「はぁ~、さっぱりした♪
今日もいい一日になるといいなぁ」
ポケモンリーグ本部のポケモンセンターで一夜を過ごしたパールは、朝からシャワーを浴びて最高に気持ちのいい一日の始まりを迎えていた。
昨日が早めに寝たせいか、今日は日が昇る前という随分早い時間に起きてしまい、やることが無さすぎてお風呂に入ったらしい。
別に朝風呂の常連さんでも無いのだが、暇と施設が揃ってしまえば綺麗になりたい辺りはやはり女の子である。
つやつやに乾かした髪も、普段よりも入念にセット。本人にしかわからない細かいところまで、鏡をよく見て緻密にだ。
恐らく後でプラチナが見ても、普段とどう違うのかなんてわからないのだが。時間があると、自己満足を尽くす辺りもまた彼女らしい。
「…………んむ?
えっ、珍しい……なんだろ?」
ちょうど満足いくほど丁寧に髪を結い上げた折、パールのポケッチの着信音が鳴る。
相手はナタネである。昨夜も含めて毎晩お喋りしているだけに、朝からかかってくるのは相当に珍しい。
世間話目的ではなく、何か話があるのかなと思うほどには珍しい出来事である。
「もしもし?」
『パール、パール!
もう聞いてる!? すごいことになっちゃったわよ!』
「な、なんですか? すごいことって何でしょう?」
開口一番からナタネの声が弾んでいる。なんだか面白い話ではありそう。
とはいえ朝っぱらからこのテンション、なかなか聞けないナタネの声色であることもあって、今のパールは戸惑いが買っている。
『さっき四天王のキクノさんから電話がかかってきたの!
実は昨日の夜にね――』
この反応だとパールはまだ何も知らされていないのだろう。
そうだとわかったナタネがいっそう声を弾ませる。
昨夜も電話でお話したから、パールがリーグ挑戦の登録を果たし、今はここにいることだってナタネは知っているのだ。
その上で、この大ニュースをパールへ一番に伝えるのが自分、というのがナタネには何だか嬉しい。絶対、パールを驚かせられる。
「ええぇーーーーーっ!!
うそぉ!? そんなことあります!?」
『マジよ、マジなのよ~!
私も思ったもん、そんなことある!? って!
でも起っちゃってるんだなぁ~、こんなことが本当に!』
このまま何事も起きなければ、来週晦日にシロナに挑戦することが決まっていたパール。
それが覆ることがあるとすれば、昨日か今日か明日のうちに、バッジを8つ集めてきた誰かがリーグへ参じて登録するケースしかない。
そうなればパールは、明後日その相手とプレーオフを行って、勝てばシロナへの挑戦が決定、負ければ挑戦権は来月に先送りとなるのである。
それが、本当に現実になってしまったのだ。
まさかこんな短い期間のうちに、バッジを8つ集めて滑り込んでくる者が丁度いるなんて、リョウも言っていたぐらいだが余程のレアケース。
ナタネが教えてくれた話というのがまさにそれで、言わば昨晩パールとナタネが就寝前の電話をしていた頃に、ニューカマーはリーグに推参していたという。
昨晩寝る前にそれを聞かされた四天王のキクノという人物が、パールに縁ありしと知るナタネに、ほんのつい先ほど朝一番で知らせてくれたそうだ。
ナタネとパールの繋がりは、シロナと親しい者なら誰でも知っていることなので。シロナってば触れ回り過ぎ。
目をかけている新星のことを誰かに話す時、やっぱり彼女の特徴を語る中で、ジムリーダーと懇ろという特殊なエピソードははずしにくいのだろう。
『で、その人って誰だと思う?
実はパールも知ってる人なんだけど』
「私がですか?
私とおんなじタイミングでバッジ集めてて、私の知ってる人?」
『それがね~……』
突拍子のないことを言われてパールが首をかしげているのが声からわかる。
ナタネはパールに考えさせる時間を与えずに答えを告げた。
ちょっと考える時間を与えてしまったら、まさかとすぐに濃厚な仮説を思い付いてしまうだろう。彼女自身が口にしたとおり、推測要素はもう充分揃っている。
それより先に答えを突きつけたい。想像つかないうちに聞かされた方が、パールは確実にびっくりする。それも、さっき以上にだ。絶対に。
「なっ、なぁにぃっ!?!?!?」
『あはははは、びっくりしたでしょ!
これホントだからね? 明後日、シロナへの挑戦権を賭けてその子と公式試合よ!』
ああ満足。パールから聞きたい反応が全部聞けた。ナタネさん上機嫌。
一方でパールは、個室ゆえ誰の迷惑にもならなかったとはいえ、外で発すれば近場迷惑なほどの大声を出して仰天させられるばかりだった。
通話越しに聞く、久しぶりのパールの最大声。耳がきぃんとしながらも、そうであればあるほどに、ナタネはとっても楽しかった。
"彼"はパールがデンジを破ったその翌朝、ナギサジムに飛び込んでいった。
ジム生達とのバトルを早々に片付け、超急ぎでポケモンセンターに駆け込んで、万全の状態で真昼時にデンジへ挑戦。
リーグ挑戦の登録をする、今期の期日が近かっただけに、バッジを7つ集めて夢目前の彼を鑑みて、ジム生相手の試験バトルは手短に済まされたそうで。
デンジも柔軟に挑戦者の事情を汲んでくれる人物である。どのみち、これだけバッジを集めてきた相手の実力など概ね証明済のようなものなのだし。
バトル前にデンジが"彼"に、昨日パールという女の子に負けたということを口にしたら最後、もうこの彼は燃え上がった。
デンジはあくまで、昨日も負けたんだから二日連続で負けてやるわけにはいかないぞ、と気迫を出した文脈に過ぎなかったのだが。
そんなの彼には微塵も伝わっていない。それだけ"この少年"にとって、パールという人物がバッジを集めきった事実は大きかったのだ。
バトルが始まると気合が凄い。ポケモン達に指示する声は、子供ながらにど迫力だった。単に声が大きいからではない。
この戦いだけは絶対負けてたまるか、という決意に満ちたその姿に、ポケモン達が応えて振り絞る力もまた凄まじい。
結果デンジは、この少年のポケモンを一匹倒すことこそ出来たが、倒せたのはそこまで。終わってみれば0対3残しの圧巻の結末。
一匹も倒されなかったパールには劣るように見えるかもしれないが、この少年は電気タイプ相手に最も有利な地面ポケモンを繰り出していないのだ。
数字が語るような上っ面の事実とは異なる、間違いなくパールと同等かそれ以上すらあり得る、本当に強い挑戦者だったとデンジも感服しきり。
昨日のパールとのバトルが、向こうしばらくは流石にあれほど熱い勝負は出来ないだろうなとさえ思っていたのに、今日もそうだったかと脱帽である。
感極まったとさえ言っていい。本当に、凄い二日間だった。
本来悔しがるべき二連敗へ当然の感情も、この感銘には塗り潰されるのみというものだ。
ちなみにその頃、パールは海を越えてチャンピオンロードを進んでいる頃である。
8つ目のバッジを手にした彼は、もはや今日か明日のうちにリーグに登録しないと、今月のプレーオフまで間に合わない状況。
デンジとのご挨拶こそちゃんと澄ましたものの、終始落ち着かない素振りで、話が終われば速攻でポケモンセンターへ駆け込んで。
その日のうちにナギサシティを出発、北上、チャンピオンロードを突っ走って抜け、夜にようやくリーグ本部へ到着。
まさかこの日、パールに続いて二人目の甲級挑戦者が来ると思っていなかったリョウは、リーグ受付を本職の方に返上して既におやすみ中。
勿体ないことをしたものである。一日に二人もバッジを集めきった者を迎えるなんて経験、本職の人達ですら無いスーパーレアケースなのに。
予想だにできるはずもないのでしょうがないのだが。
つまりそんな彼は、今日はこのポケモンセンターに泊まっているわけだ。
プラチナと一緒に朝食を取ったパールは、ポケモンセンターの玄関前ホールで、件の人物が通るのを待っていた。
勿論、プラチナにも食事の最中に事情は話している。
いきなり聞かされたプラチナは、口に含んだ飲み物を噴きそうになっていた。
耐えて、一滴も漏れないように逆に飲み込んで、急にたくさん飲み込んだからえづいて、咳して、涙目になって。
比較的冷静な彼ですら、急に聞かされるとそこまで動揺するほど、昨晩リーグ登録したという少年の名は衝撃的だったのだ。
「あっ」
「出た……っ!」
彼は昨日、夜遅くにリーグに辿り着いた身。
パールが寝る寸前ぐらいにリーグ登録を終え、ポケモンセンターにボールを預けるなり色々したので、昨晩寝るのは遅めになったのだろう。
早起きだったパール達とは反面、ややお寝坊さんな時間に起きてきて、朝食を食べる前にこの玄関前ホールに姿を現した。
きょろきょろと誰かを探す仕草は、探される側の方が見つけやすいほど目立ち、パール達が彼を見つける方が少し早かった。
「――――――――あっ!!
パール……」
「だまれーーーーーーーーーー!!!!!」
ウルトラでかい声。人も沢山いるポケモンセンターのど真ん中、誰もがびっくりしてパールの方を振り返る咆哮である。
一番近くにいたプラチナは心臓が止まるかとさえ思った。まさかこんな所でやるとは思わないじゃないか。
それこそでかい声常連のダイヤですら、予想外すぎるパールの爆音には驚いて言葉が止まったものである。
相手に駆け寄るパール。自分がやったことはわかっている、わかっていてやった。
今、相当に恥ずかしい。顔は真っ赤っ赤である。
「ダイヤっ、こんな所で大きな声出すのやめてよ……!
呼ばれた私が恥ずかしくなるんだからっ……!」
「お前の方がすんげぇ声出してんじゃん」
「あんたが恥かかないように私だけひっかぶってあげてんのよっ!
あんた絶対、こうでもしなきゃすんごい声で呼ぶんだからっ!」
まあなんて尊い自己犠牲。お為ごかしでもあるのだが。
パールがああしなければ、でかい声でパールの名を呼び、駆け寄ってきた彼と一緒に衆目を集め、どのみちパールも恥ずかしい想いをしたはずだ。
幼馴染だもの。考えるまでもなくわかる、絶対に当たる予想である。
どうせそうなるんだったら、いっそ恥かいてでも先に大声を出して、ペースとイニシアチブを握ってしまった方がいい。
周りを驚かせて迷惑なのはわかっているが、どうせ自分がそうしなくたってダイヤが同じことをやるだけなのだから。
現に怯んだ今のダイヤは騒がしくない。パールがダイヤの腕を引いて、ぐいぐい外に連れ出そうとする動きにも従ってくれる。
自らものすごい恥を振り撒いて、顔を上げられなくなっているパールだが、これでも彼女なりの計算を元に、望んだ成果も出してはいるのである。
とはいえ、案外こうして策を練れる彼女でありながらも、普段は向こう見ずで突発的な行動を起こすことも多い身。
そして悲しいことに、プラチナなんかは彼女のそうした一面を多々見てきたので、今回の行動もそうとしか見えないのだ。
ダイヤを引き連れて外へ行くパールを追うプラチナだが、若干引いている。パールにだって、見なくてもわかるぐらい引いてる。
少なからずの好意を抱いている男の子に、顰蹙を買っていることがわかってしょうがないパールにとっては、それが一番きつかった。
全部ダイヤのせい。そうとでも考えなきゃやってられない。
「……ほんとにダイヤも、バッジを8つ集めてきたんだ」
「パールの方がちょっとだけ、一日だけ集めきるのが早かったみたいだけどな~!
どっちが先に全部集めるかっていう勝負は負けか~! 悔しいな!」
「でもダイヤ、そんなに悔しそうな顔はしてないよね」
「あははは、まあな!
やっぱり、二人とも叶えられたっていうのが一番嬉しいよ!
俺だけでも、お前だけでも、そうなっちゃったらなんだか嫌じゃんか!」
ポケモンセンター前を離れ、チャンピオンロードの北入口の前まで来て、パールとダイヤとプラチナは三人揃っての立ち話だ。
ここでなら好きな声量で話しても、誰にも迷惑がかからないのでダイヤの声も大きい。
結局パールが、人目を気にせず、かつダイヤも気兼ねなく話せるようにしようとすると、周りに人のいないか少ない環境であった方がいいのだ。
「最後、すげぇ急いだんだぞ!
デンジさんに勝つのがあと二日遅かったら、パールとおんなじ舞台で戦えなかったんだからな!」
「も~、寝ててよあと二日ぐらい。
そしたら私が挑戦権獲得決定だったのに」
「や~だね! それでもしパールがシロナさんに勝っちゃったら、俺が来月パールに"挑戦者"だろ!
お前と上と下で戦うなんてぜ~ったい面白くないもん! 幼馴染だろ!」
「……あはは。そうかもね」
冗談含みで返しているパールだが、ダイヤが今月パールと大舞台でぶつかる機会を逃すまいと急いだ、という主張を聞くや否や見るからに嬉しそうである。
どっちが先にバッジを集めきるか、転ずればどっちが先にチャンピオンになれるか、あるいは凄いトレーナーってやつになれるか。
顔も合わせずして心のどこかで競い合ってきた二人は、すなわち互いを上とも下とも認識せず、好敵手のように意識してここまで来た。
誕生日も近い同い年、対等なライバルなのだ。
常に勝ちたい相手には違いないけど、はっきりどこかで自分が上だと確定した瞬間が訪れても、嬉しさこそあれ寂しさもまた生じよう。
ライバルというのはそういうものである。そしてパールは、意地でも急いで対等であり続けてくれようとしたダイヤの姿に、無意識の嬉しさを感じている。
プラチナは、挟む口を思い付いても敢えて黙っているのだ。二人だけの世界に割って入りたくないほど、横から見ててもいい関係だなと思うから。
「それでも明後日、俺とお前がバトルしたら、引き分けなんてないけどな!
これまで旅してきた俺とお前、どっちが凄い奴になったのかはっきり決まるんだぜ!
わくわくするけど、ちょっと名残惜しいカンジもする!」
「別に明後日の試合で終わりじゃないんだよ?
勝ったら勝ったで、一週間後はもっと大きな試合が……」
「俺にとっては今チャンピオンへの挑戦なんてど~でもいいんだよ!
お前と、完全に対等な条件で白黒はっきりつけられるんだぜ!
今までのどんなバトルよりも、楽しみでしょうがないよ!」
パールも流石に面食らった。
チャンピオンになるかどうか、そんな一世一代の舞台よりも、自分とのバトルが楽しみだなんて。
確かにパールも楽しみではあった。負けられない舞台でダイヤとの一騎打ち、勝敗は重要だがぶつかり合えること自体に胸も躍る。
だけど、チャンピオンとの勝負よりも楽しみだって、はっきり口に出して言われると心が震える。
それは、ダイヤが来なければシロナへの挑戦権が決まっていた時間が短いながらもあり、来週に気持ちを向けていたパールの気持ちを今週に引き戻してくれる。
ダイヤの主張に一瞬戸惑えど、両手で口を押さえて背中を丸めて笑い始めるパールの胸は、ダイヤの言葉に胸を撃ち抜かれた心境そのものの表れだ。
「くふっ、ふふっ……!
あはははっ、そっか……そうだね……!
一週間後のことなんて考えてる場合じゃないよね!」
「当たり前だろ! 言っとくけど、明後日のバトルは来週の本番よりすっげえものになる予定なんだからな!
俺が勝っても、お前が勝っても、来週のチャンピオン戦が『先週の方が凄かったな~』なんて言われるものになるんだ!」
「シロナさん凄い人だよ?
あの人の試合より凄い試合、私達で出来る?」
「あったりまえだろ! はっきり言ってお前、俺に言わせればシロナさんより凄いんだからな!
みんなは知らないかもしれないけど、俺は見てきてるんだから!
な、プラッチ! 見てたよな!? こいつのすっげぇとこ!」
「…………色々ね」
「ちょっとプラッチ!? なんかヘンなこと思い出してない!?
いま褒める感じのとこ思い出してないでしょ!」
「僕はダイヤが見てきたパール以外にも、色々見てきてるからさ。
苦労したんだから、ほんとに色々と」
「え、なになに!? プラッチ教えてくれよ!
俺わかるぞ! 旅の中できっとパール、プラッチのこと振り回しまくってきただろ!」
「あぁ~、理解者がぁ~。
ダイヤ、これからもずっと友達でいてね。いっぱい聞いて欲しいことあるんだ」
「おう! 親友!」
「こらぁ~! なんだその熱い握手わ~!
話せおまえらっ、絶交しろっ!」
ダイヤもパールのじゃじゃ馬っぷりはよく知っているので、旅の中でプラチナが苦労してきたことなんて想像に難くないらしい。
共感を得合う男の子達が友情を深め合う姿に、パールは握手する二人の手首を握って引き離そうとする。流石ギャラドス娘、いざ困ったら力技。
しかしながら所詮は女の子、や~だねとばかりにぐっと手を握り合う男子の握力を引き離すことなど出来ず、がるると二人を睨むだけで負け犬吠えである。
「へへっ、お前に勝てたら俺、シロナさんにだって負ける気しねーんだ!
全力でかかってこいよ! 俺が未来のチャンピオンなんだからな!」
「なにお~! 勝つのは私だっ!
今から勝利宣言なんて、うちの子達を甘く見るんじゃないぞ~!」
「ねぇダイヤ、ぶっちゃけ勝てそうなら勝っちゃってね。
僕このギャラドスガールがチャンピオンになったりしたら、シンオウリーグの未来はどうなるんだって思えてきちゃった」
「おっ、プラッチは俺の味方か!
残念だったなパール! お前のファン一人いだたき!」
「プラッチぃ~! また裏切ったな~!
おまえ何回裏切るんだぁ~!」
「あはははは」
怒っちゃったらもう歯止めの利かない暴れん坊、確かにこれがシンオウトレーナーの頂点になってしまうと、果たしてみんなの目標として相応しいものか。
ほんとのことを言われちゃった時の方が頭に血が上るというのは真理であり、完全にプラチナにターゲットを移したパールの襲いかかりようはポケモンみたい。
ダイヤとの握手の手を解いて、掴みかかろうとしてくるパールの手首を捕まえたプラチナは、ぐぐっと男の子の力で寄せ付けない。
パールも足掻いて押し切ろうとするけど、やっぱりどうしても力で勝てない。そして流石に根は暴力的でないから、蹴れるはずの足も出ない。
んぐぐぅと呻きながら、力で勝てずにプラチナに制されてすっごい悔しそうな目で睨んでくる姿が、プラチナにとっては可笑しい可笑しい。
本当、いじり甲斐があって仕方ない。付き合いが短かった頃には出来なかった、気兼ねの無い接し方。
最近プラチナ優位でパールを翻弄する機会が増えてきているが、旅中で幾度も頭を痛めてきた負債がようやく返されて始めているだけ。彼は苦労人なのだ。
「ダイヤぁ~! ぜぇ~ったいに負けないからな~!
プラッチを賭けて勝負だっ! プラッチは私のファンなんだぞ!
ず~~~~~っと私のこと応援してくれてたやつなんだからな~!」
「や~だね! 明後日勝つのは絶対俺だからな!
そしたらプラッチも、来週は俺のこと応援してくれるもんな!」
「そりゃまあ、そうなったら普通に応援するよ」
「プラッチ~!
うちの子達が負けるとでも思ってるのか~!
ピョコもパッチもニルルもミーナもララもプーカも最強なんだぞ~!」
「凄いねそれ、噛まずに早口で全員の名前言えるの」
わめく女の子と、騒がしい男の子と、一生大切にしたい親友二人との時間が楽しくて笑みがこぼれる男の子。
息切れしないパールを中心に、わやくちゃとした語らいが長々と続き、落ち着きを取り戻すまで随分とかかる。
ずっと吠えてるパールを、少し大人な二人の少年がけらけら笑っていなして可愛がる、そんな図式がずっと続くのである。
きっとこの三人は、これからもずっとそうなのだろう。
大人になってパールが今より落ち着いたとしても、ダイヤの言動がパールを刺激し、熱くなった彼女をプラチナが諫めて、コントロールして。
それは恐らく、パールも、ダイヤも、プラチナも、この三人で語らう時にしか出せない顔。
己の感情に真っ直ぐなパールも、人前ではちゃんと良識を意識して、この年でしっかりと敬語を使って年上に接するし、誰に対しても攻撃的にならず優しい。
固めた意志を何が何でも成し遂げんとするダイヤは、その勢いと奔放さで大人さえ翻弄する。
単なるお勉強知識だけでなく、他人の心の機微に敏感なプラチナは、人を不快にさせないよういつも気を付ける良識人。
それがこの三人に対する、世間の評価であろう。誰だってこの三人に接してみて、彼ら彼女らの個性を語るならそんな所に落ち付くはず。
荒っぽい言葉で攻撃的になるパールも、最も子供っぽいと思われがちなはずのダイヤがパールを温かい目で見守る姿も、意地悪を進んで言うプラチナも。
相手が目の前の二人でない限り、出さない、出せない顔がここに出る。
大人になって、そんな幼き日々の自分達の姿がそうであったと自覚する頃には、今以上にこの関係が特別であることを感慨深く思い返せるはずだ。
幸せというものはいつだってそう。後から思い出して本当に痛感する。今が幸せだと自覚があったとて、思い返す頃にはそれ以上だ。
掛け替えのない親友と、一つしかないものを争う舞台が二日後に控えている。
争奪は卑しいことだろうか。敗者に得るものが無いのは残酷だろうか。
きっとこの二人の戦いは、勝っても負けても、一生忘れ難き、そして一生の財産となるものが約束されているはず。
勝負の世界に貴賤などあるものか。栄光を目指してきた若者が、目指す頂が一つしかないことを自覚し、真っ直ぐに努力してきた末に辿り着いた最後の八合目。
野望のために手段を選ばぬ、血生臭い闘争と比較するのも煩わしい、清純な魂二つが放つ光の強さは、決してチャンピオンシップの輝きにも劣るまい。
パールやダイヤ以上に、プラチナが一番二日後を楽しみにしているのだ。
大好きな二人が、最高の舞台でぶつかり合えるその姿が間近に迫っている、その事実だけで胸がいっぱいになるほどに。
思い返せばシンオウ地方の長い歴史の中で、こんなことが一度でもあっただろうか。
同郷の、歳を同じくする幼き少年と少女が、チャンピオンへの挑戦権を賭けてポケモンリーグの大舞台で衝突することが。
それはまるで、遥か遠きマサラタウンの天才二人が、チャンピオンの座を賭けて歴史的な戦いを繰り広げた、伝説的なあの日によく似て。
そして今の制度において現実的には、王者と挑戦者の戦いでそれが叶うより、同時にバッジを集めきった第一挑戦者決定戦で叶うことの方が遥かに叶い難い。
後日シンオウ地方に訪れると約束されたその日とは、きっと十年に一度では起こり得まい。
歴史の目撃者となることを望む大衆の希望は、もはや半ば果たされていると言っても過言ではないのだ。
やがてシンオウ地方に長く語り継がれるであろう、神話とははっきりと異なり人の手によって紡がれた、世界にも誇れる伝説の一戦は目前だ。
二人の少年少女がその手が叶えた、シンオウ史の中で燦然と輝く舞台である。