ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第156話  ポケモンバトル

 

 

「よーし、一旦戻れ! ゴウカザル!」

 

「だよね……!」

 

 相手はトリトドン、水タイプかつ耐久力の高い難敵。

 ダイヤにとっての切り札級であるゴウカザルが、真っ向立ち向かっても損しか無い相手だ。

 交代を選んだダイヤと、頷くパールは目を合わせ、互いの成長を認め合うかのように嬉しそうに笑い合った。

 俺こういうことも迷わずに出来るようになったぜ、そういうあんたと勝負して勝ちたい、そんな二人の心の声は、きっと音に出さずとも胸に響き合っている。

 

「さあ勝負だ! 何を出すか当ててみろっ!」

 

「ニルル撃てえっ! 必殺技!」

 

 交代は隙を晒すリスクがある。新しく出てくるポケモンは、出所めがけての攻撃によって狙い撃ちにされてしまうからだ。

 それがわかっているから出てくる方も、すぐに動いて回避をしようとするものだが、跳躍して着地の瞬間を狙われたのと同じようにやはり難しい。

 ダイヤのボールから飛び出してきた個体に対し、ニルルはパールの言葉から瞬時に解答を得て、今ここで撃つべき技をしっかり選び抜く。

 

「んなぁ!?」

 

「きゃーーーーーっ!! すごいすごいすごい!

 パールもニルルも最高! その読み冴えてるわ!」

「あれってちゃんと技の指定してたわよね?

 ニルル君任せとかじゃないわよね?」

「さあ、どうだろ!? でもきっとちゃんと選んでるわ!

 ほらほらパール見て見て! あのガッツポーズ!」

 

 だから迎えて撃つ側も、新しく出てくる相手を見る前に技を選ばなくてはならない。

 そんな中でニルルが放った技が"れいとうビーム"であり、ダイヤが出してきたのが草タイプのロズレイドだというのだからどんぴしゃり。

 推しが絶好策を成功させたことに手を叩くナタネだが、一番嬉しいのはパールに決まっている。

 握りしめた両手で、小さいけれど打ち震えんばかりのガッツポーズ、あれは賢いニルルに任せて上手くいっただけの喜びようではない。

 自分なりに読みを利かせ、それが嵌まった時の喜びぶりだと傍目にもわかるはずだ。

 "必殺技"でニルルに連想させたのは、過去最もニルルが強い相手と勝負した相手、アカギのドンカラスを撃破したあの最新技であり、明確な指示である。

 

「ニルル戻るよ! 流石にきっついから!」

 

「ロズレイド、わかってるな!?

 ここで撃つ技アレしかないぞ! ちゃんと狙えよ!」

 

 そして、パールもニルルを引っ込める。草技はニルルの唯一にして最大級の弱点。 

 駆け引き勝負で後れを取り、手痛い一撃を浴びせられたダイヤとロズレイドだが、その上で逃げられてしまったことを悲観などしていない。

 氷技を受けて怯んだ体も立て直した。その時間が与えられたことは好材料だし、新たに出てくる相手を狙い撃つチャンスを見過ごしはしない。

 

「いくよ! 今日も頼りにしてるから!」

 

「撃てえっ!!」

 

 パールのボールから飛び出してきたポケモンを、ロズレイドの"ヘドロばくだん"が直撃する。

 出てきてすぐの跳躍で躱そうとしたふしはあったが、やはり登場の瞬間を狙い撃たれては躱し切れない。

 あまりタフネスに秀でないララが、ロズレイドの強烈な毒素を含む毒液の塊の直撃を受け、頭をのけ反らせるほど後方によろめく。

 

「誰が出てきても効くからな!

 いいチョイスだろ!」

「ギャンブルしないんだね、ちょっと意外……!」

「勝つためだかんな! 今日だけは絶対に負けたくない!」

「へへっ、私も!

 ずっと続けてたい気持ちもあるけど、やっぱり終わる時は勝って終わりたい!」

「わかるぜ……! ほんと、そんな感じだよ!」

 

 パールがここで、草タイプに弱いポケモンを新たに出してくるはずがない。

 一方で毒タイプの技は、効きの弱い相手こそ少なくないものの、パールの手持ちの中にそういうポケモンがもう残っていないのだ。

 それに、ロズレイドに対して有利なタイプに限って、毒に対する耐性は併せ持っていない傾向もまた強い。地面タイプなら草技で後からでも迎え撃てる。

 唯一パールの手持ちで、草に強い飛行で毒にも強いゴーストタイプのプーカが撃破済み、というのも強気でこの選択ができる根拠であろう。

 

「頑張ろうね! ララ!

 ぜったい油断しちゃ駄目だよ! 相手は強いんだから!」

「押し切るぞ! ロズレイド!

 何人も何匹もぶっ倒してきたお前のパワー、見せつけてやれっ!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 有利なはずの氷タイプ、だがそれだけで押し切れる相手じゃないと、楽観回避ではなくしっかり理解した上でそれを伝えるパール。

 不利なはずの草タイプ、それは決して悲観するばかりになるほどのものじゃないと、気休めではなく心から信じて訴えるダイヤ。

 大多数の観客は、冷凍ビームを受けたダメージの残るロズレイドの方が分が悪いのでは? と感じているだろう。

 まったくそうは認識していないララとロズレイドが、必勝を志す気合を発して力強い技を繰り出す激戦の舞台へと身を投じていく。

 

「さて、ニューラの方が有利だって言い切れるのかしら。

 決してニューラは、その高い攻撃力を活かせる氷技を得意とする方じゃないわよ」

「あたしの必殺技の"ゆきなだれ"でもあれば話は大きく変わるだろうけど……

 流石にあれは我流で覚えられる技じゃないと思うなぁ。

 あたしだって、それだけの技を編み出した自信はあるしさ」

「んむむ~、"こごえるかぜ"の一点張りじゃロズレイドは倒しにくいわよぉ。

 あたしもロズレイドが切り札だからわかってるけど、ロズレイドに勝ちたいなら物理技の方がいいんだから」 

 

 草タイプに氷技がよく効くとはいえ、"こごえるかぜ"は元々威力の低い技で、ましてララはそれを高威力に引き上げる才を持つ個体ではない。

 撃てば確かに効いているし、ロズレイドの動きが鈍っているのも事実だが、それで執拗に攻め続けても決定打まではやや遠い。

 ロズレイドの撃ち返してくる、命中性の高い"マジカルリーフ"による着実なダメージの方が重そうだ。

 さらにダイヤとロズレイドは、追うも狙うも億劫だと感じるや否や、"ギガドレイン"で攻撃と回復を両立する戦法に切り替えてくる。

 こうなってくるといかにタイプ有利の組み合わせとて、ダメージレースでララは不利な流れでさえあろう。

 

 パールだってわかっている。凍える風の威力が高くないことなんて、ララのトレーナーならわかっていなきゃおかしい。

 ある程度それを浴びせ、体力と速度を削ぎ落とした頃合いを見て、パールが元気いっぱいの声で指示を出す。

 それを聞けばララも、待ってましたとばかりにロズレイドへ飛びかかるのだ。

 あとは弱らせた相手を自慢の爪で撃破する接近戦。振るう技は"つじぎり"のみ。

 迎え撃つロズレイドも、ブーケ状の手先から毒針を露出させ、さながら二刀流の剣士の如く凶刃に抗ってみせる。

 近接戦闘もこなせる優秀なロズレイドだ。だが、ここでの毒針はあくまでもあいての爪を凌ぐための防衛手段に過ぎない。

 その防御を縫い、鋭い辻斬りの一撃を重ねてくるララに傷を負わされながら、後ろ跳びに距離を取れば苦しい表情ながらも両手を前に。

 そして撃ち出す"ヘドロばくだん"は、ロズレイドの高い攻撃力を最も活かせる技の一つであり、両手を交差させてガードしたララに尚甚大なダメージを与える。 

 

「頑張れぇ~! フクザツだけど、パール頑張れ~!

 あたしのロズレイドを破った時みたいにかっこいいとこ見せろ~!」

「……楽しそうね」

「ロズレイドが負けるところもなんだか見たくないけど、パールが負けちゃうのはもっとイヤ!

 熱だって入るわよ! 一秒も目を離せないわ!」

「ふふ、そうじゃなくて。

 あの二人が、ね」

 

 推しの一世一代の舞台でナタネが熱くならずにいられないことぐらい、シロナにしてみれば聞かなくてもわかる話。

 シロナが楽しそうだと言っているのはナタネのことじゃない。パールとダイヤだ。

 ヘドロ爆弾を受け、腕が軋み、毒液を浴びた全身がびりびり痛むであろうにも関わらず、決死の想いで前に出るララ。

 怯まぬ闘志を前に追い詰められながらも、負けてたまるかと決して得意でない毒針による防御で食い下がるロズレイド。

 激しい近接戦闘が繰り広げられる中、絶えず指示の声を叫び続けるパールとダイヤの声は、耳でのみ聞けば必死さしか感じ取れまい。

 

 あの二人が今、どんな顔をしているかを見ることが出来るのは、テレビ観戦ではなくこの現地へ足を運んだ観衆の特権だ。

 ポケモン同士の鍔迫り合いを一秒たりとも見逃さぬ生放送に、二人の顔などわざわざ映されない。

 勝って欲しい想いで必死な指示を発する二人の目が、ぞくぞくするほどの高揚感で煌めき、口の端を上げずにいられぬ姿を見逃してはあまりに勿体ない。

 重ね重ね、必死なのだ。それ以上に、楽しいのだ。

 時を同じくして故郷を旅立ち、顔を合わせぬ長い間でも、心のどこかであいつは今どうしてるんだろうと意識し続けてきたライバル。

 ようやく叶った、どちらの旅路が私を、俺を、一番勝ちたい相手を超える力を培わせてくれたものなのかを問う決戦の舞台。

 心震えずいられようものか。観客以上に、二人の鳥肌はずっと立ちっぱなしだ。

 

「いけぇーーーっ!!

 ララっ、とどめだあっ!!」

「――――z!!」

 

 ララが両爪でロズレイドの毒針二本を叩き上げ、がら空きになった相手の胸元を目の前にしたその瞬間、そうなることをわかっていたかのように。

 届いたパールの声援に背を押され、迷い一つ無く一歩踏み出したララの辻斬りは、ロズレイドのボディに×の字の深き傷を負わせることに成功する。

 激しい鍔迫り合いの中で幾度も斬りつけられていたロズレイドが、この一撃で後ろに倒れ、立ち上がろうとするも両手がもう動かない。

 苦虫を嚙み潰したような表情のダイヤが、ロズレイドをボールに戻したことで決着が確定する。

 

「悔しいよな、ロズレイド……!

 でもお前があいつを追い詰めてくれたこと、絶対無駄にはしないからな!」

 

 労いの言葉をロズレイドに向け、しかしすぐに気持ちを切り替えたダイヤが次のボールに手をかける。

 残り三匹。パールより早く折り返し地点に入った。

 だが、それはすぐに巻き返せる僅差だ。パールとて同じ認識だろう。

 

「いくぞパール! まだまだここからだぜ!

 あっという間に逆転してみせるからな!」

「さぁー、来い来い!

 負けないよ、ダイヤ!」

 

 ダイヤが繰り出したのはフローゼルだ。

 開戦間もなく、両者が繰り出す技は、凍える風と"アクアジェット"。

 余力の少ない自分に出来るのは、威力は小さくとも相手の速度を落とすこと。それがララの戦い方。次に繋げることを絶対に忘れない。

 弱った相手は速攻で叩き潰せ。早く倒してしまえば傷もそれ以上負わない。それがフローゼルとダイヤの好む戦い方。

 水を纏った速攻技でララに激突するフローゼルの攻撃は、ララに致命傷寸前の重いダメージを与えるも、ぎりぎり仕留められていない。

 

 吹っ飛ばされるようにしながらも二本の足で着地し、踏ん張り、撃っていた凍える風の射出を止めないララ。

 ダメージは少ない。だが足が鈍る。早期決着を迷わぬフローゼルの、二発目のアクアジェットの発動もまた早い。

 瞬く間に距離をゼロにされたララが、撥ね飛ばされる交通事故のように宙を舞い、胸を下にして地面に叩きつけられる光景は、決着の様相を呈している。

 

「ありがとう、ララ……!

 あなたのおかげで、まだまだイーブンだよ!」

 

 ララをボールに戻したパールもこれで残り三匹。

 フローゼルに与えた僅かなダメージ、そして後出してポケモンを選べるアドバンテージ、この二つをリードしている根拠とするのはあまりに楽観的だ。

 ララを労う言葉にイーブンというものを選んだパールもまた、そう強く認識している証拠である。

 まだ優勢、という言葉を使わなかったのだから。勝負の天秤が小さなきっかけで簡単に傾く、そんな状況を未だ逸していない。

 

「行こっか、パッチ!

 うずうずしてたの、わかってたよ!」

「来たな……!」

 

 いよいよパールが、エース格を繰り出してきた。パッチがそうだというのはダイヤだってわかっている。

 パールの声を聞けばわかるのだ。見てきていなくても、あれが何度もパールの勝ちたい勝負を勝たせてきた、最強格の一角であることは。

 強敵なのだろう。だが、今や未熟なトレーナーではないダイヤは、これがある意味での好機であるとも知っている。

 相手のエース格が出てきたということは、それを打ち倒した時に相手に与える、精神的なダメージも大きいのだから。

 モウカザルが、ゴウカザルが敗れるたび、ダイヤも幾度となく経験してきたことである。

 

「戻れ、フローゼル……!

 勝負したいからな!」

「パッチ狙って! 全力で当たれるよ!」

 

 ダイヤもレントラー相手にフローゼルを突っ張る愚は犯さない。パールも織り込み済みの展開だ。

 そして次のボールに手をかけるのが早いダイヤの動きを見て、向こうも切り札めいたものを出してくるんだと直感する。

 一息入れる暇さえ許されない戦いだ。目で、耳で、肌ででも、勝つために何もかもを見逃すまいとするほどに、二人の集中力は研ぎ澄まされている。

 

「頼んだぜ! カビゴン!

 ここが勝負所だ!!」

「パッチいけえっ!!」

 

 バトルフィールドにずしんと大きな音を立てて現れた巨大な影に、パッチは物怖じ一つせず電気を纏って突っ込んでいく。

 相手が地面タイプだった時のことなど考えていない。出してくるなら出してきてよろしい。

 一番の得意技で一番の威力を。ここにきて駆け引きを度外視し、それを選べるのも度胸の賜物だ。

 

「強そう……!

 ダイヤ、凄いポケモン育ててきたんだね……!」

「お前もな!

 そのレントラー、デンジさんのレントラーより強そうだぜ!」

 

「言ってくれるねぇ……

 まあ、確かに俺が本気で出す時のレントラーでも、そう簡単には勝てそうにない相手だけどな」

 

 バッジを賭けたバトルの範疇では、真の切り札たる最強のレントラーを出せないデンジ、少々苦笑い気味にダイヤの放言を許容する。

 実際、あのレントラーは凄いと思う。三匹抜きしたあの強さは尋常じゃない。

 だが、デンジはダイヤのカビゴンの強さも知っている。先日、バッジを賭けたダイヤとの勝負でも、あれの強さは目の当たりにしているのだから。

 

「へえ。

 デンジ君、珍しくそわそわしてるな」

「うちのエースを破った者同士の勝負だからな……!

 どっちが上なのか、ここで見て確かめられるなんてたまらないさ!」

 

 多くのバトルを冷静に眺めることの多いデンジが、僅かに前に身を乗り出したことをゴヨウは見逃さない。

 しかし、無理からぬことだろうとも思う。ほんの数日前に、自分を打ち破ったトレーナーとポケモン、そのぶつかり合い。

 どちらが上なのか、それを確かめる真剣勝負。男の子なら誰もが手に汗握る、最高のシチュエーションだ。

 ゴヨウとて、それに強い共感を得ながら再びバトルフィールドに目を戻すのみ。

 

「パッチいくよ!

 おっきい相手にだって、あなたは絶対負けないんだから!!」

「カビゴン、今までで一番強い相手だと思えよ!

 それでも勝つのは、強いのはお前の方だあっ!」

 

 電気を纏い、再び突き進むパッチ。

 余りある巨体で躱すのは難しく、敢えて受け、痺れる全身の痛みに耐えて拳を返すカビゴン。

 どちらも痛烈な一撃を受けながら、怯みもせずに次の攻撃へ。

 パッチが迸る"10まんボルト"の電撃でカビゴンの全身を焼けば、カビゴンもぐるんと全身を回して放つ蹴りでパッチをぶっ飛ばす。

 意識が飛びそうなほどの一撃を受けながら、四本足でしっかり着地するパッチも、ぶはあと息を吐くカビゴンも身体は前のめりだ。

 一歩も退く気などない。既にクリティカル級の痛打を受けた直後であっても、尚。

 自分の方が先に倒れる、それだけは絶対にあってはならない。そんな信念が両者の喉奥から溢れる唸り声に表れている。

 

「シロナ……」

「駄目ね、あたし……

 もう、見えないわ……」

 

 両目を手で覆い、うずくまるシロナの心境はスズナにもわかった。

 涙でいっぱいになった顔を上げられない彼女をそうさせたのは、バトルフィールドで勝利のために死力を尽くすポケモン達の姿。

 そして彼らが、彼女がそこまでしてでも勝たせたいと思う、大好きな、大好きなパールとダイヤがそこにいるという事実。

 そうだ、これがポケモンバトルなんだ。

 血生臭い闘争の日々が続く中、世界ともども失われかねなかったこの概念は、今ここに実現しなかった可能性を思えば思うほど尊くてたまらない。

 

 傷つくことも厭わずに、大好きなご主人を勝負に勝たせて、喜びを分かち合いたい一心で戦うポケモン達。

 そんな彼ら彼女らの献身を、きっとあの二人は誰よりもわかっている。

 ポケモンバトルとは、人間がポケモン達に喧嘩の役目を押し付けて、勝利の優越感を得るだけのエゴの象徴なのだろうか。

 真のポケモントレーナーであればあるほど、自分はそうなのかもしれないと悩むことあれど、他者のそれを同じものとして蔑むまい。

 極めて純真な想いで、戦い、傷つき、勝利し、喜んでくれるポケモン達を抱きしめ、感謝する気持ちをどうして忘れられようか。

 それがポケモンバトルなのだ。利益や目的の達成のため、ポケットモンスター達を使役する闘争となど、決して一緒くたにされてたまるものか。

 命を奪うためでなどなく、争う相手の尊厳を傷つけるためでなどなく、ただただ勝利とそれを分かち合う喜びのための無辜なる真剣勝負。

 この世界からそれが喪われぬ今を勝ち取り、その輝きを誰よりも実感して目にするシロナの胸にあるものを、感無量と言わずして何と言えようか。

 

「しっかりしなさいよ! 一つも見逃しちゃ駄目!

 これがあなたやパールが守り抜いた"今"で、これからのシンオウ地方のトレーナー達を導いていく"未来"そのものなのよ!

 ちゃんと顔上げて涙拭って見届けなさい! チャンピオン!」

「いた、っ……!

 そうね……そうよね、っ……!」

 

 シロナに目もくれず、しかし彼女の背中をばっしーんと叩くナタネもまた、個人の感情を超えた想いでこのバトルから目を離せない。

 可愛い可愛い後輩の夢舞台、ほんの僅かも見逃したくない想いもあろう。

 それ以上に、かすかに残る己自身の幼心を呼び起こせば生じるものが、羨望にも近い想いを胸の奥に生じさせてくる。

 こんな舞台に立ってみたかった。きっと、幼い頃の自分はこんなドリームステージを夢見ていたはずだ。

 だからこそ確信できる。このバトルを、ここで、あるいはテレビを通して観た若きトレーナー達は、いつか僕も私もこんな舞台にと必ず夢見る。

 互いに勝つための全力で頭がいっぱいの二人が、今まさにシンオウ地方のすべての人々に夢を与える主役そのものだ。

 感無量と言うならナタネだってそうだ。あの子が、今はもう、こんな。ぐしっと目を拭う所作を何度も挟んで、ナタネはこのバトルから目を逸らさない。

 

 熾烈を極める激闘からは、もはや観客もまばたきを忘れていただろう。

 小さな跳躍で"じしん"を起こしたカビゴンに対し、その挙動前の僅かな動きから咄嗟に、跳躍を指示したパールがパッチを高所に導いている。

 ベストパートナーが地震の使い手なのだ。今日初見の技に対し、揺れに足を取られるパッチという展開を回避させる、その指示の的確さは目を瞠るものがある。

 そのままカビゴンの胸元に襲いかかり、"かみなりのキバ"を突き立てるパッチがカビゴンの柔らかい肉を抉りにかかる。

 溢れる血と流し込まれる電流、細く開かぬとされる目さえ開きそうな苦悶の中、カビゴンはその両手でパッチを捕まえて。

 突き立てられた牙を無理矢理引き抜き、それによって胸の肉がぶちりと千切れようがお構いなし。

 観客の一部から悲鳴めいた声さえ上がる中、振り上げた両手でパッチを地面に投げつけて叩きつけるのだ。

 

 剛腕のカビゴンに力任せに叩きつけられ、さしものパッチも息が詰まってすぐには立ち上がれない。

 すかさず踏み切ったカビゴンが、その巨体とお腹でボディプレスしにかかる"のしかかり"は、一撃必殺をも思わせる大技だ。

 逃げきれなかったパッチを460kgのカビゴンが押し潰す光景は、勝負ありと見て誰しもが疑わぬほどの一幕。

 パールでさえもが、指示も忘れてパッチの名を呼ぶだけの大声を出すほどには、この一撃は圧巻であったと言える。

 

 それでも折れない不屈の心が、パッチをここまで強くしてきたのだ。

 死んだとさえ思われるような巨体の下敷きにされたパッチが放つ放電は、触れているカビゴンが全身を痙攣させるほど凄まじい。

 カビゴンも耐えていた。自身の体重でぐっとパッチを圧し潰し続け、歯を食いしばって相手が力尽きるまで逃がさない。

 それでも、その巨体でも覆い切れぬほどの放電の迸りは途絶えず、カビゴンの胸の傷口から身体の内側までも焼き切りにかかる。

 先に折れたのはカビゴンの方だ。だが、ただで転ぶものか。

 置き上がったカビゴンはすぐさまパッチを両手で捕まえて持ち上げると、手を介して流される電流にも耐え、パッチの眉間を打ち抜く"ずつき"をぶちかます。

 

 駄目だ、駄目だこれは、意識が飛ぶ。

 いや、屈してたまるか、飛んでないんだ、耐えて耐えて耐え抜け。

 一瞬限り、失神したかのように目を剥いたパッチだったが、すぐにぎらりと眼光を取り戻し、至近距離のカビゴンをその眼光で戦慄させる。

 首を突き出し、カビゴンの鼻っ面にがずりと牙を突き立てるその執念は、意識ある限り絶対に折れぬパッチの真骨頂。

 頭部に刺された"かみなりのキバ"から流し込まれる電流は、さしものカビゴンも頭の中まで焼かれるような感覚で、こちらも意識が飛びかける。

 

 そんなカビゴンの名を呼んでくれるダイヤの声が、ぎりぎりのところでカビゴンに膝を着かせない。

 ぎら、と目を光らせたカビゴンが、両手で力強くパッチの両側頭部を挟む一撃が、げはっと顎の力を失うパッチを実現させる。

 そうして再びパッチの頭を両手で掴み、再び頭突きをぶちかますと、カビゴンは上空に向けてパッチを放り投げる。

 あとは落ちてくるだけのパッチを、握りしめた拳で殴り飛ばすのみだ。

 今のパッチにだけはなりたくない、そう誰もが思うほどのオーバーキルのとどめを、カビゴンもダイヤもそうは感じていない。

 そこまでしなければ勝利が確定しない相手だと、そう思わしめるものがパッチにはあったのだから。

 

「……パッチ。

 私、負けないからね」

 

 完全に気を失っているパッチをボールに戻し、語りかけたその言葉はきっと、パッチの耳には届いていない。

 だが、ダイヤの望んだ展開にはならなかっただろう。エース格を撃破して、パールの気持ちを後ずさらせたかったのだけど。

 不屈のレントラーが見せつけた、勝利のためには一歩も退かぬその姿は、むしろパールにその精神性を分け与えてすらいる。

 一勝もせずして敗れてなお、その敗北は味方への危機感を煽るのではなく、勝つために最も必要なものを鮮烈に伝えるのみ。

 次のボールを手にして、何ら折れていない目をダイヤに向けるパールの表情に、ダイヤの方こそマジかよと動揺しそうになる。

 

 普通、切り札級の誰かが一勝も出来ずに負けたら、精神的に少しでも追い詰められるものじゃないのか。少なくとも俺はそうだったのに。

 強くてエース、切り札の一枚、それでいて破られてもパールを怯ませるどころか奮い立たせるだけだなんて、そんな奴今まで見たことも聞いたこともない。

 それが、パールとあのレントラーの特別な関係なのだ。信じられないほど、互いを高め合うことしかしない。

 わかっていたつもりだったけど、だけどわかっていなかったこと。

 ダイヤは今初めて、パールが今までバトルしてきたどんなトレーナーより、どんなジムリーダーにも勝る強敵だと強く認識する。

 

「――ピョコ!!

 絶対、勝つよ!!」

 

「――――――――z!!」

 

 そして、パールが繰り出してきたそのポケモンが、疑い無き最大の切り札だとダイヤにはわかる。

 自分にとってのゴウカザルと同じ、パールにとっての初めてのポケモン。

 最も長く、苦楽を共にしてきた、そして育て上げてきたパールのベストパートナーがとうとう姿を見せたのだ。

 それも、描いた思惑は全く叶わず、怯むどころかいっそうの勝利への執念を燃やした、精神的にも最も怖い様相となったパールと共にだ。

 残りポケモンの数では逆転しているはず。だが、そこには確かに数字だけでは語れない、精神的に後ずさりかけたダイヤの姿があった。 

 

「っ……!」

 

 両手で自分の頬を、ばっちーんと凄い音を立てて叩くダイヤ。

 今まで、一度もやったことのないことだ。パールは時々やるけれど。

 目の前の幼馴染が、自分に気合を入れ直す時にやっていることを真似るダイヤは、その一瞬だけパールに劣っていることを認めていた。

 ライバルの気合の入れ方に倣うなんて本当はしたくないけれど。それでも、勝利だけは譲れないのだ。

 

「くぅ~~~……!

 これ効くなぁ、パール! 一気に目が覚めた!」

「へへっ、そうでしょ……!

 女の子の私が顔を痛くしてでもやるんだから、よっぽど気合入るんだもん!」

 

 パールは嬉しかった。自分の真似をしてでも勝ちたい、それだけダイヤが自分との勝負に必死になっている。

 負けん気の強いダイヤなんだから、自分の真似をするなんて本意じゃないことぐらいわかるのだ。

 精神的に立ち直った表情のダイヤは、対戦相手として見るなら厄介な展開だと認識すべきなのだろう。

 そんなこと以上に、二度とないこの勝負に、何かをかなぐり捨ててでも全身全霊を賭してくれる、それに対する嬉しさの方がずっと勝つ。

 決着は少しずつ近付いているのだ。その残された時間を、ダイヤがいっそう濃くしてくれる事実がパールにはたまらない。

 

「ありがとう、ダイヤ。

 私、あなたのことライバルだって思ってきて間違ってなかったよ。

 今日、ここであなたと勝負できて本当に嬉しい」

「あははっ、今さらだろ!

 俺はずーっと、お前と決着つけたかったんだ!

 絶対、最高のバトルになるって信じてたからな!

 それに恥じない実力をつけてこられたこと、心の底から誇れるよ!」

 

「……ずっと、ライバルだよ。

 今日は、私達が勝つけどね!」

「うるせー! 勝つのは俺と俺のポケモン達だ!

 お前に勝つためだけに、今日はここに来たんだからな!」

 

 ピョコも、カビゴンも、目を離せぬほどの強敵を前にしながら、ちらっと後ろのご主人を一瞥し、小さく笑わずにいられなかった。

 そして再び相手に目をやり、目を合わせ、お互い何も示し合うわけでもなく小さく頷き合う。

 そこには鳴き声も疎通も無く、同じ想いを共有する者同士の、静かな共感のみがあった。

 うちの自慢のご主人だぞ、と。でも、お前のご主人も良い奴だよな、と。

 これから最愛のご主人の勝利を賭け、熾烈な戦いに身を投じようとする者同士ながら、そうせずにはいられないほど両者ともご主人が大好きなのだ。

 

 それも、短い時間。さあ、始めようかとばかりに。

 ピョコがずしりと前脚を踏み出し、カビゴンは傷ついた胸をどんと叩き、双方かかってこいという闘志を露わにする。

 その臨戦態勢は、パールとダイヤの意識を戦場に引き戻し、幼馴染同士の目をポケモントレーナーのそれに変えてくれる。

 いつだってパールは思う。ダイヤだって今まさに実感している。

 そんなあなた達が、お前達がいてくれたからこそここまで来られたんだって。

 

「ピョコ! 勝とうね!」

「カビゴン! 絶対負けねえぞ!」

 

「「――――――――z!!」」

 

 大会場の最後部席まで揺るがすほどの咆哮は、まさにこの長き戦いの決着が近付いていることを表すかのような最後の鬨。

 身が竦むようなほどの咆哮に息を呑んだ観客も、すぐに目を覚ましたかのように大歓声を上げる。

 誰もが観たかった真剣勝負、最高峰の戦い、そしてその結末。

 それが近付くにつれて、この一戦を見届ける者の胸を震わせる熱狂は、その熱さを次々に更新して最高潮へと達していく。

 ポケモンリーグの舞台で繰り広げられる試合には、常にそれだけのものが求められている。パールとダイヤの勝負は既に、はっきりとその境地に達していた。

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