ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第140話  情動

 

 

「……………………認められるか」

 

 完全に気を失っているクロバットをボールに戻したアカギの発する声は、静かでありながら静寂に包まれた槍の柱ではよく響いた。

 荒い息を繰り返すピョコの声さえ、この場では大きな音として響かない。

 絶えそうな息遣いは掠れに掠れ、耳にも届き難いか細いものである。

 

「認められようものか……!

 神話の力を従えるのではなく、一度は我がものにしたというのに!」

 

 アカギのポケモン達はすべて敗れた。

 この世界を変えるという、途方も無いスケールの野望を叶えるには、相応の器の人物では儘ならぬということなど、誰しも自ずと理解できるものだ。

 それが、負けた。

 年端もいかぬ少女の挑戦を受け、押し切られ、敗北者となりて。

 自分自身がこの世界を変える器であると疑わず、ここまで至ったアカギの誇りを傷つけ、私はその器ではなかったのかと心を揺るがすには充分すぎる出来事だ。

 

「アカギさん……」

「貴様のような幼き少女が、我が悲願を打ち砕くとでもいうのか!

 この穢れ果てた世界の本質の一縷も知らぬ子供に破られるほど、運命は我が大願を拒むとでも言うのか!」

 

 彼は、決して感情をすべて失ったわけではないのだ。現に今、取り乱している。

 敗北が、この世界が彼の勝利を望んでいなかった現実が受け入れられない。

 屈辱と怒りに満ちた表情で大きな声を発するアカギの姿には、パールは身を竦めて震えこそすれ、心のどこかでほっとしている自覚もあった。

 

 あの人は、感情を否定していたけれど。

 捨て去ることは出来なかった。出来ずにいてくれた。

 それにほっとしている自分の感情が何によるものなのか、複雑怪奇な自らの胸の揺らぎの本質を理解するには、彼女はまだまだ幼過ぎるけれど。

 自然と胸の奥から湧いて来るこの感情を素直に受け止め、否定せず、思考を巡らせるほどには彼女は一途である。

 

「……ピョコ。本当にありがとう」

 

 パールの意志でボールに戻されぬ限り、ピョコは絶対に自分から退いたりしない。彼女を守り抜くことが自分の使命だ。

 だが、彼自身がとうに限界を迎えていることなんて、戦っている間からパールも痛切に感じていたこと。

 霞んだ視界はもはや形を捉えられず、前方のアカギに目こそ向けつつも視認できていない容態である。

 

 彼の背に跨っていたパールは、短くも深い感謝の言葉を発すると、葉っぱのシールが貼られたボールのスイッチを押した。

 抗う余力も無く、ボールの中へ戻っていくピョコ。お尻を置いていたものが消えたことで、パールは脚を伸ばして着地する。

 ずきりと痛む太ももの痛みで表情を歪めたパールは、いま改めてようやく傷の出来た自分の身体を顧みたものだ。

 柔肌が裂け、血が流れている脚、腕。心なしか髪も一部が短くなっていて、スカートの端に切れ目も入っている。

 エアスラッシュが飛び交いエアカッターに晒された戦場の真ん中で、この傷で済んだこと自体が奇跡のようなものですらあろう。

 私闘の中で傷を負った瞬間以外、忘れさえしていた痛みが今になってじくじくと蘇り、前に進もうと歩く脚が、嫌だ無理をさせるなよと激痛で拒んでくる。

 それもアカギの発した運命という言葉を借りるなら、彼女が命を失わず、アカギを打ち破ったことは世界そのものが望んだ結末だったということなのだろうか。

 

「……断じて認めぬ。私には、この力がまだ残っている。

 神をも捕らえ、その力を手中に収める赤い鎖の力はまだ残っているのだ」

 

 だが、諦めて引き下がることなど出来ない。十年近く追い求めてきたものが目前だったのだ。

 痛む脚を引きずりながら歩み寄ってくるパールを見据えながら、アカギはその行動を意に介さぬかのようにその手を握りしめる。

 三湖の精に遮られ、一度は砕けかけた赤い鎖、己の中にあるそれを再び蘇らせるために意識を集中し始めるのだ。

 

「駄目ですよ、アカギさん……!

 そんなこと、やめて下さい……!」

 

 よろよろとアカギの方へと歩み寄っていた足が、血が噴き出ても構わぬ無茶での駆け足になる。

 上天を見上げ、パールを無視して意識を集中させるアカギに、パールは半ばぶつかっていくような形でしがみつつ。

 子供とて勢いのある体の預け方だ。少し胸が詰まったが、不動のアカギは尚もパールを意識せず、自らの目的に対して集中を深めんとするのみ。

 

「どうして全然話も聞いてくれないんですか……?

 普通に、明日を迎えたいって言ってるだけじゃないですか……!

 私達から、みんなと一緒に過ごせる日々を取らないで下さいよ!」

 

 切実な意志を、懇願であり切望を。

 本当に引き返せなくなる最後の一線を超えて欲しくなくて強く訴える。

 アカギを止めるためには、彼自身に踏み止まらせる他にすべが無いのだ。

 それこそ、己か仲間の力を借りてでも、アカギを亡き者にする以外には。

 

「世界が終わっちゃったら、大好きなみんなといられなくなっちゃう!

 そんなの嫌なんです! そんな世界、なんにも素敵じゃない!

 どうしてただそれだけのことさえ、アカギさんは認めてくれないんですか!?」

 

「…………」

 

 世界のためなんかじゃない。只々自分自身の胸から無限に溢れる、世界の一新を拒む想いを吐き出す。

 誰かの代弁者であることでは決して表せない、切実な大きな声を、アカギにしがみついたパールが彼を見上げて発する。

 彼女がどれだけこの世界を、大切な誰かと共に過ごせる今を失いたくないのか、それだけはアカギにも伝わっているはずだ。

 

 そしてパールの強い強い感情に、最も耳を傾けずにいられなかったのは、彼女が見上げるアカギではなかった。

 敬愛する誰かと共に過ごし続けてきた日々に、掛け替えのないものを感じていた存在が、アカギのそばには四人もいる。

 ドダイトスに敗れたばかりで意識を失っている、アカギのベストパートナーの耳にだけは、パールの声は届かなかったけれど。

 傷ついた身体でボールの中に身を休め、大願に向けて念ずるアカギを見守っていた三匹のポケモン達。

 長年の目的のため、今なお諦めず運命に抗うアカギを、無心で肯定し続けてきた彼らの心に、嘘のつけない感情による迷いさえ芽生えさせ始めている。

 

「わかってっ、下さいよ……!

 みんなとお別れなんて、嫌なんです……!

 みんな、みんな、大好きな子達なんですよぅ……!」

 

「……………………」

 

 誰にも心を許さない、我の強い性格でありながらも、ここまで強い自分に育て上げてくれたアカギにだけは敬服し、忠誠を誓っているドンカラスも。

 弱いコイキングであった自分を見初め、必ず強くなるだろうと声をかけてくれて、手を差し伸べてくれたアカギのことが大好きなギャラドスも。

 かっとなれば見境のない攻撃性をあらわにし、同胞からも危険だと見放された自分を拾い上げてくれたアカギを、孤独でない半生の恩人と敬うマニューラも。

 掛け替えのない誰かとの永遠の別れが、どれほど全てを失った虚無の余生に繋がるのかなど、想像に難くないことなのだ。

 パールは敵だ。俺達のアカギを邪魔する許し難い敵対者だ。そんなことははじめからずっとわかっている。

 それでも、失うことを恐れるあまり涙声になっていく彼女の声を聞けば聞くほど、共感せざるを得ない想いが胸の奥底から湧き上がってくる。

 アカギとの別れを想像すればぞっとする、そんな彼らであるからこそ、パールの訴えに対して敵愾心ではない感情を抱かずにはいられなくなる。

 

 感情の神の力がかすかに残るこの聖域、言葉通じぬはずの相棒の心の声さえ聞こえ得るこの場、そんな彼らの芽生えた胸の棘の痛みは、アカギにも伝わる。

 そして、今それを感じているアカギもまた、決して彼らの感情を否定する非情には至れない。

 そんな彼らだとわかっているからだ。何年ずっと一緒に過ごしてきた。

 自身の目的のため、そうした想いなど胸の奥に秘め、蓋をし、新世界への道へ導かんとしてくれた四人の身内には、感謝こそしたとて不義など断じて思わない。

 感情というものを否定してきた自らが、配下達――いや、仲間達の感情が生み出す底力に助けられてきたことがあることも、アカギは自覚しているとも。

 

「アカギっ、さぁんっ……」

 

「……………………………………どけ」

 

 顎を引き、パールの顔を無表情で見下ろしたアカギは、彼女の両肩に手を添えて、乱暴な力で突き飛ばした。

 腕すべてを使って前からしがみついていても、非力な女の子が大人に突き放されれば為すすべもない。

 よろめくように離れさせられたパールと、握りしめていた手を開いて静かに立つアカギが、近くも遠い距離で目を合わせる。

 

 本当に、たいした少女だと思う。

 ポケモントレーナーとはとどのつまり、仲間達を育て、それを戦わせて勝利することで、ポケモン達を育てる能力を証明し、偉大とされていく。

 彼女もそうだ。ギンガ団の刺客を幾度も破り、生き抜き、ついには自分に真っ向勝負で打ち勝つ成果を現実のものとした。

 ましてや、ただ安全圏で戦うことだけでは破れぬと感じた相手に、自らドダイトスの背上という死地に身を置き、勝利のために貢献してみせたのだ。

 仲間達を育て上げたその能力のみならず、失いたくない何かを守るためにそこまでの覚悟を決めた少女に、アカギも敬意と呼べるものを抱いている。

 

 いま目の前にいる彼女が、誇るべき勝利を手にした直後とは似ても似つかぬ、涙目で救いを懇願するありふれた弱者の表情そのものであってもだ。

 無垢で、幼く、純真な、そんな彼女の想いが自らを打ち負かした事実を、アカギは目を閉じ受け入れるしかない。

 彼女に敗れたギンガ団の面々を、幼い少女に敗れた役立たずどもだと内心で蔑むことさえ、今後は二度と無いだろう。

 

「……認めるよ。

 私は、間違っていたのだな」

 

「ううぅぅ……アカギさん……」

 

 それが、新世界を変えようとしていた自らの過ちを認める宣言であればどれだけよかったか。

 パールの目にはそう映らない。冷徹な眼で言い放つアカギの言葉に続くのが、もうやめにしようというものでないことは、彼女も直感的に感じている。

 無感情でなくなってきたからこそ、アカギの目の奥から感じられる想いが、自分の望むものでないことがパールにも伝わってしまう。

 

「感情が無意味なもの、あるいは忌むべきものであると信じていた私は愚かだった。

 それが生み出した力、一年にも満たぬ歳月の中で君をここまで上り詰めさせたものが何であるかなど、今や理で問わずしてもわかることだ。

 それが私を打ち破り、君に勝利をもたらした現実を顧みれば顧みるほどに、それは奇跡をも起こし得る脅威的な力と訂正せざるを得まい」

 

「やめ、て……やめて、ください……

 私、まだ……まだ、みんなと……」

 

「――それが、私にとっては邪魔なのだ!」

 

「っ、やめて……!

 やめてえええええぇぇぇっ!!」

 

 再びぐっと拳を握ったアカギと、思わず彼に飛びつくように前のめりに踏み出したパールは、ほぼ同時であったと言えよう。

 だが、赤い鎖が再びアカギの手から生じ、彼の周りに螺旋を巻くように浮けば、もう彼に触れられる者は誰もいなくなる。

 赤き結界とも呼べるそれに弾き飛ばされ、硬い地面に倒れたパールは、傷だらけの肘と脚に更なる擦り傷を負う。

 

「……私の友が、私との永劫の別れを想像し、この道が正しいのか否かを問い始めた感情も理解は出来る。

 私自身も、それに迷いを生じかけていることも認めよう。

 そんな私の"感情"が、十数年の悲願をも自らの手で閉ざさんと訴えかけることもまた脅威だ」

 

「あっ、ぅ゙……はぁ、はぁ……

 やめてっ……やめてよ、やめてよぅっ……!」

 

「私にとって感情とは夢を閉ざす力だ。果たされるべき使命を断たんとする試練。

 私はそれを超え、果たすべきものを果たすことを、我が生涯の最後の使命としよう。

 そうせねばならぬこともまた、私の"意志"と"知識"が訴える最終命題なのだ……!」

 

 パールの覚悟と、その根幹を為す感情が、アカギという身の丈を超える存在から、勝利をもぎ取ったことは確かなのだろう。

 だが、それは彼女にとって対立する者の夢を断つという、本来為し難かったことを叶えた事実の求心力であったこともまた現実。

 がむしゃらに立ち上がり、赤き結界に駆け寄って、破れぬ壁を何度も両の拳で叩いて泣くパールを目の前に、アカギはその教訓を反芻する。

 

 感情とは害悪の象徴そのものだ。敵対者のそれが望ましくない奇跡を生み、自らのそれが悲願を否定する。

 己の歩んできた三十年近き人生を、まるごと否定せんとする二つの感情を、今ここで受け入れられようものか。

 新世界へ。その自らの原点を否定する感情に対し、もう一つの感情をいっそう大きくする形で、赤い鎖を再び顕現させるに至っている。それほどの想いだ。

 

「これが、最後だ。

 感情を捨てきることの出来なかった私は、新世界においてもまたこの愚を繰り返し、やがて過ちを犯すだろう。

 生まれ変わった真っ更な世界が、どのような新時代を歩むかだけでも見届けたいとは思っていたが、どうやらそれも正しくはないのだろう……」

 

「だめっ……だめぇっ……!

 そんなの絶対だめですよおっ!

 消えちゃ駄目なんです! 世界も、あなたも……みんな、っ……!」

 

「新世界の誕生を見届ければ、私も消えるとしよう……!

 過ちに満ちたこの世界が一新されたその事実、それさえ叶えられるのであれば、もうそれ以上は何も望むまい!」

 

 開かない扉に、開けて欲しいと必死で訴えるかのように、パールは握りしめた両手でアカギを取り巻く赤い結界を叩き続ける。

 小指の付け根が真っ赤に腫れても、たとえそのうち皮膚が破れて血が流れ始めたって、その手が止まることは無いだろう。

 だが、真の滅びを求める者に、救いを求める者達の声は届かない。

 何も要らない、空も海も大地も、空間も時の流れも、そこにあった命すべても。

 既存のものを全て消滅させ、自らがそこへ残り見届けるという欲さえ投げ捨てて。

 妄執が生み出した無敵の怪物は止まらない。止まれない。

 己が感情が否定する大願を、それ以上の感情で肯定して相反するものすべてを捻じ伏せてでも肯定する、もはや自己矛盾にさえ満ちた狂気の境地。

 

「さあ、神々よ! その姿を顕せ!

 私は屈さぬ! お前達の力は我が物だ!!」

 

 パールに背を向け、天を仰いで唱えたアカギに呼応するかのように、彼を囲う赤い鎖は強い光を発した。

 同時に生まれた強い力は、邪魔だとばかりにパールを突き放し、それは先程アカギが彼女を突き放した力の強さの比ではない。

 全身を前から強く殴られたような衝撃に胸と息を詰まらせ、それに突き飛ばされたパールは背中から地面に倒れ、後頭部を強く打ちつけて。

 彼女自身もいくつもの傷を戦い抜いた直後なのだ。目の前に星が飛ぶと同時に見上げた雲と空の色が混ざり、意識を失う一歩手前で歪んだ世界を視認するのみ。

 

 それでも、断じて受け入れたくない現実が訪れようとしている今、仰向けのパールは必死で顎を引き、アカギと彼が見上げた先を見る。

 空間の裂け目が生じたのがわかった。神が顕れる。

 ディアルガとパルキアが同時に姿を顕したあの時、世界が破滅へ向かった記憶の新しい今、それはパールに絶望をももたらす光景だ。

 

「く……!

 やはり、思い通りにはならぬか……!?」

 

 だが、パールが覚悟した最悪の展開と比べれば、いま目の前にあった光景は世界に対して希望を残していた。

 神々を呼ぶアカギの声に応え、姿を顕したのは一柱のみ。

 空間の裂け目に手をかけ、それをこじ開けるようにして顔を出し、巨大な両足で地面に降り立ったのはパルキアのみだ。

 

「怒りとは異なる眼だな……!

 だが、結末は変わらぬぞ……!」

 

 "あかいくさり"が持つ力の本質を知るアカギには、パルキアだけが姿を見せたその事実が、苦々しいものであることを否定できない。

 赤い鎖には神々の力を制し、縛りつける力がある。

 アカギがその力を振るえば振るうほど、異界に身を置く神々にまでさえその力は届き、そこでディアルガとパルキアは力を縛りつけられてしまう。

 そして神々が、異界にてとはいえ、時間や空間を操る力を抑制されてしまえば、当然のようにこの世界に存在してきたそれらにも必ず歪みが生まれる。

 世界を創造したと言われる絶大な力は、創世記に発揮されて独立した世界を生み出して終わり、そんな賜物ではないのだ。

 今もこの世界の理が当たり前のように存在しているのは、創造主たる神々が隔世の彼方からとて、この世界を離れず見守っているからだ。

 赤い鎖により神々の力が失われれば、どのみちこの世界は本来あるべき姿を失ってしまう。

 

 ゆえにこそ、それを叶えんとする悪しき意志がこの世に顕れたとなれば、パルキアやディアルガはこの世界に降り立ち、その神敵を滅さんとする。

 我らの創りしこの世界。それを亡ぼさんとする者など断じて赦すまじ。

 一度目はディアルガと共に、凄まじい憤怒を胸に顕現したパルキアだったが、三湖の精に諭されたこともあり、今は幾許か冷静だ。

 怒りはある。だが、それ以上に使命だ。

 この世界を創りし者として、この美しき世界を無にせんとする者だけは、何としても葬らんという気迫こそ最も色濃い。

 

 感情と意志。そして、敢えてディアルガの顕現を制し、我が手で決着をつけようとしたパルキアの知識。

 この赤い鎖の前においては、やはり二柱の顕現は世界を深く傷つけてしまう。

 赤い鎖の力が異界のディアルガに届くよりも早く、眼前の赤い鎖を纏いし怨敵を、我が手で葬らんとするパルキアの眼光は、アカギを圧倒するに値する。

 パールとの戦いで封じていた感情の蓋を開けさせられたアカギには、冷や汗を流す動揺も胸に抱いていよう。

 だが、それでも一歩も退かぬ意志力を取り戻し、その眼光で神を射抜くアカギは、ここに至ってなお不屈である。

 

『――――――――少女よ――――』

 

「ぅ……!?」

 

 そして、不屈はもう一人。

 一時的とて前後不覚になっていた状態、いや、未だ目の前の光景は歪み、吐きそうなほどの気分の悪さにある中で。

 パールはかろうじて立ち上がって、アカギの方へとよろよろと歩み始めていたのだ。

 そんな彼女の脳裏に響く、初めて聞く声は静かなものだった。

 それは、神を支配せんという大願に目前まで迫ったアカギを、一度は完全に打ち勝った少女に向けた、賞賛の意を含む声色でもあった。

 だからこそパルキアは、アカギに対する感情とは真逆、パールに対して抱く感情は、友好的なものでさえあったと断言できる。

 

『許せ――――!!』

 

 翼と見えるそれをパルキアが広げ、空を仰いだその瞬間、この場を駆け抜けた凄まじい力は誰の目にも捉えられなかった。

 だが、アカギもパールもそれを感じ取ることは出来た。出来ないはずが無いのだ。

 神の力という世界の在り方さえ変えてしまう程の力は、目や耳、肌といった五感で感じられなくとも、そばにいれば本能が目を逸らせない。

 

「く……!?」

 

 神の力を抑制する赤い鎖の力は、一度ひび割れたことからも不完全なのだろう。強引にアカギの意志の力で修復したものだ。

 パルキアがその力を振るったことそのものが証拠である。

 そして、空間を操るパルキアの力がこの域を駆け巡ったと同時、アカギを護る鎖がばきりという音を立てて揺らぐのだから、その矛先は明らかであろう。

 パルキアは、アカギを葬り去るためにその力を振るっている。

 

「っ……私は屈さぬ!

 葬れるものなら葬ってみろ、パルキアよ!

 貴様の力が鎖を砕いて私を滅するか、私の力が貴様の力を縛り果たすか、その力を以って問うてみるがいい!」

 

「ガギャアアアアアアアアアアッ!」

 

 赤い鎖はアカギを護り続けると同時、今もパルキアの力を抑制する魔力を発している。

 一度目の力を発するに続き、背を丸めたパルキアの姿からも、赤い鎖の力がパルキアを蝕んでいるのは間違いない。

 パルキアもまた、その力が完全に封じられるより早く、アカギを葬り去らねばならぬ状況にあるのだ。

 再び翼を広げて咆哮するパルキアが発する凄まじい力、神の力はこの場の空間を引き裂くほどのものとして、全方位に向けて駆け抜ける。

 

「ぁ゙…………!?」

 

 空間を断つ力。すなわち、どんな者もその力には抗えず断ち切られるしかない神の力。名を関するなら"あくうせつだん"。

 アカギという滅する存在に向けて放たれたそれは、赤い鎖を深く傷つけながらもはじき飛ばされ、あらゆる方向へその力を分散させ。

 その余波は、パルキアが、神の身にありながら幼く小さなその存在へ向け、詫びの言葉を向けた少女の身にさえ降りかかる。

 

 自分の右腕が、肘を境に切断され、切り離されたそれが宙に舞う光景を、一瞬の痛みの直後にパールは目にしていた。

 凄絶なる現実はパールの表情を一変させ、彼女が己の喉さえ焼き切らんほどの悲鳴を上げる一瞬前。

 その光景をも目にしていたパルキアは、苦々しい眼の色を一瞬匂わせはしたものの、己の行為への一切の躊躇いや悔いを封じてアカギを睨み下ろすのみ。

 こんな犠牲は避けたかったとも。それでも、儘ならぬのだ。

 

 世界を護るためであるならば、勇敢なる少女の命さえ。

 神は非情だ。その非情さこそが、かの少女が命を賭してでも守り抜きたかったこの世界を、アカギから奪還するための最大の武器でさえあったのも事実である。

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