ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第157話  ポケットモンスター

 

 

 歓声の少ないバトルだった。観客席はずっと大騒ぎだったが。

 ピョコとカビゴンの巨体と重みが幾度となく生じさせる複合大地震が、観客席をずっと悲鳴とざわめきに満たしていたというだけである。

 大きく地を揺らす力を持つポケモンが揃うことも多いポケモンバトル、会場となるような場所の耐震性は確実に保証されているのだけれども。

 それにしたって幾度となく繰り返される、激しい縦揺れ横揺れを長時間味わえば、リーグ会場とはいえホントに大丈夫なのと客さえ怖くなってくる。

 怯える我が子をぎゅっと抱きしめ、背中を丸めて客席に縮こまる観客でいっぱいであった。

 これもまた、最高峰のバトルを期待して集まってきた現地の観客が味わう臨場感であり、恐怖心が生じるなら税金みたいなものであろう。

 立っていられないバトルフィールド上、はなからぺたんと座り込んだパールやしゃがむダイヤが、地面に打たれる足や膝を痛めているのよりはマシなはず。

 

「くっそー! ありがとな、カビゴン!

 あんな奴相手によくここまで頑張ってくれたよ!」

 

 根性自慢のピョコとカビゴンの対決は、辛くもピョコに軍配が上がった。

 両者の地震によりお互いの足元が定まらぬ中、ピョコの突撃やウッドハンマー、カビゴンの頭突きやメガトンパンチがぶつかり合う、壮絶な殴り合い削り合い。

 ピョコの額にその拳をぶつけた直後、力任せに押し返され、よろめいた所をウッドハンマーで顔面を打ち抜かれたカビゴンが。

 ふらついた末に巨体による体当たりを受けたことで、背中を下にずしぃんと倒れた姿が、彼の限界を表していたと言える。

 自分よりも大きな相手をこうして撃破してくれたピョコに、立ち上がってガッツポーズするパールに反し、ダイヤはこの敗北に若干のショックすらあった。

 しかしながら、カビゴンをボールに戻した際に発したその言葉は、決して恥じるべき敗北でなかったと現実を受け止め、たじろいだ精神を正している。

 あのドダイトスはパールの切り札に違いないのだ。充分戦い抜いて、弱らせてくれただけでも殊勲ものであるはず。

 食い下がったレントラーに受けたダメージがあって尚、ここまでやってくれたカビゴンのはたらきは、例えようもないほど大きいはずだ。

 

「……………………」

 

「ふふ、あの子も大きくなったわね」

「当然でしょ、あたしが認めた最高の後輩よ。

 ……あたしが思ってたよりも、ずっとずっと凄い子なんだから」

 

 激闘の末にカビゴンを打ち破ったピョコだが、受けたダメージもまた見るからに大きい。

 きっとパールが素直に口を動かせば、大丈夫? まだいける? とでも呼びかけているだろう。

 それにピョコが空元気ででも頷いて応え、じゃあ行こうという流れがパール達本来のものであったはず。これまでならば。

 それは、パールの口がピョコの消耗を相手にみすみす教えてしまい、余分な希望を相手に与えかねぬ愚策でもある。

 感情を隠すことを不得意とするあの子が、今こうして自らを制し、勝利の為に尽くしている姿たるや、スズナもナタネも感慨深くてたまらない。

 

 勝負の世界は自らの弱みを一抹も相手に見せぬことが肝要。

 戦意を失わぬピョコの後ろ姿だけ見て信じ、口にしかけたことを呑み込んで、案じるほどでもないピョコであることをしっかり演じているのだ。

 図式の上では残りポケモンの数は2対2。ドダイトスにダメージが残るパールの方が、戦況的には間違いなく劣勢。

 そんな中でも、案じられもしない程にピョコが堂々と立ちそびえている姿が、少なくとも観客には、まだまだ勝負の結末はわからないと信じさせている。

 この強気が、対戦相手のダイヤの精神をも揺るがせているなら儲けものであろう。

 

「…………よしっ」

 

 現に、ダイヤが次のポケモンを出すまでには少々の時間を要した。

 パールやパールに勝って欲しい特等席の女性陣にとって、楽観的に考えるなら、パールの姿勢がダイヤに次を悩ませるほど揺さぶりをかけたと見られる。

 もっとも、ダイヤが悩みを利かせたのは別の要因だが。

 ピョコに余力が残っていることもダイヤの計算に入っていたが、それはあくまでパールの態度でそうだと見たわけではない。

 彼とて決して負けられないこの勝負、現実視は極めてシビアである。

 ダイヤを最も応援するヒョウタは、よく悩んで次の一匹を決めたダイヤの思索を、そうあるべき場面だと肯定している。

 

「いくぞ、フローゼル!

 絶対に勝ってくれよ!」

 

「そう来たか……!

 僕ならそうはしないけど、妙手なのか……?」

「ガハハ、いい選択だぜ!

 フローゼルが相棒の俺様にはよくわかる!」

 

 観客席はざわついており、パールも少なからず驚いている。

 草ポケモンのピョコに対し、水ポケモンのフローゼルを出すことは、一般的にはいかにもボーンヘッドと見えるからだ。

 ダイヤを応援するヒョウタは、大丈夫なんだろうかという表情を隠せないが、彼の隣に座るマキシはダイヤの選択を肯定している。

 すべては勝つために、短い時間で考え抜いた結論。パールとて、マジなのと一度は驚いたチョイスに、策あってのことのはずだと気を引き締め直す。

 

 お互い、手持ちは晒し明かした後なのだ。

 パールはバトルフィールドにピョコを立たせ、控えにはトリトドンのニルル。

 ダイヤの残る手持ちはフローゼルとゴウカザルだ。

 そしてダイヤが勝利を前提とするなら、ここから紡ぐ現実的な展開は一つしかない。

 この5匹目でピョコを倒し、現実的にはパール最後の一匹であるニルルにそれを倒され、残った最後の一匹でニルルを打ち破る。

 二連勝は最初から期待するべきようなものではないのだから。

 

「ダイヤ、わかってるよね……!?

 すっごく、すっごく大事な局面だったよ! それで、いいんだよね!?」

「当たり前だろ! 勝つためにここまで来たんだ!

 さあ、勝負だパール! 負けねえぞ!」

 

 フローゼルでピョコを倒し、そのフローゼルがニルルに破られても、最後のゴウカザルでニルルを撃破する。

 逆の順番では出来ないことだとダイヤは判断したのだ。だから、ここでフローゼルを選んだ。

 果たしてその選択が正しかったのかは、勝負の結末のみが語れること。

 ほんの一つのミスで大きな夢を逃しかねない、非常に重要な一戦でライバルが下した決断、下してくれたその決断。

 一見危なっかしくさえ見えるその選択を、思惑と算段あっての作戦であるとパールは一抹も疑わなかった。

 ならば、その大胆さを怖がるべきなのだろうか。いや、心震えるのみ。

 何を考えているのか察し至れぬ怖い相手、それほどのライバルとこの舞台で争えることに、鳥肌が立つほどの喜びを感じるほどにはパールもトレーナーだ。

 勝ちたいとも。ただ、最高の相手との勝負で勝てるならばそれ以上だ。

 

 両者の戦いは、大方の予想どおり長くは続かなかった。

 草技に弱いフローゼル、満身創痍のドダイトス、どちらにしたって長持ちするバトルであろうと予想は立てられない。

 それでも、体力自慢のピョコが概ねの想定を上回ったゆえに、衆目の予想よりは倍ほど長く続く戦いになった。

 

 フローゼルがメインウェポンとして選んだ技は、草タイプであり地面タイプでもあるドダイトスに、致命的なほどよく効く"こおりのキバ"だったのだ。

 当然、ピョコが撃つ葉っぱカッターやウッドハンマーもまた、掠っただけでもフローゼルに大きなダメージを与えるものには違いなかった。

 だが、機敏なフローゼルはかつてピョコがハガネール相手に上手く凌いだほどには、その牙を凌ぎ続けることなど許さなかった。

 食らい付いてしまえば一気に相手の体温を奪い、体の内側から体力を急激に削ぎ落とす大技となろう。

 凌ぎきることが出来ねばピョコにはあまりにも痛烈であり、ピョコもよく粘ったが、削り合いのダメージレースで優位には立てない。

 むしろカビゴンから受けたダメージが残る中で、食らいつかれた中で相手を地面に叩きつけたり、突き放した相手を葉っぱカッターで切り付けたり。

 ダイヤの想定すら超えた粘りで、フローゼルに深い傷を与えたことは特筆すべき奮戦だったと言えるだろう。

 

 それでも、ドダイトスである彼が氷技をいつまでも耐え続けるのは無理があるのだ。

 執拗に、繰り返し、技の名前も隠すことなく氷の牙を指示するダイヤと、それに固執するかのように同じ技で攻め立てるフローゼル。

 幾度もその超抜群技に晒され、凌ぐことも叶わなかったピョコが、四本の脚に力を失って腹這いになるのは時間の問題だった。

 お腹を地面に着け、もう立ち上がれなくなり、それでも立ち上がろうとするピョコの姿に、限界を感じ取ったパールがボールのスイッチを押す。

 

「――ありがとう、ピョコ。

 あなたのおかげで、必ず勝てると私は思ってるから」

 

 表向きの相性上は有利なフローゼルを倒しきるに至れなかったピョコに、パールはむしろその奮戦を讃えすらした。

 カビゴン相手にあれだけ傷を負いながら、耐えきれぬほどの氷の苦痛を堪え、今や肩を上下させるほどまでフローゼルを疲弊させてくれたのだ。

 切り札、エースの活躍としては、一匹撃破した程度では不充分だろうか。

 いいや、カビゴンを撃破した上でもう一匹まであれほど弱らせてくれただけで、1.5人ぶんの活躍をしてくれたのだとパールは感じている。

 贔屓目はあるだろうか。きっと、それだけではないはずだ。

 

「さあ、パール! もう小細工無しだぜ!

 最後の一匹を出せぃ!」

「うるさーーーーーいっ!!

 言われなくてもそうするよっ!!」

 

 相も変わらず大きな声だ。ダイヤの張る声も大したものだが、パールのそれは上回る。

 ただ、普段ダイヤの奔放さにむかついて、怒った時の大声とははっきりと色が違った。

 大声出して、自らに活を入れ、ふうっと息を吐いた表情は晴れ晴れとしたものだ。

 心の底からライバルとのバトルを楽しんでいる、怒り一つない心弾む少女の顔をしたパールの姿が、ダイヤをもいっそう奮い立たせてくれる。

 

「いくよ! あなたが最後の一人!

 でも、勝たせてくれるって絶対信じてる!」

 

 かつて、勝ちたい想いが最も高じるたびにしてきた仕草と同じ、両手でモンスターボールを握りしめ、両の親指でスイッチを押すパール。

 祈るような仕草によく似て、この日の本質はそうに非ず。

 はっきりとダイヤを、バトルフィールドを、飛び出してきた自分の最後のポケモンを見据える眼は、追い詰められた少女のそれではない。

 信じている。確信していると言い換えてもいい。私の頼もしい最後の一人は、必ずやってくれると疑い一つ持っていないのだ。

 あと一敗で完全敗北が確定する崖っぷちにあって、この気の持ちようは余程であろう。

 

「ニルル! あなたの強さ、私が一番よく知ってるつもりだよ!

 勝とうね、絶対!!」

「――――――――z!!」

 

 ニルルとフローゼルの戦いが始まった。

 それは、かつてパールがノモセのジムで繰り広げた、トリトドンVSフローゼルと同じ顔ぶれでありながら。

 その舞台に立つ二匹の能力は、かつてのそれとは次元の違うものであったと言っても過言ではない。

 ジムバッジを8つ獲得するための長旅の苦楽を、最愛のトレーナーと共に歩んできた両者は、目まぐるしいほどの攻防を以ってして観客を大いに沸かせた。

 特に、パールとマキシのバトルを現地で見ていた客のうち、今日もこの会場に足を運んだ者にとっては、記憶の底からそれを掘り返されて感慨すら得よう。

 そんな中でもとりわけマキシは、あの頃は未熟だった二人がここまでの大物となったことに、目頭さえ熱くなったものである。

 目の前で進化して見せたトリトドンに歓喜していたパール。マキシのフローゼルに意地を張ってフローゼルをぶつけてきたダイヤ。

 大成していく若き恒星を見届けるたび、ジムリーダーとしてそれを追えてよかったと感じるのは、すべてのジムリーダーの共感であり特権だ。

 

 両者は最も得意とする水技を、大きなダメージを与える技としては使っていなかった。

 フローゼルに水技が効きづらいことなどわかっているニルルは、混乱させる"みずのはどう"を牽制として使うことはあれど、メインウェポンは"どろばくだん"。

 フローゼルもまた、相手を攪乱するために"アクアジェット"を使うことはあれど、威力の低いそれを使うよりは"かみくだく"攻撃を積極的に狙った。

 どちらも、決定打として適した技を持っていないバトルだ。

 この図式において優勢だったのは、粘り強さに秀でるニルルの方。

 元より耐えきるバトルには慣れたもので、かと言って決して攻撃力も低くない、パールの手持ちの中でも周りに引けを取らない優等生なのだ。

 一方で、ピョコの強い技を受けて体力に陰りの強いフローゼルに、そんなニルルの重い地面技は痛烈である。

 ダイヤを負けさせないために、次に繋ぐため少しでも多くのダメージを、と意地を見せたフローゼルは、体力の割にはよくもった方だが限界も遠くない。

 三発目のニルルの泥爆弾を受け、吹っ飛ばされて仰向けに倒れた姿を見て、冷静に身内の限界を察したダイヤがフローゼルをボールに戻していく。

 

「結局ここまでいくんだよな……!

 俺わかってたぜ! 二匹以上残しての快勝、圧勝、なんてどっちにも絶対無かったことぐらい!」

「わかってるよ、私だって!

 あんた強いもん! ここまで来たんだもんね、私と一緒で!」

 

 同じ日にフタバタウンを旅立ち、道は違えど殆ど同じようなタイミングでバッジを集めきり、この場で相対した幼馴染。

 ここまで来られた自分に自信はある。そうであればあるほどに、相手の強さに疑いなどない。

 だから、勝ちたい。さながら今までの自分自身に打ち勝って、新たな境地へと足を踏み入れる自らを渇望するかのように。

 負けたくない相手、乗り越えたい相手として、ライバルと称する存在が如何に特別であるかなど、もはや語るべくもないことだ。

 

「プラッチ!!」 「プラチナ!!」

 

 一度も顔を下げることなく、二人のバトルを黙って見守り続けていた少年に、親友二人は殆ど同時に大声で呼びかけていた。

 本当に、目の前の相手のことしか見えていなかったんだろうなと思う。

 これだけの大観衆の中、心の師とも呼ぶであろうジムリーダー達まで見守ってくれている中、雑音一つ意識に留めず。

 それだけ互いを特別視して、二人だけの世界でのバトルに没入していた二人が、今ここに来てその世界へ引き入れようとしてくれている。

 見届けられるだけでも、大成した二人の晴れ舞台をここまで見届けられただけでも、本当に、本当に胸いっぱいでこれ以上何も望まなかったのに。

 こんなに嬉しいことなんて、今までの人生であっただろうか。胸が締め付けられるこの痛みを、きっとプラチナは一生忘れない。

 

「私とニルルが絶対に勝つよ!

 でも、応援しててよ! 絶対後悔はさせないから!!」

「俺とゴウカザルが絶対に勝ってみせるぜ!

 だけど応援してくれよな! お前の声、聞きてえよ!!」

 

「っ、っ~~~~……!

 頑張れえええええぇぇぇっ!! 二人とも!!

 パールも、ダイヤも、ニルルも、ゴウカザルも、絶対後悔しないぐらい全力で頑張れえっ!!」

 

 声が掠れるほど、今までに出したことのないほど、大きく息を吸い込んだプラチナの声が、静まっていた会場に響き渡った。

 この舞台に集った観衆の前で繰り広げられるバトルが語るのは、実力を身に培ってきた選手達の努力の結実、その強さのみ。本来そのはずだ。

 だが、どんな"凄いバトルをするだけ"のトップトレーナーにも、それまでの月日と歳月の中で積み重ねてきた、決して明るみに出ぬ人生がある。

 どんな風にポケモン達を育ててきたか。

 どんな風にポケモン達と触れ合い信頼を築いてきたか。

 そして、どんな風に人々と触れ合い、彼ら彼女らだけの人生を歩んできたか。

 当たり前にして誰もわざわざ意識しないそれを、二人の選手が観客席の親友に声を張った姿は、それを観衆に思い出させるには充分だ。

 

 大人達から見れば幼く、子供達から見ればこの大舞台に立つかっこいいお兄さんとお姉さん。

 ポケモン達こそ主役である檜舞台において、ともすれば開戦前と決着後を除き、主役たり得ぬ二人のトレーナーの人生と道のりという行間。

 決着寸前のこの局面において、苦楽の果てにこの舞台に上り詰めたという事実を垣間見た観客の反応たるや如何に。

 このたった一戦のために連綿と続いてきた長い日々が、結実に及ぶか、一度潰えて再スタートを余儀なくされるのか。

 プラチナの声のすぐ後に続いた、天井を吹き飛ばすかと思えるほどの観衆の大歓声は、大きなものが懸かった勝負だと改めて教えられた観客の敬意の返答だ。

 

「いくぞ! ゴウカザル!

 俺をパールに、絶対負けたくない相手に勝たせてくれよな!!」

 

「――――――――z!!」

 

 タイプの上では間違いなく不利なゴウカザルを繰り出しながら、ダイヤは決してゴウカザルの勝利を疑ってなどいない。

 相手にまだ二匹残っている上で、ニルルの連勝を信じて疑わなかったパールと同じようにだ。

 きちんと意図して組み立てたのだ。カビゴンを破られ、ドダイトスを相手に何を出すか迷ったあの瞬間から。

 しっかり、ダイヤの思い描いたとおりになっている。フローゼルを破られはすれど、信頼する彼がトリトドンに少なからぬダメージを与えてくれたことも含め。

 苦手な水タイプが相手でも、押し切れるだけの見立ては充分にある。あり過ぎるほどにだ。

 それだけダイヤは、ゴウカザルのパワーというものを信頼しているのだから。決して過信ではない。

 

「ちゃんと見とくのよ、シロナ!

 一秒でも見逃したら絶交だからね!」

「わかってる、わかってるわよっ……!」

 

 大人になって、嫌なものだって見てきて、だからこそ美しきものの価値を、幼き頃よりよく知るのが大人だ。

 今はもう、手を繋ぐことの出来なくなった親友と、自身が幼かった頃に無邪気に何度もバトルしたあの日々を思い出さずにはいられないような。

 あなたに勝つんだ、絶対負けない、そんな想いで熱くぶつかり合うパールとダイヤの姿を、何度も視界が潤むたびに拭って見届けようとするシロナ。

 私が、私達が、全ての純真なポケモントレーナー達が夢見たバトルが、これ以上なく象徴的なほどのものとして眼前で繰り広げられる光景。

 愛着さえ抱いてこの真剣勝負を見届ける幸福を噛み締めながら、シロナも、ナタネも、ジムリーダー達も、ただただ二人のバトルに没頭する。

 

 トリトドンとゴウカザルの激闘。

 得意の水技、"みずのはどう"や"なみのり"を駆使し、接近戦を迫る相手からの退避を兼ねながらクレバーに戦うニルル。

 炎と同じだけ得意とする、"かわらわり"や"マッハパンチ"といった格闘技で以って、決して相手を逃がさず打ち据え、速攻戦を仕掛けるゴウカザル。

 どちらの眼差しも決死のそれそのものだ。最愛の相棒の、必勝を渇望するそれを映したかのように。

 パールの声が、ダイヤの声が、指示であり声援であり切望でもある声が、途切れぬ大歓声にも呑まれぬほどのものとしてずっと続いている。

 応えたい、結果を以って報いたいニルルとゴウカザルが、技一つ放つたびに一生分をも厭わぬほどの咆哮を上げている。

 

 肉体と技が、精神と魂が、心身の凝縮体がぶつかり合うバトルフィールドの激闘は、観るものすべてを二人だけの世界だった所へ巻き込んでいく。

 観客席の人々も、テレビの向こう側でこの熱戦を見届ける人々をも。

 ポケモンリーグで行われる最高峰の公式試合は、かくあるべしと有識者からは言われる。果たしてそこまでを本当に達成した夢の一戦は今まで何度あったか。

 ジムリーダーでも、四天王でも、チャンピオンでも、彼らが己に厳しい達人だからとはいえ、そこまで至れた試合だったかと問われて頷くことは少ないのだ。

 それを、地位も公式戦での実績も無い、あんなに若く幼くすらある二人が、シンオウ地方の幾万人もの人々の心を捕まえている。

 リアルタイムでこの勝敗の結末を知らず見届けた人が、そうでなかった人に対し、内心では歴史の目撃者であれたことを誇れることになるこの一戦。

 

 先輩も師もあるものか。ナタネも、ヒョウタも、スズナもマキシも、いけ、そこだ、頑張れ、いけるぞという歓声を夢中で贈り続ける。

 大人であるメリッサとトウガンが無言で見守りながらも、胸の奥が熱くてたまらないことを表情に隠せない。

 この勝負から何かを学び取りたいというストイックな意識も失ったスモモは、ただただ拳を握りしめ、この勝負の結末を見届けたい幼心で胸がいっぱいだ。

 こんなにも熱いバトルがまだまだあるんだと、遥か年下の二人に改めて教えられるデンジは、我慢できずに立ち上がっている。

 どれだけ、何度も、瞳に浮かぶものに視界を邪魔されてもそれを拭うシロナの目元が真っ赤なのは、一抹たりとてこの勝負を見逃したくない表れそのもの。

 そんな彼ら、彼女らの姿を見て、四天王達は思うのだ。今だけは、ジムリーダーである彼ら彼女らが、二人と繋がりのあるシロナが羨ましいと。

 見届けてきたのだろう、二人の成長を。だから、こんなにも夢中になれる。大人になってから、こんなに夢中になれることなんてどれだけあるだろう。

 四天王に名を連ねるにも値するだけの実力者たる8人が、自らの意志でジムリーダーとなることを選んだ真意が、今になって改めて本当によくわかる。

 輝かしい未来を築くのは若き者達だ。通説にして真理。

 そんな当たり前のことを思い返させてくれるこの一戦を、四天王達は年下を相手にした深い感謝の念を以って、大人らしく見守るのみ。

 今はもう無垢になれないことを、惜しまずにはいられずにだ。

 

 いつかは、必ず、終わってしまう、やがてシンオウ地方の未来を担っていくであろう、二人の少年少女が相対する二度と無き夢舞台。

 ずっと、こんな心躍る時間が続けばいいのに。そう思った観衆も決して少なくない。

 粘り強くも傷を負ったトリトドンと、苦手な水を相手に消耗しながら強い力を振り絞るゴウカザル。

 結末を知らぬ者達にとっては長く、時にしては短い両者の決着は、やがて間もなくして訪れた。

 チャンピオンであるシロナへの、一週間後の挑戦権を賭けた一戦の決着。

 その瞬間を、夢の時間から覚めた観客は、短い沈黙を挟んだ束の間の果て、万雷の拍手と歓声で以って勝者を讃えた。

 

 勝者にだけ与えられる栄光。

 そして、それを受けられなかった敗者には、身を焼くほどに悔しいノイズ。

 勝者は一人しか存在し得ないのだ。ゆえらこそ、それを賭けて戦う真剣勝負というものは貴いのだから。

 

 

 

 ダイヤがピョコに対し、繰り出したのがフローゼルでなくゴウカザルであれば、逆の結末もあったのだろうか。

 後にダイヤは、何度もこの日のバトルを思い出している。

 だけど、そのたびあの日の決断は間違っていなかったと結論付けている。

 ダイヤは間違いなく、勝利のために最善の選択をしたのだと信じているのだ。

 それが正しかったのかどうかなんて、今となってはもう誰にもわからないけれど。

 その上でダイヤは、良い方の選択をした上でこの結果になったのだから、この日はパールの方が上だったと後腐れなくしっかり認めている。

 プラチナが二人に望んだ、後悔しないよう頑張って欲しいという願いは、裏切られることなくしっかり叶えられていたのだ。

 

 ゴウカザルが先に出て、ピョコを相手に圧倒し、余力を残してニルルを充分に弱らせ、フローゼルに最後を任せるという選択も確かにあった。

 だが、削り合いになってしまえばゴウカザルにも余力は残らないのだ。

 "じしん"は地に足を着けた戦いを得意とするゴウカザルにとって、足を止められあの巨体にぶつかられれば激甚なダメージを免れない大技である。

 ピョコを破ること自体は出来ただろう。だが、甚大なダメージを受けたゴウカザルはニルルを相手に長くもたない。

 その上で、耐久力に秀でるニルルに対して、決定打を持たないフローゼルに最後の勝負を預けて、勝てるビジョンはダイヤには描けなかった。

 フローゼルがニルルの体力を削り、ゴウカザルの高い攻撃力で以って押し切る。炎の技ではなく、格闘技によって。

 決して、一番思い入れのあるゴウカザルを最後に出したかったであるとか、そんな想いでの選択ではなかったのだ。

 

 その目論見は、彼を確かに勝利目前まで導いてくれていたのだ。

 弱ったニルルに対するゴウカザルの強烈な格闘技、そんなゴウカザルの弱点を愚直かつ最適に突くニルルの水技。

 そうして急速に両者の限界が近付くにつれ、逆境の中で"もうか"の炎を燃やしたゴウカザルに、ダイヤが指示した最大の切り札。

 撃てば後の続かないほど、全身全霊の炎を放つ"オーバーヒート"は、いかに炎に強いニルルとて痛烈なダメージを受け、反撃の水が続かなかったほど。

 すぐに撃ち返すべき水さえ、急速に全身の水分まで蒸発させられそうになったニルルを見るに、もはや勝負はついたと言える局面だった。

 そんなニルルへゴウカザルが続くのは、とどめの一撃となる"インファイト"の他に何一つ無かったからだ。

 

 だから、守りを捨てたゴウカザルの一撃が、ニルルに"こらえ"られた時にすべてが覆った。

 自分とほぼ同じ時期にパールの手持ちとなった、ピョコにとってのパッチのように、ニルルにとってはなんだか特別親近感の強かった友達。

 ちょっとワガママな所はあるけれど、いよいよとなれば一生懸命に、勝利のためならどんな苦痛も耐えきってみせてきたあの姿は、何度見ても眩しかった。

 彼女が無自覚に切り札にしていた執念と根性、この日だけは僕だって、そう歯を食いしばってインファイトを耐えきった時、勝利はもう目前にあった。

 体内に残った最後の水を、全部、すべて、それも"しおみず"に変えて、さながらハイドロポンプのような勢いで発射したニルルには、パールだって驚かされた。

 その一撃は満身創痍のゴウカザルを、間近で、真正面で捉え、バトルフィールド彼方の壁面まで吹っ飛ばしたのだ。

 

 はっきりと決着がついた光景を目の当たりにしても、流石にダイヤもすぐにはゴウカザルをボールには戻せなかった。

 だが、立ってくれ、頑張れ、という無茶を声に願うこと一つせず、潔くゴウカザルをボールに戻したことで、はっきりと会場に結末が語られた。

 本来、負けてもよく頑張ってくれた相棒に対し、ねぎらいの一言は必ずかけるダイヤが、それを発せずにいる中で。

 勝者に対する歓声が沸き上がる中、彼はゴウカザルのボールをそっと撫でるに留まっていた。

 悔しい想いを噛み締めて、顔を上げてパールの方を見れば、勝ったことが信じられない顔のままして、両の拳を振り上げたパールの姿があった。

 絶え間ない声の果て、汗だくで、はっはっと息を切らしている彼女の姿がなんだか可笑しくて、悔しさも毒気も抜かれたことはダイヤの一生の思い出だ。

 負けたのにちょっと笑えちゃったんだもの。あいつ、やっぱり俺より常識人のふりしてるけど、ちょっとヘンなとこ多々あると思う。

 

 やった、と大声で叫ぶよりも真っ先に、ニルルの名を呼ぶパールの姿がそこにあった。

 あまりの嬉しさに涙ぐんで、自分のことを今や顧みもしないパールの姿が、ちょっとダイヤには寂しくもあったけれど。

 両膝をついて、息も絶え絶えの身体で自分へと駆け這ってくるトリトドンを、万感の想いで胸を広げるパールを見れば、そんな寂しさも無くなった。

 わかる、わかるんだ。俺だって、勝ってたら絶対そうしてた。俺がみんなを好きなぐらい、お前だって自分のみんなが大好きだよな、って。

 悔しさよりも、羨ましさがあった。俺も、勝ってお前のようにしたかった、って。

 

 

 

 パールは、勝っても泣かないようにするんだって、前夜のうちに考えていた。

 だってそんなところダイヤやプラッチに見られたら、後でからかわれる気がするんだもの。そういう意味で涙を見せたがらない辺りはやはり子供である。

 だけど、本当に勝ってしまったらもう、目の奥が熱くなって溢れ出そうなものを、何度もまばたきして流れ落ちないよう耐えるので精一杯だった。

 さらに、勝ったニルルが嬉しそうに近付いてくる姿を見れば、もう決壊しそうでしょうがない。

 勝って嬉しいだけじゃない。勝たせてくれた、大好きな、大好きなみんなへの感謝で胸がいっぱいになってしまうんだから。

 感情だけはどうしようもない。そもそも彼女は、それを抑えることが一番苦手なタイプなのだから。

 

 それでも、それでもパールは涙を落とさず、ぎりぎりのところで耐えきれていたのだ。

 しぱしぱしぱしぱ、しつこいぐらいにまばたきしまくって、表面張力ぎりぎりのところで踏ん張らせるような、無理くりの耐えには違いなかったけれど。

 だけど、それでも、自分の目の前まで辿り着いたニルルの顔を見たら。

 せめてそれが、いつものように、勝って嬉しく笑うだけの可愛らしいニルルの顔だったら。

 もしかしたら、もしかしたら最後まで耐えきれていたかもしれないけれど。なのに、そんな顔を見せられたら。

 

 ニルルの目にも、はっきりと涙が溜まっていたのだ。

 パールを目の前にして、それは溢れ、ぼろぼろと感極まったように泣くニルルを前にしたら、すべてがわかってしまったから。

 この子は、ずっと縁の下の力持ちでいてくれたのだ。

 多くのバトルで、戦闘で、相手の出方がわからない時には、安定した戦いが出来る先鋒として選ばれてきたのだ。

 そう選んできたのがパールなのだから、彼女にだって自覚はあっただろう。

 ノモセのジムで、水のフィールドにおける切り札として選んだ、あれほどわかりやすい日を除き、ニルルがパールの切り札だったことはあっただろうか。

 パールの切り札はピョコかパッチだ。ニルルはずっと前から、それでいいと思ってきた。譲歩なんてしていない。

 ピョコのこともパッチのこともニルルは大好きだ。強くて、頼もしくて、僕の大好きなパールを一番力強く支えてくれる、尊敬さえする大切な友達。

 僕が一生懸命戦い抜いて、誰かに繋いでパールが最後に勝てればそれでいい。僕の大好きな仲間達は必ずそうしてくれる。

 ニルルはずっと、その一心で戦い抜いてきたのだ。大事な勝負で先鋒や繋ぎを、信頼して任せて貰えるだけで嬉しかったのだ。

 

 最後の一人として大将を担い、自分が負ければ一生に一度のパールの舞台で、彼女の夢を途絶えさせてしまうこの一戦。

 一番槍でもなく、勝負を左右する中堅でもなく、真の意味での"主役"として勝負に臨んだニルルの決意を、果たしてパールはわかっていただろうか。

 わかっていなかったからこそ、あなたの夢を叶えられてよかったと、涙を流してうつむいて、喉を鳴らすニルルの姿にパールは言葉を失うのだ。

 信頼していたとも。みんな、本当に全身全霊を尽くして戦い抜いてくれる友達だ。

 だけど、これだけのものを背負い、戦い抜いて、勝利をものにしてくれた姿を前にしたらもう駄目。

 まばたきを繰り返していたまぶたに力がもう入らず、パールは衆目も忘れ、ニルルに抱きつくことしか出来なかった。

 

 奮える彼女の両腕と頬、そんなパールが今どんな目をしているかなんて、嗚咽を間近に聞くニルルには考えるまでもないことだ。

 だけど、こんなに嬉しい涙は無い。今まで何度、見たくないパールの涙を見てきたことか。

 ギンガ団との戦いの日々の中、引き裂かれた彼女の心が流す涙を目の当たりにしてきたニルルが、ようやく自分の手で掴み取った彼女の感涙だ。

 感無量の笑顔を浮かべ、彼女に頬を擦り寄せる中、ニルルは溢れる涙を耐えることなどしなかった。

 僕も一緒なんだから。パールと同じぐらい嬉しいんだ。自分のことが、誇らしいんだ。

 パールにそれを知って貰えたとわかるこの涙は、同じ言葉で語り合えない僕とあなたを繋いでくれた、感情を司る神様に授けられた贈り物。

 あの時、世界を壊されなくて本当によかった。ずっと、これからも、あなたと一緒にいられる。

 これからも、僕達を大事にしてくれたあなたを幸せにするため、ずっと、ずっと頑張っていける日々が続いていく。

 この世界は間違っている、穢れていると言い放った人の言葉なんて、これからも一生、絶対に信じない。

 

 ライバルに勝つことに、この日ばかりは意図して意識を集め、そのことで一心となっていたパール。

 それでも、やはり、彼女にとっての一番は、勝つことよりも、栄光を掴むことより、大好きなみんなそのものに他ならない。

 バトルフィールドの一角、小さくなってトリトドンを抱きしめる少女に向けられる声と拍手は、ポケモントレーナーとしての彼女を讃えるもの。

 他者にはそれしか贈れない。彼女にとっての一番大切は、彼女だけのものだから。

 出会えた縁と、紡ぎ続けてきた絆。それは、誰もが羨むこの舞台とその一勝さえをも上回る、パールだけの掛け替えのない宝物だ。

 誰しも初めは一度は感じ得て、時が経つにつれて忘れ去っていき得る大切なこと。

 常に人間社会の隣人であり、盟友であり、特別に手を繋いでしまえば一生涯の親友。それが、ポケットモンスターだ。

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