に打ち据えられる形となる。

 痛いがダメージは最小限。真っ向からぶつけられるよりは余程いい。

 敵へ迫る速度を落とさず、くちばしを突き出したドンカラスによる突撃は、慌てて頭を沈めて回避行動を取ったニルルの背中の甲を抉っていく。

 鋭いくちばしが敵に触れる寸前に身体を回転させ、貫通力と掘削の力を各段に高める"ドリルくちばし"だ。

 互いに焦れるほどの波動の撃ち合いより、やはり直接触れての攻撃の方が相手に致命的なダメージを通しやすい。

 

「ニルルっ、よく見て! 次が来るよ!」

 

「ドンカラス、揺さぶられるなよ。

 お前が戦局をコントロールするのだ」

 

 自身の後方へと飛んでいったドンカラスを振り返るニルルと、空で再びニルルを見下ろすドンカラスの目が合う。

 背中がずきずきするほどの痛みを抱えながら、そんなものか、僕を仕留めたければもっと来いよと、挑発的な目を向けるニルル。

 "いばる"ことでドンカラスの調子を崩そうとしているのだ。相手の性格と表情をしっかり見極め、そのプライドを刺激できる顔を作っている。

 カチンときそうだったドンカラスも、アカギの声を耳にすればその言葉にすぐ冷静さを取り戻し、不敵な笑みを返すのみ。

 バトルの概ねをドンカラスの自己判断に任せ、イレギュラーとなり得るものだけは自らの指示で取り除く、それがアカギの戦い方。

 それが最もポケモン達の能力を活かせるよう育ててあるのだ。

 

「ニルル、頑張れる……!?

 諦めないで、がんがんいくよ!」

「――――z!」

 

 負けてなるかと発破をかけるパールだが、内心ではかなり焦り始めている。

 再び始まる空のドンカラスと地上のニルルの、悪と水の波動の撃ち合いだ。

 黙って同じ展開を見過ごしていたら、やがて再びドンカラスのドリルくちばしがニルルを襲う展開に繋がるだろう。

 ニルルの方が受けたダメージの多かったこの展開を繰り返させては、間違いなくダメージレースでは不利。先に力尽きるのはこちらの方だ。

 打開策が欲しい。だが、そんなものがすぐに閃けるなら苦労はしないのだ。

 

「――――z!」

 

「ニルル来るよ! しっかりして! 迎え撃つの!」

「~~~~ッ!」

 

 高度を下げてきたドンカラスによるナイトヘッド。 

 翼をはためかせ、ニルルの方へと迫る予兆を見せたドンカラスによる、ドリルくちばしの特攻へと移る初期動作。

 ニルルも学習している、そう来る想定が出来ている。

 立ち直りは先の同じ展開より早く、水の波動をドンカラスに撃ち返すのもまた早い。

 早いが故に敵との距離が近付ききらぬままの発射となり、飛来に移る直前のドンカラスの身を躱す動きにより、水の波動はその後方へと去ってしまったが。

 

「いくよニルル!

 ぶっ放しちゃえ!」

「――――――――z!」

 

「無駄な足掻きだな」

 

 水の波動を凌いだ流れで、さらに勢いよく飛来するドンカラスに、ぷくっと頬を膨らませたニルルが力強い反撃で迎え撃つ。

 多量の水の中に泥をも含む"だくりゅう"は、前方をそれでいっぱいにする泥水の壁となり、正面きって迫るドンカラスに回避など許すまい。

 先の浅い水の波動の当たりよりも、これならドンカラスに与えるダメージも大きく、ダメージレースもイーブンかそれ以上だろう。

 それによってドンカラスが戦い方を改めてくれるなら、相手のセオリー一つを潰せたとも言える。

 パールもそこまで考えられる程には、トレーナーとして成長しているのだ。上手くいって、お願い、という想いで濁流の向こう側を見つめている。

 

「……あっ!?」

 

「――――――――z!」

 

 ドンカラスは冷静だ。

 確かに一度はドリルくちばしで相手を貫くのだという動きに踏み込んでいながら、濁流発射の初期動作を見た瞬間に直線戦法を捨てている。

 急上昇する翼の動きで、広範囲攻撃の濁流を下半身に浴びる程度に留め、すんでのところで直撃回避し後に残るほどのダメージとしない。

 さらには下方のニルルに向けて、逆V字の急降下で攻撃に移り、やはりくちばしを突き出した猛襲の動きへ再転換。

 見上げた先から迫る敵に、まずいと思って前に身を逃がしたニルルだが、回転飛行のドリルくちばしを突き出しながらUの字飛翔するドンカラス。

 そのくちばしはニルルの体の後方、お尻にあたる軟体部分をぶちりと引きちぎり、苦痛に喘ぐ声をニルルが耐えられないほどのダメージを刻んでいく。

 

「ああぁ、ニルル……!

 来てる来てる、次が来るよおっ!」

 

「ッ、ッ………ッ、~~~~……!」

 

 背を向け合う形となっていたドンカラスとニルル、敵を振り返るのもドンカラスが早い。

 遅れて振り返ったニルルの目には、遠距離からナイトヘッドを発したドンカラスにより、勝利を遠ざける幻覚が映る。

 ただでさえ貫禄のあるドンカラスの全容が、幾多の葬ってきた敵の血を死化粧のように顔に纏う、恐ろしき歴戦の死神にさえ映り。

 同時に全身に、実際の傷こそ伴わずとも三度も四度も深く斬りつけられたかのような痛みが走る痛烈な幻覚。

 これが草バトルなら、勝てなくたって痛くない勝負であるなら、ニルルの心が折れかけるには充分なほどのものには違いない。

 

「ニルルーっ!! お願いしっかりしてえっ!!」

 

 パールの声に応えて、いや、たとえその声が聞こえなかったとしても今日だけは。

 絶対に勝てそうにないほどの強敵に敵が見えようと、水の波動を返すニルルの心は揺るがない。絶対にだ。

 だが、その一撃は飛来するドンカラスの左翼の端を浅く打つに留まり、突き進んでくるドンカラスの速度を制することさえ儘ならない。 

 そして飛来したドンカラスの打ち込んでくるドリルくちばしは、かろうじて首を曲げたニルルの、耳のような形をした右触覚を抉り取っていく。

 人間でも耳を一つ引きちぎられたら、どれだけ壮絶な痛みに襲われるだろう。

 

「に、ニルル……っ……」

 

『――まだやれる! 勝たせてみせる!

 パール! 絶対に目を逸らさないでよ!』

「い゙……っ!?」

 

 ぎらりと眼を光らせてドンカラスを目で追うニルルと、片手で頭の横を押さえたパールの挙動。

 聞こえた。あの日と同じように。

 決して人の耳には届かないはずの、ポケットモンスター達の声。

 

「サターンが言っていたエムリットの起こす奇跡か。

 だが、結末を覆すほどの力にはならんぞ」

 

 去ったように見えて今なおこの戦いを見守る三湖の精、その一柱がもたらす感情に激しい波を起こさせる力。

 パールの挙動から何が起こっているのかを感じ取って尚アカギは動じない。だが、その言葉はドンカラスに向けたものでもある。

 ここまでと同じ展開だと思うな、と警告するアカギの真意を感じ取り、優勢の中にあっても気を引き締め直すドンカラス。

 アカギとそのポケモン達の強さの真髄は、この驕り無き精神にあると言っても過言無い。

 

「――――――――z!!」

 

 多量の水を生み出したニルルの"なみのり"、その津波めいたものは高所のドンカラスを呑み込み得ない。

 だがその波の上に身を乗せて進むニルルは、自らを高所に持っていくことでドンカラスとの距離を縮めている。

 前に進む波に乗りながら、ドンカラスに向けて水の波動を撃つニルルが、ドンカラスにあわやの回避を強いている。

 

『僕を勝たせて! 何でもする!

 今さら僕達の痛みや身体を気にしなくていいから!』

 

「ニル、ルっ……!」

 

『ぜったイ゙、っ……勝たなきゃ、いけない勝負だろ……っ!』

 

 小癪なとばかりに悪の波動を撃ち返してきたドンカラスの攻撃を背中に受け、ニルルの声はその瞬間のみ痛苦に呑まれそうになった。

 それでも声を、感情を振り絞ってパールに為すべきことを訴えたニルルは、波に運ばれるまま槍の柱の、石柱の側面へその腹で"着地"する。

 自らの"ねんちゃく"力で以って壁面に張り付いてみせたニルルは、今この瞬間のみドンカラスよりも高い位置にいる。

 

「――――z!」

 

「ッ……!」

 

 水の波動を撃ってくるニルルに、ドンカラスも上方からの狙撃には慣れていないのか若干の動きにくさを見せている。

 相手が飛行ポケモンならともかく、トリトドン相手に上を取られる想定は無かっただろう。致命傷こそ避けつつも被弾してしまう。

 反撃の悪の波動も、ニルルが柱を登っていく動きによって躱される。展開としては苦い。

 

「右の翼が鈍いぞ、意識しろ」

「――――!」

 

 相手をどう仕留めようか意識が偏りがちな中、冷静かつ客観的に戦況を見定めるアカギの指示がドンカラスの優位を失わせない。

 ニルルも強かだ。水の波動の狙いがドンカラスの翼、右と左それぞれに散らしている。

 最初のドリルくちばしを受けた直前、右の翼には強い当たりをぶつけられた。

 それ以降、狙いは左の翼に絞っている。両翼を駄目にしてしまえばドンカラスのスカイアドバンテージは削ぎ落とせる。

 そうしたニルルの賢い狙い、次々に変遷する戦いの場において相手に意識さえさせず積み立てているものを、アカギは一言で丸裸にする。

 浮力を奪わんとする敵の狙いを意識すれば、ドンカラスも痛む右翼にいっそうの力を入れる意識を持ち、知らず知らずの消耗を阻みおおしてしまう。

 

「ニルル、頑張って、頑張ってえっ……!

 お願い、勝って……!」

『それでいい……! 止めないでくれればいいんだ!

 僕達の勝利を望んでくれれば、それだけで!』

 

「――――z!」

 

 傍目にはわからぬ程度に飛行姿勢が僅かに乱れていたドンカラスが立て直し、ニルルに向けて悪の波動を連続で放ってくる。

 ニルルが石柱を昇るならその先を、さらには左右も、退路すらも塞ぐように。

 絶対に逃がさないという意志をむき出しにした悪の波動の乱射に、ニルルも石柱の裏側に身を逃がさざるを得ない。

 反対側に回ったニルルのお腹を介して、悪の波動の乱打が石柱に突き刺さり、その柱さえをも揺らす衝撃が伝わってくる。

 

「行け」

 

「ニルル!? 来……」

 

 アカギも、ドンカラスも、逃げ場無き悪の波動の連射は、ニルルにそうした行動を迫れることをわかっていたかのよう。

 アカギに命じられるまでもなく、自ら導き出した最善手として、ドンカラスは自ら石柱に突き進んでいく。

 減速の気配は微塵も無い。無策で石柱に激突すれば、自分の全身の骨が滅茶苦茶に壊れてしまうほどの勢い。

 しかし頭とくちばしを突き出したドンカラスの眼光は、自傷ではなく敵の撃破を目前とする、狩猟者のそれそのものだ。

 

 ぎんぎらの目で身を回して石柱に突っ込んだドンカラスのドリルくちばしは、格闘ポケモンの拳でも砕けなさそうな太い石柱を破壊した。

 激突点を中心にへし折れた石柱、かすかにその上部にいた裏側のニルルは、崩壊した石柱から身を剥がして地面へと落ちていく。

 自身のくちばしも痛む中、石柱を貫き破った勢いのまま僅かに上へ飛んだドンカラスは、すぐさま落下中のニルルに向けて滑空軌道を曲げる。

 空中にあって逃げようのないニルルを上からくちばしで捉え、突き刺して落下速度以上の自らの降下速度で以って、地面に向けて真っ逆さま。

 その果てに生じた結末とは、ニルルのお腹を深々と貫くドンカラスのくちばしが、がつんと地面に先端を打ち付けるという凄絶な光景だ。

 

「あ゙っ、あっ……ああぁぁ……!」

 

 地面に串刺しにされたニルルが、げはっと濁った血を吐いた姿が、パールの顔を真っ青にさせたことは言うまでもない。

 ショックで腰さえ抜かしそうな光景を前に思考が凍ったパールの前、ドンカラスは尚もぐりぐりとニルルを貫いたくちばしを捻じ込んでいる。

 それにより、白目を剥いたニルルが力無く痙攣する姿は、彼の死さえも想像させる残酷な光景に他ならない。

 

「に、ニルル……」

 

『…………まだ、だよ……パー、る゙……!』

 

「うぁ゙……!?」

 

 思わずニルルのボールのスイッチを押しかけたパール。絶対に正しい行動だ。そうしなければ、ニルルが本当に死んでしまうかもしれないのだ。

 それでも彼女が思わず頭を押さえた片手の指に、髪をかきむしるほどの力が入ったのは、ニルルの訴える声が響いたから。

 ひくひくと震えながらも、だらりと下がった首でパールの方を向いていたニルルの目は、霞んだ瞳ながら光を取り戻している。

 

『見テ、てよ……!

 勝って、ミせるガら……っ!』

 

「!?」

 

 この一撃で完全にくたばらせたはずだと思っていたトリトドンが、ぐいと顔を上げ自分を間近に睨みつけてきた瞬間、ドンカラスが抱いた戦慄は尋常ではない。

 至近距離で目にしたトリトドンの目は、憎しみでもなく、怒りでもなく、ただただ大切な誰かの勝利を願う、純真な瞳の色で。

 そのためならば、この命さえも惜しくないという決意に満ちた眼差しに、この至近距離で捉えられた側の危機感など只なるまい。

 

「ッ、ッ……、クアアアァァァァッ!!」

 

「ニルル!?」

 

 至近距離でニルルがドンカラスの顔面に向けてぶちかましたのは、パールでさえも知らない新たなる技。

 たまらずくちばしを引き抜いて、ばさばざと翼をはためかせて逃げるドンカラスの顔が氷結にまみれている。

 飛行タイプのドンカラスにとっての致命撃ともなり得る氷技、ニルルがそれを使えることなど知りもしなかったことも含め、パールも驚愕の声を発するのみ。

 

 ノモセのジムで、敵のギャラドスの"いばる"を見て学び、いつの間にかそれを自分の技としていたのと同じように。

 この技をいつ、"れいとうビーム"をいつ見て覚えたのか今のパールには想像もつかないのだが。

 エイチ湖でギンガ団と戦ったあの日、スズナのグレイシアのその技を見て学んでいたのだろうか。

 とっておきを身に付けていたニルルは、絶対にはずさないこの瞬間まで、あれほど追い詰められていながら隠し玉を秘めていたのだ。

 この一撃にはドンカラスも逃げるように距離を作り、戦況の立て直しを計る他ない。

 

「ッ…………!

 ハァーーーッ、ハァーーーーーッ……!」

 

「に、ニルル……」

 

『つな゙イで、みせル……!

 最後ニ勝つノは、僕達だ……!』

 

 お腹に風穴が空いた姿で、尚も血走った眼を見開くニルルが、逃げたドンカラスにもう一撃の冷凍ビームを直撃させる。

 顔面を凍傷にまみれ、いま冷凍ビームの直撃を浴びて右翼が完全に凍り付かされたドンカラスが、飛翔能力を失って地面に落ちる中。

 血とも粘液とも取れぬ薄濁った体液をぼたぼたと落としながら、跳躍するように跳ねたニルルがドンカラスの上から襲いかかる。

 ドンカラスの背中ではなく、その左翼に体ごと"のしかかり"、軟体で締め上げて骨を一本でも折ってしまうのだ。

 

 悲鳴を上げたドンカラスだが、それでも折れた左翼を振り上げて、ニルルを二度地面に叩きつけた。

 人に例えるなら、折れた腕に巻き付いた蛇を腕ごと地面に叩きつけるような所業だ。どれほどの壮絶な痛みを伴う行動だろう。

 それでも、それが必要な局面だとしてその行為に及ぶドンカラスの精神力は尋常ではない。

 しがみつけず、叩きつけられるまま地面に身を転がしたニルルがそれで気絶していれば、ドンカラスの勝利であったのは間違いない。

 

「ッ――――――z!!」

 

 それでもニルルは、体を起こせないまま顔だけドンカラスに向け、全身全霊最後の冷凍ビームを放っていた。

 今しかなかった。相手が立て直す前であるこの瞬間。

 真正面から胸元へそれを受けたドンカラスが、凍結エネルギーに突き飛ばされ、全身を氷結まみれにして地面に横たわる姿がニルルの望んだもの。

 ひくひくと全身を震わせるも、使い物にならなくなった翼は震えもしない。

 完全に戦闘不能になったドンカラスの姿を以ってして、ニルルの勝利がここに確定したのである。

 

「……忌々しいほどの意地だ」

 

 風穴を開けられた体のニルルの背中を見て、パールが今にもニルルのボールのスイッチを押しそうになっている。

 半泣きの表情でもスイッチを押さない姿、片手で頭を押さえる姿。

 あのトリトドンが、まだ押すな、まだ押すなと訴えているのが見てとれる。

 未習得、不完全な"じこさいせい"で、風穴の空いた身体の傷を癒すトリトドンの姿は、アカギが次のポケモンを出すまで逃げない姿の表れだ。

 

 先鋒の意地。

 それを見確かめたアカギは、苦々しくもドンカラスをボールに戻し、次のボールをその手にする。

 だらだらと待っていても、あのトリトドンは傷を癒していくだけだ。

 

「よろしい、次のポケモンだ」

 

 下手投げで二匹目のポケモン、ギャラドスのボールを投げたアカギに応じ、その巨体がバトルフィールドに降臨する。

 それを見届け、ニルルはほうと息を吐き、役目は果たせたとばかりに頭を下げるのみだ。

 まるで、精も根も尽き果てたかのように。

 

『僕、やったよ……

 あとは、みんなが勝ってくれること、信じてるからね……』

 

「ありがとう、ニルル……!」

 

 敵の二番手、ギャラドスを見確かめたパールは、ニルルをボールに戻してぐしっと涙目を拭う。

 野良バトルでもそう、ジム戦でもそう、こんな時でもそう。

 一番手を任せられたポケモン達は、その手で勝利を飾った時、自陣営に並々ならぬアドバンテージを生み出す。

 現に今がそうだ。パールは相手の二番手がギャラドスだと知った上で、自分の二番手を選ぶことが出来る。

 初戦を担ったポケモンが目の前の敵を撃破することが出来れば、後続の展開をどれほど有利に運べるか、それをニルルはよくわかっている。

 

 戦いの勝敗を決するのは多くの場合が大将戦だ。

 そこに繋がるまでの戦いにおいて、先鋒の役割が非常に大きいのもまた事実。

 迷わず二人目の仲間が入ったボールを手にすることが出来たパールは、それがニルルのもたらしてくれたものであるというのを痛感しているだろう。

 賢くて、弱点が少なくて、相手の出方も計りづらい初戦を任せるには一番だと信じて先鋒を任せられたニルル。

 意地でも相手の次鋒が姿を見せるまで踏ん張ってくれたニルルの後ろ姿にパールが覚えたのは、いま改めて彼の代わりなどいないという当然の実感だ。

 

 負けられない。元々感じていた想いが、尚のこと大きくなる。

 勇者とはただ勇敢な者を指す言葉ではない。共に戦う者達にまで勇気を奮い立たせてくれる存在のことだ。彼女のトリトドンは間違いなくそうだった。

 

「いこう! パッチ!

 絶対、勝つんだあっ!」

 

「――――――――z!!」

 

 開戦のその時よりも気合の入った声を発するパールに応え、バトルフィールドに降臨したパッチもそれ以上の咆哮を発する。

 世界の明日が懸かっている。そんなことよりも。

 勝利を願ってやまぬ身内の意志を、何が何でも無駄になどしたくない。そんな想いの共振が、槍の柱に響いていた。

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