ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第148話  私が主役

 

 

「えとっ、ピョコ、はっぱカッ……」

 

「撃て! オクタン!」

 

「!?!?

 ほゎーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

 

 水タイプのオクタンが相手となれば、ドダイトスが撃つべきは迷わず草技。

 当たり前といえば当たり前なのだが、ピョコ相手に水タイプを出してきたデンジの行動に戸惑い、僅かに指示が遅れたのがたいそう痛い。

 速攻でオクタンにこれしかない技を放てと指示するデンジの方が早く、そしてオクタンがピョコ目がけて発射した技は、ドダイトスに特効の"オーロラビーム"。

 それを目にしたパールが発する、驚愕感情まっしぐらの叫びっぷりたるやどえらいものだ。そんなにびっくりしなくても。

 

 流石はピョコも賢いもので、パールに指示される前から撃つ構えだった葉っぱカッターを撃ち、オクタンに大きなダメージを与えている。

 どっこい撃ち返される氷技は、草タイプであり地面タイプであるピョコに甚大なダメージを与える技である。

 いかにタフなピョコとはいえ、倍の威力で通る技を相手に撃ちまくろうとも、倍々のダメージを受ける技を食らい続けての根性比べでは分が悪い。

 それだけドダイトスというポケモンに氷タイプの技は痛過ぎる。

 

「あわわわわわっ、ピョコ戻ってぇ~~~!?」

 

 大慌てでピョコをボールに戻すパールだが、オーロラビームを浴びたピョコのダメージはボールに戻っても深く残っているだろう。

 この慌てっぷりの声も、足元の拡声装置によって観客席まで響いており、一部の客の失笑を買っている。

 レベルの高いポケモンバトルを見てきた、目の肥えた客にしてみれば、この程度の展開で大慌てのパールは呆れを誘うというものだ。

 

「草タイプが水タイプに必ずしも優勢とは限らないんだよなぁ……

 パールって案外、そういうとこは身に付いてないのかも……」

 

 頭を抱えて独りごちるプラチナは、呆れよりも軽い嘆きを感じている。

 水タイプのポケモンは確かに草タイプに弱い。が、同時に水タイプのポケモンは、トレーナーの仕込み次第では氷タイプの技を習得しやすい。

 あくまで飛行タイプやドラゴンタイプへの対策としての習得が主な目的とされるが、結果的に草タイプ相手に五分の勝負を持ち掛ける強襲手段にもなる。

 デンジは電気タイプの使い手だから、その天敵たる地面タイプへの対策で、オクタンに氷技を覚えさせているという側面も強いのだろうけど。

 どのみち、トップトレーナー同士の勝負ともなれば、水タイプのポケモンが氷技を覚えていることも珍しくなく、それに対する草タイプの一方性は薄まるのだ。

 とりわけ今回は特別嵌まったとはいえ、ピョコ相手に氷技は痛烈極まりない。

 

 ハイレベルなトレーナー同士のバトルでは、こんなことむしろ日常茶飯事である。

 いよいよチャンピオン挑戦も視野に入るほどの舞台で勝敗を競うパールが、この程度のことで狼狽えているのは、目の肥えた客にレベルを疑われて当然だ。

 プラチナが考えることは別方向であり、こういうことももっと教えてあげていればよかったなぁという老婆心の一色である。

 

「さてオクタン、準備はいいな?

 狙い撃つぞ」

 

「うぐぐぐ……私のせいだこれ……

 頑張ってねぇ、お願いしますぅ……」

 

 たった一回出鼻を挫かれただけで、たいそう弱気になっている辺りもプラチナをはらはらさせるパールである。

 まあ、彼女がどれだけ弱気になろうが関係ないのがパールのバトルなので、プラチナは応援する対象をちょっとだけ変えるだけでいいのだが。

 頑張れ、次に出てくる子。パールを勝たせてあげて。

 パールのポケモン達は、未熟なパールを引っ張ることに秀でている。今はパールのメンタルが傾いているが、それさえどうにか出来るのが彼女のポケモン達。

 良くも悪くも自分のポケモン達に身も心も委ねるパールだから、彼女の精神が追い詰められていようが気にしなくていいのは若干の救いである。

 次の子のボールを両手で握りしめ、何とかいい流れを引っ張ってきてと祈らんばかりのパールの姿の頼りなさなんて、彼女の身内はどうせ想定内なのだから。

 

「パッチ! 頑張って!」

 

「撃て!」

 

 バトルにおいてのポケモン交代は、常にリスクを孕むものだ。

 敗れたポケモンに続いて次のポケモンを出す時には、相手もその出てきた瞬間を狙い撃ちせずフェアなバトルを遂行する暗黙が常にあるけれど。

 継戦能力のあるポケモンを引っ込め、新しいポケモンを出す時はその限りではないのだ。

 バトルフィールドに姿を見せた瞬間のパッチ目がけて放たれた、オクタンが撃つ墨の塊のような"オクタンほう"が顔面に直撃する。

 この時点で、首を振って黒塗りにされた頭に付着したものを払うパッチは、ワンダメージ受けた上で始まる開戦だ。

 

「ッ、ッ~~~~!

 ――――――――――z!!」

 

「"いかく"したところでオレのオクタンは怯まないぞ!

 さあオクタン! 恐れるなよ! このまま行くぞ!」

「――――――――z!!」

 

「っ、パッチーーーーー! 頼りにしてるから!

 私も頑張る! 絶対勝とうね!」

 

 オクタン砲で真っ黒になった顔の真ん中で光る眼光を携えたレントラーの咆哮は気合に溢れている。

 それこそオクタンも近寄り難さを覚えるほどで、しかし近寄らずとも戦えるオクタンには大きな効力が無い。

 むしろその咆哮は、やってやるぞという感情をパールに伝えるためだけのものであり、それが僅かにでも彼女を立ち直らせている。

 つくづく今も昔もきっとこれからも、パールをリードすることにかけては敵わないなと、プラチナがちょっと妬けるぐらいあの子達は強い。

 ……なんで僕はポケモンに妬いてるんだろう、とすぐ気付いて急に己が恥ずかしくなる辺り、気付きの早いプラチナのお利口さは当人にとってもたまに損。

 

「狙っていけ!!」

 

「突っ込めえっ、パッチいっ!」

 

 何を撃つのか指定しないデンジの声が大きくて強いのは、パッチに活を貰ったパールの姿を見たからだ。ここからが本番。

 威力を抑えて命中力を重視した、"タネマシンガン"を撃つオクタンの自己判断も秀でている。それを信頼しているからこそデンジも自分の口で技を明かさない。

 現にオクタンへと駆け迫るパッチの速さ、散弾銃のように放たれる攻撃を躱す機敏さは、威力重視の一本光線を放っていては躱されていただろうと思わせる。

 流石に広範囲の攻撃かつ迫るパッチに合わせて砲台の口を動かすオクタンの攻撃は、びすびすとパッチに傷を与えているけれど。

 迂闊な技の選択をしていれば、無傷で距離を詰められていたはずだ。

 それが出来るパッチだと信じているから、迷わず突っ込めと指示したパールを見れば、彼女の信じるあのレントラーのポテンシャルがもうわかる。

 

「ぶつかって!」

「――――――――z!」

 

 観客の肌さえびりびりさせるような咆哮と共に、電気を纏ってオクタンに突進するパッチの"スパーク"が炸裂だ。

 言わずもがな効果は抜群、"きゅうばん"で踏ん張ろうとしてなお突き飛ばされてしまうオクタン。

 だが踏ん張りが利いたおかげで突き飛ばされた距離は小さく、相手を見据えたままのオクタンは既に狙いを定めている。

 相手との距離が離れていない狙撃手は、そう簡単に次の一撃をはずさない。

 

「ジャンプーっ!」

 

「!!

 オクタン、狙い澄ませ!」

 

 パールがパッチに跳躍を指示したのは、オクタンが反撃砲を撃つより僅かに早い。

 わかっていたように跳び、オクタンの後方へと着地する大きな弧を描くパッチの動きに、オクタンもデンジの声に応えて対応する。

 撃っても跳んで躱されていただろう。そしてその隙を背後から狙われて詰み。

 空振りの砲撃を未然に防ぎ、パッチの動きを目で追い、そしてその着地より早く着地予想点に狙いを定めて。

 経験不足な未熟な個体であれば、負けに一直線であったはずの悪手を回避し、一転痛烈なカウンターを直撃させる図式を作り上げるのがこのオクタンだ。

 

「当てろ!」

「パッチいける! 任せるよ!」

 

 当てられるとデンジも踏んだのだ。

 そしてパールは、躱せると踏んでいる。しかもどう躱すかはパッチ任せ。

 しかし、"いける"という一言に攻め気で向かえという言外を含んでいること、それが意図してかせずかわからぬ辺りが、その指示の真意を相手に悟らせない。

 もしも殆ど言葉無くポケモンと疎通が出来るトレーナーがいれば、きっとそいつは最強だ。デンジはそんな逸話さえ一瞬脳裏に過る。

 

 威力と命中率、それを両立した"オーロラビーム"の発射を指示したものだとはオクタンにも伝わったし、現にそれは叶えられた。

 だが着地と同時に寸分の間もおかず地を蹴ったパッチは、既に空中で身を回してオクタンに向けていた我が身を、敵に向けて飛びかからせる。

 それも低くも高い跳躍、砲弾のような放物線を描く飛びかかりで、自らの着地点めがけて撃たれたビームを、足を縮めればすれすれで躱せる絶妙な高さ。

 自らへ迫るレントラーに対し、掠ったように見えたオーロラビームは決して相手を完全なる無傷にはさせなかったはず。

 それでも足先を急激に冷やされ、痛くはあるが継戦能力に響かぬ程度に抑えるほどには半回避したパッチは、オクタンを飛び越えかけた中で首を引く。

 ぐいと頭を伸ばし、宙でオクタンの頭に力強く噛みつくや否や、溜め込んでいた電気を一気に放出し痛烈な電撃を流し込む。

 

「思いっきり、いっけえっ!!」

 

 "かみなりのキバ"を受けたオクタンが"きゅうばん"で踏ん張る力を僅かに欠かした中、かぶりついたオクタンを軸に身体を回して着地したパッチ。

 両腕と握り拳を振り上げたパールが、いっけえと発しながらそれを力強く振り下ろす姿を目にしていなくたって、声だけでどうして欲しいかなんてすぐわかる。

 そのまま首を振り上げて、吸盤でフィールドに張り付いていたオクタンをべりっと地面から剥がして振り上げて。

 電撃を流されて意識が遠のくのを耐えていたオクタンを、全力で地面に叩きつけ、いっそう目の前に星を飛ばさせて、さらに放り投げる。

 打ち捨てられたオクタンが体勢を整えるより早く、駆けだすパッチが迫ればもう勝敗は確定だ。 

 電気を纏ったパッチの突撃"スパーク"が、既に意識朦朧だったオクタン殴り飛ばし、もう戦えない姿にして地面を転がす姿を導くのみである。

 

「強過ぎるだろ……!」

 

 オクタンをボールに戻すデンジは、次鋒を労う言葉を第一に紡ぐことが出来なかった。

 よくやった、相手が強かっただけだ、という想いは勿論あった。それ以上に。

 電気ポケモンのマイスターとして、バッジ7つのトレーナーがこれほどのレントラーを連れて自らに挑んできた、その驚きが勝ってしまう。

 ギンガ団の野望を食い止めた勇敢なる少女。センセーショナルなその響きに嘘偽り無し。

 彼女が戦ってきたとされるギンガ団幹部の一人に、シロナにも匹敵する彼女の幼馴染も含まれることが知れた今、デンジの胸は高鳴る一方だ。

 

「いくぞ、エテボース!

 オレ達の本気を見せてやろう!」

 

 パールが4匹のポケモンを残す中、既に2匹を撃破されたデンジが副将をバトルフィールドに繰り出す。

 エイパムの進化系であるその個体が発見されたのは、比較的最近の出来事だ。

 既に自分なりのスタイルを確立したトップトレーナーが、わざわざ新たにそれを育てるケースは少なく、大舞台での活躍がまだ現時点では少ない。

 若干のざわつきを見せる観衆の反応は、これからエテボースがどんな動きを見せるのか、殆ど予想がつかないことに由来する期待によるものだ。

 プラチナでさえ、ここからの展開は読めない。勉強家の彼ですら、エテボースというポケモンがどのような戦い方を得意とするのかを知らないのだ。

 果たして単に、エイパムと似た戦い方をするのだろうか? 進化一つ挟んだだけで、戦い方ががらりと変わるポケモンなどごまんといる。

 

「……いつもどおり行こ! 必ず見えてくるよ!

 パッチ、いっけえっ!」

「――――――――z!」

 

 未知の相手への初手は飛び道具か接近戦か。

 何をしてくるのかわからない相手の手の内を暴いていくための最初の一手を、パールはパッチの最も得意とする戦い方に委ねた。

 まずは様子見という選択肢より、積極果敢なお手並み拝見、それがパールとパッチの性格に合致している。

 よくわからない敵を前にした時、人によっては慎重になり過ぎてしまうこともあり得るが、パールに関してはその弱みが概ね無いようだ。

 

 襲いかかるパッチに身構えたエテボースだが、デンジは何の指示も出さなかった。

 最初から決まっているからだ。牙の光る口を開いて目前まで迫ったパッチの顔前、二本の尾先の掌めいたものを叩き、大きな炸裂音と共に跳躍して回避。

 渾身の力と計算された拍子手の形で鳴らす音は風船の爆発の如く大きく、これは技術を要する"ねこだまし"と呼ばれる技だ。

 さしものパッチも眼前の炸裂音に宙で身が跳ねそうだったほどで、目の前から消えたエテボースを追えず、着地した瞬間にももつれた足を軽く捻る。

 小さなダメージではあるが後には響き得る、そして相手への攻撃を無効化された事実が、エテボースの優秀な初手を物語っていよう。

 

「さあ、振り切るぞ!

 アクセル全開だ!」

「――――z!」

 

「あっ、やっぱりもしかして……!」

 

 気合を入れた声を発したエテボースが、地団駄のようでいて整然とした足踏みを繰り返し、今より速く駆ける脚を導く活を自らの身に入れる。

 誰の目にもわかる"こうそくいどう"の予備動作。若干痛む足を堪え、振り返ってエテボースを睨むパッチに対し、追撃する機会を捨ててでも。

 元よりエイパム自体が機敏であり、進化してそれ以上の速度を得ているであろうエテボースが、過剰なほどの俊足を得ようとする挙動。

 プラチナ含む、観衆の一部ポケモンバトルの戦術論を知る者達は、このエテボースが何を目指しているのかに予想が立つ始め。

 それは、エイパムにも取れる戦術だから。

 

「パッチしっかり! 逃がさず捕まえようね!」

「――――z!」

 

「んっ!? その指示でそれなのか!?」

 

 パールの声に応えてパッチが放ったのは、フィールドいっぱいに放つ"10まんボルト"である。

 些細なことだがデンジには、これがかなり革新的な一幕に映った。

 逃がさず捕まえよう、という指示とはまず、駆けて追えということを連想するものであるが、実際の行動はその予想を裏切る遠距離攻撃だ。

 理には叶っている。ダメージを与えて足を弱らせて最後は捕まえようと。

 だが、あの指示が言葉に迷彩をかけて虚を突くためのものではなく、パールが純粋に発した短い指示に、パッチが理解及んで意のままに応えただけ。

 こんな指示とあの行動で、両者の疎通が完璧に取れていることが、ポーカーフェイスの才能ゼロのパールが表情一つ動かしていない時点で"普通のこと"なのだ。

 とんだ食わせ物だとデンジも感じただろう。パールの言葉はパッチの次の行動を読むための指針にはもうならない。しかも天然である。

 相手の指示が耳に入ると余計な混乱を招きそうで、デンジは耳栓でもあった方がましだと本気で思ったほどだ。

 

「エテボース、怯むなよ! ここからだ!」

「ッ――――!」

 

 全方位に放たれた電撃は、いかにエテボースが機敏に動けるとて躱し切れるものではない。

 電撃を浴びつつも、やはりジムリーダーの副将らしく堪えきれば、その俊足の脚で以ってパッチへの急接近だ。

 二本の尾が持つ掌のようなものを握り拳のような形に変え、パッチ目がけて二連続のパンチめいた攻撃を放ってくる。

 フックのような一撃が下がったパッチの鼻先を掠め、続くストレートの一撃が鼻っ柱を捉える"ダブルアタック"だ。

 怯みかけこそしながらも、目の前のエテボースへと飛びかかるように牙を開くパッチの反撃を、エテボースは冷静なバックステップで回避する。

 距離さえ作れば、速さの増した足で接近戦を拒みやすいのも、"こうそくいどう"の大きな利点である。

 

「もっともっと! 撃って!

 捕まえられるよパッチなら!」

「踏ん張るんだぞ!

 振り切り続けろ! 今よりもっとだ!」

 

 離れられれば10万ボルトを撃つ。

 痛みに表情を歪めるエテボースの足が鈍った瞬間めがけて、こちらもまた抜群の瞬発力で襲いかかるパッチ。

 噛みつき捕らえることに拘らず、帯電した身体での突進たる"スパーク"を打つパッチを、どうにかエテボースは大きな横っ跳びで凌いでいる。

 掠りかけすれすれで我が身のそばを通り過ぎていったパッチの放つ火花の痛みは、二度の10万ボルトを受けた身には存外きつい。

 

 どんなに速度に秀でようとも、決してそれが回避力とイコールとはならないのが高次のポケモンバトルだ。

 野生のポケットモンスター達は、自分よりも速い存在を捕える攻撃のすべを、厳しい野生の世界で何かしら身に付けている。

 生まれた時からトレーナーと共に在る者達でさえ、その血には太古より伝わる戦い方の勘というものが脈々と受け継がれているのである。

 

「よし、ここだ! エテボース!!」

「パッチ、逃がさないで! 絶対チャンス!!」

 

 だからこそ、歯を食いしばって痛みに耐えたエテボースが、なおも反撃より高速移動のステップを踏み、己の機敏さを増す仕草は本来実戦的ではない。

 無限に速くなれば無傷で勝ちやすくなる、などという理屈は通用しないのだから。反撃の機会を捨て、過剰な能力を得ることに拘る無駄さえ見える。

 しかし、傷を深めて相手へのダメージを積めずとも、こうした行動が決して無駄にならず活きる戦法というのも存在するのだ。

 二度目の"こうそくいどう"を敢えて積むエテボースの行動に、やがて辿り着く境地が何なのか、今や確信に至った観衆もいただろう。プラチナもそうだ。

 

 機は熟したというデンジの指示を受け、エテボースは尾先の二つを胸の前でぐっと組み、迫るパッチのスパークに対して盾を作るような形を取る。

 だが、それは防御のためのものではない。パッチの電撃体当たりをそれで受けるも、強い衝撃に突き飛ばされてごろごろとフィールドを転がる始末。

 決してダメージを小さく出来たわけではない。だが、ここからが真骨頂。

 握り合わせた両手のような尾先の中に作り上げた、バトンのような形をした特殊なエネルギーを、仰向けに倒れたままにして天井に向けて放り投げる。

 その瞬間、デンジが"2つの"ボールの操作をせぬままにして、エテボースは自らの意志で自分のボールに帰っていく。

 

 そして、デンジが触らなかったもう一つのボールから、さながらパールのミーナが何度も見せたあの行為の如く、一匹のポケモンが飛び出してきた。

 それは高所まで放り投げられたエテボースの"バトンタッチ"のエネルギーをがぷりと咥え、その瞬間に噛み砕く。

 輝くエネルギーはその一噛みによりあっさりと崩壊したが、同時にそのポケモンの全身に纏わりつくようにして、その全身へ沁み込んでいく。

 エテボースから引き継がれたものを受け取ったデンジの4匹目のポケモンは、そうしした過程を経てフィールドに降り立った。

 

「こいつが、オレの切り札だ!」

 

「パッチ……!

 わかるよね!? 絶対、ぜ~ったい強いよあいつ!」

 

 それはパッチにとって、初めての経験だ。

 デンジが切り札と称した大将格は、パッチと同じ個体であるレントラー。

 かつてコリンクだった彼女が、レントラーとなってから、相対する位置に自らと同じ姿の相手と睨み合ったことは一度も無い。

 しかもそいつは、ざりざりと足で地面を掻く仕草に一目でわかるほどの凄まじい力を秘めており、一筋縄でいかぬことを容易に想像させてくる強敵だ。

 

 エテボースの"バトンタッチ"は、高めた自らの能力を後続の味方に与える、一本独鈷の野生のポケモンには使い道を見出せぬバトル専用技とさえ言える。

 パールとて、幼い頃からテレビでポケモンバトルは見てきたから、実戦では初めて見たとはいえバトンタッチの怖さは知っている。

 あのレントラーは、エテボースが自らの俊足性を高めたそれを、そのまま引き継ぎいっそう高い能力を擁しているということだ。

 まして、電気ポケモンのエキスパートであるデンジがいよいよ最後に晒した切り札の存在感は、パールに戦慄を覚えさせるほどには凄まじい。

 なぜならパールは、レントラーというポケモンの強さを、最もよく知る一人と言っても過言ではないからだ。一番、身近で見てきたのだから。

 

「レントラ……」

 

「それでも、あなたが最強だよ!! 世界一強いレントラーだあっ!!

 負けないで! かっこいいとこ、見せてよね!!」

 

 レントラーへの第一指示を発しようとしたデンジの声をも遮って、パールが発したものは指示でも何でもない。

 だが、パッチに対しては間違いなく、どんな指示や掛け声よりも力が漲る最高の鼓舞だった。

 いかにパッチとて、相手が名うてのトレーナーであり、その手で育てられた個体が能力を高めて対峙した瞬間は顔をしかめたのだ。

 自分を信じれば信じるだけ、レントラーである自らの強さを意識すればするほどに、この状況は楽観視とは極めてかけ離れた所にある。

 

 苦戦は必至、勝ち至れるかどうかにも心が揺らぎかけたところに、レントラーというポケモンではなくパッチを信じる声を耳にしてしまったら。

 どうするべきかなど迷うべくもない。己を疑うことは確実に誤りだ。

 私を最強だと信じて疑わない、あなたを世間知らずにしないために為すべきこととは、この難敵を打ち破ること以外に何一つ無い。

 ずっと信じ貫いてきたことだ。私は強い。だけど、まだまだ強くなれる。

 あなたが私を強くしてくれるんだ。私は、あなただけのパッチなんだ。一生、誇らしく思う。

 

「――――――――――z!!」

 

 今までで一番大きな声だ。サターンに立ち向かったあの日発した、己の命さえ燃やし尽くさん覚悟で発した咆哮よりも確実に。

 観衆が身を竦ませ、デンジが身震いし、対峙するレントラーがぎっと眼光を鋭くする中で。

 パールとプラチナだけが、ただその決意の表明を目にしただけで、勝利さえ確信し拳を握っている。

 デンジだけがはっきりと見える。実戦世界に身を置いて、目だけ肥えた観衆には決して見えぬ世界で、シンオウ有数の実力者の彼だけが感じる現実。

 トレーナーがポケモンの、ポケモンがトレーナーの成長を常に促し、高め合う理想的な関係を築いた、理想とされながらその境地に至るものは一握りの世界。

 それをあの、どこにでもいるような幼さの目立つ少女が既に辿り着いている。それもきっと、無自覚にだ。

 やがて彼女が時のチャンピオンに勝利し、シンオウ地方の頂点に立つ未来が見えた気さえしたデンジは、鳥肌さえ立つ想いで口の端を上げずにはいられない。

 

 心躍る、熱いバトルをずっと求めてきたのだ。

 幼き頃に、先達のトップトレーナー達が繰り広げた激戦をテレビ越しに見て、自分もあんな風になりたいと初めてモンスターボールを手にしたあの日から。

 誰もが通る道、かつては子供だった今の大人が忘れ得ぬ初心。最高のバトル、その末に勝ち取る勝利。

 熱に欠ける挑戦者との戦いを幾度か繰り返しただけで、情熱を失いかけていた自らを今のデンジは恥じすらしよう。

 そしてそれ以上に沸き上がるのは、忘れかけていたものをたった一戦の半ばで蘇らせてくれた挑戦者への感謝に他ならない。

 報いるために為すべきことは何か。全身全霊を今再びだ。

 

「吹いてくれたな、パール!

 見くびってくれるなよ、オレのレントラーを!

 ここから一気に巻き返すぞ!」

 

「負けません! 私にはパッチがいるんです!

 この子がいる限り、私は絶対に勝てることを疑いません!」

 

 戦いは熟した。真の意味でだ。

 勝ちたいという感情は誰しも常にある。その想いの強さというものは、一戦の中において常に一様ではない。

 今だけは、ここだけは、たった一つの勝負の中で一生ぶんの願いを込めるほどの強い想いを胸に抱いた時、デンジの望んだものは最高の形でこの世に顕れる。

 一生のお願い、なんて人生で何度願ってもいい。それを冗談でも軽い気持ちでもなく、何度も願える人生の密度は必ずその者を高めさせる。

 パールも、デンジも、一戦一戦に心血を注いできた者達が、そうした果て無き道の末に辿り着いたのが、いま大観衆が歓声をあげるほどのこの舞台。

 それに相応しきトレーナーになったのだ。ずっとパールと共に歩き続けてきたプラチナが、今の彼女を見て得る感慨たるや言葉でなど言い表せまい。

 

 チャンピオンという果てしなき大願を目指す少女と、ジムリーダーとしてではなく一人のトレーナーとして、ただ勝ちたいと拳を握るデンジ。

 勝者は常に一人だ。互いの強き願いを賭けた戦いが尊き最大の所以である。

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