ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

154 / 160
第154話  シャイニングヒーローズ

 

 

 現代におけるシンオウ地方の月末最終日は、月に一度のポケモンバトルのチャンピオンズデイと定着してもう長い。

 チャンピオン対挑戦者の試合が行われるならこの日であり、仮に挑戦者が現れぬ月であっても、四天王やジムリーダーによるエキシビジョンマッチが行われる。

 3試合ほど組まれるエキシビジョンの中でも観衆の興味を惹くのが、1試合は必ずタッグマッチが組まれることであろう。

 普段は並んで戦う姿を拝むことも数少ない、ジムリーダー同士のコンビネーションであったり、そこに四天王という逸材まで絡んでくるともう大変。

 ジムリーダーと四天王が一日限りで手を結び、相対する相手にその実力を遺憾なく発揮する姿は見応え抜群である。

 元が仲の良いナタネとスズナ、デンジと四天王"オーバ"のタッグや、親子であるヒョウタとトウガンの親子タッグなど、固定ファンの多い組み合わせも。

 逆に普段はまったく接点が無いながら、スモモとリョウがタッグを組んだりと、目新しいコンビを目の当たりにする機会も多い。

 それでも誰しもがトップクラスのトレーナーなのだから、しっかり息を合わせて好勝負にしてしまうので、熱戦が常に保証されているというわけだ。

 挑戦者がいようがいまいが、月末は多くの人がポケモンリーグ本部での現地観戦を望むか、ゴールデンタイムにテレビに張り付く。

 それがシンオウ地方、毎月晦日の定例である。

 

 さて、その日と比べれば相手が悪く、多少は格落ちするものの、やはり多くの人々の注目を集める日が、そうした晦日のちょうど一週間前。

 チャンピオンへの挑戦権を得た者が二人以上いる日はプレーオフが行われる、通称チャレンジャーズデイと呼ばれる日だ。

 こちらも第一挑戦者決定戦が組めない月は、ジムリーダーや四天王がシングルマッチを2試合ほど都合するので、現地観戦希望者や視聴者もやはり多い。

 休日や祝日であれば視聴率がより高まる傾向があるのだが、それを念頭に置くと興味深いデータも取れている。

 休日ないし祝日のチャレンジャーズデイの方が、平日のチャンピオンズデイよりも若干だが視聴率が高いのである。

 事情一つで前夜祭めいたチャンピオンズデイが、本番の月末以上の数字を取れてしまう程には、根本的な注目度の高さが示されているということだ。

 

 今月は、バッジを集めてきた挑戦者が二人。

 パールとダイヤ、その二人が王座挑戦権を賭けて争う、本来のコンセプトどおりのチャレンジャーズデイ。

 ジムリーダーや四天王がエキシビジョンを繰り広げるこの日も魅力的ではあるが、やはり新風が立つこの形を望む観衆の方が多い。

 ファンの多い一流トレーナーの試合は確かに受けが良い。だが、大衆は新しいものを常に求めている。

 職業柄かつ当人の意趣で、使用ポケモンのタイプが固定化された一流陣の試合も、いざ見れば鳥肌が立つほどのものであるとはほぼ保証されているけれど。

 いったいどんなポケモンを出すのか、それによってどんな戦術を取るのか、未知たる挑戦者達の試合がどのようなものになるのかは予測がつかない。

 それがいいのだ。まして、仮にジムリーダーや四天王には劣れども、挑戦権を獲得するほどには腕の立つ者達なのだ。

 パールとダイヤが集める注目は、シンオウ地方の名高き者達が繰り広げたかもしれない名試合にも、決して劣らず高くある。

 この日も観客席は超満員。そして試合開始前のこの時間帯から、ポケモンリーグにチャンネルを合わせている各世帯の数は計り知れまい。

 パールとダイヤが控室にて、試合開始の時間を目前にする今、既にシンオウ地方全体はふつふつと興味を沸騰させ始めている頃合いだ。

 

「よう、デンジ!

 やっぱり来たか! 流石に欠席はしないよな!」

「はは、相変わらず暑苦しい声だな。

 振り向かなくても誰だかわかる」

「振り向けよ」

「必要ないね」

 

 そして、この試合に注目するのは一般大衆だけではない。

 第一挑戦者決定戦が行われるとなれば、この日はポケモンリーグの試合が無いジムリーダーや四天王は、なかなかにこの試合が見逃し難い。

 何せジムリーダーにしてみれば、手加減含みとはいえ自分達を打ち破ってバッジを手にした新星の、辿り着いた夢舞台。

 そして四天王達にしてみれば、やがて自分達に挑戦してくるかもしれない若武者のバトルを、初めて目にする好機会。

 プレーオフが行われるとなれば、最もその試合に注目するのは、他ならぬジムリーダーと四天王というわけだ。

 

「どうも、四天王の"オーバ"どの。

 やはりお前さんもこの試合は見逃せんよな」

「ご無沙汰だよ、トウガンの旦那。

 ヒョウタもマキシの兄さんも久しぶりだな」

 

「お久しぶりです、オーバさん」

「ガハハハ! オーバ、残念だよ!

 プレーオフが無ければお前さんのリベンジを受けるつもりだったんだがな!」

「ははっ、まったく残念だ!

 まあそれ以上にいいものが見れそうだから、損した気分にはならないけどな!」

「ガハハハハハ! まったくだ!」

 

 ポケモンリーグ本部の試合会場は広く観客収容人数も地方一に多いが、その観客席には四角、特等席と呼べる場所がある。

 試合するトレーナーの立ち位置の左翼位置と右翼位置の最前箇所、それが対称形なので四か所だ。

 そして周囲の観客席よりも一段高い位置にあり、前に遮るものが無くバトルフィールドを最も近くで見られるまさに特等席。

 ここに集えるのは一般客ではない。VIP客でも不可能だ。現役のジムリーダーと四天王のみである。

 

 試合開始の15分前、そこでは既に、ジムリーダーのヒョウタとマキシ、トウガンとデンジが試合開始を心待ちにしながら語らっていたところだ。

 そこに参じたのが四天王の"オーバ"であり、熱血漢であり声も大きい彼の登場には、ジムリーダー四名いつもの彼だなぁと笑いがこぼれる。

 とりわけオーバはデンジと昔から親しい友人同士であり、両者間の語らいは特に気兼ねない。

 豪快な性格のマキシのみ、オーバと早くも冗談を交わし合っているが、性格が噛み合っているのだろう。

 エキシビションマッチでぶつかり合うと、どうしてもマキシがオーバに有利になりがちなので、オーバもマキシに対しては微笑ましい皮肉も垂れやすい。

 

「しかし珍しいな、ジムリーダー全員が現地に大集合ってのは。

 特にトウガンの旦那なんかは、本業を疎かにするわけにはいかないってミオで録画観戦が殆どだったはずだが」

「今日は特別だよ。

 うちの息子が手塩にかけて育てた若武者の晴れ舞台だそうだからな」

「別に僕が育てたってわけではないけどなぁ」

 

「へえ! ヒョウタもいつの間にか師匠になったのか!」

「別にそういうわけじゃないんですけどね。

 ただ、なんか懐かれてまして……」

「ガハハハ、ダイヤのことだな!

 俺もたまに電話で相談を受けるよ!

 聞いてもいないのに、ヒョウタさんならああするかもこうするかもって話をしてくるぐらいにはお前さんを慕ってるようだがな!」

「あ、そうなんです? それ初耳ですよ。

 なんかこっ恥ずかしいなぁ」

 

「ほぉ、デンジもダイヤとは電話番号を交換したって言ってたな。

 まさかトウガンの旦那もだったりするのか?」

「おお、せがまれたよ」

「シンオウ男子ジムリーダーは、全員ダイヤ君と連絡先を交換済ってわけだ」

「たは~、なんつーかフタバの二人は似たモン同士だねぇ。

 知ってるだろ、もう片方が電話魔なこと」

「噂に名高い長電話らしいな。シロナから何回聞かされたか」

「ダイヤ君もまあまあ電話すると長いですよ?」

「いや、恐らく対ナタネのパールの方がすげぇ。

 毎晩一時間は平均余裕らしいからな」

「あ~、そりゃ凄いですねぇ」

 

 ジム戦で勝つたび、女性ジムリーダー陣の電話番号を片っ端からせがんでいたパール。

 どうやらダイヤも似たようなものらしい。同じ屋根の下で育った兄妹でもあるまいに、どうしてここまで似るのやら。

 ダイヤと一緒にされると渋い顔をしそうなパールであるが、わざわざ探さなくても似ている点の方が多そうである。

 

「僕も基本的に父さんと同じ考えで、あまり地元を離れることはしないようにしてるんですけどね。

 流石にダイヤの晴れ舞台となれば、テレビ観戦じゃ済ませたくないですよ」

「可愛がってんなぁ。

 そんな因果もあって、あの親子が二人とも実地観戦するってんだからすげぇもんだ」

「基本的に、リーグまで現地観戦に来ることが多いのは、ナタネやスズナや俺ぐらいのものだもんな」

「マキシのおっさんは地元のジムほったらかして来すぎっすよ。

 ノモセの子供達もわかってんのか、ほら、あの辺おっさんのファンでしょ」

「おー! あの子達、来てくれてんのか!」

 

 ジムリーダーとしての本業を重んじて、個人的な都合で地元を離れることを好まないヒョウタとトウガン、そしてメリッサとスモモもそう。

 デンジは観戦よりも自分がバトルすることで、バトルの熱さを感じたがる性分なので、遠征してまでの観戦というものをあまりしない。

 こうした大きなイベントに、きゃぴきゃぴ友達同士で積極的に赴いてしまう、ナタネやスズナの方が少数派なのだ。

 マキシはエンターテイナーの性分として、この手の大きな大会の観戦率率が高い。たまには客側になりたいのであろう。

 地元の皆さんもそういうマキシの性格は把握しており、ここで繰り広げられる試合だけでなく、子供のように観戦席ではしゃぐマキシを眺めるのが楽しみだ。

 

「盛り上がっていますね。

 男性ジムリーダー揃い踏みとは、改めて見ると壮観だ」

「おっ、"ゴヨウ"もこっち来たのか!

 こんな男臭い場所じゃなくて、花形揃いのあっちじゃなくていいのか?」

「いやぁ、無理ですよ。

 あちらはあちらで特殊な空間すぎますから。

 男の私達が入っていける場所ではない」

「だははは、言われてみりゃあそりゃそうか!」

 

 マキシが地元の子達に手を振っている中、特等席にもう一人の男性が訪れた。

 四天王のゴヨウ、特に四天王最強と呼ばれる彼は、チャンピオンを除けばシンオウ地方の頂点に立つ人物と言われる。

 物腰の落ち着いた、冷静沈着で礼儀正しい言葉遣いの好青年だが、オーバのジョークに微笑み混じりで返せるほどには冗談の口も利く。

 

「いよいよ凄いな、"キクノ"の婆さんもあっち側で観戦予定なんだろ?

 これでリョウも揃ったら、四天王まで全員観戦ってことに……」

「はいはーい、僕もいますよ!

 いや~よかったよかった、間に合った!」

「おっと、マジで来ちまった。揃ったなぁ」

 

 四天王のリョウも、ここに参じた。

 彼は先日、リーグの受付係を代わって貰った礼として、今大会の事務の手伝いをしてきたらしい。

 若いが四天王になってからが長く、リーグに籍を置いてきた期間もあって、ある程度の事務はこなせるようになっているらしい。

 四天王で、そういうお仕事に全く手をつけたがらないのは、自由を好むオーバぐらいのものである。他の四人ほどオトナしていたくないらしいそうな。

 

「お前ら二人とも帰れよ、ついでにオーバも。

 お客さんがざわついてんじゃねえか四天王ども」

「いいじゃん、僕が観客なら嬉しいよ。

 僕も子供の頃、客としてこの会場に来てた時にこんな光景見てみたかったなぁ」

「サイン禁止のルールがありがたいですねぇ」

「オメーが言うなゴヨウ。

 普段はお前が一番サイン配りまくってんだろが」

「いや、断りづらいでしょ……」

「モテる男はつらいねぇ」

 

 マキシが指摘するとおり、四天王のうち三人もが揃い踏み、しかもジムリーダー四名の特等席は、衆目を惹き過ぎている。

 ポケモンリーグでは、会場内で四天王やジムリーダーにサインを求めることが禁止されている。そういうルールなのだ。

 でないとこのような状況になった時、この特等席にどれだけ人が群がってくることか。試合そっちのけにさえなりかねない。

 四天王の中でも一番の男前の部類と言われ、ファンの多いゴヨウなんて、このルールが無ければ観戦すら気軽に出来ないのだ。

 まあ人のいい彼だから、余所でサインを求められたりしたら一度も断らないのだが。リーグの心遣いに一番助けられているのは彼である。

 

「これでシロナまで観戦に現れたら完全に全員集合なんだけどなぁ」

「半々ってとこだろ。

 普段のあいつは、次期挑戦者の試合は絶対に見ないからな。フェアじゃないからってよ」

「でも、今回は個人的にも思い入れのある子達の真っ向勝負。

 もしかしたら、ってのはあるんですよね」

 

 基本的にシロナはチャンピオンになってからというものの、来週自分と王座を競う相手の試合を見ることをしない。

 現地観戦はおろか、テレビ観戦でも絶対に見ないようにしているらしい。

 事前に相手の戦術や手持ちなどを、先に知ってしまうのは王者としての矜持に反するからだという。

 自分の手持ちや試合は挑戦者側に概ね割れているので、対戦相手の情報の先取りはさほど不公平でもないのだが、彼女なりの拘りがあるのだろう。

 まあ、放送された試合はきちんと録画しているので、チャンピオンシップが終わった後ならいくらでも見るそうだが。

 

「ちっと向こうに電話してみるわ。

 キクノの婆さんも向こうにいるだろうからよ」

 

 オーバがポケッチをタッチして、相手方の電話を鳴らす。

 オーバ含む男性陣がいるのは、試合においてダイヤが立つ側の左翼位置。

 こちらは、パールよりもダイヤの挙動を見やすい側の特等席である。

 そして女性陣、ジムリーダーや四天王キクノが集まっているのは、パールが立つ位置の左翼側だともわかっている。

 会場の対角線上の特等席に向けて電話するオーバに、来るだろうなと思っていた相手が着信ボタンを押すのも早い。

 

『はいはい、もしもし』

 

「どうも、キクノさん。

 こっちはジムリーダーも四天王も男性陣全員集合だぜ。

 そっちはどうっすかね」

『ふふふ、みんな揃ってるよ。

 メリッサに代わろうか』

 

 顔を見ずとも声だけで伝わる好々爺。造語をあてるなら好々婆。

 月に一度のお祭り騒ぎ、弾む会話は若者に任せようとメリッサに電話を代わったキクノは、一礼するメリッサを微笑ましく見守る。

 

「ハーイ、オーバさんですね!

 お久しぶりデース、試合が終わったらご挨拶に伺いますねー!」

『だははは、ご無沙汰だな!

 やっぱ女性陣は声の張りが違うわー!』

 

 シンオウ地方のジムリーダーや四天王、その男性陣は皆さん概ねおとなしい。内に熱いものを秘めていても、表面上はみんなクールだ。

 表向きの明るさや活気の強さといえば、女性陣の方が圧倒的に勝る。

 男性陣の中でもマキシは豪快だったり、女性陣の中でもスモモが礼儀深くおとなしかったりもするが、それを含めても女性陣が強過ぎる。

 華々しきトップアクトレスのメリッサ、情熱の塊であるスズナ、活気の一等星であるナタネ。

 もうこの三人だけで、声の大きさや口数の多さで男性陣7人に勝ってしまうのである。

 

『シロナ来てますかねぇ?

 今日ばかりは来るか来ないか半々だって話をしてたんだが』

「まだ現れていませんねぇ。

 こちらでも、今日だけは来るんじゃないかって話になってるんですが」

『ほほう、シロナのことをよく知る女性陣がそう仰るなら期待できそうだな。

 それはともかく、他の誰かにも代わって貰えませんかね?

 久々に他のみんなとも話がしたいんだが』

「ノンノン、若い子達は若い子同士で話を弾ませていますので。

 邪魔してはいけませんよ」

 

 あまりこうして同じ空間にジムリーダーと四天王が揃う機会は多くないので、オーバはナタネやスズナとも話がしたい。

 快活な者同士なので、いざ話せばたいそう噛み合うのだ。

 しかし今のナタネとスズナは、スモモを挟んでマシンガン気味にめちゃくちゃ喋っている。

 ジムリーダーとしてのキャリアも年齢もスモモより若干ながら上、久しぶりに顔を合わせるとナタネもスズナもめちゃくちゃスモモを可愛がる。

 矢継ぎ早に話しかけてくる二人に挟まれ、たまにいじられて戸惑い、照れ、微笑むスモモが可愛くてしょうがないらしい。

 

「それとも、年増はお呼びでないとでも仰いますか?」

『怖っ。さようなら』

 

「おやおや、ジョークが通じないようです」

「ふふふ、まあまあの迫力があったよ」

 

 にこにこ笑いながら、低い声で地雷を踏まれた大人の雰囲気を演出するメリッサ。流石は役者である。

 電話する彼女を眺めるキクノからすれば楽しんでいるようにしか見えないが、声しか聞こえない向こうには恐怖しか与えまい。

 電話を切られて、上手にやれたことを嬉しそうに笑うメリッサである。

 シンオウ地方の女性ジムリーダーの中では最も大人びた彼女であるが、いくつになっても遊び心は無くせないらしい。

 

「――あっ! 電気消えたよ!」

「さあさ、始まるわよ!

 スモモっ、しっかり目に焼き付けるわよ~!

 あたし達イチ推しの、スーパーヒロインの晴れ舞台!」

「はいっ!」

 

 丁度、そんな折のことだった。

 会場全体を照らしていた、スタジアムの照明とでも呼べるほどの光が一度消え、真っ暗になった会場がざわめきに満ち溢れる。

 停電に対する動揺ではないと断言できるのは、いよいよ選手入場、そしてメインイベントの前触れだと、この消灯が定着しているからだ。

 どよめきは短く、たちまち静寂に包まれた会場の空気に促されるかの如く、天井からの広い光によりバトルフィールドが照らされる。

 最前列の観客席すら光を浴びられぬ中、再びざわつく観客席全体は、もうこの直後に何が続くかをはっきり予感しているのだ。

 

「ご来場の皆様――」

 

「あ~もうどうでもいいどうでもいい……!」

「パールを出せぇ~……! 早く早くぅ~……!」

「せっかちだねぇ」

 

 テンションの上がり過ぎているナタネとスズナが暴走している。

 集まってくれた観客への謝意に次ぎ、今回バトルするパールとダイヤ、二人の選手紹介へと繋がる、アナウンサーの少し長めの語り。

 観客や視聴者に対しては受けが良いものであるが、二人にとってはどうでもいい。だってパールのこともダイヤのことも知ってるんだから。

 そんなのいいから早く始まってくれと揃って地団駄踏む姿は、気の合う二人の親しさを表し過ぎ。

 静かになった会場で、他の客に対してノイズにならないよう小声で唸る辺り、最低限のマナーのようなものは守っているが。

 それでも、この特等席の比較的近くの客には二人の小声が聞こえており、くすくす笑いを誘っている。スモモが恥ずかしい想いをさせられる。

 

「それでは迎えましょう!

 破竹の勢いでこの舞台へと駆け上がったチャンピオンの原石!

 燃える恒星、ダイヤモンドだぁっ!!」

 

 珍しく本名で呼ばれるダイヤ。誰に対しても自己紹介すらダイヤだから。

 へぇ、あの子ほんとはそういう本名だったんだ、とスズナとシロナが顔を合わせている。案外知らないこともあるじゃないか。

 大歓声に包まれる会場の熱気に背を押されるかの如く、バトルフィールドの片側にダイヤが歩を進めてくる。

 

 駆け足でその場に現れた、せっかちな性分を表すかのような挙動に続いたのは、トレーナーが立つ場で足を止め、深呼吸して天井を見上げる姿。

 溢れ立つ高揚感を抑え、冷静さを取り戻さんとするその姿は、気が早いだけの少年だったあの頃から一皮剝けたことを体現している。

 観客には伝わるまい。きっと、最も幼かった頃のダイヤを見たヒョウタこそ、成長した彼の姿に感慨を抱いているはずだ。

 

 観客席を見渡したダイヤは、自分を一番近くで見られる場所にいてくれるヒョウタを見つけると、彼をまっすぐに見据えて拳を突き出した。

 言葉無く、絶対勝つぞと訴える姿だ。背筋を伸ばして堂々とした勇姿には、ヒョウタも拳を突き出して応えるのみ。

 騒がしくて、大声が得意で、気持ちをそれに乗せて表現することばかりだったダイヤが、そんなコミュニケーションを取るようになったのも成長の証だろう。

 

「むうぅぅ~……!

 こうしてはいられないっ!」

「えっ、ナタネさん?」

 

「続いて迎えましょう!

 そんな彼に先んじてバッジを集めてこの舞台に参じた、僅か一日なれど先輩挑戦者!

 そのポテンシャルは可愛らしい見た目からは想像もつかない!

 美しく輝くこのステージの一等星、パールだあっ!!」

 

 こちらにも会場いっぱいの歓声を受け、少し緊張気味の足取りでありながら、ダイヤと対面する位置へと入場してくるパールの姿がある。

 その姿から目こそ切らぬものの、ポケッチを操作するナタネがどこかに電話をかけている。

 このタイミングで? と驚かされるスモモのみならず、電話の相手もびっくりして着信ボタンを押したはず。

 

「ヒョウター! 勝つのはうちの妹なんだからね!

 あんたの弟子も凄い子なのは知ってるけど、この勝負だけは譲らないわ! 絶対に!」

『……ははっ!

 いーや、勝つのは僕の弟だ!

 君しか知らないパールの姿があるように、僕しか知らないダイヤの姿がある!

 必ずこの舞台でも、勝って挑戦権を得てくれるさ!』

「言ったわね~!

 後で吠え面かくんじゃないわよ~!」

『そっちこそな!

 ダイヤの強さに度肝抜かれないよう気を付けるんだぞ!』

 

 はい、プチッ。言いたい言って、向こうの啖呵を聞き受けたらもう通話終了。

 ジムリーダーは有事に連絡し合い得る都合もあるため、全員連絡先は交換済み。プライベートで利用するのは男子同士、女子同士が殆どだが。

 それでもナタネとヒョウタは年が近いこともあって、普段の繋がりが薄い割にはたまに話しても波長が合うようである。

 可愛い後輩を妹に例えるナタネに対し、同種の言葉ですぐに切り返せるぐらいにはである。

 

 緊張で汗ばむ両手を、胸の前でぎゅっぎゅっとしたパールは、ダイヤがしたのと同じように周りを見渡している。

 誰を探しているのだろう。そんなの女性ジムリーダー陣全員がわかってる。

 当の本人は、早く見つけて欲しくて手を振っているぐらいだ。

 

「パール~~~~~!!

 がんばれぇ~~~~~~~~~~っ!!」

 

「っ……!

 ぜったいっ、勝ちまぁ~~~~~す!!

 ナタネさーーーーーんっ!!」

 

 目が合った瞬間に、離れ離れだった家族と出会えたかのほど目を輝かせたパールに、すかさずナタネは全身全霊の声援を向けた。

 返ってきたのは、ヘッドマイクもはずさずに、この会場にいる誰よりも大きく発せる声。

 トレーナーの指示が観客や視聴者にも伝わるようにするためのそれが、パールの声量でとんでもない音波をぶちまける。

 こういう彼女だとわかっているダイヤとナタネだけが動じず、その二人を除く会場全員が――いや、テレビの向こう側の視聴者さえ。

 至近距離で雷音を聞いたかのように身を竦ませるほどなんだから本当に凄まじい大声量だった。マイクはずさなかったのがひどい。

 

「す、すんごぉい……

 ナタネから聞いてたけど、ほんとすっごい声出すのね……」

「ナタネさん、注目されてますよ……」

「あ、あははは……

 嬉しさと恥ずかしさでどんな顔すればいいのかわかんないわ」

 

 ダイヤが特等席に向けて拳を突き出した所作から、彼がジムリーダーの誰かと深い親しみを持っていることはある程度示唆されていたけれど。

 こちらは名指しである。へぇ、あの子ハクタイシティのジムリーダーさんと親しいんだ、って。

 とっくに観客には有名人ナタネの居所なんて割れてるわけで、会場全体の注目は一度ナタネのいる特等席に注がれることになる。

 はしゃぎ過ぎた罰なのか、気恥ずかしい視線に晒されるナタネは顔を赤くして、縮こまってしまう始末であった。

 

「パール!」

「…………ダイヤ!

 本当に、こんなとこまで来ちゃったね!」

「ああ、それもフタバタウンの俺達二人でだ!

 プラチナも見てるぞ! ほら、あそこ!!」

「わかってる! 見えてるよ!」

 

「げっ、晒し者にされる」

 

 想定外だった。だが、心のどこか奥深くでは、こうして欲しかった想いのようなものもあった。

 ダイヤが指差した方向を向くパール、その目線の先を追うように、会場の目も、そして生放送のカメラもそちらを向く。

 大観衆の好奇の目、さらには何故かお茶の間にまで自分の姿が映されていることには、プラチナも背を丸めて勘弁してよの気持ちでいっぱいになるのだが。

 それでも、顔は伏せなかった。手を振ってくれる、パールとダイヤから顔を逸らせるものか。逸らしたくなんかない。

 注目されても困るだけの少年は、バトルフィールド中央線の延長線上最前列席で、右手を大きく伸ばして何度も振り、僕はここで見ているよと訴える。

 

「っ……!

 どっちも、頑張れーーーーーっ!!

 人生で、一回しかない舞台だよーーーーーっ!!

 悔いなく、最高の、二人だけのバトルを見せてよねーーーーーっ!!」

 

「おう! 見てろ!

 俺が勝つとこ、お前に見せてやる!!」

「プラッチ、一秒も目を離さないでね!

 私が勝つとこ、絶対に見逃さないでよ!!」

 

 バトルは二人だけのものだ。

 観客は歓声を送って評価するだろう。視聴者は胸を躍らせているだろう。

 二人の成長に深く関わってきたジムリーダー達にとっては、その結実を見届ける感慨深い舞台に違いあるまい。

 パールやダイヤの家族、お父さんもお母さんも、この大舞台で我が子が夢を掴み取れるか、只ならぬ想いで見届けているはず。

 それでも一対一の勝負の世界には、誰一人として割って入ることなど出来ない。

 舞台に立つ者同士でしか共有し得ない世界において、傍観者達はすべて部外者に過ぎぬと、プラチナのような聡明な子は既に理解してきたはず。

 

 だけど、二人とも特別だから。僕にとってはどっちだって、一生友達でいたい大切な親友。

 その二人が夢を懸けてぶつかり合うこの舞台に、あなたは部外者なんかじゃないよと訴えてくれる友情は、込み上げてくるものがあるほど心揺さぶられる。

 誰に対しても胸を張って堂々と、その魅力を朝まで語れる大好きな二人。

 敬意さえ含む友情を抱いてやまない二人が、俺達私達は二人じゃなくて三人なんだとはっきりと訴えてくれる姿に、プラチナは目尻を拭わずにいられなかった。

 

「さあ! やるぞ、パール!

 お前の知らない俺達の強さ、しっかり受け取ってくれよ!」

「うん! 見ててよ、ダイヤ!

 私達が培ってきたもの、全部、全部ここで見せるからね!」

 

 先鋒のボールを手にしたその瞬間、二人が口にした俺達私達の一人称は、先程までのそれとは大きく意味を変えた。

 仲間達はもう、その一言で充分だ。並々ならぬ想いでここに立つ、パールとダイヤが、恩人や友人に意識を向けていた数秒前。

 今、彼らはポケモントレーナーの顔になったことなど、ボールの中で目を瞑っていてもわかる。

 観客からすっぱりと意識を切り、目の前の相手と、この舞台で戦う仲間だけに完全に意識を向けた、今その時。

 彼ら彼女らの夢をその手に託されたポケットモンスター達は、もはや沸き上がる大歓声など耳にも入らなくなった最愛の人のため、すべてを賭ける覚悟がある。

 

 夢のステージ。輝ける聖域。

 フタバタウン出身の幼馴染が、このような舞台で雌雄を決するこのシチュエーションは、歴史的な一幕であろうと誰しも戦前から唱えている。

 二人にとっては、そんなことさえ今はどうでもいいことなのだ。

 幼心には、そうなればどんなに凄いだろうと夢想したそれさえも、いざ実現してしまえばもう関係無い。

 目の前の、最高のライバルと、最高のバトルの果てに夢を掴み取る、その一念しか無いのだ。

 きっと、幼馴染同士でチャンピオンの座を懸けて勝負した、遠き地方の伝説的一戦の立役者二人とて、その日はそうだったに違いない。

 

「やるぞ、ムクホーク!

 お前に任せるからな!」

「ミーナ、頼んだよ!

 あなたの強さ、信じてるから!」

 

「「――――――――z!!」」 

 

 そしてきっと、一生、忘れられない勝負になる。

 観客にとってだろうか。視聴者にとってだろうか。二人の関係者にとってだろうか。

 いや、他の誰よりパールとダイヤにとって。

 楽しい時も、苦しい時も、ずっと、ずっとそれらを分かち合ってきた、6人の仲間達と共に夢に挑むこの舞台。

 長き旅路の終着点、そして勝者と敗者にとっての新たなる日々への繋がる始まりの時でもある。

 終わりと始まり、その繰り返しが連綿と紡がれた果てに、歴史という名の比肩するもの無き壮大なものを形作っていく。

 

 燦然と輝くこの舞台もまた、その長き歴史の中でのほんの一幕に過ぎない。

 そこに、その時代に生きた者達だけが知る、その舞台に立っていた者だけが知る、後世に振り返る者達には知り得ない掛け替え無きものがある。

 "いま"はいつでも歴史的だ。特別にして特別でない、常に輝かしきのが現在である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。