もはや消化試合。100分の97がそう思っている。
だってそうだろう。デンジはもはや残り1匹、対する挑戦者は4匹残し。
その4匹のうち1匹は手負いとはいえ地面タイプのドダイトスで、デンジのエテボースが習得している電気技がそもそも通じない。
仮にエテボースが奮闘し、レントラーとドダイトスを連続撃破することが出来たとしても、挑戦者側には無傷の2匹が残っている。
ここにエテボースに有利なタイプのポケモンが1匹でも残っていれば、連戦のエテボースはもはや耐えようがない。
現時点では非公開の情報ながら、現にパールの手持ちには"とびひざげり"を使えるミーナがいるのだ。仮想ではなく実際のところでもある。
挑戦者であるパールの勝利、そして地元のヒーローであるデンジの敗北、それが透けて見える戦況に、超満員の観客が盛り上がりを欠くのも無理は無い。
レントラーを破られたデンジが傷ついたエテボースを出したその瞬間から、観衆の大半から熱が抜けているのもやむを得ない話である。
デンジは当然、それにも気付いていた。
ナギサシティの代表的トレーナーたる自らが、もはや悪あがきを続けるにも等しいこの戦況に、地元の観客が冷めていることも。
それにわざわざ申し訳なさを感じることはない。あくまでこれはジム戦であり、加減のあるメンバーを選出しているのだから。
仮に全力を許されたバトルで同様の展開になれば、地元の観衆をがっかりさせたことにも、少なからぬ申し訳なさを感じもしよう。
とはいえ、一方的な優勢を許した自分が、目の肥えた客を白けさせている自覚はデンジにもあったのは確かである。
結果の見えた戦いほど、傍目から見てつまらないものはない。
トレーナーとして腕が立ち過ぎて、自らの優勢で客を白けさせた経験のあるデンジをして、観客の動向は知れたものである。
「よぉしっ……!
パッチっ、絶対放さないで!」
「エテボース! 打ち返せ!
お前なら出来る! まだ終わりじゃない!」
それでもデンジは、今の彼は、観客に対して決着を静かに待てとは思わない。
見所はある。必ずだ。額縁に嵌まった熱戦を望む観客の希望に収まる戦いに纏めてたまるものか。
"こうそくいどう"を経ての加速を得たエテボースに攻撃を躱され、"10まんボルト"を浴びせられたパッチが敵を牙で捕らえたこの局面。
ああ、これで終わりだなと嘆息をつく観客の反応など関係ない。聞こえていたって、気付いてしまってたって、心の底から無視したくなる。
馬鹿にするな、オレの育てた仲間がたった牙一本で屈するか。
鎖骨にあたる場所に噛みつかれて押し倒されたエテボースが、背中を地につけたまま闘志を失わぬ眼で返すのは、両尾の先を駆使した反撃だ。
掌の形に開いたそれで自らに食らい付いたパッチの両頬を叩く、変則的な"ねこだまし"で僅かにでも怯ませて。
"かみなりのキバ"を介して自らに流される電流を歯を食いしばって耐え、ぎゅっと握った尾先の拳でパッチの頭を両側からぶん殴る。
前戦からのダメージ著しきパッチが、その時間差の無い"ダブルアタック"を受けて顎の力を失いかけた瞬間に、エテボースはパッチの腹を蹴り上げる。
一度相手を捕らえれば容易には離さない強敵を振り払い、跳ね起きて尾のパンチで敵の鼻っ柱を続けざまに殴りつけるエテボース。
ぐあ、と確かなダメージと後ずさりを見せるパッチがすぐに顎を引いて敵を見据える中、エテボースは既に体勢を整えて立っている。
「パッチ……!」
「退くんじゃないぞ! 意地を見せろ!」
「頑張れパッチ……!
かっこいいところをパールに見せたいんだろ……!?」
もう一歩たりとも引けないエテボースだ。
ほんの一秒でも相手に立て直す暇を与えて攻勢に移らせれば、そのまま落とされる展開へと直結しかねない。エテボースとて受けたダメージは既に大きいのだ。
一瞬でパッチの眼前まで迫り、両手を相手の目の前に突き出して視界を防いだ瞬間に、握り拳とした二本の尾で敵を殴りつける。
回避が遅れたパッチの右前足の付け根に、左側頭部に突き刺さるダブルアタックは痛烈だ。
「ッ、ッ……!
――――――――z!!」
「~~~~っ……!」
「そうだエテボース! 恐れるな! お前なら勝てる!」
遠のきかけた意識を一瞬で取り戻し、ぎらついた目で目前の敵を噛み砕こうとかかるパッチを、エテボースはあわやの跳躍で躱す。
宙で身を回して狙い澄ましたようにパッチの背中にお尻で着地、背中に感触を得たパッチが放電する一瞬前。
エテボースも拳にした両尾でパッチの両脇腹を殴りつけ、それによって自らの身体を上方へ押し出して、げはと息を吐いたパッチの身体からぎりぎり逃れる。
目がやられるほどの発光を間近、直接電気を流し込まれる致命撃こそ避けつつも、火花と迸る電流に身を焼かれる痛みは相当なはずだ。
「パッチーっ、真後ろ!!
捕まえられる! 頑張ってえっ!」
「ッ――――!!」
「諦めるなよ、エテボース……っ!」
宙に浮いたエテボースが着地するまでの極めて短い時間の中、パッチは振り向きもせず後方に跳ぶようにして敵へと迫った。
後ろにいるってパールが言ってる。確かめる必要なんかない、いるんだろ。
帯電の残る体で着地寸前の逃げ場無きエテボースに、尻尾から近付きつつ体を回したパッチは、その側頭部でエテボースを殴りつけるような自らのぶつけ方だ。
機敏で身のこなしが軽いエテボースへの直撃を、弱った身体で見事的中させられたことは例えようもなく大きい。
電気を流し込まれながら殴り飛ばされたエテボースが背中からフィールドに叩きつけられ、二か三度跳ねて地面にうつ伏せに倒れた姿は戦闘不能か。
「――――――――z!!」
「やるぞ! エテボース!!」
「パッチぃっ! ジャンプーっ!
勝ってえっ、お願いぃっ!!」
そこに、観客にとっての予想通りの展開は一つも無かった。
とどめを刺されたと思われたエテボースが、最後の力を振り絞って尾の力も使わず跳ね起きた姿も。
それを目にする前から、こいつは絶対まだ終わっていないとばかりに吠えて跳びかかったパッチも。
これほどまでに敗北目前であったデンジが、未だ目の前の一勝のためにこれほど大きな声での指示を発したことも。
そして何よりも、エテボースが両の尾を掌の形にして前に出すその一瞬前に、直感的に大きな反撃が来ることを悟ったパールの一手早い指示があったこともだ。
パッチは跳躍してみせた。大きく、大きくだ。
パールはおろかデンジのような大人の背丈でも悠々と跳び越えられるような、2メートル越えのジャンプである。
それほどのジャンプでも躱し切れなかったとも、ぼろぼろの身体でもそれだけ跳んだから致命傷を避けられたとも言えるだろう。
一瞬の溜めも無く、エテボースが両手型にした尾の先から発した"はかいこうせん"をも彷彿とさせる光線は、それだけ高く跳んだパッチの足を尚も焼いた。
この日見られたどんな大技にも勝る、徐々にデンジの奮闘する姿に再び目を奪われていた観客が、驚愕の歓声をあげるほどの大迫力。
まさしくエテボースの、デンジがこのレントラーを討ち取るためだけに放った、最後の最後の"とっておき"である。
「がんばっ、れええぇっ!!」
「――――――――z!!」
「く……!」
最後の切り札を凌がれたデンジとエテボースに、もう打つ手は残されていなかった。
苦々しく吐かれたデンジの短い声、エテボースの疲弊した表情と、それでも着地し自らへ迫る敵を睨みつける炎を絶やさぬ眼。
咆哮とともに襲いかかる、眩しいほどの輝く電流を纏ったパッチのスパークは、なすすべなく受けざるを得ないエテボースの胸元に直撃だ。
先のヒット以上に突き飛ばされ、仰向けに地面に叩きつけられる寸前、目を剥いていたその表情を、デンジも苦々しいながら見逃してはいないかった。
「よくやったぞ、エテボース……!
誇ってくれ!」
込み上げる悔しさを噛み砕き、デンジは大将戦を務めたエテボースをボールに戻した。
先の大技に息をも呑んだ観客が静まり返る中、ただ一人観客席で、握り拳を二つとも振り上げて全力で振り下ろす少年の姿がある。
パッチがやってみせてくれたのだ。心震えるプラチナの心情たるや。
最強のジムリーダーと呼ばれる相手のポケモン達を、たった一人で三匹も打ち破った勝利は、彼女にとってどれほど誇らしいものだろう。
パッチの性格や信念を身近によく知るプラチナだからこそ、それを想像するだけで我が事のように、あるいはそれ以上に嬉しくてたまらなかった。
「~~~~っ、パッチ!」
観客席のプラチナがそれほどなのだから、いてもたってもいられずバトルフィールド上にまで踏み入って、パッチに駆け寄るパールはもっとだろう。
もう涙ぐんでる彼女の顔がよく見える。最後のジムバッジを獲得した嬉し泣き? きっとそんなこと、今のパールは一抹も考えていまい。
勝利の雄叫びを発する余力も無く、頭を下げてはっはっと短い呼吸を発する、精も根も尽きたようなパッチの勝利が掴み取ったもの。
その感無量を、当のパッチと同じぐらい我が事のように感じ取れるのは、世界に只一人パールしかいないのだ。
「っ、っ…………!
――――――――z!!」
「わひゃあっ!?!?」
吠える余力も無いパッチを、横からぎゅっと抱きしめるつもりだったパールだが、パールがそばまで迫ってきたらパッチはもう意地を見せる。
掠れる声を発してでも、パールに勝利の喜びを喉の奥から伝え、半ば襲いかかるようにパールへと飛びついていく。
そんなこと出来そうにも見えなかったパッチに驚いて足を止めたはいいが、パールはそのままパッチに押し倒されて背中から倒れる始末。
背中もお尻も打ってしまって痛い痛い、息も詰まる。逆に言えばパッチとて、パールに安全なじゃれつきが出来ないほど余力が無いということでもある。
「~~~~……♪」
「いたたた……
へへ、えへへっ……パッチぃっ……!
かっこ、よかったようっ……!」
殆ど馬乗り同然で自らとお腹を合わせるパッチは重い。ぎゅーと押し潰される。息苦しさは増すばかり。
それでも痛みも苦しさも、パールの胸いっぱいの嬉しさを邪魔できるほど大きくない。相手が悪すぎる。
やってみせた誇らしさと、果たせたことをほっとする想いが混じるような、本当に、本当に嬉しそうなパッチの顔を前にしたら、自分の痛みなど二の次三の次。
ぎゅうっとパッチの首周りに腕を回し、体いっぱいの力で喜びを分かち合うことしかパールには考えられなかった。
「祝福してくれ!
最後のジムバッジを獲得し、チャンピオンへの挑戦権を勝ち取った若きヒロインを!
負けて尚、最高のバトルだったと断言する! 誰に、何と言われてもだ!」
声高に唱えたデンジの声に、圧倒されていた観客は目が覚めたように大歓声で応えた。
勝敗が既に決したと見えた大将戦も、終わってみれば誰一人、思ったとおりの消化試合だと感じていた者はいなかったはずだ。
負けず、最後まで戦い抜いて勝つことに拘り、自らの実力を証明したかったパッチ。
四連勝なんて不可能だとわかっていても、せめて一矢報いて、自分をここまで育ててくれたデンジを少しでも喜ばせたかったエテボース。
そんな両者の強い願いを、叶えるために、そしてそう願ってくれていることに胸を打たれ、全力の声で以って導かんとしたパールとデンジ。
そこにはバッジの取り合いではなく、誰もが6対6の中でのたった一勝のために、全力を尽くすトレーナーとポケモンの姿は単体では輝けぬのか。
公式戦に限らない、草バトルの中ですら誰しも経験したことのあるものを、パッチとエテボースは間違いなく体現したはずだ。
消化試合だと感じるのは、パールとデンジの勝敗のことだけを考えるから。
当事者でもない部外者が、大局だけを見るようになってしまうのは損なのだ。面白いはずのものさえつまらなくなる。
パールとデンジのバトルに最も心揺さぶられた観戦者は、ただの一対一に全身全霊を懸けた想いを理解できたプラチナに間違いない。
「……参ったな。
じっとしていられなくなりそうだ」
パールに喝采を送る大観衆と、そんなもの聞こえもせずパッチと二人だけの世界に入って、涙ぐんでぎゅ~せずにいられないパールの寝姿。
負けたことへの悔しさはある。いかに手加減込みとはいっても、流石に一匹も撃破出来ずに終わりではちょっと。もっと上手くやれたのではないかとは思う。
やはり、勝ちたいものだ。そしてそれは、強くなくては叶わない。
今の挑戦者達がそうであるように、かつて自分も一流のトレーナーを目指し、強さを求めてシンオウ地方やその他の地方を旅した記憶が蘇る。
ジムリーダーをやっていて、唯一損だと感じるのはそれが出来ないこと。
手痛く負ければ負けるほど、強くなるために手を尽くしたくなる。そんな彼だからこそ、シンオウ一のジムリーダーと呼ばれる今の強さがある。
失いかけていたバトルへの情熱は、熱きバトルで以ってしか取り戻せない。
パールはそれを求めたかったデンジの期待に応えたはずだ。
最愛の仲間と身体を重ねるパールを見つめ、ふっと目を閉じたデンジはその挙動に合わせ、ひとまずの感謝の意を胸中に唱えるのだった。
「自慢しようね、パッチ……!
ピョコにも、ニルルにも、ミーナにもララにもプーカにも、プラッチにも……!
今日だけは、あなたが、世界で一番最強だよ……っ!」
「~~~~……!」
ああもう、だからあなたのことが大好き。
いつだって、私のことを大切にしてくれて、私が一番嬉しい言葉を紡いでくれるから。
命を賭けてでもドクロッグと戦い抜いたあの日、あなたを泣かせた自分の馬鹿さを呪ったことは確かにあったけど。
でも、だけど、いつかあなたがまた同じほどの危機に追い込まれたら……きっと私は、あなたのためにまた全てを懸けてしまうと思う。
ずっと思ってる。あなたと出会えてよかった、って。
私が最強。
パールのベストパートナーはピョコに譲ってる。でも、今日だけは私が最強だったんだ。
パールに、一番頼りになるのは私だって思わせられる私になれたんだ。
そんな想いで胸がいっぱいのパッチは、パールに頬ずりすることで、感涙の溢れた目をパールに見られないよう努めるばかりだった。
だって私、最強なんだもの。泣いてなんかないよ。
そのとき観客席のプラチナとばちりと目が合い、見られたくないものを見られて目を閉じるパッチの姿には、ただただプラチナも微笑ましかったものである。
「さて! 改めておめでとう、挑戦者パール!
少し慌ただしくなってしまったが、このビーコンバッジを贈呈しよう!」
バトルを終えたパールは、バッジ進呈よりもまず、とデンジに勧められ、パッチをポケモンセンターに担ぎ込んだ。
過去のギンガ団の大物らとの戦いほどではないにせよ、今回のパッチも大概な傷だらけである。
ポケモン達の自己治癒能力は非常に高いが、早く治療してあげないと、体の見た目が悪くなる後遺症ぐらい残ってしまうかもしれない。
そんなわけで、かしこまってのバッジを受け渡す場の前に、一度ポケモンセンターへ駆ける時間が設けられたということだ。
ピョコとパッチをポケモンセンターに預けてナギサジムに戻ってきたパールは、いま改めて勝利の証を受け取っている。
「これで君も、8つのバッジを揃えたトップトレーナーだ。
いよいよシロナに勝てば、名実共に君がチャンピオンってわけだな。
感慨深くはないか?」
「えぇと……なんでしょ、あんまり実感沸いてないというか……
ここまで来られたんだなぁっていうのはあるけど、私がもうすぐチャンピオンになれるかも、なんて実感までは……」
「謙虚だな。
だいたいのトレーナーは、ここに至るまでに自信を得ているものだぞ。
最後のバッジを手に入れたら、いよいよあと一勝でチャンピオンだ、って意気込むトレーナーが殆どなんだがな」
「そうなんですか?
私はそんな感じじゃないなぁ……」
口ぶりはそうでも、てれてれとした目の泳ぎぶりや、右足つま先の動きで床をくりくりする仕草であったり、満更でもない気持ちは多少表れている。
とはいえ、言っていることも嘘や遠慮ではなさそう。
プラチナ辺りはよく知っていることだが、私は強いんだぞという自信を強く持てるタイプの子ではないので。
ここまで来られた自分や大事な仲間達を誇りこそすれ、だからってそろそろチャンピオンだ、と浮き足立つには自信不足の性分が勝つということだろう。
「シロナに挑戦するための手続きや手順は知っているな?
ここナギサシティから北上し、チャンピオンロードを超え、シンオウリーグ本部でバッジを見せて手続きするんだ。
シロナへの挑戦までは日が開くが、それまではチャンピオンロードで修行するトレーナー達と腕を磨いてもいい」
「はいっ、それは流石にわかってます。
準備期間が必要なんですよね」
「大事な一戦だぞ? 負けたら再挑戦までが大変だからな。
精一杯、勝つために全力を尽くすんだ」
「あわわ、やめて下さいやめて下さい。
大事な一戦なんて強く念押しされちゃうと今から緊張しちゃいます」
昔はチャンピオンに挑むまでには、バッジを手に入れてからも試練があった。
バッジを全て集めることで、四天王と呼ばれるトレーナー達への挑戦権を勝ち取り、それを四連戦を打ち破って、初めてチャンピオンに挑めるようになる。
しかしながら、近年はそれでは様々な事情から難があるということで、バッジを集めれば次はチャンピオンとの戦いとすぐに繋がるようになっている。
四天王の皆々様はどうなったのかといえば、それはそれで今もそれなりに重要な仕事が預かっているのだが。
ともかくパールは、これからシンオウリーグに向かい、手続きすればシロナに挑戦できるということになっている。
「ははは……どうも、覇気の無い子なんだな。
それがバトルになれば、あれだけ底力を見せるんだから凄いものだ」
「わ、私はそうでも……
底力っていえば、バトルしてるみんなのそれが殆どなので……」
「ふふ、なるほど。
君にとっては、そうなんだな」
言っても簡単にはわかってくれそうにないので、デンジは苦笑い気味にこれ以上この話をするのはやめにした。
まだ見ぬはずの"とっておき"を発射寸前に察し取り、パッチに回避を指示したあの姿、なかなかの逸材だとデンジは思っているのだが。
それを抜きしても、あんなに無茶してでも勝ちたがるポケモン達、そんな彼ら彼女らの姿があるのは、それだけパールが愛されているからだ。
そうした人格を持つというのも、ある意味では、ポケモン達の力を最大限まで引き出すトレーナーの素質と言って差し支えあるまい。
はっきり言って、あそこまでポケモン達が自分の意志で尽くせるという点では、パールのその素質はずば抜けているぐらいである。
「改めて言わせてくれ。
最高のバトルだった。忘れかけていたポケモンバトルの熱さ、それに対する情熱を、君とのバトルで思い出すことが出来たよ。
オレは今日のバトルを忘れない。感謝しているよ」
「え、あ……その……」
「挑んでくれてありがとう。
君と、君のポケモン達は最高の挑戦者だった」
握手を求めるデンジの眼差しは、パールへの敬意じみたものさえ含んでいる。
言葉だけでも褒められたら照れてしまうパールなのに、ここまで熱く讃えられると戸惑いが勝つ。
だいたい相手は年上なのだ。今日だってジムバトルなりに手加減してくれた人であり、本気のこの人に勝てるかと言われればパールも嘯けはしまい。
どぎまぎ、おずおず。恐縮な想いで腰が曲がり、パールは差し出された片手に両手を返して顔を真っ赤にする。
ちょっとだけプラチナがぴりぴりする。デンジさん男前だもん。
この人との握手でパールが顔を真っ赤にしている姿を見ると、女の子としてどきどきしているんじゃないかと少し気がかりになる。
違うと思う、違うと思うけど。恋する相手の大好きが自分以外の男に向く可能性を少しでも感じると、怖くなってしまうのも恋心ってやつ。
じわ、とその気配を感じた大人のデンジも、ああなるほどこの少年は……と、パールとの握手も短めに済ませた。
そうじゃなければ、感謝の想いを強く伝えるために、ぐっと力を入れてもう少し長く握手していたかったのだが。大人なデンジさんである。
「頑張るんだぞ、パール。
公式戦で無類の強さを誇るシロナが、君のようなずっと年下の相手に敗れることがあれば、それは歴史的な快挙だ。
オレはそれが見てみたい。その勝者が君ならば、心の底から讃えられる」
「……はいっ」
「行ってこい、チャンピオンズリーグに!
オレ達の前に見せてくれた挑戦者としての姿を、シロナの前にも見せてやれ!」
最後の発破だ。
聞き得た数々の話から知れる、数少ないけれど確かな情報。
シロナを敬愛し、見上げ、目標としているであろうパールに対し、どんな言葉が効くだろう。
枕詞のように述べた、シロナに勝てば快挙だというのは即題に過ぎず、デンジがパールを囃し立てる核心はその次にある。
尊敬するシロナさんに、培ってきたものを見せろ。
そんな言葉がきっとパールには一番の刺激になるだろうと見たデンジの見立ては大正解だ。
もじもじしていたパールの背筋が伸び、少しの沈黙を挟む彼女の眼に、徐々に光が戻ってくる。
そう、これが大願に向けて駆け上がる若き者達の発する輝きそのものであり、後進の成長を何よりも望むジムリーダー達が最も見たがるものである。
「…………はいっ! がんばります!
きっと、みんなのかっこいいところを、シロナさんにも見せつけます!」
ほんの一年前には、トレーナーですらなかった少女。
多くの人が、そんな彼女の経歴を聞けば驚くはずだ。
余りある才に溢れていると言う人もいれば、運が良過ぎたのではないかと言う人もいるだろう。
どちらもきっと、正しくて、正しくない。
他の人には誰一人経験しようもない、数奇な縁や巡り合わせ、そして茨と栄光に満ちた長い道のりを経てきた彼女は、それによって成長を遂げてきた。
決して順風満帆な旅路ではなかったし、流した血や涙の数も、彼女に勝れる者はそうそう多くあるまい。
それでもそれによって成長し、ここまで至れたことを幸運と言うことは出来るし、不幸だってあったと形容することも出来よう。
才の有無など尚のこと、どうせ成功者は才ありとされ、至れぬ者は才及ばずと評されるだけなので、正しいも正しくないも無い話である。
ここまで、辿り着いたのだ。
かつて望んだ形とは、チャンピオンを目指していた動機は変わってしまったけれど、今なお確たる意志を以って、彼女はその夢を追っている。
自慢の仲間達だ。誇らしくてたまらない子達。
私の友達はこんなに凄いんだ、そう声高に唱えられる舞台はもう目前。
そう意識してしまったが最後、パールの心は昂る一方だ。
歴史を遡れば、何千何万のトレーナーが辿り着くことすら出来ず夢破れたチャンピオンロード。
星の数ほど実在したトレーナー達の頂点であるチャンピオン、その一等星はもう手の届く場所にある。
パールはデンジを真っ直ぐ見つめる向こうに、確かにその光を見据えていた。