ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第143話  罪には罰を

 

 

「………………あっ、来た」

「いやいや、ちょっと……

 余計なものがついて来てるじゃないのよ」

 

 そこはテンガン山の一角だ。

 広大かつ、人の手で均されてない場所に満ちたテンガン山は、追っ手の目を避けたがる隠遁者達には絶好の隠れ場となる場所がいくつもある。

 マーズとジュピター、シンオウ地方で指名手配されている二人はあの日以来、この山に身を隠していた。

 

 アカギはパールに敗れ、神の力を手にすることも敵わぬまま姿を消してしまったことも、サターンから通信機を介して既に聞いている。

 ギンガ団の野望は潰えたのだ。シンオウ全土の人々を敵に回し、首魁は消え、神々に手を届かせる手段ももう無い。

 自分なりには大いなる悲願を掲げていた二人の夢も、もはや永遠に道を閉ざされた。

 これからのことを考える気分にもなれぬほどの喪失感に見舞われた二人は、意気消沈してこのテンガン山に潜んでいたというところである。

 

「すまないな、二人とも。

 こんな寒い場所で何日も待たせてしまって」

 

「そんなことよりあんたの後ろのそいつ何?

 警察みたいなもんでしょ」

「やるなら全力で抵抗するわよ。

 敵うかどうかなんて関係ないわ、あんたみたいなのの思い通りになるのだけは嫌だからね」

 

 夢断たれ、肩を落としていた二人をこのテンガン山に留めたのはサターンだった。

 ギンガ団の夢が破れたことを二人に伝えると同時、最後に顔を合わせて話そうという旨とともに、サターンは二人に山で待つことを頼んでいた。

 もしも二人が自棄になってしまい、山を降りてお縄につくことになってしまえば、きっと二人とは長く長く顔を合わせることも叶うまい。

 話せるうちに、最後に一度だけ。やけにならぬよう二人を促し、サターンは今再びマーズやジュピターとの再会を果たすことが出来た。

 

 が、マーズもジュピターもモンスターボールを手にして身構えている。

 何せサターンだけで来ると思ったら、シロナまで一緒ときたもんだ。

 これが味方はあり得ない。ギンガ団残党の筆頭をとっ捕まえにきた刺客の匂いがぷんぷん。

 しかしシロナは、マーズやジュピターとの対峙に渋げな顔こそしつつ、両手を前にして首を振る。

 

「心配しなくてもあなた達を捕まえて警察に突き出そうとしたりはしないわよ。

 こいつとそういう約束だから」

「いてっ。

 頭にグーパンって気安過ぎるぞ」

「あたしはこいつのそばを離れられないからね。

 それでもこいつがあんた達と最後に会いたいって言ってるわけ。

 あんた達には色々と思うところありまくりだけど、少なくとも今日はそういうつもりないから」

 

「……ど~かなぁ。

 サターン、信用していいの?」

「あんたあたし達をシロナに突き出して、司法取引で減刑なんて企んでないわよね」

「企んでないっつーんだよ。

 君達の中でどんだけ僕は策士なんだ」

 

 信用ゼロ。サターンも織り込み済みのようで、苦笑気味に笑うのみで不快に思っていない。

 それだけしたたかな可能性もあると今なお思われているのなら、ギンガ団参謀としてそれだけ頼りにされていたという証明でもあろう。

 我の強い二人だけど、それでも自分を同士として信頼してくれていたんだなという実感と共に、サターンは感慨深くなるのみだ。

 そうした関係も、もう今日で終わりだから。

 

「シロナ、少しだけいいかな。

 二人が怖がるからちょっと離れておいてくれ」

「まったく……裏切ったら桁外れにひどい目に遭わせるからね」

「怖すぎるだろ。

 そんな君を今さらまた敵に回してたまるもんか」

 

 ぶすっとしながらシロナは何歩も後退し、サターンから、ひいてはマーズやジュピターからも距離を取った。

 離れた場所からサターンのことをじっと見つめる目線からも、監視しているような姿勢そのものには変わりないけれど。

 ちょっとサターンが本気になってしまえば、彼も逃げ得る状況を許すぐらいにはサターンを信用している行動に他なるまい。

 サターンは目尻を下げた笑みを、親友の心遣いに感謝を告げる想いと共に浮かべて振り返り、改めてマーズやジュピターと向き合う。

 

「――さて、後始末だ。

 まずは二人とも、すまなかった。

 あれだけ組織に貢献してくれたにも関わらず、君達の願いに応えてギンガ団の目的を果たすことが出来なかった。

 ギンガ団の参謀として詫びる。本当に申し訳ない」

 

「…………別に、仕方ないわ。

 ボスもあんたも、やるだけのことやってくれたんでしょ」

「あたし達よりも腕の立つ、賢い奴らが、やるだけやって駄目ならしょうがないわ。

 いい夢見させて貰った数年間、別に悪くなかったしね」

 

 深々と頭を下げるサターンに、二人は批難の声を向けなかった。

 確かにサターンやボスの命じるまま、汚れ役も一手に引き受けてもきた。結果、今では指名手配犯。

 夢潰えた挙句、社会復帰も困難な状況だけが残った今の二人の境遇は、今までのどんな苦境にも勝って過酷だ。

 それも、あくまで身から出た錆。望んでこの道を進んできた二人は、詫びられることではないと、苦い顔をしつつも責めぬ本心をそれなりに見せている。

 

「ギンガ団は終わった。君達の願いもだ。

 幼い頃に離れ離れになったニャルマーと再会したいという君の夢も。

 時を遡って人生をやり直したいという君の夢も。

 もはや、神の力を借りてそれを叶えることはもう出来ない」

 

 必要の無い言葉だったが、サターンは敢えて口にした。

 それは知れたことを聞かされるマーズ達にではなく、後ろでこの会話を聞いているシロナに聞かせる意図の方が強い。

 仲間達は、誰もが一度は願うような、だけど諦めざるを得ないようなことを本気で追い続けた、純然な想いがあってのことであったのだと。

 それがしてきたことの悪辣さに対する言い訳にならぬことも、同情など尚のこと買えぬことも、当然サターンはわかっていたけれど。

 誰にも知られざることのままにはしておきたくなかったほどには、サターンはマーズとジュピターに思い入れを持っているというだけの話だ。

 

「これからどうする?

 追われることに疲れたなら、自首することも選択肢だが」

 

「あたしはイヤよ。

 捕まっちゃったらあたしのポケモン達とも離れ離れじゃないの。

 指名手配犯のままでいいわよ、ずっと逃げ続けるから」

「目指すことも無くなったし、あたしは自首してもいいかなとも思ったけどね。

 でもどうせあたし、自分のやってきたことが間違いだったとは思えないし。

 捕まったところで反省もしないし、それで"罪を償います"なんて言うほどしおらしくはなれないわ。

 だから、お縄につく気は無いわね」

 

「はは、逞しいな君達は。

 いいぞいいぞ、そのまま逃げ続けろ。

 十年逃げ続けられたらたとえ捕まってもドラマ化されるかもな」

 

 犯罪行為に及んだポケモン使い、敢えてトレーナーとは呼ばれないそれは、警察に捕まった瞬間にポケモンとは引き離される。

 マーズは自分のポケモン達と離れたくない。絶対に、自分の意志で自首なんてしないだろう。

 ジュピターもひねた考え方だが、こちらも逃亡生活をこれからも選ぶようだ。

 夢を失った二人が抜け殻になり、未来に絶望してしまうことを心配していたサターンだが、それは杞憂だったようだ。

 自業自得とはいえ茨の道が約束されたこれからを、こんな確たる意志の目で歩んでいくことを宣言する姿は、身内だった者としてほっとする。

 

「あんたはどうするの?

 一緒に来る?」

「いや、僕は罪を償うよ。

 僕が出頭するまで、彼女が付添人って感じだからさ」

「…………そう」

 

 そんな二人の選ぶ道とは真逆、サターンはもう自首することを決めている。

 彼の実力ならば、捕まらずに逃げ続ける生活もマーズ達以上に選びやすかろう。

 だが、逃げて逃げての繰り返し、その果てに目指すものがサターンには無かった。

 自分のポケモン達と一緒にい続けるためのマーズや、捕まること自体が肌に合わぬジュピターと違い、彼には逃亡生活を選ぶ意義が無い。

 

 それに、何よりも。

 

「オーナーのあんたが稀代の犯罪者となれば、トバリのギンガ団も大変よ。

 あんたはそれでいいの?」

「申し訳ないとは思ってる。信じられないほどの苦労をかけるだろうな。

 だけど、してきたことの罪は償わなきゃいけないんだ。

 過ちはそれを正すことが遅れれば遅れるほど、傷は深くなり周囲の人に及ぼす余波も大きくなる一方だ。

 長い目で見れば、僕が早く自首することがベストだよ」

「まあ、そうだけどね……

 ごめんなさいは一秒でも早く、こんなの常識だしさ」

 

 サターンは、コウキはトバリシティの名士だ。

 アカギが率いたギンガ団とは別の、故郷を愛し、トバリシティの発展を純粋に目指した集団を導いてきた偉人。

 それこそあの街のみにおいてなら、チャンピオン以上に尊敬され、愛された偉大なギンガ団オーナーである。

 そんな彼が悪のギンガ団にも与し、いくつもの犯罪行為の糸を引いていたことが明るみになれば、社会的な失望は只ならぬものであろう。

 ましてトバリシティの人々にすれば、失望以上にショックが勝ることは間違いない。コウキはそれだけの人物なのだ。

 彼が導いてきたトバリのギンガ団達も、その善行や実績で築かれてきた信頼も一日で崩れ去り、後ろ指を差されることになるのは間違いない。

 

 それでも何の償いもせず、何食わぬ顔で彼がギンガ団オーナーの椅子に戻ることなどあり得ない。

 もう、一部とはいえその事実を知る人物が何人もいる。シロナやパールをはじめとした、何人もが。

 そんな彼女らに、黙っておいてくれよと頼むのか。それではまるで異国の腐った政治家だ。メリッサの故郷、治安の乱れた都市のお偉い様のように。

 サターンはもう、覚悟を決めたのだ。失うものの大きさと、自分についてきてくれた人々への裏切りと、それに対する誹りを知りながら。

 夢破れた今、もはや償うための日々を歩み出すことを一日でも早くスタートさせることが最善だと、彼は正しく知っている。

 したたかだと感じられるだろうか。大人はこれが出来なくてはいけないのだ。

 もう、大義を掲げて罪に背を向けるような、幼い夢からは覚めなくてはならない。

 

「シロナに見送られて、行ってくるよ。

 君達とは、もう会えないだろうな。

 本当の意味での今生の別れではないが……そう考えて正解だろう」

 

「……あいつ、ただ単にあんたを見張ってるってだけでもなさそうね」

「それも半分はあるんだろうけどさ」

「はは、わかるんだな。

 最後の最後まで甘い奴なんだよ。

 そのくせ、戦えばくそ強いって色々と反則だよな」

 

「余計なこと喋らなくてよろしいっ!」

 

 お喋りを聞いているシロナは、わざわざ遠くから大きな声で怒ってきた。

 悪の中枢を担ったサターンが自首すると主張した以上、逃がさないためにずっと見張っているのも事実。

 だけど、旧友であるコウキとの長い離別を心の底から望んでいるわけではないから、最後まで見送りたいという感情があるのもまた事実。

 徹底的な正義たるには、今のシロナにはサターンとの、もっと上手い接し方はいくらでもある。そうしない、出来ない理由は彼女自身にあるということだ。

 

「ああいう甘い奴に僕達は負けたんだ。

 手段を選ばない悪人たる僕達と違って、安易に勝利を手繰り寄せる手段をも選べない、そんな奴らさ。

 ジュピターもそろそろ、僕と一緒に子供を卒業する頃合いだよ」

「そんなこととっくにわかってるわよ。

 でもあたし、今さら品行方正な大人になんてなれないの。

 誰に何と言われようが、やりたいことをやるだけの大人でい続けるわ」

「マーズ、諦めるなよ。

 逃亡生活の中で唯一の夢を叶えるなんて、今まで以上の苦難だろう。

 それでも君なら、僕達のような頼るすべが無くたって、前に進んでいくことが出来るはずだ」

「当たり前でしょ。あんたなんかと一生会えなくてもあたしは孤独じゃないわ。

 あたしにはこの子達がいるんだから。一生、一緒よ」

 

 犯罪者達を、さらに罪深い逃亡者という道へと送り出す言葉を紡ぐこともまた、決して誇れることではない。

 それでもサターンは、膝をつかず歩いていくことを宣言する二人の姿が嬉しかった。

 罪を認めるにせよ、罪から目を背けて黒い道を進もうが、どんな道を選んだって人は生き続けていかなくてはいけない。

 長年、信を預け合った同胞が、絶望せずに未来を見据えて生きていこうとする姿は、どうしたって嬉しさが勝ってしまう。

 正しいか間違っているかなんて関係ない。感情とは、理念で以って定義される正義に対し、交わり合わぬねじれの位置によくあるものなのだから。

 

「じゃあな、二人とも。

 君達と目指した夢も、共に歩んだ日々も、今にして思えば楽しかった。

 僕が信じる道を突き進めたのは君達のおかげでもあった。ありがとう」

 

「………………ふん」

「……頑張んなさいよ。大変だろうけど」

 

 鼻を鳴らすジュピターも、惜別の感情をかすかに匂わせる目尻のマーズも、わかりやすい形でサターンを後押しはしない。

 それでもいい。誰に後押しされずとも、自分の決めた道は自分の足で歩く。

 そうだとはっきり心に決めていても、別れを惜しんでくれる同胞達の態度に、サターンは同じ想いの寂しい笑顔を見せると、二人に背を向けシロナの方へ歩く。

 

「さあ、行こうか。

 君にも感謝するよ。たくさん、我が儘を聞いて貰ってしまったな」

「本当よ、貸しいくつ作ったかわかんないわ。

 きりがないから一つのでっかいのに纏めたいぐらい」

「怖いねぇ。

 何度も何度も借りを返していくのとどっちがマシかな」

 

 テンガン山を降りていく道の中で、シロナとコウキの会話は弾んでいた。

 一枚越しの面会などという形でない、同じ空の下で話せるのもこれが当分最後になる。

 だからなのか、シロナの口数は自ずと多くなる。コウキは話すも黙るもシロナの望むがままに出来るよう、キャッチボールを途絶えさせない。

 

「……中途半端せず、しっかりしなさいよ。

 途中で諦めたりしたら絶対に許さないから」

「ああ、わかってる。

 弱音ひとつ吐かずに最後まで生き続けてみせるよ」

 

 稀代の犯罪者として重い刑を科せられ、当然の誹りを受け、社会的な信用も地位もどん底からのスタート。

 罪を償うということ、きっと一生をかけて貫き通さねばならぬであろう、その本質の険しさは言うに及ばない。

 償いきれずに終わってしまうことなど存分にあり得ることだ。シロナは、そうならないで欲しいと訴えている。

 コウキが彼女に借りたものの多くを返済するには、その想いに応えられれば充分だ。それだけの険しい人生が、彼の行く先には待っている。

 

 そんな道を自分で選んだのだ。それで格好つけて終わりでは締まるまい。

 今なお自らを案じてくれる親友の存在が、山を降りる中で下り坂を見下ろしもせず、天を仰いで彼の大きな救いとなっている。

 幼き頃からの親友は、何にも勝って掛け替え無い。そして、敵わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………た、ただいま~」

 

 犯罪者でもないくせに、盗人のような忍び足で我が家に入っていく少女がいる。

 とても怖がっている。もの凄く悪いことをした自覚はあるようなので。

 めちゃくそに怒られる覚悟を決め、それでも帰ってきて、いざ玄関の扉を開けたら腰が引けているというメンタルの弱さ。

 正義感の強さから行動を起こせるタイプの少女ではあるが、この臆病さではそもそものところ、逆立ちしたって悪人なんかにはなれなさそうである。

 

「おかえりなさい」

「たっ、ただいま! ゆるしてください!」

「だめ」

「うぅぅ……なぐられる?」

 

 パールを迎えたお母さんは、わざわざ怒っていることがわかりやすい顔をしていなかったが、やはり機嫌は良くなさそう。

 幼い頃はダイヤと一緒になってのやんちゃがひどかったパールなので、案外このお母さんも平手で厳しくしつけたことはある。

 その甲斐あって、6歳を過ぎた辺りからダイヤよりは常識的な子に育ったわけなので、今でもお母さんを本気で怒らせるのがパールは怖い。メッされちゃう。

 

「ごはん、出来てるからとりあえず食べなさい。

 食べながら何してきたのか全部聞かせなさいよ?

 ウソとかついたらもっと怒るからね」

「は、はいぃ……さからいません……」

 

 もっと怖い悪人に挑んできた気骨のあるパールだが、それは自分のやってることが間違いじゃないはずだって信じてこられたから。

 100%自分が悪い時に、真っ当に叱ってくるお母さんには、ぐぅの音も手も足も出ないというものだ。

 それにしたって、そこまで荒っぽいお母さんでもないのに、屈服宣言が弱すぎてヒエラルキーが誇張され過ぎでもある。根本的にビビり過ぎ。

 子供はなかなか、大好きであればあるほど親には逆らえないのも確かなのだが。

 

 夕食の席、二人は向かい合ってではなく隣り合うように座った。

 そう座らされたとも言う。対面に誰もいないテーブルに。

 お母さんの癇に触れることを言えばすぐさま、つねられる位置で尋問スタート。パールの目の泳ぎっぷりは凄まじい。

 

「はい、どうぞ。

 ある程度、他の人からも話は聞いてるんだからね?」

「え、え~っと……何から話せばいい、かな……?」

 

 ごはんを食べながら自分のペースでゆっくりどうぞ。

 とはいえ、ご飯に逃げてだんまりの時間を続け過ぎると、お母さんの怒りのボルテージが溜まることもわかっているので。

 何とか頭を回して言葉を搾り出し、パールはこれまでのいきさつを話し始める。

 水がすごい勢いで減っていく。おかわり回数が凄い。明日、お腹を壊しそうである。

 

 逆らう気持ちゼロのパールは、何一つ包み隠さず全部お母さんに話した。

 いちいち話さず伏せておいてもいい話も多少はありそうだが、一つも隠さず話すぐらいには無抵抗というわけである。

 話が進むにつれてスケールの大きい話になってきて、最後には神様と対峙したという話まで飛び出してくるときたもんだ。

 流石にお母さんも、それ本当なの? と疑わしい目と声で問い返すことが幾度かあったが、パールはわたわたしながら本当であることを念押しするのみ。

 我が子のことはわかっているお母さんである。嘘をついていないことはわかる。そもそもこの子、嘘が上手なタイプでもないし。

 そして、言ってることが本当であるとわかればわかるほど、余計に信じられなくなるというパラドックスの出来上がり。

 

「あなた、信じられないぐらいの大冒険してきたのねぇ……」

「で、でへへ……?」

「褒めてない」

「いひゃい……」

 

 パールのほっぺたをつねるお母さんだが、呆れだとか怒りだとか、そんな感情はもう溶けてしまった。

 まさかこれほど、一歩間違えば命を落としていたであろう程の世界に身を投じていたとは、後から知る形であってまだよかったと思う。

 我が子がそんなことをしていたなんてあらかじめ知っていたら、最悪の結末になってしまったらどうしようと、毎夜泣かずにはいられなかっただろう。

 不安ではない、恐怖だ。それも特段の。

 心配かけてしまったことを気まずげに、申し訳なさげにしている愛娘が、今ここにいてくれる実状あってこそ聞ける話に過ぎない。

 

 生きて帰ってきてくれて本当によかったと思う。今すぐ抱きしめたい。

 そうして甘やかすと良くないとも思うので、やらない。パールのほっぺた片方をつねっていた状態から、体ごと彼女に向き直って両ほっぺをつねる。

 

「聞けば聞くほど悪い子ね。

 本当、痛い目見ないとわからないみたいだから覚悟なさい」

 

「ひゃえぇぇ~……ゆるひてぇぇ……」

 

 顔を横にびろーんと伸ばされ、しくしくした目になってるパールだが、その手でお母さんの手を止めにいくこともしない。

 とことん無抵抗である。怖くて手が出せないというよりも、何一つ弁解できないので気持ちが折れている。されるがまま。

 パールなりに覚悟は決めているらしい。何をされても耐える心持ち。

 何でもされますから許して=お母さん私のこと嫌いにならないで、の一心なので、それも感じるお母さんとしてはやっぱり可愛く感じるのだけど。

 容赦しないのも親の務めとして、厳しくいける芯の強いお母さんである。

 

 やっと勝ち取った当たり前の日常というやつも、時には痛くて苦しいものだ。

 それも含めて掛け替えのない素敵な日常、とは確かに言えるのだが、今のパールにとってはつらいつらい。

 こんな今のことを良い思い出に変えていくまでには、まだまだ時間がかかりそうである。

 それこそ、パールが大人になるまでだ。

 無鉄砲で、顧みずで、そうだと決めたら周りのことが見えなくなって、どこまでだって突き進んでしまう子供。

 そんなパールがしっかりした"大人"になるまでは、まだまだ長い時間を要するだろう。

 

 きっと、他の子供達よりも、ずっと。それも、過ちを繰り返しながら。

 大なり小なり、誰もが必ず通る道。パールは大の側だというだけだ。

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