「あははは~、待て待てピョコ~♪」
「――――」
「ほらほらパッチ~、捕まえてごらんなさ~い♪」
「――――」
何をしているのだろうか。
お花畑の真ん中で、女の子走りのパールがピョコを追いかけ、パッチに追いかけられている。
心から楽しい笑顔と言うよりは、作られ過ぎなぐらいの満面の笑みである。頭がおかしくなってしまったのだろうか。
そんなパールを、離れた場所でポケッチを構えたプラチナが、ムービー機能で彼女を中心にした映像を撮っている。
有り体に言えば、変な遊びに付き合わされている。
「――プラッチ、撮れた?」
「いや、まあ、撮れたけど……う~ん、すごくバカバカしいよ」
撮影終了。
撮れたよと言うプラチナの返事を聞いて、彼の元へ駆け寄ってくるパール。
その間にプラチナは、今しがた撮ったばかりの映像をスロー再生して眺めてみる。
うむ、なんだこいつ。頭の悪そうな女の子の姿が映し出されている。
「どれどれ……うわ、きもちわるっ。
なにこれ、だれ?」
「あなたですパールさん」
「うへえぇ……私こんなに女の子走り似合わないんだ。
うわ~、うわ~、何これぞわぞわするぅ」
プラチナのポケッチで再生される映像を、パールが横からひょこっと覗き込む。
お花畑の真ん中で、大好きなポケモンと追いかけっこをする女の子の姿が映っている。
ドラマなんかで主人公がこれをやっていれば絵になるかもしれないが、自分や知り合いがこんなことしている姿たるや何とうすら寒いことか。
パールもわかっていて撮ってみたのだが。馬鹿ムービーを撮って遊んでいる。
「周りにお花散らしてみよっか。
……うわぁ~」
「うわぁ~、ヘンタイだこれぇ」
スローで再生される、きゃははうふふ姿のパールを眺める二人、共にひくついた笑いである。
もうちょっと可笑しがれる映像になるかと思ったら、想像以上にイタい映像になってしまった。
アプリ機能でパールの周りにお花を散らしたり、光効果を足してみたりするといっそうひどい。
「だめだめ、もう消して、かゆいかゆい」
「配信してみたいんだけど。
たぶん有名になるよ」
「やめてやめて、恥ずか死んじゃうから。
早く消して、消したとこ確認するまで絶対逃がさない」
一時の遊びで生まれた想像以上の黒歴史映像を、今後も残されては堪らない。
プラチナの肩をぎゅーっと捕まえて離さないパールに、プラチナもわかったからとばかりに笑って今の映像を削除するのだった。
パールとプラチナは204番道路と荒れた抜け道を抜け、ソノオタウンに到着していた。
何と言ってもこの町は、町いっぱいに広がる花畑で有名だ。
様々な色の花が整然と、区画ごとに分けられて咲き誇る姿は人造的ではあるも、高い所からその花畑を見下ろした時の美しさは雄大である。
色鮮やかな花々は地上で眺めても当然美しく、地上絵としても壮観というその景観こそ、ソノオタウンの最大の魅力だ。
コトブキやクロガネのような"シティ"程には人口の多くないソノオタウンではあるが、定期的にこの町の花畑を眺めに訪れる旅行者も少なくはない。
都からは離れている一方で、人通りも穏やかで静かな町、老後はこんな町で過ごせればいいねという声はシンオウ地方全体でもそこそこ寄せられるらしい。
都会的ではないけれど、パールの故郷であるフタバタウンと同様に、この静謐さも充分に魅力的である。
「女の子走りが似合わない、って自分で言っちゃう女の子ってどうなの」
「女子力ピンチだけど……でもなんか、あんなの私じゃないって思っちゃった。
プラッチはどう思う?
似合うって言ったらウソツキだと思う。似合わないって言ったら怒る」
「逃げ場ないじゃん」
「正直に言いなさい」
「まあ僕は、ボール拾ってくれるために走って湖に飛び込んだパールの姿を最初に見てるし……
きゃぴきゃぴ走ってるパールの姿ってなんかしっくりこないよね」
「うんうん、素直でよろしい。
でも怒る」
「も~、どうすりゃ許されたの?」
全部冗談だとわかるよう、終始笑顔のパールなので、プラチナも掛け合いを楽しんで町を歩く。
パールは幼い頃からせっかちなダイヤに振り回されてきただけあって、跳べる走れるで結構活動的な動きが身に沁みついている。
肘を下に手を上にした女の子走りなんて、ただの一回もやったことがない。
そんな走り方していたらダイヤと遊ぶなんて無理、ついていけないのである。
まあ、女の子走りが似合わなかったら女子力ピンチ、なんていうパールの理屈も、ちょっと偏った見方であるが。
あの走り方が似合う人がいるなら、それはそれで特別な魅力である。
自分に全くそれが似合わないことを目の当たりにした直後なので、私ってば女の子としてどうなんだろうとはちょっと考えもするようだが。
自分がどう周りに見られるかに敏感になっちゃう、難しいお年頃。
「とりあえず、ポケモン達を休ませたらちょっとだけ町を見て回ろうか。
ハクタイシティに向けて出発するのは明日の朝って感じで」
「うんうん、そうしよう。
せっかく初めて来る町だし、ちょっとぐらいは見て回りたいよ」
「僕もソノオタウンまで来るのは初めてなんだ。
いい所だよね、自然も綺麗で空気もおいしいし」
今日のこの後のことや明日の予定を話しながら、パールとプラチナはポケモンセンターへ入っていく。
今はちょうどおやつ時の時間帯で、ピョコやパッチをポケモンセンターで休ませてあげてからでも、暗くなる前に外を歩く時間が作れそうだ。
元々ピョコもパッチも、ここまでの道のりにおける、野生ポケモンやトレーナーとのバトルでも、さほど消耗していない。
二人が休んで元気いっぱいになるまで、そう時間はかからないだろう。
しかし、パールとプラチナがポケモンセンターの自動ドアを抜け、カウンターに向かっていたその時のことだ。
「はわ!?!?!?」
「わっ、停電!?」
ばつんと電灯がすべて消え、ポケモンセンター内が暗くなる。
今は日中、外から差し込む光もあるため真っ暗にはならなかったが、急に電気が全部消えればやや暗くなるし、パールもプラチナもびっくりする。
どよどよとした空気が館内に蔓延し、ざわめく中でパールも意味もなくきょろきょろする。
「落ち着いて下さーい!
間もなく非常電源が作動しまーす!
慌てずその場で動かずお待ち下さーい!」
預かったポケモンを癒す施設であるポケモンセンターは、流石に非常時への対応も迅速だ。
センター内の職員の誰かが大きな声で発してくれた言葉のとおり、間もなく非常電源が作動する。
とはいえ非常電源にも限りがあるのか、節電仕様で電灯の発する光はやや弱め。
蛍光灯の一部に至っては、ぼやぁと光を発する程度で心許ない発光だ。
一番肝心の、ポケモン達を預かる場所に多くの電力とエネルギーを回すため、それ以外に回せる電力は少なめに設定されているのかもしれない。
現にポケモンを預かるナース服のお姉さんが構えるカウンター付近は、けっこう明るく電気の使い方に遠慮が無い。
最悪真夜中に停電したとしても、これなら大事なポケモンを預けるカウンターも頼りなくは見えないだろう。
ポケモンセンターの本分は、預かったポケモンの傷や疲れを癒すことである。
「あぁびっくりした……」
「パールそんなに驚かなくても。暗い所苦手?」
「まあ、うん、ズバット関係で暗いとこ自体も苦手になっちゃってる感ある」
「あーなるほど」
他愛無い話をしながら、電気の復旧したポケモンセンター内を歩き、パールとプラチナはカウンターの方へと向かっていく。
受付のお姉さんにピョコとパッチを預けて、しばらくその辺りで座って待つ。
大丈夫そうですか、と尋ねたパールに受付のお姉さんは、非常電源があるから大丈夫ですよと断言してくれた。
やはりそこにだけは電力を惜しまないようだ。施設として正しい優先順位。
「停電、すぐに直るかなぁ……
夜までこれだったらヤだよ、絶対寝る時に怖いじゃん」
「まあ確かに、夜にこの電灯の光り方はされたくないなぁ。
ポケモンセンターの人達のせいじゃないけどさ」
蛍光灯のいずれもが、ぼやぁとした白い光を発するのみで、一部のものは切れかけの電灯のように点滅している始末。
確かにこのまま夜になって、外から差し込む光が無くなったら、この明かりはかえって不気味な雰囲気を醸し出しそうである。廃屋めいた雰囲気というか。
想像しちゃうと嫌になってしまうパール、やはり暗い所は苦手のようだ。
町の中でズバットが現れることが無いのはわかっていても、暗所はズバットを連想してしまうため、暗い所自体が得意でない子に育ってしまっている模様。
外が明るい今は別に怖がっていないが、現時点でも夜を想像して、肩をそわそわさせている。
「あら? 停電なのかしら?」
ポケモンセンターの入り口付近で座り、お話している二人のそばで、ポケモンセンターに入ってきたばかりの女性が一声あげた。
自動ドアも開きはするのだが、やはり入ってきてすぐこの異変は目につくようだ。
「停電みたいですよ。
今は非常電源で何とかしてるみたいです」
「あら、そうなの。
ポケモン預けられなかったりするのかな」
「大丈夫みたいですよ、私も今預けてますし。
ポケモンの回復は普通にやってくれるみたいです」
「あぁ、よかった。
あたしのポケモンちょっと怪我してて、早く元気にしてあげたかったのよ」
停電したと見えるポケモンセンターに不安げな顔をしていた女性に、一足先に事情を把握しているパールが、話しかけて状況を話す。
女性はパールに、教えてくれてありがとうという笑顔と会釈を向け、ポケモンを預けに行く。
「パールって初対面の人とも普通に喋れるんだね」
「プラッチは難しい?」
「無理じゃないけど、あんなすぐに話しかけるのは無理だなぁ。
話しかけるの早かったよね、パール」
「怖そうな人には無理だよ?
あの人はほら、普通に優しそうな人だったし」
社交的なパールと、やや人見知りするプラチナ。
初対面の人にも自分から声をかけられるパールっていうのは、それが出来ないプラチナ目線では、ちょっとすごいなって思ったりもする。
別段そこまで大層なことではないはずだが、自分に出来ないことが出来る人というのは、隣の芝理論で凄く見えがち。
プラチナだってパール目線で言えば、ギンガ団の二人と戦っていた時のプラチナのポッチャマに対する迅速な指示は、思い返せば凄かったなぁに尽きる。
「お二人とも、お隣いいかしら?」
「あっ、さっきの人。
いいですよ~、どうぞどうぞ」
「あたし、モミっていうの。
あなた達は?」
「パールです」
「えと……ぷ、プラチナです」
パールとプラチナがお喋りしていると、さっきの女性がこちらへ戻ってきた。
ポケモンを預け、待っている間の少々の暇に、先ほど縁の生まれた二人とお話しようと思って来てくれたようだ。
パールは自分の隣にどうぞと両手で示し、座ったモミの自己紹介に応じてパールとプラチナも名前を言う。
元々人見知りで声を大きく出来なかったプラチナ、名乗りの声もモミの方に意識がいっているパールの耳には印象に残らなかったらしい。
え、プラッチじゃなくてプラチナっていう名前なの? という展開にはならず。彼の名前はプラッチ、という先入観がこびりついている。
なんだかまだまだ、しばらくこのままいきそうだ。
「なんで急に停電なんかになったんでしょうね。
カミナリが落ちたとかならわかりやすいんですけど」
「う~ん、この町の東に発電所があるんだけど、そこで何かあったんじゃないかしら。
この町の電気は、殆どがそこから供給されているからね」
「何かって、事故とか?」
「あたしこの町にずっと住んでるけど、今までそんなこと一度もなかったけどね。
それに今は、発電所の周りでなんだか怪しい人達がうろうろしてるし、そのせいなんじゃないかなぁって気もしてるの」
ぴく、とパールとプラチナの頭の上の、見えないアンテナが震えた。
怪しい人達。つい最近、怪しい人達に遭遇したばかりの二人。
まさか、とまでは思わないが、ちょっと連想してしまう。
「ひどいのよ、その人達。
私、用事があってハクタイシティに行こうと思ってて、そしたら発電所のそばのハクタイの森を抜けなきゃいけないんだけどさ。
ここは我々ギンガ団が調査中だ、通るな通るな~、って邪魔してきてね。
ポケモン使って攻撃してきたから、私も逃げてきたの」
「えっ、うそ、その人達、ポケモンに人を攻撃させたんですか?」
「最低ですねその人達。
それって、絶対やっちゃいけないことですよ」
「私も自分のラッキーを出して、守って貰いながら逃げてきたのよ。
おかげでラッキーも怪我させられちゃってさ。
それでここに帰ってきて、ポケモンセンターに来たっていうわけなの」
「可哀想……」
ポケモンを人を傷つけようと命じる行為などというのは、ポケモンに関わる全ての人々の間で、最低最悪な行為であると常識だ。言語道断である。
最悪の場合、怪我で済まないこともあるのだから当然だ。
加えて言うなら、実行犯をポケモンに担わせ、己の手を汚さないその手法そのものが、いっそう卑劣な性根だとさえ断じられる。
傷つけられたラッキーへの気の毒な想いがまず先立つパールの横、絶対に許されべからず話を耳にしたプラチナが、義憤を目にも表しているほどだ。
「ハクタイの森でそんなことする人達と同じ格好をしている人が、発電所のそばにもいたのよね。
もしかしたら、ああいうひどい人達が発電所で何かやってるせいで、この停電も起こったのかなって思っちゃうのよ。
そのせいだとしたら、停電ももしかしたらしばらく復旧しないかもねぇ」
「お呼び出し致しまーす。
パールさーん、いらっしゃいますか~。
あなたのお友達、元気になりましたよ~」
「あっ、私だ。
すいません、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。
私も話を聞いて貰えて、ちょっとだけ気が楽になったわ。
ラッキーが傷つけられて、ちょっとへこんでたのよ」
「わかりますよ~、とっても。
元気出して下さいね、モミさん」
「うふふ、ありがとう」
話の半ば、ポケモンセンターからパールへのホール内アナウンスが流れた。
ピョコとパッチを迎えに行くため立ち上がったパールだが、モミもここで立ち上がってお別れの流れとなる。
嫌なことがあった後で、誰かにそれを話したかったということだろう。
初対面の相手に愚痴を言う行為ではあるが、こんな話はポケモンに関わる者なら誰だって、黙って胸に抱え込んでおける話じゃないとひどく共感できるはず。
可愛い可愛い大事なポケモンを、見知らぬ連中の乱暴な攻撃で傷つけられたのだ。モミの心中は、パールにもプラチナにも察して余るものである。
モミと別れたパールは、ピョコとパッチを受け取った後、プラチナと一緒にポケモンセンターの外へ。
この後は町を歩いてみよう、という話だったが、あんな話を聞いた後では何だかけちがついてしまった。
楽しくお喋りしながら散策してみよう、という気分じゃない。特にプラチナが、相当に胸糞の悪くなる話を聞いた直後で表情も明るくない。
「ギンガ団、って言ってたね……」
「あいつら、そんなこともしてるんだね。
僕のことだって、痛めつけてやるなんて言ってたしさ」
「ひどいよね、ほんとに最悪。
しかも話聞いてる感じだと、一人じゃなくて何人かがかりっぽくない?」
「僕達の場合は自分達で迎え撃てたけど、それが出来る人ばかりじゃない。
戦うことに挑みづらい人を暴力で、しかもポケモンを利用していじめるなんて最低の行為だよ」
モミは"あの人達"と言っていたし、件の連中は"我々ギンガ団"と言ってたようだし、恐らくモミにポケモンを差し向けたのは一人ではない。
自分のポケモンを出して迎撃するには、恐らくそれなりに気の強さが要る状況だっただろうと想像できてしまう。
パールやプラチナがその立場なら、そっちがそう来るなら、とでもピョコやパッチやポッチャマを出して迎え撃てたかもしれないけれど。
世の中、非常識で悪意ある行動に突然直面した時、強気に立ち向かえる人ばかりではないのだ。
逃げたモミはきっとそんな人か、あるいは相手の数が二人や三人ですらなく、もっと多くて逃げるしかなかったか、どちらか。
いずれにしたって、喧嘩を好まない人を暴力的な手段で追い立てたか、数の暴力で虐げたか、どちらにせよ悪辣な行為であったことには変わりあるまい。
モミの話を聞いている間は、彼女や怪我をさせられたモミのポケモンへの気の毒さで胸いっぱいだったパールも、ふつふつむかむかしてくるものだ。
プラチナは最初からそう。ポケモンをそんなことに使役しようとする者に対する怒りは、ポケモントレーナーなら誰しもが抱くものである。
「ねえプラッチ。
発電所に行ってみない?」
「えっ……パール、本気で言ってる?」
「私、すっごいむかむかしてきた。
……それに、停電した原因がその人達にあるんだとしたら、今夜になってももポケモンセンターの停電は直ってないかも。
怖いじゃん、それ」
真顔でむかむかしてきたと言ってのけたパールの眼には、ギンガ団に対する強い憤りが滲み出ていた。
だが、強い声で言ってしまったのに自分で気付いたパールは、少しの間を置いて表情を柔らかくし、頬をかきながら別の理屈を口にする。
感情的になり過ぎたと思ったらしい。実際そうだったし、発電所に行きたい理由をもっと私的なものに言い換えることで、空気を変えたがっている。
とはいえ一時でもあんな顔を見せられたらプラチナも、その目で見たパールの正義感に疑いを持たない。
そんな奴らは許せないという気持ちはプラチナも一緒だから。
停電の原因が本当に、発電所にたむろしている連中のせいなのだとしたら、それ自体も今夜ソノオタウンに一泊したい自分達にも実害だ。
いざ赴いて、
「……警察に行ったって、僕達のような子供の推測を話したところで、すぐには動いて貰えないだろうね」
「ねえ、行ってみようよ……!
一回、がっつんと言ってあげなきゃ気が済まないしね!」
「うん、わかった」
険のある顔こそ見せなかったものの、握り拳をぎゅっとして見せたパールは、力強い笑顔でプラチナを囃し立てる。
プラチナも頷いて、自分も拳を握ったら、パールの拳にこつんと触れ合わせて同志であることを表した。
幼くも正義感に溢れた二人は頷き合って、ソノオタウンの東出口へと足を進めていく。
その先にある、谷間の発電所と呼ばれる場所へと向かってだ。
ギンガ団。ナナカマド博士とプラチナに因縁をつけてきた者達の同類らが集うと推察される場所へ、今度はこちらから赴く図式である。