ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第145話  ナギサシティ

 

 

「ついに来たっ!

 チャンピオンを目指す旅、最後の街っ!」

「やっとだね。本当に、やっとだよ。

 色々あり過ぎたもんなぁ」

 

 シンオウ地方のポケモンリーグ本部へと続く道の玄関口、ナギサシティ。

 地方最東部に位置し、南と東に隣する大海に寄り添う、"太陽の街"と呼ばれて長い都である。

 街の構造はシンオウ地方全体で見てもかなり異質であり、海の上に橋をかけて、複数の島々を繋ぐ形で一つの街を形成させるというものだ。

 近代的なインフラを整備するにあたって、当時の苦労が他の街よりも大きかったであろうと容易に想像される構造である。

 

「で、どうするの? 早速ジム?」

「そんなまさか!

 街をじっくり見て回りながら最後にジムに辿り着くのですよ!

 プラッチには旅の情緒というものが無いのかね!」

「へー、意外。

 まずジム行って、挨拶と試験を済ませてから街を見回るものかと。

 っていうか今までだってだいたいそうだったじゃん」

「もうね、今の私はかつてのような、早く早くのせっかちさんじゃないのですよ。

 苦しい戦いを経て大人になったのだ!」

「すごいね~」

「1ミリも信じて貰えないのはわかってたけどリアクションが冷たすぎる」

「わかりやすくていいでしょ」

 

 苦しい戦いを経て云々は微塵も関係ないであろうが、確かに今のパールはかつてと比べれば、旅に対しての意識が変わったと見える。

 パールは確かに、早くチャンピオンになりたかった。旅足も速かった。

 有名になって、命の恩人に呼びかけることを、憧れの人との再会を早く果たしたかったからだ。

 だけど今のパールはもう、チャンピオンになった後の目的がもう失われている。

 今の彼女に残っているのは、ただチャンピオンになってみんなと喜びを分かち合いたい、それだけだ。何も、急ぐ理由なんてない。

 今日中にナギサシティの玄関を叩くことは決まっているとて、今までのように街に着いてさっそく、ではなくなった精神的な根拠とはその辺りだろう。

 見方によってはギンガ団との戦いの果て、会いたかった人に会えたことが一因でもあるので、彼女曰くの一皮剝けた理由とやらも的外れではないかもしれない。

 

「まあ、せっかく昼前に着けたんだしね。

 僕もナギサシティに来るのは初めてだし、ここは他の街と比べてもだいぶ趣も違うから見て回るのは楽しみだよ。

 先に堪能できるなら僕もその方がいいな、せっかちパールに振り回されずにのんびり出来るし」

「ジム行こ」

「ゆっくり街を見て回るんでしょ」

「私のことをせっかちとか言うヤツの思い通りにはさせない」

「地雷だったのか」

「それはアホな私の幼馴染の専売特許ってやつだっ!

 それを私に言うなっ! 屈辱的だっ!」

 

 ふしゃーと全身の毛を逆立てる勢いと剣幕でわやわや言ってくるパールに、わかったわかったとプラチナもお手上げポーズで退いてあげることに。

 本気で怒っていないのはもう流石にわかる。こんな気心知れたやり取りが出来ることを楽しめばよい。

 この晩、二人とも寝る前に気付くことだが、本当に何日もこの程度のやり取りすら出来ない毎日が続いていたのだから。

 今日は楽しかったなぁと、一か月前の何倍も感じることは間違いなし。

 

「さぁー行くぞプラッチ!

 私のペースで行くのだ! 異論は認めないぞ~!」

「わっ、とと。

 前よりもパワフルになってるなぁ……」

 

 パールがプラチナの手を握り、ぐいぐい引っ張ってナギサシティを歩きだす。

 手なんか繋ぐ形になって少し驚いたプラチナだけど、温かくて柔らかい感触に頬まで緩まされ、パールの早足についていく足も弾む。

 今が楽しい。そんなパールを見るのも久しぶりな気がしてならない。

 そんな彼女の顔を見るのが何よりの眼福であり、そうしてパールの顔に目を向ければ、なんだかパールの頬も耳もちょっと赤らんでいる。

 

 ああ、わかった。これは絶対に傲慢や思い上がりじゃない。

 ジムに挑むのも大事だけど、まずは初めて訪れた地での、プラッチとのデートだと彼女は決めてくれている。

 脅威は強引だなとは思った。思い切ってくれているのだ。

 自然な風に見せかけても、自分の方から意を決して手を繋いで。そして気付けば、すぐには離さないからねとばかりにちょっと手の力が強いのもわかる。

 彼女の鼓動を指先から伝えられたような気がすれば、プラチナの胸も、苦しくもあり心地良くもある脈が強くなり始める。

 

「えへへへ、プラッチ、今日はほんとに私のペースでいくぞ?

 ちゃんとついてくるんだぞ?」

「……うん。

 置いて行かれるようなことなんて絶対にならないから」

 

 彼女を喜ばせる百点満点の回答だ。

 今日はずっと一緒だという遠回しな言い口に、僕もそのつもりだと遠回しな返答。

 この日一番に嬉しそうな表情で笑うパールの姿に、プラチナは利き手を握られてさえいなければ、ガッツポーズでもしたかったぐらいだろう。

 

 本当に何気ないことだが、未だプラッチと呼んでくれることが本当に嬉しい。

 一緒に旅してきた長い長い時間で培ってきた二人の絆が、名前を明かした今になっても何一つ変わらず、今これほどの繋がりとして結実している一つの象徴。

 きっとこれからプラチナは、恋した側が告白することを恐れる根拠というものを、これからいよいよ切実に思い知っていくことになるのだろう。

 今の関係が本当に幸せなのだから。

 なるほど今の関係を壊したくないから告白が怖いという、何も知らない幼き頃には理解できなかった恐怖も確かに切実だなと。

 

 

 

 

 

「太陽の街、ってどういう意味なんだろうね。

 どこの街でも、お日さまは照らしてくれるし別にこの街が特別ってわけじゃないでしょ?」

「それはやっぱり、この街が太陽光発電に力を入れてるからでしょ。

 ナギサジムのジムリーダー、デンジさんは電気タイプのポケモン使いだからね。

 街にエネルギーをもたらす有力手段として、あの人がその技術を積極的に推して、それで近年のナギサシティがあるのは確かだよ」

 

 太陽光から電力エネルギーを獲得する技術とは、確立されたその時は画期的だと賞賛されたものだ。

 実際、そのための装置を置いておくだけで、誰のものでもない空からの恵みで小さくないエネルギーが産出される。本当に革新的である。

 とはいえ実用して初めて明るみになる、想定を上回る欠点というものが浮き彫りになっていくというのも科学の永久命題。

 天候に期待値が左右されることもそうだし、メンテナンスや維持も案外大変だとか、その割に設置に必要な面積や地価が後々重くのしかかってきたり。

 特にシンオウ地方は寒冷なので、冬になると雹が降りやすいというのも痛い。

 人の手では回避できない自然災害による損傷が設備に発生するというリスクも、他の地方と比較して大きいのだ。

 

 この街に太陽光発電による特色を求めたデンジは、概ねのところの課題をクリアしてくれた立役者である。

 天候変化による日ごとの日照差はどうしようもないが、土地はジムリーダーとして所有を許された土地を最大限活用して設備を多く投入している。

 メンテナンスは自分の知識で完璧に果たすし、雹ないし自然災害で傷みやすい点も、特別な設備を作ることである程度解消している。

 特筆すべきは、彼がそれを私財で果たしている点だ。そして、街に点在するそれらにも、同じ手ほどきをしている。

 おかげでナギサシティは、財政を圧迫されることもなく、太陽光発電の恩恵を受け、それを活かして街に特色を得ることに成功しているのだ。

 街からすればデンジ様々というところだろう。もちろん、ジムやデンジ個人にも快く何らかの還元は果たしていよう。

 決してムラのある太陽光発電のおかげだけで街が極端に潤っているわけではなくとも、こんな特色さえあれば観光客が来ることもある。

 ナギサシティを構成する島々の一つが、照り返しの強い太陽光電池いっぱいで輝く姿は、自然的絶景ではなくとも見応えはあろう。

 この街の話ではないが、発電大風車が並ぶ都市はそれだけでも、客足を呼ぶ実績があるのだ。やはり個性的な街の見所というものは人を惹き付ける。

 後述するが、ナギサシティは他にも見所が沢山あるので、こうした個性を一つ新たに得られた昨今、その強みというものは相乗効果で只ならない。

 

「でも、太陽光発電の街っていう風になったのって最近でしょ?

 昔から太陽の街って言われてる理由にはなってなくない?」

「あ~、パール君いいところに気付きましたねぇ。

 そうなんだよ、ナギサシティは数百年前から太陽の街なんですよ」

「あっ、なんだか先生っぽいカンジになってる。

 学者のタマゴ魂がはたらいているのか」

「パールも事前にこの街について勉強してきたんだね。

 でも、僕はさらにその上をいくぞ? 何せ学者のタマゴなんだから」

「その辺につけヒゲ売ってないかな?

 今のエラそうなプラッチにはきっと似合う」

「マジック持ってない?

 今ならチョビひげ自分で書くよ」

「うわっ、かつてないほどプラッチがテンション高い!

 これだから学者のタマゴは!」

 

 勉強家というやつは、学んだ知識を人に語りたくなってしまうものだから時々めんどくさい。

 プラチナもそれが自分の悪癖になり得ることは案外わかっている。この年でわかっているぐらいには彼ってばお利口さん。

 だけど抑えられない。馬鹿らしいやり取りの口ぶりでパールを笑わせているが、語りたい本心に蓋をしてなどいられない。

 だってパールがあらかじめこの街のことを勉強してきてくれたのだって、デートの舞台になる街についてあらかじめ、知識を貯えてきてくれたということだ。

 そりゃあ普段は冷静な彼とて、パールの仰るとおりハイテンションでいずにはいられないというものであろう。

 

「よーしパール、ヒントをあげよう。

 ナギサシティはシンオウ地方で一番東に位置する街なんだ。

 これでわかるかな? 一番、東、だよ?」

「東、ひがし、東…………

 はいっ、わかりましたプラッチ先生!

 一番東ということは、太陽が昇る東に一番近いということですね!」

「ん~、半分正解!

 確かにそうなんだけど、その解答じゃ半分なんだ!」

「おおぉ、プラッチが楽しそうだ。かつてないほどに。

 いいよいいよ、そういうプラッチをどんどん出していこう」

「あ、今度はパールが先生みたいになった」

 

 歩きながらこの会話である。

 繋いでいた手はもう離しているが、そのぶん二人とも空いた両手で、聞くにも語るにも挙動を混ぜてのお喋りだ。

 はいっ、と手を挙げるパールにせよ、ん~、と顎に拳を当てて惜しいねという仕草を見せるプラチナにせよ、会話に言葉だけじゃなく体を使うのだ。

 それって世間的には、はしゃいでいるとさえ言える。特にプラチナがここまで子供っぽくはしゃぐなど、余程に楽しい証拠としか。

 

「ナギサシティの東って言えばあっちの方かな。

 何が見える?」

「何がって……なんにも?」

「あるよ、何かが。何がある?」

「……………………うみ?」

 

 プラチナが指し示したナギサシティの東には何も無い。

 海が広がり、水平線があるのみだ。大洋を隔てた遥か彼方の異国など、その水平線には影すら映りようもない大海。

 何も無いと一度は解答したパールの言うとおりでありながら、街の東には海しかないことに、ナギサシティが太陽の街と呼ばれる最大の根拠がある。

 

「日が昇る街の東には、山も森も無く、海しかないんだよ?

 水平線があるだけなんだ。どう思う?」

 

「……………………あーっ! わかった!

 もしかして――――――――」

 

「―――――――そう、正解!

 ナギサシティはずっと、昔からそうだったからね。

 シンオウ地方の"太陽の街"って言われた理由がわかったかな?」

「昔の人ってそういうことに大きな意味を感じていたんだねぇ」

「ね、知ることって面白いでしょ。

 僕が学者を目指してる気持ち、結構わかってもらえない?

 僕もこれ知った時、へ~って思ったもん」

「ポケモン学者志望なのにポケモンと関係ないことに?」

「関係無いよ、知ることは楽しいからさ。

 お勉強って響きだとすっごくつまらないけど、知らなかったことを知るのは楽しいよ」

 

 たくさんヒントを貰ってながら、この街が古くからの二つ名を持つ理由に自分の思考で辿り着いたパールは楽しめている。

 確かにお勉強なんてつまらない。退屈だもの。

 でも、自分で何かに気付けた瞬間は、やったと思える。わざわざ意識しないだけで誰にでも経験のあることであろう。

 それをさせてくれる先生がいると、今よりちょっとはお勉強も楽しくなれたりするのだろうか。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。今が楽しければそれでいいのだ。

 お勉強に抵抗のないプラチナ、小難しい話が苦手なパール、本来それだけ真逆な二人がこの内容で楽しく語らえるのも、考えようによってはなかなかに特異。

 知識というものは決して単に崇高なものではないのだ。子供同士の会話を、これだけ弾ませるきっかけにもなり得るもの。人々に歓楽をもたらし得る。

 知識の神というものが信仰されるのも納得だ。

 

 

 

 

 

「それにしてもポケモン岩、すごかったねぇ。

 帰りももう一回じっくり見ていい? あれすごい好き」

「今日はパールのペースでいくんでしょ?

 よっぽど楽しかったみたいだし、あれ見ちゃったらダメとは言えない」

「私そんなに楽しそうだった?」

「目ぇキラッキラしてたよ。

 ついでに自覚ないかもしれないけど、小声で『かわいぃぃぃ~』とまで」

「なんだそのモノマネわっ!

 バカにしているのかっ!」

「いやいや、マジでそんなんだったから。

 僕しばらくパールに話しかけなかったでしょ。

 邪魔しちゃ悪いぐらい夢中だったんだよ、パール」

「うえぇ、なんか後から聞かされると恥ずかしいな……」

 

 プラチナのひけらかした知識に感動したりもするぐらいには感受性の強いパールだが、やはりパールは、目で見てわかりやすい感動にこそ心を揺らされる。

 近年は太陽光発電が一押しのナギサシティだが、この街の売りとなるものはそれだけではない。

 シンオウ地方の最も東の街かつ、そのさらに東には海しか無く、最低標高の朝日を拝めることから、シンオウ地方で最速の朝日が拝める街。

 ゆえに太陽の街と称されてきたこともまた売りではあるが、それさえこの街の最大の売りかと言われればわからない。

 ナギサシティには、海面から顔を出す岩島の一つが、まるでポケモンの形をしているようだと評判の"ポケモン岩"が、観光対象としては最も有名だ。

 

 これが驚くほど、カビゴンのシルエットにそっくりなのだ。

 何が凄いかって、人の手を一切加えられておらず、雨風や波に削られた岩の形が、自然とその形になっていること。

 さらにはそれが、その形になってから何年も、何十年も、それ以上は削れずにその形状を保っていることだ。

 もちろん、ナギサシティの側もその形を維持するために、手入れをしているわけでもないにも関わらずである。

 少し考えれば風雨や海に形に数年で変えられて当然のそれが、何年にも渡って同じ形のままでいられることは神秘的でさえあろう。

 

「カビゴンかわいい?」

「かわいいよぉ~、おっきくて強そうだけど可愛いよぉ。

 テレビで見るたび、目が離せなくなっちゃう」

「まるっこいのが好きなんだね。

 みんなの中ではフワンテが見た目的には一番好み?」

「あっ、ダメだぞプラッチ。

 私がそういうこと軽々しく喋ると他のみんなに悪いのだ」

「そういうとこパールは気を遣うよね。

 ごめんごめん」

「そういう話をすると、最終的にはミーナが出てきて私をいじめるのだ」

「なるほど、よくわかる」

 

 鞄に手を突っ込んでもぞもぞしているパール、恐らくミーナのボールをなでなでしている。

 あなたが一番だよ、以外の言葉では満足してくれない子だ。それがまた可愛いのだが。

 ミーナの気難しさにはパールも何度も頭を悩ませてきたが、相思相愛を信じられる今では嫉妬さえ愛らしい。

 そして、そんな顔を見せてくれれば嬉しささえある今でも、わざわざ彼女を妬かせる言葉を使いたがらず、むしゃくしゃさせない辺りがパールである。

 親しき仲にも礼儀ありとはこういうことなのかもしれない。厳密には少し違えどだ。

 

「そろそろジムだね。

 ナギサシティ回り、楽しかった?」

「聞くに及ばず!

 うへへへ、ちょっと難しい言葉を使ってみました」

「そんな拳を天高く突き上げて言うような言葉でもないけどね」

 

 何より、重畳。

 私のペースでという主張で始まった二人のデートは、言うなればパールが自らエスコートを買って出たということ。

 男としてリードされるのもどうかなとプラチナもはじめは感じたが、パールが楽しければそれでいい。

 プライド云々より、パールのやりたいようにさせてあげるのが一番だと、意図的に一歩引けたプラチナの判断は正解だったということだろう。

 今までの旅では、パールの無茶を幾度も咎めてきた過去さえ、今となっては懐かしいものである。

 

「……それにしても、ナギサシティは穏やかだね」

「ん~……いや、これが普通だよ。

 パールが今まで、進んで非日常に首突っ込んできてたってだけじゃない?」

「うっ、それは……いやいや、騙されないぞ!

 プラッチ、今のはついでの皮肉というやつだな!?

 ちょっと考える時間あったのがその証拠だっ!

 イジワルな感じで話を逸らすのはカンジ悪いぞっ!」

「あっ、バレた?

 大丈夫大丈夫、パールの言いたいことはちゃんと伝わってるよ」

 

 せっかくなので、パールが切り出した新しい話題を種に、ちょっくら過去に苦労した思い出に対する恨み言めいたものを投げておく。

 さんざんプラチナを引きずり回した自覚もあるパールなので、反撃の態度もばつの悪さから少し弱い。

 最近、当たり前のような日常のありがたみというものを痛感している二人だが、それはそもそも二人が歩んだ環境が極めて特殊だったからである。

 槍の柱での死闘などに関わっていない、何も知らぬ人々にとっての今日なんて、一か月前の日常から何一つ変わってなどいまい。

 結果的に世界を救ったとはいえ、良くも悪くもパールは自分から死地に飛び込んだ側で自己責任。プラチナだけがいじり倒せるパールの弱みである。

 

「実際、ここに来るまでに寄った街でもポケモンセンターでも、嫌でも山ほど噂話聞こえてきたもんね。

 あのサターンが自首したっていう話がきっかけだろうけど」

「あの空気がこの街には無いんだなぁ、ってやっぱ際立って感じるよね。

 そもそもこの街、ギンガ団とは関わりが本当に無かったみたいだけど」

 

 トバリシティのギンガ団――アカギが率いていたギンガ団とは別の、根を張る街の誇りとして多くの人に敬われていた方のギンガ団の話だ。

 アカギの腹心であるサターン、表向きにはトバリのギンガ団のオーナーすなわち、取締役にも相当する人物の過去の所業は、既に白日の下に晒されている。

 パールもそれを初めて知った時には驚いたものだ。

 一度帰郷したフタバタウンから、再び旅に出ようとした朝、あのサターンが自首したというニュースがテレビに流れた時は。

 おかげで朝一番に出発する予定だったのに、ニュースが気になってしまい張り付いて、結局出発したのは昼前にまでなってしまったほどである。

 

 その後、彼がどうなったのかは続報に乏しく、現在シンオウ地方全土はゴシップに溢れている。

 報道されている確かなことといえば、トバリの罪無きギンガ団が、オーナーたる彼が悪の組織の副官であったことを知りながら、弁護士を寄越したことや。

 それを受けた世論の声が、ギンガ団そのものの存続を疑問視するものに偏っているという事実ぐらいのものであろう。

 サターンが今後どんな罪科に問われるかなど、はっきりしていないことも含めて公共向けの報せは限られており、今は最もゴシップが賑わう時期。

 実際のところ、ここへ至る前いパール達も、クロガネ、ヨスガ、ノモセと街を通過してきたが、それらにおいて本件についてどよつく人々の声は多かった。

 とりわけ旅半ばでの宿泊地に選んだノモセシティのポケモンセンターでは、この話題で持ち切りの人達の声を、何度聞いたかわからないほどだ。

 

「そもそもこの街、アカギさんが率いるギンガ団の活動範囲外だったっぽいんだよね。

 報道されてる感じでも、何の被害もなかったみたいだしさ」

「……パール、今でもアカギ"さん"って言うんだ?

 相当ひどい目に遭わされた相手だったはずなんだけど」

「あっ、いや~、まぁ……

 なんだか複雑なんだよ~、命の恩人だったのはホントだし、長いこと憧れの人だったのは本当みたいだしさ。

 今でもどうしても嫌いになれないっていうか……」

「まあ、パールが嫌な気分せずそう呼ぶならいいけどさ」

 

 アカギやサターンの率いるギンガ団は、広範囲に渡ってその悪行を繰り広げていた。

 谷間の発電所、ハクタイシティ、トバリシティ、そして三湖とそれに近しい街での準備を整えるための暗躍など。

 マサゴタウンやミオシティなど、神話の地から距離のある街はギンガ団も関わらなかったが、その理屈で言えばナギサシティは事情が違う。

 近年の改革によってエネルギーの生産施設に恵まれた街であり、谷間の発電所やハクタイシティでギンガ団が求めたものを、より高水準で持っている。

 ましてやリッシ湖にも近い。手段を選ばぬギンガ団が、こんな一等地を拠点に用いないのは理屈に合わないのだ。

 名高きシンオウ地方最強のジムリーダーとも称される、デンジがいることなどギンガ団が二の足を踏む理由にはなるまい。

 複数人のジムリーダーを平気で敵に回してきたギンガ団が、そんなことを根拠に日和るまい。

 にも関わらず、この街は一連のギンガ団の活動とは全くもって無関係であり、意図的にこの街をその活動範囲に含めるのを避けられた気配すらある。

 

 ギンガ団の首魁であったアカギが、ナギサシティの出身であったこと自体は元より有名な話だ。彼は表社会でも名士だったのだから。

 さしもの悪の首領とて、故郷にだけは魔の手を伸ばすことを躊躇ったのでは、というのが今のところ有力説である。

 反論要素も少ないだけあり、そんなまさかという意見もありながら、現時点ではかの鉄面皮にさえ、やはり人の心はあったのだろうと推察されている。

 

「…………やっぱりさ、私ね。

 アカギさんのこと、どうしても真っ黒な悪人には見えないんだ」

「…………」

「槍の柱で戦った時、あの人が言ってたんだ。

 幼少の頃大切なものを取られた者の気持ちがわかるか、って。

 ……私達の知らないあの人のことだって、あると思うんだ」

「だからって、何してもいいって話にはならないでしょ」

「うっ……そ、そ、そうなんだけど……

 ちちち、違うよ違うよ? だからアカギさんがやってたことを、仕方ないよねとかそういう話じゃないんだよ?

 でも、そのぅ……なんていうか……本当に、切実で……」

 

 その声を、感情渦巻くその場で聞いたパールにしかわからないこともある。

 アカギの叫びの迫真、自身を歪めた根拠であると信じるには充分すぎるほどの、想像を超えた悲哀に満ちし過去の気配。

 人に話しても伝えにくい話なのは、パールだってわかっているのだろう。話を聞いてくれるプラッチだから、甘えて話してしまうけど。

 ご当人も、悪人を庇うなんてしちゃいけないのはわかっていて、それをする自分がプラッチに嫌われたら嫌で、あたふたしているぐらいである。

 プラッチ、何故か機嫌が悪そうだし。すごく焦るパール。

 

「あ、アカギさんのポケモン達も……嫌々じゃなくアカギさんのことを本当に信頼してる感じで……

 それだけアカギさんって、身内にはきっと……ね?

 私どうしても、アカギさんのこと嫌いにはなれなくって……」

「わかったよ」

 

 上手く表現できないパールに対し、プラチナが話を打ち切らせたのは慈悲である。

 喋っても喋ってもどうせ上手くいかないので、ここらで終わらせた方がよい。

 そういう意図はプラチナにも確かにあったのだが、どうにもその声がつっけんどんなのはまた別の理由。

 

「あの人の導く世界の破滅を阻むために、何人もの人や仲間達が大怪我しながら頑張ったんだけどな。

 それでもパールは、今でもあの人のことが大事なんだなって」

「えー!? ま、待って待ってぇ!

 全然違うこともないけどそうじゃないんだよー!

 もうちょっとソフトめに解釈してよー!」

 

 横並びの状態から足を速め、すたすた前を歩いていってしまうプラチナに、慌ててパールも急ぎ足で彼の横に並ぶ。

 彼の進みに歩を合わせ、体はプラチナの方に向けての横歩き、大慌ての表情とあわあわした手振りで弁解に励む。

 確かに自分が、彼が言うに匹敵する内容を話していたのはわかるけど。

 単に悪人を弁解し、その悪行を阻むために戦い抜いた人達の気持ちまで踏みにじりたいわけじゃないと、必死こいて誤解を解きたがる。

 

「お願いプラッチわかってよー!

 私にとっては特別な人なんだよー!

 そうじゃなかったらこんなこと言ってないってー!」

「はいはい、わかったから」

「絶対わかってないよぉ~!

 私がヘンなこと言ってるのはわかってるから、そんな意地悪しないでよ~!」

 

 絶交されたくない相手を怒らせてしまった気配に、パールの必死さは過去一番。

 でも、実はプラチナもちょっとつらい。

 意地悪してるのは自覚している。だってむかつくんだもの。

 むかつく理由は、彼が意地悪して練り上げた、戦い抜いた人達の気持ちを踏みにじるんだねとか、そういうものではなかったりする。

 自分はシロナさんでもスモモさんでもないし、ピョコでもパッチでもない。人の気持ちを代弁して腹を立てる筋合いなんて無い。

 彼自身も戦い抜いた一人だけど、パールの主張がそんな自分の気持ちを踏みにじったものだとも、感じてるわけではないのである。

 だったらどうしてこんなにむかつくのか、プラチナ自身が一番よくわかっていて、そんな自分も何だかちょっと嫌。

 

 デートの最中に昔好きだった男の話なんてするなっていう話。聞かされて面白いわけがない。

 パールがかつての恩人に対し、どれほど強い思い入れを持っているかは知っているだけに、これだけは許してあげるのが男の器だとプラチナは思うのだけど。

 どうしてもむしゃくしゃする。意地悪しちゃう。やきもちめらめら。

 こんな意地悪するなんて、自分が小さいように感じられてプラチナも胸がちくちくするのだけど、抑えられないんだからしょうがない。

 こればっかりは仕方ない。大人の男だって彼女にされたら嫌がる話題であり、プラチナ自身が思うほど、パールのヘマは小さくない。

 

 恋し、恋され、されどまだまだ未熟な二人。

 今まで耳年増に知っていただけでは本質を理解しきれなかった、自分達の初めての感情に振り回されつつ、これからの日々を歩んでいくのだろう。

 お互い初めて、デートだと意識し合っての一日が、いい思い出のみで染めきれなかったのは少し惜しいのだが、大人になれば笑い話に出来ていけるはずだ。

 嫌われたくないパールの焦燥と、意地悪な自分を今すでに悔いているプラチナの、幼く、未熟な若かりしこの日に描かれし姿。

 年相応の青春の日々は、時が経てば経つほどその輝きを増す、今だけの掛け替えなき金色の一枚絵だ。

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