ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第138話  最終決戦③ 宿敵

 

 ニューラとクロバット。氷と飛行。相性の良い戦いには違いない。

 それでも一筋縄ではいかないだろうと、パールも覚悟はしていたはずだ。

 アカギの最後の切り札なのだ。弱いはずがない。今までで一番強い敵と戦うつもりで挑もう。

 彼女なりに最大限、腹を括っていたはずである。

 

 それで尚、いざ戦いが始まってしまえば愕然とするばかりだ。

 クロバットはその圧倒的な飛行速度が最大の武器だ。それぐらいのことはパールだって知っている。

 瞬発力と反射神経に秀でるララがそれを相手取る、この図式がパールにとっては最大の図式だった。

 むしろ、こうでなかったらどうすればよかったのか、今やパールには想像もつかない展開が彼女を襲っていた。

 

「ら、ララ……えぇと、えぇと……!」

 

 クロバットの動きがパールの目では追えないのだ。あまりにも速過ぎる。

 動きは実のところ単純だ。ララに急速接近、翼の先端で敵を切り裂く"つばさでうつ"攻撃を放ち、ララがそれを爪で防ぐ。

 反撃が及ばぬようすぐに離れたクロバットが、またすぐにララへ迫って同じ技を打つ。その繰り返し。

 これを、一秒間に三度は繰り返すのがあのクロバットなのだ。

 攻撃を防いだ次の瞬間には手の届かぬ場所まで離れたクロバットに、ララは追撃の暇すら与えられぬまま、また別方向から迫られて防御を強いられる。

 真正面から来たと思えば次は側面から、次は斜め上から、次は背後から、続いては真正面から。

 殆ど空中で軌道を折るにも等しい動きを高速で繰り返すクロバットは、防戦一方のララの体力を凄まじい勢いで削っていく。

 為すすべも無いララにとって最も苦しいのは、敵の動きを見極められないパールが、指示の出しようもなく何の支えにもなれない時間が続いていることだ。

 

「こ……っ、こごえるかぜ……!」

「ッ――――――z!」

 

 それでもどうにか、苦肉の策でも打開案を発するパールからは、なんとかララの窮地を救わんとする意気が表れていよう。

 ララとてわかっている一手だ。だが、リスクもある。

 それでもパールが指示してくれたことが、やっぱりそれしか無いよねとララの腹を括らせてくれる。

 足を止めて全方位に凍える風を発するララは、パールにまで肌が痛むような冷たい余波を浴びせながらも、クロバットを凍てつかせてることを叶えている。

 

「愚策だな」

 

 だが、技を撃つために足を止めざるを得ないということは、その瞬間がクロバットにとっては狙い目でもあるということだ。

 羽が根元から凍傷のように痛み、飛行速度が鈍る実感を得ながらも、ララが覗かせたその隙をクロバットは見逃さない。

 凍える風は敵の動きを鈍らせる技として有名だ。だが、そんな技はクロバットにとって、自分の速度に手を焼く敵が最も用いたがる常套手段。

 痛む羽では維持しきれないはずの自身の"最高速"を、要所で一瞬でも発揮できるほどの気概は培い尽くしている。

 "こごえるかぜ"を浴びせられながらも、まるで落ちぬ速度で迫ったクロバットに、地に足を強く着けたララが感じた危機感は相当なものだ。

 

「~~~~……ッ!」

「ララ……!」

「――――――――ッ!」

 

 ここだという局面でクロバットが選ぶのは"シザークロス"だ。

 迫った敵へ四枚の羽で"ほぼ"同時に斬りつける、一撃めいた瞬時の四連続攻撃は、腰を沈めて構えた爪でそれを凌がんとしたララに二刃の傷を刻み込む。

 右上の羽の斬りつけを爪で防ぎ、左下の羽の振り上げを頭を沈めて躱し、だがほんの僅かな時間差で迫った残り二撃が防ぎきれない。

 左の二の腕を、そしてまぶたの上をざくりと斬られたララが後ずさるように足を引く姿は、パールが思わずララの名を呼ぶほどには痛々しい。

 元より悪タイプの中でも打たれ強くないララにとって、シザークロスの斬撃は格段に効く技だ。それでも発した声は、心配ないと訴える意地の強さの表れか。

 

「!?」

「え……」

 

 ララが怯んだその瞬間のこと。

 くいと顎を動かして無言の指示を発したアカギの挙動を見逃さなかったララは、背筋がぞっとしたものだ。思わず、たまらず駆けたほど。

 やってしまえ、と指示されたクロバットが、迷い一つ無くパールに向かって飛来する姿をララが追う形。

 ただでさえ目で追えぬ飛行速度のクロバットが、よもや自分に向かってくるその一幕など、パールが現実についていけなくなるには充分なほどだった。

 

 まさに自分の目の前で火花が散り、パールを羽先で切り裂こうとしたクロバットと、追い付いて伸ばした爪でそれを叩き上げるララの姿が目と鼻の先。

 まるで銃弾が目前の見えない壁ではじかれ、死ぬはずだった自分が何故か生きているかのような心地。

 ひ、と短く裏返った悲鳴を溢れさせ、腰砕けに尻餅をつくパールの前に立つララは、上空に舞い上がってぎらりと自分達を見下ろす敵を憎々しげに睨みつける。

 ぶわりと脂汗の噴き出したパールは、殺人鬼を目の当たりにした臆病な少女の如く、立てぬまま息さえ出来ずにクロバットを見上げるのみだ。

 

「――――――――z!!」

 

「クロバット、ひとまず立て直せ。もう充分だ」

 

 憤慨に満ちた声で吠えたララに微塵も動じず、クロバットはアカギの言葉に従ってララ達の上空を離れ、アカギを後方に控えて高度を下げてくる。

 戦い始める直前のような、改めて睨み合うような構図は、仕切り直しのようでいてララの心に大きな楔を打ち込み済みだ。

 すなわち、俺はいつでもお前のご主人を仕留められるのだという、ララの支えを人質同然に取る痛切な脅迫である。

 

「もはや、お前は死んでくれて構わない。

 残るは二匹だろう? 今さらお前の仲間達が激甚な怒りで我を忘れて今以上の力を発揮したとて、私のクロバットは問題にしないのだからな」

 

「あっ、アカギさ……」

 

「こんな戦い方もあるということだ」

 

 クロバットが四枚の翼を振るい、"エアスラッシュ"を放ってくる。肌身を切り裂く真空の刃が四枚だ。

 後ろにパールがいるララは、距離のある場所から撃たれるそれを、躱せるはずでも躱せない。パールが八つ裂きにされてしまう。

 回避行動を封じられたララは、爪を振るってそれを打ち払うことで凌ぐしかない。

 速度と切れ味を併せ持つ真空の刃は、剣で斬りつけるにも等しい重みをも有しており、防ぎはじくだけでララの爪が軋む威力だ。

 

「ララ、っ……!」

 

『動かないで! 守ってみせる!

 じっとしてくれてる方がいい!』

 

 避けなかったララの挙動が、自分を守るために盾になってのものだと見て取れれば、パールも慌てて立ち上がる。

 自分の身は自分で守らなきゃ。エアスラッシュから逃げるための足はあるはず。

 だが、ララはクロバットの俊敏さをよく知っているのだ。かつてはアカギに育てられた身であり、同輩にして最強の仲間だったクロバット。

 パールが自分の負担になるまいとしていることは重々承知でも、下手に守るべきものに動き回られる方が困る。辛辣な言葉遣いも厭わない。

 

『必ずあなたを勝たせてみせる……!

 恩返しがしたいのはミーナ達みんなだけじゃない!』

 

 再び放たれる四枚のエアスラッシュを爪で凌ぎ、凌ぎきれなかった一枚の刃に腿を傷つけられる中、ララは両手を振り降ろして凍える風を放つ。

 言うまでもなく全力だ。仮にパールを本当に殺されたとしたって、その後と今が絶対に変わらぬほどの全身全霊。

 ニルルもパッチもミーナもそうだったはず。自分達が敗れればパールは血の海に沈むのだ。

 アカギはパールの手持ちを削るまで、敵の余計な力を引き出さぬため戦略的にパールを狙わずにいたが、ある意味では慎重すぎたとも言えよう。

 誇張無く大切なひとの命が懸かったこの局面、搾り出されるララ達の全力は状況の変遷になんら影響されはしないのだ。

 

 それだけ全力の、範囲も威力も広いララの"こごえるかぜ"を、クロバットは冷静かつ素早い上昇によって凌ぐだけだ。

 ララとの間に作った大きな間合いは、クロバットが意図的に用意したもの。

 お互いの飛び道具の躱しやすい距離感にして、パールを人質にして自分の攻撃だけ躱させず、自分を狙う凍える風だけは凌げる距離感。

 着実にララへのダメージを蓄積させ、自身は無傷で反撃を凌いだこの一連のみで、戦況はクロバットの優勢へといっそう傾いていく。

 

 さらに高所からエアスラッシュを撃ち下ろしてくるクロバットは、その狙いをララではなく、そのすぐ後ろにいるパールへ偏らせている。

 どこまでも、この野郎。その目に並々ならぬ怒りを擁したララが地を蹴って、ミーナ顔負けの跳躍力でクロバットへ迫っていく。

 空から向かい来る真空の刃を爪で打ちはじき、凌ぎきれなかった二枚の刃に胴と頬を傷つけられながらも、ぎらついた瞳でクロバットへ急接近だ。

 冷静に身体を右に逃がしたクロバットをしっかり目で追い、伸ばした腕で振るう爪が僅かにその羽の先を掠めている。

 深手にはなり得ない。わかっているとも、こんな急襲策一度で陥れられるような相手じゃないことぐらい。

 落下しながらも体をクロバットに向けたララは、地上にいる時よりも距離の縮まった相手に凍える風を放ち、回避を許さず冷気の射程圏内に捉えた。

 

 確実に小さくないダメージだったはずだ。

 だが、地に足を着けていない敵が如何に狙い目か、よくわかっているクロバットは反撃の好機を見逃さない。

 氷結にまみれた全身と翼を力強く振るい、空中のララ目がけて技を放つ。

 "かぜおこし"めいて起こした風が一気にララに直撃し、しかしそれがララの胸の真ん中で凝縮し、切り裂く真空の刃の渦を巻く。

 標的のすぐそばで何枚もの風の刃を渦巻かせることで、ずたずたの傷を刻み付ける"エアカッター"だ。

 決まれば急所への一撃として致命的なダメージを生みやすいそれにより、体の真ん中を音も無く八つ裂きにされたララが、血を吐きながら地面へ落ちていく。

 

「ララ!?」

 

『ッ、走って! 前に!

 あなたが狙われている!!』

 

 意識が飛びそうな中ででも、クロバットがぎらりとした目をパールに向けていたことをララは見逃していない。

 放たれるのはエアスラッシュだ。着地直後のララとパール、仕留めやすさで勝るのはどちらか。

 事実、ララの訴える感情の声で導かれたパールが、言われるままに思わず前へ駆けていなかったら、パールは今頃首を落とされていてもおかしくない。

 自身の背後の岩ばった地面に、クロバットのエアスラッシュががすがすと傷をつける音に、パールは心底の恐怖を覚えている。

 

「ぁっ、ぅぁっ……」

 

 改めて上空のクロバットを見上げたパールの目に映る、トラウマであったコウモリに対する恐怖心の蘇りようは尋常のものではない。

 殺意に満ちた目を自らに向け、エアスラッシュを飛ばす羽を振るうその姿たるや、幼少の自らを湖に追い落とした記憶のそれを遥かに上回る恐ろしさ。

 無我夢中で身体をひねりながら駆け足を止めず、降り注ぐ真空の刃が地面を抉るたび、紙一重で自分が真っ二つにされていた結末が脳裏を過る。

 たとえその凶刃がパールを仕留めずとも、彼女をただの臆病な少女へと変え、勝利への道筋を導かんとするトレーナーとして無力化するには充分だ。

 

 恐怖に歪んだ表情で逃げるパールが、再び空を見上げたその先から、クロバットが消えていたことは更なる恐怖を抱かせる。

 自分を殺そうとしている相手の位置すらわからない、そんな事実に背筋が凍り付いた瞬間には手遅れなのだ。

 素早いクロバットはとうにパールの背後上空に回り、自らが放つ真空の刃以上の速度でパールへ急降下している。

 振り返ったその瞬間、紫色の弾丸が自らに迫り来るような光景を前にしたパールは、それが極端なスローモーションのようにさえ見えた。

 死の直前にすべての世界が遅く見える経験、それそのものだ。

 

 どくどくと血の溢れる腹の傷の痛みをも度外視し、パールを後ろから追い抜くように駆けて跳んだララが、真っ向からクロバットに飛びかかってくれた。

 割り込んできた敵、だがそれは不意にはなり得ない。

 なぜならクロバットにとって、パールを守るためのララの行動は予測済みで、その動きだってはじめから目で追っている。

 パールを餌に釣っただけに過ぎない。

 四枚の翼を振るう"シザークロス"で迎え撃つ行動そのものが、はなからララに最も効く技を選んでいた証拠である。

 

 羽先四つぶんのクロバットの全力の一撃は、両の爪を振り上げてそれを受け切ろうとしたララのガードを破り、彼女の両肩に深い傷を抉った。

 半ば空中で叩き落とされるにも等しく、傷付けられて地面に背中から叩きつけられるララ、空中へ身を逃していくクロバット。

 げはっと息を吐くララの口からは血も混じり、深く渦状に抉られたお腹の傷からも、ぶしゃっといっそうの血が噴き出す。

 それでも目を見開いたララは、声も出せぬコンディションながら両手をクロバットに向け、空へ逃げた敵へ"こごえるかぜ"を放つ。

 三度目の直撃だ。流石のクロバットも即座の反撃が儘ならず、翼をはためかせて冷気の範囲外に逃げ、ばさばさと羽を動かして体勢を整えている。

 内まで凍てつかされるたびに、無理に活を入れた翼に溜まる疲労とダメージは只ならない。動きが鈍りつつもある。

 

「ララぁ、っ……!」

 

『まだ、やれる……! 止めないで、やらせて……!

 ここでやれるだけやらなかったら、私は一生後悔する!』

 

 顔色悪く大の字に倒れたララに駆け寄るパールを感情の声で突っぱねて、意地でも跳ね起きて継戦能力を主張するララ。

 体勢を整えて睨みつけてくるクロバット目がけ、掠れた吠え声を発してでも凍える風を撃つ。

 やるんだ、私が、繋ぐんだ。あいつに少しでも有利に戦える私が、なんとしても。

 自分が倒れたら次はどうなる? パールの最後のポケモンは?

 1対2だから今のところは優勢だなんて楽観的な状況でないことを痛切に理解し、むしろ危機感を抱けるほどにはララは賢いのだ。

 たとえ自分がここで朽ち果てようとも、傷一つでも、霜一つでも相手につけておくことがどれだけ重要なことか、すべてわかっている。

 いつだってそう、ジム戦でもそうだった。ララは、自身の手柄や勝利よりも、最後にパールが勝つために何が最も必要か、それを大切に戦っている。

 

「――――――――z!!」

 

 凍える風を凌いだクロバットに、大きく息を吸い込んだララが怒号めいた強い咆哮を発している。

 人の耳には理解できない、多くの感情を込めた言葉がそこにはある。

 私達のパールを傷つけさせはしない、絶対に許さない、お前だけは、お前達だけは。

 身内のパールさえもが身を竦ませる中、それに動じるどころか抗う者への敵愾心をいっそう燃やすクロバットは、エアスラッシュを撃ち返してくるのみ。

 煽って敵がより攻撃的になっただけ。それでいいのだ。狙いが自らに向くならば。

 四枚の真空の刃のうち、一枚しか爪ではじけず深い傷を三つ刻まれてなお、高度の落ちてきたクロバットへ跳躍するララは、もやは自らの命など顧みていない。

 

 半ば捨て身の特攻は今日最もクロバットへ迫り、渾身の"きりさく"爪先はクロバットの目元の上を深く傷つけた。

 だが、それさえもクロバットの側からすれば最も傷の浅い選択だ。

 右上翼を根元から切り落とそうとしたララ、そして逃げられぬ距離に迫られていたこと、ゆえにクロバットは体を傷つけられることを拒まぬ動きで。

 羽を一枚落とされる痛みよりも、肌を深く抉られる痛みを選んだクロバットは、継戦能力を最大限に保ったままでララを睨みつけるのみ。

 落ちていくララに翼を振るい、放つエアカッターがララの背中で真空の渦を巻く。

 強い風をその身に受け、もはや逃げられぬまま落ちていくララが歯を食いしばった直後、真空刃の乱気流がララの背中を幾度となく切り裂くのだ。

 落下するララの目が遠くなり、血飛沫が空に舞う光景にパールが思わずボールを握りしめたその瞬間、その気配を感じ取ったララが取る行動は。

 

 もう、受け身も着地姿勢も必要ない。

 無理矢理空中で身体を回し、クロバットに向けて両手を振るうララが撃つ最後の"こごえるかぜ"。

 全身を凍てつかせ、目元の傷から体の内までいっそう凍えつかせる冷気の波風に、クロバットは苦悶の表情を浮かべながら逃れていく。

 まさにそれとほぼ同時、ボールのスイッチを押したパールにより、ララはあわや地面に叩きつけられる寸前、ボールの中へ戻っていくことになった。

 あれだけ前も後ろも傷だらけの身体で、無防備に地面に叩きつけられては即死さえあり得たはず。

 得も言われぬ表情でボールを握りしめるパールの行動は、咄嗟のところで家族の自尽を防ぐことが出来たと言っても過言ではなかった。

 

 だが、こうしてララの命を救うことを叶えられたとて、あのクロバットを破れねば結末は何も変わらないのだ。

 新世界の創造、現世界の崩壊、アカギにとって邪魔者となる者の殲滅。

 なんら誇張無く、命を賭してパールの命を守り抜こうとしてくれたララの未来を掴むための勝利は、パールの手に委ねられている。

 それがわかっているからパールは、壊れそうなほどの力でララの入ったボールを握りしめながら、ぎっとクロバットを睨みつける。

 臆病な少女の目に涙は浮かばない。勝つしかない、それを迫真の想いで胸に刻み付けた少女は、最も恐るべき敵を前にしても退かぬ精神を宿している。

 

 たった11歳の少女が、これほどの覚悟を決めて臨まねばならぬ戦い。

 それがアカギの忌み滅ぼさんとする、争いに満ちた世界の象徴であり、一方で今ここに、それを導いたのもまたアカギ自身に他ならない。

 パールはつらいと思っている。怖いと思っている。こんな戦いは嫌だと、傷つき倒れていった仲間達の姿を顧みていっそう強く思っている。

 勝って、すべてを終わらせたい想いは、それに比例して強くなる。

 

「最後のポケモンを出せ。白黒はっきりさせようではないか。

 もはや今さら、座して死を待つほど愚かでもあるまい」

 

 ララの最後の凍える風を受け、すぐにはエアスラッシュを撃てない翼であるクロバットは、一度アカギを後方に控える位置へ退いている。

 パールに襲いかかることも出来る中、そうしないのはあと一匹のエースがパールに残っているのを知っているからだ。

 対峙する者がいなくなったからといって、速度が不完全な勢い任せにパールに襲いかかっては、彼女を守るものが飛び出してきて返り討ちに遭いかねない。

 残忍さを潜めているのではなく、クロバットの戦い方は非常に堅実だ。

 

「……………………ピョコ」

 

 わかっている。これまでの苦境とは比較にならない、極めて勝ち目の薄い勝負へ彼を駆り出すことも。

 毒と飛行の複合であるクロバットだ。草の攻撃には格別強く、地震攻撃に至っては通用もしない。

 これまで最も、間違いなく一番頼もしかったベストパートナーのことさえ、自信とは真逆の不安を胸に頼らねばならない。

 それでも、ピョコのボールを手にしたパールは、祈るようにそれを両手で握りしめ、親指二つをそのスイッチにかける。

 勝つしかない。勝たせて欲しい。それを託せる一番の親友を胸元に、切望する。

 

「みんなを、守って……!

 信じてるよ、あなたの強さ!」

 

「――――――――z!」

 

 世界の命運を、いや、大切な仲間達の未来を託されたドダイトスは、大地が揺れるほどの着地音と共に大きく吠えた。

 賢いピョコだからわかっているだろう。クロバットはまさしく、相性上ではこの上ないほどの天敵だ。関係無い。

 自分だけじゃなく、パールだけじゃなく、彼女を幸せにしてくれた数々の人々、それらすべての未来が懸かる戦いで、敗北の可能性など微塵も顧みるものか。

 

「ピョコっ……!」

「!?」

 

 気合充分のピョコの背に、駆けて飛び乗る親友の姿があった。

 クロバットも、アカギも少し驚かされる行動には違いなかったが、ピョコは他の誰よりもそうだ。

 これから傷だらけになることが確定している死闘、そんな自分の背に跨ったパールの行動は、自らの命を捨てる行動とさえ見える。

 

「ここが、一番安全だよ……! ピョコのすぐそば!

 あなたが、私の一番頼もしい友達なんだから! 信じてるよ!」

 

 理屈は強引でも一理はあった。

 ララとの戦いの中でクロバットがしたように、あれがパールを戦いの中で狙い撃てば、ピョコにそれを守りながら戦い抜くことはいっそう難しい。

 自分の背中の上は確かに危険地帯だ。だが、それはパールがどこにいたって変わらないのも事実なのだ。

 だったら、常にパールがどこにいるのかを意識せずともわかる、そこに彼女がいてくれるのもまたピョコにとってはやりやすい。

 

 戦いの中で動きを制限されるのは間違いないだろう。それでもだ。

 仮に自分が勝つことによって、世界そのものを救えたとしても、そこにパールがいなければピョコは嬉しくも何ともない。彼の仲間達もそうだろう。

 ピョコにとって一番大切なことは、パールを守り抜くことに他ならない。

 

「――――ッ!」

「絶対勝とうね、ピョコ……!

 私も、絶対あなたのこと勝たせてあげられるよう頑張るから!」

 

「そうした無鉄砲さに、私の部下達は敗れてきたのだな。

 いいだろう、覚悟を決めたというなら私には阻めまい。

 新世界の誕生を目することなく世を去るのもまた厭わぬというなら、その不遜もまたここまで至った君の特権だ」

 

 クロバットを見据えるアカギと、それを振り返るクロバットの間には、言葉無く暗黙の意志が交わされている。

 自ら危険域に飛び込む少女に遠慮することはない。機があれば葬ってよし。

 そこには、単に愚かな少女の末路など知ったことかという投げやりな想いではなく、葬るべき脅威として侮るべからずという意識の確認も含まれている。

 どんなに馬鹿馬鹿しい決断のように見えたって、それが出来る彼女がギンガ団の野望を幾度となく阻まんとし、生き残り、ここにいる。

 それを軽視する者が足を掬われるのだと、アカギもクロバットも考える。そこに慢心は一抹も無い。

 

 正真正銘、最後の戦いだ。

 クロバットを鋭い眼光で睨みつけるピョコと、ぎゅっとドダイトスの甲羅の出っ張りを握りしめて、かつてのトラウマから目を逸らさないパール。

 はためかせる翼の力で空に留まり、凍傷によって弱った羽に力を取り戻し始め、万全ではないにせよ充分に立ち直ったクロバット。

 冷徹な眼でパールとピョコを見据えるクロバットの後方で、勝利を微塵も疑わぬアカギの表情は未だ無表情だ。

 

 ピョコならきっと、きっと、この人生最大の苦境を乗り越えてくれるはずだと、ベストパートナーを信じるパールと同様に。

 相性の差こそあれ凍える風で翼を弱らせられたクロバットに、敗北の二文字は無いと確信しているアカギもまた、己のベストパートナーを信じている。

 命運や悲願を託せる相棒と共に最後の戦いを。ともに勝利の女神に微笑まれるに値するほど、運命に恵まれた二人と見て相違無い。

 

「行け、クロバット。

 すべて、お前に任せるぞ」

 

「行こう、ピョコ!

 私達、ずっとずっと一緒だよ! 今日で終わりになんて絶対させない!!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 アカギの声に、パールの声に、クロバットとピョコは自身いっぱいの声で応えた。

 それは同時に目の前の敵に、お前の叩き潰して明日を勝ち取るのは俺だという、この上ない意志の表明にも他ならず。

 金切声のようなクロバットの声と、その声だけで地をも揺らしそうなドダイトスの咆哮は、大気を震わせ互いの耳を劈く。

 それを最後に、羽ばたく翼と重々しい四本足が、双方を命懸けの戦いへと自らを投じさせていく。

 

 長き旅の最果てに待つのは天国か地獄か。

 明日を知ることは誰にも叶わない。

 多くの血が流れた戦いの日々に、ついに間もなく決着の時が訪れんとしている。

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